第二十一話



「あら〜〜、どうしたのかしら〜〜〜?」

「いえ、あんまり長い間お世話になっても何なんで、そろそろお暇しようかと」



六道家にお世話になってたら、6日目の朝。

俺は冥子ちゃんのお母さんを捉まえて、お屋敷を後にするということを告げた。

手荷物は、ほとんどない。

でかいものは愛子の机、細かなものは、ピートにもらったお札などくらいなものだ。

ああ、ちなみにデコには貼っていないので、あしからず。


「そう〜〜? もう行くの〜〜?」

「はい、もうかなり回復しましたし、いつまでも寝てられないですよ」


…………ここ数日で、色々あった。

唐巣神父も、何故か泣きながらに、お見舞いに来てくれたりとか。

よく分からんのだが、

今回の俺の怪我や、愛子の現状態の責任の一端は、自分にあるとか言っていた。

俺が別にいいですよ、と言うと、涙の量が当人比2割り増しぐらいになった。


どこにどう、神父が絡んで来るのか、やっぱりさっぱり分からん。泣きっぱなしだし。


ヘリが落ちたのも、遭難したのも、

その直接の原因は、冥子ちゃんの暴走。

で、何で暴走したかと言えば、俺と美神さんが冥子ちゃんを泣かせたから。

神父が何かしたから、俺が遭難したわけでもないし……う〜〜ん。


色々背負い込んじゃう人だから……とか、そう言えば美神さんも言ってたなぁ。

神父さんらしい性格と言えば、

そんな感じだけど……俺みたく、もっといい加減に生きればいいのに。


ユッキーとかは、やはり見舞いには来なかった。

しかし、美神さんつながりで

おキヌちゃんが来る……なんていう、ラッキーなことがあった。

いいよねぇ、袴姿の巫女さん。

全裸より、ある種エロイよね。

おかげで、その日は少し霊力の回復率がよかったよ。

まぁ、つい美神さん自慢の、

あの髪の毛の一部を石化させちゃって、また無駄に怪我が増えたけど。

手足は石化しているけれど、ボディはがら空きなんだよな。

しかも、俺はベッドの上にいるわけで、かかと落しに最適な的なワケで……。


ああ、あと。

暇な時間が一杯あったんで、六道家の蔵書を読ましてもらった。

洋の東西を問わず、色々な本があったので、かなりためになった……と思う。


読書だとか、そういうことは嫌いなほうなんだけど、

あの島で、知識不足は死に直結するって、痛感したしな。マジで、文字通り痛みで。

それに、まぁ………………何しろ、暇だしな。

寝たきり老人が余計にぼけていく理由が、よく分かった気がする。

退屈は、猫をも殺す。うん、うまいこと言うね。


日記も、かなりの時間つぶしにはなる。

何しろ、俺に手は変な方向に曲がっているし、

指もブロンズ彫刻の作品みたいな感じで、固まっている。

その状態の手に、ペンをはめ込むように持たせ、字を書くのは面白い。

これまで普通にやってた字を書くという行為が、どうにもこうにも難しいしな。


が、しかし、ここで大きな落とし穴があった。

六道家で時間を潰している以上、あんまり書くことがないのだ。

最初の1ページ目は、かなりの量が書けたんだが、その次が続いていかなかった。

なんせ、一日のうち、かなりの時間を寝て過ごしてるしな。書くことなんて、ないよ。


だから読書。

うん、まるで薄倖の病弱キャラだ。


読書のペースは、普段の3倍くらい速かった。


自分の体のこととか、愛子のこともかかってたので、かなり本気になって読むことができた。

数日間で、活字のでっかい本を2冊。俺にすれば、破格のペースだ。


もっとも、その中に魔眼を抑制する方法や、

机妖怪の救助の仕方などと言うものは、もちろんなかった。


魔眼は基本的に避けるもの。

魔眼に見つめられたときのための、防御アイテムは一杯あるらしいのだ。

耐邪視用アミュレットだとか、ファーティマの手だとか。


でも、魔眼の持ち主本人をどうこうするものって、ないんだよな。

当然だ。目の悪い人が一杯いるから、メガネが考えられていく。

もし、この世にメガネが必要な人がほとんどいなかったら、

メガネなんて誰も考えもしない。つける必要がないんだし。


あと、愛子。

愛子は学校と言う空間に溜まった念から発生した妖怪。

伝説やら神話に登場するはずもなく、またその特性も不明。


俺の知る限り……。

特性その1:普段はセーラー服。

特性その2:家ではメイド服。

特性その3:机が本体。本体内は、異界。

…………とまぁ、こんなもんか?


多分、愛子のことを知りたいなら、

同じ学校にいる妖怪に聞いたほうがいいんだろうな。


候補としては、トイレの花子さん。

かなり古くから存在している、いわば学校妖怪の大先輩なわけだし、

彼女に会うことができたなら、愛子の復活の手がかりも分かるかもしれない。


しかし…………じゃあ、どうやって彼女に会うのか?

