旅日記 第一話




世界は、とどまることを知らず、どんどん時間が流れていきます。

横島忠夫は魔眼に目覚め、強大な敵と相対し、

美神令子はその実力から、矮小な敵を沖へと吹き飛ばし、

吹き飛ばされた弱き妖怪は、泳げないらしく、海底へと沈んでいきます……。


で、それから少しばかりの時が流れると……。

横島忠夫と美神令子は、無事日本の陸の上にいました。

紆余曲折の末、各々が窮地を乗りきったのです。

例外があるとすれば、いまだに沈み、

海流に流されている何処かの妖怪くらいなものでしょう。




そんな頃…………行方不明である、我らが冥子ちゃんは何をしていたのかというと。




「というわけで、貴女は我がリンシャン解放戦線部隊における聖女なのですぞ?」

「えっと〜〜〜、よく分かんないわ〜〜」


目の前に座る女性の言葉に、冥子ちゃんは首を傾げていました。


我らが冥子ちゃんは、ヘリから落下し、海上を漂っていたところを、ある船に保護されました。

その船は、リンシャン解放戦線と名乗る、多くの男の人が乗る船でした。

彼らに連れられて、冥子ちゃんは何だが厳重な警備のドッグへと入港。

その後は特別室を与えられて、特に不自由のない暮らしを営んでいました。


なお、冥子ちゃんは外国語が話せません。

英語は学生時代に習いましたし、また彼女も一応はGSです。

数々の古文書に眼を通す以上、言語学に対して相応の知識はあります。


でも、流暢には話せません。

それはそれ、これはこれです。


よって、普通ならば言語の壁が、

冥子ちゃんと冥子ちゃんの前にいる女性の間に発生するのですが、

しかしそこは、冥子ちゃんの式神による精神感応の応用で、なんとかなっています。

また、この精神感応による意思疎通自体で、

冥子ちゃんはこの解放戦線の中で、確固たる地位を築いていたりします。


言葉は通じていないのに、何故か意思は伝わる。これぞまさに奇跡、と言うわけです。

今、六道冥子ちゃんは、神の力を持つ聖女に、本気でなってたりするのです。

もっとも、本人にその自覚は、これっぽっちも存在しませんけれども。



「ですから、はぁ……もう一度、言いますぞ? よく聞いて下さい?」

「はぁ〜〜い」



冥子ちゃんの世話係の女性は、

少し時代かかった言葉ながらに、懸命に聖女がどう言ったものかを、説いています。

しかし、状態を四文字熟語で表すならば、馬耳東風と言ったところでしょうか。

世話係の女性が、説明を始めようとしている現段階で、すでに冥子ちゃんは眠そうです。


というか、首がかっくんかっくん動いています。さらによだれが……。

世話係りの女性は、冥子ちゃんの口元を拭いつつ、話し始めます。



「リンシャン解放戦線とは、もともと東南アジアが、

 悪魔たる欧米列強により、植民地化を推し進められたときに発足した機関が、 

 様々な名前、あるいは形に変わって、現在まで連綿と続いてきた組織なのです。

 (中略)その信仰の元に集った戦士は、

 最盛期には実に10000人を超えました。…(中略)…植民地時の話をしますと、

 それはもう、まさに神なき時代であり、我々は非常に辛い時間を過ごしてきました!

 (中略)よって、サトウキビ・コーヒー・タバコなどを、

 強制的に栽培させられた当時の農民は、

 容赦のない搾取によって、この世のものとは思えない貧窮に追い込まれたのですっ!」



長い長いお話です。

世話係りさんは段々とヒートアップしているらしく、ついつい語尾が上がりがちです。

しかし、誰も聞いちゃいません。

だって、一人きりの観客である冥子ちゃんは、すでにおネンネしています。



「我々は、世界からすれば小さな力です。

 (中略)……なので、我々の信仰など、世界の多くの人は知らないことでしょう。

 しかし、しかしです!

