第二話

物事の考察と、朽ち果てる人




 
『B・MT、反応をロスト』

「スゥ、それは・・・・・・」

『・・・・・・素子。今は帰還しぃ』

スゥと艦長からの報告に、私は唇をかむ。強く、かむ。

歯が肉の表面を破り、血が口内に滲み出した。慣れ親しんだ鉄の味がとても苦いものに感じられる。

残念ながら、痛覚も味覚も感じる。決して夢ではない。

B・MTは私の機体MT・Sの両腕を強引に引きちぎり、母艦に突撃した。

そして、閃光。双方向ディスプレイが自動制御で光量を押さえ、機能を回復したときには・・・・・・

何も無かったかのようにそこに在り続ける母艦。B・MTの姿は無い。

そして、『反応ロスト』のスゥからの報告。

「・・・・・・なぜだ」

気が付けば、私は何かをうめいていた。

「なぜだ」

そう、なぜ、という疑問の言葉だ。私には理解できない。

いや、ちがうな。

理解はできる。

納得もできなくは無い。

ただ、私は、何かを、口には表せない何かを、割り切れない。

妻と自身を実験の道具とされて、そうした者を怨む。当然だ。

だから、必死に修練を積み、復讐に走る。

確かに許されることではないが、理解できる。

・・・・・・そして、復讐を終え、妻を助け出し、消える。

何のために? みなが待っているというのに。

なぜ、遺跡を回収・破棄し、それを阻むものと戦う必要がある?

オーバーテクノロジーという、新たな争いと不幸の芽となるものをつむため?

なぜお前がそんなことをしなければならない。それを、罪滅ぼしとするため?

なぜお前が、そんなに傷つく必要がある?

充分に傷ついたのだ。もう、ゆっくりすればいい。

犯罪者などと後ろ指差す輩からは、ちゃんと私が守ってやるというのに。




(もう昔の俺じゃない)

(俺は犯罪者だ)

(こんなことで罪を償えるとも思えんが)

(もう決めたことだ)

(もう俺の命は、わずかだ)

(なら、死ぬ前にやっておくべき事がある)

「そのためには、追いかけてきた私たち家族の手を振り払い・・・・・・」

死ぬかどうかの危うい賭けをしてまで、逃げなければならないのか?

「しかも、失敗しおって」

ああ、やつは運がなく、過去に東大を3回も落ちたか。

懐かしい。あれから何年も経っていないというのに、やけに懐かしい。

あの頃はくだらないことで笑えたのにな。

「ははは・・・・・・」

涙交じりの笑い声が、コックピットの温度を下げたような気がした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



