第十話



「う〜ん、う〜ん……鬼がぁ……鬼がきよるぅ」

「…………う、うぁ……くぅ……堪忍やぁ…」


「……つくづく失礼な奴らね、こいつら」


学生服に身を包んだ少年と、殿下が仲良く気を失い、そして呻いている。

そしてそれを見下ろしつつ、美神さんは不機嫌そうに文句を呟いていた。



いったい、何がどうなったのでしょうか。



私には即座に事態が把握しきれませんでした。

少年が気を失ったのは、美神さんの攻撃を受けたから。

殿下が気を失ったのは、美神さんの形相と攻撃を見、肝を冷やしすぎたから。



では、そもそもなぜ、この少年は美神さんの攻撃を受ねばならなかったのか。



「小竜姫様、こやつが先ほどわれらの邪魔を」


鬼門の右が戸惑う私に、そっと耳打ちします。



邪魔?

この少年が?

魔力のかけらも感じさせない、人間の少年がですか?



「美神さん、この子は魔族の手先である可能性が……」

「あー、多分無いわ。この馬鹿、私や鬼門を人攫いだと思ったみたい」

「殿下も、それを認める発言をしておられて……」


美神さんの言葉を、今度は鬼門の左が補います。


つまり…………。

久しく人間界に降りていなかったため、私たちの偽装は不十分でした。

そのため、この普通の少年から見れば、

我々は怪しい人攫いにしか見えなかった……ということですか?


さらに当事者である殿下がそれを認めたため、

少年はさらにその疑念を強いものにしたと?


ふぅ、そうですか。

殿下。

お仕置きには少々『色』をつけて差し上げましょう。


「それは分かりましたが……」


では、なぜ美神さんは、

ここまでこの少年を痛めつける必要があったのでしょうか。

彼の前には私たちが立っていましたし、

わざわざ攻撃をしなくとも、彼を捕まえることはできたはずです。



そう私が問いかけると、彼女は一度大きく息を吐き、こう言いました。



「この馬鹿が、私の胸にケチをつけたからよ!」



……? 意味が分かりません。

私はさらに、美神さんに問いかけまいた。

初対面の少年との会話で、なぜ胸の話に物事が発展するのでしょうか。



「…………売り言葉に、買い言葉だったのよ。

 それでこの馬鹿、私のことをシリコン胸だって……」



私も、一応は女です。

自身の体について、まったく悩まないわけではありません。


人化は本来の姿ではないにしても。

大きくあれば、それでいいものではないとしても。


姿かたちが整っていることに、越したことはありません。

だから、豊満であるとは表現できない胸しか持たない私には、美神さんのような胸は羨ましい。

しりこんという言葉の意味はよく理解できませんが、

おそらく貶す意味を持つ言葉なのでしょう。


自分の体を馬鹿にされて怒ってしまう彼女の気持ちが、

同じ女である私に、分からないわけではありません……。


しかし、これはさすがにやり過ぎではありませんか?


