第四話


「遅刻遅刻〜! 初日から遅刻なんて、ゲキヤバって感じだよなぁ〜!」


少々聞き取りにくい声が、俺の口から零れる。

何しろ俺は食パンを咥えているので、それも当然だろう。

中間テストが今日から始まるというのに、思いっきり寝過ごしてしまった。何てこったい。

昨日の夜は一夜漬けとばかりに、

教科書を読みふけったのだが……むしろそれがマイナスだったのかもしれない。


一夜漬け。そんな俺らしくない悪あがきには、ちゃんとしたわけがある。

メドーサさんが『今度のGS試験に白竜会から、何人か出す』なんて言ったのだ。

GS試験とは、その名前のとおり、GSになるための試験だ。

国家試験なのに減点方式の筆記試験じゃなくて、試合をしたりして、受験生の実力を測るそうだ。

まぁ、確かに暗記や計算力だけで試験に合格しても、

肝心の霊力が少なかったら意味ないし、当然と言えば当然かも。

合格できる人数は、かなり少なく、俺みたいな若い奴から、年老いた爺さんまで出てくるらしい。

だから、その合格の門は、非常に狭いらしい。


でも、大丈夫! なんと言っても俺は、メキメキ力をつけてきているはず……だしな。

数十年修行したようなGS候補者に、楽に勝てるとは思わない。

でも、辛くても勝てるよう、頑張るさ! それに、俺は運はいいほうだと思うし!

メドーサさんのためにも、見事合格して見せますよ!


いくらメドーサさんみたいな霊を保護しようという人がいても、

GS協会が中から変わらないと、現状を打破できない。だからこそ、俺たちがGS協会を中から変えなきゃ!

…………おお! ドラマに出てきた、警察のキャリアの人みたいだな。

お前は現場で頑張ってくれ。

俺が出世して、現場が動きやすい新しい警察を作り上げるから…………みたいな感じ?


実際、メドーサさんの考えに賛同する人間が

GS協会に入り込めれば、それだけ温情措置がとられやすくなる。


俺は試験に出る。絶対出る。出て見せるさ。

白竜会を代表して出る以上、相応の実力がないと駄目だ。

でも、試験自体は来月とかではなく、まだまだ先の話なんだ。それまでには、俺はもっと強くなるさ。


道場通い始めて、一年未満。

そんな低経験者の俺だが、そこは努力でカバーしてみせる!

…………うわぁ、これまでの俺からは、ありえない熱血さだなぁ。

やっぱり、人は愛するもののために強くなれるモノなんスね!


もしそれが叶ったら……マジで、夢のようだ。

赤貧学生の俺が、今や一つの道場の顔になるってことだぜ?

俺がGS免許を手に入れたら、GS&CH横島だな。

あ、CHはカウンターハンターね。うん? KHか? 

………まぁいいさ。今日のテストに英語はないし、明日までに調べれば。


で、話はGS免許取得から、さらに発展する。

世界にはオカルトGメンと呼ばれる、その筋のプロフェッショナルが存在するとのこと。

それになるにはGS免許はもとより、高校卒業程度の学力も必要となる。

そして、メドーサさんは出来ればGメンにも、人間を送り込みたいと考えている。


『ヨコシマ、頼んだよ。代表格の雪之丞を見れば分かると思うが、ここには高卒の人間がほとんどいない』


カンクローさんも学歴は持ってないそうですしな。

いや、学力がすべてじゃないぞ、うん。

俺も常々そう思ってるし。中卒ユッキーなんて、なぜか片言の広東語を話せるそうだし。

まぁ、とにもかくにも、分かりましたよ!

あなたの横島は見事卒業して見せます! 留年や退学なんてしませんよ!

そういうわけで、俺は突然だが勉学にも励む好青年になったのだ! 

一夜漬けだが、いい感じに味は出てるはず!


「だから今の俺は、遅刻するわけにはいかんのじゃ!」


まぁ、何だかんだと言って、俺はそれほど焦ってはいない。

白竜会で日々修行を積む俺にとって、学校までの道のりなど、50m走みたいなものでしかありませんよ!