花子さんを捕まえるには、どうすればいいのか。


まさか、片っ端から小学校の女子便所に入って、

『はーなっこさん♪ あっそっぼ〜♪』なんて、言えやしない。


捕まる。

確実に、捕まる。

最近は、不審者に対する監視の眼が厳しいし。


でもまぁ、魔眼の操作法を考えるにしても、

愛子の復活の手がかりを探すにしても、寝ていては、何も始まらない。

そんなわけで、俺は六道さんの家のベッドから、本格的に立ち上がることにしたわけだ。


ちなみに、読書中に、すごい大事そうな本を石化させちゃって、

その本の弁償を求められないうちに逃げたいから……では、絶対ない。

ああ。ない。絶対ない。

だから、何故こんなに早く出て行きたがっているかは、気にしないほうが吉だ。



「何か〜、不満なところとか〜〜あった〜〜?」

「いえいえ、そんなことないっス!」



この家のベッドは非常に居心地がいい。食事もいい。

なんせ、可愛いメイドさんが『ふーふー』なんてしてくれたりするほどだし。


だが、しかし。

男はいつまでも一箇所で寝ているわけには、行かんとです。

ええ、行かないのです。追わないでください。別に特別な理由はないですけど。


「でも〜、本当に〜その手足で〜〜〜大丈夫〜〜?」


そう言うおばさんの視線は、俺の両腕に注がれている。

魔眼がうまく使えない以上、俺の両手と脚一本は石化したままだ。

だが、両手の指は曲がるようにはなっているし、足だって膝は曲がる。

言うなれば、石の手甲と膝サポーターをつけているような状況だな。

間接部分にヒビを入れて、どうにかこうにか、ここまでこぎつけたんだ。

ベッドの中が、粉っぽくなっちゃったよ。

うまく行けば、そのうち

でかくて固いカサブタが剥がれるみたいに、石片が落ちていきそうな気がする。

しかし、その石片の下にあるのは、

皮のないピンク色の肉と浮き出た血管だろう。

だから、下手に石片をめくって行くのは、やばかったりする。



「大丈夫って言うなら〜〜いいんだけど〜〜霊力の回復も、大丈夫〜〜?」


「そっちについても、問題ないっす! 

 むしろ、寝てるほうが体にわるいっすよ!

 動けるようになったら、すぐ行動あるのみッス!」



何と言っても、俺の霊力の源は萌えとエロだからな。

女湯の一つでも覗いて、男の迸りを最高潮に達せさせれば……

…………あ、女湯を覗きに行って、霊力が回復して、

そんで魔眼が暴走して中の女の人を石像化……という事態を考えると、

やはり最初はわき目を振らずに道場に行って、メドーサさんに会わないと駄目か……。



「? 横島く〜ん〜〜? どうしたの〜〜〜?」


「え、ああ、ちょっと考え事を。

 あの、そんで俺、お世話になったお礼とかですけど……」


「いいのよ〜〜〜。そんなこと気にしないで〜〜〜。

 どうしてもって言うなら〜〜、

 また今度、冥子が帰ってきたら〜、遊んであげて〜〜」


「そんなことなら、喜んで!」


冥子ちゃんと遊ぶのは、非常に怖い気がするが、

しかし、泣かせさえしなければ、普通の美少女だ。


街でナンパするときみたいに、外側から丁寧に接していけば、OKなはずだ。


「冥子が見つかったら〜〜、また連絡するわね〜〜〜」

「ええ、お願いします。きっと見つかりますよね!」

「そうね〜〜、あの子には、式神もついているから〜〜〜〜〜」

「えっと、それじゃお世話になって……お邪魔しました!」



こうして、俺は数日ぶりに六道家の外へと出、太陽の光を全身に浴びたのだった。

抱えていた愛子の机を地面に下ろし、『うーん……』とか言いつつ、背を伸ばしてみる。

すると、寝ている時間が長かったせいか、

背筋は気持ちがいいくらい、ポキポキと鳴った。



「……うわぁ、キモいなぁ」



ふと視線を地面に向ければ、そこには俺の影が。

普通ならば、両手を天に向けて背筋を伸ばした以上、

大の字を影が描いているはずなのだが、

しかし、今の俺の腕はおかしな方向に曲がっているのだ!



…………何の字だろう? これは。



「まぁ、いいか! とにかく今は道場だな!」



晴れ晴れしい気分になっている今の俺は、細かいことは気にしない。

愛子の机を両方の『肘』で持ち抱え、俺は体勢を整える。


このカッコじゃ、怪しすぎて電車にも乗れないな。

歩いていくか。いいリハビリだよな。


俺は呼吸に鼻歌を混ぜつつ、道場を目指し一路邁進した。











            第21話      ゴットファーザーのテーマとともに











俺は道場から、家に向かって歩いていた。

その歩調は元気など欠片もなく、

擬音で表現するなら『トボ…トボトボ……』という感じだった。


道場に、メドーサさんはいなかった。



『久しぶりだな、ユッキー! で、俺の女神様はどこだ?』



そう、ノリノリでユッキーに聞いた。

もちろん女神様と称したのは、

メドーサさんが古代少女神だったと、コーラルに教えられたからだ。

あてつけっぽく聞こえるかな、と思ったんだけど、

俺にとっては今も女神様ですぞ、という気持ちを込めての言葉だった。


しかしその答えは『ん? いないぞ』の一言でした。


というかさ、何でそんなにリアクションが薄いんだよ。

普通さ、海水浴に行って、怪我をして、やっとこさ姿を現した親友を見たらさ、

『おいおい、何でお前そんなにハイテンションなんだよ』とか言って、苦笑するもんだろ?


そこから、話がどんどん進行していくんだろ?