「……う。ま、まぁ、やっちゃったものは、しかたないでしょ?」


美神さんにも、多少の後悔はあるようです。

勢いに任せた攻撃は、少年の体にかなりの損傷を与えています。

失言一つでここまでの制裁を加えることは、

現代の人間界の倫理観から考えても、さすがにやり過ぎでしょう。


「取り敢えず、引き上げましょう。ここにいても、仕方がありません。鬼門!」

「はっ!」

「殿下とこの少年を」

「ちょ、ちょっと! 小竜姫さま? この子までどうする気?」


少年を抱える鬼門を見やり、美神さんが声を荒げました。


「妙神山に連れてゆきます。

 一応、彼の背後に誰かがついていないかも、洗わなければなりませんし」

「ただのガキよ?」

「そうでしょうけれどね。それに、傷の手当てもしなければなりません」


殿下を守ろうというその気概には、礼儀を持って答えなければなりません。

今回はちょっとした行き違いで、このような事態に陥ってしまいました。

しかし、この少年には迫る魔の手から殿下を守り、

それゆえ命を落とす……という可能性もあったのです。

それを無視するわけにはいきませんし、

そもそも、怪我をしている以上、この場に捨て置くわけにも行きません。


「ここに置いておけばいいのよ、こんな奴。そのうち眼を覚ますわよ」

「美神さん? この少年の体は、かなりの傷を負っています。身体的にだけでなく、霊的にも」

「…………。殴りやすかったのよ、なんだか」


…………どういう理由ですか、それは。


「はぁ。人間のレベルで最高に近い貴方のすることではありませんよ、まったく」


まぁ、美神さんとの修行中に我を忘れ、

修行場を全壊させた私は、それほど強く注意できる存在ではありませんけれど。



とにかく、この子は妙神山に連れてゆきます。

現在の彼の体は、自然治癒でどうにかできる範囲の損傷ではありません。

しかし、妙神山の修行場の岩石霊穴の上でしばらく休んでいれば、大事には至らないでしょう。

…………いえ、すでに大事に至っているのですけどね。


まぁ、とにもかくにも。

この子の能力にもよりますが、うまく行けば十数時間で、目覚めるはずです。

それから事情聴取をし、人間界へと送り返せば、さしたる騒ぎにもならないでしょう。

ここまで傷ついていると、この場に放っておいたほうが、

辻斬りにでも遭ったのではないかと、騒ぎになってしまうはずです。


「……まぁ、いいわ。じゃ、私はここで帰らせてもらうから。天竜童子は見つかったことだし」

「はい、お疲れ様です。ありがとうございました」

「いいわよ。お礼なんて。借りがあるってことだけ、覚えといてね♪」


…………美神さんに借りがある。

とっても不吉な何かを感じるのですが。

そう思ったころには、彼女はさっさと私たちの元から姿を消していました。



彼女に助けを求めたのは、間違いだったのでしょうか。

ふと私は、そんなことを思いました。












          第10話      小竜姫さまのお仕事












「小竜姫ー。見てきたのねー」

「それで、彼の様子はどうですか」



霊気の集中する、妙神山のある岩石の上。

いわゆる霊穴上で、

その体を休めている少年の様子を見に行った友人に対し、私は問いかける。

友人の名前はヒャクメ。

すべてを完璧に見通すわけではないけれど、彼女の眼は、感覚は、鋭くそして多種に及ぶ。

その能力をもってして、天界での中位文官の位置に属している。


彼女はその眼を持って、

殿下を守ろうとしたあの少年のことを調べてくれるそうなのですが……。

まだ目覚めるには早いでしょうし、

今は取り敢えず顔を見に行っただけ、というところでしょうか。



彼女は屋内に戻って、私の部屋に来るなり、座り込んでお茶を飲みます。

……それ、私のお茶なのですが。

もう少し、礼節を気にしてくださいよ、ヒャクメ。


「……ふぅ。ん〜、さっき、ちょっとだけ目覚めたけど、またお寝んねなのねー」


少年の様子を思い出しているのか、彼女は苦笑交じりに言う。

彼女の性格は、よく言えば天真爛漫で、悪く言えば少し楽観すぎるきらいがある。

……が、私はそんな彼女の性格を気に入っている。

私自身、少し硬すぎる性格なので、

多分、彼女と私を足して2で割れば、ちょうどよい性格になるのではないでしょうか。

まぁ、もう少し礼節に関しては、注意してほしいものですけれど。



「あの傷ですから、仕方ありませんね」

「彼のこと、どこまで調べればいいのね?」

「彼の身元、そして能力くらいでかまいません。

 それ以上の個人情報の引き出しは、自重してください」



私は彼女に、彼女のための茶の湯を手渡しつつ、言う。

ついでに、自分の湯飲みを彼女から手渡してもらい、そして新たな湯を注いだ。


彼女はその性格からか、いたずらに人の過去を覗くことがある。

好奇心が旺盛だといえば聞こえはいいが、

それは他人の心に土足で踏み込むことと同義です。

私か、私以上の存在などように、

同格以上ならば、その行為を咎めることもできるのですが……。



「分かったのねー。ていうか、それくらいはもう見終わっているのね」



