最終話








            最終話   それぞれの夏の終わりに……








『えー、このド・リビアの泉では、視聴者様から送られてきた

 生きていく上ではまったく必要のない、

 ただムカつくだけの知識ド・リビアで、

 いかに心を揺さぶることができるかを品評いたします!』


『採用された方の中から、『はぁっ!?』の高かった人に『銀の張り手』を差し上げます。

 また『銀の張り手』を5回受けた方には、漏れなく『黄金の右拳』を差し上げます」


『さて、それでは張り切っていきましょう! まずはこちらの…………』



TVからは、本当に視聴者を愛しているのだろうか、

と首を傾げたくなるような番組が流れていた。

時刻は午後8時20分。

7時から9時までの、小さな子供からお年寄りまでが

TVにかじりつきそうなこの時間に、画面いっぱいに張り手炸裂シーンが映される。


俺はそれを見やりつつ、ただひたすらぼう……っとしている。

教えられてムカつくはずの知識が流されているというのに、ただただぼぉ〜〜……。


部屋の中が無音では寂しいかも知れない。

その程度の気持ちから、TVのスイッチを入れただけなので、

もともと見る気がないのだと言ってしまえば、それまでなのだけど。


俺は、気だるさでできた毛布を、体にまとっていた。

寒さに耐えようとするように、すっぽりと包まっていた。


だから、今の俺はとてつもなく無気力だった。



「横島クン? 晩御飯できたよ」


だらだらとしている俺に、愛子が声をかけた。

今日の愛子の身長は、148cm。

本来は160cm台だったと思うので、少し小さ目ということか。


そんなことを思いつつ、俺は愛子の声に答える。

無気力ながらに、ちょっとした小ネタをはさみつつ……。


「うぅ。いつもすまないねぇ、愛子。

 兄ちゃんが不甲斐ないばかりに……ごほ、ごほっ!」


俺は口元を押さえ、激しく咳き込んだ。

押さえた手の隙間からは、押さえきれない血が流れていく……ような感じ。

ああ、もう、俺は駄目なのかもしれない……そんな気がする。


無気力さ加減もあいまって、

俺のその演技はかなり上手い部類に入っていたと思う。


「そんな、いいのよお兄ちゃん! 一杯食べて、早く元気になって!」


ノリのいい愛子は、俺の演技に付き合うことにしたらしい。

ええっと、じゃあこの場合……そうそう、

優しい妹が、病弱な俺に精のつく料理を作ってくれたのじゃ。


愛子は、台所……とはとても言えない様な、

小さなガス台の前から……味噌汁を運んでくる。

そしてテーブルの上にご飯を並べたり、晩御飯の用意に余念が無かった。


働き者の妹である。今の愛子は、本来の自身の身長より、

10cmほど低いのだが、そんなハンデはまったく感じさせない動きだ。


「優しい妹を持って、わしは幸せ者なんじゃが…………ちょっといいかのう?」

「何、お兄ちゃん?」

「…………吐血直後の兄に、ご飯を食わそうというのは、どうかと」


秋刀魚と冷奴。その2品が、今日の夕飯のメニュー。

純和風にして、素朴なメニューだ。

しかし、吐血をしつつ秋刀魚の骨をとり、

口に運ぶ病弱な兄というのは、何と言うか……。


「…………そう言われるとそうだけど、ドラマじゃ食べてるわよ?」

「意外と何だかんだいって、実はかなり丈夫なのか?」

「まぁ、そんなどうでもいいことは置いておいて。さ、食べましょ」


湯気を上げる秋刀魚を見やりつつ、俺はそれに同意する。

愛子の言うことは、もっともだ。

今思えば、TVドラマでは、血まで吐いていなかったような気もするし。


「おっし。いただきます」

「はい。いただきます」

「…………………」

「……………………」


もぐもぐと、食事が開始する。

