第二十話



五感においては眼。

五塵においては色である視覚。


魔眼が目覚めることにより、

五行において、俺の体はある一定の方向へと引っ張られる。


それは『木』


五獣においては青龍を主とし、五星においては歳星を主とする。

木行。

歳星とは木星。

そして木星の中には、メティスと呼ばれる衛星もある。

メティスとは知恵を意味する言葉であり、同時にメドーサと言う名前の語源でもあり、

そしてティタン神族の女神でもある。


ややこしい上に、少々こじつけだが……つまりは色々と、今の俺とも因縁が深いと言うこと。

どうにしろ、今の俺は魔眼が目覚めたことにより、五行における『木』に特化している。

少なくとも、ノートの切れ端で創り出した符で、あのゴーレムを足止めできる程度に。



「歳星招来!」



俺はかすれた声ながらも、何とか叫んで符を木に貼り付ける。

こういう風に木々に貼って行くことで、あのゴーレムが俺に近づいたとき、

木々は自動的にあのゴーレムを拘束して、時間を稼いでくれるのだ。


『それなりに慣れたようだな』

「まぁ、な。制御も手伝ってもらってるし、コレくらいは」

実際、それほど高位の術を使っているわけでもない。

『こちらに向かってくる存在に、絡みつけ』とだけ、木々に指令を出しただけなのだ。

つまり、木々のすべてが俺の意思に従っているわけではない。


もし、この島の動物が全部夜行性だったり、

追ってきているのが、ああいう風にでかい存在じゃなかったら、

木々はどれに絡み付けばいいか混乱し、

今ほど集中的に、そして規則的に動きはしなかっただろう。


ついている、と言うのだろうか?

いや、言わねぇよな。

だってさ、ついてたらさ、

最初っからこんなしんどい目には遭いませんよ?


「はぁ、はぁ、はぁ…………」

『あと少しだ。そう、もう少し』

「む、無理かも……」


手足が重い。

しかも、それは気分的なものではなく、物理的なものなのだ。


曲がっちゃいけない方向に曲がってしまったりした両手の表面を、石化させた。

木のふっとい枝の刺さった脚を、石化させた。

何がどうって、動きづらいし、重い。


『…………密林を抜ける。もう、すぐだ……』


コーラルの声が、かすれる。

一瞬、俺の耳がどうにかなったのかと思ったのだが、

もともとコーラルは『発声』をしていない。

耳は関係ないのだ。となれば、異常があるのはコーラルそのものか。



「どうか、したのか?」

『……俺も、疲れている…と、言う、ことだ』

「そっか……」



木の幹に手をつきつつ、俺は視線を何とか上げる。

俺の視線の先には、もう木々は生い茂っていなかった。

そこは、崖だった。

俺が流れ着いた崖とは、ちょうど反対側の崖だ。

何故、崖か?

簡単だ。

俺の数十歩先には、もう地面がなく、

そして月明かりによって、その先には水平線が見える。

つまり、俺が立っている場所は、海面から十数m上…………。



「どうしろと?」

『飛び込むしか、ない。この崖をゆっくり降りている暇など、ない』

「…………死ぬと思いますよ、旦那?」

『じゃあどうする、丁稚』

「丁稚ってお前なぁ。たかが目玉のクセに」

『先に旦那と言った主に、あえて乗ってやったのだ』

「そりゃ、どーも」



軽口を叩きあいつつ、俺は一歩下がった。

そして石化した脚を気にしつつ、その場から跳んだ。

問答無用。そう、言い合っている暇などない。

さっき、腹は決めたんだ。

大丈夫、そう、きっと大丈夫さ。

落ち慣れているだろ、俺は?