素子が帰還し、プライベートルームに戻ったことを確認してから、私は艦長に現状の報告を開始した。
 
手元のディスプレイを操作し、資料を艦長のもとに転送し・・・・・・ふと、気付く。

オペレーター席にしのぶの姿がない。もともとこの戦艦は少数精鋭思考で、私一人でも運行できる。

だが、私と艦長二人だけしかいないブリッジは、少し物悲しい。
 
避難時のことも考慮し、かなり広めに設計したこのブリッジ。
 
空気調節は効いてるはずなのに、すこし、寒い。
 
「さよか・・・・・・」

「はい、完全に反応が消失しました。何らかのステルス効果かとも疑ったんですがね。ダメです。

B・MTにはそんな機能はもともと付いてませんし。TAMAが進化したとしても、単体での機体機能増幅は不可能です。

あくまであれは、経験と教育による判断と反応速度、対応の柔軟・最適化のための機能ですから」
 
「ちゅっーことは・・・・・・つまり閃光、爆発、そしてその後・・・機体の確認が認められへんと」

艦長が事実の確認をし、私に先を促す。

「はい、それは事実です。しのぶは、いえ、素子もですが、部屋で泣いてます。

特に、目の前で機体消失を見た素子の混乱振りは、かなりのものですね」

「スゥ、あんたはどうなんや?」

苦笑しながら聞いてくるのは、こちらを気遣ってのことではないだろう。

わかってるんでしょう? 艦長・・・・・・いえ、キツネ。遺跡の時空間移動可能力のこと。

「泣きませんよ。確かに今、手元にある事実は死を想像させますが」

「・・・・・・例の素粒子反応やな? 観測されたんか」

苦笑が人懐っこい、いつもの笑みに変わった。

「はい。詳しい説明は報告書にまとめますので省きますが、あの反応は遺跡で何度か確認されています。

遺跡は素粒子反応を見せると、瞬時に、その場からその存在を消滅させますし、

もしくは、ある場所では素粒子反応が見られた後に、遺跡が出現したこともあります。

そしてB・MTはあの時、遺跡を宇宙へ破棄するため、その内部に搭載していました。

遺跡が自身に危機が迫ったとし、防衛反応を起こした可能性は否定できませんから。

または、機体のエネルギー値自体に、遺跡が何らかの共鳴行動をとったのかもしれません」
 
実際、擬装用外装は多少破壊されたが、現状でこの艦[アマランカオラン]に被害はない。

斥力を発生させる新式空間防壁を試験的に搭載しているが、

「全長14.5mの機動兵器」が推進機関を臨界点ぎりぎりまであげて突っ込んできたら、さすがに無傷とはいかない。
 
そしてあの閃光。
 
その最中、一瞬だけ記録された機動兵器内の遺跡からの素粒子反応。
 
遺跡はおそらく「自分を運ぶもの」がスピードを上げて「壁」に「突撃」したから、「最も安全な方法」で「回避」したと思われる。
 
それが、時間と空間の移動。単純な物理力による問題は、簡単に解消される。
 
最も、そのプロセスはそこまで簡単なものでなく、高度かつ複雑だろうけれど。
 
・・・・・・いや、遺跡にすれば「あ、危ない。逃げよう」程度の問題という可能性もある。

なんにしろ、遺跡の存在の特異性自体は今に始まったことではない。

遺跡はその全てをナノサイズの微小自立機関によって構成され、多種多様な『理不尽』な現象を起こすものなのだ。

その多くの中の、ほんの一部だけを人類は使うことが出来るだけ。
 
もしかすると、時たま遺跡から発生する時空間移動は、存在する全ての遺跡が標準的に行える能力であるのかもしれない。

そして、ただその能力を把握できず、人類が理解できていないだけなのかもしれない。

 

・・・・・・かもしれない、かもしれない。考えていて、少し嫌になる、かな・・・・・・。
 
人間はさまざまな移動能力を手に入れた。これからも、そうだろう。

そして、その最終的な行き先が、多分『移動時間自体をなくす移動』であっただけ。

移動時間がなく、ある地点からある地点へ移動することが出来れば、それは移動時間がない、つまりは時間自体の移動。

それを突き詰めれば、空想的な理論上は過去にさかのぼることも出来る。
 
ちなみに、一昔前の理論だと、その移動を起こすのに地球の300万倍の質量を発生させ、空間をブラックホール化させる必要がある……とかなんとか。

そして、そのためには半径24万キロ程度の高磁場を発生させ、多大な惑星レベルの質量を収集、安定させなければならない。

そのような準備がなければ、移動時間をなくす移動、つまり『事象の地平線を通過する移動』は不可能…………だそうですけど、どうでしょうね?

 

タイムスリップやワープはできない。それが常識。

そしてその常識外の現象を、遺跡は気まぐれに起こしていく。

技術の差が、どれほどのものなのでしょう?

先にあげた方法で『移動方法』を確立するのに500年はかかる。いや、500年かけても、多分無理。

なら、その移動方法をコンパクトに、

つまり、地球の300万倍の質量をナノサイズに、目に見えない大きさにするのに何年かかるだろう。1000年? 10000年?

この移動を、今はなきこの遺跡の使用者たちは、日常的に使っていたのかもしれない。私たちが自動車に乗るように。
今の地球に遺跡を残した人たちがいないもの、絶滅とかではなく、ただ単に少し『お出かけ』しているのかもしれない。

 
「充分に長いで。その説明」
 
「余計なことは省き、要点だけですよ?」
 
「・・・・・・で、つまりどうなん?」
 
「景太郎は時間と空間を跳んだ、という可能性があります」

私は希望を含む意見を述べる。

「つまり、景太郎は生きてます。生きている以上、会えます」

頭のどこかで、冷静な科学者としての理性が、私の希望を嘲笑っている気がした。

私はそれを無視して微笑む。

「大丈夫です。私たちには、こうして宇宙にまで来た実績もありますから」

空間移動と時間移動はわけがちゃうやん? どうすんの、そこらへん。

ちゅうか、ケータロ、ほんまに生きとるて、おもてないやろ?
 
