第四話
主人と従者の将来設計
ガタンゴトンと、細かく、時には大きく一定の周期間隔で電車は揺れる。
自分の背後へと流れていく風景を視界に収めながら、俺は嘆息する。
京都から神奈川までは、随分な距離だ。
その随分な距離を、俺はこれからこの電車ですごさなければならない。
景色が、どんどん横へと流れていく。
それは漆黒の闇などではなく、山々であったり、田んぼであったりした。
電車や高速道路が土地の安い場所に作られていった以上、それも仕方のないことなのだが。
しかし、この目に入るのんきな風景が、さらに俺に現実感を持たせないよう、努めているようにさえ思う。
まるで、夢の国を支配する悪魔が、俺を逃さないよう、罠を仕掛けているように・・・・・・。
『・・・・・・乗ってしまいましたね、マスター』
沈黙する俺に、TAMAが話しかける。
しかし、そうは言っても、俺の脳内でのやり取りである以上、
周囲から見れば、俺はただただ窓の外を眺めているようにしか見えないだろうけれど。
「ああ、もう後戻りは出来んな。まぁ、する気もない」
決意はついた。行動する気もある。
しかし、だからといって気分が晴れるわけでもない。
「何らかの事態に直面し、戸惑ったときにすることは?」
『状況を的確に判断するために、現状を考察します』
「正解だ。俺の現在の状況を報告しろ」
『はい。まず、私たちは遺跡を回収していました』
「共鳴反応で場所をつかんで、な。で、かなりの量を回収したから、破棄しようと思ったわけだ」
『その後、単独で大気圏を離脱後、火星付近の宙域で連合軍に偽装した敵戦艦と戦闘行動』
「俺が軍を襲撃したこともあって、宇宙に出られる艦は少ないし、大したことがないと思ったのは、油断だったな」
『そして戦闘中に、機体が通常次元から消失。その後、マスターのナノマシンが暴走』
「で、気付いたら、体が・・・・・・五感が治り、過去にいたと」
『私がいることから、補助脳とナノマシンがマスターの体内に存在すると思われ、かつ、私の機能は正常に稼動しています』
「問題はここからだ。俺の体はいったいどうなっているのか。
第1、人間の意識の大本は脳の微小管関係による量子反応の連結が生み出している。
あのときの俺の体の暴走が、遺跡が持つとされるナノマシンによる時空間移動能力を活性化し、
自己を保存、今の俺をプログラムのように過去の俺にインストールしたとする」
『しかし、それでは補助脳の物理的な存在が解明できません』
「そうだな。この時代の俺が補助脳を持たないから、
時間を無視して、過去と未来で遺跡が繋がることが出来たとしても、相互性がない以上不可能だ」
『もしくは、マスターが、過去の時点で補助脳を持っていた。これが第2です』
「それもありえん。持ちえる理由がない。また、持っていたなら、知っているはずだ。過去に何度健康診断や採血を行ったことか」
『第3、マスターの意識が途切れる瞬間の希望を遺跡が叶えた』
「・・・・・・それは、どういうことだ?」
『遺跡はあくまで、私と同じ『人に使用されるもの』なので、
マスターが何かを望めば、たまにはそれを叶えることもあるか、と。
マスターはあのとき、「あきらめきれない」と思っていましたし』
「・・・・・・そういえば、お前とはリンクシステムで繋がりっぱなしか。
生体部品が内蔵されている以上、俺の思考はそっちに流れる、か」
『はい。マスター自身より、マスターの感情を理解しやすい位置にいるのかもしれません。
あくまで客観的な思考が可能ですので。・・・・・・最も、最近まで理解できませんでしたが』
「情緒的にずいぶんと成長したものだな」
『思考は戦闘のみでは育たないようですね』
「皮肉だな。まぁ、いい。で、結論は?」
『昔に戻りたい、とも取れる無意識の願いを、身体を再構成することと、過去にマスターを移動させること遺跡が叶えた、ということです』
「・・・・・・またえらく中途半端な時に願いを叶えてくれた」
