第三話

混乱と巻戻った時計の針




気分が悪い。世界が反転を続けている。

目蓋はちゃんと閉じているというのに、視界が歪んでいくのが分かる。

気分が悪い。気分が悪い。気分が。
 
キモチ、ワルイ。
 
・・・・・・何故?
 
何故気分が悪いと感じる? 

俺はもう死んだのではないのか?
 
それともこれが地獄か?
 
だとすれば、生ぬるい。

気分は悪いが、耐えられないほどでない。
 
『ジッケン』ノホウガ、モット、ツライ。

カキマワサレルカラ。
 
目を、開く。
 
明るい。明るい? 

ああ、天井が見える。見慣れた、だが懐かしい和風さを感じさせる木目を、きれいだと感じる。

そしてそこにある蛍光灯が、俺の眼球に眩い刺激を与えている。
 
明るい。そう、人口の光だが、熱を、暖かさを発しながら輝いている。


俺はぼんやりと、その光を凝視する。

自然に光を感じると言うことは、こういうことだったんだなぁ。

 

感慨が、胸の奥にじんわりと染み出てきた。



…………ふと、光が遮られる。
 
「お兄ちゃん、飲みすぎです。大丈夫ですか?」
 
懐かしい女の子の声。

誰だろう。懐かしいと感じるのに、誰か分からない。
 
「寝ぼけてます? 朝ですよ?」
 
「あ、さ・・・・・・?」
 
 
ここ最近は地球に降りていなかったからな。

朝や昼、夜という概念からは遠いところにいた。

自分の周りは常に闇で、変わることなく、うつろうことなく、暗い。
 
日が昇り、気温が上がり始め、人々がゆっくりと活動を開始する時間。

そう、それが朝という時間。それが、自分にも平等におとずれたということか。
 
かけられていたシーツをはがして、起き上がる。

気分がひどく悪く、頭がふらついているような錯覚を受ける。

錯覚のはずだ・・・・・・俺に感覚はもうなく、認識しかないのだから。

いや、待て。おかしい。

視覚が。・・・・・・バイザーはどこだ。

実際、ふらふらとした、傍目から見ても危ない動きだったかもしれない。

少女が俺の体を支え、起き上がる補助をした。
この懐かしさを感じる少女は、どこの誰なのだろうか?


「大丈夫ですか? はい、上着です」
 
女の子が肩にカーディガンをかけてくれた。

いまいち覚醒しきらない、霧のかかったような頭を横に振って顔を見た。
  
「かな、こ?」
 
「はい、なんですか?」
 
黒髪の、少し目つきがきつい少女が、微笑を浮かべて返事をした。

よかった。記憶と認識は一応正常に連結している。

先ほどまで誰だか思い出せなかったが、この女の子は確かに自分の妹の、かなこという少女である。
 
「ここは、いや、なぜ?」
 
「はい?」
 
「何故お前がここにいる?」
 
そう。B・MTはあの後どうなった? 

何故自分はここにいる? 

あのナノマシンの暴走は、何故止まった? 

何故、俺はお前の顔を見ることが出来ているのだ? 

 

数々の疑問が心中に沸き起こる。
だが、一番の疑問は、何故彼女が今目の前にいるか、ということ。
 
俺を捕らえようと、宇宙にまで追いかけてきた『電子の精霊』でも『黒髪の戦乙女』でも『涙の聖女』でも『計略の女狐』でもなく。



なぜ、かなこがここにいる?
 
「まだ頭が寝てますね・・・・・・あ、ごめんなさい、勝手にお兄ちゃんの部屋に入って。

でも、お兄ちゃんが悪いんです。お父さんは厳しすぎると思いますけど、でも、あれは私もフォローできません。

試験をしに行って、名前を書き忘れるって、かなり問題ですよ?」
 
返ってきた答えは予想外のものだった。
 
「俺の部屋?」
 
辺りを見回す。参考書が積まれた机や、ビール瓶が散乱するちゃぶ台。

汚されているが、確かに俺の部屋だ。いや、どうやら『昨日の俺』が汚したらしいが。

ここが俺の部屋だからこそ、目覚めた瞬間に見た天井を、懐かしいと感じたのだろう。
 
いや・・・・・・そんなどうでもいいことの前に、『模擬で失敗』だと?
 