まったく、そんなことで俺の相方はできないぞ?


まぁ、道場内でメドーサさんに飛び掛っては、

イーターに飲まれたり、石化させられたりしてたので、

いまさら俺の手足が石になったくらいでは、驚けないのかもしれないけどな。


よくよく考えると、すごいな、白竜会。

道場仲間の体が石になるのを見慣れてるって。

まぁ、体が石になるのに慣れてるのは、俺だけですけどね。


リアクションの薄い、ユッキー。

そしてメドーサさんの用事を手伝っているらしく、いない勘九朗さん。

そういう意味では、俺の道場訪問に一番騒いだのは、陰念だった。



『め、メイドの机が壊れてる!? ていうか、メイドが出ていないだと!?』



あいつ、メイド属性だったんだなぁ。

そう言えば、愛子と一緒に、道場で一夜を過ごしたこととか、あったっけ?

愛子は、どう思ってるんだろ? 普段を見る限り、かなり脈無しだと思うけど。

まぁ、どうだろうと、人んちのメイドに手を出させる気はないけどな。

なお、この陰念の叫びにより、道場中の人々が俺に詰め寄った。


おいおい。俺の怪我と石化はどうでもよくて、みんなアイコスキーですか。

いや、まぁ、俺だって野郎より美少女のほうがいいし、

愛子を心配してくれるのも、嬉しいんですが。


へへ、なんだか、悲しい上に悔しいぜ。

でも、よかったな、愛子。お前は名前の通り、みんなに愛されているぜ。

やっぱ、食堂を手伝ったりしてたのが、かなりのプラスポイント。

そしてそのときメイド服を着てたのが、さらにプラスらしいね。

ふ、いいさ。俺は愛子のスクール水着だって見たしな。



とまぁ、そんなこんなで。

結局メドーサさんは捕まらず、俺は家へと帰宅することに。

俺と行き違いで、なにやら用事があったらしい。

しばらくは帰ってこないかも、とのことだった。

うー……。せめて、少しでもいいし、顔を見たかったなぁ。



とぼとぼとぼ。




ご近所の眼を気にしつつ……

そして、自分自身の目を気にしつつ、俺はアパートへとたどり着く。



「あ、どうしよ……鍵が」



そう、鍵は愛子が閉めて、机本体の中にしまっていたのだ。

アパートのドアの前の通路は、狭い。

そこで愛子の机を下ろし、その机の中から、

壊れた腕で鍵を探り当てるのは、なかなかに難しい。

うーん、こんなことなら、六道さんの家で、最初に鍵を出しておけばよかった。

久しぶりの我が家なので、鍵のことなんてすっかり忘れてたよ。








がちゃ。






「…………へ?」






ドアの前でごちゃごちゃ考えていると、突然俺の部屋のドアが動いた。

え? いや、あの……どーゆーこと?

ちゃんと鍵を閉めて、あの日俺たちは海に出かけた。

それなのに、何故いきなり俺の部屋のドアが、かってに開きますか?

え? 俺のいぬ間に、突貫工事で全自動化? いやいや、なわけねーって。


混乱する俺にかまうことなく、ドアは開いていく。

そしてそのドアを開けていた者は……。





「家の前が騒がしいと思ったら……。

 よう、タダオ。お前、どこ行ってたんだ?」





強盗でも、大家さんでも、お巡りさんでもなく……

片手を挙げて挨拶してくるそいつは、俺のオヤジだった。

ただ、その格好はかなり異様だ。

俺の知る親父の格好といえば、主なもので、次のようなものがある。


その1、スーツ。これはサラリーマンをしている以上、当然見慣れた服装だな。

その2、シャツにトランクス。ラフな格好というか、まぁ、だらしない格好。

その3、ユニフォーム。大阪にいた頃、近所の野球大会に出てたオヤジの格好だ。


今の親父の格好は、その3つのうちのどれに近いだろう?

あえて言うならば…………おそらく3番か。






……何しろ、この馬鹿オヤジは、メイド服を着ていやがった。






「な、な、何やってんだ、お前!?」


言いつつ、俺の脳内では『目の前の存在を石化させるか?』と言う議題が、提示されていた。

圧倒的多数と言うか、満場一致の賛成を持って、その議題には『OK』サインが出た。


だが、魔眼は俺の制御下にない上、オヤジのメイド服などという、

『反萌要素』を突きつけられた俺の霊力は、うなぎ登りならぬ、風の吹かない鯉のぼり。

しおしおに枯れて行ったので、魔眼は暴走すらしてくれなかった。



ちっ!



「親に向かって、お前はないだろ?」


メイド服で、ご丁寧なことに、フリフリなカチューシャまでつけて、俺に言葉を返すオヤジ。

俺の霊力は、さらにどんどん低下していく。

……魔眼が暴走して発動することは、もう当分ないだろう。



「そ、そーじゃなくて! 何でメイド服なんだよ!」


「はっはっは。

 お前がなかなか帰ってこないもんだから、部屋の中を物色しててな?

 それで愛子君の予備を見つけたもんだから、ちょっと着てみようかと……」


「馬鹿か、お前! 馬っ鹿じゃないのか!? もしくはアホか!」


「メイド服といえば、男の夢だろう、タダオ!?

 チャンスがあれば、それをものにできなくてどうする!?」


「だからって、着てんじゃねーよ! 