そうですよ。追うには現状のテクノロジーでは不可能ですし、

遺跡の技術を頼りたくても、遺跡はもう、そのほとんどが彼の手によって回収、

もしくは破壊されて地球にはありませんし。まぁ、多少残っているでしょうが、事実上もう彼を追いかけることは不可能です。

 
うるさい。うるさいですよ。

そう。うるさいです。だから、黙りなさい。

頭に響く、『昔の私』と『科学者な私』の反論を頭ごなしに押さえつけてから、私はキツネに尋ねた。

「で、どうします? とりあえずこの宙域にもう用はありません」
 
「スゥ、通信。しのぶと素子」
 
「はい」
 
「・・・・・・しのぶ、素子、出てきぃな。なに泣いとんねん。ケータロは生きとるで」
 
戦艦のブリッジ作戦用正面ディスプレイに投射される、プライベートルームですすり泣く女性が二人。

 

作戦行動中なのに……まぁ、とはいえ、別に私たちは軍隊ではないのですが……、

通信が拒否になっていたので半ば予想していましたが、部屋の照明は消されていた。

 

枕を抱えながら、二人とも泣き続けています。
 
可愛らしく美しい顔が台無しです。

いえ、泣き顔もこれはこれで可愛いものなのかもしれません。

私は男性ではないので保護欲とか、そういったものが湧きはしないですけど。
 
『・・・・・・慰めなんて』
 
少しだけ充血した赤い目でディスプレイを睨みつける素子。

いつもは張り詰めている気が弱弱しく、頬を流れる涙が精彩を欠く表情を・・・・・・どこか艶やかなものにしている。
 
保護欲云々の前言は撤回し、後で慰めもかねて抱擁することを決意しましたよ、私は。
 
「根拠は一応科学的にあるで。信じんひなら、艦を降りぃ。余剰人員はいらへん。しのぶもや」
 
『・・・・・・了解、ブリッジに行きます』
 
キツネの言葉を受け、素子がしのぶを促す。

「根拠が科学的にある」という言葉と、キツネの隣に立つ私が平静なことから、ある程度立ち直ったようです。
 
少し残念かもしれません。私の慰めは必要なさそうですし。
 
「電子の精霊」になった頃から、昔ほど素子とスキンシップが取れないのですよね。
 
 
 なら、かわったろか?
 
