第十四話



カーテンの隙間から零れる光が、私の顔に降り注ぐ。

それによって、私の意識はゆっくりと普段のそれへと回帰していく。



「ん、ふぁぁ〜」



あら、いやだ。

私としたことが、なんだか今日はお寝坊さんね。

枕元に置いた自分の携帯のデジタル画面は、普段より遅い時間をさしていた。



私は大きく欠伸をし、目じりに溜まった涙を拭う。

時刻はすでに6時半を回っている。

……それは一般的には早い時間かもしれないけれど、

ここ白竜会では、多くの者が朝稽古を終え、朝食をとっているような時間帯。



まぁ、朝の鍛錬は人それぞれが行うべきもので、別段強制ではない。

なぜなら深夜やら昼間にテンションが高まるサイクルの人が存在するように、

霊的な波動サイクルはそれぞれの個人差が大きいから。

だから基本的な生活サイクルさえ守っていれば、

どういう時間に修行しようが、それは個々の裁量しだい。



朝10時に起きて、それから日中に激しい稽古をしてもいいってことね。

ちなみに雪之丞なんて、夜は8時に寝て、朝3時に起きることだってあるくらい。

さらに言うなら、

魔族であるメドーサ様に教えを請うている私は、どちらかと言えば夜型かしら。


しかし、それはそうと、今日はお寝坊をしてしまったわね。

私はいつもなら、遅くても5時45分には起きるのだから。

朝と呼ばれる時間帯で、30分以上の遅れが出ると、色々忙しくなっちゃう。

起きたその瞬間から、予定が狂っているってことだしね。



さてさて。横島は帰ってきたかしら?

陰念も何か不穏なことを考えていたみたいだし、何事もないといいんだけど。



そんなことを考えつつ、ピンクのパジャマから胴着に着替え、私は食堂へと足を向ける。

もちろん、ナイトキャップを外すことも忘れない。


「さて、朝ごはんは何かしらね?」


取り留めのないことを呟きつつ、私は自室を後にした。

私の部屋に、その呟きを聴くものはいない。

実力順で部屋割りを決めることのある白竜会。よって私の部屋は、個室だったりする。

私としては、一人寝は寂しいのだけれど……誘っても、誰も来ないのよね……。

大部屋で雑魚寝するときも、皆あからさまに私を避けるし。もう、嫌になっちゃうわ。



白竜会には住み込み修行者が多いので、家事は当番制。

今日は、誰が食事当番だったかしら?


ちなみにお馬鹿な会長は、いまだに騙されていて、自分の会が健全だと信じている。

まぁ、住み込み修行者がわいわい喋りつつ、

朝の食事を取っていれば、そう勘違いしても仕方ないわよね。

でもまぁ、そのうち、石にでもされるんじゃないかしら?


それとも、メドーサ様は何らかの温情をかけるのかしら?

最近、メドーサ様はどんどん丸くなられている。

…………惚れた弱み。それが今のあの人を、一番よく表す言葉じゃないかしら?

そう思うと、惚れられたあの子……横島は、今この道場で最強なわけよね。


私は人の身で得られないような力を、この手に入れたいと思っている。

でも、メドーサ様を見てると、それもどうかなぁって気もする今日この頃。

やはり、愛は強いわねぇ。

私が誰かに惚れちゃったら、相手の実力が私より下でも、

私はおそらく相手のいうことを聞かされてしまうかも、だし。



アイは愛されたものが勝ち。

よく言ったものね、これ。

真理だわ。



「おはよう、雪之丞」

「ん、ああ、おはよう、勘九朗」



食堂に入った私は、もぐもぐと白米をほお張る雪之丞に、朝の挨拶をする。

う〜ん、この子も可愛いのだけれど、

でも、なんかこう、しっくりこないのよねぇ。

私にも、運命の相手がいつか来るのかしら?

それとも、雪之丞がもう少し逞しくなれば、私の琴線に触れるかしら?



「っ!?」

「あら? どうしたの雪之丞」

「いや、なんかスゲぇ悪寒が……」

「風邪かしらね? ところで、横島はもう帰ってきたの?」



勘のいい雪之丞から視線をそらしつつ、私は聞いた。

それにしても、悪寒とは失礼ね。

確かに舐めるような視線だったかもしれないけれど、そこまで嫌がらなくてもいいじゃない?