 ああもう、微妙に破れてんじゃないか!」


視線を肩などの部分に当てると、そこは見るも無残な……。

まぁ、破れてなくても、親父が着たとなると、愛子はもう着ないだろうけど。

仮に……もし『まだ着る』などと言ったら、俺が全力で止める。


「む? 確かに破れているな。まぁ、サイズが合わなかったしなぁ」

「当然だ! 愛子のだぞ!」

「ああ。だから彼女の残り香がだな……」

「うわぁ、今のことオフクロに言ったら、絶対離婚だぞ!?」


「タダオ、そのことを母さんに言ってみろ。

 そのときお前の命は…………って、あれ?」


オヤジは俺の手を取り、そこまで台詞を伸べてから、

はじめて俺の体の異変に気がついたらしい。

石となっている俺の手を見つめ、ポツリと呟いた。




「肌荒れか?」

「なんでやねん!」




俺は石の腕で、オヤジに即座に突っ込んだ。






          ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






あまりに玄関先で騒いでも、ご近所からいらぬ注目を集めてしまうだけだ。

特に、俺の部屋の隣は、浪人生が住んでいたはずなのだから。


…………でも、文句を言ってこないところを見ると、

もしかしてオヤジのメイド姿を玄関からちょこっと見て、そのおぞましさに震えているのか?

まぁ、どうにしろ……俺はオヤジを部屋に放り込んだ。

オヤジはその手はどうしただの、

愛子はどこだだの、色々疑問をあらわにしたが、取り敢えずは無視した。


石の手で殴ったのに、何で無傷やねん、このオヤジは。

相変わらず、無駄なところでハイスペックだな。



「とにかく、話を聞かせてもらおうか、タダオ」

「……着替えろ。着替えてください。お願いですから」



メイド服で威厳たっぷりに話しかけないでくれ、親父。

……なんだかもう、疲れた。

もしかして、俺が萌えて暴走しているとき、

それを止めようとする愛子の心境は、こんな感じなのだろうか?


いや、実の父親がメイド服を着るという、そんな状況よりはマシだと思う。


その後、オヤジは普段のスーツに着替えなおし、コーヒーなどを淹れていた。

インスタントコーヒーの粉をカップに投入、そこにお湯を注いでいく。

オヤジが違いの分かる男かどうかは知らないが、まぁ、満足そうに飲んでいる。



「じゃあ、落ち着いたところで。改めて、色々と話をしようか、タダオ」



………………おい、こら。

俺にもくれろよ、自分だけ飲んでないで。


「……で? まずこれは聞いときたいんだが、何で日本にいるんだよ?」


コーヒーを催促しようと思いつつも、

それでは話が進まないと思った俺は、仕方なくそう尋ねた。

それに、淹れてもらったところで、この腕じゃかなり飲みづらいのも、事実だし。


「まぁ、以前から日本に実績報告する機会はあったんだがな?

 これまでは面倒で、わざわざ本社には出向かんかったんだよ。

 でも、今回は報告をダシに、お前の妖怪ハーレムの進捗状況を見に帰国したんだ」


息子が心配だからではなく、

ハーレムの建設具合が心配で帰国って……どういう親やねん。


なお、部屋には、スペアキーを利用して侵入したらしい。

いつの間にそんなものを作っていたのだろうか。

この部屋を借りてもらったとき、正・副の両方の鍵を、俺が大家からもらったのに……。


「来た理由は、まぁ、分かった。それで? 何でメイド服を着ていたんだ?」

「言っただろう? 物色していたところ、そこにメイド服があったからだ」

「紛れもない変態だぞ、それ?」


「何を言う、タダオ。

 お前は何も分かっちゃいない。

 いいか? お前の目の前に、美女が着用していた下着が落ちていたとしよう。

 お前はどうする? スルーするのか? しないだろう?

 好奇心から、手に取ることだってあるだろう?

 服を自分で着用してみると言うのは、男のロマンだ。

 それに、少し変態っぽいほうが、女の子のハートをゲッチューできるのだ。

 完璧超人的な人間では、親しみがもてん。

 憧れの対象にはなれど、一時の熱烈な恋には、発展しづらいのだ。

 そんなのこともわからないのか、お前は!」


「…………え? もしかして、俺今、説教されてる?」


「当然だ!」


「何で俺が怒られる側なんだ……?」



オヤジの言葉には、納得させられるところもあったが、それ以上に反発したい部分があった。

確かに、目の前にメドーサさんのショーツが落ちていたなら、俺は拾い上げますよ。

だが、それをはこうなんて、思わない。思うはずがない。

というか、この馬鹿オヤジは、

ドアを開けたのが俺ではなく愛子だったら、どうするつもりだったのだろうか。

それを聞いてみると『ふっ、そのときはそのときだ』などと、ニヒルな笑みが返ってきた。


……なんだろうか、この自信は。


くそ、俺がもし女装して女の子に迫ったら、絶対に変態として突き出されてしまう。

しかし、オヤジにはそんな状況でも、相手の心を掴む術が、あるというのか……。

これが、俺の越えるべき壁……。

く、なんて高いんだ!



