第十五話



洗いざらしたシーツの上で、私は身を休めていた。

ああ、窓から差し込む太陽の光が、ひどく強いものに思える。

私は両目を細め、その光のまぶしさに耐えた。



「……って、本当に馬鹿じゃない? 栄養失調と過労で倒れるなんて。

 まったく、私がいたときはまだ良かったものの……

 ピート、あなたがしっかりしないと駄目よ? この人は無欲すぎるから」


「はい、分かってます! 僕も先生には無理してほしくありませんから!」



本人を目の前にして、ひどい言われようだった。

一人はすでに自分の元から巣立った弟子で、

もう一人は、今も自分の元に師事している弟子だというのに。


(いや、私のほうが彼女たちより、ある意味では未熟か……)


長く伸ばした髪をひるがええしつつ、私に強く言葉を投げかけるのは、

今やGSとして『色々な意味』で有名になった美神令子くんだ。


その強力な力、その輝く美貌、そして……その強欲な性格。

最後の一つだけが、師匠としては心配だよ。

君のお母さんは、

確かに少し強引な性格ではあったが、決してお金には執着していなかったのだがね。

何故、君はそこまでお金が好きなんだろうねぇ。

いつか、脱税でマルサの世話になるんじゃないだろうか。

していないよね、脱税?

この前問い詰めたとき、視線をそらしたように感じたのは、私の気のせいだよね?



