第七話



「親父! 何でいきなりこんなことをするんだ!

 これじゃご近所から白い眼で見られて、俺の生活に冬が来るじゃないか!」


俺は迫る親父の突きを回避し、その身を玄関へと投げ出す。

俺の肩によって無理矢理開かれたドアが、

壊れんばかりに音を立てるが、そんなことにかまっている余裕はない。

とてもではないが、こんな狭い部屋の中で親父とやりやう気はない。

辺境の地に飛ばされるようなスチャラカサラリーマンでも、

そのド突き合い技能は、凄まじいものがあるのだ!

高校に入った直後、ちょっとしたことから腕相撲をし、

中年の親父に負けたことは、今でも俺の屈辱の記憶に新しい。


それに、下手に動いて物でも壊そうものなら、

俺が愛子にお仕置きされてしまうかもしれないしな。


親父は俺のそんな苦悩を知ることもなく、怒りを声にこめて、俺にぶつけてくる。


「貴様は息子の分際で、メイドさんとネンゴロになった!

 だから粛清すると、私はここに宣言する!」

「親が子供を粛清するだなんて!」

「タダオ! 父・大樹がお前に代わり、

 自らメイドさんとイチャイチャするといっているのだ!」

「駄目だろ、それは!」

「私も男だ! 母さんの相手ばかりしているわけにはいかんのだ!」


わけの分からないことを述べる親父に対し、

俺は@−デコイを射出し、その攻撃の手を緩めさせ、さらには隙を作ろうとする。



が、しかし。



「ふんっ! なんだか分からんが、当たらなければ、どうと言うことはない!」

「なっ、避けた!? くそっ!」


俺のデコイは、霊能力のない人間にまで、見えるほどはっきりとしたものじゃない。

そのはずなのに、親父は華麗なステップでデコイから距離を取る。

俺は@−デコイをもう数個、親父に向けて射出した。

愛子の土槍やユッキーすら困惑させた技が、親父ごときに見切られてたまるか!


「ははは! それでこそ、我が息子だ!

 だが、そうそう当たるものではない!」


しかし、親父はデコイにかすりもせず、俺に接近してくる。

ええい、化け物め!


「親父め! ちぃっ、いつまでも子ども扱いを!

 あんたはそうやって、俺を見下すことしかできないのか!」


本能的にそれが危ないものであると分かっているのか?

だとするなら、やはり親父の基本的な身体スペックは、油断ならないものがある。

……………つくづく、ムカつく親父だなぁ、おい。


なお、親父に回避されたデコイは、そのまま消失した。

@−デコイは俺の手を離れた後、

@−レイヤーに派生しない場合は、そのまま時間経過とともに霧散する。

今の俺の@−デコイ制御は、そんなものだ。集中力の問題かもしれない。

ある意味、投げたボールの軌道を、

空中で触らずに変えることができないのと同じだ。


俺のコントロールがさらに数段階上に行って、

集中力とかが増せば、それも可能になるのかもしれないが……今は無理だ。



「親子の決闘。う〜ん、これも青春なのかしら?」


どこか楽しげな愛子の声が、俺と親父の間に割って入った。

すっかり観客になっている愛子である。


「くっ、愛子か? ええい、親子喧嘩に入ろうとするな!」


俺は愛子ののんびりとした呟きを、自分の声でかき消した。

新しいデコイを生成しようとしたところで、

愛子の声を聞いたことで、つい集中がそがれてしまったんだ。


「自分のメイドに邪魔をされるとはな! ふははは!」

「くそ、舐めるなよ!」


愛子の声に体勢を崩す俺に、親父の嘲笑が投げつけられる。

マジでムカついた俺は、

親父の隙を突いて、再び安アパートの自室へと入り込む。


俺は正面突破好きのユッキーではない。

からめ手こそ、俺の最も得意とするところだ。

そう、こちらの技が通じないならば、他の手を講じればよいだけのことだ。

見切られたのは悔しいが、何も@−デコイにこだわる必要性はない。


「何をする気だ、タダオ!?」


部屋に逃げ帰る俺……というのは予想外だったのか、親父は叫んできた。


「このままオカンに、直通番号でお前の発言を余すところなく言い渡す!」


最後の最後で母親に頼ると言うのは、男として情けない気もする。

だが、戦いとは非情なもの。使えるものは、なんだって使ってやるぜ!


