番外





          第9、5話      メドーサさん、照れる




「ええいっ!」



私はソファから飛び降りると、それまで自分の体重を支えていたそのソファを蹴り飛ばした。

そのソファは、私の背後に控えていた勘九朗の頬の表面を切りつつ、壁に激突する。



「め、メドーサ様……」



勘九朗の奴は血の気を引かせて、私の表情を伺った。



私は、どんな顔をしていたのだろうか。

私を見やった奴の顔は、ますます青くなった。



ま、ひどい顔だったのだろうね。



私は勘九朗の怯えを含む視線を受け、息を吐く。

それは不機嫌さから来る嘆息だったが、

それでも少しだけは、私の精神の高ぶりを抑えることに成功したようだった。



もしも私の精神が高ぶったままならば、私は……、

『め、メドーサ様? いかがなされましたの?』

……などと言う勘九朗を、思わず殴っていたかもしれない。



私はもう一度息を吐き、両眼を閉じる。

勘九朗の問いに答えたのは、そこからさらに数回息を吐いた後だった。



「ヨコシマのやつが、小竜姫に連れて行かれた」

「な、なんですって? それでは、私たちのことも!?」

「いや、ばれてはいないだろうね」



監視していたビッグイーターの気配にすら、あの間抜けどもは気づいていない。

今日は抱きしめてもいないので、ヨコシマの体から私の魔力が匂うことも無い。

奴らは、ヨコシマと私をつなげることなど、できないはずだ。



「で、では、その、メドーサ様は、何にお怒りなのですか?」

「……………うっ」



な、何にだと?



むぅ。



GSにやられたヨコシマを、不甲斐ないと思うか?

否。今の奴の実力に、そこまで求めるのは酷というものだ。



むしろ、あの程度の実力で、ヨコシマは机妖怪を眷属化しているのだ。

奴は十分に努力している。

GSの結界を破ったことも、評価には値する。

天才と言えるほどではないが、

人間にしては、まずまずの成長を見せているのだ、横島は。



では、何だ?



小竜姫を困惑させることには成功している。

お供の鬼など、ヨコシマにいい様にあしらわれていた。



十分ではないか。

もともと、単なる嫌がらせのために、横島を向かわせたのだ。

そして横島は、十分に嫌がらせをした。

それ以上、私は何を求める?




「わ、私はだな……。神族に連れて行かれて、情報が漏れないかとだな」



勘九朗の問いに、私はそんな答えを返した。

言いながら、自分で『訳の分からないことを言っているな』と、そう思えるような答えだった。

聞いているものは、何をいまさら、と思うことだろう。

案の定、勘九朗は少しばかりの呆れを顔に浮かべつつ、言葉を投げかけてくる。



「しかし、ならば横島を監視のビッグイーターで、始末してしまえば……」



勘九朗の言うとおり、

何かの情報を漏らす前にヨコシマを石化させてしまえば、

確かに情報の流出だけは防ぐことができるだろう。



しかし、それでは横島の口からは何も漏れなくとも、

『石化』の線から、私につながってしまう恐れがある。



「……あの、それでは、監視の意味が無いのではございません?」

「…………」



答えられなかった。

勘九朗の言うことは、もっともだったから。



いやいや………待て。



もう一度最初から、落ち着いて考えよう。



今回、天竜童子が突発的に人間界に姿を現した。

しかし、童子を殺害したところで大きなメリットは無かった。

だから、せめて嫌がらせをしようとした。

そのために、ヨコシマに天竜童子の保護をさせようとした。

その恩枠は、うまく行った。

ヨコシマは天竜童子を保護しようとした神族の手の者を、見事に混乱させた。



ここまではいい。



しかし、ヨコシマは妨害したが故に負傷し、小竜姫に連れていかれることになった。

おそらく、妙神山で色々と調べられることだろう。



だが、小竜姫は人の心を深遠まで覗く能力など、持ち合わせてはいないはずだし、

また妙神山に関係する中の最高神であるハヌマンも、

こんな出来事程度では姿を現さないはず。



「情報漏れ」を先ほど懸念した私だが、

実際に、ヨコシマから私の情報が漏れることは、まず有り得ないと言っていい。



ならば、何に怒る?



ヨコシマは、そのうち無事に帰ってくるだろう。

神族には、ヨコシマを殺す理由など無いのだから。



しかし、そう理論的に考えても、私の腹の虫は納まらない。



くそ! 何だというのだ!



「腹が立つねぇ! まったく! 小竜姫め!」



取り敢えず、私は腹の中にある憤りを、すべて小竜姫のせいであるということにした。

何とも幼稚だと思うが、いたし方が無い。



私が感じている怒りは、

ヨコシマに対するものでも、童子に対するものでもない。


まぁ、ヨコシマを張り倒したあのGSにも、相応に腹は立っている。


しかし、私が何故か一番ムカつくのは、あの竜族の小娘だった。



「しかし、神族が出てくることは、当然の……」

「分かっているさ、そんなことはさ! 


「あの、では……」

「私が腹を立てているのは、私のヨコシマを神族の土地なんかに……」

「わ、私のヨコシマ?」



「………………………あっ」








……沈黙……。








「あ、いや……違うんだよ」



そう。違う。

そうじゃないんだ!


『人様のペット』を、断りもなしに『お持ち帰りするな』という意味だよ!


そう、それに、

やはり情報の流出の可能性はゼロでないのだから!



って……なんだい、その眼は! 

言いたいことがあるなら、はっきりと言いな!




「なんだよ、さっきからうるせーな。なんかあったのか?」


「雪之丞! 会議中は入ってくるなと言っていただろう! 忘れたのかい!?」


騒ぎを聞きつけたのか、頭をかきつつ、雪之丞は部屋へと入室してきた。


奴は怒鳴る私を見やり、その次に勘九朗へと視線を投げた。



「……荒れてるけど、なんかあったのか?」

「メドーサ様が、横島にくびったけなのを自覚したのよ」

「んだよそれ? そんなの、前からじゃなかったのか? 前も抱きしめてるの見たぞ、俺」




「あんたたち! それ以上しゃべると、ぶっ殺すよ!」



苦笑交じりに話す勘九朗と雪之丞。

奴らに対し私はすごんだ。



しかし私の声は、

自覚できるほどに裏返っており、とても人を恫喝できるようなものではなかった。



なんだって言うんだい! まったく!







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