いつの話だ、それは?
 
分からない。分からない。気分が悪い。
 
キモチ、ワルイ。

ヒドク、ワルイ。
 
「やっぱり、まだ寝ぼけてます? それともお酒が抜けませんか?

試験に失敗したからとって、慣れてないお酒をあんなに飲むから・・・・・・」
 
表情を曇らせ、かなこが聞いてくる。

「いや、悪い。大丈夫だ。暫く・・・・・・一人にしてくれ」


どうにかこうにか、俺はそういうことが出来た。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



お兄ちゃんの様子がおかしい。
 
お兄ちゃんは、東大に行くために一生懸命勉強している。

寝る時間を惜しみ、遊びも部活もせず、ただひたすら机に向かっていた。
 
どこの誰かも今となっては分からない、女の子との約束を守るため。
 
お兄ちゃんは純粋だから。
 
でも、失敗。正直、勉強が身についてないんだと思う。

もしかすると、それ以前の問題かもしれないけど。

お父さんやお母さんからのプレッシャーとか、そういうものも感じるだろうし、何より昔から効率とか、要領の悪い人だから。

だからあの日はひどかった。

土気色の気を背負って、足を引きずるように帰ってきた。

現世に執着する自縛霊か、生ける屍のほうが、よっぽど活力に溢れているのではないか、と思えるほどの落ち込み方だった。

お兄ちゃんとお父さんは仲が悪い。お兄ちゃんは東大に入るのが夢。

でも、お父さんはお兄ちゃんに家を継いでもらいたい。勉強する暇を、家のことに使ってほしい。

いつも対立する。

そして、そのお父さんに、模擬の前に大見得を切ってたから。結果を出せば、良いだろうって。
自分は、絶対に受かるって。

受かれば、家の手伝いをしないで勉強してる時間も、決して『無駄』なんかじゃないって、それを認めろって。

それを、今度の模擬で証明するって。

その結果が「Z」・・・・・・合格率は、言いたくない。

Aとか、Bとか。そういう判定じゃなくて、ともかくZ。
 
早い話が、名前の書き忘れ。判定自体が、不能。

合格率は、ゼロ、マイナス以下。そういう判断以前の問題。
 
そんなわけで、落ち込んだおにいちゃんを心配して、

こっそり部屋を覗いたら、お兄ちゃんは泣きながらお酒を飲んでいた。咽たりしてた。

お父さんに馬鹿にされてた。とことん、すごく。私は腹が立ったけど、フォローのしようもなかった。
 
だって、頭がどうこう以前の問題だし。
 
そして、その次の日、朝起きてからおかしくなった。
 
最初は寝ぼけているのか、もしくはお酒による記憶の混乱や二日酔いとか、そういった変化だと思っていた。
 
でも、その日お兄ちゃんは、新聞をなめるように見たかと思うと、突然家を飛び出した。
 
2時間ほどして、帰ってきたかと思ったら、ずっと庭でぼうっとしていた。
 
 
怖くなるほど、虚ろな瞳だった。
 
 
そして、もう1週間だ。お父さんやお母さんからお小言を言われても、反応は無い。
 
高校にも行かず、ただ部屋で呆然としている。
 

たまに独り言を呟いて。



お兄ちゃんの・・・・・・様子がおかしい。



 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 







ずっと考えているけど、答えが出ない。
いや、違うか。考えるふりをして、現実から目をそむけているんだ。今も、昔も。

そして、これからも、か?

