第十七話



夜が、近づいていた。

木々の茂る暗い森の中が、さらに暗くなりつつある。

俺はそんな森の中、愛子が机の中に入れておいてくれた陰陽五行の本を読んでいた。

暗いし、字は細かいし、なんとも読みづらい。

しかも、俺が読みたいのは歴史などの知識ではなく、もっと実践的な技術なのだ。

それがどのあたりに書かれているかを、

この膨大とも言えるページ数の中から特定し、拾い読むのはなんとも面倒。


「ふぅ……」


俺たちは今、何処か分からない島……かな?……の中にいる。

昼食はヘリの中で取ったが、しかしそこから水分も何も補給していない。

まぁ、愛子は大丈夫だろう。

俺と一緒に食事も取るが、基本的には俺の体から漏れる霊気を吸収しているのだから。

つまり愛子の食料は、

愛子がちょっとイヤ〜ンなポーズでもしてくれれば、ある意味『無限』なわけです。

俺の霊力は、萌えを目の前にすれば、いくらでも沸いて来るのだから。



でも、世の中はうまく行かない。

なぜなら、俺はご飯を食べなければ、生きていけないのだ。

食欲に対する欲求が性欲を超えた場合、

いくら愛子がエロエロなことをしてくれても、

さすがに霊力を生産できないだろう。

俺が飢餓な感じになると、そのまま愛子も一緒に朽ち果てコースですな。



そんなわけで、体力は温存しなければならない。

まだ遭難……になるのか? これは……の一日目だが、気は抜けない。

杞憂になれば、それはそれでいいのだ。

だから、心配をして損はない。



そんなわけで、まずは体を温めねば。

いつまでも体を濡らしたままでは、体力が低下する。

今は夏だから大丈夫だ、とは言えない。

夜になれば、それなりに冷えるものなんだし。

しかも、ここは木々のせいで、日中から日の光が届きにくく、空気はひんやりしてるし。



俺たちの持ち物は……俺はバンダナくらいか? 服は普段着だしな。。

で、愛子の本体の中に、

本が数冊と筆記用具、ビニールシート、二人の着替えの服……って感じ?

燃やすものがないというか、そもそも火をつけられるものがない。

木々の摩擦で火を起こすのは、よく漫画でやってますが、俺にはやり方がわかりません。


「お、あった! 多分、これが符の作り方だ」


俺の喜びに満ちた声が、密林にこだまする。

俺はついに、本の中から『符の作り方が記述されている』と思われる部分を発見したんだ。

筆記用具はあるんだ。クイーン・オブ・委員長のおかげで。

となればここは一つ、符を作って、火霊を召喚とかしてみよう……という結論っス。

だからこそ俺は今、密林で読書という、わけの分からない行動に出てるわけです。



えっと、それでですね〜。ふむふむ?

普通、道具は硯と墨、筆を使うそうですぞ。

ええ、そうですよね。

キョンシー映画なんかじゃ、さらにすごくて、ニワトリの生き血なんかを使ってた気がするし。

でもシャーペンとサインペンしかないんで、ここはサインペンでいい? いいよね? ダメ?

(注:その他の筆記用具では危険なので、基本的には使うのを控えましょう)

それで、書く紙なんですけど、和紙が良いとされてるらしいです。

しかし、メモ用のノートしかないので、それで代用していいですよね? ダメか? いいよな?

(注:危険なので、基本的には使うのを控えましょう)

俺は霊気を手にこめつつ、サインペンでノートの切れ端に、文字を書いていく。

なお、符を作成するときは、

体を清潔な状態にして、清潔な服を着て、清潔な場で書くことが好ましいらしいです。

えーっと。海水まみれで、服着てなくて、密林の中なんですけど、いいですよね?

(注:危険なので、基本的には控えましょう)



「つーか、じゃあ符が作れる場所って、結界を張った道場くらいか?」



本に目を落としつつ呟き、俺は文字を書いていきます。

途中で何度か、ペンを止めました。

だって俺、こんな細かく漢字を書き並べたこと、ないんだもん。

それに知らない字もあるし、お手本の漢字を見ないと、書けないよ。


あ、霊符を書く際には、途中で筆を休めることなく、

一息で書いてしまわなければならない……と、されているらしいです。

うーん、大目に見てくれるよな? 

初めてなんだし、霊気はさっきから頑張って出してるんだし。

(注:危険なので、基本的には……)



「よし、完成だ!」
(注:危険〜以下略〜)



俺は出来上がった符を、天に向かって持ち上げる。

そして符を持つ手に、更なる気を込めて、こう叫んだ。


「螢惑招来!」


螢惑とは、火星のことをさす。

五行において、火を現す星の力を借りようと言うわけだ。

朱雀にしようか迷ったのだけれど、まぁ、こっちのほうが語感がいいし。

それに朱雀って、なんかありがちじゃん?

どうせなら、カッコいいほうがいいしな。

(注:詠唱は、正しく意味を込めて行ってください)



「……ん、おお!」



ゆっくりと符からは霊気の波動が発生し、

そして……淡い光を零しだす。さらにだんだんと熱を持ち出して……



きゅぼうっ!



……燃えました。ええ、成功です!


「うわぁぁぁ! でも、俺の手まで燃えて!? だ、ダメだ! 何故か消えない!」


しかし、お約束だったり。

皆……ここには愛子しかないけど……期待してただろ?

いや、まさかこんなことになるとは……まぁ、予想してたけどなって感じだ!



「うおぉぉおおおっ!? 熱っ!? ヤバ、死ぬ!?」



しかし、考えていた以上に、符の効力が長い! 

全然、まったく、これっぽっちも、火の弱まる気配がありません!