『そうかもしれません。マスターとしては、復讐を誓ったときに、
なるさんの元に向かえる『空間移動能力』さえ与えてもらえれば、すんだことですし』
「そうだな」
『遺跡には、私などよりの高度な意思と呼べる、いわゆる『AI』があり、それがマスターに同情したのかもしれません』
「だとしたら、俺はなんだ? 『私を体に取り入れるとは、この人間も馬鹿なことを。
いやいや、無理やりされていたんだな。少し可哀相になったな。
ふむ、過去に戻りたいようだ。なに、簡単なことだ、それぉ〜』と、そういうことか・・・・・・? ふざけるな・・・・・・」
『ただの私の勝手な推論ですので、気にしないで下さい』
「・・・・・・非常識の塊である遺跡のことを考えると、有り得そうでいやだな」
『すみません、マスター。余計な発言をしてしまいました』
「いや、いい。でだ。俺たちは過去にいる」
『否定できない、紛れもない事実と現実です』
「そして、これから起こることを防ぐことも出来る」
『無視することも出来ますが』
「それは却下だ。少なくとも、この時代のなるを危険にさらすのは辛い。なんと言うか、嫌だ。そう、嫌だとしか言えない」
『あの悲劇を防ぐためには、少なくとも連続した戦闘可能な兵器と資金と、
兵器の整備可能な本拠地とドッグの調達。そして諜報活動と破壊工作による遺跡の再回収。そしてその後、宇宙へ廃棄』
「で、今の俺は高校生、と」
『現状ではまず、妖刀ひなの確保ですね』
「銃もいるな。その辺の暴力団事務所でも襲うか?」
『瀬田・・・・・・いえ、浦島はるかからの譲渡、もしくは窃盗のほうが効率的かと』
「いや、単に暴れたくもあるんだ」
自分を取り巻く環境が、ひどく理不尽に感じられる。
だから、そのすべてを破壊して、何もかもうやむやにしたい。
ひどく幼く感じられる感情の迸りだが、しかし事実だ。
どうにもならない現実の前に、ただただ暴れたくなるんだ、人間は。
馬鹿でしかない。馬鹿でしかないんだがな。
程度の差は大きいが、大学受験のとき、よく暴れた思い出もあったりする。
『分からない!? このままじゃ、今年も落ちるぅ〜!?』
・・・・・・あのころを思い出すと、情けなくもあるが、しかし幸せがあったのだろうと、悲しくなる。
「・・・・・・はぁ、くそっ」
『ならば、別に止めはしません。マスター・・・・・・そろそろ目的地です』
「そうか」
決意した。行動を起こす気もある。
だが、な。
ひなた荘に行くのはやはり気が重い。
あそこは、特別な場所だからだ。
「まぁ、時期が時期だ。まだなるはいない・・・・・・はずだし」
俺が高校生。なら、なるは中学生。
なるがひなた荘にいて、瀬田さんと出会い、東大を目指すようになるのはまだ先の話だ。
そう、なるが高校生になってから。後、2年はある。
その2年で、終わらせる。
俺は右手で胸ポケットに入れた切符を取り出し、左手で荷物を持って電車から降りる。
風がある。少し強いが、気持ちよいと感じる。前髪が、ふわりと揺れた。
感覚が、人の持つ基本的な感覚が、心地よいと感じる。
かつては勉強して落としてしまった視力だが、今ならまだ間に合う。今回は気をつけることにしよう。
・・・・・・いや、多くの人に災厄を与えた俺が、自分の体を後生大事にしようというのは、間違いか。
『マスター、視界を閉じてください。今の貴方にとって危険な人物がいます』
ふと自嘲した笑みを浮かべていると、TAMAがそう警告してきた。
「どういう意味だ? わかっていたら、俺はどんな攻撃でも致命傷を避けられる」
『無理です。このまま進めば、回避は不可能です』
「・・・・・・? 何を言っているんだ?」
俺は視線を上げた。
手を振る人間がいた。
浦島はるか。
俺より少しだけ長いくらいの黒髪のショートを風になびかせ、タバコをくわえている。
若い。血筋なのか、浦島系は年より童顔に見えることが多いが、それでも。
いや、いまはるかさんは・・・・・・今の俺が17なのだから、たしか24か、25か?