「なぁ、ところで、もう一つ聞いていいか、オヤジ」


アホな感心は、取り敢えず心の片隅のゴミ箱に放り込み、俺はさらに質問した。


「なんだ?」

「愛子のメイド服じゃなくて、

 バニースーツを見つけたとしたら、そのときはそれを着たのか?」

「………………バニーはなぁ。さすがに駄目だろう。はみ出るし」


何がはみ出るのか、言及する必要もないので、

俺は『そうか』の一言で、その会話を終わらせた。

さすがのオヤジも、バニーを着て女の子に迫る術は持たないか。

と言うか、そんな術を持ってたら、それはもう、人外だよな。


「タダオ、次はこっちが聞かせてもらうが……愛子君はどこだ?」

「息子の手より先に、そっちか」

「当然だろう」


真顔で言いやがった、この野郎。

道場のやつらと言い、親父と言い……ちょっとは俺の心配もしろよ。

唐巣神父の100分の1……いや、1000分の1でもいいから。


「……愛子は、これだ」


オヤジに愚痴ったところで、意味がないので、

色々と言いたいことを飲み込みつつ、

俺は自分の腕の中にある机を、親父に見せた。


「そう言えば、机が本体だと……む? 机の脚が折れてるぞ?」

「ああ。俺の手とかもそうなんだけど、怪我をしてしもーて」

「何があったんだ? 昔のお前ならともかく、今のお前はまだマシになっとったじゃないか?」

「強い奴に鉢合わせして、成す術なくやられた」


「詳しく話してみろ。ことによっては、俺は親として、お前を殴るぞ。

 自分のもとにおる女くらい、守れないでどうするのだ、タダオ!

 そう! 俺は、お前を女に怪我をさせるような、そんな息子に育てた覚えだけはない! 

 …………ま、他はかなりいい加減だったが」


先ほどまでメイド服を着ていた男と、

今、俺の前で真顔で語る男は、本当に同一人物なのだろうか?

もしかするとこのギャップが、人によってはクラっと来るのかもしれない。

ていうか、今気づいたけど、最後の一言は余計だろ。

なんだよ? 『他は』って、どの部分がいい加減だったんだ?


俺はそんな疑問をもてあそびつつ、取り合えずオヤジに日記帳を手渡した。

壊れた手で書いた、いびつな文字の踊る日記帳。

それを読めば、ここ数日のことは大体把握できるだろうから。


「……小学生の字……いや、それ以下だな」

「ほっとけ」


一言余計な台詞を吐きつつ、オヤジは日記帳に目を落としていった。





          ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「…………随分な冒険をしてきたみたいだな」

オヤジは、読みづらい俺の日記を何とか読み終えたらしく、日記帳を閉じつつ、そう呟いた。

俺はそんなオヤジに、ここ数日の感想を聞かせる。


「ああ、もう、マジで死ぬかと思ったぜ。

 前に愛子のお仕置きを食らったときさ、オヤジは『中レベル』とか言ってたけど、

 今回は『超々高レベル』つーか、そんな感じ。もう、比べ物にならないね」


「………で、六道さんちで世話になって、帰ってきたと?」

「ああ。医療費とかお礼も、別にいいって。金持ちって、太っ腹だよなぁ」

「…………父さん、話を聞いていると、なんだか頭が痛くなってきちゃったよ」


メガネを押し上げつつ、スーツのポケットからハンカチを取り出すオヤジ。

そしてどことなく芝居かかった仕草で、嘆息し、涙が出てもいないのに目じりを拭いた。


「いいか、タダオ。少し例え話をしようか。

 Aさんが車を運転していました。Bさんが助手席に乗っていました。

 Aさんが事故を起こして、その結果、Bさんが怪我をしました。

 …………この場合、Aさんが六道さん、Bさんがお前だ。

 お前の怪我を六道さんが補償するのは、まぁ、それこそ場合にもよるが、

 基本的には当然の義務だと言えるんじゃないか? どうだ? 言えないか?

 というか、話を聞いていると、思いっきりいい様にあしらわれている様な気がするぞ?