秋刀魚に箸を入れ、その身をほぐす。

子供のころ、それが面倒で頭から全部かじったこともあった。

カルシウムをとりまくれる、というよく分からない論拠もあったし。


しかし、子供の喉では、秋刀魚の小骨にやられてしまう。

半分ほど食ったあたりで、さらにはらわたの苦味も追加され、

俺はのた打ち回った。うん、やはり魚は丸かじりするモンじゃないよ。


「…………」


馬鹿なことを考えつつ、箸を進める。

ああ、これを食べ終われば、時刻は9時になるだろう。

そしてしばらくすれば、お休みタイムとなる。


で、布団に入って、寝て、そして起きたら、朝になってしまう。

はぁ、どうしたもんかなぁ。いや、どうしようもないんだけど。


「ねぇ、横島クン? 美味しくない?」


黙りこくって食う俺に、不安そうな瞳を向ける愛子。


「うん? いや、うまいっすよ? うん、うまい」

「そう? 何か、元気ないから」

「……聞かなくても、分かるだろ?」


夕飯は上手い。やっぱり、人の作ったモンがいいよな。

後、やっぱり向かいで食べてる奴は、むさい親父より、可愛い女の子がいい。


俺が目に願った食事風景は、今ここにちゃんとある。

…………それでも、俺の元気はなかなか戻らないのだ。


「私には分からないわよ」

「今の俺の気持ち、想像くらいできるだろ?」

「明日が早く来ないかって、わくわくしてる?」

「そりゃ愛子だろ?」

「もう。過ぎた時間は戻らないんだから、早く気持ちを入れ替えないと」


「…………う、うう。外見が中学生の愛子に言われると、

 なんだか俺が、とっても世の中に要らないような人間な気が……」


「そんなに悲しい? 夏休み終わっちゃうの」


当然だ。

結局、この夏休みは何がなんだか分からないうちに、終わってしまった。

夏休み始めの事件と、そしてその後始末をして……気がつけば8月も半ば。

そこから何とかメドーサさんを捉まえようと、

毎日道場に電話をしつつ、家で宿題に励む日々が続き……そして今日だ。


明日には学校が始まり、またいつもの生活が戻ってくる。

海に行っても、もう水着のおねーさんはいない。いや、いるかもしれないけど、少ないだろう。

近所の神社で、夏祭りがあって、浴衣のおねーさまたちを眺めることもない。


そりゃ、終わりよければすべてよしとも言う。

夏休み最初のほうで、あんな事件があって、俺も愛子も傷ついて……。

そこからちゃんと立ち直って、

こうして普通の生活ができてるということは、マジですんばらしいことだと思う。


愛子なんて、氷室神社で一度目覚めた後、それからまた数日ぶっ通しで寝てたし……。

その状態から脱し、普段どおりになったことは、繰り返すけど素晴らしいことだと思う。


命があっただけ、儲けもの。

そんな言葉も、確かに世の中には存在する。


だが! だがしかしだ!

ひと夏のアバンチュールとか考えると、それはそれ、これはこれ。

まだまだ遊びたいとです。

明日から学校が始まるかと思うと、その念はさらに強まります。


俺はゴハンを租借しつつ、

テーブルの下においてある、自分の日記帳を取り出した。

書ける日と書けない日があり、その内容はかなり飛び飛びだ。


「横島クンの、青春の記録よね〜」

「つーか、苦労の記録だな」

「まぁ、若いうちは買ってでも苦労しろって言うしね」


愛子の苦笑混じりの言葉を聞きつつ、俺は日記帳を見る。

ぱらぱらとページをめくれば、最初の数日間は、異様なまでに字が汚い。

普段の俺の字の汚さが、レベルCだとすると、Fとかその辺の汚さだ。


何故、ここが汚い字なのか。

それは内容を読めば分かるのだが、呼んで信じる奴は、この世に数名だと思う。

絵空事、の一言で終わってしまう内容だなぁ。

もしくは、電波?