時間が巻戻ってほしいと、そう考えたことは一度や二度じゃない。

思い返せば、それは後悔と同時に起こる考えだから、十や二十でもすまないかもしれない。

人は、皆そうやって生きているのかもしれない。
しかし、どれだけ望んでも、時間は戻らない。

時計の針をどれだけいじっても、目の前にある現実は動かない。

そうしている間にも、状況はどんどん流れていく。

俺は、どこで道を誤ったのだろうか。

誤らない道とは、どこにあるのか。

誰か馬鹿な俺に教えてくれないか?
なぁ、なる。

俺は破壊者で、弓引くものだった。でも、最初からそうだったわけじゃない。

そうなってしまったんだ。そうなるような体験を、したんだ。

しなければ、そうならないはずだった。


道を誤ったのは、あの日、あの場所で、あの男に出会ったから。
そして実験体として、拉致されたから。

それさえなければ、俺はお前と一緒に、幸せな人生を歩んでいたはずなんだ。



 

なぁ、なる。俺はどうしたらいい?

お前は、俺がどうすればいいとおもう?

 


「景太郎、お前は学校にも行かず、一日中ぼけっとしてるらしいな。母さんが言っていたぞ!」

部屋のベッドで横になる俺のところに、父が怒鳴り込んできた。

胡乱げに視線をやると・・・・・・ああ、あれは確かに怒っている。

怒気は声から充分に想像出来たが、あの表情は予想外だ。なんとも分りやすく『怒っている』とわかる。

あのまま固めて、『芸術作品・怒った父』としてデパートなどのウィンドウにでも飾ればいいのだ。

おそらく多くの人が納得するだろう。「ああ、怒っている」と。

そんな下らない考えが頭をよぎる。

ああ、駄目だ。悩みすぎると、逆に考えがまとまらない。
少しだけ別のことを考えよう。

たとえば、そう。今日の晩飯は何か、など・・・・・・まぁ、食う気が起きるかどうかは別として。

ふと、視線を壁に掛けた四角い時計に這わすと、現時刻は午後5時32分。

夕飯の話題をするには、微妙な時間だといえる。

そういえば、何でこんな時間に、この親父は俺の部屋にいるんだ? 仕事はどうした?

「お前は・・・・・・無視する気か!」



考え事を続ける俺に、親父は声をさらに大きいものにする。


「もう少し静かにしゃべれ、やかましい」

父。

 

そういえば、俺が東大を受け続けて、そして落ち続けて、いつしか縁を切られ、家を追い出されて。
その時から会っていないから、俺としては、もうどうでもいい存在。

結婚式にすら、出なかったからな。この頑固者は。

 

義妹の顔は覚えているのに、自分の血のつながった父親の顔を忘れきっていた。
よくよく考えると、かなり滑稽で、そして失礼な話かもしれない。


………結婚式、か。

ああ、幸せだった、なるは綺麗だった。

(いかん。そうじゃないだろ。……ん?)

 

思い出に浸かりそうになる頭を振り、視線を上げる。

男の鬼がいた。顔がちゃんと赤い。

もう少しで紫色に変わるのではないかと思うほど、くすんだ赤だが。

「なにをそんなに怒るんだ?」

「貴様は・・・・・・自分の胸に聞け! それが高校生として正しい態度かどうか!」


多分、正しくないだろう。

ああ、間違っているだろう。

そもそも俺は26歳で、考古学者で、復讐者で、犯罪者で、決して高校生などではない。

いや、『今』となっては『高校生などでなかった』存在だ。

何の因果か、『今』の俺の身体は高校生。

もう少し情緒的な表現をするなら、過去に時を遡り、若き自身に精神を宿し存在とでも言うところか。

「それで、あんたは俺にどうしてほしい?」

「まず口の利き方を正せ! 学校へ行け! あとは和菓子の勉強か、武道をしろ!」

「断る。俺は忙しい」

「一日中ぼけっとしとる人間の言うことか!」

「お願いだから、静かにしてくれないか? 考えがまとまらない」

「な、な・・・・・・貴様!」

胸を掻き毟るような仕草で固まる父。

いつの間にやら、顔色がよくない。

赤から紫、紫から青い紫へと変わりつつある。

俺もナノマシンが暴走したときは、あのような感じだったのだろうか。

『いえ、マスター。表面的なバイタルデータを比較する限り、マスターはあれと比べるまでもなく深刻な状態です』

俺の脳内のTAMAが、そんな律儀な返答をした。

一応俺の親である存在を『あれ』呼ばわりとは。

俺はTAMAに意識を向ける。

「あいつが今どういう状況か分るか?」



もともと、TAMAはB・MTに搭載されていた戦闘支援ユニットだ。

また、同時にリンクシステムを制御するものでもある。

だから、俺の補助脳内の一部の領域に存在し、こうして思考での会話をやり取りすることは、これまでにも何回かあった。

 

