第六話



飯を食い終わった俺は、道場の屋根に上って、お茶を飲んでいた。

時刻は午後1時を回ったところだ。


今日は横島の奴、

学校が午前中までで終わるとか言ってやがったから、もう少ししたら来るだろう。

今日も今日とて、ともに鍛錬だ。

横島の奴は、どんどん力をつけてやがる。

ゾクゾク来るぜ。あいつは、そのうちすっげぇ技を編み出すに違いない。


発想と言うか、着眼点と言うか、そういうもんの筋がいいんだろう。

あいつは俺との間に絶対的な能力差があるにもかかわらず、

俺の攻撃を避け、そして有利に戦うための策を持ってきやがる。

まだまだ負ける気はしないが、時々冷や汗をかくこともある。


そう、スリルがあるんだ。

俺に『侮れない』と思わせること自体が、純粋に賞賛に値する。器用な奴だ。

生き残りをかけたサバイバルなら、むしろあいつのほうが有利なんじゃないだろうか?


俺をユッキーなどと呼ぶのは気に喰わないが、

言って止めるような奴でもないし、最近では諦めている。

まぁ、横島だからな。

慣れたらいちいち目くじら立てるのも、馬鹿らしい。

ちなみにあいつからは『横っちと呼んでもいいぞー』などと言われているが、ぜってー呼ぶ気はない。

なぜなら、俺はそんなに軽い男ではないからだ。

ママも、男はカッコよくあるべきだと思っているだろうし。


「こんなところにいたの、雪之丞」


ふと、俺に声がかかった。


「何か用か、勘九朗?」


お茶をすすりつつ、俺は屋根に飛び上がってきた勘九朗を見やった。

奴も食事を終えたばかりらしく、頬に米粒をつけてやがった。

指摘してやると『あら、嫌だわ』などと言いつつ、小指で取って、米粒を飲み込んだ。

この口調と仕草、どうにかならんもんか?