食パン咥えつつ息も乱さず、かつ定番な台詞を言ってのけるのが、その証拠。


この前、カンクローさんお気に入りの台湾タレントヌードポスターを、ユッキーと一緒に廃品回収に出してしまった。

白竜会の道場脇の雑魚部屋を掃除してただけで、それはただの事故だったんすけどね。


『大事なもんなら、んなとこに置いとかんといてくださいよ!』

『そうだぜ! つーか、オトコのヌード集なんか、見てんじゃねえよ!』


ブーブー! ブーブー! 

俺らは悪くないっす! そんな大ブーイング。

しかし、俺たちの反論は通じなかった。


『言いたいことはそれだけかしら?

 ふふ。あなたたち、なんていうことをしてくれたの? あれにはプレミアがついていたのに』


いやぁ、あのときのカンクローさんの怒りったら、そりゃぁ、もう。

殺られると思ったね。いや、犯される? ううん、掘られる、かな。

何にしろ、せっかくの3連休をユッキーやその他仲間とともに、逃亡劇に費やしちゃったよ。

カンクローさん、まだまだ不完全ながらも、秘術である魔装術を使用可能。

ユッキーの最大の霊波砲でもまったくの無傷だったりします。


まさに鬼。


あのカンクローさんは、怒ったオカンとええ勝負やと思う。

逆に言えば、怒ったオカンを押さえるには、

鬼となったカンクローさんレベルが必要やっちゅーことです。


「はむ、ん、んん」


あの3日間に比べたら、別に学校まで全速力で疾走したところで、息切れなんて起こらない。

走りながらパンを食べるのも、朝飯前です。というかこれが朝飯ですが。


「んっ、んくっ」


そろそろ自演するのにも満足したので、

俺は食パンすべてを完全に咀嚼し、飲み下す。

中途半端にいつまでも咥えていると、唾液でくっちゃくちゃになるしな。


「ふう」


それにしても、美少女との出会いはなかったか……。

遅刻、初日、食パン、疾走。色々キーワードは満たしたんだが。


「あっ♪」


落胆した矢先に、俺の目の前に黒髪の美少女が飛び込んでくる。

そう、ここは曲がり角。

角の向こうから少女が飛び出し、俺がそこにぶつかろうとしているようだ。

これはもう、恋の始まりです。故意に恋の始まりです!

メドーサさんが第一ですけど、俺はまだまだ若い! 

魔族のあの人と釣り合うには、やっぱいろんな経験が必要だ! 

特にウッフ〜ンで、アッハ〜ンな感じのやつ。



………………あっ。ちょい、待てよ?



俺は今全速力で疾走中。


やべぇ、ブレーキ! ブレーェェェェキィィ!


今の俺が! 

白竜会でカンクローさんから逃げ切ったこの俺が! 全速力!

こんなんで人にぶつかったら、軽く大怪我だぜ! 

美少女を傷つけるなど、俺が許さんぞ。



「ふおっ!」



走り迫る男子高校生に、驚きの表情を見せる少女。

彼女に対し、俺はぶつかる瞬間で大きくステップを踏んだ。

アスファルトをぶち抜くんじゃないか、というほど大きく『ダンッ!』という音が住宅街に響き、

そして俺の体は、少女から体一つ分以上は横へとずれる。

少女の眼は、俺の動きに驚かされたらしく、さらに大きく見開かれた。





ププ〜ッ




はっ! え? 車!?




キキ〜〜〜〜〜ッ! 




ドンガン、グシャ……プシュ〜………。



カン、カランッ!



げふぅっ……。



シーン。



ぴくっ……ぴくぴくっ……





(なーんてことにならないよう、ここでさらにターン!)

俺は流れるような動きで、自身の体を制御する。


胸中に物騒な擬音と、ついでに痙攣している自分が『視えた』のだ。

霊能力とか、そういうのが全く関係なしに。まるでコントのような光景が。

少女をよけて、このまま馬鹿丸出しで車道まで横移動し、車に轢かれる。

それはある意味、美味しい役柄だろう。

だが、俺は芸人じゃないし、ギャグ漫画の主人公でもない! …………ないよな?

仮にもし、俺が主人公となるなら、

それは魔性の女性を束ねる一大ハーレムを作る、サクセスストーリーの主人公やっちゅーねん。


誰もが予想できたであろう未来図を回避し、俺は軽やかに少女の前で姿勢を直した。


「ご、ごめんなさい。突然飛び出ちゃって、すみません」


俺の動きに驚いていた少女が、おずおずと話し出す。

うん、儚く消え入りそうな、いい声だ。

いっそ、車道に飛び出して轢かれて、

少女に自身を印象つけさせるのも手だったかな、などとアホな想像もしてみたり。


…………う〜ん。

でも、それで死んだら、絶対に成仏できねぇ〜。

あ、そうなったらメドーサさんに取憑こうか?