「うわぁぁぁぁあああぁぁぁあぁ…………」


裂けばないと、舌をかむ。

過去の落下経験からそれを知っている俺は、かすれた声を、何とか出した。


踏み切りの感覚が、脚の残る。

一瞬の浮遊感の後の、落下感覚。

そして、すべてが失われるような、そんな喪失感。


自分から飛び込んだにも関わらず、

体感的には、まるで突然の突風に、体をさらわれたかのようだった。


口から漏れる、弱弱しい叫び声。

しかし、とんでもない風圧がその声すら遠ざけていく。



『主よ……。

 俺も、もう、眠る。起きて、いられない。

 石化の魔眼には、気をつけろ。

 どうしても駄目そうなら、眼を開けないことだ。

 視線によるものだから、眼を閉じれば発動しない。


 …………では、おやすみなさいませ、我が主・横島忠夫。

 また会うときまでに、精進しておいてくださいませ…………』



落下の途中、やけに穏やかなコーラルの声が響いた。

…………俺が覚えているのは、そこまでだ。


着水の瞬間も、どうやって陸地まで流れ着いたのかも、まったく覚えていない。

愛子の机だけは無くさないよう、

しっかりと抱えてはいたはずだが……それすら、飛び込んだ直後からは曖昧だった。


意識を失ってしまった俺が眼を覚ますのは、それから2日後のことだ。



「よくやったよ、お前は。

 だって、死ななかったんだから」



意識はなかった。

なくなってしまっていた。

そのはずなんだ。


だが…………。


やけに優しい女の人の声を、俺は聞いたような気がした。















            第20話      世界はとどまることを知らず













六道さんは、どういう人なのか。

私はそう尋ねられたならば、まず苦笑し、それから答えを探すのだろう。

あの人と娘の冥子くんは、よく似ている。

しかし、あの人には娘の冥子くんにはない『押しの強さ』がある。

美神美智恵。令子くんの母親なのだが、

彼女の面倒を見ることになったときも、かなり強引だったことを、私は強く覚えている。

あの頃の私は……

自身の信仰に大きな不安を感じていた時期であり、ありていに言えば、荒れていた。


ゲームセンターに入り浸り、

当時流行っていたインベーダーで、長い時間を潰したこともあった。

あるいは、悪霊を祓うときにも、かなり強引に滅したことすらあった。


今の私を知る者からすれば、想像もできないだろう。

自分で言うのもなんだが、私は真面目な人間であると思っている。

そんな人間が、ゲームセンターで常にイラつきつつ、時間を過ごしていたなど……


それではまるで、街のチンピラでしかない。

やはり、若かったのだろう。


そんな荒れていた私にすら、言うことを聞かせるのが六道さんだ。

六道の家の権力と、本人の霊力。

その影響力は、どれだけ向こう見ずな若者でも、歯向かえない力があった。

まぁ、私自身、お世話にもなっていたという理由も大きいが。


私では、あの人には逆らえない。

いやいや、ここはあの美神令子ですら、

六道さんには敵わないと言ったほうが、その強さは伝わりやすいかもしれない。



……あの人は、横島クンをどうするつもりだったのか。



あの日……六道さんから、横島クンに関する電話がかかって来た日。

私は最終的に、

『その話は、また後日しましょう』と言い、一先ず事態の先延ばしを講じた。

それで相手がどうにかなる人だとは、思ってはいなかったが、仕方がなかった。


突然の電話だったのだ。

私は不利な形勢で、とても横島クンを守れそうになかった。

どうしても、駄目そうだった。と言うか、駄目だった。

だからこその、先延ばしだった。


あの日の私の状況と心境は、

ペリーに一度引き返してもらったときの、江戸幕府のそれに似ていたのかも知れない。


…………後日、GS協会の人事課から、電話があった。

まぁ、大した用ではないのだが、ちょっとした確認事項があるので、

できるだけ早く予定を組んで、来てほしいとのことだった。

その日、特に用事のなかった私は、すぐさまそれに応じ、協会へと赴いた。



そして帰ってきた頃には、すべてが終わっていた。

私が六道さんに、先日の横島クンについての話しを電話したところ、

『え〜〜? 横島クンは〜〜〜、今日うちのヘリで〜〜海に行ったわ〜〜』と言われた。

何と素早い対応なのだと、私は一瞬真っ白になった。

昨日の今日、と言う単語が、頭を飛び交った。

実際、横島クンの家に電話をしたところ、留守番電話になっていた。



そしてその結果が、コレだ。



目的地に向かう前にヘリは爆発し、メンバーはばらばらに。

ヘリパイロットは、なんとか無事に脱出していた。

令子くんも無事に六道のヘリで、即日東京へと帰ってきた。

横島クンは、一日遅れで発見され、今は六道家に保護されている。

その怪我はひどく、また彼の同居人である愛子くんも、まだ意識が戻らないそうだ。

しかも、冥子くんも、いまだに見つかってはいない。

何が悪いのか?

言わせてもらうならば、何回か前のGS試験で、

冥子くんが受かってしまったことが、大本の誤りなのかもしれない。

どうにしろ、今回の事故で横島クンは大きな怪我を受けた。

すべての責任が私にある、などとおこがましい考えを持つ気はない。

だがしかし、横島クンに申し訳ないという気持ちが強いことも、否定できない。

私は、彼に何と言う言葉をかけてあげれば、いいのだろうか。



「こんにちわ。…………先生、まだ苦悩しているの?

