第十九話



長い長い時間、考えた。

体感時間では、もう数日間は考えたのではないか、と言うくらいのノリだ。

眼を閉じ……俺の眼であるけれど、

しかし独自の意思を持つ魔眼と、向き合ったまま時を過ごす。


愛子は、まだ起きない。


下手に突然眼を覚まされても困るのだが、やはり少し心配だ。

俺は自分自身のための霊力を生産しつつ、その中のうちの何割かを、愛子に注ぐ。

折れてしまった机の足は、どうすればいいのだろう。

もし、無事にここから帰れたなら……いや、帰る。帰りますよ?

もし、なんて言う気弱な決意じゃなくて、絶対帰ってやる。


……で、そのあと、どうしよう?

妖怪の怪我に詳しい人など、いるのだろうか? 

まさか人間の医者に連れて行くわけには行かないし。

…………どうにしろ、早く朝にならないだろうか。

明けない夜はないと言うけれど、しかし、夜の帳はいまだかかったまま。

あのゴーレムは、夜になってから現れた。

そのことから考えても、多分『夜型生活者』なのだろう。

まさにお化けの鏡だ。

朝にさえなれば、あのゴーレムは消えてくれるかもしれない……。

……消えてくれないかもしれないけれど。



『なぁ、ふと思ったんだけど』

『なんだ?』



俺はもう一度、あのゴーレムについて、考えてみることにした。

ゴーレム。

主体的な気配が薄く、何処か追従的な雰囲気がする存在。

コーラルは、あれは本当のゴーレムではないという。

人間が作り出した存在にしては、その能力が高すぎるのだ。

元少女神のメドーサさん以上の強さって、どうよ?

ゴーレムは人が造りしはずの存在。

しかし、アレは人に作れるはずのない高位存在。


これはあれか?

今の科学力で、超便利な何でも有りアイテムを、

4次元空間のポッケに入れて置けないのと同じ?

人が考え出したけど、でも実現不可能、みたいな?


まぁ、その例えはどうかということで、置いておくとして。

やはり、メドーサさんより強いと言うのが、解せない。

メドーサさんなら、ユッキーと違って、

正面から戦いはしないだろうし、どうにか勝ってくれるはず……とは思いたいけれど。


そんなゴーレムは、こんなことを言っていた。


『……ココニ、キタノ、グウゼン? オレニ、ヨウハ、ナイ?』


ここに来たのが必然であり、

何らかの用があった場合なら、俺を突然食べなかったのだろうか。

生きていくため、美味しいものを食べるため、人を食う。

しかしそれが自分に対する使者ならば、自重するのか?


『なぁ、コーラル。用があるんで話をしたいって言えば、どうなるかな?』

『分からんな。あの存在の存在理由が分かれば、対策も練れようが』

『理由。この島にいる理由。やっぱ、宝とか守っているのかな?』


『あのような存在を置けるものが、この島に宝を隠したとしよう。

 ならば、一つ不自然な点がある。

 あのようなものを造れるものならば、この島ごと結界で包み込み、宝を消せるだろう?』


確かに、その通りだ。

人間には造れるはずのないような、そんな強力な番人を作れる者なら、

島ごと、どこかの異界に放り込むくらいのことは、するかもしれない。


『でも……得手不得手が、あったのかも?』

『むしろ、あの存在そのものが、何かの宝かもしれない』

『あれが、宝?』


『誰にも知られない孤島で、自身に用がある者を待つ。

 用もなく自身を見た者は、喰らうことでその口を封じる。

 そして用のある者が来れば、何らかの課せられた役目を果たす……』


『じゃあ、何か? あれは主人を待っている召喚獣か何かってことか?』


でも、ちょっと待てよ?

ここはまだ、多分日本の領土の中だぜ? 東洋だぜ?

あんな体が硬質な、ゴーレムを髣髴とさせる召喚獣が、何でいるんだ?

全然、東洋っぽくない。

まさか、ヨーロッパの何処かの島にまで流されたってこと、ないだろうし。

マジでこの島は、どこにあるんだろう?