これは予想外だ! 失敗して、すぐに消えると思ってたのに!

あつ、あつ! あっつぅ!?

何が悪かったんだろう!? 

やはり、基本をすっ飛ばして、見切り発車しちゃダメですか!?



「き、消えろ! くそ! 何に失敗したんだ!?」

「まぁ……多分、最初から最後まで、何もかも、全部悪かったんだと思うわ」



燃えこげていく手を見つめる俺に、愛子がそう呟く。いや、ごもっともです。

それにしても……はぁ、はぁ……ふぅ、ようやく消えた。

ダメージは、かなりのもんです。

びっくりだ。失敗した割には、数十秒も、燃え続けたぞ?


ん? あ……。

成功してたら、すぐ消えるはずだった。すぐ消すつもりだった。

その失敗だから、燃え続けたってことなのか?

…………普通、燃え続けさせる方が、難しいと思うんだけど……。


うう。

それにしても、火炎魔法の最も初期の技に失敗してる感じって……。

俺のレベル、今いくつなんだ!?

あれですか!? ゲームだと、レベル1以下ですか!?

ううう。多分そうなんだろうなぁ。

心の汗が流れ出るよ。主に目と鼻から。



「……う〜、ひりひりする」

「でも、よかったわね。重度の火傷だったら、もう手が動かないわよ?」

「俺の符の錬度が低かったし、温度も実はそんなに高くなかったのか?」



……いや〜、でも火が出せたんだし、進歩だよな?

ううう。そう前向きに思おうとするんだけれど……手が、手が痛い。



頑張れど頑張れど、

まったくうまく行かず。

じっと手を見る。



…………黒いし、ボロボロだなぁ、俺の手。

















            第17話      望まぬ形の再会、そして……絶叫














誰もいない砂浜で、私・美神令子は太陽の光の強さに辟易していた。



「あっつー……はぁ、厄介なことになったわね」



まぁ、正直なところ、冥子が暴走を引き起こすことは、予想の範疇にあった。

だが、しかしだ。

まさか移動中のヘリの中で、あんなことになるとは思っていなかった。


「まさか、現地にすら到着できないなんてね」


何故だろう。

普段の私ならば、もっと言葉を選ぶだろうに。

横島クンと喋っていると、ついあんな感じになってしまう。

彼の雰囲気か何かが、そうさせるのだろうか。


「……で、これから、どうすればいいのかしら?」


起こってしまったことは、仕方が無い。

先ほどのことを振り返るよりも、まずは現状の把握だ。


私は海水を吸った服を脱ぎ、ついでに髪をまとめる。

こんなことになるだろう……と考えていたわけではないが、服の下には水着を着込んでいる。

派手な配色のビキニなのだが……よくよく考えると、

あの横島クンがいると言うのに、何故私はこんな水着を選んだんだろう?


まぁ、そんなことはどうでもいい。

繰り返すけど、まず現状の把握。


私は今、水着を着ていて、砂浜の上に立っている。うん、ここまではいい。

そして所持しているものは、

濡れた服の中の携帯電話と、普段から隠し持っている一本の特殊な神通棍。

何が特殊かというと、何気にヘソクリが隠してあったりするから。


「怪我もほとんどないし、無くした物といえば……」


ああ、精霊石のネックレスとかが、落下のショックで失われたのが、痛い。

1個数億円の精霊石が……えっと、3つくらい無くなったのよね。

この仕事の報酬は、5000万だって言うのに! 10億円近い損害よ!



今の状況を考えれば、

使用してもなくならない神通棍があるほうが、役に立つかもしれない。

だが、値段的にはやはり、なんとも悔しい状況だわ。


「ま、それでも、危機的状況ってわけでもないわよね。運がいいことに」


経済的には痛い。だが、結局それだけ。

失った分は、また稼げばいいだけのことだしね。

携帯電話は防水だし、衛星ともリンクしている。

私が地下数十mの特殊な空間にでもいない限り、常時通話可能だ。

陸上にいて、身を守る武器があって、外部への連絡手段もある。

また先ほどヘリの中で、愛子ちゃんのお弁当を食べたので、空腹感すらない。

我ながら、この悪運にはびっくりするわ。

普通ならヘリが爆発した時点で、死んでる可能性もあるのよね。


「さてと。まず六道のおば様に連絡ね」


ピッピッピ。

そんな電子音が携帯からは発せられる。

しばしの機械音の後、私の電話は六道の回線と接続された。


『あら〜、令子ちゃん〜〜? 今どこ〜〜? 大変だったわね〜〜』


どうやら、向こうも私たちの状況は把握しているらしい。

私は自分が無事なことを伝えると、逆にどこまで知っているのかを聞き返した。


『さっき〜〜、パイロットから〜〜通信があって〜〜〜。ヘリが〜堕ちたって〜〜。

 そのことは〜〜、内緒にしているわ〜〜〜。

 あと〜〜、ええっと〜〜、令子ちゃんは今〜〜〜、目的地にいるみたい〜〜〜』


おば様が言うには、無事に機体から脱出したパイロットから、

救援信号か届き、それにより事故のことは把握していたらしい。


また、その事故に関しては、

現在六道家が独自に情報規制をかけているらしい。


すでに海上まで進行していたことから、

事故の目撃者はまずい無いと考えられる。

よって、どうやら事故自体を無かったことにするようね。


私たち5人が無事に回収されて、

そしてその後に口をつぐめば、確かにもみ消せるだろう。

ヘリは自家用機であり、外部からのレンタルではないのだから。


さらに、私が流れ着いた場所は、仕事の目標とされていた島らしい。

おそらく、こちらが電波送信している地点を、向こうが算出して特定したのだろう。


うーん、何処かに流れ着いただけでも、かなりの悪運だと言えるのに、目的地に着くなんて。

やっぱり、日ごろの行いがいいからよね? 小竜姫さまのご加護とか?