私の問いに、彼女は朗らかに答えた。

普通『心眼』と呼ばれる眼を持っていたとしても、

人の心は対象者が起きているか、あるいは夢を見ているときにしか覗けない。

しかも、覗く深さに応じて、相応の時間がかかる。

瞬間的な覚醒で見通したという彼女の眼は、やはり名前どおりに鋭い。


「それ以上は、覗かないであげてくださいね?」

「ま、平凡な子供の前世なんて、あんまり興味も無いしねー」

「そうですか?」

「うん。ちょこっと覗いたら、前世は陰陽師だったみたいね。

 女関係のだらしなさで、捕まって牢屋に入ってたねー。それ以上は見る気しないのね」

「…………しっかり見ているんではありませんか」

「だ、だから。ちょこっとだけねー。ちょこっと」


身元、能力。そして過去。

そこまで覗くには、相応の時間がかかる…………はずなのですが、

しかしあっさりと、彼女はそれ以上の領域まで覗いたようです。

前世と言うものは、人の過去の中でもっとも深い領域の情報ですから。



あの少年は、殿下に関わった存在。

それゆえ魔族との繋がりがあるのでは……という疑念がある以上、

彼女の細部まで見やる姿勢は、決して間違いではないのですが……。

それが好奇心によるものとなると、やはり問題です。


私は少しの呆れを、声に含ませました。


「牢屋に入ったとこまで見たから、興味が失せたのねー。

 あの後処刑で、もう先は無いだろうし」


ヒャクメが言うには、あの少年は千年ほど前、平安の都で陰陽に関わっていたらしい。

しかし、その色恋に奔放な性格から権力者に目をつけられ、捕縛。

牢屋の中で、自分は無実だと無様に訴えていたらしい。

しかし、厳重な警備がしかれている以上、逃げられるはずもなく、

そのまま死んで……そしてようやく、現世に転生したのだろう。

そういう予想がついてしまう以上、これ以降は見ても面白くないとのことだった。



「……本人には伝えては駄目ですよ? まだ子供です。

 前世を知れば、こだわるかもしれませんし」

「わかってるのね」

「本当に?」

「あ、あははは」



何故か笑い出すヒャクメ。

もしかして、注意しなければ伝えていたのでしょうか?

確かにこの子は、強く言われなければ、つい口を滑らしそうな気もします。


「え、えーっと。彼の名前は横島忠夫なのね。

 現在高校生。一人暮らし。これは作られた記憶でもない、本物ね」

「そうですか。他には?」


話題を変えようと、みえみえな態度で言葉を発するヒャクメ。

追求してもいいのですが、まぁ、今回は不問にします。

私はそう結論つけ、話の先を促しました。


「それ以上見ると小竜姫が怒るだろうから、見てないのね。過去はちょっと見たけど」

「今は言い訳はいいです。それで?」

「昔は、大阪に住んでたみたいねー。ただそれだけ」

「本当にただの高校生なのですね」


道端で迷っている殿下も見つけ、さらにそれを追う鬼門を見て。

彼は正義感から、殿下を守ろうとしてくれたのでしょう。

魔族とのかかわりが否定された以上、

彼が目覚めたならば、やはり相応の礼をしなければなりません。


「将来の夢は、GSみたいなのねー」

「GSですか……」


ヒャクメが言うには、

それは最近の記憶によるものなので、見る気は無かったのだが、

あの少年がGSに成るという強い念を、

その心に刻み込んでいたせいで、つい見えてしまったらしい。



(GS、ですか)



私は口にした言葉を、もう一度胸中で繰り返します。



……………ああ、どうしましょう。



美神さんに攻撃されたことで、

あの少年の清らかな夢は、無残にも砕け散ってはいないでしょうか?


自分目指すものの『現物』がアレでは、理想を保てるとは思えません。


正義のGSを名乗る人物と、小汚い罵り合い。

そして、口で負けた正義のGSが、八つ当たり的に、全力攻撃。

よくよく考えてみると…………さ、最悪じゃないですか、美神さん。

相手は子供なのですよ?

これはもう、自身の将来の夢に幻滅しても、仕方がありません。


「はぁ、美神さん、あなたはなんと言うことを……」


私は少し、美神さんには知られたらどうなることか……的な考えをしてしまいました。

しかし、正直なところ、

私の考えはそれほどおかしなものではないと思いますけどね。

美神さんは、何とも筆舌に尽くしがたい人ですし。

実際に起こした行動も、とても褒められるものとは……。


「ねぇ、小竜姫。それはそうと面白いのね。

 この子、妖怪を守るGSになりたいみたいなのねー」

「守る?」

「うん。まぁ、軽いプロテクトがかかってたし、詳しく覗いてないけどねー」

「プロテクト? それは記憶操作ではないのですか?」

「念による無意識的な自己防壁だったね。

 つまり、あの子にとって、強く大事な思い出だと思うね。だから、見てないのねー」

「そうですか」

「こじ開けて見たら、小竜姫も怒るのねー?」

「当たり前です。……それにしても、『守る』ですか」

「本人はいたって真面目なのねー。これは育てれば化けるかもしれないね」

「前世も陰陽師ですし?」

「そうねー」


そう言えば、あの少年はすでに鬼門の二人を一応は倒しているのですよね?