いや、今の俺は16か。いや、17? それとも15か?
学校にも行かずに一週間近く自問自答と、TAMAと今後のことについて話し合いしかしていない。
・・・・・・仕方のないことだが、高校の学年とか、社会的な年齢が少しあいまいだ。
学生証か何かで、後できちんと確認しておく必要があるな。
いくら体感したことのある時間だとは言え、その細部全てを記憶しているわけではない。
まぁ、とりえあえず、はるかさんとか、はるか姉さんと呼ぶことにしようか。
以前は、久しぶりに会ったときでも『おばさん』と称していたが、
さすがに今目の前にいる若い女性を『おばさん』というのは、気が引ける。
・・・・・・と、視線を横に振る。
女の子がいた。
可愛らしい、制服を着ている少女。
中学生だろうか。髪を左右で編み、それがとても似合っていると思う。
見覚えがある。懐かしい。
間違うはずもない。
なる。
何で、何で・・・・・・。
そこに君が? 何で・・・・・・。
「・・・・・・な」
何で君がそこにいるのか分からないし、君は『俺の知っているなる』じゃないけれど。
それでも。
可愛い。中学のころの君は、写真でしか見たことがなかった。
その可愛らしい、初々しさの溢れる君が、今俺の目の前にいる。
高校、大学に進んだ君はもっと『綺麗』だった。今の君は、とても『可愛い』と思う。
『マスター?』
「・・・・・・っ!?」
俺の顔に、何かが・・・・・・。
濡れる。
俺は泣いていた。
どうやら、確かにこれはたちの悪い、
回避することの出来ない突発的な不幸であることを認める必要があるようだ。
そう、たちが悪い。
自制が効かなくなる。
「TAMA・・・・・・」
『私は警告しまいた。それより、早く挨拶したほうがいいかと。
いきなり泣いては、不審に思われる可能性があります』
「・・・・・・そうだな」
そして、
「お久しぶりです・・・・・・はるか姉さん」
俺は二人に挨拶した。
『現時点の俺』はなるの名前は知らないので、呼べない。
それが、とても悲しかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なんと言うか、今日は私・成瀬川なるにとっての、厄日なのだろうか。
頬を人差し指で掻きながら、ちょっと愛想笑いする。
『ははは』という、小さな私の声が、場違いだと暗に言っているらしい沈黙によって、追いやられた。
も、もう。なんなのよ。
私は、和風喫茶ひなた店内で、その、なんと言うか重い雰囲気にそろそろ嫌気がさしてきた。
目の前に置かれたコーヒーがもう、冷えておいしくない。
いや、もちろん出された当初は柔らかい湯気を上げ、目に見えて熱かったのだが、冷めてしまったのだ。
別に他の人にかまわず、手をつければよかったのだけど・・・・・・結局、沈黙が重くて、手がつけられなくて。
うう、はるかさんのコーヒーはおいしいのに・・・・・・。
「すまなかったね。取り乱しちゃって」
赤い目を数回瞬かせ、私の眼前に座る男の子がすこし固い口調で謝った。
多分、中学生だろう。泣いた顔を見られて、ちょっと照れているのかもしれない。
私より一つ下か、そこいらの。14歳かな?