「横島か。あいつのことなら、愛子の姐さんに聞いてくれ」

「じゃあ、一応帰ってきてるのね」

「……すぐ異界送りになったがな。メドーサを怒らせたし」



わけが分からないわね。

メドーサ様が怒る? 何かしたのかしら? 痴情のもつれ?



まぁ、とにかく愛子ちゃんに聞いてみましょう。

私は朝食を後回しにして、愛子ちゃんがいると言う道場へと足を運ぶ。

ご飯はあとからでも食べられるけれど、他人の色恋は後から見ることは出来ない。

他人の恋や苦痛は、蜜の味。

見ていてこれほど面白いものはないわ。




            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「愛子ちゃん、おはよう」

「あ、おはようございます」


私が道場の中に入ると、

彼女は道場の真ん中で、本体である机にノートを広げて、何かを書いていた。

そのノートは『学級日誌』と書かれた、大きな黒いノートだったわ。

まぁ、学校妖怪の彼女が持つに、ふさわしい物ね。


というか、悪いけどこういうものを持って、セーラー服を着ていてくれないと、

この子のことを学校妖怪だって、忘れちゃいがちなのよね。

だって、時々メイド服で食堂を手伝っていたりするし。

まぁ、そのおかげで花ができて、白竜会の中の空気が、

よりいっそう殺伐としたものから、和やかなものになっているのだけれど。



ちなみに、私がそれを真似てメイド服を着込んだら、かなりの不評だった。

体を鍛えちゃうと、

どうしても上腕二頭筋なんかが目立っちゃって、フリルが合わなくなるのよねぇ。

メドーサ様はいいわよねぇ。細い腕のままで、私より筋力上なんだし。

筋繊維の構造自体の違いか、あるいはまとう霊力の質の差か……。

ムキムキの肉体美もいいけれど、やはり私自身は可愛くありたいわよねぇ〜。



「横島たちは? メドーサ様もいらっしゃらないようだし」

「みんな、私の『中』にいます」


そう言えば、確かに雪之丞も『異界送り』とか言っていたわね。


「どういう経緯で、そうなったの?」

「これ、読みます? 朝起きたこと、ちょうど書いてたんですけど」

「いいの?」

「青春を書き綴ってても、もとは学級日誌ですから」



まぁ、学級日誌だと言うなら、

他人に見られてこそ意味があるわけだし……遠慮なく拝見させていただくわ。

ふぅん、本当に学級日誌ね。

授業日程やら、特別な予定を書く欄まであるわ。

すでに一部書き込んであるけれど、これは今日の授業予定なのかしら? 

どうやら愛子ちゃんは、学校にもしっかりと受け入れられているみたい。

それはそうと、

この特別な予定って、避難訓練がある日くらいしか、書くことがないのよねぇ。

たいていは空欄ですんじゃう。


ふふ、懐かしいわね。

私にも、これを真面目に書いていた小学生のころとか、あったのよねぇ。

あの頃はよかったわ。体育の時間、クラスメイトは半ズボンだった。

2次性徴前の、あのすべすべ太もも。

くっ、何であの頃の私は、

授業風景を写真で撮っておかなかったのかしら?


そんなことを考えつつ、私は目的の部分に目を通す。

『今日の出来事』という欄には、数行ばかりの書き込みがあった。


へぇ、帰ってきてすぐ、陰念が試合を……

雪之丞がいたから、こういう形式になったわけね。

いなかったら、もっとルール無用な試合内容になってたでしょうね。




『で、そっちを見たらメドーサさんが、横島クンの剣を頭から生やして立っているんだもの!』




…………ぶはっ!? な、なにこれ!

え? これホント? そりゃ、メドーサ様も怒るわよ。

昨日さんざん悩み抜いたりしてたのに、朝一でこんなことをされたら。

しかも、女の顔に浅いとはいえ傷を……。

これはどっちが悪いとか、そー言う問題じゃないわね。

喧嘩両成敗。

ああ、だからお仕置きのために愛子ちゃんの『中』にいるわけね。



「愛子ちゃん、今は中どうなってるの?」

「アースシェイク中です」



クエイクとシェイクでは、どっちのほうが強いのかしら?

