旅日記 第二話




気がついてみれば、世界は終わっていた。

いや、まだ世界は連綿と時を繋いでいるのだろうけれども、私の知る世界は、滅んでいた。


一人の少女……いや、聖女ルクドゥー・メーコの手によって。


そう、そうなのだ。

彼女は、まさに人知を超えた、聖なる力を持っていた。

聖女としてこの島…リンシャン解放戦線部隊拠点島・ラダマナー島…に降臨した彼女は、

この島に攻めてきた海賊艦隊、そしてそれに応戦した戦線部隊を、たった一人で壊滅させた。


雷光が天を駆け抜け、戦艦が風の中に飲み込まれ…………。

彼女に従いし神獣は、その数なんと12柱。

島の表面は焼け爛れたような土地となり、すべてが終わった。

港は崩壊し、ドッグは潰れ、様々な物資を保管する小屋もなくなった。

どれだけ大きな竜巻が、島を直撃したとしても。

どれだけ大きな津波が、島に到来したとしても。

ここまでの被害は、出ないだろうとさえ思えてくる。


聖女の捌きは、台風と竜巻と地震と津波と落雷と火災が、一度にやってきたようなもの。


聖女の捌きが終わるのを、私たちはただ震えて待つしかなかった。

連装銃を携帯した海賊さえ、ただただ震えていた。

勝てるはずがない、圧倒的な力。

聖女の神聖なる力の前には、

銃も、剣も、あるいは何も持たぬ者も、関係ない。

聖女はただ、駆け抜けたのだ。


その走り出させるもっとも大きなきっかけが、私の怒鳴り声であったこと。

これを生涯、私は語ることがないだろう。

聖女を突き動かした一言が、私のものであるなど、

どうせ言ったところで、誰も信用などするはずがないだろうから。

私は、歴史の名の残ることのない、ただの聖女の世話係なのだから。

その証拠に、ラダマナーの残した予言には、私の存在は何一つ書かれていない。

仮に私が怒鳴らずとも、聖女はいずれ自分から動いたのだろう。


私たちは今、島の地下へと移っていた。

島の地下には様々な施設があるのだが、その多くはまだ使える状態だったからだ。

逆な物言いをすれば、一部は島の表層ごと、吹き飛ばされたと言うことでもある。


とにかく、今はみな、島の地下にいる。

リンシャンの使徒である者も、あるいは海賊である者も、関係なく。

我々は島の表面を失い、海賊はその戦力を失った。

だから、すでに戦意も闘志もない。

だから、今は身を寄せ合い、ともに傷を癒している。


武器はなく、そして今ここには、捌きを下す聖女がいるのだから。


「聖女様、そろそろお休みになられたほうが、よろしいですぞ」


私は何もかもがなくなった島の表層から、一枚の布を拾ってきた。

その布は当然ながら、少々汚れていた。

しかし、寒さを凌ぐには、ちょうどいいだろう。

ここは突然の大雨……スコールの降り注ぐこともある土地なのだから。

地下とは言え、表層が荒れた以上、雨が降れば水も漏れるだろうから。

私が話しかけると、聖女様はこちらを振り向いた。


「でも〜、まだいっぱい〜、怪我した人がいるから〜〜」


そういう聖女さまは、つれている神獣によって、怪我人の治癒をなされていた。

薬を塗るわけでも、包帯を巻くわけでもない。

だが、怪我は見る見るうちに治癒していく。

破壊、そして再生。

私には聖女様の思考は、読み取れない。

だがしかし、その行動はまさに聖女だ。

最初は、私の妹よりも幼い精神しかないように思えた。

言ってしまえば、子供なのだ。

長い話をすれば、途中で寝てしまうほどに。


だが、今思えば、それも聖女の側面なのかもしれない。

聞けば、聖女さまはすでに20を超えていると言う。

私より、年上なのだ。

しかし、私よりも幼い心を持っている。


純粋さ。

私も信仰のもと、純粋な魂を持とうと思っている。

しかし、純粋であると言うことは、

そうあろうとして持つようになるものではない。

子供じみた純粋さと言うものは、無自覚にそこにあるものなのだから。


「う、うう……」

「いたい〜〜? もう〜大丈夫よ〜〜〜」


治癒されているのは、海賊だった。

海賊は聖女様と神獣の姿に怯えているが…………

おそらく、先に治癒された仲間に『さっさと診てもらえ』と促されたのだろう。

恐々ながら、治癒されている。


私は、知っている。

この後、この海賊の瞳は、

治る怪我によって驚きとともに見開かれ、そして潤むのだと。

人知を超えた力での治癒。

そこに、人々は聖女様の神聖さを感じる。


「あ、ありがとうございます!」


大きく傷ついていた腕が治ったのを見た海賊は、叫ぶように礼を言う。


「いいのよ〜〜。私が暴れて、みんなのお船を沈めちゃったんだから〜〜〜。

 あと〜〜、他の人とかからも聞いて思ったんだけど〜〜、

 もう海賊なんて〜〜辞めたほうがいいと思うの〜〜〜」


聖女様と海賊。

あるいは聖女様と私。

その間に、言葉による意思疎通はない。

言葉も発してはいるが、しかし使っている言語はばらばらだ。


だが、それすらも神獣が精神を触れ合わすことで、

乗り越えさせてくれていると、聖女さまは言う。


精神を通しての直接的な意思疎通によって、海賊はまたしても驚かされ、そして泣いた。

聖女様が、捌きを下した。

そこに、どのような意思があったのか、私には分からない。

それこそ、怒鳴って泣かした私にしてみれば、

聖女様の行動は子供のかんしゃくのように思えた。

だが、海賊にしてみれば、

攻め込んだ土地で、神によって捌きを下され、

その後に傷を癒され、そして海賊を辞めろと諭される。


これでも改心しない人間は、

すでに悪魔に魂を売り飛ばしているのだろう……と思う。


(あれはかんしゃくのように思えても、すべて何かの意思なのだろう。

 聖女様は、神の使いであり、ゆえに神獣をつれておるのだし)


私がそんなことを考えていると…………大きな警告音が鳴った。

そしてすぐさま、私と聖女様の下に、事を知らせる者が走ってくる。


一体、何だというのだ。


昨日に引き続き、今日もまた、夜に眠ることができないのか?