俺は日記帳を、嘆息とともにめくっていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



8月12日。

ようやく落ち着いたので、また日記を書こうと思う。

石化しつつも軟化している今の俺なら、文字を書くのも簡単だ。

おお、まともに字が書けている。

指って、こんなに細かく動くものだったんだな、と改めて実感する。


先日、氷室神社から帰ったあと、

俺はまた愛子の机を抱えて、天狗さんに会いに行った。

愛子を助ける方法を教えてくれたお礼と、その報告のためにだ。

その日は、一人で行った。もう、さすがに慣れた感もあったし。


愛子が小さくなった理由は、

神主さんが言うには、まだ体がきちんと回復していないので、

本体の外に意識を向けることが難しく、

そのため小さな体にして、制御を簡単にしようとしているのだろう、とのことだった。

神主だけれど、そこまで妖怪に詳しいわけでないので、よく分からない。

そう、最後はまとめられた。


で、天狗さんが言うのは、その考えは当たっているらしい。

神木が完全に体……つーか、机……に馴染み、

霊力の総合量の普段どおりになれば、また以前と変らなくなるだろう、だってさ。


まぁ、とにかくたっぷり寝て休養すれば、また普段どおりになれるってことなんだろう。

そう結論つけて、俺は天狗さんにお礼を言うと、異界の森を後にした。


で、今日。もう、愛子は普通に目を覚ましてる。

あんまり動かれると、こっちが怖いんだけれど、

でも、本体の机は安置されてるし……平気なモンなのか?

子供服のパジャマだけ、とりあえず購入。

愛子は午後6時を過ぎると、疲れたのか早くも就寝。

まだまだ本調子には遠いようだ。

なお、今日の夕食はカップうどん。

愛子は寝ちゃってるし。


一人で食べるのは、なんとも味気なかった。




8月14日。

今朝、朝起きたら、愛子の体が少し大きくなっていた。かなりびびった。

昨日の夜、愛子は120cmもない、小さな女の子だったのに、

朝起きたら140cmくらいになってた。マジ、びびります。


人間で20cmって、かなり大きい数字だぞ。

取り急ぎ買ったパジャマからは、

大きくなった手足がはみ出てて、僅かに膨らんだ胸がモロに……。


…………これ以上書くと、後で日記を読み返したくなくなるので、中略。


えっと。

愛子はデフォルトで所持してるのは、セーラー服だけ。

そのセーラー服はある意味で体の一部なので、

その部分を消して、他の服を着ている……らしい。

だから、愛子の体が無意識に大きくなったら、

パジャマは普通の布なので、それに追いつきません。

あれだよ。ぺったんこだった胸が、ちょっと大きくなって。

で、ぺったんこな子供用のパジャマじゃ、それを隠しきれなくて。

なんだか、普通のパジャマなのに、

やけに体のラインを強調するような感じって、すごくエロイね。


俺はロリ属性じゃない。

違う、違うのだ。

だが、かなり危うかったぜ。


さすがは愛子だ。

…………って、何がどう、さすがなんだか……。

なお、その辺は書いてる俺もよく分からん。

だって、これ以上書くと、後で日記を……以下中略。


今日は久しぶりに愛子の料理。

レンジでチン…………じゃない、温かいご飯に感動。





8月15日。

今日は、少し書くことが多くなるかもしれない。

だいぶ愛子も普通になって、生活サイクルも元に戻った。

午後7時とかに寝てしまうこともない。


机の脚も、それなりに頑丈になってきた。

普通に考えれば、

木の枝を紙でくっつけただけなんだ。簡単に折れちゃうはずだよな?