そう常々思うものの…………やはり、これもどうにもならないのだろう。


「で、何をやってるのかしら?」


頬をさすりつつ、勘九朗は問いかけてくる。

最初に何か用があるのかと聞いたのは、俺だったんだが。

まぁ、それこそこいつも俺に何か用があるのかもしれない。

そう思いなおして、俺は勘九朗の問いに答えた。


「食後の休憩だ。それに、そろそろ横島の奴が来るかと思ってな」

「……彼なら、来ないんじゃない?」


俺のごく普通の台詞に、勘九朗が表情を少しだけ曇らせる。

俺は眉を寄せると、勘九朗は嘆息してから言葉をつむいだ。


「メドーサ様が言っていたわ。彼、妖怪に取り込まれたらしいわ」

「な、なんだと!?」

「なんだも何も、そう言ってたもの。

 自力で出て来ないと、永遠にこちらへは戻ってこれないそうよ」

「本当なのか?」

「ええ、マジよ。私も詳しくは知らないけれどね」


わけが分からないが、こんなことを冗談では言わないだろう。

勘九朗自身、メドーサの奴から詳しく聞いておらず、

ことの詳細はよく分からないが、

とにかく、横島は妖怪に取り込まれたらしい。


道具も何もなしに、妖怪と相対し、そしてその中に取り込まれる。

…………絶望的だ。

今の横島では、まず中から出てくることは不可能だろう。

俺や勘九朗でも、いきなり妖怪と戦闘しろと言われれば、かなり苦戦する。

俺や勘九朗は、強い。並のGSを超えるだけの実力は、すでにあるつもりだ。

魔装術を使いこなし始めている勘九朗など、GSを倒すような訓練も始めている。

だが、それでも、いきなりの戦闘では不覚を取られ、やられるかもしれない。。

まして取り込まれてしまえば、抜け出すことなど…………。


「可愛い子だったんだけどねぇ。残念ね」

「まだ決まったわけじゃないだろ」


すでに横島の葬式の段取りでも考えていそうな発言をする勘九朗に、俺は噛み付いた。


「あら? 無事脱出できると思うのかしら?」

「横島なら、何か手を思いつくかも知れねぇな。

 あいつはいつも、突拍子もないことをしやがる」

「あんたになんとか通じる程度の小手先だけの技で、妖怪はどうにもならないわよ」

「…………」


確かに、勘九朗の言うことは正しい。

多少かじりだした程度の奴が、

やすやすと妖怪に勝てるなら、世の中にはGSなんて職業は必要ないのだ。

あるいは横島が超天才で、神族か何かの血でも引いてるなら話は別だが、

あいつは生粋の人間で、超天才ってわけでもねぇしな。


「ま、惜しい子を亡くし……」

葬式の帰りのような表情で、

勘九朗はそう会話を締めくくろうとした………………が。




「おーい、ユッキー! 屋根の上で何やってんだぁー?」



……………ここ最近で、妙に耳に馴染んだ声が、聞こえた気がした。



「……気のせいかしら? 今、何か声が聞こえたわよ?」


勘九朗は目を閉じつつ、そう呟く。

俺のどこでもない虚空を見やりつつ、答えた。


「奇遇だな。俺にも聞こえたぜ」



「おいおい! 無視すんな! ユッキー! 

 カンクローさんも、返事してくれよ! シカトはいじめの始まりだぞ!」


どうやら幻聴じゃないらしい。

そう結論つけた俺たちは、二人してある方向に視線を向ける。


「ふつーに無傷でいるぞ」

「……みたいね」


話し込んでいるうちにやって来ていたのか、

横島はいつの間にやら、道場の下にいやがった。

そしてあいつの背中には、妖気を漂わす机が乗せられている。

さらにあいつの頭の上には、女の形をした妖怪がふわふわ浮いてやがった。


「横島! お前、妖怪に取り込まれたんじゃないのか?」


俺は湯飲みを片手に、道場の屋根から飛び降りる。

横島の前に着地し、

奴の視線に自分のそれを合わせると、奴は疑問符を浮かべてやがった。

こっちが疑問だらけだというのに、お前がとぼけた顔をしてどーする?


「何でお前が知ってるんだ、ユッキー?」

「メドーサ様が、あなたの異変を感じたらしいのよ」


俺より一拍遅れて落下した勘九朗が、その横島の問いに答えた。


「ふーん。そっか。

 愛弟子の俺が可愛くて、いつも見守ってるってことだな。

 これはもう、あれだな。守って守護魔天?」

「んなことはいいからよ。

 何でお前無事なんだ? まさか倒したのか!?」


俺は横島の背後と言うか、頭上にいる女を見つつ、聞いた。

髪の長い、外見年齢だけで言えば、俺や横島とそう変らなさそうな奴だった。

しかしその体からは、やはり小さな違和感……人外の匂いが感じられた。


「ん? 俺なんかが力押しで勝てるわけないだろ?

 まぁ色々あって、説得して、今日から俺んちでメイドすることになったんだ」

「説得して……メイド?」


横島の説明に、勘九朗が疑問の呟きをこぼした。


「そうです! これでファミレスやコンビニの世話にならなくてすむ!」


横島はそう言い、机を背中からおろす。

さらに頭の上に浮かぶ女妖怪の手を引いて、俺たちの眼前におろした。

女妖怪は、ぺこりと会釈した。黒く長い髪が、さらりと流れる。


「机妖怪の愛子だ」

「愛子です。よろしく、いつも横島クンがお世話になってます」


それはごく普通に、礼儀正しい挨拶だった。

その挨拶に対し、俺と勘九朗はどもりながらに答えた。


「よ、よろしく。私は勘九朗よ」

「お、俺は伊達雪之丞だ……」


しかし、横島は特に何も気にしていないらしい。

背中から下ろした机を撫でつつ、へらへら笑っていた。


「いやぁ、机をかついで歩いてきたからさ、ちょっと遅くなったな。

 だって、電車に乗ると、どうにも視線が痛そうだし。

 まぁ、視線はいいとしても、朝の満員電車には絶対乗れないなぁ」


さらにそんなことを言いつつ、

机妖怪……愛子と言ったか……とじゃれあう横島。


つくづく規格外なやつだ。

多分俺がそう考えたように、勘九朗もそう考えたはずだ。

勘九朗は、らしからぬ間抜け顔で、横島を見やっていたからな。



「へぇ、意外に早かったじゃないかい、ヨコシマ?」



不意に俺の後ろに、大きな力を持つ気配が現れた。


この気配と声はメドーサだな、

と当たりをつけて振り返ると……そこには見たことのない女が立っていた。

いや、俺はこの女を見たことがある。あるんだ。

その体から感じられるどこか気だるげな雰囲気も、ちゃんと知っている。


ああ、この女はメドーサであるはずだ。


だが……笑っている。

嘲りを含んでいるのではなく、ただ笑っている。微笑んでいる。

口の端が少しばかり曲線を描いているだけで、

非常に分かりづらいのだが、しかしちゃんと微笑んでいる。


…………いや、本当にこの女は、メドーサか?