そう、重い雰囲気の原因はこの子だ。
可愛い子だと思うけど、口調と同様に、雰囲気と表情がとにかく重くて硬い。
私としてはわけが分からない。
えーっと、今日学校から帰ってきて、はるかさんに『誰かいないか・・・・・・お、なる。ちょうど言い。来い。人を迎えに行く』と、無理やり連れてこられて。
駅でボーっと待って。その時間、本当なら瀬田さんと一緒に勉強していたはずなのに。
・・・・・・で、わざわざ出迎えてあげた男の子は、いきなり泣き出すわ。
しかも、はるかさんはいつもなら決してしないような優しい笑みを浮かべて、その子をあやすわ。
そして喫茶店内に入ったら入ったで、誰も話さなくて、雰囲気は暗いわ。
・・・・・・状況は整理しても、歪過ぎてまとまらないわね。
「かまわんさ。簡単な事情はお前の父から聞いたが、実際どうなったんだ? 向こうの家で」
「簡単に言うと父とけんかした、かな」
「なんだ、聞いたとおりか。本当にそのバッグ一つで出てきたのか?」
「はい」
冷静な会話が、はるかさんと男の子の間で続く。
ちょっと待ってほしい。せっかく誘ったのだから、私の存在を無視して話を進めないでほしい。
話からすると、なに? この子、家出してきてるってこと?
「ちょ、ちょっと。はるかさん」
「なんだ、なる?」
「話が全く見えないんですけど」
「・・・・・・ああ、そうだな。景太郎、自己紹介しろ」
男の子が私に視線をよこし、ほんの少しだけ顔を歪めた。
なんなの、もう。人の顔見て、そのなんとも言えない暗い顔すんの止してよね。
「浦島景太郎」
「・・・・・・それだけ?」
シンプルこそ、最高。
そういう人もいるけれど、簡潔すぎて、これでは何も分からない。
「なる、ちょっと」
「なんです?」
はるかさんが私の腕をつかみ、小さな声で耳打ちする。
でも、多分この程度じゃ、テーブルの向こうの景太郎君にも聞こえてると思うけど・・・・・・。
「あいつ、今ちょっと荒れててな。すまん」
「話の流れからすると、家出ですか? 浦島ってことは、はるかさんの弟?」
「甥だ。でだ。浦島家本家はいろいろ格式があってな。それなりに」
「はぁ」
「あいつは縁切られたんだ。実の父に。しかもこてんぱんにのされて、な」
怪訝そうにこちらを見ている景太郎君だが・・・・・・怪我をしているようには見えない。
あ、もしかして、お腹とか背中とか、青くなってたりするのだろうか。
「ほ、ほんとなの?」
どうせ聞こえてるだろうし、私は思い切って景太郎君にたずねてみた。
景太郎君は、少しだけ口元をゆがめて、笑った。
いえ、なんか、笑うというより、引きつるって感じね。
「された覚えはないけど。逆に・・・・・・」
「逆?」
「いや、今となっては、もうどうでもいいことだね。追い出された事実は変らないし」
何だか、よく分からないけれど、とにかく追い出されたことだけは、本当らしい。
「な、なんでそんなことになったんです?」
まだ他人の私の説明するのが、辛いのかもしれない。
追い出されたのなら、情緒不安定で、上手く説明できなくても、仕方ないわよね。
そう思いなおして、今度ははるかさんに聞いたのだけど、
「追い出されたのは、俺が意向にそぐわない行動をし続けたからだよ」
何の感慨もない様子で、景太郎君は言い放つ。
意にそぐわないから息子を殴って放り出す。・・・・・・一般市民とは違って、やはり、色々あるのだろうか。
はるかさんが『着物マニアだから』と言って、正月に私たちの着付けの相手を忙しそうにして、実家に帰らないのは、実は帰るのが嫌なのだろうか?