『すべては想像だ。悪いが、確証などはない』

『…………じゃ、最初の質問に戻すけど、用があるって言えば、どうにかなるかな?』

『危険な賭けだな』

『そうだな…』


いつから、何のために、誰の命令で……あいつはここにいるのだろう。

俺はふと、コーラルに日本の神話のことを聞いてみる。

俺が知っている日本の神話と言えば、

ヤマタノオロチとか、アマカケルリュウノヒラ……いやいや、それは神話じゃないか。

まぁ、その程度だ。


『日本書紀』も読んだことないし、

そもそも愛子に注意されるまで『日本書記』って覚えてたくらいだしな。

…………帰ったら、真面目に勉強しよう。

人間、追い詰められたときに使えるのは、自分の頭だけだ。

今だって、俺がもっと色々知ってれば、何か思いついたかも知れないし。

うん。GS試験までに、1000冊は読んで覚えるのを目標にしよう。


俺はそう胸中で決めてから、コーラルに話しかける。


『で、何か参考になりそうな話あるか?』



しかし、コーラルは俺の問いに『嘆息』のイメージのみを返した。

長い年月の間に、

メドーサさんも東洋系の術を学んだりもしたそうだが、それは基本的に大陸のもの。

日本国内の細かな神話までは、さすがに知らないらしい。

うう。何か話しが聞ければ、参考になるかと思ったんだけど。


『会話による説得は、追い詰められた末の最後の手段だろう。

 どうやって逃げるか。今はそこを掘り下げるべきだ』


『俺にできること。……とりあえず、

 家から学校まで走ってくくらいの体力は、まぁ、回復したぞ?

 ……あ、それはそうと、

 島の外まで逃げれればOKっていう根拠は何だ?』


『あの存在がこの島を中心として、長距離を移動していれば、

 かならず人間の目に付き、その存在は世界に広まる』


ああ。そっか。確かにそれはごもっともだ。

あんなのがここ周辺で好き勝手をしていれば、GSが大挙して押し寄せたりするかもしれない。

別にGSじゃなくても、ファンタジー好きな人とか、

民俗学を大学で研究している人も、いっぱい世の中にはいる。

あんなゴーレムが日本国内にいれば、絶対に有名になるはずだ。


『つまり、この島にくくられてるってことか?』


愛子は学校妖怪で、

様々な学校を移動し、そして青春を謳歌しようとしていた。

つまり、学校にくくられていたのだ。

だから山の中とか海で愛子に会うことは、俺に会う前の愛子では、絶対に考えられない。

それと、同じようなものなのだろうか?


『その可能性は高いはずだ。

 だから、島の外にさえ出られれば、逃げ切れる可能性は高い。

 外にさえ出れば、俺が星を見て大まかな現在位置も割り出す。

 あとは従者の本体の机を浮き輪にして、安全圏まで泳ぐだけだ。

 あの存在と殴り合いの末に殺されるよりは、いいだろう?』


『そうだな。で、俺にできることと言えば、@、C、P……』


『その技は使える技に数えるな。初歩過ぎて、意味がない。

 お前が今使うべきは、石化の魔眼だ。無駄なものに霊力を使うな』


『……随分な言いようっすね』


またまたごもっともな意見です。

確かに、先ほどまったく効きませんでした。

唯一効いたのは、レイヤーくらいなもんです。


『あ、符術は? やっぱ駄目?』

『ああ、まだまだ錬度が………………いや、そうだな。

 この島の中だけであれば、ある種の足止めに最適な小技が……』


『マジか?』


『ああ。まず、符を造れ』


『いや、紙とペンは、

 愛子の机の中から無理矢理出すとしてもさ、

 こう暗くちゃ、何にも見えないぞ……』


『俺は何だ? 魔眼だぞ? 俺を使え。霊力は使わず、見ることだけに使え。

 失敗すれば、自分が石になる上、霊力の上昇で敵に見つかるがな』


『うわぁ、自信がないです……』


『ずっとここで座ってるわけにも行くまい? 

 根性を見せろ。助けを待っていても、誰も来ない。

 このまま朝まで隠れ続けることは、おそらく無理だ。

 腹を決めろ。

 そもそも、この程度のことを乗り越えられないのでは、

 メドーサを守ることなど、夢のまた夢だぞ?』


無理です。何と言われようとも、無理なものは無理です。


俺はさっき、魔眼に目覚めたばかりなのです。

霊力の制御・操作には自信がありますが、それは少ない出力のことなんです。

高出力で、魔眼の操作なんて、無理なんです。

俺が言いだしっぺなんですけど…………でも、符なんてとてもじゃないけど無理です。

俺は自分の手を燃やしたままじゃないと、ちゃんと使えないようなレベルです。


無理。

無理なんですけど……



……メドーサさんのことを出されちゃ、無理だって言ってられないじゃないか。



まったく、俺の中で寝ていたからか? 