いや、つーか、今の俺が車に轢かれた程度で死ぬわけないか。


「いいよ。こっちこそ思いっきり走ってたし。

 そっちもびっくりしただろ? ぶつかったらどうしようかと……」

「あの、私ぶつかっても平気です」


は? という呟きとともに、俺は少女の体を観察する。

少女の体は、透けていた。

ほとんど反対側は見えないのだが、微妙に透けていた。

というか、もっと言うべきことを言うなら、少女は壁から生えていた。

うん、角から現れたんじゃなくて、壁から頭だけ生やしていたわけだ。


「うんしょ」


黒髪の少女は、そんな声とともに壁から体を抜いた。

白と赤の巫女装束が、道路の真ん中で艶やかに映える。いや、この場合、生える?


「あー、幽霊なんだ」


そう、俺が生まれてから……少なくとも記憶と印象に残っている限り……初めて見る『幽霊』だ。

霊視訓練は積んでいるし、

メドーサさんの魔力もずいぶん感じているけれど、こうして実物をしっかり『視る』には初めてだ。

悪霊化しているような奴は、住宅街に簡単に出現しないし、

悪霊化すら出来ないような靄みたいな奴は、文字通りもやもやと不定形だ。

初めて見る魔族が巨乳の美女。

初めて見る幽霊が巫女の美少女。

ああ、俺ってばなんて幸せな奴なんだ。これも日々の努力の賜物だな!

この分なら、初めて見る妖怪は雪女か? はっはっは! どんとこい!


「えっと、私はおキヌって言います。

 あなたの言うとおり、幽霊です。

 それで今はGSの保護下で働いているんですけど……」

「けど?」

「散歩に出て、道に迷っちゃいまして……えへへ。まだ慣れてなくて」


可愛らしく笑うおキヌちゃん。

現世物質を透過出来る幽霊なら、

そのGSの霊気を感じる場所まで、一直線で移動すればいいのに。


俺がそう尋ねると、彼女はまたしても頭をかきつつ苦笑した。

うわぁ、かわいいなぁ。メドーサさんとはまた違った魅力ですよ!

何なら、俺に取憑いてくれません?

おキヌちゃんなら、ヘイ! カモ〜ンですぞ。


「緊急のお仕事でも入って、たぶんケッカイをテンカイチューなんだと思います。

 そのせいで、どこにいらっしゃるか、分からなくて」


理解して喋っていないなぁ、というのが多分に分かる口調だった。

おそらく『こういう場合は、居場所が分からない可能性がある』とでも聞かされた内容を、そのまま口にしているのだろう。


「じゃ、後で探せばいいさ。GSの名前は?」


俺は彼女を保護しているGSの名前を尋ねた。

GSで無名の者、というのはほとんどいない。

S級だろうがD級だろうが、

一般人からすれば特異な人間であることには変わりなく、すぐ近所でうわさが立つからだ。

また扱う金額は基本的に大きなものであるため、またしても人の目を引くことになる。


『ちょっと聞きました、奥さん!

 あそこの事務所の人はGSで、

 この前も一日で軽く1000万円を超える報酬だったとか!』ってなもんですな。


「えーっと、美神令子さんです」

「え、マジ!?」

「知ってるんですか?」

「ああ。美神って言えば、日本で最高ランクのGSだって有名だよ」


俺の脳裏に、TVで活躍するGS美神の姿が再生された。

ボディコン服。そう、激しい運動をするというのに、何故か彼女は露出が多いのだ。

だが、TVニュースや特番などでは編集してあるせいもあるのか、

下着が見えているシーンは一つもない。

…………って、これは全然関係ない話か。

とにかく、美人で最高位の能力者で、んで…………その報酬はかなりのものらしい。

金への執着が、その美しさを損なわせてるとか、なんか色々噂があったりなかったり。

多分、GS美神に仕事を依頼した企業が、オフレコで漏らした話が、世間に出たんだろうなぁ。


「そんなことないです。だって、美神さん、私にお給料くれますよ」


へぇ。自分が保護して働かせている幽霊に、ちゃんと給料を払うのか。

うん、実はGS美神って、うわさほどじゃないのかも。

うわさには尾ひれとかがつくもんな。



「30円もくれるんですよ!」


面白半分に喋っているうちに、どんどん内容がひどくなっていったのかもな。

そんな風に納得していた俺に、

おキヌちゃんはかなりの衝撃を与えてくれました。


「……は?」

俺の口からは、意味のない音だけが零れる。


…………え、えーっと………………現代日本で、30円で、何をどうしろと? 


