旅日記 第三話





巨人が、すべてを蹂躙する。そう、すべてを。

…………と言うのは、いい響きの台詞回しだとは、思わないか?



思えば、ここまで来るのに、苦難の連続だった。

私が大学生だった時代。それはバブルの始まる少し前の時代だった。

つまり、GSと言う職業が日の目を見、世間にその存在を知らしめる前だった。

よって、オカルトに対する世間の認知度は低く、

卒業論文に『霊的機関によるエネルギー生成』などと言う題をぶちあげた私は、

教授から『君は私を舐めているのかね?』と言う言葉を、頂いたりもした。


その後、大学の研究室には進まず、南部グループに入社。

薬事部門から、その裏にある軍事部門へと栄転。

それもこれも、メドーサと言う魔族からの技術提供のおかげだ。

おんぶにだっこ。そんな言葉が、思い浮かんでしまい、少々気に入らない。


だが、それもここまでだ。


「今日のこのゴーレム実戦テストで、私は華々しい記録を打ち立てるのだ。

 そしてその記録をもとに、研究所生産から工場生産へと移行し、

 私たちの開発したゴーレムが、世界を変えるのだ!」


少しばかり調子に乗って、私は両手を広げて、そう宣言してみた。

すると、背後にいる他の研究者が、白い眼で私を見やってくる。


「…………ん、んんっ! えーっと、データ取りの方は?」

「はい、順調です」


私はごまかしのため、一つ咳払いをしてから、

彼らの記録している情報を見やった。


様々な端末には、ゴーレムからの映像や、その他の状況が克明に記録されている。


ゴーレム。土の人形。

その試作3号機たちが、私の目の前にある島に上陸している。

島の周辺部にいた海賊どもの船を、すべて撃沈して、だ。

ゴーレムは、いまだにダメージはない。少々、物足りないくらいだ。

ふっふっふ! 待ってろよ、須狩!

このゴーレム量産の暁には、メドーサなど物の数ではないさ!

むしろメドーサを捕らえて、研究してやる……ってなくらいだ!


私が想像にひたっているうちにも、ゴーレムはどんどんと侵攻していく。

ふむ、もう島は制圧したようなものだな。

物足りないテストだが、まぁ、いいだろう。

それだけ、私のゴーレムが圧倒的な性能を誇っていたと言うことなのだから。


後はこちらまで撤退させて、回収。

ゴーレムをヴイトールに積み込んで、日本に直帰だな。

スケジュールを15分以上、早められそうだ。

それにしても、こんなにゴーレムが強いとはな。

予想の範疇ではあるが、

実際に自分の眼で破壊の情景を見ると、開発者としても、ぞくりと来る。



「…………んん?」



ふと、私の視界の端で、何かが光った気がした。



「な、何なんだ……?」



そして……一瞬遅れで、爆音。

そう。遠くで眺める私の耳にすら、響く重低音。

擬音で表すなら、ドッカーン、とでも言うのだろうか。

もちろん、実際に聞いた音は、それほど安っぽいものではなかったが。



「な、なにぃぃいい!?」



その爆発に、すべての状況は覆される。

手元にある端末に表示されているゴーレムの擬似バイタルにも、異常が発生する。

一体のゴーレムなど、今の閃光と爆音で、左腕が吹っ飛んでしまっている!?


まさか……バカな! 

私は我が目を疑い、こすり、そして絶句する。

データに異常はなく、確かにゴーレムは、凄まじいダメージを受けていた。


対空砲の直撃でも、そこまでのダメージは受けないはず!?

海賊どもは、何かの秘密兵器でも仕込んでいたのか!?



戸惑う私。そして、他の研究者。



それをあざ笑うかのように、本当の破壊が、巻き起こった。

何度も続く、和太鼓の演奏のごとき爆発。

一種、軽やかであり、ただ眺めているだけなら、爽快感すらあるだろう、連続の爆発。


ゴーレムはなずずべなく蹂躙され、燃やし尽くされていく。




……あ、あれが迸る『パワー』なのか。

一体、あれは何だ? どういう攻撃なのだ? 何が起こっている?

ゴーレムの装甲が、全く…………紙同然じゃないか。


こんな状況は、どんな予想プランにも、ない。


私は端末のゴーレムの破壊状況を横目に、その場に膝をついた。


「!? 敵の映像、出ます!」


愕然とする私に、研究員の一人が、声が投げ遣ってきた。

私はその声によって、何とか立ち上がり、端末に目を向ける。


「くっ! 一体何なんだ!」

「そ、それが…………く、黒髪の、女性です! いや、これは、少女……?」

「な、なんだと!?」



私は意味のない叫びとともに、それこそ端末にかじりついた。

眺めている状態と、かじりついている状態。

別にどちらでも、表示されるデータヤ映像は、変らない。

だが、かじりつかずには、いられなかった。



確かに研究員の言葉どおりに、

端末には一人の少女の映像が、不鮮明ながらに、表示されていた。



………………魔女?