多分、美神君と私の欲は、

足して2で割れば、人としてちょうどよいのだろうね。



そしてもう一人の弟子、ブラドーの血統を引くヴァンパイア・ハーフのピート。

彼は非常に優秀で真面目で、しかし、それゆえ少し考えすぎるきらいがある。

今回、私が倒れたことで、無用な心配をかけてしまった。

本当に、すまないことをしたね。


「まったく、しっかりしてくださいよ?」

「本当ですよ、先生! 今回は、美神さんの言うとおりです」


二人の言葉は私の胸に突き刺さるが、しかし反論することはできない。

いくら馬鹿だといわれようとも、それは事実なのだ。

私は確かに大馬鹿者だ。

腹が減っては戦ができぬ。

そんな言葉を、身をもって実現してしまったほどに。



「はーい、トマトスープができましたよ〜」



そうこうしていると、

パタパタと令子くんの助手のおキヌくんが、部屋に入ってくる。

その手には、柔らかな湯気を放つ真っ赤なスープがあった。

先ほど、令子くんが教会の裏庭で、言霊を使い作物を超促成栽培した。

その結果が、このスープだ。



なお、彼女のその性格ゆえか、

かなり攻撃的な野菜がいくつも出来上がったらしい……。

どのような野菜かと言えば、

『さぁ! この俺を喰らうがいい!』とのたまう、そんなトマトやキュウリである。

本当に野菜か、と疑いたくなるような存在に進化していると言っても、差し支えはないと思う。

ベッドで横になっている私にまで、野菜の叫び声と言うか、怒声は聞こえてきたのだから。


まぁ、しかし、スープになってしまえば、性格も関係ないだろう。

むしろ、その攻撃性ゆえ、非常に体が温まりそうだよ。

それこそ、体が燃えてしまいそうなほどにね。


主よ、あなたのお恵みに感謝し、

そして私は、今このスープを頂きます。

……温かく、そしてトマトの味も利いていて……しかし、何処か舌を強く刺激してくる。

トマトのはずなのに、まるで唐辛子のような感じが、そこはかとなく…………。

ああ、でも美味い。令子くんたちにも、感謝せねば。



「それにしても、ちょっと遅いですね、二人とも」



ピートが、スープをすする私を尻目に、そんなことを呟いた。

そう、今日はピートが友達を連れてきたのだ。

それが横島くんと、愛子くんだ。

彼らは、私の不始末の後始末をし、

あまつさえ今は、食材を買いにスーパーに行っている。

私が腹を空かせていると、そのことを心配してくれたらしい。

近年語られる少年像よりも、かなり立派な少年だと思う。



『すまん、俺じゃお前を救ってやれない

 だからせめて、俺があの世に送ってやる!』



彼のあの台詞は、しっかりとした念の込められたものだった。

彼がどういう人間か、私はまだ良く知らない。

だが、しっかりとした夢を思い描いていることは、感じ取れた。


しかし、そんな彼との初対面は、ずいぶんなものになってしまった。

何だか、つくづく申し訳ない。

私に相談事があるらしいのだが、

そのことについては、できる限り善処したいと思う。



「そう言えば、誰か来てたの?」

「はい、そうなんです」


令子くんの問いに、ピートが答える。


なお、横島くんが買い物に出かけた後で、

令子くんはここにやって来ているので、彼女は彼と出会っていない。

そう言えば、令子くんは、何をしに来たのだろうか。

彼女の性格から言って、何らかの用件がない以上、ふらっと来ることもない。

実際これまでも、師匠としては悲しいことなのだが、

彼女が目的なくこの教会に顔を出しに来たことはなかった。



う〜ん。また、仕事に関する相談だろうか。

以前、妙神山への紹介状を渡し、

それでうまくパワーアップしてきたようなのだが……

あるいは、仕事の愚痴か何かだろうか。

エミくんに邪魔をされただとか、

冥子くんとの共同戦闘で、被害をこうむったとか…



「僕の友達なんですが…」

「あ、そうなの?」



何故か、ピートくんは横島くんの名前をぼかした。

ふむ、ちょっと気になったのだが……わざとだろうか。

それとも、何か理由があるのだろうか。



「へぇ、こっちでもちゃんと友達できたんだ。よかったじゃない」

「ええ、ちょっと変わった人なんですが」

「ふうーん」



「……こんにちわ、勝手に上がらせてもらいました」



そうこうしていると、

スーパーの買い物袋を手にした愛子くんが、部屋へと上がってくる。

おや、横島くんの姿は見えないようだね。



「あ、横島クンなら、今来ます。

 彼ったら、調子に乗って10キロの米袋を3つも買って……」



計30キロか。随分と体力があるようだ。

まぁ、先の戦闘での彼の体さばきから考えるに、そう驚くことでもないだろう。

そう言えば……なぜか彼は教会にやってきたとき、机を担いでいた。

あれは修行一環なのかね?

いや、愛子くんから、ほのかに人と違う印象を受けるので、それに関係があるのか?



自己紹介もする暇なく、買い物に行かせてしまったことが、今更ながらに悔やまれる。

私がしっかりしていれば、こんなことにはならなかっただろうに。



「じゃあ、私が手伝いに行ってきます!」



言うが早いか、おキヌくんは壁を透過し、部屋の外へと出て行く。

そしてそのあとすぐに、横島くんの声が部屋の外から聞こえてきた。



「ていうか、愛子の中に収納すればよかったんだよな。わざわざ持たなくても」

「あ! よ、横島さん」

「おお! おキヌちゃんじゃん! 俺のこと覚えててくれたんだ」

「横島さんも、私のこと…」

「ふっ、可愛い女の子のことは忘れん!」

「あ、ありがとうございます…」



廊下の外から、横島くんとおキヌくんの声が聞こえてくる。



「…………」

「おや、どうしたんだい、令子くん」

「いや、なんか不穏な名前と声が、さっきから聞こえて……」

「あ、あはは……」



私がたずねると、何処か機嫌の悪い声で、令子くんが呟く。

それに対し、ピートがうつろな笑いを漏らした。

ふむ、どうやら間違いなく、ピートは何かを知っているようだ。

令子くんと横島くんの間には、何かがあるようだねぇ。



まぁ、横島くんが来れば分かることか。

そう私が結論つけるのと、彼が部屋に入ってくるのは、ほぼ同時のことだった。



「あれ? でもおキヌちゃんがいるとなると………」

「……ハロー。昨日の今日で、会うことになるとはね」



どうやら、間違いなく知り合いらしい。

令子くんは笑いつつ……しかし何処か声に威圧をこめて、横島くんに笑いかける。



「う、あ……じ、GSの美神……さん?」



横島くんは背中から米袋3つと、机を下ろした。

そしてきょろきょろと部屋の中を見回し、そして笑う。こちらはうつろな笑みだ。

なお、ピートくんも笑っている。苦いものを飲んだような感じで。



「な、なんであんたが?」

「別に。自分の師匠のところに来て、悪い?」

「え、えーっと……ご、ごめんなさいぃっ!?」



横島くんはしばしの沈黙の後、そう叫んで回れ右をした。

すばやい動きだった。彼はすぐさま、部屋の外へと走っていく。

ああ、あれは逃げていくといったほうが、正しいのかもしれない。



『あ、こら! 待ちなさい! 人の顔を見て逃げるって、どういう了見よ!』

『あ、あんたがなんか怒っとるからだ!』

『あんたは人がどうだろうと、美人には飛び掛る奴でしょ! 