鬼門が私を呼びに来たのは、美神さんが助けてくれたからだそうですし。


あの年齢で、この妙神山修行資格保有者。

そして次期天竜である天竜童子が、その臣下。

そうですね。彼はうまくすれば、面白いように化けるかもしれません。

彼からは大きな力は感じませんが、

それでも鬼門を丸め込んだ、ということは、手先が器用なのでしょう。


近年、人間界では西洋魔術が主流となり、

霊的戦闘は大出力の一転突破も珍しくありません。

事実美神さんは、自身の出力を強化し、

その強大な力を持って、相手をねじ伏せようとします。

この修行場に来た理由は、

悪霊を圧倒できる力を、さっさと手に入れたいから……でした。


彼女の師である神父は、周囲からの力を借りるタイプですが、しかし彼もまた西洋系です。

磨かれた体術や剣術により、相手の力そのものを利用したり、

あるいは受け流したり……そういう東洋系術者タイプは、近年では多くありません。

体術や剣術を学ぶことを、出力強化の鍛錬とする人は多いのでしょうけれどね。


純粋な出力強化は、いずれ限界に達します。

たとえ人の身を超えるだけの出力を手に入れたとしても、

天界には私以上の神も多数存在します。

つまり、強さを純粋な出力に人が求めることは、最終的には間違いなのです。


ここは一つ、あの子を出力に頼らないタイプの剣士に……。

ああ。

修行場を持つ管理人としては、大変心惹かれますね。

前世が陰陽師ということで、

札などを使用した属性攻撃も、もしかすると性に合うかもしれません。


私はもともとは大陸の神ですが、今はこの妙神山にくくられた神でもあります。

この日本の大地に散らばる八百万の神の力を借りる者。

そんな修行者を生み出すのは……………。


それに、彼は妖怪を助けるGSになりたいそうですし、

物の怪の類からも力を借りるという戦闘スタイルは、理にかなって……。



「しょ、小竜姫? どうしたのね?」

「あ、いえ……少し考え事を」

「なんか、怖かったねー。何を考えてたねー?」

「その、ちょっと修行プランなど……」

「それは気が早すぎるねー。いくらなんでも」

「そ、そうですよね」



あう、ヒャクメに注意されてしまいました。



「それはそうと」

「どうしたのねー?」

「いえ。あの少年に関しては、保留します」



今やるべきことは、他にあります。



「? なんなのねー?」

「決まっているじゃないですか」



私は微笑みながら、懐から一枚の札を取り出しました。

天界の強力な『結界破札』です。

これは一種の宝具であり、まず人間界で使用される結界に、破壊できないものはありません。

いいえ。天界や魔界でも、この札の効力を無視できる結界は少ないことでしょう。



「こんなものを持ち出し、私の管理下から逃れ、

 挙句、人間界の少年に嘘をつき、いらぬ混乱を起こし……」

「しょ、小竜姫? あの……」

「お仕置きです。ええ、それはもう、二度とこのようなことを起こす気がなくなるように」

「…………………お、お手柔らかにね?」

「私は、私の役目を果たすだけですよ」

「あ、あははは〜」



微笑んだ私に、ヒャクメは少しだけ汗を流しつつ、答えました。

ちなみにこの部屋の様子は、お仕置き部屋に入っている殿下にも伝わっていることでしょう。

何しろ私は、竜気に自身の意思を混ぜ、少しずつ発しているのですから。



でも、手加減はしませんよ? 殿下。



「…………ご愁傷さまなのねー」



ヒャクメ? 別に気の毒なことなど、殿下には何一つ無いのですよ?

だって、自業自得なのですから。



「小竜姫の専門のお仕事って、お仕置きじゃなかった気がするんだけどー……」



ヒャクメは、ポツリとそんなことを呟きました。




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