「くっ! ばれることに怯えるくらいなら、

 最初から浮気などしない! しかし……これはナンセンスだっ!」


「あんたはそうやって、永遠にオカンに媚を売るんだ!」


「ちっ! やらせはせんよ!」


俺が電話の受話器を持ち上げると、

親父は同時に懐から一筋の光を発した。

その光はとても鋭く、受話器と本体をつなぐコードを完全に断ち切る。


「なっ!」


「数々の人間の血を吸ったナイフだ! ナルニア土産の代わりに取っておくんだな!」


親父は壁にナイフを突き立て、そう言い放つ。

この男は、本当にサラリーマンなのだろうか? 

こいつの仕事先の国は、炭鉱か何かの国ではなかったのか?

つーか、何で空港の検閲に引っかからないんだ!

銃刀法違反だろうが、てめぇ!


一筋縄でいかないことは重々承知していたが、まさかここまでとは!

こんなことなら、コードレスに買い換えておけばよかった!


「ちっ! 満足だろうな、親父!

 だが、それは日曜の昼下がりを邪魔された俺にとって、屈辱なんだよ!

 しかも、電話まで壊しやがって! 弁償しろよな!」


「ふん! もはや語るまい! 来い、タダオ!」


「いや、答えろよ! ごまかすな!」


沈黙する親父に、俺は拳を突き出した。

親父もその俺の拳に、自身の拳で応えてくる。

俺の全力を出した一撃は、親父の全力と激しくぶつかり合う。

霊能力者でもないくせに、俺と親父の霊力はほぼ互角。

…………いや、むしろ親父のほうが強いくらいだ。


これが、俺の親父なのか!

超えなければならない壁なのか!

くそ、負けられない! 


いくら親父の人生経験と気合がすごかろうとも、

霊力で負けるわけには行かないんだ! 

俺は一応、霊能力者なんだから!

プロが素人に負けるわけにはっ!


「こんちくしょぉぉおおおおっ!」


俺はさらに気合を上げ、霊圧を高める。


俺に力を与えてください、メドーサさん! 特に胸で!

俺に力を与えてくれ、愛子! 特に純白ショーツで!