 私を見て飛び掛らないって、どういうこと!?』

『何であんたに、そんな評をされなイカンのじゃ!』

『待ちなさい!』

『い、いやじゃぁ〜、なんか捕まったら、すごいやばい気がするぅ!』



廊下をばたばたと走っていく二人。

狭い教会内で、ずいぶんな逃走劇を繰り広げているようだ。



「多分、今日美神さんが来た理由と、横島さんが来た理由、一緒なんでしょうね」

ピートくんが喧騒を耳に、そう呟く。

「どういうことだい?」

「なんだか、色々あったみたいなんです」



『あれ!? でも追っかけてくるって、

 もしかして、俺にかまってほしいですか! そうですか!

 口では何だかんだ言いつつ、寂しいですか! なら、ちゃんとかまってあげますよ!』

『誰もそんなこと言ってないでしょ!』

『ど、どないせいちゅーんじゃ! 逃げても駄目で、かまっても駄目って!』

『取り敢えず、大人しくなさい!』

『くっ、押しても引いても駄目なら……』

『な、なによ?』

『死なばもろとも! その体、楽しませてもらうぜ!』

『ひゃ………っ!? ん、な、なにすんのよっ!?』

『はぎゅぅっ!』



……その横島くんの叫びを最後に、喧騒が途切れた。

この部屋の中から外をうかがうことはできないが、おそらく捕まったのだろう。

令子くんも、なんだか大人気ない態度だったね。

……何処か、楽しそうでもあったけれど。

うーん、詳しい話を聞きたいのだけれど、とてもそんな雰囲気じゃ……



「こうなると詳しい話は、横島クンが起きてからね。じゃ、今のうちに私、お米炊いてきます」

「あ、私も手伝います」

「えーっと、おキヌちゃんって、呼ばれてたわね」

「はい、おキヌって言います」

「私は愛子。あなた幽霊? 私は妖怪なのよね。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」



私がどうしたものかと悩んでいると、愛子くんがそう切り出した。

慣れているのだねぇ。特におろおろした様子もない。

彼女は米袋の一つを机の引き出しにしまうと、

その机を持って、おキヌくんと厨房へと去っていった。



「ピート。横島くんとは、どういう子なんだい?」


取り敢えず、いまだ自分のそばで立ち尽くしている弟子に、そう聞いてみた。


「ちょっと、変わった人です」



……そう、らしいねぇ。

私はいつの間にやらスープのなくなった皿を見やりつつ、嘆息した。















            第15話      進むべき道と、ついでに立ちはだかる壁?