 お前はそれでも、企業戦士・横島大樹の息子か? もう少し考えろよ、色んなことを」


「? えっと……どういうことだ?」

「つまり、横島忠夫は、六道さんに言いように使われたってことだ」


俺は親父の言葉に、素直には頷けなかった。

六道のおばさんは悪い人には見えなかったし、

メイドさんたちも、一生懸命、俺の世話をしてくれた。

それにケチをつけるって言うのは、ちょっと…………。



そんな風に納得の行かない俺に、

オヤジは切々と、六道さんちの対応に関する疑惑を言い募っていく。


まず、その1。普通、ヘリが落ちたりすれば、かなりの大騒ぎになる。

うん、確かに。落ちると、よくニュースで言うよな。

会社員の〜〜さんは、妻とともに自家用の〜〜へと向かった後〜〜……どうのこうのって。

しかし、親父が言うには、

親父が日本に帰ってきて以来、そんなニュースは聞いていないということ。

これは、事故そのものを、無かったことにするつもりなのではないか、という疑惑につながる。


つまりこれは、ドラマでよくあるような、

金持ちがその資金力で、不祥事をもみ消したのと同様ではないか、と言うことらしい。


その2。名古屋の病院から、俺を本家へと搬送したこと。

これは外部機関に、

俺の存在を長時間さらさないようにするための措置なのではないか、ということ。

なぜなら、俺の怪我の原因やら何やらが調べられて、六道家につながるとまずいから……。


その3。その後の治療を、六道家の中で行ったこと。

これもその2と同じ。外の病院に俺を見せないことで、事故を隠そうとしている。



その4、その5、その6…………



オヤジは、よく日記と俺だけの話で、

それだけ推測できるよなぁというくらい、色々な考えを提示した。

まぁ、オヤジの会社内で色々あって、

辺境の国に飛ばされてるし、そういうのには、敏感なのかも。

……それにしても、そうか。

そう言えば、事故の話しは外であんまりしないでね、とか

おばさんも何気ない会話で、何回か言ってた。

あれって、事故を隠したかったからなんだな。


いや、マジ全然気づかんかった。


というか、俺今までずっと六道さんって、すごいいい人だと思ってた。

だって、すっげぇ手厚い看護してくれて、

愛子の治療法とかも、親身になって相談に乗ってくれてた。



あ、唐巣神父が、

『私では六道さんを止められない』とか言ったりして謝罪してたのは、

もしかして、六道さんのこの『事故有耶無耶化』を止められないからなのか?


美神さんでも逆らえない六道のおばさん。

ただの気のいいおばさんだと思ってたけど……すごい人なのか。



『え、えっと、でも、もし横島クンが怪我とかしたら、誰が補償してくれるんですか?』



そう言えば、怪我の補償とか言う親父の話に関係するんだけど、

愛子もちゃんと『もしものこと』を考えて、ヘリで美神さんと喋ってたんだよな。

そのとき俺が何をしてたかと言えば……大して真面目に聞いてませんでした。




結果が……このザマか。

俺って…………。



「……能天気に笑って『太っ腹だなぁ』なんて、

 言っとる場合じゃないって言うのは、分かったか?」


「……ああ、うん」


「まぁ、父さんが高校生のときに、お前と同じような状況になったとしたら……。

 お前と同じく、メイドさんの色香に迷って、

 事故が有耶無耶にされたことに、気がつかなかったかも知れんがな」


微妙なフォローを、親父は俺に投げかけてくる。

でも、親父の言うように、ちょっと考えれば、

六道さんがどうしてこういう対応を取ったのかとかも、なんとなく理解できる。

あれだな。冥子ちゃんがGS免許剥奪とか、

そういうことでごたごたしてる中、これ以上の不祥事は避けたいってことなんだろうな。


なら、わざわざヘリで海まで行かなきゃいいのに。

あ……車に乗って、道路の真ん中とかで暴走したら、交通渋滞になって言い訳ができない?

いやいや、でも、ヘリが市街で落ちたら、とんでもないことになってた気も………。


一番いいのは、式神が暴走しないようになるまで、

六道の家で修行することなんだろう。

広いし、修行のスペースはあるだろうし。



「タダオ。お前、もうちょっと真面目に勉強しろ。新聞も読め。

 今回のお前の行動は、何も知らん小学生と、そう変らんぞ?」


「そう言われると、反論できない……」


俺は親父の言葉に、反論することは出来なかったし、する気も起きなかった。

確かに、馬鹿なままじゃ、いざ危険になったときに、

どうしようもならないって言うのは、今回の海水浴で分かったつもりだ。

どうやらそこに、刑事ドラマみたいな、

人間関係の裏を探るみたいな、そういう能力の必要になるみたいだな……。


「最近の日本じゃ、

 法律相談を主にしたTV番組もあるだろう? そういうものも見ておくとかな」


「よく知ってんな」


「向こうにいても、パソコンで日本の情報は常に取っているからな」

「俺もパソコン、買おうかな……」


「そうだな。パソコンは、色々と便利だからな。

 ま、そんなことは、後にすべきだろう、タダオ。それで?

 お前はこれから、どうするんだ?」


「どうするって、どうすりゃいいんだ? 損害賠償とか、訴えたりするのか?」


「それは無理だ。多分、すでに事故は『無かったこと』になっているんだしな。

 六道という家がどれだけの規模の家か、父さんは知らん。

 ……が、話に聞く限りでは、かなりものんだろう。

 正面から向かっても、意味がない」


「えーっと、じゃあ、泣き寝入り?」


「違う。一つ『貸し』を作ったと思えばいいんだよ。こういうときは。

 タダオ、うまく世の中を渡るには、貸し借りが大事だぞ? 肝に銘じておけ。

 そして大事だからこそ、そして貸し借りで失敗すると、破綻だ。

 保証人の判子だけは、どんな美女に迫られても、押すんじゃないぞ」


「分かった」


「……まぁ、相手の規模を考えれば、

 その『貸し』を使えるような場面は、ないと思うがな」


「ないって、そんな身も蓋もない……」

「タダオ、よく聞け。今からお前に、社会の常識を教えてやろう」

「お、おう」


その後、俺はオヤジから『世にはばかる講座』を受けることとなった。

憎まれて辺境の地に飛ばされているオヤジ。

しかし、本社のほうに戻り、自分を飛ばした本人を追いやる計画も、もう進行中だという。

本社の親父の上司についている人間は、すでに親父側の陣営らしくて、

『横島支社長の本社復帰を、お待ちしております』なんて、言ったりもしているらしい。

そのためか、その講座は非常にためにはなった。なったんだけど……。

ううう、愛子、俺、汚れちゃったよぅ。

なんだか、世界を純真な目で見れなくなったって言うか。

素直さって、会社だとかじゃ美徳じゃないこともあるらしいね。

俺はまだ学校社会しか知らないので、よく分かりません。 

いや、分かりません……でした。

今、ちょっと分かるようになりました。

嫌な大人の階段だなぁ、これは。






            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「で? 愛子君の体のほうは、どうするんだ? 後、お前の眼は?