こんな顔は、見たことがない。

浮かべる表情一つで、ここまで印象と言うものは、変わるものなのか。

まるでこの表情は……俺の、記憶の底にある…………ママ?

い、いや。こいつは魔族だぜ?

何言ってるんだ、俺は。

魔族といえば、優しさだとか、慈しみとは無関係だろ?

実際、こいつが時折こぼす魔力の片鱗には、この俺も冷やりとさせられるのだから。


そう。そうだったはずなのだが。

しかし今のメドーサは、とても柔らかな空気に満ちていた。


「あ! メドーサさん! 俺はやりましたよ!

 共存第1号です! 机の愛子ですよ!」


メドーサの存在に気がついたのか、

横島はそう叫ぶなり、メドーサへと飛び掛る。

こいつは学習能力がないのだろうか。

こうやって横島がメドーサに飛び掛り、

そしてメドーサの蛇化させた髪に飲み込まれるのは、

この道場じゃ、ある意味では日常の光景だ。

そのくらい、横島はメドーサにちょっかいを出しては、軽くあしらわれている。


俺の知る限り、横島がメドーサに触れられたことはない。

まぁ、飛び掛る速度などが日々磨かれているので、

まったくの無駄じゃないんだろうがな。

それに、メドーサの蛇髪攻撃に、

全く恐れを抱かず飛び掛っていけるその姿勢は、まぁ、すげぇと思うぜ。



だが、俺の知る日常の光景は、今目の前にはなかった。

軽く2mは飛び上がった横島を、

メドーサは手を広げて待ち構え、そしてその胸の中に頭をかき抱いたのだ。


「ああ、よくやったじゃないか、ヨコシマ」

柔らかな微笑を横島だけに向けて、メドーサはそう囁いた。

「え、あ、うぉ!?」


その囁きに対し、横島が返した言葉と言えば、そんなものだった。

おそらく横島も迎撃されると思っていたのだろう。

予想に反して抱かれたらしい横島は、顔を真っ赤にした。


「なんだい? 照れるなら、最初から飛び掛ってこなければいいだろう?」

「いや、うう、まぁ、そーなんすけど……。んぉ!?」

「ご褒美だよ」

「うにゃぁぁ! こ、この感触はぁぁぁっ!」


でっけえその胸で、メドーサは横島の頭を挟み込んで遊んでいた。

プニプニと形を変える乳に、横島はだらしなく鼻を下を伸ばす。

しかし、その表情も完璧に胸の中に埋もれてしまう。


どこからどう見ても、じゃれあいだな。

魔族のメドーサがどこか楽しそうにしている。

…………明日はあれか? 雨ではなく、槍でも降るのか?