事情がようやく飲み込めたとき、

私の第一声は『……なんと言うか……』などという、

ひどく曖昧な、そして意味の解しづらいものだった。



しかし『なんと言うか』である。

なんと言えばいいか、

即座に思いつくものがいれば、それはよほどの人生経験を積んだものだろう。

私もそれなりに生きてきたが、それでも『なんと言うか』である。



まず、横島くんは妙神山への紹介状がほしくて、この教会へとやってきた。

なんでも、天竜童子を保護し、その礼として妙神山に連れて行かれたのだが、

そこで様々な悪行……というのは大げさかも知れないが……をし、追い出されたそうな。

それを謝るため、どうしてももう一度妙神山に行きたいらしい。



「ちょっとした悪ふざけだったんだけど、むっさ怒られまして…」



まぁ、小竜姫さまは、神族の中でも潔癖な部類に入るので、それも仕方がないだろう。

この日本の地にくくられた神なので、それは当然といえば当然である。

これがもし、ギリシアの神話に出てくる神ならば、彼の行動は笑って済まされた可能性もある。

もしかすると、場合によっては余計に好まれたかもしれない。

もちろんそれは可能性であり、一概に何とも言えない。

ギリシアの古代神は、機嫌の移り変わりが激しいからね。



まぁ、そんなわけで。

お詫びのために、もう一度妙神山に行きたいらしいのだが、

どこをどうやって行けばいいか、さっぱり分からないらしい。

まぁ、それもやはり当然のこと。

あそこは入るのも出るのも難しい、一種の異界なのだから。

むしろ、案内人も紹介状も、

その他の霊的な発見アイテムもなしで、よく一日で帰ってこれたものだと思う。


なおこの話は、普通ならば信じることができなかっただろう。

彼は確かに先ほど、悪霊を退治し、その霊能力の一端を私に見せた。

しかし、その霊能から推測するに、彼はまだまだ未完成なのだ。

出力も技も、そのどちらもが、妙神山での修行を行える域ではない。

例を出すなら…………剛錬武という魔物が妙神山にはいる。

体が非常に硬い魔物で、弱点はその硬さに守られない『目』なのだが、

彼の技では、弱点の目にさえ、大したダメージを与えられないだろう。



完成したものが、あらたなる高みを目指すために行く場所。

それが妙神山である。未完成な人間には、あまりに遠い土地なのだ。



だからこそ、

未完成の者が、天竜童子に関わり、妙神山に招待され、挙句追い出される。

そんなことを聞かされれば『大したほら話だね』というところかな。


しかし、その話を裏付けるものがある。

折れているとは言え、何らかの理由がなければ持つことのできない神剣。

しかも、つい最近までだれか神族が装備していたのだろう。

その折れた神剣には、まだまだ強い神気がまとわりついている。

いずれこの残留神気が無くなれば、この折れた神剣の力はさらに失われることだろう。

残留神気が完全になくなれば、折れている以上、人界の霊剣にすら劣るかも知れない。

だが、今この場においては、十分な証拠である。



さらにもう一つの裏づけ。

それが令子くんだ。

彼女はここに、昨日の出来事を愚痴りに来たらしい。



彼女が言うには、

小竜姫さまが妙神山を抜け出した天竜童子の捜索と保護を、自分に依頼してきた。

そして色々あって、横島くんがその仕事の邪魔をしたそうなのだ……。

彼女が横島くんを嫌うのは、どうもそこが理由らしい。



今日、彼と彼女がここに出会ったのは、ちょうどよいタイミングだったのだろうか?