クエイクについては横島から聞いたことがあったけれど、

シェイクと言う術については、これまでに聞いたことがなかった。

…………語感的に言えば、クエイクよりシェイクのほうが、振られ方は激しそうだけど。



「中がどうなってるか知りたいんだけど……」

「今入ったら、とんでもないですよ?」

「……みたいね」

「じゃあ、中の様子だけこっちに寄越します?」

「できるの?」

「声とかだけなら」



そう愛子ちゃんが言うと、

引き出しの部分から男の声が聞こえてくる。

確かに、中の風景は見ることが出来ないけれど、

これなら中の様子は十分に想像できる。



『よ、ようやくシェイクが収まったか……。

 ま、マジでやばかったな。なぁ、陰念。ん? 陰念?』


『横島、俺は……お前に嫉妬してたんだ……』

『どうしたんだよ、陰念。急にそんな……』


『後から来たくせに、メドーサ……様に目をかけられ、メイドを従え……

 貴様は何様だって、そう思っていたんだ。

 男として、情けないとも思わんわけじゃない。だがそれが紛れもない本心だった。

 俺のほうが強い。なのに、なんであいつばかり……ってな』


『俺はそんな……それに愛子は、別に本当のメイドってわけじゃないし』


『んなこと、関係ねぇんだ。俺がひがんでただけなんだしな』

『…………陰念? おい!』

『最後だから、言っておくぜ……。ふっ、すまなか……っ…た…な』

『う、うそだろ! 起きろ! 起きるんだ陰念! 今寝たら、本当に!』

『…………あば…よ…。先に、冥府で……待って…るぞ……』

『インネェェェェン!』




「って…………どういうシュチュエーションなの?」




取り敢えず台詞から想像して見ると、

なんか、雪山で遭難してる感じがするんだけど。

シェイクは終わって、寝たら死ぬ?

何がどうなって?



ていうか、陰念なんて、

本当に『死ぬ前に全部告白する悪役A』って位置づけじゃない?



私は、机に腰掛け『これぞ青春よねぇ』などと言いつつ、涙を拭う愛子ちゃんに尋ねる。



「今は校庭の土を盛り上がらせて、標高7000mの山にしてます」

「す、すごいわね」

「私の体の中ですし、メドーサさんも、お仕置きのために魔力供給してくれますし」

「で、そこからどうするの?」

「メドーサさんは、いきなり山を消してほしいみたいです」

「……それ、本気で死なない?」



東京タワーが333mだったかしら?

となると、それの20倍以上の高さなのよね……。7000mって。

私でも、生身の状態で東京タワーから落ちたら、生存確率は六分四分よ?


「大丈夫です。私の中ですから。

 それに、メドーサさんも本気じゃないですし、何より……」


「? 何より?」


「このリアクション、何気にこれで3回目なんです。

 意外とノリがいいんですね、陰念さんって。

 付き合う横島クンも、横島クンですけど」



ニコニコと言う愛子ちゃん。

……そう、慣れているのね。

やっぱり、心配するとこっちが馬鹿を見るのね。

それにしても、陰念がねぇ。

腹を割って殴りあいして、

さらに瀕死なピンチに一緒に立ち向かうと、友情が芽生えるものなのかしら?



90年代初頭のUFO映画でも、

米国やらロシアやら中東諸国やら、全部仲良く異星人に反抗していたし。

題名は、確か『独立記念日』だったかしら?



あ、もしかして、殴り合いじゃなくて、『殴り愛い』かしら?

男と男の、熱き血潮のぶつかり愛い?

うん、こういう言い方をするといいわね。思いっきり当て字だけど。



『隣にいた雪之丞君も、アゴが外れそうなくらい驚いてたもの。それに……………』



「……ところで愛子ちゃん? この続きって?」



朝食のご飯、5杯は軽くいけそうな熱い妄想を取り敢えず中断し、

私は学級日誌の中身について、愛子ちゃんに質問する。

それに……のあとが、欄が足りないせいか、書かれていないのよね。



「あ、それはその後に色々と、

 状況とか感想とかを書くつもりだったんだけど、

 欄が足りないから、そこで切ったんです。

 あとで『それに』も消すつもりなんです」


「ふぅん。それで、何を書くつもりだったの?」


「それは……」


「それは?」


「秘密です」











            第14話      暴走する神父、そして……










はーっはーっはっ!

いや、いい天気だよな。空は雲ひとつない快晴で、

生きとし生けるすべてのものに、多大なる慈悲と恩恵を与えてくれる。

俺、横島忠夫も、その光で今にも光合成をしそうなくらいだ。

体は緑色じゃないし、血も紫じゃないけどな!