『あとで迎えをやるわ〜〜〜。 

 できれば〜〜、それまでに仕事しといて〜〜? お願い〜〜〜〜』

「……分かりました」

『それじゃ〜〜、切るわね〜〜〜〜』


ぷつっと言う断絶音が、私の耳を打った。

まるで事のついでのように、メインの仕事を請け負わされてしまったわ。

はぁ、やるしかないのよね。

迎えが来るまで暇だと言えば暇だし、いいんだけど。

敵は弱いらしいし、神通棍があるから大丈夫だし。


むしろ、問題は他の人間よ。

大丈夫かしら?

今、どこにいるのだろう。


冥子は? 多分、あの子は大丈夫。暴走していた以上、式神が自動的に保護するだろう。

横島くんは? ま、あいつは殺しても死にそうにないし、大丈夫でしょ。

愛子ちゃん? 一番危ういわね。

妖怪とは言え、本体の机は着水の衝撃で壊れてしまうかもしれない。


「………おば様は、どう考えていたの?」


神通棍を振りつつ、砂浜の上を歩く私の口からは、そんな言葉が漏れる。


もともと横島クンのことに関しては、本当に偶然言ってしまっただけだ。

『最近どう〜〜?』

そんな風にかかって来たおば様からの電話に、私は律儀に答えてしまった。

妙神山で、最近修行してきたんです。

あと、そのせいか小竜姫さまに、天竜童子の保護を依頼されたりしたんです。

そのとき、ムカつくクソガキに会って。

まぁ、唐巣神父は気に入ってるみたいですけど? 

弟子にするくらいの勢いでした。何しろ、本まで渡していましたしね。



…………とまぁ、そんな感じだ。



私がそう喋っていると、おば様は少し低い声で、

『いいわね〜〜。冥子は〜〜、ちょっとうまく行ってないのよ〜』と言った。

そこからだ。話は急展開し、何だかんだで、横島クンをおば様は気に入ったらしい。



何故? 横島クンには、そこまでの価値がある?



まぁ、若さがある。

つまり、これから霊的成長を迎える存在。

次に、才能もある……らしい。

実力者である唐巣神父が弟子にしたものは、これまで3人。

私の母さん、私、そしてピート。

母さんは超高位のGS。私の記憶の底には、いつも強く優しい母さんのイメージがある。

そしてその子供である私は、現在最高のGS。

さらにピートは、もっとも古く、最も強いヴァンパイアの血統者。


唐巣神父が認めたと言うことは、

横島クンはいずれ、そんな私たちのレベルに、到達する可能性があると言うこと。

そうね、確かに彼には価値があるわ。性格は別として。

私なら、あんなやつが弟子入りしてきたら、悪いけど価値を認めないけどね。

才能どうこうの話は、性格のマイナスでかき消えるしね。

プラスマイナス、ゼロ……じゃなくて、プラスマイナス、マイナスよ。あんなやつ。

絶対認めないわ。あんなやつ。


大体、また会おうなって、言ってくれたくせに……。

そしてまた会えたのに、あいつは私のことに、気がついていない………。



………………ん?



また会おう? あれ? 

横島クンがそんなこと言ったこと、あったっけ?


……ない、わよね?


ていうか『言ってくれた』って何よ!? 

まるで私が待ってるみたいじゃない。



「う〜〜ん」



どうやら、まだ落下のショックとか、抜け切ってないみたいね。

西条さんがイギリスに行ったときのことと、なんかごっちゃになってる?


まぁ、今は私がどう思うかじゃなくて、おば様が何を考えているか、よね?

えーっと。横島クンはあんなのでも、一応唐巣神父が認めた素材。

おば様が目をかけている能力者が、認めた素材。

しかも高校生で、日本人男性。



今回の仕事は、冥子の訓練のための仕事。

で、横島クンは冥子の補佐と言うか、冥子と一緒に敵を倒す人。

GSにすらなれていない横島クンと一緒に戦うことで、

冥子は性格から言って、私が上手く煽てれば、

『じゃあ〜〜、私が横島クンに〜〜お手本見せてあげる〜〜〜』

……てな感じで、嬉しそうに先輩風を吹かしたりするだろう。


で、そんな風に仕事をうまく終えたら、

自信もつき、ついでに仕事が無事完了と言う実績も得られる。



と、これが私の知る『事情』と『現状』だけど。



でも、もしかしておば様は、

横島クンを…………冥子の相手にするつもりなんじゃないかしら?

今回だけでなく、将来的にも。つまり、婿候補?

若くて未来のある素材。思想的にも前向き。

性格に難はあるが、アレは明るいと言えば明るい。

六道の監視の下であれば、いくら横島クンでも浮気もできないだろうし。



そう言えば、横島クンは妖怪などの保護も目指していて、実際に愛子ちゃんを保護している。

式神を使役していく六道にすれば、

新しい眷族の候補となる妖怪を取り込む横島くんは、願ってもない存在?


でも、なら何故、今回のような対面を?


出会い頭に暴走でこんな目に合わされたら、いくら横島クンでも、怖気づくはず。

すべてをさらして、誠意を見せる? いや、そんなはずないし。

あるいは試練? 

冥子の暴走に付き合えない程度じゃ、いらないとか?



う〜〜〜〜〜〜ん。



…………。

………………。

………………………………………は!?