もし令子くんがここを訪ねてこなければ、

私は横島くんの話を心の底から信じることが、できなかったかもしれない。

だが、彼女が来たせいで、横島くんは殴る蹴るの暴行を、

……まぁ、彼の行動にも原因はあるようなのだが……受けることとなった。



もしかすると、彼と彼女の間には、奇妙な『縁』があるのかもしれないねぇ。

令子くんも、実際心の底から怒っているわけではないし。

自立心が強く、常に背筋を伸ばしてきた高校生の彼女を知る私としては、

彼女が学生のころに、

ああいう自分の素を出せる存在と巡り会えなかったことが、少し残念だよ。



「にしても……神様の小竜姫さまにまで、馬鹿なことするなんて。あんたは『本当の馬鹿』ね」

「う、うう〜。だって可愛かったんやもん」

「愛子ちゃんだったっけ? あなたも大変ね、こんな奴のお守り」

「確かに、なんか最近は委員長というより、教師っていう気もします。

 あと、できの悪い弟を持ったお姉さんとか……なんかそんな感じも」



かなりの攻撃を加えられたようなのだが、

横島くんはすでに回復し、みんなと会話をしていた。



彼は白竜会という道場で、今GSを目指して修業中らしい。

将来的にはピートと同じく、オカルトGメンを目指しているらしい。

彼は霊や妖怪にも優しいGSになりたいそうだ。

その結果の一部が愛子くんであり、

まただからこそ、神すら恐れず『普段の自分』で接しているのだろう。

何しろ、彼は小竜姫さまを、ごく普通にちゃん付けしているのだ。



礼節は必要だろうが、

必要以上に畏まって、相手に本音を伝えないよりは、いいのかもしれない。

まぁ、小竜姫さまには、結局怒りを買うだけの結果に終わってしまったようだが。



うーん、しかし、彼はいい少年だね。

少々若さゆえか、その行動が女性に対して露骨だが、

それも明け透けなものだと割り切れば、大して気にもならなくなるはず。

実際、愛子くんは気にせずに、彼と暮らせているらしいし、

令子くんも今は普通に話せている。



そして、その能力。

まだ基礎段階で、これからどう変化していくかわからない分、将来が楽しみだよ。

初心を忘れない限り、どんな力を手に入れても、彼なら大丈夫そうだ。



思想的には、むしろ令子くんにも見習って欲しいくらいだ。

お金ばかりを優先せず、もう少し丁寧に除霊するとかね。

たとえば、そう。

殴り倒して吸引したあと、線香の一本くらい、追悼の意を表すために供えてあげるとか。

…………無理か。

除霊され、そこに霊がいない以上、お金の無駄だと言い出しそうな気が……。



まぁ、それらは置いておいて。



「妙神山を紹介することは、できない」



彼にはできる限りのことをしてあげたいが、

それはそれ、これはこれ。

今の彼を妙神山に向かわせることは、私はどうにも反対だった。



「え、ええっ! 駄目ッスか?」


「ああ。一度行ったことがあるとは言え、

 君は本来、まだ行くべきレベルの到達していない。

 あそこは修行場。謝罪をしたいのなら、

 成長し、力を付け、あそこの試練を突破することこそ、

 小竜姫様には一番の謝罪となるだろうね」


「そんなモンすかね?」

「ああ、そういうものだよ。あそこは、修行場なのだから」



取り敢えず、GS試験に合格ができたなら、紹介してあげてもいいだろう。

GSとなって、かなりの経験を積んだ令子くんが、ようやく行くような修行場なのだ。

GS試験合格してすぐ行くにしても、早いくらいだ。



「でもそれじゃ、来年になっちゃうな……」



随分と前向きな子だね、横島くんは。

普通、GS試験に合格するためには、長年試験を繰り返すものなのだ。

何しろ、受験者は数えられないほどいるのに、その合格者は数えられるほどに少ない。

令子くんは一発合格だったが、

それは彼女が美神家の長女であり、霊能の血をよき形で遺伝したからだ。

普通の人間では霊能に目覚めないし、

あるいは目覚めても、なかなかうまく行かないものだよ。

だから普通なら、来年になるのではなく、5年後になるかもしれないと考えるところだろう。



「大体、あんたはいつから目覚めてるわけ?