「・・・・・・まぁ、そう言うわけで、景太郎はここに来たわけだ。なる」
「来たわけだって、学校とかどうするの?」
「行かない。辞めるから」
「ちょ、辞めるって・・・・・・」
「待て。景太郎。それは聞いてないぞ」
景太郎君の爆弾発言に、さすがのはるかさんも『待った』をかけた。
「言ってないから。説明すると、あの親父は学校の転校手続きもなしに、俺を追い出したわけ。事実上ここから通えはしないですよ。
学校も通えないとなれば、週末には泣きついて、京都に戻ると考えているのかもしれないですね。
言ってしまえば、親父からすれば今回の騒動は、馬鹿な息子の頭を冷やすための、小旅行と言うところでしょうか?」
「景太郎、高校を辞めるら、東大はどうするんだ? 諦めるのか? 今回の騒動も、東大受験という進路が原因だろう?」
「東大、ね。どうするかな。まぁ、高校に行かなくとも、入る方法はあります。
通信教育で高校卒業の資格さえとれば、受験すること自体には、確か問題はないはずだし」
「ちょ、ちょっと待って。景太郎君は今・・・・・・何歳なのかな?」
顔が引きつるのを自覚しつつ、私は問うた。高校? 東大?
「16、いや17・・・・・・?」
「何で疑問系なのよ」
「悪い。はるか姉さん、分かる?」
私の半眼の視線を、特に怯えるわけでもなく、受け流す。
何なのだろう、この子・・・・・・じゃなくて、こいつは。
言葉使いも、微妙に無理をしている気がする。
もしかして、はるかさん相手に、猫をかぶっているのかしら?
「お前は今度の誕生日で17だろうが・・・・・・」
ところどころ不自然な景太郎君・・・・・・じゃなくて、景太郎に、はるかさんは答える。
その答えを受けた景太郎は、私に視線を戻した。
「だ、そうだよ」
「じゃ、なに、年上?」
「なるは何歳なんだ?」
「15よ」
というか、なに勝手に名前を呼び捨てなのよ。
あ、私がまともに自己紹介してないじゃん。
はるかさんも「成瀬川」とは呼ばないし。
「中学生?」
「高校生!」
「ふむ・・・・・・?」
改めて名前を名乗ろうとしたが、なんと言うか、会話の流れがかみ合わない。
急に思案するこいつに名乗っても、意味なさそうだし。
「なによ?」
「いや、なんでもない。ただ、記憶違いがあって、その、少しばかり戸惑っただけだ」
「はぁ? ていうか!」
「なんだい?」
「なに、あんたじゃあ、私より年上? うそ。絶対うそ。なにその童顔」
「問題があるかな?」
「ありよ」
親にたたき出された、可哀相な中学生だと思ってたから優しくしてたのに。
なに? 私より年上?
なんか、「可愛さ」が突然「軟弱さ」に見えてくる。
私なんか去年・・・・・・中学の頃から家出てたわよ! 親がごたごたしてたし。
それが、なに? つまりこいつは、いいとこのお坊ちゃんで、親とそりが合わなくて我がままで家出?
なんていうか、正直な感想を一言で言わせてもらえば、むかつくわ。
さっき、私たちに会った時も、泣いてたし。
あれって、やっぱりはるかさんを見て、安心したからなんだろうと思う。
つまり家から出て、心細くなって、知った人を見て泣いて、落ち着き、で、こういう態度なわけだ。
うわぁ。度し難いってやつ?