「んっ!?」



そのとき、ぞくりと俺の背筋に悪寒が走った。

振り返ると、そこには妖気を漏らす机妖怪がいた。

その顔には何の表情も浮かんでいないのだが、何とも言えない迫力がある。


別に横島のことを好きってわけでもないんだろうが、なんか嫉妬してるみてーだ。

まぁ、自分の知り合いが鼻の下を伸ばしてれば、見ててむかつくかもな。


なんつーか、人外に好かれやすいだな、横島は。


「つくづく規格外な奴だな」

「そうね」


俺がポツリと漏らした言葉に、勘九朗が相槌を打った。











          第6話   壊れた日常、横島クンの戦い











『……以上、バブルランドを中心とした怪現象についてのまとめでした』

『いやぁ、恐ろしい事件でしたねぇ。解説の時田さん?』

『ええ、パイパーと呼ばれる魔物は人を子供にすると言う、何とも迷惑な能力の持ち主でして』

『はっはっは! あやかりたいと思う人も、世には多いかも知れませんねぇ』

『ええ、私ももう一度子供に戻りたいと……』

『コナン症候群とでも呼ぶべきでしょうかね?』



ある晴れた日曜日の昼下がり。

先週から今週にかけて起こった怪事件について、

TVニュースは特番を組んで、こぞって情報を流していた。

俺はそのニュースをぼんやりと眺めながら、時間を過ごす。


普段なら道場に行っているのだろうが、

今日はある特別な事情があって、お休み。

なんでもユッキーが一段上のレベルにアップするそうで、今日はその儀式が行われるのだ。

秘術・魔装術は、悪魔の力を借りて、己の力を引き出すものだとかなんだとか、

一般的に言われていて……って、これのどこが一般的なんだか。

ちゃんと説明されてないので、俺にはよく分からないけどな。


まぁ、それはいいとして。

とにかくその術を体得するには、魔族との触れ合いも必要らしい。

そのため、今日の白竜会道場は強力な結界に守られ、

内部では悪魔さんが魔界から召喚されてるらしいです。

レベルの低い俺は、

魔界の魔気に当てられて再起不能になる恐れがあるので、立ち入り禁止なのです。

ああ、もちろん俺以外のレベルの低い人間も、今日は待機。


……陰念は行ってるみたいなんだよなぁ。

あいつは挑発に乗せやすいから、時間切れを利用すれば、何とか引き分けられる。

まだ純粋な実力じゃ、どう考えても俺のほうが下なんだけど、

俺の逃げ足はかなりのモンだからな! 

挑発しつつ逃げ回れば、相手は熱くなって、俺を倒せないのだ!

…………でもなぁ。

あいつが今、秘術を手に入れたら、

もう挑発でペース乱しても、力押しで負けちゃうかも……?


中でどういうことやってるんだろう。非常に気になる。

メドーサさん以外の魔族って言うのも、一度見てみたいし。

……でも、気になるけど、無理矢理は入ろうにも、結界は破れないしなぁ。

悪魔召喚がGSにばれると、

無条件で討ち入られちゃったりする恐れがあるので、その結界はむっさ強固なのだ。


ふ〜ん、いーもん。

魔界からわざわざお越しいただかなくても、

どうせ俺はメドーサさんと契約するから!



そんなわけで、今日は一日だらだらだらだら〜としている。


ああ、でもだらだらしてないで、新技を考えないとなぁ。

俺はふと、道場でのユッキーとの戦闘を思い出した。


「いくぜ! @−デコイ!」


ユッキーに@−シリーズはかなり有効でした。

全力での一転突破を好むユッキーは、

俺のレイヤーの中で戸惑い、そしてキレました。

曰く『だぁぁぁ! うざってぇ! 正面から来やがれ、横島!』


ああ、行くさ。

そんな風に叫んで、隙を作った己を呪うがいい!

俺は地団太を踏むユッキーに、こそこそと近寄っていった。

俺はユッキーにばれないように接近し…………ああ、そうそう。


なお、@−レイヤーは制御の仕方によって、

レイヤー内に侵入する外界からの光もカットできる。

俺式の錬度の低い結界とはいえ、結界は結界ってことだ。

つまり、真っ暗なレイヤーの中で、ユッキーはキレているんですな。


(喰らいやがれぇぇぇ!)


で、とにかくばれないように接近して、攻撃しました。 

熱血、必中、その他もろもろ、愛と怒りと悲しみの横島パァァンチ!


ドガァッ! ってな感じの、いい音がした気がしました。

何しろ俺のパンチは、ユッキーの顔面を捉えてたんです! 

クリティカルな手ごたえでした。ええ。これはモロに直撃でした!



「…………ふっ、いいパンチだ。だがな……」



しかし、ユッキーは余裕の笑みを浮かべてました。



「………………あれ? もしかして、効いてないか?」

「その程度の出力で、この俺に大ダメージを与えられるかよ!

 捕まえりゃこっちのもんだ! 食らえ、横島!」



ドッゴォ! ってな感じの音が、鳴った気がしました。

ユッキーは俺の腕を片手でつかみ、

空いたもう一方の手で、腹をぶん殴りやがったのです。

俺は腹に気を集中させて防御しましたが、

霊波砲を撃てるユッキーの出力をもってしてのパンチの前には、

俺の防御など紙同然の薄さでした。しかも、障子の紙くらいの薄さだな。


「は、初クリティカル・ヒットだったのに……だ、ダメージなしかよ」


結果。これまでで一番粘るも、パンチ一発で撃沈。

試合時間は、3分21秒。

逆から見ると、1・2・3!