何で私が、横島クンのことに関して、こんなに悩む必要があるのよ。

あいつが冥子の婿候補だろうが、何だろうが、私には関係ないじゃない。

バッカらしい。考えるだけ、時間の無駄よ、無駄。

そして私は、無駄が嫌いなの。

あんなやつのことなんて、もう無視よ、無視。



今は、仕事について考えよう。

うん、そのほうが、よっぽど建設的だわ。



私が今いる場所は、砂浜。海岸、海の眼前。

小さな島の、しかし最近の東京の海にはない綺麗な海岸。

だからこそ訪れる観光客と、そして巻き起こる恋物語。


その結果、人々の念はこの地に溜まり、形になる。


しかし、美しい思いなんてそうそう結晶になるはずがなく、形になるのは負の感情。

彼氏彼女にフラれただとか、まぁ、そういうもの。

そこから発生する妖怪コンプレックス。それが今回の目標だと言う話だった。

以前レジャープールで倒しているし、まぁ、何とかなるでしょ。



…………いたわね。目標、確認。


ぶつぶつと下らないことを考えているうちに、私はかなりの距離を歩いていたみたいね。

頭を仕事のことに思考転換すると同時に、私の視界には『目標』が収まっていた。


負の感情を体に巻きつけた、明らかに人ではない存在。

姿形は一応、人……しかも華奢な少年。

だがしかし、その身にまとう空気が、あまりに異様だ。

へぇ、コンプレックスって、こういう発現種もあるのね。

またデブが出てるのかと思ってたけど……。

もしかして、やせすぎで、頼りないから彼女にフラれたクチかしら?


コンプレックスは、なにやら海に向かって座り込み、ぶつぶつ呟いていた。


『僕は一人だ。誰も僕を必要としてくれない。

 誰も僕が要らないんだ。なら、そんな人たちは、全部死じゃえ

 皆、僕が嫌いなんだ。

 僕を嫌う人なんて、僕はいらない。だから皆、死んじゃえ』



「…………うっわぁ、暗い」



膝を抱え、ただうわ言のように呪詛を呟く妖怪コンプレックス。

やはり、恋愛に失敗……告白して失敗……した、

そんな人々の怨念が積もったものなのだろうか。

何か、余計なものまで混じっている気がする。

でも、大本は、

『貴方とは付き合えない → 私に貴方は、必要じゃない → 相手を恨む』

……という展開ね、多分。


これなら、デブ型のほうが良いんじゃないかしら? まだ少しは明るいし。


「……って、何これ!? 私の体に!?」


私の頭に、不意に危険信号が発せられる。

その信号を全面的に信頼し、私は砂を蹴って、すぐさま後退する。


「…………? 何なの、今の? まさか、あいつの霊波かしら?」


どうやらコンプレックスの体からは、常に負のエネルギーが放射されているらしい。

怨念じみた黒い影が、ひそかに私の体へと巻きついてくる。

危険信号にすぐさま気づかなければ、

私は知らず知らずのうちに、その負のエネルギーに、飲まれていたことだろう。


なんてこと? すでにここはコンプレックスの領域内?

自閉症気味のクセに、被害だけは与えるのね……。

なんつー、はた迷惑な。



ここで普通の人は、コンプレックスに気づかず、楽しく遊んでいた。

で、ふと気がつけば、

あいつから漏れる負のエネルギーに当てられて、ウツになったり、行動不能になったり?

つくづくたちが悪いわね。

これなら煩悩馬鹿の横島クンのほうが、よっぽどいいわよ。



『…………誰か、いるの? そこに』



背後にいる私に気がついたのか、コンプレックスはこちらに振り向いた。


「ええ! GS美神よ! 私が貴方を、極楽に逝かせてあげるわ!」


『どうせ、誰も僕のことなんて、分かってくれないんだ。

 貴方も、どうせ僕を見捨てるんだ。もう、いやだ。誰か、助けてよ』


「ま、確かにアンタことなんて、分からないけどね。

 でも私が助けてあげるわ。成仏って言う形でね!」


私は横島クンみたいに優しくはないわよ。

まぁ、どういう方法であの世に行かせようが、結果は変わらない。

そうである以上、実力行使が一番早いしね。早い話が、殴って退散。


「でも、横島クンなら、どうするのかしら?」


このコンプレックスすら、横島クンは眷属化して、保護下に置くのかしら?

こんなのが近くにいたら、いくら横島クンでも、ウツになると思うけど。

そんな疑問を胸中で弄びつつ、私は神通棍の出力を上げる。

迎えもすぐ来ることだし、さっさと倒させてもらうわ!


「それじゃ、極楽に逝きなさい!」


『嫌だ! 何で僕ばかり、こんな目に遭うんだ!?』


「なっ!?」


振り下ろした神通棍は、コンプレックスの頭上の空間に受け止められた。

結界など発生させる術式は伺えなかったのに……どうやら、瞬間自動発生の防御機構ね。

……う、うっとうしい。本人は膝を抱えて文句言うだけなのに!

ああ、でもこれで活発だと、洒落にならないか。

常に周囲に負のエネルギーを撒き散らし、さらに強固な結界を展開できる。

しかも、どちらもすべて全自動で、術の発生は感知できないほど速い。

……なにそれ。無茶苦茶じゃない。



さて、どうしたものか。



強制的に祓おうとすると、自動結界がそれを阻む、か。

なら、この子の欲望を満たしてあげれば、

執着が消えて、存在そのものも消えるかもしれないわね。

このコンプレックスは妖怪と言うより、自縛霊に近いのかもしれない。

えーっと、そうすると、この子の口ぶりからして、

私がこの子の全てを、肯定してあげればいいのかしら?

私が彼を必要として、そして愛を持ってその存在を受け止める?