「はぁぁぁ!」


空気がぴりぴりと振動し、そして零れた霊気が次第に発光する。

それは、親子の拳の共振が見せた、一瞬の…………。













          第7話   横島親子の異界めぐりと、そこでの語らい












「ごめんなさい、悪乗りが過ぎました。

 調子にも乗りすぎたと思ってます。やり過ぎました」


「いや、私も大人げがなかった。

 本気で心の底から反省している。すまない。さすがにどうかと思った」


「なんちゅーか、それこそ若さゆえの過ちっていうか、そういうノリだったというか」

「ああ、なんだか途中で後に引き返せなくなって……すまん」


俺と親父は、怒り心頭の愛子に対し、二人そろって土下座していた。

先ほどの親父との気のぶつかり合いで、

部屋の中はなんと言うか……まさに台風が通り過ぎたような有様だ。

俺たちは最高レベルのGSでもなんでもないんだが、この有様。

生き物の放つ気の凄さというものが、よく分かるね。


俺たちでこれだから、メドーサさんは視線で人を石に出来るんだねぇ、と納得できるな。


「…………まぁ、面白がって見てて、

 止めない私にも責任はあったんでしょうけど」


愛子は自嘲的に、ため息を漏らした。

俺もそんな彼女の様子に苦笑する。


「そうだよなぁ。お前、かなり楽しんで見てたもんな」

「……反省が足りないようね、横島クン。

 部屋をこんな風にした、直接の原因のくせに」


笑う俺に、愛子は厳しく言い放った。

視線が俺を見ておらず、他の場所を見ているだけに、かなり居心地が悪い。


「あう、ご、ごめん」


俺は再度謝ったが、しかし愛子はそれに答えはしなかった。

愛子の視線は、部屋の片隅に転がっている自分の本体……つまりは机に注がれている。

気の衝突の余波で吹き飛ばされたため、

部屋のほこりとゴミを一身に受けていて、

それこそ粗大ゴミのような雰囲気をかもし出している。


自分の本体が汚され、

小さいとはいえ傷がつけば、いい気はしないのは当然。

愛子は先ほどから、俺と視線を合わせてくれないのも、仕方のないことだろう。


自分にも責任が、と愛子自身が言っていたが、

実際のところ愛子に責任など、これっぽっちもない。

何しろ、止めたり間に入るなと言ったのは、他でもない俺自身なのだ。

仮に愛子が止めろと言ってたとしても、俺と親父は止まらなかっただろう。

うう、ごめんなさい。

あの時は調子に乗ってたんです。


俺は頭をたれながら愛子を伺うが、しかし愛子はそっぽを向いたままだった。


「ふっ、ザマぁないな、息子よ」

「……あなたもですよ、お父様?」

「うっ……」


俺をあざ笑う親父だったが、凍てついた愛子の声に、強制沈黙させられる。

メイド服の少女にお父様と呼ばれる。

親父の好きそうなシュチュエーションだが、しかしさすがの親父も何も言えない。


愛子の視線は机からはずされ、壁に刺さったナイフに向けられていた。


「二人とも、ここがアパートだっていう認識は?」

『あ、あります、一応』


俺と親父は、愛子の質問に声をそろえて答えた。


「じゃあ、こんなことする場所にはふさわしくないと分かりますね?」

『は、はい』

「そんなに喧嘩がしたいなら、いい場所を教えましょうか?」


そう愛子が言うと、

本体である机がふわりと宙を舞い、そして引き出し部分が巨大な口へと変化する。

ああ、そうなって人を飲み込むのかと、初めて見た俺は、なんか納得。

この前は、知らん間に飲まれたし。

そうだよな。

机の引き出しに俺くらいの人間が、そのまま入るわけないしな。

有機的な動きを見せ始める机に、俺は感嘆の息を漏らす。

ついでに、なんか22世紀のロボットのポケットみたいだな、などと思った。


「この中なら、100時間ぶっ続けで喧嘩しても、大丈夫よ♪

 私が時間調節もするから、おなかも減らないし」

「た、タダオ。こ、このメイドさんは、何者だ?」


愛子が普通の人間ではないと、

ようやく察した親父は、俺にちょっと裏返った声で聞いてくる。


「妖怪さんです、父上。あの中は、異空間になっちょります」

「横島クンの言うとおりです、お父様。

 ちなみに今、中は広大な校庭に10mの土槍が100本ほど立ってたり♪」


愛子からは普段より多量の妖気が零れ、

そして机本体の『異界通じの口』は、さらに俺たちへと迫る。


「仲直りするまで、中で反省してきてください。あ、横島クン?」

「な、何だ、愛子?」


上機嫌な口調が、逆に異様さをかもし出していた。

俺は鈴のように可憐な愛子の声に、つまづきながら答える。


「下手に土槍を破壊すると、

 また私の妖気が減少して、暴走するかも?

 だから、壊さないように逃げ回ってね」


「じゅ、十分に反省したし!

 片付けと掃除も頑張るし!

 わざわざ異界送りにしなくてもいいですよ、なぁ、親父!」

「ああ、そうさ! 

 あれはただのスキンシップのようなものなのだ、愛子君!」


先ほどまでの険悪ムードなど、どこ吹く風だ。


『パパ、僕がお風呂で背中流したげる!』

『ははは、タダオ、パパはとっても嬉しいぞ!』


そんな感じの仲良し親子が、今この部屋の中にはいた。

とても急造の仲良しとは思えない、息の投合っぷりだ!

さすが親子! そうだよね、お父さん! 


あんなスキンシップなんて、二度とお断りだとか、

腹の中では色々考えつつも、今だけは仲良し親子だよ!


「そう? もう喧嘩しない?」

『うん! 僕ら、仲良しだよ!』


確認するように、愛子が首をかしげた。

それに対し、俺たち親子は、

肩を抱き合って『がはは、がははは』と、わざとらしく笑ってみる。

愛子はそんな俺たちに、微笑んでくれた。



「そう………………でも、お仕置きは決定事項だから♪」



あれ!?

お許しの笑みじゃなくて、餞別の笑みですか!?