でも、しっかりとくっついてる。やっぱ、霊能関係の出来事はすごいと実感する。

今日は、唐巣神父のところに顔を出しに行った。

神父はすっごい俺のことを心配してくれてたし。

なお、六道さんちから帰って、するとすぐに親父がいて、

そしてさらにすぐに天狗さんに会いに行ったから、

神父の残した留守電を聞いたのは、かなり後になってからのことだ。

だって、どたばたして気づかなかったし。


六道さんちでも謝られ、かなりの時間差で留守番電話からも謝られ……。

本気で、損な性格の人なんだなぁ、と思ったよ。

で……。

神父は、愛子復活を我がことのように喜んでくれた。

神父らしいと言えばそれまでだけど。

多分、こういう人を人格者って言うんだろうな。


それに対して……ピート。

こいつはもう、友達とは言えない。

少なくとも、当分の間、奴は俺にとって友人ではなく、第一級危険人物だ。


ピート。

やつは、ロリ属性に染まった存在だった。


いや、そこまではまだいい。

そこまでなら、よかったんだ。

ただの個人の趣味にまで、俺は口出しする気はない。

むしろ、何かの属性に染まることは、男として当然だと思う。

サボ念なんて、メイドに萌えるという理由だけで、愛子復活に協力したほどだ。

…………奴にはロリ属性はないのか、

小さくなった愛子に、早く大きくなってメイド服を着てくれと、頼んでいた。


ちなみに、日記の書けなかった13日の夜、

サボ念が子供用のメイド服……しかもアニメ調……を持って、

俺の家にやってきた時は、親父の襲来より焦ったな。

サボ念……その心意気はよしだが……どういう顔をして、買ってきたのか……。

と言うか、奴はもう、女の子に萌えてるんじゃなくて、衣装そのものに萌えてるのか?

…………いや、サボ念はいい。

あいつの行動など、実に紳士的だと言える。


教会での和やかなひと時、

ふとしたことから、愛子がピートを『お兄ちゃん♪』と呼んだ。

深い意味はない。ちょっとした会話のスパイスだ。

他にも、神父を『お父さん』とか呼んでみたりとかな。

体が小さくなったので、ちょっとそれにあわせただけだ。


にもかかわらず、ピートはその『お兄ちゃん♪』の一言で、暴走した。

いきなり愛子を連れ去ろうとかしやがった。どこへ行く気だ。ざけんな、ボケ。

それは人として……まぁ、半分しか人じゃないけど……やっちゃいかんやろ。

俺だって、ナンパして断られたら、引き下がるぞ? 実力行使には出ない。


何で、モテキャラのピートが、いきなり実力行使? 


神父が言うには、ピートは可愛い妹と言うものに憧れがあるらしい。

何でも、ピートの知り合いの、

奴が小さい頃から知っているある女の子は、非常に凶悪で、

半分ヴァンパイアのピートに、ニンニクを食わせようとしたりとか、かなりお転婆らしい。

つーか、最近ではお転婆という言葉では、すまされない領域に達していたりするそうだ。


なお、ピートはニンニクを食うと、軽いショック症状が出るんだとか。

まぁ、可愛い妹が欲しいと思ってるのに、そんなことされりゃ、辛いわな。


妹に憧れるけど、しかし自分の知る妹代わりの女の子は、超凶悪。

そこにきて、愛子の『お兄ちゃん♪』だ。

奴の理性は脆くも崩れ去った。

…………耐性がない分、俺より脆かったのか?


どうにしろ、しばらくは教会にいけない。

せめて、愛子の身長が常に150cmくらいに回復するまでは……。






8月18日。

相変わらず、冥子ちゃんの行方は知れないらしい。心配だ。

親父の話を聞いた今となっては、六道さんちに色々と思うところがある。

でも、だからって、冥子ちゃんが苦しめばいいとかは、微塵も思えないわけで。

今頃、どうしているのか。


どうしているのかと言えば、メドーサさん。

最近仕事が忙しいと言うことだが、何の仕事なのだろうか。

もしかして、魔界に帰っているのだろうか。

魔界の仕事って、何だろ?


小竜姫ちゃんも、普段何してるのか分からないけど、

メドーサさんも、本当に何してるのか俺には分からん。

人間は、学校か会社があるんだけど、そういうのはないしなぁ。

おっばけにゃ、なんに〜もない……ってか?