おキヌちゃん、そんな『私、すっごくお金貰ってます』って顔、しないで。

なんか、俺の胸がちくちく痛むから! 

君、騙されてるから! それ少ないから!


「…………それ、時給?」


せめてもの、そう、今にも消えそうな一筋の光の希望にすがって、俺は尋ねる。

24時間憑いてるから、1日720円ってことなのかな? と考えたからだ。

幽霊だし、服も要らないし、食べ物も要らない。なら、720円もあれば、お線香くらい買えるしね。

720円なら、1ヶ月で21600円。そう考えると、かなりのお小遣いだとも思える。



「へ? 日給ですよ?」

「…………………そ、そう」



予想通り、あっさり裏切られる俺の希望。

そんなくらいなら、むしろやらないほうがいいのでは?

一日30円で、どうしろと?

お線香を買うのも、一月お金をためて買えと?



GS美神。あなたはいろんな意味でスゴイです。

いくら相手が幽霊でも、働かせてるんなら、30円はひどいんじゃ……。

人として、この純真な巫女幽霊を騙して、良心が痛まないのだろうか。

いや、まぁ、おキヌちゃんがいいなら、別に激しく非難する気はないけどね。なんっつーか……。

と言うか、一日30円じゃ、

あまりに額が少なすぎて、そのうちあげるのを忘れちゃうような気がする。



「世の中には凄い人がいるなぁ。マジで」


ふと、そんな風に感じた朝でした。













          第4話   横島クンの非日常、学校編











キーンコーンカーンコーン。

カーンキーンコーンカーン。


無常にも、すべての終わりを告げるチャイムが鳴った。

最後方の席の男子生徒が、俺の机の上のテスト用紙を回収し、教卓にいる先生へと提出する。

これで今日の学校は終わりだ。

まだ太陽は天の頂に登ったばかりだが、テスト期間なので基本的に学校は正午過ぎで終わる。


「……一夜漬けでは、味がまだ染みてなかったっす」


激しく間違ってる。

あんな紙切れ一枚で人の評価を決めるなんて……などと思うけど、

『じゃあ面接形式なら答えられるのか』と聞かれれば、

やはり答えはネガティブであります。分からないものは、分からんとです。


ごめんなさい、メドーサさん。

せめて明日から破壊とウランを、全部埋めるように頑張ります。

ありゃ? ……おかしな区切りをしちまったな。

訂正。明日からは、解答欄を全部埋めます。

そうすれば、正解をもらえる確立はゼロではないし。

埋めたところで、

正解をもらえる確立は、ゼロから1パーセントにしか上昇しないだろうけれど。


「はっふぅぅ〜」

「お、どうした横島?」


精根尽き果てて嘆息する俺に、メガネをかけた悪友が笑いかけてくる。

テストが終わってうつになってるんだから、俺の状態は分かるだろうに。


「俺、ダブらないで卒業して見せるつもりなのに……だめくせぇ。中間テストの初日でこけた」


俺は胸中で『よく入学できたよな』とつくづく思った。


「おいおい、マジで弱気だな。あれか? 