「いやぁー。心が晴れ渡っていると、人間って寛容になれるよな!

 今の俺なら、500円玉でも、惜しむことなく募金箱に入れちゃうぜ!」


「…………微妙にスケールが小さいわよ、横島クン」


「そうか? まぁ、気にするな、愛子!」


俺の朗らかで大きな声が、午後の住宅街に響き渡る。

何で俺がこんなに機嫌がいいかと言えば、それはもう、いいことがあったからだ。

危険な下山、サバイバル、そして戦闘訓練にお仕置き。

そのお仕置きも、これまでにないほどすっごい物だった。



ノーロープバンジーには…………いや、ちゅーか、

ノーロープの場合、バンジーっちゅうより、

ただの身投げかも知れんが…………まぁ、妙神山からの下山で慣れてたつもりだった。


しかし、それは甘かった。

オカンの好きなゼンザイくらい、アマアマだった。

キロ単位で落ちるって言うのは、とんでもないね。

指の先とか、落下のせいで冷えて凍傷になったし。

俺はどこのレンジャー部隊隊員だっつーの。



あと、マグニチュード10以上のシェイクとかね。

もし本当の世界だったら、地球が軽く割れてたね、アレは。

地割れに引っかかったときの、陰念とのファイト一発は忘れられない。



『もう無理だ! 手を離せ横島!』

『馬鹿やろう! 諦めるな!』

『横島……お前って奴は……!』

『ふっ、行くぜ陰念! ファイトォ!』

『おお! いっぱ〜つ!』



熱かった。ライブももう後半、失神者続出な感じで、熱かった。

なんか、愛子は無茶苦茶喜んでたけど。

うん、好きそうだもんな、そういうの。



…………とまぁ、そんな風にすごいお仕置きだった。

しかし、俺はメドーサさんの顔に傷を負わしちゃったわけだし、甘んじて受けた。



というか、むしろ『もう出て行け』と、

妙神山みたく追い出されないかと、びくびくしてたんだ、俺。

でも、いつものノリのお仕置きで終わってくれて、こっちがもう感謝です。

嫌われなくてよかった。

狙ったわけじゃない不慮の事故とはいえ、

誰だっていきなり頭に刃物刺されたら、怒りますよ。嫌いますよ。

もし俺が朝教室に入って、そこで脳天に剣を刺されたら………まぁ、怒る前に死ぬか。



だから嫌われないですんで、ホッとした。だから、俺機嫌いい。

いや、しかもそれだけじゃないんだなぁ。

本当の『いいこと』って。



実は…………。

そのお仕置き終了後、天竜童子の件でご褒美まで貰った。

それはそれ、これはこれ。

仕事をちゃんとしたし、それはそれで褒めるってさ。

小竜姫ちゃんに追い出されたこととか言ったら、メドーサさんは笑いつつ、

『ふふ、私は小竜姫ほど胸が小さくないからね』なんて言って、抱きしめてくれました!



そうですね! 大きいですもんね! 俺の頭がしっかり埋まるくらいに!

巨乳が駄目って言う人もいるけど、これがやっぱり『女性の優しさ』の象徴だよ!

包まれるよ! 暖かいよ! やわらかいよ!



さらに、いつもならそこで終わるんだろうけど、キスまでしてもらいました!

初キッスですよ、初!

しかも触れ合うようなもんじゃなく、かなり濃厚に。

これぞキス、と言うキスです!


いいよね、舌を這わせるって。

唇周辺には、性感を受容できる敏感な感覚器がある。

雑誌だったか? なんかでそう聞いたことがあるけど、アレ本当です。

キスだけでイっちゃうって、マジありえます。

だって、気持ちよかったす。実体験です!



しかもアレだ。人に見られつつだから、余計に燃えた。

陰念、愛子、カンクローさんに見られてた。

まぁ、キスを見られたせいで、

陰念とはまたしても、試合前のような状態に、中が逆戻りしたが……



すまん陰念。

俺はお前との仲か、メドーサさんとのディープキスかなら、キスをとるぜ!

男として、当たり前だろ?

傍目で悔しがってみ見てるお前の心のうちは、よく分かる!