起きて一日も経っていないのに、すでに俺の操作法を分かってますな。


『……さっさとしないと、お前の従者が助からなくなるかも知れないぞ?』


…………ここに来て、さらに追い討ちです。

ええ、愛子のことは大事です。

失いたくありませんよ。助けたいですよ。



『腹、決めた。やってやる……』



俺は小さく、そうコーラルに宣言する。

実際、このままここで何もせずに座り、その状態で見つかれば、即・死。

だって、膝を抱えている状態なんだぜ? 

見つかってすぐに、逃げの体勢を取れるはずもない。

だから、霊力がある程度回復した以上、今は自分から行動を起こさなきゃいけないんだ。

もし失敗して、駄目そうならば、

まだ相手を混乱させて、何処かに隠れ、霊力の回復を待てばいいんだ。


『それでこそ男と言うものだ』


『ああ。任せろよ! 俺は妖怪や霊に優しいGS&CHになる男だ

 あのゴーレムだって、いっぱい修行して、いつか正面から向き合ってやる』


俺は自分を奮い立たせるために、自身の夢を口にする。

しかし、コーラルにはあまりお気に召さなかったらしい。

2回目の『嘆息』のイメージが俺に告げられる。


『低い目標だな』

『……戦闘力を測って、10桁以上上の相手と向き合うって俺は言ってんだぞ?』


ちなみに、具体的に計れるはずがないので、

その差が20桁以上と言う可能性も、もちろんあります。


『どうせなら、すべての魔族や妖怪を統べて保護する『王』くらい目指してみろ。

 そう、全知全能の神であった、ゼウスに意見を述べられるくらいにな』


メドーサさんの欠片であるコーラルとしては、

自分の嫌いな『傲慢神族の親玉にも、意見できるような存在』になれ、

と言う意味で言ったんだろうけれど……。

そうコーラルが言った瞬間、

俺の脳内には『優しい王様になるのだぁ〜!』などと言う自分の姿が浮かんだ。


何故か、学んだ術は口から電撃として出る感じだ。


『……あー、それは高くてイイ目標かも知んないけどさ。でも却下』

『む? 何故だ?』

『俺は金色じゃないし』

『は?』



目指す方向は、ある意味近いんだろうけどなぁ。















            第19話      それだけで、嬉しい












自分にとって、横島忠夫は何なのだろう。

その問いにこれまで答えが出ることはなく、暫定の回答では『好物』だった。

こんなことならば、もっと素直になるべきだったのかも知れない。


…………いや、なるべきだったのだ。


横島が久しぶりに道場を休んだ。

部屋にこもって、あの机と一緒に、夏休みの宿題と言うものを、やるつもりらしい。


ガッコウと言うシステムについては、私も重々把握しているし、

またあの机……いや、名前で呼ぶべきだな……愛子の性格に関しても、

私はそれなりに把握していた。


愛子は真面目であり、こと学校に関連することには、その傾向は顕著だ。

愛子が勉学に横島を励ませると言うならば、それは嘘偽りのない真実なのだろう。


実際、監視させているイーターによれば、

横島はノート片手にうめいていたし、愛子はそれに苦笑していた。

私の危惧した光景は、そこにはなかった。


私の危惧した光景。


それは以前に行った、私と横島のキスに触発された愛子が、

横島に迫るのではないか、と言う危惧。


ふっ。好物一つに関する危惧にしては、随分なものだね。

その危惧が現実にならないかと、ひやひやしながらデバカメしているのだから。

陰湿蛇女と言われても仕方のない、ただのストーカー女じゃないか、これでは。



『横島には、後々役立ってもらわなければならない』

『何しろ道端で拾った、ダイヤの原石かもしれない存在なのだから』

『だから、今後うまく扱えるよう、監視している』

『あるいは、ふとしたことで、白竜会の裏の情報が漏れないように……』



…………そんな建前など、とうの昔に消失している。

私が横島に監視をつけている理由は、単に見ていたから。

勘九朗や雪之丞など、そう信じて疑わないほどだ。


そして言ってしまうなら、その通りだ。

そんな横島は、続けてもう一日、道場を休むと言ってきた。

知り合いのGSに海に誘われたので、行くから……と、実に嬉しそうに。

私は海に行くことができなかった。


別に私は吸血鬼ではないのだ。