 そんなことだと、また頭が薄くなっちゃいますよ?」



突然扉が開いたかと思うと、そこに立っていたのは、令子くんだった。

彼女は普段どおりの生命力に溢れた姿で、そこに立っていた。


「令子くんか。こんにちわ。……って、そこまで言われるほど、私の髪は薄くないよ」

「だから、それ以上悩まないほうがいいって言ってるのよ」

「そうかい? それより、君の体のほうは、どうだい?」

「私は何ともありませんって。

 ヘリから堕ちたときに、かすり傷を負っただけなんだし」

「…………普通はかすり傷では、すまないんだろうがね」

「あれ? ピートは?」

「横島クンの見舞いだよ」

「じゃあ、私と行き違いになったのね。

 私もさっき、おば様のところに行ってたから」

「六道さんは、何か言っていたかい?」


「冥子がまだ見つからないって、騒いでいたわ。

 あと、横島クンの容態も、なんだか微妙ね。

 手足の石化は、彼が言うには自分の魔眼によるものらしいんだけど、

 でも、彼の眼は、今は普通の眼だし…………。

 まぁ、時折霊力を零れ出しては、部屋のものを石化させてるみたいだけど。

 ああ、それとあの子の言うゴーレムだけど……そんなもの、私の知る限り存在しないわ」


「しかし、実際横島クンは襲われたのだろう?」

「でもねぇ。どこで襲われたのか、それがはっきりしないし……。

 少なくとも、太平洋側の日本近海の島に、そんなものはないはず。

 はぁ……私と同じ島に流れ着いてたなら、私も気づけたんだろうけど」


「まぁ、それもそうだね」

「そんなことより、おば様はかなり本気かも知れないわ」

「何がだい?」

「横島クンの婿化計画」

「…………は?」



令子くんが言うには、六道さんは、横島クンを冥子くんの婿として、

今からツバをつけておくつもりかもしれない、とのこと。


今回の件で、横島クンはまだただの高校生にもかかわらず、

爆発したヘリから落下・漂流という経緯を経た後、しっかりと帰還している。

これは一般的なGSよりも、生存能力が高い証拠でもある。


また、横島クンの言うゴーレムが本当に存在するのならば、

彼はいまだ発見されていない『古代神話級存在』を偶然発見したことになる。


さらには魔眼。

彼は特別な血筋の生まれでもないのに、魔眼に開眼している。

今は制御に少し問題があるようだが、

それもGSとして成長すれば、巧みに扱うようになるだろう。


そもそも、令子くんが男の子であったならば、狙い目だったのだ。

しかし、六道家がいくら望もうとも、令子くんは女性である。

除霊師の名門である美神家と、式神名家の六道の合体は、ならない。


ならば、一般の家で生まれた強い能力者を婿として迎えよう。

そう六道さんは考えているのではないか。

美神君はそんな推測をしているらしい。


「ま、どうにしろ、冥子が見つからないと、どうにもならないでしょうけど」

「冥子くんは、今頃どこで何をしているのかねぇ」

「多分、無事ではいるはずなんだけど。

 なんと言っても、12の式神がついてるし」


「そうだね。

 ああ、ところで、今日は何の用なんだい?」


「別に。近くを通ったから、寄っただけ」

「近くって……六道さんの家から、うちの教会までは……」

「…………先生のことだから、一人で悩んでると思ったのよ。ただ、それだけ」

「……そうか、ありがとう」

「いいわよ先生、お礼なんて。ただ寄っただけなんだし……」



私の弟子は、口は悪いし金にも汚いが…………しかしやはり根はいい子なのだ。

そんな風に、ふと私は、

令子くんに聞かれれば、命はないかもしれないようなことを考えた。

さて……もう一人の弟子のピートくんは、今頃何をしているのだろうか。

横島クンは、大丈夫なのだろうかね……。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





8月4日(あるいは3日か2日?)

今日から、日記をつけることにした。

いつまで続けられるか分からないけれど、取り合えず書いていくつもりだ。

俺の日常は、平和なはずなんだけれど…………でも人間、いつ死ぬか分からないしなぁ。

俺、そんなにすごい体験をしたのか、と自問してみると……したんだろうなぁ。

いや、したよ、マジで。

人生において、死に掛ける経験なんで、1回か2回で十分だよな?

でも、1日で軽く9回くらい、死にそうになった。

まさに、九死に一生を得る?


えーっと。


一昨日、日本最高GSである美神さんに海に誘われて、海に行った。

まぁ、言ってしまうと、

ここでノコノコついて行ったのが、間違いだったんだろうな。

で、ヘリに生まれて初めて乗った。飛んだ。ああ、飛んだよ。

まさか海に行くのにヘリだとは思わなかったし、かなり驚かされた。


そのヘリは六道冥子と言う人のヘリだった。

冥子ちゃんは、美神さんより年上っていうことだったけれど、すごく可愛い娘だった。

冥子ちゃんも有名なGSらしいのだけれど……何がどうって、彼女は泣き虫だった。


彼女が泣くと、世界は一変する。

冥子ちゃんが泣くと、彼女の式神が暴走するのだ。

結果、ヘリは爆発し、俺は上空からノーロープバンジーを決行。


うわぁ、書いてて嘘クセぇ。

10年後に俺の子供が読んだら、絶対信じないぞ?