 私は生まれたときからだけど、

 それでも制御できるようになったのは、高校くらいになってからよ?」



令子くんが、少し声にあきれを含ませつつ、言う。

そう言えば、令子くんが初めて悪霊を祓ったのも

この教会であり、そして高校生のときだったね。

確かあの時も、私が先に倒れてしまい、その後を任せてしまったのだ。



「つい最近っす。高校に入ってからだし……」

「さ、最近? じゃあ、目覚めてすぐ、もうこれだけ使えているのかね?」

「いやぁ、死ぬ気で頑張ってますから!」



驚いた私に、横島くんは胸を張って答える。

うーん、偶然と運、そして生来の才能があるのかもしれないね。

血筋は非常に重視されるものだが、

しかし、突然強い力を持った者も世には生まれるものだ。

たとえば、今のGS界に多大な影響力を持つ六道家。

その始祖も、最初は突発的に力を得たものだった。

もしかすると500年後には、

横島家の始祖として、彼は血筋の源泉とされているかもしれない。

彼のこの力を歪ませずに伸ばしている白竜会も、賞賛に値するだろう。

きっと、良い道場なのだろうね。



「まぁ、とにかく今は、人間界で強くなることを頑張りなさい。

 いきなり天界の修行場に行こうとするのは、早計というものだよ」

「分かりました」

「時に横島くん。君はどんな系統に進みたいのかね?」

「系統、ですか?」



そう。力を扱うにも、様々な流れがある。

今の横島くんは、陸上部に入って、基礎トレーニングを積んでいる新規部員なのだ。

この先の大会を制覇するために、

これからはもっと色々なトレーニングが必要となるが、

そのトレーニング内容も、今後の種目によって変化していく。

柔軟体操や基礎運動は共通していても、長距離走と短距離走では、走り方が違う。

障害物競走なら、さらに違ってくる。

砲丸投げを目指すなら、ウエイトトレーニングをしなければならないし、

棒高跳びなら、棒の扱いを学ばなければならない。



霊能で言うならば、

令子くんのようにオールマイティに、道具を使うか。

彼女の友人であるエミくんのように、

……まぁ、神に仕える私は、あまりお勧めできないが、

呪術の行使を主とするか。

あるいは六道家のように、式神と呼ばれる鬼を使役することを主とするか。

もしくは、私のように神のお力を借りる方法もある。

さらにいえば、

エミ君のものをもっと突き詰めて、魔族を召喚したり、使役したり、契約する邪道まである。



横島くんは、まだ自身の強化しか行っていないが、

今後はもっと、専門的な攻撃なり防御なりの手段を学んでいくべきなのだ。



「その前に、ちょっといいすか?」

「ん、なんだい?」

「なんで、魔族との契約が邪道なんスか?」



私の説明を聞いての最初の質問が、それだった。

心底不思議そうに、そう、彼はわけが分からないという顔をしていた。



「別にいいじゃないですか。魔族と仲良くしたって。

 できるなら、それに越したことはないですよ」


「いや、魔族はだね……」


「魔族が全部邪悪とか言うの、俺は嫌なんです。

 人間にだって、いいやつもいれば、悪い奴もいるんですし」


「……ふむ、そうだね。一概に邪道と評するのは、少し不適切だったかもしれないな」


「そうです。魔族だって、

 人に疎まれて寂しいとか思ってる人も、いるかも……じゃないですか」



彼の目指すものは、霊や妖怪に優しいGSだったね。

それに今、彼は『思っている人も……』などと言う、実に柔らかな表現をした。

もしかすると彼は、その昔に魔族の誰かと会ったのかもしれない。

あるいは、妖怪の友達がいたのかもしれない。

それが妖怪だから、魔族だからという理由で、滅せられたのかもしれないね。

すべては推測だ。

しかし、そんなことを思わせるだけの念が、彼の言葉にはあった。



「横島くん」

「? なんすか?」

「君の行こうとする道は、大変なものだよ」



愛子くんの他にも、彼はこれから多くの妖怪などに出会っていくだろう。

しかし、そのすべてと分かり合うことはできない。

そしてそのすべてを保護することも、無理だ。

今日の悪霊のように、

話が通じず、自らの命を守るためには、相手を滅するしかない場合もある。

それが完全に話の通じない、ただの破壊の獣でしかないなら、心の痛みも少ないだろう。

だが時には、話し合い、分かり合うことが出来ても、

しかしお互いが決して譲れない一線があり、それに悩むかも知れない。


あるいは、保護することができても、周囲の視線と言うものがある。

時に、保護した妖怪を、他のGSが狙ってくることさえあるだろう。

彼の思いは深いようだが、しかしその思いを理想することは、困難なのだ。



そう。犬好きで動物愛護を志すものが、

一年で保健所に処理される頭数を知り、自分の無力感に苛まれることがあるように。

あるいは、私の若い頃のように、自分も神も信じられず、自暴自棄になることもあるだろう。



「大丈夫! 俺がオカルトGメンに入ったら、国際的な保護部署を中に作りますから」

「ほう、それはすごい大志だね」



オカルトGメンは心霊犯罪や、

悪魔や妖怪による国家の転覆を防ぐ機関であり、

各国の密接な霊的バランスが重要視されている。

基本的に『駆除』を担う組織であり、なかなか『保護』は行わない。