俺だって、基本的にモテないキャラだしな。

小竜姫ちゃんからも、毛虫のごとく嫌われたし。



しかし、だからこそだ。

揉んで、吸って、甘噛んで、こすリあわせて……。

いや、もう舌と唇……口だけで天国いけました。

これはもう、何物にも代えられんよ。

疲労も吹っ飛びました。

ちょい徹夜ハイなところもあるんですが、それに加えてこのキス!

ちょっと俺、暴走機関車並み? 

もう霊力が漏れ出してます。耳とかから!



『あーあ、このままじゃ学校行っても、疲れてずっと寝てそうだな。つーか、半死?』



お仕置きの最中はそんな風に思ったんですが、

いやいやいや、もうずっと起きて授業を聞いていました。

普段よりも真面目に授業聞いてました。

英語W、数学T、現文、古典、昼飯、生物、英語T……そしてHRと掃除。

今日一日、完璧に過ごしました。

なんか愛子は不機嫌だったんだけど、まぁ、そんなことは些細なこと!

後は放課後に『用事』を済ませて、また道場に行くだけだ!



行くぜ、俺は!

より強くなるために! そしてあの人のそばに行くために!

そして、いつか『本番』をいただくために!



「ほら、さくさく行くぞ! 二人とも!」

「もう、横島クン! 少しは落ち着いて!」

「……ほ、本当に、朝からあのテンションなんですか?」

「そうよ。まったくもう!」



俺の声に反応する二人…………愛子と、そしてピートだ。



いやぁ、今日の昼休みに、愛子が昨日のことを詳しく聞いてきたんだ。

まぁ、一晩丸々姿がなかったわけだし、心配もかけたはず。

だから俺は誠意を見せるため、

自分がしたことをありのまま、正直に愛子に話した。



つまり、大体のことを要約してしまうと……

『お前が心配して待っている間、俺は神様相手にセクハラしてましたよ』って感じ?



いや、実際かなり危険な場面のほうが多かったんですけど、

今無事にここにいる以上、愛子には必要以上にそう聞こえたみたい。

鬼門との対面や、GS美神にシバかれたこと。

そのオチとして、小竜姫ちゃんへのセクハラがあって、

しかもそのオチのせいで帰路が大変になったんだし、同情の余地無し?

いや、同情の余地はありだそうです。

無理矢理男性の象徴を見せ付けられそうになった、麗しい竜神様については。



で、怒られました。

で、謝りに行くわよ、と言うことになりました。

しかし、俺にもう一度妙神山に行くことが、果たしてできるだろうか。

長時間かけ、ゴールまでをクリアした超巨大迷路を、

もう一度ゴールからスタートまで行けと言われても、すんなり行けるはずがないです。



そこで登場するのが、ピート。

奴はICPOオカルトGメンになるため、教会に住み込んで勉強している。

もちろんプロのGSに師事してるわけだ。

となれば、そのGS神父に話を聞けば、妙神山への行き方も、分かるかもしれない。

あるいは、もしかすると、案内もしてくれるかもしれない。


ある意味確実に妙神山について知っていそうな存在を、俺は一応知っている。

GS美神。あの人も、小竜姫ちゃんと一緒にいたわけだし、妙神山の場所は把握してるはず。

………………でもなぁ。暴言を吐いちゃったしなぁ。

のこのこ会いに行ったら、またしても三途の川の辺まで、無料で案内されそうな気がする。


やはり、もう頼みの綱は、ピートの先生の神父さんしかない。うん。


そういう期待を込めてピートに相談したところ、

ピートが言うには、

その神父も妙神山で修行したことがあるはず、とのこと。

なんか、そんな話を聞いたことがあるらしい。

『君も、GS資格をとった後で、行ってみてもいいだろう』とか言う感じで。



ビンゴだ。



で、俺と愛子とピートは、

仲良く通学路を教会に向けて歩いているのだ。

俺が愛子の机を背負っていなければ、ごく普通の日常の1コマなんだろうけど。



「えっと、ここです。ここが僕の先生の教会です」



途中から先頭に立っていたピートが、足を止めるなりそう呟いた。

それにつられて、俺と愛子は視線をピートの前方の建物へと向ける。



「へぇ、何ちゅーか、趣があると言うか、ぶっちゃげボロいと言うか」

「こら! 横島クン」

「う、すんまそん」

「あはは、いいですよ。取り敢えず、あがってください」



ようやく目的地にたどり着いた俺たちは、

玄関先でそんな小さな漫才をしつつ、笑いあう。

そしてピートがドアを開けつつ中へと勧めるので、俺と愛子は中へと入った。



神父かぁ。

ピートが言うには、底抜けに優しい人らしいんだけど…………。



『死ね! 皆、死んでしまえ! ヒャーッハッハ!