でも、本当だ。

そういうことがあったから、日記を書こうと思ったんだ。


落下、着水、漂流。

一生モンの危機イベントを脱出し、何処かの島にたどり着いた俺。

愛子……同居人な?……と一緒だったので、夏の暑い一夜を夢見たりした。

だって冬なら、雪山→遭難→男女→裸で温めあい……という状況ですしね!


しかし熱い夜は、別の意味で熱い夜になった。

そう、命を懸けた逃走劇だったな、あれは。


何故か、俺が流れ着いた島にはゴーレムがいて、追いかけられた。

『ワァ〜イ、ゴハン〜♪』なんて言われた。

自分の身長の2倍以上ある大男っぽい奴にだ。

可愛くない。ぜんっぜん、可愛くない。


身長140cmくらいの、小さな女の子なら、

『おにーちゃんの魂、食べていい?』って言われて『Yes! OK!』って言えるけどな……。

あるいは、それこそナイスバデ〜なおねーサマとか、それならいいんだが。

誰が男なんかに魂を渡すか、ボケェー。


…………で、そのゴーレムに追いかけられて。

俺は瀕死の状態にまで陥った。

両腕は使えなくなったし、脚も一本、使えない状態になった。

木が刺さってたし、血ぃだらだら出てた。

ほっといたら、間違いなく死んでたね。


しかし、そんな状態から何とか脱した俺は、島の外へと命からがら逃げ出した。

崖の上から、愛子(机状態)を抱えて、またしてもダイブ。


いや、ほとんど投身自殺の領域だった。

下には、波に削られて尖がってる岩がいっぱいあったし。

………………。

そこからのことは、何も覚えていない。

意識を保て、ということ自体、無茶な要求だ。

何度も言うけど、普通なら、死んでいたんだろうな。

絶対死んでたよ。

俺は運がよかったから、こうして生きているんだろうな。

というか、運が悪かったら、ヘリが爆破された時点で、死んでたね。


で、昨日。俺はベッドの上で目を覚ました。

目覚めて目に入ったのは、若いメイドさんだった。

愛子の着るメイド服よりも、もっと実用的でシンプルな感じの服を着ていた。

俺はその可愛さに見ほれ、飛びかかろうとして……しかしそれは無理だった。

俺の両腕は石化処置してあって、

体力と霊力が尽きた状態じゃ、まったく動かせなかったんだ。

何がどうって、石になってるんで、普通に重かったし。

俺はメイドさんに尋ねた。ここはどこか、と。

メイドさんが言うには『ここは六道家』だとさ。


何と、俺は六道さんの家に保護されていたらしい。

んで、爆睡していたと。

このとき俺は、ヘリが爆発して、

その時点で俺は最初から意識がなくなってて、長い夢でも見てたのかと思った。

でも、六道さんのお母さん(かなり冥子ちゃんに似てる)が言うには、

俺は名古屋の病院に搬送されたところを、

情報を聞きつけた六道の人によって、本家へと運び直されたらしい。


『何で名古屋?』と聞くと、それは分からないとのこと。

多分、海岸に打ち寄せられた俺を、

誰かが見つけて病院に運んだんじゃないか、という事だった。

ちなみに、俺を病院まで連れて行った人は、女の人だったらしい。

おばさんでも、お婆さんでもなく、女の人。

元気になったら、是非体でお礼がしたいです。

…………うーん、そう言えば何か、朦朧としつつも、

優しい声を聞いたような気もするんだよな。


あれって……。うん、やっぱあれは……。



…………いやいや、書いてるうちに、よく分からなくなってきたぞ。



つまり俺はヘリから落ちて、何処かの島に流れ着いて。

その島から脱出して、今度は名古屋の何処かに流れ着いて。

で、流れ着いた海岸で女の人に発見され、市内の病院に搬送されて。

で、ヘリが爆発したことを察知していた六道の人に、その病院から本家まで搬送されて。

で、丸一日寝てて、起きた後でこうして日記を書いていると?