結局……俺と親父は、どこかに存在しそうで、

しかし、どこにも存在しない学校の校庭へと、強制転送された。







       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







「まったくもう……」


私は壁に刺さったナイフを引き抜き、取り敢えず本体である机の上に置いた。

さて、この部屋の中を、どう掃除したものかしらね。


私は学校で発生した妖怪であり、

学校で習うことの多くを習得している。

しかも学生を取り込んでいたときに、

産まれ持った知識としてじゃなく、実際に色々体感して学んだ。


私の創造した学校では、食材が存在しなかった。

なぜなら、私の保有している妖力で、

そういうものは作り出すことが出来なかったから。

だから、調理実習などはできなかったから、料理はあまり得意とは言えない。


でも、掃除はみんなで楽しく行っていた。

だからお手の物…………のはずなんだけど、

ここまで物が散乱した部屋の掃除はしたことがない。


横島クンの部屋に来た当日に感じた汚れ具合よりも、スゴイ。

横島クンのは、あくまで生活している上での汚れが溜まっただけ。

無遠慮に暴れて、物を散乱させたわけじゃないしね。

乱雑さの種類が違うのよね。


「いつまでもぼうっとしてないで、早くやらないとね」


さぁ、気合を入れて掃除をしよう。早くやらなければ、終わらない。

横島クンとそのお父様がいては、

またすぐ喧嘩になると踏んで学校に転送した以上、この部屋を掃除するのは私一人。

ぼうっと考え込んでいる暇はないのよ。


それに、これはあの二人の喧嘩を面白がってい見ていた、私自身への罰だから。

横島クンが霊能力を使い出したあたりで、

止めに入るべきだったのよ。そうすれば、こうはならなかったはずだし。


それにしても、横島クンのお父様も、かなりスゴイ人よね。

何のためらいもなく、息子に刃物を向けたり、電話を壊しちゃうなんて。

でも、ちょっと考え方を変えると、

そこまでする必要があったってことよね?

横島クンのお母様って、そんなに怖い人なのかしら? 

怖いもの見たさから、ちょっと会ってみたい気もする。



『タダオ、お前、少し見ないうちに強くなったな……』

『毎日修行してるしな。今日は、たまたまだ。

 いつもなら、この時間だって道場だよ』

『お前、何があったんだ? 急に変わったな』

『人生の転機が来たんだよ』

『はっ。ガキが何を言っとるんだ』


私の体の中の二人の会話が、直接私の心にしみこんでくる。


二人は今、広大な校庭に寝そべり、親子の語らいをしていた。

私の作り出す大きな土槍の根元を、枕にしながら。


まだ言い合うようなら、

土槍を暴れさすつもりだったけど……この分なら大丈夫そうね。

そうよね。

これが普通の会話よね。

さっきの芝居がかった不自然な会話と戦いは、あまりに異様すぎるものね。

……もしかして、私に内緒で打ち合わせをしてたんじゃ……って言うくらい、しっかり受け答えしてたし。

あれも、親子だから出来るものなのかしら? 

妖怪で親のいない私には……分からないわ。


もし私に子供ができたら、分かるのかしら?

…………無駄な自問自答よね。

私に子供が産めるはずが、ないもの……。



『ガキだろうがなんだろうが、来たもんは来たんだよ』

『で? そりゃ何だ?』

『なあ、親父。無茶苦茶強い存在でも、一人って辛いだろ?

 それに、人じゃないからって差別されるのも、辛いだろ?』

『…………うん? それが愛子君の話につながるわけか?』

『GSって職業があるだろ?