……無理。ていうか、嫌。



まー、一部採用して『彼に優しい言葉で近づいて、札を貼り付ける』で行こうかしら。

私は神通棍の柄の中にしまっておいた、ヘソクリを取り出す。そう、お札だ。

なお、神通棍の柄の中には精霊石もストックしてある。備えあれば憂い無しってね。


(お札は1000万が2枚か。まぁ、大丈夫かな)


2枚貼り付けて、まず1枚目を爆破。それで弱らせて、

次に貼り付けておいたもう1枚で、自動吸引。

よし、これで行きましょう。



「えーっと、君? 私は君のこと、嫌いじゃないわよ?」


『嘘だ! 皆そう言って、僕を利用したんだ! 騙してたんだ!

 最初から、そのためだけに近づいて来るんだ! 

 どうせ、用が終わったら、僕を、捨てるんだ……だって、僕に価値なんて、ないから』


「い、いや、そんなことはないわよ?」


『どうせ笑顔の裏で、僕を笑ってるんだ。

 僕のいないところで、僕の悪口を言うんだ。

 ざわざわするんだ。落ち着かないんだ……』



さすがはコンプレックス。まさに負の塊。まったく人の話を信用しない。

そうよねー。ある意味では、ひねくれること自体が、こいつの存在意義なのよね。

あー、見てるとイライラする。

何、その世界で一番僕が不幸なんですっていう顔は。

私だって、15で母親が死んで、どれだけ苦労したと思ってんのよ。


今すぐシバきたい……けど、

あの他者を拒絶する壁のような防御結界は、非常に厄介。

またそれを割ろうとして、あんまり近づいて攻撃し続けると、

あの負のフィールドに引きずり込まれてしまうかも。

まぁ、私なら多分大丈夫だろうけど……霊力は、大事に使わないと。



はぁ、冥子の家に関わると、ろくなことがないのよね、ホント。

ていうか、冥子なら暴走で壁を突き抜けられそうだけどね……。



迎えが来るまで、まだ時間はあるし、はなれてじっくり考えますか。





   ◇◇◇◇◇◇





「美神さんや冥子さん、大丈夫かなぁ」

「あの人たちがダメになる光景、俺には思いつかん。特に美神さん」

「確かに、私もそう思うけど……」



心配そうに呟く愛子を尻目に、俺はノートに漢字の書き取り練習をしていた。

火行・光・輝・炎・夏、木生火、火生土、火剋金、水剋火……あれや、これや。

符を作るとき、文字はもうペンで書くしかないし、また紙もノートしかない。

そういうことで、唯一改善できるところと言えば、一息で全ての文字を書ききることくらいだ。



見慣れない漢字、あるいはその順番など……符は色々と面倒。

少しでもよくしないと、またさっきみたいに手が燃えることになる。

次もひりひりする程度で済むとは限らない。

下手すると、両腕がなくなる可能性すらある。

魔法、魔術、秘術。色々呼び方はあるけど、こういう術は制御が難しいなぁ。

と言うか、俺本人の属性は、何だろうか?

火? 水? 金? 土? 木? あと、陰か、陽か?

うむ、想像が付かない。

今度、唐巣神父に聞いてみようかな?

メドーサさんは、名前からして、西洋系っぽいし、あんまり知らないような気がするし。



「よし、俺式お手軽符術、其の第2弾! いくぜ!」

「大丈夫なの?」

「おう、今回は発動と同時に、そこに投げるから」



不安げに聞いてくる愛子に示した場所は、

あらかじめ俺が木の葉をどけて、地面を出した場所だ。

あそこならば、なかなか消えなくても、延焼もなくて安全だろう。



すると愛子は『ちゃんと考えてるのね、えらいわ』と、拍手をくれた。

……何故だろう。褒められたのに、馬鹿にされたような気がする。

いや、うん。

まぁ、気にしちゃダメだよな、そういうことは。



「気を取り直して! 螢惑招来!」



言いつつ、俺は符を地面へと投げつける。

符は数秒の空白の後、ゆっくりと光だし、そして炎を吹いた。

おっし、グッド!

すごい勢いで燃え上がる符。

しかし、ノートの切れ端だと言うのに、符本体は燃えきることはない。

中に込められた俺の霊力に応じて、その炎は燃えているのだから、それも当然。

@−デコイやらC−マインの技術が、ここでも役に立ったなぁ。

符を書くときには『気を込める』とか、本には漠然としか書いてなかった。

あれって自分でそういうのを体感してないと、絶対できないな。


「うわぁ、あったかーい。横島クン、すごい!」


ふっ、すごいだろ、愛子。

ああ、もっと褒め称えてくれていいっすよ!

実は、まだまだ実戦で使えるレベルじゃないですけどね!


「はっはっは! 1日に2回も自分で燃えてられんしな」


愛子の賛辞を受けていた俺は、ふとあることに気づいた。

俺は立ち上がり、愛子の机本体も、符のそばへと近づける。

海水を含んですっかり重くなった机だが、これで少しは乾くかもしれない。

机は木製なので、ずっと濡らしておくと、腐りかけないしな。

これで愛子も大丈夫だろう。



「あ、ありがとう」

「どーいたまして」

「とりあえず、これで夜は安心ね」

「ああ。動物って言うのは、火を怖がるって言うしな」



まぁ、今の日本に狼やら何やらはいないだろうから、

もともとそんなに心配する必要もないけど。

確か熊も、人を襲ったりするのは、秋くらいからだったと思うし。

つーか、こんな島……かどうかは、まだよく分からないが……の密林に熊なんて、いるのか?