…………いや、そんなことはどうでもいいか。


そんなわけで、@−シリーズに次ぐ技が必要なわけで。

……でも、何にも思いつかんわけで。

と言うか、俺に必要なのは出力と言うか、基礎的な攻撃力などの上昇なのだ。

@−シリーズは十分『かく乱』の効果を出した。

パンチが効かないのは、単純に出力が足りないせいだ。

俺が霊波砲を撃てるレベルなら、

あそこでゼロ距離射撃して、ユッキーを撃破できたはず。


でも、んなもん、ぱっと上昇させられるはずがない。

で、そして俺が今うだうだしてる間に、ユッキーは更なる段階に進むと……?


「う〜ん……」


どこか、ぱっとパワーアップできる修行場とか、ないんかなぁ。

不謹慎とは思いつつ、俺はそんなことを考える。


世界の王の、重力10倍の家で修行して、何とか拳を習得する、みたいな。

あ……今まさに、ユッキーがそういう風に技を習得中か。

魔族の力を借りて、ぶわぁっとパワーアップ中なんだし。


で、俺はそこに至るまでの実力がまだないってわけで……。


「はぁ。馬鹿の考え、休むに似たりとか言うしな」


結局、これはあせっても仕方ないことなんだろうな。

うん、そうだ。

無理して体いじめても、

それで霊力が上がるわけでもないし、たまには休息も必要だろ。

俺は新技に対する考えを打ち切り、

再度ごろごろと寝そべったり、愛子にお茶を頼んだりした。


「はっふぅぅ〜。平和だなぁ」


う〜ん、こういうのもいいねぇ。

やっぱ、うだうだする気分転換も大切だ。


暇になれば、外に遊びに行ってもいいけど、愛子の机をかつがなならんしな。

よほど気が乗らない限り、今日は一日だらだらだらだら〜。


それに、愛子のやつは調子に乗って、

メイド服を私服にしてるので、すっげぇ外にでづらいんだよな。

学校があるときは、お決まりのセーラー服だし、いいんだけど。


『パイパーの霊的な起源についてですが、これまで報道されているように……』


「この事件ばかりねぇ。青春ドラマでも再放送しないかしら?」


お茶の用意をしつつ、愛子がTVに対して文句を言う。

しかし、愛子の意見には、俺も賛成だった。


「そーだなぁ」


もう耳にたこができるほど聞かされているので、

俺も事件のあらましは、しっかりと把握している。



ネズミを使役し、

さらに楽器の音色で、人々の体を幼児化させる魔物・パイパー。

それが日本国内に侵入する、という情報をいち早くキャッチしたあるGSは、

先に手を打ち、耐パイパーアイテムの『金の針』を入手。


GSはパイパーを針で封印しようとするも、

しかし油断からか、逆にパイパーはそのGSを撃破。

なんと、GSを幼児化させてしまう。

で、ここで間抜けなことに、

件のGSが幼児化してしまったからこそ、

超重要アイテムの『金の針』が行方知れずとなったらしい。



『金の針はどこだ! さぁ、子供になっては、もう手も足もでまい! 教えろ!』

『びえぇえええええええん! このおじちゃん怖いぃぃいいい!』

『ちょ、ちょっと待て! 泣くな! 人の話を!』

『うえぇぇぇん』

『くそっ! 子供に何を言っても無駄か!

 って、子供にしたのは俺か!? なんてこった!』



……とまぁ、そんな会話があったかどうかは、知らないけれど。

その後、パイパーは取り敢えずその場を後にし、姿をくらます。

そして開発途中の(あるいは開発放棄の)バブルランドと言う遊園地を根城に、

様々な怪事件を起こしていたのだ。。


……結局、幼児化したGSの師匠が出張って、

根気よく幼児GSから『金の針』の在り処を聞き出し、それを入手。

今現在の弟子とともに、悪魔パイパーを撃破、封印したとのことだった。


GS協会が情報をある程度規制しているらしいので、

TVなどではこれ以上の詳しい内容は、結局分からない。

TVニュースの内容自体も、

パイパーがこれまでに起こした事件や、

またその発生起源や伝説へと、巧妙に話題変換されている。

幼児化したGSとは、誰なのか。

それが気になるのだが、しかし、その話題はTVで上ることがない。


「パイパーかぁ。実際、どういう奴だったんだろうな?」


パイパーはいたずら好きというか、

割と無差別に人々を幼児化させる魔物だった……らしい。

あくまで人間はオモチャである……ってタイプらしい。

一応会話は成立するのだろうけれど、

メドーサさんみたいに、色々ものを考えることはない……らしい。


実際に会ったことがないので、人づての情報でしか判断できない。

でも、もしTVの情報が100パーセント真実なら、

確かに共存が難しいタイプだよな。と言うか、実際に封印されちゃっているし。


生まれた本当の理由・起源って、なんなのだろうな?