 昔風に言うなら、祓い屋か、祈祷師? まぁ、何でもいいんだけど……』

『それで?』

『人が生きていくのに邪魔だからって、

 魔族とか妖怪を、無理矢理掃滅させるのって、間違いだと思わねぇ?』

『そうだな。

 少なくとも愛子君のような美少女が消えるのは、なんとしても避けたいところだ』

『だろ?』


即座に反応する横島クン。

我が意を射たりって感じのその声を聞いた私は、ちょっと嬉しくなった。

そっか。私のこと、可愛いと思ってくれているんだ……。


『だから俺は、霊にも妖怪にも優しいGSになるって決めて。

 だから修行してんだ。

 まぁ最終的には、ある人の横に立ちたいと思ってる』

『話し振りから察するに、それがお前に転機を与えた人物か?』

『ああ。無茶苦茶強い。俺と比べると、恐竜とアリだよ。

 でも、強いせいで一人だし、種族のせいでGSには目の敵にされてるって』

『そうか』

『だから俺は……』



横島クンの言うあの人とは、

あの胸の大きなおば…………ううん。お姉さんなのだろう。

横島クン、年上趣味なのかしら? 確かにあの胸はすごいと思うけれど。

でもまぁ、私とあの人を並べて、

『どちらが綺麗か』って聞いて回れば、あっちに多くの手があがるかもしれない。

私は肉体的外見が若いけれど、

あっちには長い経験でかもし出される大人の余裕や色気とか、あるし……。


それに、大きな力を持つ人なんだし、

その気になれば若返れるだろう。人の身ではなく、魔のものなのだから。

そうなると、私に有利な点なんて、ほとんどないわけで……。


『ふむ。妖怪の愛子君とともに住むことが、

 お前の思い描く未来の第1歩……と言うわけか』

『そうだ。愛子も、もしかすると悪霊としてGSに祓われたかもしれない。

 でも、実際イイ奴なんだぜ? 勉強の教え方も上手いし』

『メイド服もよく似合うしな。……む?』

『どうした、親父?』

『もしかして、妖怪ということは、年をとらないのか?』

『うん? ああ、そうだろうな』

『つまり、お前が30になって、40になって

 ……じじいになって死んでも、愛子君は16〜7歳のままと?』



そう、そう……なのよね。



いつもは、忘れられていることなのだけれど、

横島クンは、今は学生だけど、

そのうち大人になって、そしておじいちゃんになるのよね。

いずれ、別れがやってくる。

横島クンは、机を子孫に受け継がせ、

私に寂しい思いはさせないとか言っていたけど……。

いつか来るであろうその日を思うと、私は、とても寂しい気持ちになる。


『まぁ、俺もいつか、不老の仙人の高みに達する予定だけどな!』


横島クンは、そんなことを時々口にする。

…………もしそうなら、どんなにいいことだろう。

無理だとは言わないけれど、無茶だとは思う。

でも、横島クンがそう思って努力するなら、私もそれを手助けしたい。



私も、横島クンとは一緒にいたいから。



『そんなお前のことはどうでもいい!』

『はっ!?』


横島クンのお父様の大きな声が、私の中に響いた。

……ど、どうでもいい?


『つまり愛子君は、永遠の美少女だということだろう!?』

『親父。さっきから、いい年して美少女とか……』

『返事はイエスかノーかだ!』

『う、ういっす……。イエス、サー』


横島クンは自分の目標をどうでもいいと一蹴され、さすがに戸惑った。

というか、私自身も戸惑ってる。

横島クンのお父様って、なんと言うか、スゴイ価値観?


『でだ、タダオ!

 お前が今後助ける妖怪も、皆年をとらないわけだ!』

『あ、ああ。そもそも幽霊とかだったら、死んでるわけだし』

『…………永遠のハーレムか。これぞまさに男の夢だな』

『親父! 息子が真面目な話しとるんや! 茶々入れんと聞けや!』



お父様のあまりの言葉に、さすがの横島クンもご立腹。

そんな横島クンに対し、お父様はにっこりと微笑んだ。

そして横島クンの肩に手をかけると、優しい声で呼びかけた。



『…………タダオ?』

『な、何だよ?』

『お前はじゃあ、本当に考えたことがないと?

 年取らぬ美妖女に囲まれた自分を想像したことが、一度もないと?』


まるで、万引き少年を諭すおまわりさんのような、口調だった。

それに対し、横島クンは…………


『………………………う、うううぅ……………』


まるで万引きしたことを諭され、

おまわりさんに謝る少年のように、苦悩する。

ちょ、ちょっと待ってよ、横島クン。

何でそこですぐに反論しないの!?

今ついさっき『真面目に聞け』と怒鳴ったあなたは、どこに行ったの?

ハーレムなんて考えてなくて、

純粋に弱いものを助けるとか何とか、そういう言葉はないの?