 いえ、結構です。貴方は黙ってなさい。『昔の私』
 

「立派な艦長ですね。キツネ」
 
「真似事はやった経験あるしな」
 
嘆息し、また苦笑するキツネ。
 
「懐かしいですね。はるかの結婚式」
 
そういえばあの時、私は断片的に「今」の私になってましたね。

今の型のMTの雛形が出来たのもあの頃でしたね。そう、懐かしいです。悲しくなるほど。
  
「せやな。せやけど、ケータロのアホのせいで、あの遺跡はもう無い・・・・・・」

あれも遺跡の一部でしたからね。
 
「・・・・・・」
 
「なんで、B・MTをやってもうたんや。こうなることぐらい、分かるやん」
 
「あのときの、助けだされたばかりの景太郎は、本当に無気力でしたから・・・・・・何か、外界に興味を示してくれればと思って」
 
そう。あの時復讐心でも何でもいいから、生きる目的を得てほしいと思っていたらしいです。

今となっては、それは浅はか過ぎる考えだとしかいえませんが。
 
昔の私の行動を、今の私は後悔する。

それが時間の無駄でしかないとは分かっていても。

それに、止める機会は何度かあったことは、あった。

彼は機体と彼自身の『整備』を受けに、何回か私の前に姿を現したから。 

でも、私は止められなかった。

「追い詰めた。あと少しだ。後すこしで、なるのもとに行ける」

彼は、景太郎は、薄く笑いながら私に語ったから。

止められず、私はメッセージを残したりすることしか出来なかった。

あれを聞いて、戻ってくるかもしれない、とか、そんな希望を抱いて。

でも、もうだめ。あれを聞いていたとしても、多分、もう帰ってこれない。

いや、あきらめてはダメ。

私は気を取り直して、キツネへと言葉を紡ぐ。過去を考えないように。未来を見るために。

「・・・・・・今となっては、どうしようもありません」
  
「そのへんは、・・・・・・その場にいーひんかったから、知らへんけどな。すまん。・・・・・・ま、今はそれより」
 
「まず、補給ですね。偽装外部装甲の被弾箇所のチェックも一応必要です」
 
意識を過去に向けて止まっている暇はないんです。

未来を、見据えないといけません。




それってやぁー、現実逃避やないの? 

無理やて、わかろとせんのやもん。未来、ちゃんと見てないやん。

見てたら、分かるやん。どないしても、もうケータロに会えへんて。 

 
・・・・・・下らない冷やかしが、どこからか聞こえてきた気もしたが、私は聞こえないフリをした。

「うっし。しのぶらが着次第、パララケルス・ドックに向かうで」
 
「はい。でも・・・・・・」
 

ふと、思う。思ってしまう。




「なんや」

「生きていたとしても、もう、やっぱり景太郎には会えないかも知れないですね」

 


・・・・・・・。

え?

 

え・・・・・・? なに?

私は・・・・・・

私は今・・・・・・今なんと言った?



私は・・・・・・・・・・・・何を?