攻撃対象の大きさによっては

『下手に手を出して怒らせるよりは、飼いならそう』と、保護を掲げる場合もある。

だが、それ専門の『部署』は、いまだなかったはずだ。

なにしろ国際的機関とは言え、最終的には各国の警察機関に大きく依存するものだからね。



「あんた、身の程を知らない夢を持ってるのね……」



横島くんのあまりに大きな将来設計に、令子くんが呟いた。

確かに個人でできることには、限界がある。

しかし、だからといって組織に入り、

その組織に自分の目標を成し遂げる機関を創設することなど、普通はできない。


いまだGS資格すら持っていない少年。

彼の大きな夢は、果たされる日が来るのだろうか。

私は彼の未来に、幸が多いことを祈った。

彼の師匠になった白竜会の誰かも、おそらく同じような気持ちなのかもしれない。



「それで、どういう系統に進むんだい?」


私は彼の行く末を少しでも知りたくなって、そう尋ねた。



「う〜ん、まだ決めてないっす。色々ありすぎて、何があってるのか分かりませんし。

 ユッキー……あ、白竜会の先輩なんすけど、

 ユッキーは、霊的近接戦闘をすでに主体としてるみたいです。

 で、今までは俺も、そういう霊的格闘の修行してました」


「霊的格闘というと……霊波砲や霊弾、あとは殴り合いね?」

「ええ。コブシに気を溜めて、とか……」

「あんた、先輩弟子と一緒に修行してて、大丈夫なの?」

「一発当たるとKOだから、全弾回避するようにしてます!」

「……ま、戦い慣れはしそうな感じよね」

「でも、確かに今後は、殴り合いだけじゃ駄目かも……

 うーん、俺にも式神とか使えるのかな?」



ある意味、彼は珍しい存在だ。

何らかの流派の家に生まれていれば、

彼の年齢ならすっかり戦いの型が決まってしまっているはず。

しかし、まだどんな流派にも属していない彼は、多くの道を選べる。



「そう言えば、白竜会は特定の札を使用したり、武器を使用したりすることは、ないのかい?」



よくよく考えてみれば、

私たちがどれだけアドバイスを与えたところで、

白竜会が流派として奨励するものがあるのならば、

横島くんはいずれそれを習得することになる。

私たちが下手に物を勧めれば、彼の成長に多少の悪影響が出てしまうかもしれない。


「ないっす」


だが、私の心配は杞憂だったらしい。

横島くんは、はっきりとそう言い切った。



「基本的に格闘がメインで、そこに霊能力を上乗せする感じなんで。

 奥義とされるものも……あんまり詳しく知らないんすけど、

 体に霊気の鎧をまとって、身体能力を向上させる感じです。装甲術ですね、属性つきの。

 ちなみにユッキーとか、みんな素手でのガチンコ勝負が好きで……

 だから俺、@−デコイとか考えたんです。正面からじゃ、勝てないし」



ああ、そう言えば、固めた霊気を放り出して、悪霊を困惑させていたね。

うーん、彼は純粋な力勝負というより、駆け引きに向いているのだろう。

性格的にも、能力的にも……言ってしまえば、器用なのだろう。



「ならば符術なんか、どうだろう?」



もともと符とは、古代の中国皇帝が用いた命令書をさす言葉である。

符は、やがて制度としては廃れていき、

政治の舞台からは消えて行くが、道教においては使われ続け、

やがて呪術的な意味を持つようになり、今日に伝わっている。



「ふじゅつ、ですか?」

「札を使用した術だよ。五行の理を持って、制する術だ」



横島くんに簡単に説明をしつつ、

私はピートに、私の部屋の本棚から、一冊の本をとってくるように頼んだ。



その本の題名は『陰陽五行説法』

森羅万象、宇宙のありとあらゆる物は、陰・陽の二つに分類できるという、陰陽思想。

万物は木・火・土・金・水の5つの要素から成り、互いに影響を与え合うという、五行思想。

その二つをまとめたのが、陰陽五行説であり、

この本は、さらにその思想自体についてまとめたものだ。

少々読書には辛い内容だが、読んでおいて損はないだろう。


「か、活字じゃなくて、漫画で優しく解説してくれそうな本とか……」

「いや、さすがに漫画は私も持ってないよ」


結局、横島くんは、

『勉強は苦手なんすけど』などと言いつつ、しかしそれでも受け取ってくれた。

別段、その本一冊ですべてを決める必要はないが、

これから彼が進むべき道の一つとして、考える材料にしてもらえれば、幸いだ。







その後、しばらく話をして、その日はお開きになった。

妙神山への紹介状は書いて上げらない。だが、今後も是非遊びに来てほしい。

そう私が言うと、横島くんは苦笑交じりに『はい』と答えた。

さらに『今度来るときは、クッキーでも焼いてきますね』と、

隣に立つ愛子くんには言われてしまった。



少々、私も気恥ずかしかった。

ああ、今度からは、気をつけるよ。

ピートも、目を光らせているからね。



それはそうと、今日の話し合いは、ピートにもいい影響があったようだ。



『横島さんのことを見直しました。あんな夢を持っているなんて』



ピートは横島くんの夢を聞いていたらしいのだが、

今日ほど詳しい内容は聞いていなかったらしい。

自分も、もっと頑張ると言っていた。

それに、横島くんの神も魔も気にしない考え方は、

ピートの『バンパイア・ハーフ』が、神の神聖な力を借りていいのか?