 バイトが辛いのか? いっそ、親に泣きつけばどうだ?」

「バイトはいいさ。時々死に掛けたり、オカマに追い回されたり、

 根暗に因縁つけられるけど、基本的にいい雰囲気だし」

「…………どういうバイトなんだ、それ」

「GSの見習い、かな?」

「えっ! お前GS目指してんの? 無理だよ、あの職業は霊力がないと」

「俺は、潜在能力だけは、もの凄いらしいんだ」

「ふーん。それ、開花しそうなのか?」

「先輩どもに小突き回されてるけど、どうだろ。

 雪之丞っていう俺と同い年の奴には、今のところ82戦81負けで、1回だけ引き分け」


ちなみにそれはユッキーが霊波砲主体での戦闘で、

出力制御を誤り、一回の攻撃で疲弊しきったからの引き分け。

というか、力を使い果たした相手に何とか引き分け。くそう。すっげぇ悔しい。

ミニ四駆で言うなら、連戦して電池切れ寸前のマシーンと同着ってことだ。


「先は長い。じっくり行く。でも、とりあえず今年中にGS免許は取る!」

「それ、無茶苦茶生き急いでるぞ? いきなり免許は無理だろ? 車じゃないんだし」

「成せば成る! 今の俺は努力を怠らない勤勉学生なんだ!」


すでにユッキー攻略用の新技は、しっかりと考案されているのだ。

その名も@−デコイ。

そしてそこから派生する@−レイヤー。

やつが霊的攻撃を仕掛けたとき、

やつは俺の領域の中で無様に踊り、そして朽ち果てるのだ!


「俺の今までの技を進化させてだな……」

「……で? 何でそんなに頑張ってるんだ?」


俺が@−デコイの説明をしようとすると、いきなり遮られた。

どうやらそういうことには興味がなく、聞く気はないらしい。

俺は少しだけ腹を立てつつも、自分の頑張る理由を正直に述べた。


「いやぁ、俺の師匠がむっさ綺麗な人なんだが、先輩弟子に勝てばご褒美をくれるって!

 GS試験にも受かれば、絶対にいいご褒美をくれるはずなんだ!」


メドーサさんは、運動会のリレーで使用するバトンを、手で持たなくても走れそうな人です。

胸の谷間ではさんで、両手を自由に出来そうな人なんです。

バトンのようなものなら、何でもはさめそうなわけで……つまりはまぁ、そういうことです! 

小さいのもいいけど、大きいのも俺は大好きです!


「…………そういうところに答えが落ち着いている以上、伸びは悪いと思うぞ……」

「大丈夫。俺の霊力の発生源は、エロ魂らしいし。いうなれば、熱きオトコのロマン回路?」


ちなみに、一度徹夜でAVを見たおしてユッキーと対戦したこともある。

もちろん見るだけで、一度も『出して』いない。つまり溜まりっ放し。

体中から吹き出そうな霊力を感じたとき、

これはいける、と思ったのだが……実際はもう、勝負にならなかった。

あまりに高まった霊気を制御しきれず、自爆したのだ。

俺のコントロールできるレベルは10。

しかし、エロ魂に火をつけて、悶々とした状態だといきなりそのレベルをぶっちぎって、1000くらい行く感じ。

ダムの放水レベルの霊力を、家庭用の小さな蛇口で開け閉めできるわけないっす。


「そんなわけで、宝の持ち腐れなんだよな、今の俺」


ダムの放水レベルの霊力を、

完全に制御できれば、ユッキーにもかなり楽に勝てるはずなんだけど。

まぁでも、AV見ないと発揮できない力なんて、元から腐りきっている気もする。


「ん〜、それは分かったが……」

「何だ?」


悪友は、笑いつつ『くいっ』と指で俺の背後を指した。

そこには、なぜか軽蔑のまなざしで俺を見やる女子が!

あああ! なぜもくそもないですな! 

そうですよね、こんなに近場でAVなんて単語を口にしたら、こうなりますよね。

ここで軽蔑されずに『ふ、若いわね』なんて憐れまれても、それはそれでツラいっすけどね!


「お前、嫌われたな」

「気づいてたなら、小声で喋るように促せよな、おい! 