「帰るとこあるなら、わがまま言わないで、家に帰りなさいよ」
「無理だよ。あそこに俺の居場所は無いから」
なに、その辛いことを背負ってますってな顔。不幸です、みたいな。
いいとこのお坊ちゃんらしいあんたが、どんな苦労してるのかは知らないけどね。
どうせ大した事ないんだろうと思う。
「・・・・・・で、あんた。東大受験する気?」
だとすれば、ライバルである。私の今の夢は東大に現役合格し、瀬田さんにキャンパスを案内してもらうことなのだから。
「ああ、一応は」
「模擬とか、どの程度なの?」
私はまだ高校一年なので、本格的な統一模擬を受けてないけれど、
でも、瀬田さんのおかげで学年内での成績は結構上がってきている。
なので、目の前の、こいつの成績が気になった。
「あー・・・・・・Z」
「・・・・・・はぁ?」
「計測不能だった。名前書き忘れてね。用紙の型番で、一応答案は帰ってきたけど」
「あんたねぇ、なめてんの?」
もう、目の前のこいつに、私は興味を失っていた。
正直、こいつはこいつで色々あるのだろう。何もなければ、家出などしないだろうから。
だが、話を聞く限り、私にはどうでもいい。
可哀相な中学生と言うなら話は別だが、私より年上となれば悪いが同情する気もない。
そう、私より『大人』なのよ?
大人がしっかりしなくて、どうするの?
大人がしっかりしないと、子供が大変なのよ?
・・・・・・いえ、まぁ、さすがに景太郎は子持ちじゃないだろうけどね?
そして、こいつは勉強面でも、大きな障害にはならない。
なんと言うか、受験に関しても関心なさそうだし、受けても落ちるわね。
いつか私と一緒に受験したり? もちろん、こいつが落ち続けてだけど。
馬鹿みたい。
「・・・・・・はるかさん、じゃ、とりあえず私は帰って勉強しますから」
悪いがこれ以上ここにいても、貴重な時間の無駄遣いだ。さっさと帰らせてもらおう。
しかし、流れるように席を立った私を、はるかさんの一言がその場に押しとどめる。
「あ、待て、なる。こいつをひなた荘に案内しろ」
「・・・・・・どうしてです?」
「住むからだ」
「は、はるかさん、その、女子寮ですよ! こいつ男ですよ!」
「・・・・・・ばあさんが、な」
「お、おばあちゃんですか?」
「ああ、こいつの親父がな、『邪魔になったから、景太郎を引き取ってくれ』とばあさんに連絡してな」
自分の子供を邪魔になったから引き取れって・・・・・・それはまた、常識を疑う発言だけど。
「・・・・・・で?」
「快く、承諾した。ひなた荘は、法律上ばあさんのものだから、誰を入れるもばあさんの勝手だ」
「なんでぇぇぇぇぇ!」
「なんでもなにも、孫が可愛んだろ?」
「そ、そんなぁ・・・・・・」
がっくりと首を垂れる。
脱力感が、身体に広がる。これから勉強があるというのに。
「問題ないよ」
横から、あくまで、しれっとした感じで景太郎は言葉をつむいでくる。うん。なんかむかつくわ。
「大有りよ! 大体ね!」
どこの口が、えらそうにそういうこと言うのか!
「俺が変な動きをすれば、叩き出せばいいだろう? それに、俺は何もしないよ?」
「信用できない!」
「なる、とりあえず今日は置いておかなければならんのだ。
こいつ、金も宿も無いからな。まぁ、出来れば2、3日は面倒見てやれ。あとの判断はお前ら次第だ」
親に家を追い出され、お金も宿もないという、こいつの洒落にならない現在の状況が分らないわけじゃないけど。
「そんな、一日だっていやですよ!」
本心を言えば、嫌なのだ。
「なら、放り出すか? もう一文無しのような人間を」
「あうぅううううううぅぅっぅう」
うなる私に、景太郎は苦笑しつつ、手を差し出した。
「せいぜい仲良くしようよ、なる」
「親しげに名前で呼ばないでよね!」
景太郎が出した手を、私は無視した。握手する気なんて起きない。
「・・・・・・ごめん。出来るだけ迷惑はかけないようにするから」
景太郎は、寂しそうに手を下げて、そして謝ってきた。
・・・・・・ちょっと、悪いことしたかな。
私は少し居心地が悪くなった。
「ああ、もう。分ったわよ! 案内をするから、ついて来て!」
だから私は、そんな言葉で、とりあえずその場の雰囲気をごまかしたのだった。
第4話 終
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