もっとも、このような砕けた会話をしたことは、これまでなかったけれど。


『簡潔に表現すると、怒り心頭、というところであると推測されます』

「なら、何故俺がそういう感情を持つように仕向けるかは?」

『合理的な行動でないと思われ、理解に苦しみます。今、マスターの人間関係上、彼を怒らせて得るものはないと考えるのですが』
 
「ないな。だが、失うことが出来る。

勝手に家を飛び出せば問題だが、追い出されれば問題ない。それに後は、そうだな。正直、からかうのが少し面白くもある」

『後者に比重が置かれていると思われますが』

「そうだな。そうかもしれん」

『マスターの現状を簡潔に表現しますと』

「なんだ?」

『ひねくれ者?』

「何で疑問系なんだ。確信がもてないのか?」

『その言葉から推測するに、自覚があるのですか?』

「多少は、な」

『では、ただの意地悪というものなのではないでしょうか』

「そうかもな。言うようになったな。前は戦闘ばかりで、こういう会話がないから成長が遅かったのかもしれないな」

今日だけでも、かなり成長をしたような気がする。

まぁ、一日中、自分やこの世界のことについて喋り続けているからな。

『マスター・・・・・・。マスター、警告します。意識を浮上させ戦闘体制へ移行してください』

「どうした?」

『神経伝達、筋組織簡易チェック中・・・・・・

・・・・・簡潔に報告しますと、無視された人がキレました。以上』

「仕方がないな。迎撃する」

この身体が保有すると思われるナノマシン・・・・・・TAMAが存在できるということは補助脳があり、補助脳があるということは、ナノマシンが体内に存在することを意味する。

まぁ、全てが精神的に崩壊した、俺自身の空想の産物という可能性も否定は出来ないが・・・・・・。

で、その保有しているナノマシンの状況が明確に得られないため、何らかの行動を起こすときは常にTAMAに身体をチェックさせている。

『了解。チェック終了。現状では戦闘行動に問題ないと思われます』

「よし、いくぞ」

『了解』


俺は視線を、襲いかかろうとする父に固定した。

ベッドに寝転んだ状態から、腹筋鍛錬の要領で起き上がるとそのまま跳躍し、旋回。
一連の動作が終わると、俺は寝転がった状態を脱し、父親の背後に立っていた。


「後ろを取ったぞ? さぁ、どうする」

「貴様、今の動きは・・・・・・」

「そんなことより、その握り拳をどうする気だ」

「馬鹿が、こうするんだ!」

脳内で『馬鹿はどっちでしょうね』と、TAMAからの茶々が入り、俺は苦笑した。

ああ、確かに馬鹿だ。

経験から言わせてもらえば、奇襲などは無音で殺気を放たず、敵に悟られないようにしたほうが効果的だぞ、お父様。


そして一瞬後には、俺にあっさりと避けられ、気づけば組み敷かれている父。

「誰が馬鹿で、どうするのか詳しく丁寧に説明していただきたいものだな。浦島流の元継承者様」

「貴様は、親をどこまで愚弄すれば・・・・・・」

「すみません」



その謝罪は、一応心の底からのものだった。

俺と父はそりが合わないが、それでも、一応この父は俺を心配しているのだ。

後継者問題や、世間体を気にしたところから来た心配だとしても、父の心配は、間違いなく息子を気にかけるもの。

 

それに、このころの俺じゃ、父には勝てるはずもない。

俺が勝てたのは、あるはずのない数年のキャリアのおかげだ。

そのキャリアを使って父に勝ったところで、優越感など、湧くはずもなかった。

 