 我々は同一の信仰の神の元に集い、剣を取り、そして戦ってきたのです。

 そう、第2次インドシナ戦争では、信仰上の理由からではなく、

 同じ地域の同志として南ベトナム解放民族戦線にも、一時期協力いたしました。

 そして現代においては…………(後略)」


ここでようやく、世話係りさんは聖女さまが寝ていることに気がつきました。


「……せ、聖女さま?」

「…………すぴぃ〜、すぴぃ〜」


可愛らしい、冥子ちゃんの寝息に、しばし世話係りさんは呆然とします。

心境としては、

『うわぁ、こいつ、説明を求めてきておいて、むっさ寝とるやん』と言ったところでしょうか。


世話係りさんは、大きく嘆息しました。


「はぁぁ……って! 聖女さま! 聖女さま! 鼻ちょうちんがすごいことになってますぞ!」 

「……ん〜〜、あ〜…………ごめんなさい〜〜。長すぎて、つい寝ちゃうの〜〜〜」

「……これが、本当に予言に在りし聖女なのか? いや、しかし、神獣も従えておるし……」


世話係りさんは、はらはらと涙を流します。

冥子ちゃんの世話。聖女さまの世話。

『聖女の世話』とは、字面だけ見れば随分な仕事のようですが、実態はそうでもありません。

待ちに待った白馬の王子様……ではなく、神獣を従える聖女さま。

子供のときから聞かされ、

それを信じてここまで生きてきたというのに、どうしてこんな人が?

神とは、人では計り知れないとは言うけれど…………。


世話係りさんは、もう一つ大きく嘆息しました。

ここ数日で嘆息する回数が急上昇中なのですが、それを自覚するのも疲れて億劫です。




ビーッ! ビーッ! ビーッ!




『敵襲! 敵襲! 海賊どもが攻めて来たぞ!』

『総員、警戒しろ! 今は《火の月》である! 

 我らの信仰には、きっと加護があることだろう!』



そんなことをしていると、突如として、部屋の中に警告音が響き渡ります。

世話係りさんは、それを聞くと顔面を面白いように蒼白にしました。


「え〜っとぉ〜〜、お祭り〜〜?」

「何でですか! 海賊が攻めてきているんです!」

「え〜。どうして〜〜」


「さっきから説明しておったではないですか!

 リンシャン解放戦線とは、植民地時代から連綿と続く組織であり、

 現代においては、この近海でわが国を中心に、

 様々な国の船を襲う海賊を殲滅する組織だと!

 国連には加盟しておりませんが、NGOとして各国の組織とも連携を……」


「NGOって、な〜に〜〜?」

「それも説明したではないですか! NGOとは……」

「ふあぁ〜〜、眠いわぁ〜〜」


「聞けぇぇええーーーーーーーーーーっ!」



あまりにのんびりとした態度に、世話係りさんは声を荒げました。

海賊を取り締まろうとする戦線部隊。

それはつまり、常に海賊からも攻撃を受ける立場なのです。

皆、固い信仰の元に集い、気丈に戦いますが、

しかし恐怖という感情を忘れ去っているわけではありません。

もちろん、世話係りさんも気丈な女性でしたが……海賊からの襲撃は怖いのです。



「ふっ……ふぇええ……」



しかし、冥子ちゃんは外の海賊よりも、目の前の世話係りさんのほうが、怖かったようです。

精神感応の応用とは言え、ごくごく浅い位置で触れ合っているため、

世話係りさんが海賊に感じている恐怖は、冥子ちゃんには明確に伝わらなかったのです。



「へ?」

「ふぇぇぇええええーーーーーーーんっ!」



聖女さまの大きな叫び声の後、

世話係りさんは本当の光というものを、見た気がしたそうです。


純白。曇りなく、溢れる光。






…………そして…………






8月5日、未明。

東南アジアの一角で、とある組織と海賊組織が、正面衝突しました。

どちらも武装している組織であり、

そして危険な集団として現地では認知されている集団でした。

略奪者の集団と、宗教家の集団の対決。


結果は…………一人の泣ける聖女の降臨により、喧嘩両成敗。


宗教家の組織はほぼ壊滅。

また襲撃をかけた海賊艦隊の船も、9割が沈んでしまいました。



リンシャン解放戦線部隊と海賊艦隊を、単騎で撃破した冥子ちゃん。

仮にここにいたのが、

日本最高GSの美神令子であっても、単騎撃破は達成できなかったでしょう。

そう、彼女はこの日、一つの伝説を築き上げたのです。



最強の、聖女……六道冥子。

彼女が自身の国に帰るのは、もう少し先の話になりそうです。

彼女はこれから、どういった道を歩んでいくことになるのでしょうか?


それはやっぱり、神様だって知ったことではありません。

なぜなら、

神様の一人である小竜姫さんはこのとき、


『そう言えば、殿下は今、どうしているでしょうかね……』


……まったく関係のないことを考えていました。




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