        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「えーっと……創作活動でも、始めたんですか?」


俺の日記帳から視線を上げたピートは、額から汗を一筋流しつつ、そうのたまった。


「本当のことだよ。見ろよ、この手。まだ石なんだぞ?」

「そうですよねぇ……」


ベッドに横になっていた俺は、ゆっくりと自分の腕を持ち上げる。

シーツの下に入っている足はもちろん、肘から上はいまだにカッチンコチンの石。

これはコーラルに言われた石化処置を行って………そのままなのだ。


そのため、動くに動けず、こうしてベッドのお世話になっている。

道場にすら、顔を出していない。まぁ、当然と言えば当然だ。

格闘なんて、今の俺には無理だし。


「あー、早く体動かしてぇ」


じっとしているのが、辛い。

なんと言うか、動いていないと、不安なのだ。


それに、早くメドーサさんに会いたい。

コーラルの話を聞いたせいか、なんだか無性に会いたいのだ。

それに愛子のことも、どうやって治してやればいいか、聞きたいし。


「動かないのが苦痛だなんて、思わんかったな。あー、走りたい」


「動くのは無理ですよ。例え石化してなかったとしても、

 霊的中枢、つまりチャクラが超疲労状態なんですから」


「元気一発のドリンク剤か何か、ないのか?」

「一応、お見舞い品として、色々お札を買ってきたんですけど。厄珍堂で」

「厄珍堂?」

「あれ? 知りませんか? 色々なオカルトアイテムを売っているお店なんですけど」

「知らなかった。つーか知ってたら、そこで安いお札を買うよ。

 俺なんて、緊急時とは言え、ノートの切れ端で符を創ってたんだぜ?

 ノートじゃ神聖さが足りないのか、いきなり腕が燃えたぞ?」 


「…………まぁ、失敗は成功の母といいますし」

「…………お前、今さ、俺のこと馬鹿だと思っただろ?」

「あ、あははは」


笑うピートに、俺は半眼の視線を向ける。


「う、うわぁ!」

「? あ、すまん!」



突然のピートの悲鳴に何事かと思ったのだが、

気がつけば、奴の前髪の一部が固まりかけていた。

普通、髪の毛が固まることなど、ありえない。

と言うことは、石化の魔眼が知らず知らずのうちに発動したのだろう。


俺は眼を閉じ、ピートから視線を外した。

そして閉じた目蓋に、さらに力を込めていく。


意識を失う前、コーラルが『いざとなれば眼を閉じろ』と言っていたからだ。

確かに、眼を開かなければ魔眼は発動しない。

なお、目蓋に力を入れるのは、気分の問題だ。


「び、びっくりしましたよ、横島さん。

 本気で石化の魔眼に目覚めたんですね……

 っていうか、どうにかならないんですか、それ?」


前髪を気にしつつ、ピートが文句を言う。

幸い、奴の金の髪は、完全な石になる前だったらしい。

ピートが手で軽く梳くと、固まっていた前髪は普通のそれに戻った。


「分からん。そのうちどうにかなるだろ」


俺の霊力はまだまだ普段ほど、回復していない。

またピートが言うように、霊的中枢もボロボロだ。

で、制御下にない魔眼は、何かの拍子でいきなり発動する。

さらにそのせいで、俺の霊力はなかなか完全回復しない。

……完璧な悪循環だな、これ。

俺はゆっくりと眼を開き、視線の先にあるシーツを見つめる。

シーツが固くならないことを確認してから、ピートに向き直った。


するとピートは、俺の視線に怯え、一瞬だけ腰を浮かす。


「…………なぁ、お前はヴァンパイア・ハーフだろ?

 俺の魔眼なんかにびびるなよぅ。傷つくじゃん……」


「そんなタマじゃないでしょ、横島さんは。

 早くどうにかしてくださいよ? びっくりするんですから」


「うわ、怪我人の友人に対して、何てこと言うんだ、お前。

 愛子のこととかで、俺はイッパイイッパイなんだぞ?」


「そう言えば、愛子さんはどうなんですか? 大丈夫なんですか?」

「多分、大丈夫……なんだろうけど」


俺はピートから視線を外し、愛子の机を見やる。

時々抱えて、俺の霊力を注いではいるんだけれど、まったく反応はない。

机がその場に存在している以上、愛子はまだ生きているはずなんだけど。

つまり、今愛子は昏睡状態と同じなんだよな。

嫌な言い方をすると、脳死……いやいや、死んじゃ駄目だろ。意識不明だ、意識不明。

ちなみに、時折見つめていたせいで、机の端が石になってたりする。

ごめんなさい、愛子。不可抗力です。多分。きっと。


…………愛子に怒られたい。

人の本体を、何で勝手に石にしてるのよ……とか言ってもらいたい。

そして、最後には『もう、仕方ないわね』とか言って、苦笑してほしい。

そんないつもの感じに、早く戻りたい。


軽いノリで日記書いたり、そのついでみたく霊力を流したり……。

色々してるのに、愛子は目を覚まさない。どうすりゃいいんだろ、俺。


「さっさと起きないとさ」

「? はい?」


「愛子だよ。さっさと起きてくれないとさ、困るんだよな。

 つい、何も描いてない机って、落書きしたくなるだろ?