そういうことに詳しくない俺には、判別付かない。



「なんだか、キャンプみたいね〜」

「のんきだよな、俺たち」

「いいじゃない。びくびく不安に怯えるより」

「まぁ、そうだよな」



あっはっはっはっは……などと、アットホームに笑いあってみたり。

……いや〜、でも夜の不安がなくなってきたら、

何かこう、むくむくと起き出すものがあるんですが。

はい、そうです。

俺のエロ魂です。



「…………ん、何?」

黙り込んだ俺に、愛子は小首を傾げてくる。

「…………いや、別に」




この場にいるのは俺と愛子のみ。

黙れば音など何もない。

燃えているものが、木々の爆ぜる焚き火ならば、まだ何かしらの変化はあるだろう。

しかし、符は静かに燃える。

互いが言葉を話さなければ、耳に聞こえるのは微かな息遣いのみ。

虫も鳴かず、風もない。



(……な、なんだ、この沈黙は?)



目の前にいる愛子の姿を、今一度確認しよう。

まず、あの長い艶やかな髪は、今はポニーテールだ。

ロングに見えつつ、何処かショートっぽいという、お得な髪型だ。

そして、なんと水着姿だ。

水着を買いに行ったのに、色々あって結局スク水だ。

愛子の青春主義、万歳。

ああ、一応新型なスク水なので、微妙にデザインがいいんですけどね!

中学のときの女子のと、微妙に違うんだよな。

何で愛子が、普段着から水着に着替えているかというと、

さっきまで普段着だったんだが『符術をやるんだし、水着になってくれ』と俺が頼んだからだ。

それは俺が露出の多い女の子を前にすれば、

『霊力が燃え上がるから』という理由が一応あるからなんだが……。

……むぅ、冷静に一般常識とともに考えると、符術と水着って、普通は結びつかんよなぁ。

まぁ、とにもかくにも。

本体が濡れているせいか、今の愛子は何処か全身しっとりしてます。

俺の暴走に比べたら、冥子ちゃんの暴走なんて、可愛いもんさ。

俺は狼になるぜ? 

いや、マジで。貪り食うよ。



…………って、やべ。

体力温存とか考えなきゃいかんのに!

目の前で濡れた美少女が、淡くの炎に照らされています。

しかも、微笑んでます! 

お、俺は今夜、大人の階段を上るのか!?



……などということを胸中で考えつつ、そのまま沈黙していると……



がさがさ……

がさ、がさがさ……



そんな音が鳴り、突然俺たちの間にあった静寂を壊した。



「………………い、今の………」



え、えーっと。何処かで草の根が動く音がしましたけど。

風も虫の声も、ないのに。



「き、気のせいよね?」



愛子が希望にすがるように、そんなことを言う。

俺もそれに『YES!』と答えようとしたが………



がさがさっ!



…………確実に、何かが迫ってきている。

俺は精神状態を、通常のそれから戦闘時のそれへと、すばやく移行させた。

感覚を鋭敏化させ、振り返らないまま、背後の様子を伺う。

今、俺たちは炎の前にいる。

よって、野生動物は、近寄ってこないはず。


ならば、人か?

でも、そうなら普通は驚かせないよう、声を先にかけないか?

ここは民家の庭先じゃないし、まさか何処かのオヤジが注意しに来たってことも、ないはず。


(うん? 何だ?)


こちらに移動してくるものの気配は、少し希薄だった。

何なのだろうかこの感じ? 

愛子とかメドーサさんとか、あるいは悪霊とか、そういう感じではない。

ユッキーとか、美神さんの様なものでもない。

魔力、妖力、害意のある霊力、敵意のない、しかし強力な霊力。そのどれでもない。

もしかして、ただの人か? 

いや、でも、う〜ん。



なーんとなく、微妙にどこかで感じたことがある気が……。



あ、そうか! 

冥子ちゃんが頭に乗せていた『式神』と同じ感じなんだ!

主体的じゃなくて、何か追従的って言うか。

てことは、冥子ちゃんか!

あの後、どうなっていたか気になっていたが、

多分どうにか陸に上がって、

そこで俺の気を感じて、ここまで来たんだろう。

霊的に考えれば、符術によって、さっきから異様に目立ってるだろうしな。



「よ、横島クン? どうかしたの?」



黙り込んだ俺に、不安そうに問いかけてくる愛子。

俺は愛子ににっこりと笑いかけ、その不安を取り除いてやった。


「問題ナッシング! 何か、特異な雰囲気なのが迫ってきてるから、

 何かと思ったけど、多分あれは冥子ちゃんの式神だ!」


「じゃ、冥子さんも無事だったのね。よかった」

「ああ、多分な」



がさがさ、がさ、がさがさ……



一度俺たちの近くまで来た何か……冥子ちゃんの式神は、そのまま引き返していった。

おそらく、飼い主……っていうのか? この場合……の冥子ちゃんに、

俺たちのことを伝えに行ったのだろう。

その証拠に、式神が向かった方向から、

先ほどより強い気配を放つ存在が、こちらへと接近してきている。



これは、冥子ちゃんだろう。



まだ短時間しか会っていないし、

その気の特徴もよく掴んでないんで、いまいちはっきりしないけど。

まぁ、美神さんの気ではないんだし、消去法で冥子ちゃんだ。



そういえば、冥子ちゃんのほうが、美神さんより年上なんだよな。

なら、本当は冥子さんに、令子ちゃん?

うわ、全然似合わない。ダメだ、却下です。



がさがさがさ……



「ねえ、横島クン? 今、何か……」

「うん、来たみたいだな。

 いやー、冥子ちゃん、お互い無事でよかったよ! 美神さんも多分…………」



俺は立ち上がって振り返り、物音のするほうに言葉を投げかける。

しかし、だんだん、俺の言葉は力を失っていく。

何しろ、そこに立っていたのは、冥子ちゃんではなかったから。



俺の腰ほどはありそうな、腕。

俺の体丸ごとありそうな、脚。

俺を横に5人ほど並べたような厚さの、胸板。

さらには、俺を3人くらい縦に並べたかのような、その身長。

体の表面はいやに硬質的で、とても生命体のものとは、思えません。

色は黒というか、深い紫というか……暗いから分かりづらいですが、何かそんな感じです。

しかし一応呼吸はしているのか、こーほーこーほーと、音が漏れています。



そんな存在。

それが、俺の目の前にいる。

魂が抜けたような、

そんな希薄な気配しかない、よく分からない存在。

ああ、これはゴーレム?