人を若返らせて、子供にすることで得られる存在理由なんて、あるのか?

いや、パイパーは愛子みたいなタイプと違うから、

あくまで単なる娯楽として、人を幼児化させるのか?

大人の体から霊力を奪って、無理矢理人を子供へとするのか?

いや、でも若返るためには、

相応の霊力と術を行使しなきゃならないとか、

何かの霊能番組でも見たような気が……。 

う〜ん、俺ももっとTVからじゃなくて、

専門的な文献とか読まなくちゃいかんかも。

知識がないし、よう分からん。


GS学習漫画シリーズ! 

あるいは妖怪大図鑑とか、古本屋で300円くらいで売ってないかなぁ。


…………まぁ結局、

人間と一緒で、皆仲良く手をつないで〜……とは行かないってことだな。


(でも、だからこそ、

 せめて一方的に責められたりする魔物や妖怪くらい、

 どうにかしてやりたいよな)


なお、このパイパー騒ぎのせいか、

近々『魔除けの針』がワン・コイン・アイテム(500円)で発売される。

お近くのコンビニで、レッツ魔除け! だそうですよ。

携帯のストラップにもいいよね……って、

CMでやってるけど、それは自分の手に刺さるだろう?

いや、問題はそこじゃないってば。

問題は……こういうアイテムを愛子なんかに使われたら、堪らないってことだ。



TVを見て先入観を持った小学生とかがさ、

いきなり後ろから『あー! 妖怪だ!ジョレーするぞー!』とか言って、針を投げたりとか。

そんなもんで愛子は祓われたりしないだろうけど、

いい気はしないだろうし、悲しみもするだろうから。


「……そういや、風のうわさでは、

 あのGS美神も関係してるらしいんだけど。

 ホントのところ、どーなんかなぁ?」


想像してみても面白い光景ではないので、

俺は今しがたの思考を打ち捨てる。

そして愛子の淹れてくれた紅茶なぞを味わいつつ、

どうでもいい疑問を口にした。


「美神? 有名なの?」

「GSとしては有名だよ。

 お金大好きで、プライドが高いらしい。

 俺も実際に会ったことはないけどな」


そう。実際に会ったことはないが、でも、

彼女のもとで保護されている幽霊のおキヌちゃんは、

日給30円らしいけどな。


で。件の幼児化GSとは美神のことで、

そして情報を規制しているのは、

自分が幼児になったことを世間に知られたくない、

GS美神本人なのでは、などと下世話な想像を働かせてみる。


う〜ん、あのナ〜イスバディ〜が、

ツルーンでスペーンな状態に戻ったとなると……

……なんてこった。人類の宝が失われてしまってますよ!

あ、15年もすれば元どーりになるか。

いやいや15年経つと、俺は30代になっちまうぞ? 

年齢的な釣り合いってもんが……。

ああ、封印されたし、今は元に戻ってるのか?


「ねぇ。何で横島クンが、会った事もない人との年齢差を気にするのよ?」


いつの間にやら口に出していたらしく、愛子に聞きとがめられました。


「……いや、もしものときのためにだな?」

「そのもしもって、どんなもしも?」

「いや、そー言われると、答えられんけど」


なぜか愛子は頬を膨らませてぷりぷりと怒る。

うぬぅ。これはあれですか。

まじめな委員長タイプに見られる『不潔よぉ!』っていう奴ですか。

あんまり怒らせると夜ご飯がお預けになるかもしれないので、

ちょっとは自粛しないといかんかもしれない。


ちなみに。


愛子が家に来てから、

俺の食生活はもとより、霊力までもがかなり充実してるんですよ。

それはつまり、俺のロマン回路が常時作動していることを意味する。


まず、高校男子が一人で住む部屋が、清廉潔白なわけないのです。

それは単に台所が汚いとか、

万年床であるとか言う意味じゃなくて、

アダ〜ルトなビデオ、雑誌があるってわけです。

しかし、それらを愛子に見られるのはさすがに恥ずかしいし、

ましてや愛子のいる状態で鑑賞することなんて、不可能です。


下世話な言い方をすれば『出す機会』がなくて、悶々としとるとです!