愛子の体のほうは、順調。

霊力がだいぶ戻って、その扱いもそれなりにできるようになったのか、

今じゃほとんど前と変らない。前より少し、身長が縮んだかなって言うくらいだ。

新学期になったら、皆驚くだろうな。


…………て言うか、順調じゃないのは、俺の体のほう。

骨折も……ありえない回復速度で、よく分からないうちに……治ってきているのだけど、

それはあくまで、石の下の話。いまだに腕の表面はがちがちの石だ。

軟化してるので、動かす分には問題ないんだけど、

でも握手なんかしたら、相手が痛い目を見るだろうなぁ。


コーラル。まだ起きないのか?

それとも、もしかしてこの状態くらい、

俺が一人でどうにかしないと、起きないつもりか?


…………魔眼が暴走することは、最近じゃほとんどない。

怪我の不安定な状況を脱したし、さらに俺の体の中で魔眼という機能が定着してきたのか?

そう言えば、戦闘中はコーラルの補助があったし、一応、自分の意思で使えていた。


ようは、集中して使えばいいはずなんだ。

そして慣れてくれば、メドーサさんみたいに、本当に気軽に使えるはずなんだよな。

だって、自分の眼なんだし。


明日から、魔眼の特訓をしようと思う。

ちゃんと魔眼を制御しないと、女湯すら覗きに行けない。

ちなみに、当然だけど覗くだけ。

ピートみたいに実力行使で『お持ち帰り』はしないぞ?




8月21日。

魔眼の特訓と、夏休みの宿題で、いつの間にか日数が……。

日記を書くのをすっかり忘れていた上、さらに愛子に日記の中身を読まれた。

外見上はただのノートだし、放っておいたら、そりゃ見られるよな。

前に書いた『覗きに行けない』の部分で、かなり怒られた。

曰く『そんなんじゃ、ピート君のことをとやかく言えない』だそうで。

まぁ、確かにぶっちゃげると、ごもっともです。はい、ごめんなさい。


さて、心からの熱い反省を文章に残したところで、今日は筆をおきます。

ついつい、思ってることを言っちゃうことがあるけど、

それと同じで、ついつい書かなくていいことまで、書いちゃうことがあるし。


今日も俺は清く正しく逞しく生きていました。頑張ったと思います、以上!




8月24日。

特に何もない一日。そろそろ、夏休みが終わる……。

魔眼の制御訓練。とりあえず、卵を石化させるため、睨んでみる。


…………10秒かかって、何とか石化に成功。

でも、それを地面に落としてみたところ、中から黄身が……。

どうやら、半熟卵状態だったらしい。殻だけ石になって、中は生のままってことだ。

戦闘中やら暴走時は、もっと一瞬で石化させられたんだけど……。

でも、食材を石化させて、

必要なときに解除できれば、冷蔵庫が要らないということを思いつく。

電気代節約のためにも、是非実行に移したいと思う。





8月25日。

朝起きたら、愛子が縮んでいた。

ぶかぶかパジャマに、ちっこいボディ。

布があまりにあまっているので、手を出すこともできずに、おろおろしてました。


あの手この手で萌えさせてくれる、くっ、さすがだ愛子。

…………などと馬鹿なことを言ってる場合ではない。

最近は特になんとも無かったのに、何故突然縮む?