いや、まさか……?

しかし、だが、でも(〜〜混乱中〜〜)いや、だって、えっと……………これは、何なんだ!?



「え、えっと……冥子ちゃんの式神の方ですか?」



できるだけフレンドリーに、俺はその御方に尋ねてみた。

ついでに、揉み手なんかもして、腰を折ってみる。

気分は『へい、おおきに〜』って感じだ。



『……ココニ、ナニ、シニキタ?』



うわぁ、か、カタコトだ! 

カタコトですよ、愛子さん!

ど、ど、ど、ど、ど……どうしよう?


なんだか、冥子ちゃんとは無関係そうです! 

どう考えても、こんな式神は冥子ちゃんが使役しそうにないです!

美少女と野獣ですか!? 

現実だと絵的には、微妙すぎますよ!


えーっと、えーっと……

ここは素直に遭難しましたって、言うほうがいい?

それとも、何かウィットにとんだジョークで、場を和ませるべき?


視線で愛子にそう問いかけると、

愛子は『落ち着いて!』とこれまた視線で言ってきた。


ああ、そうか。

そうだよな。

あせっちゃダメだ!

ここは一つ、ゆっくりと会話し、相手の出方を伺おう。



「えー……俺たち、ヘリで墜落して、ここに流れ着いたんですよ」

『……ココニ、キタノ、グウゼン? オレニ、ヨウハ、ナイ?』

「はい! 偶然っす! 特に御用はありませんです!」



というか、こんなわけの分からない御仁を、わざわざ尋ねてくるはずがありません! 

だって自分、男ですから! いや、説明になっていないか。

それにしても、何なんだろう、この人。

これじゃまるで、映画とかの『財宝を守る番人』みたいだぞ?

もしかして、俺たちはとんでもない島に流れ着いたのか? 

本当にここ、日本か?



『…………ナラ、チョウド、イイ』

「へっ?」



俺の思考は加速して行ったが、

しかし、この御仁の言葉で、それも急停止せられた。



『オマエノ、タマシイ、イタダク』



…………ちょうど、いい? 

たましい、いただく?

え、なに? 聞き違い? 

すっごい物騒な台詞が聞こえたんだけど。



『ゴハン、ゴハン、ゴハン、ゴハン、ゴハン〜♪』



うわぁ〜、話が通じなさそう。

俺の目の前の御仁は、とっても嬉しそうに俺へと手を伸ばしてきます。


「え、えーっと、あの……」

『ナンダ、ゴハン? オトナシク、クワセロ』


……俺、どこの選択肢で人生を間違ったんだろう。

とりあえず、前のセーブ地点からでいいんで、ロードさせてください。

多分俺が思うに、『美神さんの電話を受ける』のフラグを下げれば、

まずこの展開はなくて、安心だと思うから。


いくらなんでも、街中では会わないだろ、こいつに。

だよな? そのはずだよな?

よ〜し、ロードしちゃうぞ〜。



…………って、現実逃避している場合じゃない!

いくらノリつっこみだとは言え、長すぎだよ!



「愛子、逃げるぞ!」

「遅いわよ、横島クン! ほら、机持って!」



愛子は俺が地面に置いておいた符を、

本体内から出した折神剣で刺し、たいまつの様にしていた。

さすが愛子! 行動の速さは、ベスト委員長賞ものです! 

そんな賞があるかどうかは、知りませんが!



よしっ! 後は俺が机を、いつもどおりに担いでっと!



「O−10! 全速離脱だ!」

「うん、頑張って!」



俺は机を担ぎつつ、そのまま密林の奥へと走った……。

背後の巨体は、逃げる俺を楽しそうに追いかけてくる。


『クワセロ、クワセロ♪』


その連呼に、俺は思わず身震いした。

どんな意味だろうと『食べられ』たくはないです! 絶対!