まぁ…………横島クンらしいと言えばらしいんだけど。

最初に横島クンの言ってたメイド服って、すごく卑猥な感じのデザインだったし。


はぁ。

せっかくさっきまで真面目な感じで、すごくカッコよかったのに……。

私が落胆しつつ、部屋を片付ける間にも、親子の会話は進んでいく。


『タダオ、何か紙を持っているか?』

『はぁ? んにゃ、持っとらん』

『むぅ。しかたない。じゃ、俺のでいいか』


お父様はスーツの上着の内側から、小さなアドレス帳を取り出した。

そしてなにやら色々とメモを書き連ねると、それを破って横島クンに手渡した。


『親父、何だよこれ?』

『今後のお前の未来を指し示すメモだ。読んでみろ』

『えーっと?』


そのメモ用紙には、

様々な妖怪の名前と、その特徴が書き記されていた。

横島クンは、それを一つ一つ丁寧に呟いていく。


『座敷わらし、雪女、猫娘、フェアリー、

 狼人間(少女の)、人魚……って、何だよ? これがどうしたんだ』

『俺がこれまで読んだ小説、漫画、

 あるいは映画などで登場した、美しいとされる物の怪だ』

『いや、だからこれが?』

『ぜひ、保護しろ。そして横島家に加えるのだ!

 特に雪女なんか父さんは欲しいな!』

『アホか!』


私は胸中で、横島クンの言葉に諸手をあげて賛成した。

お父様? それでは、目的のベクトルが、本来から外れてますよ?


『何だと? いいか、想像してみるんだ、タダオ!

 着物だぞ!? その隙間から、まさに処女雪の肌があらわになるんだぞ!』

『お、おお……』

『ひんやりとした体を、俺たち男が熱くさせないで、どうする!』

『た、確かに、男として萌えるものが……』


…………あ、あの、話が脱線しているわよ?

横島クン、真面目な夢の話はどうなったの?

でも、この会話を聞いていると、本当に二人が親子だと実感できるわね。


まぁ、そんなことはどうでもよくて。


…………なんで私が部屋の掃除をしているのに、

この人たちは雪女談義に花を咲かせてるのかしら?

すっごくムカムカするんだけど、

これって私の心が狭いって言うことになるのかしら?





う〜ん。




………………えいっ。





『っおおぉぉぉおおお!? な、何だ、何がどーした!』



私の胸中の呟きに連動して、

彼らの寝そべる校庭が、断続的な地震を起こし始める。



『そ、そうか!』

『何だ、タダオ! 説明しろ!』

『ここは愛子の中だから、話が多分筒抜けなんだ!』

『な、なにぃ! そういうことはもっと早く気づけ、タダオ!』

『や、やばいぞ親父! 愛子がさっきより怒ってるとしたら』

『……したら?』





一拍の沈黙。





『本気でお仕置きされ……ひ、ひぎゃぁぁぁぁあああああぁぁぁ!』

『むおおおおおぉぉぉおおぉぉお!?』



横島クン、正解よ。プラス10点。

まぁ、今さっき私の中では、

マイナス100点がついてるから、まだまだマイナスのままなんだけどね?


地面が割れ、土槍が降り注ぎ、

そして横島クンとお父様は、木の葉のように宙を舞う。

もちろん手加減はしているけれど、

うっかり手が滑っちゃうこともあるわよね?


ああ、横島クンが天に飛んでいくわ。

そうね。

じゃあ、今の校庭割り攻撃は、アースクエイクって呼ぶことにしましょう。

割れてるのは、地球じゃなくて、私のお腹なんだけどね。

そうそう、割れてるといっても、筋肉質ってわけでもないわよ?



なんてね?



『こ、このお仕置きは、母さんの中レベルだな!

 タダオ、お前もこれから苦労するな! ははははは!』

『オカンって、このレベルのお仕置きが出来るんかい!? てか、中って何だ、中って!』

『ふっ、あいつがぶち切れたら、こんなもんじゃないぞう?

 そう、あれはあいつの妊娠中のことだった……』

『てめぇ! 俺の妊娠中に何しやがったんだ!』



…………横島クンのお母様って、どんな人なんだろう。

これよりすごいって……。

これでもやりすぎかな、とか思いつつやってるのに、私。


ていうか、横島クンたち、

地面に叩きつけられたりしつつ、会話できてるのね……。

耐久度だけなら、いっぱしのGSレベルなんじゃ……。



じゃ、もう少し強くしてもいいかしら?