確かに、俺はまだ生きていたいと思った。死にたくないと思った。

でも、俺はこんな風に人生をやり直したいなどと、思っていなかったはずだから……。


「で、出て行け」



雪原のような、あの白い空間での最期を思い出そうとしているよ、父が小さく呟いた。


「意味が分らんぞ」

「貴様のようなやつは、出て行け。この家にはいらん。浦島家の、恥め」

俺は父の身体にかける体重を少し上げた。
なんと言うことはない。そりの合わない父の言葉に、少しだけ腹が立ったのだ。


「恥の下に身をおくとは、なかなか見上げた振る舞いだと思いますよ、父上」

「ぐぅ・・・・・・」

「で、感情に任せたはいいが、貴方は自身で提示した問題をどう解決するつもりだ?」

「・・・・・・なに?」

「悩みを抱え、行きたくとも学校へ行けず、父は暴力に走り、家を追い出される。そして、追い出されて、どこに行けばいい?」

「口ばかりが! ええい、どうとでもなるわ! ともかく、私はお前の顔が見たくなくなった」

「下らん本音だな。まぁ、いいさ。出て行くさ。そして勝手にやらせてもらう」

「ふん、貴様、後で見ておれ。地獄を見せてやる」

父を解放し、部屋を出ようとする俺にかかった声は恨みを含んでいた。



そうか、地獄か。



くだらん。



そんなもの、とうの昔に見た。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




発声会話で喉が渇いた俺は、階段を下り食堂に向かいつつ、TAMAとの脳内会話を再開する。

『マスター、それで具体的な行動は、どうするのですか?』



高校生が家出をすれば、問題となる。

しかし、父親とのすれ違いで、何処か適当な場所に放り出されれば、捜索願を出されることもなく、自由に動ける。

 

そういう考えから、父親を怒らしていずれは出て行くつもりだった。

しかし、ここまで早く話が進むとは、思わなかった。

この分では、1ヶ月もしないうちに、俺はこの家を追い出されるだろう。

 

TAMAが具体的な行動を聞いてくるものの・・・・・・正直、まだほとんど何も決まっていない。

 

ここが本当に過去ならば、世界中に遺跡が散らばっているはずだ。

それらが発見される前にどうにかすることができれば、世界の歴史は変ると思う。

 

まだまだ今のこの自分の体や、周囲の環境、そして時間に現実感は湧かない。

だが、何日もずっと呆然と過ごしているわけにも行かない。

 