「せ、聖女様! 大変です!」

「ど〜〜したのかしら〜〜?」

「て、敵が攻めてきました!」

「…………敵だと? どういうことぞ?」


私はその伝令の言葉に、眉をしかめる。

すでに我々と敵対していた海賊は、もうないのだ。

艦隊の9割が沈み、残った船も島の近くに停留し、無人のままなのだ。

何しろ、乗組員全員が、

この島の地下……つまりここで、聖女様の治癒を受けていたりするのだから。


まさか、海賊は本拠地に、まだまだ多くの人員と船を残しておいたとでも、言うのか?

もしくは、まだまだ野心の潰えぬ者たちが、

船に乗りなおして、攻撃を仕掛けてきたと言うのか?


あるいは、政府か? 

我々の共倒れを知り、

この島をどさくさに紛れて、接収する気か?


しかし、私の予想は、どれも外れた。


「人とは思えない巨人です! 大人が4人くらい、縦に並んだかのような……。

 現在、巨人は残っていた海賊船を攻撃していますが、その攻撃が桁違いの力です!」


「巨人〜〜〜〜? う〜〜ん〜〜〜」

「どうなされましたか、聖女様」

「確かに〜〜〜上に何か〜、大きな気配を感じるの〜〜〜」

「聖女様が感じる? ならば、邪神の類か……?」


しかし、私たちには疑問に対して、考え込む時間は与えられないようだった。


まるで地震でも起こったかのように、大きく空間が揺れたかと思うと、

続いて、警告音の中だと言うのに、これまた大きな爆音が響き渡る。


私は聖女様にしがみつき、その揺れに耐えた。

なお、神獣が守っているのか、

聖女様は大して揺れに困っている様子もなかった。


揺れはそれだけで終わらず、断続的に続いていた。

おそらく、海賊船を沈め終え、島に邪神が上陸したのだろう。


「島を捨てます! 聖女様も、早くお逃げください」


揺れの続く中、私たちのところまで、新しい伝令役が走ってくる。


「長老と隊長が、そう判断を下しました!

 巨人は強大な力を持ち、しかも3体も島を駆け回っております!」


「……なっ!?」


私は、愕然とした。

予言では、聖女様の降臨で、すべてがうまく行くはずだったのだ。

そして、痛みを伴うものの、敵対していた海賊は潰れ、

そしてその人々自体も、悔い改めようとしていた。

死者は出なかった。あれだけの破壊だったのにだ。


……すべては、うまく行ったのではなかったのか?


まさか、本当の破壊とは、この邪神の襲来なのだろうか?

しかし、だとすれば、

それに聖女様を立ち向かわせようともせず、

島を捨てる決断を下した長老は、何なんだ?


ここに来てこの島を、捨てる!?

父の前の代より積み上げ、育て上げた島を?

私が生まれ育った、この島を?


戦線部隊長も、長老も、何を考えているのだ?

聖女様の力でも、太刀打ちできないほどの邪神だと言うのか?

それとも、この聖女様は、やはり聖女ではなかったと、そう考えたのか……?


「……聖女様、こちらですぞ」


私が何を考えたところで、

島を放棄する決定が下されたならば、それに従わなければならない。

私は泣きたくなるのを堪えつつ、聖女様に手を差し出す。

私の生まれた島は、今日、死ぬのだ。

その運命を変える力は、私には無い。


「私〜〜、行かないわ〜〜〜」

「……聖女様?」


聖女様は、私の手をとろうとしなかった。


「えっと〜、この島は〜〜、

 みんなにとって大切な場所なんでしょ〜〜〜?

 だったら〜〜、捨てちゃ駄目よ〜〜」


「しかし…………」


「私が〜〜、戦ってくるわ〜〜。

 私は〜〜、貴方たちに〜〜海で助けてもらったのに〜〜〜

 何も恩返しができてないから〜〜〜」


「聖女様……」


「あと〜〜、私のことは〜〜冥子ちゃんって〜

 呼んでほし〜〜な〜〜。お友達なんだから〜〜〜」


「で、ですが、それは……」


「だめ〜〜? 私〜、泣き虫だけど〜〜

 お友達とみんなのためなら〜〜、少しは頑張れると思うの〜〜〜。

 えっと〜〜。

 私ね〜、お友達に厄介ごとって〜〜言われて〜〜。

 それで泣いて〜〜、乗り物壊して〜〜落ちて〜〜〜。

 そして気づいたら〜〜〜ここに来てたの〜〜〜。

 うまく言えないけど〜〜〜

 私はもう〜〜厄介ごとじゃないように〜〜えっと〜〜〜」


聖女様の言葉は、どうにも要領を得なかった。

だが、私は今彼女が一番欲している言葉が、分かった。

だから私は、聖女様の…………いや、友達の名前を呼んだ。


「島を、助けて……メーコちゃん……」

「うん〜。分かったわ〜〜〜。任せて〜〜〜」


メーコちゃんは、微笑んだ。


短い間だが、世話係りとして

私の見てきたメーコちゃんの笑顔の中でも、今の笑顔が、一番だった。







………………六道冥子、大地に立つ。



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