 死ね、死ね死にまくれ! 朽ち果てろ! ヒャハハハハハ!』







………………え、えっと、優しい?





「あ、ああ……わ、私はどうすれば………」

「く、くぅうっ!」



中では、なんだか体が霧状な巨大な神父と、

生きることに疲れたようなおばさん、

そして頭がかなり後退したおじさんがいた。



え、なにこの異様な雰囲気。

あ、あの……アットホームな教会だって、聞いてたんですけど?

も、もしかして、ピートの故郷では、これがアットホーム?

外国はやはり違いますな、みたいな?



いやいや! 

これはアレですか?

迷える夫婦に、神父が神の言葉を授けていますか?!

いや〜、俺が知らないうちに、

教会っていう場所も、なんかデスメタルな場所になったもんだ。

賛美歌じゃなくて、『ォォォォォォ』っていう呪音が、どこからか響いてきてる。



…………って、んなわけないやろ!

目の前に広がるあまりの異次元に、思わずボケちまったよ!



それにしても、何がどうって、

思いっきり悪霊じゃないか、この神父さん!

どっからどう見ても、話が通じないぞ。

すでに思考回路がイっちゃってる存在だぞ!



「ピート! お前の先生は悪霊だったのか!」


とりあえず、俺はピートにボケを投げてみる。


「そんなはずないでしょう! 僕の先生はあそこのハゲたおじさんです!」


教会の隅っこのほうで、苦痛にうめくおじさんを、ピートは『びしっ!』と指差した。


「は、はげ……」

「あ、ご、ごめんなさい、先生! つ、つい!」


何気にノリのいいピートと、弟子にハゲおじさん扱いされた本物神父さん。

いや、実際それほどじゃないですけどね?

ハゲという言葉が似合うのは、

やはり波平カットレベルだと思うので、

本物神父さんは、まだまだ大丈夫な領域……といえば、フォローになるのか?

いや、波平カットと比較された時点で、アウトか?



「よ、横島クン! 危ないわ!」

「うおっ!?」



馬鹿なことを考えていると、

俺の突っ立っていた場所に、霧状の悪霊神父の攻撃が突き刺さる。

なんとその攻撃とは、悪霊の操り動かす教会の椅子だ。

しかも長椅子なので、床に突き立てられると、まるで柱! 俺の身長より、でかいし!

何とかギリギリで回避したが、真面目に食らったらやばい。

今朝、頭に剣を突き刺したメドーサさんの比じゃないな!

長椅子なんて突き刺された日にゃ、俺の頭も体も、潰れてしまう。



「愛子、折神剣を!」

「はい!」



俺はよく知らんのだが、銃刀法ってさ、危ないもん持ってるだけで駄目らしい。

たとえばエアガンや模造刀でも、

そのまま持って街中歩けば、おまわりさんに咎められるそうです。

まぁ、当たり前か。あからさまに不審だモンな。

そんなわけで、普段は愛子の本体の中に、折神剣は入っている。

同様に、オヤジのナイフもだ。

ここなら、いざと言うときに職務質問されても、見つからないしな。

………そーゆー『いざ』って場面に出会ったら、もう高校生としてはアウトだろうけど。



「ナイスパス!」



俺は愛子から折神剣を受け取り、構える。

刃がないので何とも不安だが、しかし俺が扱える最高の攻撃手段には違いない。

俺の最大C−マインの威力を1とすると、

折神剣は、ただ斬りつけても50くらい行けるんじゃないかな?

さすがは折れていても神剣。



「…………くっ、情け、ないな、私も」

「先生、大丈夫ですか!」

「い、今すぐ逃げるんだ……ピート、お友達を、逃がせ……」

「せ、先生、大丈夫ですか!? せ、先生ほどの人が、なんで!?」



ピートが本物神父の肩を抱き、言葉を交わす。

どうやら、察するにあの神父は、かなりのダメージを負っているらしい。

プロGSが祓えない超強力悪霊か。くそ、荷が重い。

だが、ただ逃げても追いつかれるかもしれない。



なら、戦うしかない!