しかも、愛子は俺が冗談で言ったおはようのチューを、

実行しようとするのですよ! 明らかにからかって!

しかも、時折俺が夜中に目を覚ますと、

愛子が空中で寝てるんですが、角度的に色々見えるんですよ。

ほら、なんと言うか、あれです。

宙に浮かんで体を丸めて寝ているから、

パジャマの隙間とかから、おへそやら胸の谷間やら見えるとですよ!

愛子、脅威のチラリズム。

スペースノイドの軍隊も、真っ青です。


さらに、『ん、うん……はぁ……』なんて、悩ましく寝言を言ったりするわけです。

でも、それを目の前にして、俺はアクションを起こせんとです!

実際、据え膳なんですけど、いざ頂くとなるとしり込みするでごわす。


俺、実は根っこの部分はかなりシャイなのか? 

メドーサさんにも優しくされると、逆に照れるとですよ。


……ん? 俺はお預け状態が好きなのか?


………………ま、まさか、それって………………

俺って、実はマゾ? 

ご主人に『待て』とかされて、

しっぱふって待つ犬状態? 焦らされるのがお好き?


イ、イヤ、ソンナコトハ……。


『こうかい! これがいいのかい、ヨコシマ!?』


何故か、ムチを振るうメドーサさん。


『い、いいであります! メドーサ様ぁ』


何故か、満面笑顔で、様付けな俺。


アァ、ソンナニ、ワルク、ナイカモ……?




「うおぉぉ! お、俺は、俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」





「ど、どうしたの、横島クン!?」



「俺は変態さんなのか!?

 そうなのか!? 女王様を崇拝しだすのか!?」



愛子が掃除し、無駄なものが置いてないせいか、

苦悩する俺は部屋の中をごろごろと転がった。

愛子が来る前なら、ごみに埋もれていたことだろう。



「もう! わけ分からな…………あ、電話だわ!」



俺の叫びより、ジリリンと鳴る電話に注意を向ける愛子。

シカトですか?

こういう駄々っ子的な行動は、

苦笑の一つでもしてもらわないと、かなり辛いのですが?


「せめて答えてくれよ、愛子!」

「うーん、変態さんかどうかって言うと、

 妖怪の私をそばにおいてメイドさせてるんだし、世間的に見れば十分……」

「フォローは!? なぁ、何かフォロー!」

「それより電話よ!」

「……ういっす」


相手にしてもらえないし、

これ以上無駄な話をすると怒られちゃうので、俺は素直に電話を取った。

俺、女の子好きだけど、同時に女の子に弱いみたいだ。


メイドに怒られるのが怖くて、素直にする男。

これじゃ、どっちが主人なのやら。

いや、まぁ、愛子とは完全な主従関係にはないですけど。

もしかすると、俺と愛子の今の関係は、

不出来な弟と、真面目な姉って感じの関係かもな。


「えーっと、もしもし? 横島ですけど」


嘆息交じりに、俺は電話の応対をする。


『タダオか? 父さんだ! お前、最近どうしてたんだ?』


いきなり聞こえてきた親父の声に、俺は嘆息を引っ込めた。

いや、なんやねん、急に。驚くやないか。

しかしそれを正直に言うと、親父を無駄に怒らせるかもしれない。

俺はここは一つ、相手の様子を探ることにした。

もしかすると、何かいいことがあって、

仕送りの額を上げてくれたりとかも…………。


「親父? 何だよ、やぶからぼうに」

『なんだも何も、お前最近どれだけ電話をかけても出ないから、心配していたんだぞ?』

「あー、道場に行ってばかりだったからなぁ」


問い返した俺に、呆れ声で親父は答えた。

そう言えば、土日は道場に泊まったりする場合も多い。

学校帰りに、そのまま道場に行っちゃうと、

確かに家にかかって来た電話を受け取ることは、出来ないなぁ。

下手すると、学校の緊急連絡網とかも聞き逃しちゃうかも?


ケータイでも持つか。古い機種なら、安いって言うし……。

学割とかあるから、あんまり使わなけりゃ、通信費も大丈夫だろ。

あ、メドーサさんって、ケータイ持ってんのかな?