……という問いに、何らかの光明を持たせてくれたのかもしれない。



できれば令子くんにも、少しくらい良い影響が出ればいいのだけれど……

それはさすがに無理そうだった。

『彼くらい、君も霊に対し丁寧考えてみてはどうか?』と聞いたところ、

『お金がかかるし……私は現世利益優先だし』という、見も蓋もない答えが返ってきた。

彼女はおキヌくんを引き連れ、そのまま帰っていった。




            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




あれから、数日が過ぎた。

ピートが言うには、もう学校も夏休みに突入したとのこと。

横島くんとはなかなか会えないようだが、

たまに街中などで出会うと、彼は愛子くんの机を担ぎ、元気に歩いているらしい。


すでに街の人もその光景になれたそうで、さほど違和感はないそうだ。


もしかすると、そのうち街の名物として、TVで取り上げられたりするかもしれない。

昨今、GSの活躍や、それを題材にしたTVドラマのせいで、

『霊といえば滅すべきもの』という風潮がある。

彼らの存在が、その風潮を今一度考え直すものになればいいのだが。


そもそも、日本にはお盆に祖先の霊が帰ってくるという、

そんな実に身近な風習もあり、そういったことを無視した現代で…………



Rurururururu………
Rururururururu………
Rurururururururu………



………ん、電話か。



そう言えば、

令子くんが『FAX機能のあるものに、買い換えろ』とうるさく言っていたな。

しかし、我が教会としては、電話が通じる状態を保っているだけで、精一杯なんだよ。


そんなことを考えつつ、私は電話を取った。



「もしもし、唐巣ですが、我が教会に何か御用でしょうか」

『あら〜〜〜、カラス君〜。お久しぶりねぇ〜〜』

「こ、これは六道さん。お久しぶりです」



なんと電話の相手は、

GS業界で多大なる権力を持つ、六道家からのものだった。



いったい、何の用だろうか。

そう言えば、この人からの電話で、

私は美智恵くん……令子くんの母……を、弟子として紹介されたのだ。

今思えばよき思い出だが、当時としてはとんでもなく面倒なことだった。

今日は、何なのだろうか。本当に……。



『うちの子が〜〜、また失敗して〜、GS免許を剥奪されそうなのよ〜〜』

「それは大変ですね……」



六道家の一人娘である六道冥子くんは、非常に強大な霊力の持ち主なのだが、

しかしその精神面の未熟さからか、常に暴走してしまう危険性がある。

12の強力な式神を従える彼女が暴走すると、周囲は一瞬にして、ある種の地獄と化す。


これもGS業界では、かなり有名な話だ。



六道冥子くんを仕事で『使う』となると、

強大な敵の前に出し、暴走させ、

周囲ごとその敵を消滅させる……くらいしか『使い道』がないとさえ言われている。

しかし、実際には六道家の一人娘に、そんなことをさせられるはずもなく……

……まぁ、だからこそ、免許剥奪という方針が考えられるのだ。

いっそのこと、違う職業に歩ませてしまえばいい、と言うのだろう。

人には向き不向きと言うものがあるし、ある意味で私は免許剥奪には賛成したいと思う。

彼女は、どうにもGS向きではない。

ちょっとした心霊現象を解決するくらいならいいが、

思考回路の消滅した暴走悪霊と退治するのは、どうにも……ね。




………………ん?




…………って、まさか、私に修行しなおせと?

う、うちの教会が、この世からなくなっても、

いいと言うのですか、六道さん!?


赤貧に耐え忍びつつ何とか守っている、地域に密着した我が教会を!?



『それで〜〜、令子ちゃんに相談したら〜〜』

「は、はあ」



ふむ、直接私に指導を頼むという話ではないようで……。

取り敢えず、一安心しても良いかな?



『横島くんっていう〜〜、筋のいい子がいるらしくて〜〜〜

 どうせだし〜〜、まだ未熟な人と一緒に〜〜

 冥子を一から〜〜〜学ばせなおそうかなぁ〜〜って〜〜』


「な、な、なんですと!?」



じ、自分が冥子くんの指導をするのが嫌だからといって、

横島くんを売ったのか、令子くん!?

あるいは、本当はそこまで彼のことが嫌いだったのか!?

それとも、ついうっかりと彼の名を零してしまったのか!?

ど、どうにしろ、知られてしまっているし……もう、どうにも……。


弟子の不始末は、師匠である私の仕事ではあるが……。



しかし、わ、私にどうしろと?



『普通のGSに頼んで〜〜失敗したら〜〜、仕事できなくて可哀想だし〜〜

 だったら、なる前の子とならいいでしょ〜〜?

 そう令子ちゃんに言われて〜〜〜。まぁ、そうかなぁって思ったのよ〜〜』


「そうかなぁ〜ではありません! 

 横島くんの未来を、潰すことになるかもしれないのですよ!?」



たしかに、すでにプロとしてGS職についているものが、冥子くんに指導をし、

その途中で暴走の憂き目にあったなら、当分復帰はできないだろう。

そうなると生活に苦しむことになるというのは、当然だ。

また未熟なものと一緒に、一から学びなおすというのも、確かに効果的だ。

お互い、初心に帰って……というくらいなら、

最初から初心者ともに指導を受けるほうが、効果は上がるのだから。



いや、しかし。



横島くんにも、生活が……駄目だ。この反論では。

学生で、親がいるので、彼が一家の大黒柱ではない。

また彼の職業である学生も、今は夏休み。しかも、始まったばかりだ。

多少の怪我なら……全治4週間以内なら、

休み中に治るからいいじゃないか、などと言われそうだ。



ええい、どうすればいいのだ?

このままでは横島くんが、

いきなりあの冥子くんの暴走を、洗礼として受けかねない。



(くっ!)



任せろ、横島くん。

君の事は、この私がなんとしても守って見せる!

君はこの夏休み、平和に白竜会で修行し、来年のGS試験を目指すんだ!

君の夢には、私も賛同する!

だからこそ、今は君の事を、私が全力で補佐して見せよう!



「そ、そもそも横島くんは、すでに道場通いの毎日だそうですよ?

 来年のGS試験を目指す若者の集中を乱すのは、得策ではないかと」


『あら〜〜、そうなの〜? 

 じゃあ、冥子も彼の道場に通わせてみようかしら〜?

 うん〜。それなら、ちょうどいいわよね〜〜』


「よくないでしょう!? そんなことをしたら、道場に通う若者すべてが……!」


『じゃあ、どうすればいいと思う〜〜〜?』


「ど、どうすればと申されましてもですね…………」











……………30分後…………………












…………ごめん、駄目だったよ、横島くん。

不甲斐ない私を、どうか許してくれ……。

いや、私も頑張ったんだが……すまん。



本当に……すまない……。



次へ

トップへ
戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送