逃げるにしても、この場には俺を含めて5人の人間がいる。

依頼者らしいおばちゃんと、怪我をしたらしい神父さんは愛子に任せて、

俺とピートが悪霊の足止めをする……って言うのが、多分一番現実的なはず。


大丈夫! いけるさ!


今の俺は、メドーサさんのキッスのおかげか、

出力は上昇! 霊気は充満! 元気が有り余ってる!

帰路や陰念戦でのダメージも、そのおかげか超回復で、まったく気にならない!

これで負けるってんなら、俺はこの先GSなんかになれるものかよ。



ただの道場に通うだけの人間じゃ、駄目なんだ。

メドーサさんに必要なのは、支えとなってあげられるくらいの強い存在!

魔族すら支えられる、そんな人間。

悪徳GSからも、霊を守る存在。

それが、俺がなろうとする人間。



「おい! 何で暴れるんだ! 理由を話してみろ!」


胸中でO−カウントの発動を準備させつつ、悪霊神父に問いかける。


『死にまくれ! 朽ち果てろ! ヒャハハハハハ!』


しかし、悪霊神父は壊れた何かのように、同じ発言内容を繰り返すだけだ。

やはり、予想通りに……完全に壊れてやがる。

話し合いなど、無理だ。



こいつは誰かに消されない限り、

ずっとこのまま破壊を続けるんだろう。

壊れたまま、自分の本意でない罪を重ねるんだろう。



何で、こいつは悪霊になったんだろう。

生前、悪い人間だったからか? 

いや、善良な人間でも、

その時々の強い感情が後世に残ることもあるって、前にTVでGS美神が言っていたな。



まぁ、どうにしろ、

今こいつが壊れてしまっていることに、なんら変わりはないか。



「すまん、俺じゃお前を救ってやれない」


『死にまくれ! 朽ち果てろ!』


「だからせめて、俺が今ここであの世に送ってやる!」



この世からあの世へ送ることでしか、救ってやれない。

いや、救うとか考えること自体、おこがましいのかな。

俺は今から、俺たちにとって都合が悪いから、こいつを消すんだ。

それって、やっぱりこいつからすれば、救いじゃないのかもしれない。

いや、思考がないんだから、そんなことすら考えないか、こいつは。

どうなのだろう。



分からない。分からないけれど、このままにはしておけない。

このまま放っておけば、

こいつはますます被害を大きくして、いろんな人から恨まれるだろう。

自分の意思じゃないのに。

どれだけ『死ね』と喚いたところで、それはこいつの意思じゃないのに。



……なら、せめて楽に逝かせてやる。

そして俺はお前を忘れない。それで、許してくれ。



『死ね! 皆、死んでしまえ! ヒャーッハッハ!』


「このGS&CH候補の横島忠夫が、お前を極楽に逝かせてやる!」



これは、愛子に引き続き『俺の仕事』の第2弾なのだ。

契約も何もなく、お金は貰えないだろうし……それに俺はGS資格も持っていない。

勝手な心霊技能使用は、

もしかするとGS協会に睨まれるかも知れない。

プロのGSが、傷ついているとはいえ、すぐそこで見ているのだから。



だが、これは俺のライフワークだ。

俺が決めた、男の仕事。生涯の仕事だ。

やらなきゃならない。


(……よし……)


O−カウントを発動させる。

秒数は破格の15秒だ。


「いくぜ、@−デコイ! そして、C−マイン準備!」

                                                       0
一時的に出力を上昇させている俺は、一度に20ものデコイを虚空へと射出する。

突然俺の気配が増加したことに驚いたのか、悪霊神父はデコイに攻撃を仕掛ける。

かかったな。道場の奴らには効かないが、やはり霊視に頼り、

かつ深い思考を持たない奴には、効果覿面だ。

                                                       5
やがて破壊されたデコイの内部の霊気が、教会内に充満する。

それは霧状であった悪霊を取り込みつつうねり、その正確な位置情報を俺に伝える。

いくら霧状だとは言え、

同じ霧が周囲に立ち込めれば、拡散して逃げることもできない。

                                                      10
悪霊は霧状から脱して、半固形状態となり、俺へと迫る。

構成した@ーレイヤー内の霊気濃度を、俺が操作して『見つけさせて』やったのだ。

俺の周囲だけ濃度が薄くなれば、そこに何かがいると悪霊は考える。ただ、それだけのこと。

残りは1秒。だが、それだけあれば十分だ。


(これで、終わりだ! 逝ってこい!)