どうやら、まだまだ体調が……いや、正確には体調とは言わないのか……悪いらしく、

体内時計というか、なんかもう色々と狂いっぱなしなようだ。

そのせいで、眠ったり意識がなくなったりすると、

本体から出している意識に、問題が出るみたい。


でもまぁ、体が小さくなるくらいなら、別にいいよな。

背が届かなくても、愛子は中をふわふわ浮くことだってできるし。

…………霊力が暴走して、巨大化されたら洒落にならないなぁ、と思ったり。

ないとは思うけど……考え付いてしまった時点で、ありえる話なんだよな。世の中ってモンは。

必死に愛子巨大化の日が来ないことを願いつつ、今日はもう寝ます。




8月27日。

なんだか、すっごい久しぶりに、道場へと行った。

なぜならメドーサさんが、仕事から帰ってきたそうなのだ。


メドーサさんに魔眼について、助けを請うたところ、

とりあえず石化していた手足は、完全回復させてもらえた。

視線の鋭さの強弱で、石化と解除をするらしいのだが……まだ俺にはよく分からなかった。


俺が俺にかけた呪なのに……格の違いを見せ付けられましたよ、ええ。

まぁ、その呪を欠ける大本の道具をくれたのが、

メドーサなんだから、解けるもの当然といえば当然か。


その後、食事に誘われた。

どこに連れて行ったもらえるのだろうと思っていたら、

なぜか道場の連中まででしゃばって来たので、仕方なく駅前のラーメン屋になった。

なんだか、メドーサさんの機嫌は悪かった。

これはあれだ。

久しぶりに会えた俺との、貴重な時間を邪魔されたからに違いない。


…………って、書いてて悲しくなるな。


どうせ、多分自分の考えてた予定が狂わされたから、怒ってただけだよなぁ。

今の俺はまだまだで、メドーサさんのハートを射止めるには至ってないだろう。

とりあえず、メドーサさんの指導をもとに、魔眼の制御はきっちりとやりたいと思う。

なお……食事域に乱入してきた連中総勢12人の中でも、

明らかに邪魔をする気満々だったサボ念は、

喉を石にされて食事に来たのに何も食べられないと言う、

なんだかよく分からない状況になった上、挙句の果てには呼吸困難に陥っていた。

いくら横隔膜が動いても、気道が狭いと呼吸はできないようだ。

俺は苦しむサボ念を見やりつつ、

美女に人工呼吸ができるチャンスが巡ってきたら、

気道の確保だけはしっかりしようと、そんな教訓を学んだ。


あと……メドーサさんが、カンクローさんに絡んでいた。

で、カンクローさんは、女の心得だとか、恋の駆け引きだとかを

例に挙げつつ、巧みにメドーサさんの怒りを回避していた。


……オカマに女の心得を説かれたメドーサさんが、少し可哀想でした。


そんなこと、恋の駆け引きとかだって、カンクローさんより長く生きてんだし、

言われなくても分かってるはずだよなぁ。一応子持ちだったんだし……。

あれ? あれは無理矢理だったってコーラルが言ってたし、駆け引きとか関係ないか。


もうすぐ学校が始まる。

愛子のおかげで宿題はどうにかなってるけど……。

夏休み、もう4週間ほど延長してほしい。



8月29日。

…………日記を書くのも、いやだ。

と言うか、日付を見たくないっす。

終わりのときが近づいてしまってる。くそぅ……。


なので、終わり。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




俺は日記帳を閉じた。

我ながら、すごい毎日を過ごしているのだと、改めて思う。


普通、朝起きて家族の身長が伸びたり縮んだりなんて、しませんよ。

つーか、そんなことが起きたら、実際かなりの大事件ですな。



「はぁ、もう一回、7月に戻りたい。もうすぐ終業式〜って感じで」

「無理無理。時間を移動するなんて」



TVから流れてくる笑い声をBGMに、俺たちは晩御飯を食べ終えた。

こうして、俺の夏休みは終わった…………。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




私は白竜会の中の一室で、ソファーにその身を沈め、黙考していた。

考え事など、一つしかない。

今回の、横島との食事に対する反省というか、まぁ、そんなものだね。

すでに数日前の出来事なのだけれど、

それでもまだ私は、あのときのことについて考えている。


「はぁ」


それにしても、2時間の話し合いで生まれた計画が…………駄目だったか。