 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 




『おはようございます。私はB・MT搭載・独立進化型戦闘支援AI[TAMA]です。

基本操作説明を行いますか? 戦闘モード・ロジック起動方法は現在、スタンダード3,2-2で行えます』
 
女性の声で目を覚ますというのは、なかなかいいことかもしれない。

出来ればもっと甘く、さらに機械合成されたものでなければなおのこと良い。

浮上を始めた意識の中、そんなくだらないことをどこかで、思う。
 
なるの『優しい声』で目覚めたことなど、片手で数えられるほどしかない。 
怒声と鉄拳で強制的に覚醒させられたのは、数多の星の数ほどであるが。
 
それも今となっては下らん思い出だな。

そう。いらない、必要のない、忘れなければならないものだ。
 
「・・・・・・うっ・・・・・・」
 
『おはようございます。操縦者、お気づきですか?』
 
「・・・・・・TAMAか? ああ、時間経過でセーフティーになったのか。俺だ。操縦者・浦島。モード設定11・1で再起動開始しろ」
 
『はい、音声・生体情報再確認開始、終了。設定11・1で展開、終了。

マスター、先ほどの衝撃でバイザーが外れています。左手を少し伸ばせは届くところにあります。そう、それです』
 
宇宙と同じ漆黒の闇の中で、俺は左手を動かした。しかし、それも認識であり、俺には『左手を動かした』感覚すらない。
 
「くっ・・・・・・これか」
 
左手に何かが触れたことを認識する。

『おそらく硬く鋭角的なもの』つまり『バイザー』だ。
 
『装着を確認。視覚補助再スタート。生体リンク開始。・・・・・・調子はどうですか』
 
「・・・・・・問題、ない」
 
リンクを開始すると、脳や体にノイズが走るような感じを受け、そして次にうっすらとコックピットが感じられるようになった。

左手を閉じたり開けたりする。機械的な認識感覚は、一瞬遅れてその動きを俺の脳に伝えてくる。
 
「充分だ」
 
こんな視覚でも、無いよりは、永遠に闇の中にいるよりはましだ。
  
「それで、状況は?」
 
『敵勢力の存在をロスト。全レーダー機能は回復し、周囲の索敵を実施しましたが確認できません。

完全にロストしています。残骸の存在も皆無です』
 
「完全に消滅したということか?」
 
『その可能性はありえません。あの質量、全長320.12mの物体を完全消滅させることは不可能であると思われます。

また、もし先ほどの攻撃により、仮に消滅させることが出来たとしても、

その他の……隣にいた機動兵器と戦艦が存在しないことの説明にはなりません。なお、索敵において報告すべき情報がもうひとつあります』
 
「いってみろ」
 
『現在位置の把握が不可能となっております。

現在B・MTは通常次元という概念の範囲外であるかと思われます。概念的な説明は私には不可能ですが』
 
「意味が分からん。視覚を外部につなげ」
 
『了解』
 
一瞬体にノイズが走った。そして視覚が全方位に向いた後に、一箇所に固定され、外界を観察する。

そこは、外界は白い世界。

真冬の、雪と雲に覆われた草原よりも白い、そんな世界が視界いっぱいに広がっている。

一面黒い闇の中も精神的に厳しいが、対極の白もかなり厳しい。
 
「・・・・・・なんだ、ここは? 真っ白だぞ?」
 
『光、というものの存在とも違うようです』
 
「じゃあ、なぜ真っ暗じゃない?」
 
『私に現存する機能と、その手段では分かりません』
 
「・・・・・・光るものがないのに暗くない? リンクの故障は?」
 
『外部設備による客観的な走査データが得られないので、断言は出来ませんが、その可能性は低いと思われます』
 
「とりあえず、まぁいい。敵はいないようだからな。B・TM自体の損害や異常個所は?」
 
『私の自立戦闘による被害が軽微ですが確認されます。

後は、第2・3バックパックに内蔵している遺跡の一部が活動を開始しています。熱反応が僅かながら確認できます』
 
「遺跡。この馬鹿げた空間もこいつの仕業か。俺は、またこいつに振り回されるのか?」
 
自嘲的に、そしてそこに憎悪を混じらせて呟く。呪詛のように。底冷えるように。
 
『マスター、落ち着いてください。心拍数が異常上昇しています』
 
「なに?」
 
確かに多少興奮しているかもしれないが、問題があるといわれるほどではないはずだ。
 
『バイタルバランスに異常発生。このままでは活動維持に問題が発生します』
 
「なにをいっている?」
 
俺の体が異常? そんなはずはない。

現に俺は何も感じてなどいない。いや、認識してなどいない。
 
『自覚症状がないのですか、マスター? 視界外部接続中断。通常に切り替えます』
 
白き世界から視界が元に戻り、狭く明るいコックピット内を認識するようになった。
 
明るい? コックピットは最小限の明かりしかなく、いつも暗いはずだ。
 
「こ、これは・・・・・・? ぐ、うう?」
 
自分の手には激しく白光が流れ、明滅していた。

おそらく顔にもこの光が流れているだろう。
 
そうか。機体にリンクが割かれ、自身の体を認識しづらくなっていたから、異常に気が付かなかったのか。

確かに、おかしい。心臓の鼓動など、感じることは出来ないはずなのに。
 
何かがどくどくと、体の中で脈を打っている。激しく、狂うように。どくどくと。
 
あたかも、駆け巡るように。
 
『マスターの保有する投与実験ナノマシンの活動の活発化を確認。

緊急制御プログラム作動します。・・・・・・バイタル変化なし。副プログラム作動・・・・・バイタル変化なし。予備プログラム・・・・・・』
 
最悪のことを考えて作られたプログラム。

正副予備の3系統のプログラム。

俺の体をどうにかして治そうと、遺跡のほんの一部を解析して、電子の精霊に作成されたもの。

日常の発作ではそれなりの効果を発揮する。しかし、こうなっては・・・・・・。
 
自分の体は、自分が一番よく知るというのは本当かもしれない。
 
自分には分かる。今更こんなプログラムが何の役にも立たないことが。
 
これが死期を悟るというものか。
 
「もういい。く、ああ、はぁ」
 
『マスター?』
 
「もうもたん。遺跡の、後始末がすべて、お、終わらない、のは、く、はぁ、はぁ、癪だが。

地球に残った・・・・・・分量は大した物、じゃない。はぁ、く、あぁ…誰かが、俺の代わりに始末、するさ。はるかさんにも、頼んである、から」



それに、今ここで俺が死ねば、お前はそのまま、俺の遺志を継いでくれるだろう?