俺は突っ込んできた悪霊を折神剣の柄で受け流しつつ、

その体へ最初から準備していたC−マインを叩き込んだ。



圧縮された霊力が開放され、衝突。

閃光、そして、断末魔。



ゼロ距離での霊的爆発に、その悪霊は成すすべもなく消滅し、この世から去った。



「…………ふう〜。ジャスト15秒。うまく行ってよかった」



O−カウント中、ずっと息を止めていた俺は、

悪霊がこの世を去ったことで、ようやく呼吸を再開させる。



……………………………………いや、正直ドキドキもんでした。



自信がなかったわけじゃないけど、

でも、もしかするとということは、常に有り得るわけだし。



それにしても、折神剣が長ければ、

あいつが突っ込んできたときに、そのまま一刀両断できたかもしれない。

つくづく、折ってしまったことが悔やまれるなぁ。



「横島クン、大丈夫?」

「ああ、ちょい冷や汗かいたけどな」

「でも、そんなに強そうじゃなかったみたいね」



確かに、愛子の言うとおり、それほど強くは無かった。

実は、神父が先に弱まらせてくれたのか?

超強力なやつ、と踏んでただけに、

ある意味では拍子抜けするくらい早く決着がついた。



「それでも、これがある意味では初戦闘だしな。内心、びくびくしてた」



というか、正しく言うなら、戦っている最中はそんな風に思わなかった。

一瞬の出来事だったし、そこまで深く考えること自体、無理だった。

だから、戦い終わった今になって、びくびくしてます。

そもそも、愛子も鬼門もそうだけど、

戦ったときに俺を殺そうという意思はなかった。

GS美神は、半ばマジで殺気を振り撒いてたけど、まだ『余地』はあった。

でも、今回の奴は、終始殺意があった。そこに余地なんて無い。

だから、怖かったんだろうな。


『殺すつもりで戦い、修練する』とは言え、道場の中で本当に殺気を持つ奴はいない。

陰念は俺と実にアレな理由で仲が悪いが、それでも本気で殺そうとまではしない。

いやぁ、怖いね。殺気って。


…………うぅ。軽い感じでまとめてみても、やっぱり怖い。


戦闘内容自体だけで見れば拍子抜けだけど、

でも、だからと言って『もっと張り合いの奴』と闘いたいとは思わない。

ユッキーなら、そう言うんだろうけど……。



「く、はぁ、はぁ、はぁ……」


「大丈夫ですか、先生! 

 悪霊は横島さんがやっつけました、安心してください!」



息が荒い神父を心配するピート。

それにしても、この人はどこで何を不覚を取ったんだろうか。

こういっちゃなんだが、

さっきの奴はやっぱり、弟子を取るような経験豊富なGSが、

負けるような相手ではなかったと思う。



「どこをやられたんですか、先生!」

「だ、大丈夫だ、ピート」

「大丈夫って、顔が真っ青ですよ! にんにくを食べた僕みたいに!」

「は、はは、そうかね……」

「先生!」

「は、恥ずかしくて言いづらいのだが……腹が」

「おなかが!?」

「減って……顔が青いのは、栄養失調かも……」



きゅりゅるるるる〜。

そんな子犬の鳴き声のような、

実に可愛らしい腹の虫の声が、教会内に響く。



「…………せ、先生! 

 だからちゃんとご飯を食べれるくらいには、報酬を受けましょうって!」


「し、しかし、なんだか受け取り辛くてねぇ」

「それでこんなことになってちゃ、世話ないです!」

「はは、確かに。面目ないよ。まだ大丈夫だと思ってたんだが……」



きゅるるるる〜。

きゅりゅるるる〜。



俺はそこに、メドーサさんと会う前の俺より惨めな人を見た。

血の気の無い顔、うつろな瞳、そして髪の無い頭、響く腹の音。


「あ、愛子! 米買いに行くぞ、米!」


ご飯が必要です、この人には!

あれだ、紹介してもらうってのに、

よくよく考えたら手ぶらって言うのは無作法だったな!

だよな! 米だ、米! 

あと肉! あ、聖職者に肉は駄目か?



とにかく、スーパーに米買いに行くぞ、米!



愛子は、反論しなかった。

ただ一度だけ、首を縦に振り、俺の後についてきた。


次へ

トップへ
戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送