まぁ、よくよく考えれば、愛子という存在がいる以上、

横島と二人きりで食事をすると言うのは、なかなか難しい。


須狩との話し合いでは、横島のことを先に言ってしまったせいか、

学生であると言う、年齢についてのほうに話が傾いてしまい、

私と横島の現状と周囲に、あまり目を向けていなかったね。


道場などで食事に誘えば、

いやしい雪之丞や陰念がどこからともなく話を聞きつけて、

一緒に行くと言うだろうと、分かっていたことじゃないか。

私としたことが、少々舞い上がっていたのかもしれない。

やはり、誘うとなると、横島と二人きり……

……いや、二人きりになりたいから誘うのであって、

誘いたいから二人きりになるわけでは……。


やはり、問題は場所だね。

私は微妙な立場にある。

そうである以上、あまりおかしな動きはできないし……。

自由に行動できないのは前からだが、今日ほどそれにイラついたことはないよ。


そう言えば、腹が立つと言えば、六道だよ。

横島に監視など、付けやがって……。

おかげで私のイーターが、横島に接近できないじゃないか。

というか、さして接近していないとは言え、

横島の周囲をうろちょろされると、かなり鬱陶しい。

もう少し横島が育てば、

自分でその気配に気づき、何らかの行動を取ってくれるのだろうが……。


電話を盗聴まではしていないようだが、それでもあまり私からは電話はできないね。

横島に魔族の欠片が付きまとってると悟られれば、色々と厄介だ。

何しろ、相手はGS界全体に大きなパイプを持つ六道。

もし、横島を魔族から守るとかいう理由で、また本家に軟禁でもしたら……。


今は我慢か……。軟禁されれば、まずもう会えない。

今はまだ、会うことはできるのだ。我慢だ。

それに横島に近づき過ぎて、その結果色々と事態が露呈してしまう危険性もあるし。


…………だから今回の食事も、

できうる限り隠行に気を使い、監視の目をごまかしたと言うのに……!

それがラーメン屋!? まったく、ふざけんじゃないよ……。



「メドーサ様、南部グループからの報告が……。

 それで、今ほど受け取りに行ってきたのですけど」


私が胸中で舌打ちしていると、勘九朗が話しかけてきた。


「なんだい、わざわざ勘九朗に取りに来させるほどのことだったのかい?」


「ええ。試作ゴーレムが、インドシナ海域ですべて撃破された、あの件についてです。

 南部グループでは『試作4号機:ガーベラ型』の本格的製造に乗り出す方針だそうですわ。

 で、今回は、試作4号機の改良案に対する意見を……」


「私は今、考え事に忙しい」


私はそう言いつつ、瞳を開けて勘九朗を見やった。

そのまま視線を動かし、テーブルの上の一冊の本を取る。


ピンクだの赤だのの……

様々な色で染め上げられたその本は、女性用……と言うより、少女用の情報雑誌だ。

勘九朗にコンビニで買ってきてもらったものである。


なお、もともと買い物と言う行為を、私はあまりしないのだ。

人間界に溶け込んではいるが、過剰に馴れ合う気はないから、それは当然だ。

だからこのような風体の本は、これまで自分では一度も買ったことが無かった。

こういうものを買ってきてくれる勘九朗には、素直に感謝している。



「……好きになんでもするがいいさ」

「…………それだけですか?」

「そんなどうでもいい報告に、耳を傾けている暇はないね」



もうすぐ、横島の奴は学校が始まる。

そうなれば、ますます私は横島に近づきにくくなるのではないか?


そう考えをこねくり回している以上、

今の私にゴーレムの改良案など、聞いている余裕は無かった。

そもそも私は技術提供をしただけなのだ。改良に対する意見など、ない。


むしろ、今はこちらが現状について、意見を求めたいくらいだった。

そう言えば、前に見た情報雑誌に書いてあった、

『これで貴女も、彼の心をゲット♪ 手料理大特集』というのは、

本当に実践してみたほうが、いいのだろうか?


何かを作るというのは、

これまでの私からすれば、何ともふさわしくない行為なのだが……。

そもそも、常に食事の用意をしていると言う、愛子の料理に、

何もしたことのないこちらの料理が、勝てるのか?


手料理を振舞うと言って、相手が普段食べる食事より

まずい食事を用意しては、示しと言うものがつかないし……。


うん? 来年はバレンタインデーに彼に……?

バレンタイン?

…………何処かで聞いたような気がするけれど、何だったかね?