 後、彫刻刀とか、コンパスの先で文字彫ったりとか。

 そーゆーいたずら心を抑えきれなく前に、起きてもらわないとな。

 書いてる途中で愛子が起きたら、俺そのままぶっ殺されたりとか……」


机を見やりつつ、けらけらと笑ってみる。

しかし、もちろん置物と化している壊れた机からは、何の言葉も返ってこない。

ついでに言うなら、ピートも今の俺の言葉に、どう反応すればいいか分からないらしく、無言。


言わなきゃよかったかな。


(…………はぁ)


取り敢えず俺は、気分と思考転換のため、軽く嘆息した。


よし。後からピートに貰ったお見舞いのお札でも、机に貼ってみるか。

もしかすると、愛子の目覚めるきっかけになるかも知れないし。

ああ、よく種類を見て張らないとな。

霊力抑制の札なんて貼ったら、逆効果かもしれないし。



…………ん? 抑制?



「なぁ、ピート。霊力抑制の札も買ってきたか?」

「はい。色々。費用の理由上、安物が多いんですけど。

 えっと……10枚くらい、色々買ってきたんですよ?」


「俺のデコに張ってくれ。それで魔眼を押さえる」


「…………そ、そんなのでいいんですか?」

「お前はキョンシーを知らないのか? 

 おでこに札で霊力制御は、俺の子供の頃から有名な処置だぞ?」


「そ、そうなんですか!? いや、知りませんでした!」


感心しつつ、ピートは俺の額に札を貼る。

ぺたり。札を貼った俺は、まさにキョンシーよろしくなのだろう。

貼られた俺からは、分かるはずもないけれどな。


「…………」

「…………」


うーん。貼ったはいいが、しかし…………まったく変わったような気がしない。

意味があるのだろうか、これは。


「で、どうなんですか、横島さん? 効きそうですか?」

「ン、あ、ああ……」


ピートはすごく興味がありそうに、目をキラキラと輝かせつつ、聞いてくる。

いまさら『映画の知識である』などとは言えない俺は、取り合えず曖昧のうなづいた。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「はぁー……。もう、夜か。

 ベッドの上で一日過ごすと、何もないまま時間が過ぎてくよな」


俺の呟きだけが、部屋の中に響く。

美神さんに誘われたのが、一昨日。

名古屋の海岸に流れ着いたのが、昨日。

で、六道さんちのベッドで目覚めたのが、今日。


ああ、もう3日間も、家に帰っていないのか。


俺は窓の外の庭を見ながら、嘆息した。

すでに時刻は午後10時を回っており、夜の帳は世界を覆っている。

ピートも数時間以上前に帰ってしまい、部屋の中には俺一人だ。


夜に一人か。


考えてみれば、俺は一人暮らしのはずなのに、

一人で夜を過ごしたことなんて、ほとんどないんだよな。

ずっと、愛子が一緒だったし、愛子が来る前は、

よく道場のみんなと、大部屋で雑魚寝してたし。


3日。たった3日。でも、3日。


これくらいの日数、道場に行かないことは、これまでにもあった。

でも、『行かない』んじゃなくて、怪我で『行けない』ってのは、初めてだ。


今日の昼、メイドさんに電話を頼んで、白竜会には一度連絡を入れた。

しばらくは、行けそうにないと。

そうしたらユッキーは『ふーん』と答えやがった。

俺は海に行って怪我したとか、色々言ったのにだ。

まったく。親友を心配しろよな、お前は。

お前のことだし、そのうちすぐ出てくるんだろ……という信頼は嬉しいんだが、

しかし今の俺は、怪我人なんだ。

優しい言葉の一つくらい、かけろっつーの。


ピートみたく、見舞いに来て見やがれ。

まぁ、俺がベッドに寝ていながらにも見える六道家の庭は、広い。

俺のアパートが、何十個も入りそうだ。

俺はこの一室と、トイレしか知らないけれど、全体も相当の広さだと想像できる。

ピートはまだしも、こんな家にユッキーが見舞いにこれるはずないか。

絶対に似合わねぇよ。

まぁ、ここで寝てる俺も、体から庶民っぽさ丸出しだけどさ。

ああ、メドーサさん、どーしてるかなぁ。忙しいのかな?

普段から、よくイーターを使って、俺のこと見ててくれるらしいけど……。

でも、六道家には近寄れないだろうなぁ。

人目を忍ばなきゃいけない、魔族だし。

今も俺のこと、何処かで見ててくれるのかな?


つーか、そう言えば、

何か崖から落ちて、意識を失う前に、メドーサさんの声を聞いた気が。

これってあれか? やっぱ運命ってやつ? 

そう言えば、もう一人のメドーサさんにして、

実はメドーサさんじゃない、メドーサさんの欠片であるコーラル。

あいつは今、俺の中でどうしているのだろう?