もちろん日光も海水も、なんら問題はない。

問題は…………私のこの性格だった。


海など、馬鹿らしい。

勝手に行って来ればいいじゃないか。

私には、何の関係もないさ。

別段、泳ぐことに並々ならぬ興味があるわけでもない。

それに、水着などと言うものも、持ってはいない。


さらに言えば、あまり人目につくところに、私は行けない。

横島には魔族だから、と言う理由で納得させているが、

実際には、私がアシュ様の小間使いであり、人間界で指名手配されているからだ。

神族に追われる犯罪者。

大手を振って、海水浴場になど、行けるはずがない。



だから、私はこう言った。

『せいぜい、楽しんでくればいいさ』と。



そして当日になって、移動がヘリであり、

様子すら見れなくなった私は、非常に大きなストレスに悩まされることとなった。

いらいらしている様子は、雪之丞や勘九朗にとって、ちょうどいい娯楽でさえあっただろう。

特に勘九朗など、普段は厳しい上司である私の失態に、ほくそえんでいるかも知れない。


こんなことならば、私が海に誘っておけば、よかったのではないか?

無理ではない。

人目につかない海水浴場など、いくらでもあるのだ。

自然環境を利用すれば、神族にもばれないように、ある程度の広域結界は張ることができる。


実際、白竜会周辺には特性の結界が張られているし、

道場内での戦闘訓練時にも、それ用の結界が展開される。

そしてそのおかげで、私たちはいまだ神族の目をごまかし、人間界で活動している。

そう、実績があるのだ。

だから、行くこと自体にはなんら問題はないはずだった。

水着もそうだ。

横島に選んでもらい、それに魔力を抑えるよう術をかければいいのだ。

実際、横島は当日の準備のため、水着を購入しに行っていたのだ。

水着を買いたいと相談すれば、あいつは私に似合う水着を、選らんでさえくれたかもしれない。


私が誘えば、横島はどうしただろう?


こちらの誘いを無視し、やはり先約である者と海へ行っただろうか?

逆に先約を断り、私のほうに来てくれただろうか?

どうなのだろうか。

まぁ……いまさら言ったことで、そんなことは埒もないことだ。


もしかして、私は怖かったのだろうか?

横島を海に誘い、その誘いを無視され、

他の女と横島が海に行くかもしれないと言う、その可能性が。



…………馬鹿か、私は? 



そんなものよりも怖い目には、これまで何度もあってきただろう?

なぜ、私はたかが電話一本の誘いを、怖がったのだろうか?

あの時私が横島を誘い、

横島とともに海へ行くことができたならば、こんなことにはならなかったのだ。

横島は、試作魔体に襲われている。

なぜ、奴があんなところにいるのか、それは分からない。

海へと連れて行ったGSが、魔体を嗅ぎつけたのか?

いや、それはないはずだが…………。


考えれば考えるほど、なぜ横島があそこにいるのかが分からない。

ただ、今の私に分かることと言えば、一つだけだ。



…………馬鹿だ、私は。



全力で、私は島へと向かっている。

まずは最大加速で空へと上り、そしてそこから急下降で島を目指す。

これが一番早く、そして他の者に察知されにくい方法だ。

市街を全速力で抜け、海上を走れば、必ず人目についてしまうからな。

だが、これでも横島を無事助けられるかは、分からない。

今の横島など、あの魔体にすれば、その辺の昆虫と大差がない。

あの魔体は試作であり、一応稼動しているとは言え、

大出力の攻撃をしないよう設定されている。

しかし、その外部装甲は雪之丞の魔装術の比ではないのだ。

雪之丞の装甲すら突破できない今の横島に、何ができる?

足掻くことすらできない現実。


…………冗談じゃない。


あの馬鹿は、私のものだ。

体も、魂も。

試作の魔体ごときに、食べさせはしない。

絶対だ。絶対に渡さない。



薄くなった大気を自覚しつつ、私は上昇を停止。

そこから予定通り、目標の島に対して突っ込んでいく。

超加速を使用したいが、あれは長時間行えるものでもない。

また最終加速とその減速を考えると、今回は使えない。歯がゆい。



「横島…………っ!」



私は雲を突き抜け、その身を空から大地へと落としていく。

やがて私の視界には、海と、その上に浮かぶ小さな島が映った。

くそ、今、横島はどうなっているのだろう?