 お前って奴はマジで………………はふぅ!?」

「お、おいおい」


叫んでいる途中に、俺の体は大きく揺れ、強制的に椅子へと座らされた。

うう、くらくらする。

頭はまるで酸欠のような状態で、体中にも疲労感が溜まっていた。


「だ、大丈夫か? 何をテストでそんなに疲れてるんだ?」

「いやぁ、はっはっは」


今朝、俺はおキヌちゃんという迷子の幽霊に出会った。

そして、交番でGS美神の住所を調べ、連れて行ってやろうかと提案した。

GS美神といえば有名人。

事務所くらい、尋ねればすぐに分かるだろう。


しかしおキヌちゃんは俺の服装から、

俺を『ガッコウという場所に毎日行く人。忙しい人。予定のある人』と考え、その提案を断った。


『ケッカイが解ければ、

 美神さんの居場所も分かると思いますし。私、またお散歩して時間つぶします』

『う〜ん。ちゅーか、事務所か家か、そういうところに残る残留霊気は感じないのか?』

『駄目なんです。美神さん、事務所とかにもカンイケッカイとか言うの張ってて、外に出ると分かりにくくて』


おいおい、なのに迷子になるほど遠くまで散歩するなよ。

……と思ったけど、大人な俺は口には出さなかった。


『本当に大丈夫? じゃ、もし何かあったら、

 俺のところまでおいで。俺は可愛い女の子の味方だしな!』


ちなみに、男とかおばちゃんは、まぁ、そのときの気分次第です。

いや、もちろん目に見えて苦しんでいるのに、見捨てたりなんてしませんけどね?


『か、可愛い?』

『そうだよ! 何かあったら、この俺に任せろ!

 俺は霊に優しいGS&CHを目指す男さ!』


そんな風に、俺は大見得を切った。

今の俺は、GS美神がTVニュースで簡単に払っていた自爆霊すら、一人ではどうすることも出来ないレベル。

でも、可愛い女の子のためなら、それこそ肉の盾にだってなりますよ。

そんなわけで、テスト中ずーっと、

おキヌちゃんがどこにいても俺を見つけやすいよう、一定量の霊気を放ち続けてたのだ。

そうすれば、俺が霊的に目立ってるから、灯台の役割も出来るし。


しっかし、これがむっさ疲れるの何の。

あれだよ。空気椅子ってあるだろ? 

壁に背中をつけて、ひざを90度曲げて、あたかも座っている様に見せるやつ。

中学の部活とかでよくやるやつ。

あれの状態を朝の授業開始から、今の今までやってたようなもの。

今日はテストで午前終了だからいいけど、午後もあったら女子更衣室でも覗かんと、死にますね!


ちなみに今も、何とか一定量の霊気は出してます。

一気にどばっと出すより、こういう奴のほうが辛いね。

そう、つまり短距離より長距離のほうが辛いってことだな。


「帰る前に、水でも飲んでくるわ」

「そーすれば? んじゃ、俺はお先帰るし」

「ちっとは心配しろよ!」

「ついさっきまでAV見たおしてたとか言うやうが何を言う。どうせ、もう平気だろ」

「くっ、それを言われると……」


俺に反論の余地はなかった。

すごすごと、あるいはそそくさと教室から退室し、水飲場へと向かう。

金はあるので自販機まで行って、

コーヒーなり何なり買おうと思えば買えるのだが、今は面倒でそういう気になれない。


「ん、ん、んんっ! ぷっはぁ〜」


乾燥気味だった喉に、潤いが戻る。

その爽快感からか、俺は風呂上りにビールを飲んだ親父のような息を吐いた。

水は人にとっての生命線。そんな言葉を実感する。

ただの水道水であり、霊的な泉の水でもないのに、

口にするだけでこんなにも精神的疲労が回復するのだから。


出発時より軽い足取りで、俺は教室へと戻った。

後は机にかけたカバンを手にとって、帰るだけだ。


おキヌちゃんのことも気になるけど、

このあと白竜会道場に行けば、

いやでも霊力は高めなきゃいけないので、何かあったら俺を見つけて、相談に来るだろう。


ああ、明日もテストだし、今日は早い目に帰って勉強しないと。

…………どうせなら、メドーサさんが手取り足取り、

ついでに色んなところを手にとって、俺に優しく勉強を教えてくれないかなぁ。

そんな学生らしい思考とともに、教室のドアをスライドさせる。



「…………うん?」



異様な空気が、今日室内を満たしていた。

メドーサさんの持つ魔力でもなく、ユッキーや先輩弟子の放つ霊気でもない。

何なのだろう。今の今まで、感じた事のない空気だった。


もしかすると、ただ単に疲れて、そう感じただけなのかもしれない。

そう考えてみるけれど、心の中にこびりついた違和感は、拭い去ることができなかった。


これは……まさか、妖気?


注意深く、俺は教室内を見渡した。

どこに何がいるのかは分からないが、何かがいることは確かなのだ。

学校に出現する妖怪といって、俺の頭に最初に上るものといえば、

トイレの花子さんだが……ここは高校で、小学校じゃないしな。

ちゅーか、そもそもトイレじゃない。


じゃあ、何だ?