 お前のお師匠様がおらず、相談できる相手がいないとなると、もう打つ手無しか?」


オヤジは夕飯のカップラーメンをすすりつつ、俺に聞く。


なお、俺のお師匠様を、親父は超高齢のジーさんだと思っている。

前回来た時には何とか話さずにすんだのだが、

今回は話しの流れ上、どうしても話さなければならなかった。


そこで、古代に神様をやっていた人、と伝えた。

神様という言葉のイメージで、親父はメドーサさんを、

頭が長くて、ひげが生えてて、杖を持っているような人だと考えているようだ。

まぁ、嘘じゃないよな。本当のことを言ってないだけで。

古代に神様。

そんなの、普通は納得しないんだろうけど、

自分ちの息子が霊能に目覚めた以上、信じるしかないらしい。


メドーサさんのことは、絶対に親父には知られたくない。

メドーサさんが親父になびくとは思わないが……

女装すらナンパの術の一つとして使用できるらしい親父は、やはり脅威だ。俺にはできないし。


「うーん……打つ手は……」


俺は胸中でメドーサさんを思い浮かべつつ、親父に返事をする。

ちなみに、俺が飲み込んでいくのは醤油ラーメンで、親父のは味噌だ。

何故この組み合わせかというと、

単に買い置きがこれしかなく、俺が最初に手に取ったのが、醤油だったからだ。

愛子が来てからは、こんなもんのお世話になることなんて、なかったんだよなぁ。侘しい。


「……俺の眼のほうは……まぁ……いざとなれば……閉じれば…いいだけだし」

「それはそうと、タダオ。かなり食べにくそうだな」

「…………でも…これが、一番早い。あつっ」


俺はテーブルの上に置いたラーメンの紙カップのふちをかみ、

カップを傾けることで、その中身を口に流し込んでいく。

う〜ん……分かり辛いな。

まぁ、テーブルの上に置かれた缶ジュースを、

口だけで飲もうとすればどうなるか、その辺を想像して頂きたい。

両手両足の使用は不可……となれば、テーブルの高さに合わせて腰を低くして、

まるでキスをするように唇を尖らせて、缶に接近するしかないっしょ? 

まぁ、そんな感じなのだ。

親父がすするのに対し、俺が飲み込むと表現したのは、このためだ。

両手が使えない……かといって、親父に食べさせてもらうのも嫌なのだ。

六道さんちのメイドさんならともかく、この年になって実の父親に『ふーふー』なんて、嫌過ぎる。


少々行儀が悪いが、仕方ない。


下手すると舌を火傷してしまうため、食べる速度が自然と遅くなり、

メンがビロンビロンになってるけど、それも仕方ないのだ。

…………まずい。愛子の料理、食いたいです。


「で? 眼はいいとして、愛子君は?」

「トイレの花子さんに相談しようかな、とか」


「花子さんか。懐かしいな。父さんの小さい頃も、よく噂になってたな。

 しかし、相談できるものなのか? 呼べばすぐ出てくるもんでもないだろうし」


「問題はそこなんだよな。どうやって会えばいいか分からん。

 つーか、会ったとしても、愛子のことのアドバイスが貰えるかどうか、それはまだ分からんし」


「何でも治す万能薬といえば、エリクサーという薬があるが……」


親父は、記憶の底から呼び覚ました霊薬の名前を口にする。

エリクサー。

飲めば永遠の命すら得られると言われる、錬金の『秘方』の薬。

そう。秘宝じゃなくて、秘密の調合方法薬だから、秘方。

RPGでも、全回復薬とかでお馴染みだよな。


確かにそれが手に入れば、愛子も一発で元気になるかも……

……と俺が思ったところで、親父は首をひねった。


「待てよ? もしそれが手に入ったとして……どうするんだ?

 愛子君の机の引き出し口に、入れればいいのか?

 それとも、机の表面に塗ればいいのか?」


「…………そう言えば、その辺も微妙だよな。

 薬を自分で飲めるわけじゃないし……。

 いや、つーか、怪我をしているわけなんだし、外科的な治療が必要?

 ここは一つ、ホームセンターで、木材を買って日曜大工を決行?」



その日の夜は、

日付が変更するまで、話し合いが続いた……。






             ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






そして翌日。

俺は朝から道場に電話し、ユッキーに連絡を取り付けた。


「ういっす。おはよう、ユッキー」

『どうした横島? ……あっ、まさか、魔眼が暴走したのか!?』


「いや、マジで魔眼が暴走したら、電話なんてする暇ないって。電話自体が石になるしな。

 今日電話したのはさ、メドーサさんが道場にいるかどうかって事、聞きたかったんだ」


『まだ帰っていないぞ。勘九朗の野郎もまだだし。

 しばらくは帰ってこないみたいだって、昨日も言っただろ?』


「そうか。やっぱ帰ってないか……」

『どうかしたのか? やっぱり魔眼が?』


「別にそうじゃない。大丈夫だ。

 ああ、そうそう。

 俺、今日も道場を休むから。ちょい行くところあるし」


『休むのは分かっているが……行くところ? そんな状態で、どこに行くんだ?』

「愛子を治す薬を探す旅に、かな。んじゃ、またな」



そう、俺は昨夜から今日未明にかけて、親父と長い間語り合った。

その結果出た結論が、霊薬を探しに行くというものだった。


俺の体は本調子じゃない。

しかし、だからと言って、

家に閉じこもって寝ていたのでは、六道さんちにいたときと、何も変らない。


今は行動あるのみだ。

一日も早く、愛子を普段のとおりにしてやらなければならない。

で、アテはあるのか? と聞かれれば、答えは一つ。

あります。ちゃんとありますぜ。

アテは、妙神山からの帰りに、薬が欲しいかと聞いてきた、あの天狗さんです。

天狗さんが持っている以上、その薬は単なる風薬ではないはずだろ?