『童女? おいおい、お前は条例を知らんのか?』

「道場だ、このエロ親父!」


ケータイについて考える俺に、

親父がわけの分からないボケを投げつけてきた。


『ほほう、何か始めたのか。

 ま、若いうちは物事に打ち込んだほうがいい』

「……で? 何の用だよ。

 仕送りの増額なら、わざわざ連絡しなくても、ありがたく受け取るぞ?」

『いや、社用で日本に戻ってきとるんだよ。

 できればお前に出迎えてほしかったんだが、そうか。道場か』

「ごめんな、親父。せっかく電話してくれてたらしいのに……」

『いや、いいさ。

 じゃあ、せめて今から、お前の顔を見に行くとするか』

「はっ? いきなりそんな!」

『はっはっは。じゃあ、待っていろ!』



がちゃっ、つーつーつー。



俺が何か反論する前に、

無常にも通信は途絶し、

耳に残るは規則的な電子音のみ。



「…………お、おいおい」



つーか、俺の両親はどっちも一方的に電話切るよな。

息子の話くらい、最後まで聞けってんだよ……。



………って!


いや、まずい! 呆けている場合じゃない!



「愛子!」



「な、なに? 何か悪い連絡だったの?」



「服を脱げ!」



俺はすでにただの高校生ではないが、

俺の両親もただの中年夫婦ではない。

母親は言うまでもなく、父親も十分に底が知れん。

下手すると、悪霊もぶん殴って倒してしまいそうな、そんな親父なのだ。


そして俺と同レベルか、それ以上に女好き。

こんなカッコの愛子を見られた日にはっ……!

メイド服なんて着せてる女を見られたら日にはっ……!

状況がどう転ぶか分かったもんじゃない! マジで!



「早く脱いでくれ!」

「いやん、こんな昼間からなんて!

 そりゃ、性に目覚めたばかりの青い年頃は……」


愛子は頬に手を当てつつ、くねくねと腰を振った。

台詞も丁寧なことに『イヤンイヤン』とリピートしている。

うん。可愛い。いや、そうじゃなくて!


「何を俺みたいな想像してんだよ!

 ほら、さっさとセーラー服に着替えろって! それならまだマシなはず!」

「あ、うぅん。ど、どこ触ってるのよぅ…」


俺が愛子に手を伸ばすと、愛子がそう囁く。

って、俺今、どこ触った!?

胸に触ったか!? 

わかんなかったぞ! クソ、なんてもったいない!


…………って、だからそうじゃないだろ!


愛子の声に俺の理性はかなりの被害を受けるが、

今この瞬間にも、親父はこっちに侵攻しているのだ。

今は遊んでいる余裕はない。耐えろ、耐えるのだ。

ここで野獣と化せば、行為に及んでいる最中に親父が来てしまう。


何のために今まで耐えてきたんだ!


……いや、まぁ、親父に見られないためじゃないけど……

とにかく、がんばれ俺の理性!



俺は右手で壁にかけてある愛子のセーラー服を引っつかみ、

そして左手でメイド服の胸元をつかむ。



「あん♪ 横島クンったら、強引なんだから!」

「ええい、今はマジやばいんじゃ!」



そしてそのとき……



「ふっふっふ! 携帯電話で移動中から連絡、

 そして早い訪問と言うこの古典的手法!

 どうだ、あせったか息子よ!」


などと言う、俺のを少し枯らせたような声が響いて……



俺と愛子がもみ合う部屋の扉が……



扉が…………開いた。












「………………」













一同沈黙。



そして……………



「タ、タダオォォォォ! 貴様!

 息子の分際でメイドさんをぉぉぉぉ!」


「何わけの分からんことを!

 今の発言、オカンに言いつけるぞ!」


「出来るものなら、やってみるがいい!

 その前に貴様の口を、この俺の拳でふさいでやる!」


「ええい、いつまでも俺を、ただのガキと思うなよ!」




血の涙を流さんばかりに絶叫する親父に、

俺も張り合うように……いや、それを超えるように、声を荒げた。




「タダオォォォォォッォォォォオオオオオオオオ!」

「クソ親父ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい!」



そして同時に、親子の決闘の幕が上がった。



俺の平和な休日は、日常は、

無残にもガラガラと音を立てて崩れました。



「おひげが渋いおじさまね、横島クンのお父さんって。

 でも、性格は横島クンとほとんど一緒?

 あ、横島クンが、すごくお父さん似なのかしら?」


なお、流れからとり残された愛子は、静かに俺の親父を評価していた。


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