無理矢理起きて、そしてすぐにあれだけのことがあったしなぁ。

騒ぎが終わったら、寝るって言うのは、本人の言葉からも分かってたんだけど。


もうちょい、会話したかったなあ。次は、いつ目覚めるんだろう?

メドーサさんにも相談できないとなると、コーラルにしか魔眼のこと、聞けないんだよなぁ。

他の人にも、あんまり詳しく説明できないし。

メドーサって言う魔族の女の人に、魔眼もらったんです……

……なんて正直に言ったら、とんでもないことになるぞ、絶対。



「…………うーん。この手と足、どうすればいいんだ?」



俺は静かに自問する。

脚はかなり深い部分まで、石化させてあるのだが、

腕は表面部分までしか石化させていないため、感覚がかなり残っている。

そのためか、何となく……じくじくと痛むのだ。

骨折、火傷、裂傷。

それらすべてが石になることで、一時的に停止してはいる。

しかし、その石の下には血が通い、そして今も生きているのだ。

冥子ちゃんのお母さんにも診てもらったのだが、

この手足は俺自身ではないと、治せないらしい。


術を施して、石化を解く術もあるにはあるらしいのだが、

石化させたのが俺である以上、その反動は俺自身に帰ってくるらしい。


どういう事かというと、これも一種の『呪』なのだそうだ。

呪を解し、それを対象者から、かけた本人に返すことを返解呪というが、

俺の場合、俺が自分に呪をかけたので、取った呪を返すべき場所がないのだ。


宅配便で言うと、分かりやすい。

送り主、俺。

受取人、俺。

受取人が送り返しても、やっぱり荷物を受け取るのは、俺。


なまじ力を持っているせいで、ややこしいのだ。

これが何かの悪魔に呪われた、力のないただの一般人なら、もっと楽なのだろうが。


石化の魔眼というのも、現代ではそれなりに珍しい能力らしい。

実際、GSの中で魔眼を使えるものを探した場合、

いろいろと該当する人はいるが、

やはりその中でも『石化』は少ない……というか、いないらしい。


冥子ちゃんの式神の中には、石化能力を持つものもいるらしい。

六道家では、その式神の能力が暴走した場合、

他の者がその式神の制御権を奪い取って、暴走を収めるそうだ。

つまり、冥子ちゃんが暴走した場合、

近くにおばさんがいれば、おばさんが式神を無理矢理停止させるってこと。

でも、俺の眼は、俺だけのもので、他人が無理矢理制御できるものでもないし……。


なお、石化の魔眼と同様に、

ネクロマンサーの笛というものが使えるような死霊使いも、少ないらしい。

映画とかじゃ、ゾンビを扱う能力なんて、かなりありふれているのに……。

俺の石化魔眼だって、RPGなんかじゃ、有り触れた能力なんだけれどなぁ。

……現実問題となると少ないか。


はぁ。これから、どうしようか。

まさか夏休み中、ここにお世話になっているわけにも行かないし。


一番手っ取り早のは、さっさと霊力を回復させて、石化を操るんだけど……。

でも、霊力がなかなか回復しないし……。

お世話になっている以上、メイドさんに脱げって迫ったら、やっぱさすがにヤバいしなぁ。


だからって、エロ本くださいとは、到底言えないし。



『でも、どうにか面倒ゴトを避けようと、言い訳並べてるうちに……』

『ていうか、私のほうもこんな仕事負わされて、堪んないわ……』



面倒ごと、か。

美神さんは今回無事だったけれど、

ずーっと前から、冥子ちゃんに関わってたんだよなぁ。

色々な意味で恐れ入るね。

冥子ちゃんは可愛いけど、ちょっとしたことで泣かれてあれじゃ、身が持たん。

なのに、そんな冥子ちゃんに、

何だかんだ言いつつ付き合う美神さんは、やはり只者じゃない。

……GS免許剥奪か。

でも、無免のほうが危険じゃないか?

式神は六道さんちの私物なんだし、

GS協会が取りあげるわけにもいかんやろ?