それに、自分で薬を作っている人なら、

愛子に効く薬を持っていなくても、何らかのアドバイスをくれるかもしれない。


本当は『トイレの花子さんに、聞くのがいいのでは?』という結論に落ち着いたのだが、

どの学校の、どのトイレに花子さんがいるのか分からない以上、捜している暇はない。

捜しているうちに、夏休みが終わっちゃいますよ、北海道から沖縄まで行っていたら。


そんなわけで、天狗さんに向かってGOだ。


俺は昼、親父のことを駅まで見送った後、とある雑木林に向かって歩いていた。

親父と会えたのは、たまたまだった。

俺がもし、あと一日遅く六道家から出ていたなら、

親父は仕事の日程上、ナルニアに引き返しており、会えなかっただろう。


そういうことを考えると、例えメイド服を着るような馬鹿オヤジであっても、

空港まで送ってやりたかったが……親父も、愛子のことを優先しろと言ってくれた。


俺の背中には、家の中で一番でかいリュックが背負わされている。

中には、愛子の机はもとより、ピートからもらったお札など、色んな物が詰めこまれている。


後はあの雑木林から、異界へと突入し、天狗の元まで歩くだけだ。

行けるという確証はない。けれど、行って見せるさ。

あそこから人間界に帰ってきたんだ。だから、異界に行けないはずがない。


雨降りのバス停、傘が大好きな隣の誰かさん。

その誰かさんは、大きな楠木に住んでいる。

ある日、一人の少女は、行方知れずの妹を探してもらうため、その誰かさんの家に行く。

そのとき重要なのは、願うこと。

願えば、道は開ける。


…………まぁ、それはアニメの話だけどさ。


でも、近いものはあると思う。

念をこめれば、行けないはずがない。そう、信じれば、行ける!



「すごい格好だな、横島」



ふと、雑木林へと向かう俺に、声がかけられた。

背後を振り返ってみれば、そこにいたのは…………


「ユッキー。それに、陰念まで。何してるんだ?」


俺の視線の先には、ユッキーと陰念が立っていた。


「それはこっちの台詞だろ? そんな体で、どこに行くって言うんだ」


ユッキーは嘆息交じりに、そう言った。


「というか、横島。その荷物はどうやって下ろすつもりだ?」


また、陰念も眉を寄せつつ、そう聞いてくる。

……うん、確かに。

こんな手で、どうやって下ろしたり、中のものを取り出したりするのだろうか?

親父に背負わせてもらったので、一人で下ろす時のことを、考えてなかった。

ああ、言うまでもないけど、服の着替えも親父に手伝ってもらった。

何か、ちょい情けない気分になった。俺はまだ、介護される老人じゃないってのに。


「……二人とも、手伝いに来てくれたのか?」


俺は着替え時の親父とのやり取りを忘却し、気を取り直してから聞いた。


「ああ。その通りだ。だから、無理はすんな。

 お前は親友だし、それに愛子の姐さんにゃ、飯とかで世話になってるしな。手伝うぜ」


「俺は、お前のことは気に入らない。だがメイド復活には、俺も手伝おう」


「よく、俺の居場所が分かったな。電話では、そこまで言わなかったのに」


「どんだけ一緒にいると思ってんだ。お前の気配くらい、探れば分かるぜ。

 特に、お前の背中には、人間じゃない気配の存在もあるんだしな。なぁ、陰念?」


「その通りだ」

「そっか。ありがとう、ユッキー、陰念」


ユッキーは友情と義理から、

陰念は、メイド属性の本能が突き動かすままに、俺の旅に加わった。

ユッキー、昨日まで散々友達がいのない奴だとか思って、すまん!

陰念、お前はやっぱり、メイドスキーなんだな! 愛子はやらないけど!



そう言えば、このメンバーで、

こういう風に道場の外で一緒に行動するのって、初めてだよな。

そんなことを思いつつ、俺はユッキーたちの姿を見やる。


黒いコート。夏なのに、黒いコート。

暑くないのか、ユッキー? 

その下は、Yシャツに黒いズボンか?


それよりもどうかと思うのは、陰念さん。

お前さんよぅ、なんで黒のレザージャケット?

色々なことに失敗した、デスメタルの人みたいだぞ?


…………つーか、二人とも手ぶらかよ。

財布くらい、持ってるんだろうな?




「じゃ、じゃあ、行くか!」



俺は俺で両手の様子がおかしく、さらにでかい荷物も背負っている。

このままでは旅立つ前に通報されかねないので、

俺はさっさと二人を促し、その場を後にした。




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