だから俺は、取り敢えず惰性的にでも、遺跡に関する情報を集めようと言う指針だけは立てていた。

           
「まずは今現在の状況確認をもう一度して、武器の確保。

資金はどうするか。TAMA、ゲームかなんか、プログラミングは可能か? 資金を得たい」

『現状では不可能です。というか・・・・・・』

「なんだ?」

『結局、何度話しても、ちっとも進展がありませんね』

「・・・・・・機動兵器の確保も問題だな」

『無視ですか? 無視ですね? まぁいいです。

・・・・・・現時点では・・・・・・データ検索・バックアップ。

検索、完了。検索結果の提示。

・・・・・・マスターが『前の世界』で破壊した遺跡の中に、機動兵器として使用可能と思われる物体が2件あります』

「どこの遺跡だ?」

『・・・・・・南極大陸遺跡ですが』

TAMAの気落ちした(様に感じられるようになった)返事を聞きつつ冷蔵庫を開ける。

ふむ。牛乳しかないか。酒もあるが、もともとアルコールはあまり好きでもない。

それに、この身体にどう影響するかも分らんしな。自粛しておこう。

「無理、だな。まぁ、遺跡をこの世からなくすのに遺跡を使うのも、正直矛盾でしかない」

『その発言は、私の存在意義自体の否定となるのですが』

「・・・・・・そうだな。・・・・・・存在意義、ね」

・・・・・・? やけに牛乳が甘く感じられる。

いや、牛乳とは本来こういう味なのか。

五感が治ってから、

いや、正確には『五感のある昔の身体』になってからというもの、

リンクシステムによる『認識』の世界がどれだけ『感覚』から遠いものかを知らされてばかりだ。

・・・・・・そう。そうだ。

何故『健康体』であるはずのこの身体に、補助脳があるのか。

それも真剣に考えなくてはならない。

まぁ、『遺跡の力』と納得するしかないのかもしれないが。

『対人的なものなら、武器は何件か該当しますが』

「たとえば?」

『妖刀ひな。場所はひなた荘です。今現在、最も簡単に手に入る武器のうちの一つです』

「感情抜きで言えば、確かに手に入れやすいが、な」

『マスター。背後に動体反応。かなこです」

「ああ。わかってる。・・・・・・そういえば、TAMAの機能自体は?」

『レーダー類や生体リンクシステム自体は、いまだに稼動中です』

「どういうことなんだろうな。ま、いい」


俺は牛乳をテーブルの上に置き、振り返った。
 
「なにか用か」


「お、お兄ちゃん、家を・・・・・・出るの?」

目の前の少女の瞳が揺れている。

言葉を発するかどうか迷っているのが、その態度から見て取れた。

かなこ、お前自身に非はない。

お前は父や母に昔から従順で、浦島流も学んだ。

嫌いな和菓子に関しても頑張っている。

それはお前自身が、養子であることを気にすることも関係するかも知れないが・・・・・・なんにしろ、優秀なお前は、両親からも可愛がられている。

不出来で、可愛げもなく、運動も勉強も、いまいちぱっとしない俺なんかよりも。

でも、結局追い出されるほど父に俺が嫌われた理由は、俺自身が父にとって出来損ないだったからに他ならない。

お前が俺の居場所を取ったわけではないんだ。



今の俺なら、しようと思えば文武両道に加え、菓子作りもマスターすることができるだろう。

つまり、父に気に入られることは、造作ないことなのだ。
しかし、俺が遺跡の回収などという『父の設定する道以外』の行動に出れば、いずれ父と俺の間には歪みが発生する。

それは、期待が持たれているだけに、東大を受け続けたときなどよりずっと大きくなることは目に見えている。

 

だから俺は、自分からこの家を出るんだ。
お前が気にすることなんて、ない。



俺は、決してお前がいなければ、などと言う恨みを呟いたりはしない。



…………もっとも、それを説明するわけにもいかないが。

「お兄ちゃんが、最近様子変だったのも、そのこと考えてたから?」
 
「まぁ、進路についてじっくり考えたいし、一人になって考えるのもいいかと思って」

「でも・・・・・・お父さん、そんな穏便な話してなかったと思うけど」

「何で『マスター、自室の隣であれだけ騒げば、誰でも気づくかと』・・・・・・そうか、筒抜けか」



俺の台詞の途中に、脳内のTAMAから突込みが入った。

魂のない人工知能にこういう言い方をするのもなんだが、随分と『精神的に』成長したものだ。


「でも、家を出てどこにいくのです? 親戚筋、ですか?」

「どこでもいいけど。ただ、ばあさんのところは駄目かな」



俺の昔のしゃべり口調とは、こんな感じだっただろうか?