冥子ちゃんもなぁ。

今頃どうしてるのか……。

無事でいてくれるといーんだけど。



「昼間寝てるから、寝れねーんだよなぁ」



……ていうか。

そろそろデコに張ったこの札、はずそーかな。

かなり意味なさげだし。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





都会の真ん中にある、空虚な空間。

そう、そこは一つの廃墟であり、

人間がつい足を逸らしてしまいたくなる雰囲気で覆われた場所だった。

その暗い廃墟の地下は、

過去に栄華を誇ったであろうゲームセンターであり、いまだ数々の筐体が取り残されていた。

その中の一つのモニターが明滅し、そこに影を映す。

言わずと知れた、我らが主だ。



『試作魔体の停止・回収、ご苦労だった……』



「はい、ボス」

私・デミアンは、後ろに控えるメドーサとベルゼブルを代表して、答える。


答える私に対して、

ベルゼブルは面倒ゴトを引き受けてもらっている、という念を飛ばす。

しかし、メドーサは心底どうでもよさそうに、虚空へと視線を飛ばしている。


主に対しては敬意を払う気はあるにはあるのだが、

しかし、今は他により気になることがあるのだと、全身で表現している。

暗に、こちらに『私は横島のことを気にしているのだ』と訴えているのだろう。


芸の細かいことだ。

抜けた奴が見れば、

今のメドーサは『仕事が終わるのを心待ちにする、恋する女』である。


…………横島忠夫、か。


横島忠夫という人間は、まだあくまで人間界の理の中で、生活してもらわなければならない。

情報化の進んだ今の人間界では、一昔前の神隠しのように、

突如として人一人の行方が知れなくなれば、大騒ぎになるからだ。


奴の量産の目処がつくその日まで、あの横島という存在は人の中で生きる。

そうだからこそ、メドーサは奴を人間の医療機関へと運び、

そしてGS名家の関係を通じて、ここ東京まで運ばせたのだろう。


メドーサは『GS協会の《内側》に侵入する』という任務も背負っているが、

横島の存在を見る限り、その任務の成功もほぼ確実だろう。


ふんっ。順風満帆だとでも言うのか、メドーサめ。



『デミアン、何を考えている?』

「……すみません」



私の思考がそれたことを察したらしく、主が咎める。

私は小さく謝罪を口にしてから……ふとあることに気づく。


人造魔族の生産や、GS協会へと侵入、あるいは『針』を使う風水盤計画。

それらはすべて、私たちが考えたものではなく、ボスの計画の一端である。


…………そう考えると、横島という存在は、ボスの知るところなのだろうか。

もし、メドーサが自身の思惑により創り出したものならば、ボスに報告しなければならない。

裏の仕事とは、ちょっとしたイレギュラーが命取りだ。

特に私たちは人間界にいるのだ。

魔界の100分の1以下しか、魔力の感じられない世界にいるのだ。

こんなところで神族に目を付けられることになると、堪った物ではない。


『それで、何を考えていた?』


私は再度たずねてくるボスに、静かに答える。


「…………いえ、今回の試作停止に関して、ちょっとしたイレギュラーが」

『ほう?』

「横島忠夫という男が、魔体に接触しました」


私がそう口にすると、メドーサは視線をこちらへと動かしたようだ。

私の背後での動きだが、メドーサの気配が鋭いので、手に取るように分かった。


『横島? どういう者なのだ?』

「はい、こいつです」


メドーサの焦りようからするに、

やはり横島という存在は、ボスにも黙って創り出していたらしい。

私はメドーサに対し、気を止めることなく、さらに報告を続ける。

私は覚えておいた横島の顔を、ボスに念じて、見せる。



『……………………ふむ、横島か』



ボスは、何処か感慨深げにうなづいた。



「ボス? どうかされましたか?」

『懐かしい顔だ。1000年ほど前、平安京で見たことがあるな』

「し、知っておられるのですか?」

『ああ。この者の前世は、私が殺した。

 なかなか私と彼の縁は、深いのかも知れんな』

「…………」



予想外の答えだった。

人間の顔など、ボスがわざわざ覚えているということも驚きだ。

いや、それ以前に、人間程度との『縁』が深いなどと……。

1000年前に、一体平安京で、何があったのだろうか。

しかし、これで以前考えた仮説の一つが、ある意味証明されたようなものだ。

人間の中には転生し、その魂を磨く者もいる。

その魂を見つけ、さらに魔族の知恵で鍛えることができれば……。

横島は前世でボスとすら関わっているらしい。

やはり、人間としてはそれなりに『できた存在』だったのだろう。

……改造素材としては、やはり打ってつけの存在だ。




『メドーサ』

「はっ」



私が思考に没頭していると、ボスはメドーサに話しかけていた。


『何をしようと、かまわん。己の任務だけは、忘れるな』

「はっ、存じております」

『ならいい……』


ボスはそういうと、その姿をモニターの中から消し去った。


…………ちっ、お咎めはなしか。

横島か。

やはり、少しばかり注意を向けておいたほうが、いいかも知れん。

私も人間界では、肉を使って人間に擬態しているからな。

狡猾な女であるメドーサから、人体改造ノウハウをうまく聞きだせるか?

聞き出せれば、人間界で使用するこの体の能力向上につながるかも知れん。

……ふむ、難しいかも知れんな。

まぁ、いいさ。

状況を見て、適切に行動すれば、負けというものはないのだから。

私は、うまくやる。

これまでも、そしてこれからもだ。





次へ

トップへ
戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送