いや、この娘は、悪魔の化身か……?



魔族?



私の……私のゴーレムは……。

その数秒後には、完全に沈黙し、土へと帰っていた……。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





思い返してみれば〜、

私は期待されることに〜、苦痛を感じる人間だったのかも知れないと思うの〜。

お父様は〜、少々放任主義的なところがあったから〜、私にあまり口うるさくは無かったわ〜。

でも〜、お母様はお父様とは違って〜、

私を立派な娘に育て上げようと、いつも声を張り上げていたわ〜。


だからなのだと思うの〜。

私は、お母様の期待が苦痛だったわ〜。


他人からの期待と言うものは〜、良くも悪くも、人に影響を与えるものなのね〜。

あまりにも期待をかけられた場合、

それは心的な重圧になって〜、期待をかけられる者の精神を、萎えさせると思うの〜。


そう、まるであの頃の私のように〜。


もっとも、あまりに人から期待されないのも、寂しいものよね〜。

誰にも期待されず、信用もされない。

重要な場面で、まったく役目を与えられることが無い。

そういうことが続けば、人は自信をなくし、無力感に悩まされることになるでしょう〜?


私は〜、期待されるのも嫌で、期待されないのも嫌だったの〜。

重要な仕事を任されるのは嫌だけれど〜、

でも〜、何も仕事を与えられないのも嫌だった。


他人から期待。

私がそれに初めて応えようと思ったのは〜、ある島の人々に対する、恩からだったわ〜。


…………いえ、違うわね〜。

本当は、怖かったの〜。


少し〜、話は前後することになるのだけれど〜……

私はある日〜、親友である美神令子ちゃん、

そして令子ちゃんの誘った横島忠夫君と〜、そのメイドさんの愛子ちゃん。

このメンバーで〜、海へと行ったの〜。

ただの海水浴じゃなく、仕事が絡んでいたのだけれど〜……その辺りは省略するわね〜。


海に向かうとき〜、ヘリに乗っていたのだけれど、

私はそのヘリの中で、暴走したの〜。


原因は、令子ちゃんと横島クンたちの会話。

何と、令子ちゃんたちは『厄介ごと』だとか『面倒』と言ったの〜。

私と一緒に、海に行くことを〜。


私は、目の前が真っ暗になったわ〜。

だって、令子ちゃんは〜、私の本当の親友だと思っていた。

令子ちゃんは〜、何だかんだと言いつつ〜、いつも私の言うことを聞いてくれた。


それは友達だから。

そのときまで、私はそう信じていた。


でも、それは違ったのよ〜。

多分令子ちゃんは〜、お母様に言われたから、私の面倒を見ていてくれただけ〜。

多分令子ちゃんは〜、私が暴走すると面倒ゴトが余計に増えるから、私に優しかっただけ〜。

多分令子ちゃんは〜、本当は私のことを、友達だとは思ってくれていない。


私に令子ちゃんの〜、本当の心の奥底まで、理解することはできないわ〜。

多分………と私が思ったことは〜、本当かもしれないし、違うかもしれない。

でも〜、考えてみれば、それは真実に限りなく近かったと思うの〜。


実際に私は〜、目の前で交わされた会話を聞いただけで暴走して〜、ヘリを落としたから〜。

そんなことをされて〜、私のことを面倒な人間だと思わないはずが、無いもの〜。

GS試験の時も〜、マンション除霊の時も〜、

ナイトメアの時も〜……私はいつも〜、令子ちゃんに迷惑をかけていた。

正面から、迷惑だと令子ちゃんが言わないから、

私は迷惑をかけていたことを、忘れてしまっていただけだったのね〜。


でも〜、その令子ちゃんと自分自身に、現実を突きつけられたわ〜。

令子ちゃんの言葉をどれだけ否定したくても、

私はヘリを落とし、自分自身も漂流したのだから〜。


私は〜、その後ある島の人々に助けられた。

島の人たちは〜、とてもよくしてくれた。

私を〜、聖女だと言った。

それは過去に記された予言があったかららしいのだけれど〜、

その辺りは私もよく知らない。


どうにしろ、島の人々は私に『期待』を寄せていた。

でも〜、やはり私は期待に応えることができなかった。

私はふとしたことから〜、またしても暴走して、島を焦土に変えちゃったの。

そのふとしたこととは、私のそばで世話をしてくれた人に、怒鳴られたから〜。

ただ、それだけ〜。

それだけのことで〜、

私は海を漂っていた自分を助けてくれた島の人の土地を〜、壊してしまったの〜。