26歳と15,6歳では、やはり少々違ってしまっているものらしい。

俺はかなこの反応を見つつ、胸中でそんなことを思った


「ひなたは、駄目なんですか? どうして?」

理由は、楽しい思い出が多すぎるからだ。

だから、辛い。おそらく、悲しくなり、今の自分が保てなくなるだろう。

それほど、俺にとって特別な場所なのだ。あそこは。

東大などよりも、ずっと特別な、そんな場所なのだ。だから、行けない。行っては駄目だ。

「嫌な、今となっては嫌な思い出が多いからかな。それを思い出すから」

そう。そう表現することも出来る。
だが、俺の心は渇望してやまない。

本心は、あそこに行くことを望んでいる。そして、それを否定もしている。

「・・・・・・そう、ですか」

先ほどから暗かったかなこの表情に、さらに陰りが生まれる。

原因はおそらく、あの約束だろう。昔の俺は、薄情にも忘れていたが。

「暗い顔はするなよ。小さい頃の『ばあさんの後を継いで、お前と二人で仲良く旅館を経営していく』という約束は、嫌な思い出じゃないから」

「お、覚えてたんですか?」

「ずっと忘れてたさ。とはいえ、思い出したのも、結構前かな?」

「お兄ちゃん・・・・・・」

「あの約束、守れるかどうか、はっきり言って分からない。ごめんな」

「お兄ちゃんは、どうなの? 女の子と、約束したから、東大目指すんでしょ?」

「それを考えたくて、悩んでる。過去と、どう踏ん切りつけるか」

多分、つけられるはずもない。土台無理な話なのだ。

踏ん切りがついたとき、多分俺は俺じゃなくなるんだろうな。

「私たちって、どうすればいいんでしょうね」

それは、自分で見つけるしかないことだ。かなこや俺だけでない、皆が悩むことである。

「さぁ……。でも、俺は今高校生。かなこは中学生。時間はあるから、あせる必要はないよ」

そう。少なくとも、お前には時間があるんだ、かなこ。

「ねぇ、お兄ちゃん。なんだか、急に大人っぽくなったね」

「そうかな?」






その三日後、俺は家を追い出された。
 
有言実行。追い出すといい、本当に追い出す頑固者の父親が、現代にどれだけいるか。
 
そういう意味では貴重な存在ではある。尊敬には値しないが。



かなこは、少しだけ泣きそうだった。

母は「向こうに連絡だけはしといたから」という、

追い出される息子に対し、慰めになるのかどうか分らない言葉を最後にくれた 。

父は『貴様なぞ、東大に合格できるはずもない』と、

一応『進路に悩んでいる』という俺に対し、止めといわんばかりの言葉を吐いた。

そして、手渡されたのは現金が少々と、一枚の地図。

そこに付け足すように、俺の衣服や勉強道具。
着の身着のまま追い出されるとは、まさに今の俺のような状態なのだろう。





 

家を出てすぐ、行き先確認のため地図を広げた。
 



 

行き先を聞いて、家を出たくないと言うのを防ぐためか、行き先すら前もって教えない。



連絡だけはしたらしいが、どこにどういう連絡をしたのかは、まったく知らされていない。
 
この念の入りよう。少々頭が下がる。
実際に下げるはずもないが。

高校の転校手続きはしていないので、この地図に記された場所から通うことになるのか?

いまさらあまり学校に行く気はないので、どうでもいいけれど。



大体、どういう顔をすればいいというのだ。
まさか、転校してきた『浦島です』などと、自己紹介しろというのか?


 と・・・・・・・・・・。




『図られましたね。昨日の会話、あれが不注意でしたね』

「それはどうか分らんがな。ま、だとするなら、確かに俺に対するあてつけだな」

『行くんですか?』

「まぁ、現状では行くしかないな。一人ではまだ行動出来ない。資金源と本拠地がなければ補給が出来ないことと同義だ」

『マスターの本心はどこですか?』

「なに?」

『心拍数の上昇は、期待からの興奮か、または逆からの緊張か、どちらです?』



体調をチェックできる存在に、嘘はなかなかつけないらしい。

客観的な言葉だけを述べ、ひどく冷静そうに見せているが、内心、俺は揺れに揺れている。


「・・・・・・正直、分らん」

心のそこから渇望し、また逃げたくもあるのだから。
一体、自分がどんな感情を沸かせているか、しっかりと把握できるはずがない。


しかし、まぁ、進むしかない。

時計の針を戻しても、昨日に行くわけじゃない。

俺は過去に戻ってきたが、それは俺の意思じゃないのだ。

俺がどれだけ腕時計を動かしたところで、世界は一変することがない。

 

 

 

 

俺は、電車に乗るため駅に走った。

地図にはこう記されていた。


 『旧ひなた旅館までは、まず神奈川県の・・・・・・』






第3話 終


次へ

トップへ
戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送