先入観に囚われても仕方ないので、頭を振って思考を切り替える。

今は、ここに何がいるかを考えるのではなく、

この教室から出て…………そう、

メドーサさんか、あるいはカンクローさんレベルに事態を相談しなくちゃいけない。

俺のレベルで、何か異様さを感じさせるものと対峙できるはずがない。

異変を感じたなら、プロか、プロに迫るアマチュアでもいいから、まず相談すべきだ。

俺は思考を索敵から避難に切り替え、脱出口である、教室の扉を見据えた。


「取り敢えず、逃げるが勝ちだよな、今は」


だが、この刹那の思考転換が、非日常の空間では大きな隙となった。

何かが、俺の背後で動き、そして俺のほうに接近した…………のだと思う。

残念ながら、確証は持てない。背後で気配がふくれたと思った、その瞬間……


「…………は?」


……その瞬間、俺の視界は暗転した。

俺ができたことと言えば、ただただ困惑を乗せた音を、口から漏らすことだけだった。


「え…………?」


俺、死んだ?

暗闇の中で、何故か意識が薄らいでいく。

睡眠薬を知らぬ間に盛られたら、こんな感じなのか?


俺の意識は、そんな下らない考えとともに、闇に溶けていった。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「どうなされました、メドーサ様」

「いや……」


勘九朗が私の顔を覗き込み、尋ねてくる。

その眉は寄せられ、決して小さくない怯えが見て取れた。

まぁ、仕事の報告の途中で私が表情を強張らせれば、それも仕方がないだろう。

「ヘマばかりする奴は『要らない』からね」と重々聞かせてあるのだから。


私は軽く手を振って、やつの疑問を霧散させた。

別段、勘九朗の報告に不備があったわけではないのだ。


「まぁ、別に何かがあったわけではない」


私は視線を白竜会の本部に向けつつ、言葉をつむぐ。

私が今いる場所は、道場脇の木の下である。

無属性の隠行結界が張られているため、

この結界はよほど慎重に見つめなければ発見できないし、また内部の声が外に漏れることもない。


「ただ、ヨコシマがこの世界から消えただけだ」


大したことではない、という風に、私はかなり大した内容を口にする。

自分の陣営の人間が『世界から消えた』と告げられれば、普通は目を白黒させるだろう。

実際、私の言葉を受けた勘九朗は、面白いように驚愕の表情を浮かべた。


「ど、どういうことでしょうか?」

「何かに取り込まれたらしいね。

 自力で抜け出さない限り、もう帰ってはこないだろうさ」


ヨコシマの行動は、普段から一匹のビッグイーターに見張らせている。

奴の行動は、見ていて飽きないからね。

その監視イーターによると、

ヨコシマは学校内に突如出現した、何らかの妖怪に飲み込まれ、別世界へと飛ばされたようだ。

今朝からヨコシマは霊気を一定量放出していた。

おそらく、それに惹かれてその妖怪はやってきたのだろう。

ヨコシマは一応発生した妖気を感じて、警戒はしていたようだが、まだまだ甘い。

勘九朗レベルならば、飲み込もうとする相手を察知し、迎撃くらいはしただろう。

まぁ、殲滅できるかどうかになると、また話は別だが。


「……メドーサ様は、横島を気に入っていたのではないのですか? そのまま放って置くのですか?」

「そうだね。まぁ、あんたよりは可愛らしいペットだと思っているよ」


そう、ヨコシマは私のペットだ。

私に認められるために、私を手に入れるために、努力している可愛い犬。

地位欲しさに努力する奴より、よっぽど可愛らしい。

地位に執着する奴の視線は、正直好きじゃないからね。


魔界では、地位が上のものは下位のものを見下す。

地位が下のものは、上のものを怯えて見やる。

私の持つ関係は、いつもそんなものだ。

上司に消されないかと怯え、部下には怯えられる。勘九朗がいい例だ。

こいつは私に従っているが、それは私に対する怯えがあるからだ。

自分の力が上ならば、私を見捨てるね、こいつは。

好戦的な雪之丞でも、時折私の漏らす魔力に怯えている。


だが、ヨコシマは違う。私に怯えない。

飲み込まれても、石にされても。それでも私を求めてやってくる。

機嫌は伺ってくるが、それは自分の命ほしさからではない。

単純に、笑っている私を好いているのだ。


私が奴を殺したならば、奴の最後に浮かべる表情は何なのだろう? 