『うお、うおおぉぉおおおおお!?』

『ぐあぁぁああああぁぁ!?』


私の中で、横島クンたちの叫びは、長い間こだましていた。






       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「なんだったんだ、今日は……」


あの後、親父は帰っていった。

散々、引っ掻き回すだけ引っ掻き回しといて、あっさり帰っていきやがった。

もともと仕事で日本に来た以上、

俺のアパートでそんなに遊んでいる時間はないらしい。

何しに来たんだ? 本当に顔を見に来ただけやん。


それにしても、親父もタフだよなぁ。

中年であるはずなのに、高校生の俺と同じくらいの回復力だ。

あの愛子のお仕置きの後、自分の足で俺のアパートから出て行ったんだし。

普通、足腰が立たなくなる世なぁ。


なお、帰り際、俺に小遣いとして5万円を寄越してきた。

愛子にバニースーツでも買ってやれ、そして写真を送れ、だそうだ。

愛子が着るはず……ないよな?

いや、いまいち判断つかん。

大人しいデザインだとは言え、メイド服を何だかんだと、自分から着る奴だし。


でも、愛子はいいとして、

オカンにその写真が見つかったら、死ぬぞ? 親父。


「はぁ、疲れた」


部屋の中は、俺と親父が折檻されている間に、しっかりと綺麗になっていた。

さすがに壁にあるナイフの傷跡までは、消えていないけれど。


親父は、愛子の件をオカンには言わないだろう。

言って得することが、親父にはないしな。

親父は俺が妖怪……とくに可愛いの……を保護することに、

まったく反対していないし、それどころか自分に引き取らせろとか言いやがったし。

引き取る目的がいかがわしい考えによるものなら、

絶対と会わせないと俺は言ったが、あの親父はちゃんと聞いていただろうか?


ああ、確かに魔性のハーレムはいいと思うさ。

男の夢さ。泡風呂に大勢の美妖女と一緒に入りたいさ。俺だって考えるさ。

だが、俺はそれだけが目的なわけじゃない。そう、俺は分別があるのだ。

私利私欲のために妖怪を手に入れたいわけじゃない。



確かに、まったくないわけじゃないさ。

助けた女の子と、もしかして仲良くなれる? って感じの期待はさ。

だって僕、男の子なんだもん。


でも、無理矢理そうする気はないわけで。

愛子に手を出さないのだって、

愛子がいいって言ってないから。うん、そうだ。




まぁ、それはそうと。




「マジで疲れた。なんなんだ、今日は」

「午前中は静かだったのにね。

 まぁ、どたばたして今日という日を終えるのも、青春の1ページよ」

「親父さえ来なきゃ、こんなことには……」

「私は横島クンのお父さんに会えて、面白かったわよ。色々と」



その『色々』は、本当に色々な思いを含んでいるんだろうなぁ。

愛子の呟きの色々は、そう俺に思わせるほどの深さを持つものだった。



「愛子」

「うん?」

「ごめんな。片付け全部やらせちゃって」

「いいわよ。

 横島の夢の話も聞けたし、それに十分ストレスは発散できたもの。

 それに、私はメイドさんなんだし?」

「そ、そうか」

「それはそうと、何が食べたい?

 今日の晩御飯の予定は、決まってないわよ?」

「えーっと、あっさりしたものがいいっす。かなり激しい運動をしたんで」


正直な話、今ここに煮込みハンバーグとか出されたら、吐いちゃいそうな気分だ。


「じゃあ、和食ね。秋刀魚か何かにしようかしら……」


愛子はあごに人差し指を置いて、夕食のメニューを思案しだした。

そんな感じで、俺の休日は終わりました。


休日なのに、何故か普段の道場のトレーニングより

ボロボロになったのは……まぁ、自業自得ですけど。

よかったことと言えば、

親父があのあとすぐ会社に行って、

そして帰ってくれたおかげで、メドーサさんに会わなかったこと。

外見的な年齢からいっても、

あのくそ親父とメドーサさんは釣り合うだろう。

だから絶対会わせたくなかったのだが……これで一安心だ。


スーツを着たメドーサさんと親父じゃ、なんか社内不倫って感じだ。

冗談じゃないっーの。

メドーサさんは俺が予約済みじゃ。

ぜってー、親父なんかに譲らんぞ。

ちなみに愛子もだ。

学生時代を思い出してハッスルしたいなぁ、

何て言ったら、マジでぶっ飛ばして、オカンに引き渡してやる。


夕闇迫る日曜日のひと時。

俺はそんなことを考え、一人決意を新たにした。

なんだかよく分からない決意だが…………大丈夫。

こういうものは、ノリだからな。




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