「はぁ、はぁ……」



横島の気配が、感じられなかった。

まったく、微塵もだ。

私は島の上空で視線を動かすのを止めて、島の上へと降り立った。

島は、アシュ様が故意にそうしたのか、木々が高い。

空を見上げても、自分がどこから降り立ったのか、分からないくらいだった。



『メドーサ、速かったな』


きょろきょろしていると、前方からハエが飛んでくる。ベルゼブルだ。

私は横島の気配が感じられないないという、

内心の動揺をひたに隠しながら、尋ねる。


「横島はどうした?」


『お前のお気に入りは、何処かに隠れてやがるよ。

 まったく、大したものだ。魔眼を使い、そしてこの隠密性。

 島ごと吹き飛ばすような攻撃でもしない限り、見つけるのは困難だ。

 量産できれば、神族の目をくらますのに、十分な戦果が期待できるな』


ハエの言葉に、私はかなり驚くこととなった。

量産だの、戦果だのは、気にならないわけではないが、今はどうでもいい。

それよりも、今なんと言った?



魔眼、だと?



魔眼は…………私が与えた欠片。

しかし、それだけで独立した存在。

神族に気取られぬよう、横島の体内で溶け、

横島の霊力で再構成するように設定しておいたもの。

私が魔眼との間に、チャンネルを開いておけば、

もっと早くに、横島の動向を知れたのかもしれない。

それにしても、魔眼はまだ、覚醒するべき時期ではない。

来年のGS試験直前ごろに、あの魔眼は目覚めるはずだったのだ。

まだ8月になったばかり。数ヶ月以上、早い覚醒だ。

…………その魔眼によって、

横島の命は繋ぎ止められたらしいが、どうしたものか?


今後、この超早期覚醒が、横島の体にどんな影響を与えるか、分からない。

少なくとも、今日と言う日を生き残っても、明日は生き地獄だろう。


未成熟な魔眼を酷使するということは、燃費の悪い車で全力走行したようなもの。

そしてその燃料は、横島の霊力そのものなのだ。

戦闘中である今はまだしも、時間を置いた明日は、

霊的中枢……チャクラが疲労し、動くことすらままならないだろう。



それでも、生きていてくれた。

こんなに嬉しいことは、ない。



私がそう一息ついていると、動きがあった。

突然島に生える木々が動き始め、遠方にいる試作魔体を拘束し始めたのだ。

それに連動するかのように、さらに遠方の木下より、横島の気配が生じた。

そして横島の気配は、ゆっくりと移動を開始する。

どうやら、島の外を目指しているらしい。


木々での拘束……それは試作魔体には、非常に有効な攻撃だった。

少しでも頭が回れば、

一度拘束を振りほどいた後は、迫る木々を無視して、本体である横島を狙いに行くだろう。

しかし、簡単な行動指針しかないあの魔体は、

その場にとどまって、自身に向かってくる木々を、ひたすら迎撃している。



『符術? 符による木々の制御だと?

 先ほどは、火炎を召喚し、

 自身の手を焼いていたと言うのに……やはり、道化を演じていたのか。

 メドーサ。お前、あの小僧にどういう改造を施したのだ?』


「何がだい?」


『とぼけるな。デミアンが言っていたぞ』



首を傾げてみせる私に、ハエ野郎は本体が廃墟の下で行っていた推論を話す。

ふむ? 先ほど言っていた量産どうこうは、そういう事かい。


…………馬鹿か、こいつらは。


まぁ、勘違いしたいのであれば、していればいいさ。

横島に手を出さない限り、どうでもいいからね。

むしろ、勘違いして警戒し、

不用意に手を出してこないほうが、私には都合がいい。


「横島は私のお気に入りだ。ただ、それだけだよ?

 私が勝手に入れ込んでいるだけさ。昔から、恋は盲目と言うじゃないか?」


そして私は、本音をハエ野郎に告げる。

そう、間違いなく、それは私の本音だった。

とても横島には正面から言えない、しかし私の紛れもない本音……。


『はっ! そんな下らん理由を、本気で信じるものか。

 何を考えているかは知らんが、ボスに背くような真似は……』


「するはずがないだろう?」

『………………ふんっ』



私の言葉を、ハエは憤慨の息とともに終わらせた。

本気の言葉は、しかしその本気さゆえに、ハエにはただの戯言だと思われたようだ。


「…………何はともあれ、仕事だね。さっさとあの魔体を止めないと」


さて、こんなハエの相手を、いつまでもしていられない。

言葉どおり、私はさっさと、魔体の活動を止めに行かないとね。

横島はいまだ木々を操っているが、それももう長くは続きそうにない。

横島の気配の移動速度も、さらに遅くなっている。

おそらく、もう力が残されていないのだろう。


何故、横島が木々を操れたのか、それは心に引っかかる。



しかし、何はともあれ、生きていてくれただけで、今は満足だ。



今、行くよ、横島。



お前は、よくやった。



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