   ◇◇◇◇◇◇






ところ変って、とある廃墟ビルの地下。

普通の人ではまず見えないだろうという漆黒の闇の中に、3人の魔族が立っていました。

一人はコートを着た女性。

胸の大きさが、服の上からでも分かる、いわずと知れたメドーサさん。

もう一人は、ハエです。

羽が生えていましたし、間違いありません。まんまハエ。以下、ハエ野郎です。

最後の一人は、生意気そうな子供です。

もう寝る時間ですのに起きてるこの子は、以下少年Aです。



「それで? 今日は何の用だい。私は忙しいんだよ」



突然呼び出されたメドーサさんが、不機嫌そうにそう言います。

ちなみに、ここ最近の彼女が言う『忙しい』とは、

『好物』のことを思い描いて、悶々とした時間を過ごすことを指す場合もあるので、

なかなかどうして、真面目に信用してはいけません。

そのことを知っているのか、それとも知らないのか。

彼女を呼び出したハエ野郎は、どうにしろ実に涼しい顔をしています。



「今日の話は、我が主の『体』のことだ」



ハエ野郎に代わって、少年Aがメドーサさんに議題を提示します。

どうせ下らない事だろう。

そう高をくくっていたメドーサさんは『我が主』という言葉に、少し驚きました。



「へぇ? それで、なんなんだい?」

「近年、某国との関係悪化のせいで、この国の領海内の警備が厳しくなっている」

「知ってるよ。それで?」



某国とは某国なので、詳しくは言えませんが、朝鮮半島の北のほうの国です。

その国は日本海側ではなく、

わざわざ太平洋側に回って、日本に密入国する場合があるのです。

まぁ、大人の事情です。

そんなわけで、近年日本の海上は非常に騒がしいようです。


「嫁姑島周辺や、太平洋上のいくつかの島には、

 我が主が埋めた試作型魔体が、今もあるのだ。

 それらはまだ、我が主が注入したデータ収集用エネルギーで、予備稼動している状態だ。

 それら稼動中の試作魔体が人目につき、GSどもに調査がされてしまうと、面倒になる

 早急に、停止信号を打ち込み、回収するべきだろう」



詳しいことは分かりませんが、

どうやら彼らの『主様』は、強く新しい体を作っているようです。

その新しい体のため、いくつもの試作を作り、そして動かしているようです。

今回は、その試作機の実験稼動を止めることが、彼らの任務らしいです。



「稼動中の魔体は、何体あるんだい?」

「稼動できるものが4体。そのうち実際に稼動しているものは、2体だ」


さらに少年Aが言うには、大が1つ、小が1つらしいです。

小は大の一部でもあり、偵察などの行える優れたユニットだと言うことです。


「使えるものなのかい?」

「性能は問う必要がないだろう?

 我々が試作魔体を使うことは許されない。

 試作とは言え、主の体なのだからな。

 我々は主の試作の体に、眠りについてもらう。それだけだ」


少年Aは、ひどく事務的にそういいます。

メドーサさんは、そんな少年Aが気に入らないみたいでしたが、

言っている事はもっともなので、特に反論はしませんでした。


「取り合えず、俺のクローンに情報を収集させている」


ここに来て、ようやくハエ野郎に台詞の出番が回ってきます。

ハエ野郎は自身の欠片から得られる情報を、

一台のゲーム機のディスプレイに表示しました。


彼の欠片は今、とある島の密林の中を飛んでいます。

情報に群がる……まさにハエですね。

そうこうしていると、ディスプレイの中には、闇の中を走る一体の試作魔体が映ります。

全長はおおよそ6メートルでしょうか。

実際は、これを30倍ほどした大きさを作るつもりのようです。

試作魔体には簡単な行動設定がなされており、

この試作魔体には、

『簡易自立行動モードでも、ちゃんとエネルギー確保する』を言いつけてあるようです。

だから、稼動可能状態の中で、唯一稼動しているのですね。

どうやら普段は、魚を取ったりして、エネルギーを確保しているようです。

賢いですね。さすが試作の魔体。しかも水陸両用です。


おや、何か試作魔体が喋っています。

中継のハエ野郎、もっとカメラを寄せてください。

え? これ以上寄ると、魔体にぶつかるかもしれない? ぶつかると、そのまま潰される?

かまいません。

貴方が死んでも、代わりはいますから。


ここで、ディスプレイから魔体の声が漏れてきます。


『ゴハン、ゴハン、ゴハン〜♪ ヒサシブリ、オオキイ、タマシイ〜♪』


まぁ、お歌も上手です。

さすが魔体。さすが魔王を目指し者の作りしモノ。

でも正直、無駄な機能ですね。



『ゴハン、ゴハン、ゴハン♪』

『待て! 話せば分かる! さっきまで会話しとったやろ!』

『ゴハン、ウルサイ』

『まずゴハンって言うな! 俺は横島だっつーの』



どうやら、今晩の魔体のゴハンのお名前は、横島というようですね。

横島と魔体の追いかけっこは、なおも続きます。

その少しコミカルな鬼ごっこに、皆は声も出ません。



ああ、一人だけ声の変わりに、魂を口から出している人がいました。

なお、本人のプライバシーのため、誰とは言いません。

ヒントとして、女性であるとだけ言っておきましょう。



「よ、よ、横島ぁぁぁあああああっ!? 何故だ! 何でそんなところにぃっ!?」

「ど、どうしたんだ、メドーサ! お、落ち着け!」

「そ、そうだぞ! お前らしくもない!」



あ、叫んじゃいましたね、メドーサさん。

望んでない再会、そして絶叫です。






   ◇◇◇◇◇◇






そして、さらにところ変って、太平洋。

六道冥子ちゃんは、まだ意識が戻らないまま、海に浮かんでいます。

周囲では、影内に戻れない式神たちが、どうしていいものか思案顔。



ふと、そこに一隻の船が。



船員は、海に浮かぶ冥子ちゃんを見て、大変驚きました。

良かったですね、冥子ちゃん。

どうやら、船員さんは貴女を助けてくれるようです。



『あれは……神獣か! 神の使いとともに、少女が海から!』

『なに!? なんと言うことだ! ラダマナーの予言は、やはり本当だったのか!』

『聖女が光臨されたぞ!』

『リンシャン解放戦線部隊に、聖女が!』



……最後に聞こえた単語は、普通ならば非常に気になるところです。

しかし意識のない冥子ちゃんと、

特に人間の言葉を気にしない式神には、まったく気になりません。

まぁ、意識があったとしても、

冥子ちゃんの外国語能力で、その単語をヒアリングできるかどうかは、微妙ですけれど。



こうして、冥子ちゃんの長い旅の第一幕が、開けることとなります。

彼女はこの先、どうなるのでしょう。



神のみぞ知る、と言いたいところですが、

少なくとも神様の一人である小竜姫さんは

『ふぅ〜、お茶が美味しい。さて、そろそろ閨の用意を……』

この様にまったく知ったことではありませんので、ぶっちゃげどうなるかは、分かりません。



では、以下次回です。

ごきげんよう。




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