恐怖? 憎悪? 

もしかすると『冗談がきつい』と、

自分が殺されたことを認めずに、笑いながら死ぬのかもしれない。


まず有り得ない話だが、

ヨコシマがもし私より強くなったら……奴は私を見下すだろうか?

おそらく、否。

今の関係が、力による主従関係でない以上、変わらないだろう。

何を言ったところで、奴は私自身に執着しているのだから。


ヨコシマは私に怯えないし、見下しもしない。ある意味では、対等な関係。

ペットと対等な関係、などと考える私は、どこか壊れたのかもしれない。


「ところでメドーサ様」

「なんだい?」


勘九朗の言葉を受け、私は思考を通常のそれに戻した。


「横島には、いつ裏の事情を説明するのです?」

「まだ考えていないよ。まぁ、そのうち機会を見て話すさ」


ヨコシマには、白竜会の実態を伝えていない。

ヨコシマは私の言った『都合のよい表の事情』を信じている。

白竜会を、ただのGS育成道場だと信じている。

確かにそういう側面も持ち合わせている。強くなろうという人間が集ってもいる。

だが、白竜会はただの道場ではない。

GS協会を乗っ取る『私の子飼いのGS』を生み出すための道場なのだ。


大体、霊を保護する? この私が? 無償で? 

そんなはずがないだろう。


私は次期魔王の手足である魔族。

使えるものは使うが、何で慈善事業を始めなきゃいけないのさ。

利用できない霊まで、こちらの陣営に引き入れる気はないよ。

それに、そのうち人間界の科学を使用して、人造魔族も作り出す計画もあるからね。

わざわざそこらの霊をかき集めて、戦力にする必要もない。


人造魔族は気に入らない計画だが、

まぁ、人間が自分で自分の首を絞めると思えば、それも我慢できるさ。


我が主たる魔神の計画を進行させることが、私の背に乗る任務。

GSに対する妨害も、ヨコシマは邪魔をするだけだと考えているだろう。

しかし、それだけですむはずがない。

必要に応じて『GSを殺せ』と命じたとき、奴はどんな顔をするだろう? 

同族殺しは、まだまだガキのヨコシマには辛いはずだ。


「ペットのしつけに失敗するほど、私は馬鹿ではない。お前が心配することじゃないよ」

「申し訳ありません」


私が何らかの手を打つ前に、

この裏事情を知ったなら、ヨコシマはどんな顔をするのだろう。

騙したな、と怒るのだろうか。それとも、俺に任せろというのだろうか。


所詮、私は魔神の意思一つで消される道具だ。

もしもヨコシマの憎悪を受けながらに滅せられたのなら、それはそれでよい幕引きなのかもしれない。


どうせ、いつかは消される運命なのだ。

自分で選んだわけでもない主に消されるよりも、

気に入らないGSに消されるよりも…………自分の気に入った存在に消されるほうがいい。


もともと、天より落とされ、陵辱され、

孕まされた子供すら、自分で産ませてもらえなかった女なのだ、私は。

ならば、その本当の最後くらい、多少はいい目を見させてもらっても、いいだろう?


(…………いや。馬鹿らしい。私は何を考えている? あんなガキに殺されたいだと?)


私は胸中に湧いた不穏な思考をかき消した。

馬鹿らしい。魔力が激減する人間界に、長く居すぎてしまったのかもしれない。

その悪影響が、思考を揺り動かしているのだ。そうに、決まっている。

馬鹿らしい。


「勘九朗、雪之丞の仕上がりはどうか?」


くだらないことを考えるより、仕事のことを考えなければならない。


「はい、そろそろ魔装術にステップアップいたします」

「GS試験には?」

「問題ありません。必ず間に合わせますわ」

「気をつけな。

 このことがGSにばれれば、協会乗っ取り計画が水泡に帰す。

 この国には、妙神山もあるのだしね」

「承知しております」


私はその後も、しばらく勘九朗と今後について話し合った。

私にはいまだ部下がいない。

勘九朗や雪之丞がGSになり、

その組織に潜り込むことが出来れば、部下と呼ぼうとも思うが、現状では無理だ。


「ふぅ。さて…………ヨコシマ、早く帰ってこないと、稽古に遅れるぞ?」


報告会が終わり、

勘九朗を下がらせた私の口から漏れた言葉と言えば、そんなものだった。



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