でも〜、それでも島の人たちは、私に優しくしてくれた。

私は〜、自分が傷つけた人々を、式神に頼んで治してもらったの〜。

すると、怪我の治った人々からは、逆にお礼を言われたわ〜。


島の人たちが優しくしてくれるのは、すべて予言のおかげ〜。

そのおかげで、私は責められなかったの〜。


私は〜、島の人々に何一つ、本当のお礼をすることができなかった。


そう思っていた時〜、島に異変が起こったの〜。

大きな気配が空から飛来して〜、そして島を荒らし始めたの〜。

その力はとても大きなもので、

島の偉い人は島を捨てて、それぞれ海に逃げることを選んだわ〜。


私のいつもそばにいてくれた人が〜、泣いていた。

涙は流れていなかったけれど〜、確かに泣いていたの〜。


島を離れたくない、見捨てたくない、自分の育った土地を、失いたくない。

そう、彼女は泣いていたの〜。


彼女だけじゃないわ〜。

私は〜、周囲の人たちが大きな悲しみを感じていることを、悟った。


だから私は、こう切り出したの〜。


『えっと〜、この島は〜〜、

 みんなにとって大切な場所なんでしょ〜〜〜?

 だったら〜〜、捨てちゃ駄目よ〜〜』


『私が〜〜、戦ってくるわ〜〜。

 私は〜〜、貴方たちに〜〜海で助けてもらったのに〜〜〜

 何も恩返しができてないから〜〜〜』


それは、大きな仕事。とても私はこなすだけの自信が無かったわ〜。

マンションの除霊よりも〜、ナイトメアよりも難易度が高いかもしれないんだもの〜。

でも〜〜、それでも私は〜、そう言った。

令子ちゃんには〜、私は厄介者だと思われてしまっている。

そしてこのまま何もせずに逃げて、

この島の人たちにまで嫌われてしまったら〜、私はどうすればいいの?

そんな考えが、頭のどこかにあったと思うの〜。



『私〜、泣き虫だけど〜〜

 お友達とみんなのためなら〜〜、

 少しは頑張れると思うの〜〜〜』



このときの私は、誰かに期待してほしかった。

そして、その期待に応えたかった。

自分の持つ能力を使って、

私に優しく接してくれたこの人たちに、恩を返したかったの〜。



『島を、助けて……メーコちゃん……』

『うん〜。分かったわ〜〜〜。任せて〜〜〜』



私は、彼女のお願いを聞いた。任せて、とも言った。

今変らなければ、駄目だと思ったの〜。ううん、違う。

今なら、変われると思ったの〜〜。


私は期待されることが嫌い。何かを任されることが嫌い。

だって、私に自信なんて、ないんですもの〜〜。


でも、このときは期待に応えたいと思った。

その気持ちだけは、絶対に本物。

自信は相変わらず無かったけれど〜〜、

とにかく友達の『お願い』を叶えて見せる〜。

そう決意して、島の大地に立ったわ〜〜。





「あなたたち〜〜〜〜〜〜! 島をこれ以上荒らすのは〜、止めなさ〜〜〜い!」




地下から島の表面に出た私は、まずそう叫んだわ。

すると〜〜、島の表面に向けて、

肩から大きなミサイルを発射していたその人たちは〜、一斉にこちらを向いたわ〜〜。


大きな人。巨人だったわ〜。体の表面を、霊力で覆っていた。

ゴーレム、という単語が、私の頭の中に浮かんだわ〜〜。



『グゴ? ゴゴゴ…………』



私が声をかけたからか、

それとも〜〜、私の霊的な気配そのものに反応したのか、それは分からないけれど〜、

ゴーレムは、こちらを向いた後に〜〜、その視線を鋭く私に突き刺したわ〜。



「う、うう。な、泣いちゃ駄目なのよ〜〜……」



ここで泣いて、暴走してしまっては、何もかもが前と同じままなのよ〜。

先ほどの決意は、どうなってしまうの〜〜? 

絶対に、泣いちゃ駄目なの〜〜。



そう私は、自分自身に言い聞かせたわ〜。

ゴーレムの鋭い視線を浴び、腰が引けてしまうのを自覚しながら〜。


そして〜〜〜…………





「あ、あぁ〜ん! やっぱり怖いわぁぁ〜〜〜!!」





…………私は、結局耐え切ることができず、暴走したわ〜〜。



まぁ〜、人はそんなに簡単に、変われることがないって言うことよね〜〜。

もっとも、私の場合〜、

変わろうと思えただけでも、それなりの進歩だったのだろうけれども〜〜……。


気がつけば、ゴーレムは全部跡形もなくなってたし〜。

結果オ〜ライって言うのよね〜、これ〜〜。






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