そういう設定を、してあるのだから……。


『マスター、今の発言は活動停止を宣言したものと、とってよろしいですか』
 
「あ、ああ。今にも、死にそうだ」
 
『条件を満たしました。プログラム発動』
 
「・・・・・・な、に?」
 
視界にまたしてもノイズが走る。2度ほど暗転し、そこに現れた者は・・・・・・
 
「スゥ・・・・・・ちゃん?」
 
『景太郎、貴方がこれを聞いているということは、本当に死ぬ間際か、あきらめたときだと思います。

どのような状況で聞いているか、想像するのですが、あまりいい情景は思いつきません。

まぁ、この録音データの発動条件は、「自爆しろ」などの発言や、貴方の体の状態が急変したときなどですから、当たり前ですが。

まぁ、撃墜されたとしても、これを聞けるということは、コックピットは無事なわけですし。

圧死とかしてないで下さいね。ええっと、話がそれました。で、最後のお別れです。あきらめがつかないなら、どんな状況でもあがいてください。

でも、本当に疲れたり、どうしようもないときのために。お約束ですけど・・・・・・では、言います。景太郎。さようなら。ああ、素子も。ほら』
 
『浦島、その、なんだ。お前はよくやったと思う。

だからゆっくり・・・・・・いや、スゥ、私は・・・・・・。いえんぞ。いくらなんでも・・・・・・私だけじゃない。

みんなだ。お前だってそうだろう? あ、こら、泣くなしのぶ。大丈夫だ。浦島は、今の浦島は強い・・・・・・』
 
画面には、懐かしい顔ぶれが並んでいた。

そして、みなが涙をこらえていた。泣くしのぶをあやすように言葉をかける素子も、涙を浮かべていた。

スゥも、画面の端でうつむいている。キツネはいない。彼女のことだ。

こういったテープを録画することを雰囲気で察知し、逃げたのかもしれない。彼女は湿っぽい場面が嫌いだから。
 
そして、自分の妻もいない。この頃はまだ、遺跡の中で無機物のような生物として存在していたのだろう。
これがいつ撮られた物か知らないが・・・・・・。

多分、最後の補給のときに、急いで組み込んだのだろうな。あれ以来、先ほど会うまで、俺はずっと彼女たちに会おうとしなかったから。
 
『以上、終了。良かったですね。最後に一目見れて』
 
皮肉にも聞こえたが、こいつのことだ。純粋にそう思っているのだろう。

いや、皮肉でも言ってくれるほうが良いのかもしれない。
誰にも顔を掛けられぬまま、朽ち果てるよりは……。


「・・・・・・みんな」
 
疲れた、無理だ、あきらめよう。
 
何度もそう思うことはあった。
 
事実、ついさっきそう思った。死期を悟った。
 
「でも、死にたくない」
 
それは、本心。
 
自分は犯罪者で、復讐者で、思い出など忘れなくてはならなくて。

人の温かみなど忘れなくてはならない、消えるべき存在で。
 
それは事実かもしれないけれども。
 
約束したんだ。
 
小さな頃に、一緒に東大に行こうと。
 
それを守るために長い間努力をしたんだ。
 
落ちて、落ちて、父と対立して、家を追いだされて。
 
そして、ひなた荘へ行って。

なると再会して、けんかして、でも、一緒に勉強して。
 
いろいろあって、楽しかった。
 
そして合格して、二人で、いや、他のみんなとも一緒に騒ぎながら東大に行こうとして。
 
そのままなぜか南の島に行ったりしたけど、それはそれで楽しかった。
 
卒業して、考古学者になった。なるは先生になった。
 

結婚した。幸せになった。みんなに祝福された。
 

そしてこれからもっと幸せになろうと誓った。 


誓ったんだ。
 
強くもなったし、元から人より頑丈だった。
 
誓いと、なるを守っていけると思ってた。
 
でも、暗転。
 
守れなどしなかった。


あきらめられる?

無理だよ。体は何も感じなくなったけど、心は痛いんだ。寂しいんだ。

どれだけ敵を倒しても、それは埋まることが決して無い。

いや、そもそもそれを埋めようと今更思ってはいけないんだ。俺は、罪にまみれてるから。
 
あきらめられる?
 
無理だよ。忘れなきゃいけないけど、忘れられないから。これは、弱さ?
 
分からない。何もかも。答えは、明確な答えは何処かにあるのかな?
 
受験みたいに、何かの参考書に書いてあるのかな?
 

「なる・・・・・・馬鹿な、俺に教えてくれ」

俺はそっと呟いた。
 



 

 

そして、俺の意識は、消えた。








第2話 終

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