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





うふふ。今度は完璧よ。

3号機の派生であるE型、E+型、F型の実戦データから、

考え出された試作4号機は、もはや死角などないわ。


何しろ運動性能が300から320に上昇し、

なおかつ装甲値はそれまでと同等の値を示している。

つまり、本体を削ることなく、スピードだけ速くなったようなもの。


で、前回までのゴーレムは、

ゴーレムを起動させるための文字を、額に刻んでおいたのだけれど、

今回の実戦データで、股間のふんどしの裏に移動させることになったわ。


なんというか、かなりいやな場所だけれども、

目視できないし、普通、一番最初に狙う場所でもないしね。

まぁ、インドシナまでデータ取りに行った彼の意見を尊重、ということで。

カッコよさとしては、

やはり頭か胸に刻むのが、いいと思うんだけど……。

さて、総スペックを見ると、どんな感じかしら?


試作1号機は、霊的機関の欠陥により、まともに動かず……

試作2号機は、機関暴走により、強制破棄され……。

そして試作3号機は、実戦テストで撃破され、土に帰った……。

それらの上に成り立つ4号機は……うふふ、やはり完璧よ!


普通の軍事兵器…………戦車や船に対しては、完璧と言っていいのでしょうけれど、

霊的戦闘に長けた霊媒師には、まだまだ及ばなかった。

でもそのおかげで、ただ霊波コーティングを強化するのではなく、

霊波の結界フィールド展開機能搭載が現実になったわ。


長かった。

前々からこねくり回していたこの理論を、ゴーレムに積み込むのに、結局この夏をふいにした。

メドーサの技術提供により、結界展開の理論は、分かってはいたこと。

でも、その技術の結晶を操るには、まだまだ私たちの理解は、及んでいなかった。


普通、兵器の開発には、何年もかかる。

だから、私のこの約一ヶ月での新型機開発は、異例の速さとも言える。

だけれど、所詮最初から分かっていたことを、私は形にしただけ。

説明書の通りに組み立てることができずにいた部分を、どうにかこうにか形にしたようなもの。


でも、いいの。

なんと言っても、完成したのだから。

後は、メドーサがこの子のスペックを見、

そして案を言い、その案をもとに最終調整するだけ……。


試作4号機は、正式機1号機の雛形となり、そして世界を大きく変えるのよ!


「あの、須狩さん」


私が試作4号機のスペック表を眺めていると、一人の研究員に声をかけられる。

その手には、一枚の白い封筒が納まっていた。


「はい? 何かしら?」

「メドーサ様の使いより、この手紙が」

「ありがとう。えっと……」


何が書いてあるのだろうか。

私はまるでラブレターを見るような気持ちで、その封筒を開ける。


高機動戦闘においての問題点とか、もっと取り入れる武器とか……。

そう言えば、あの子には接近戦武器が余り充実してないのよね。

その辺りについての、言及とかもあったりとか……。


私は視線を、封筒の中の紙に落とした。





『忙しいんで、好きにすれば?』





「………………………あれ?」



おかしいわね。

大きな紙に、その一言だけしか書いてないわ。

疲れているのかしら。

それとも、もう一枚紙が入ってたりとか……。



しかし、封筒の中にはそれ一枚。

そしてその一枚には、

その一言だけしか書いていなかった。





「…………へぇ、ふぅん。そう、忙しい、か」




この一ヶ月、暗い研究所に閉じこもって、

恋人にも会わずに、

ひたすらゴーレム改良案をこねくり回してた私より、何がどう、忙しいのかしら?

私は霊能力者ではない。でも、私の魂が……そう、ゴーストが囁くわ。


この字は、絶対に投げやりに書いていると。

雑誌か何か。あるいは、お菓子でも食べつつ書いた文字だと。


そうね。開発は私の仕事だもんね。好きにするべきよね。

実際、好きにしようとして、その結果が試作4号機なのだから。


でも折角、図面上とは言え完成したのだから、

少しくらい意見を求めても、罰は当たらないでしょう?

それくらいで罰が当たるのなら、私や貴女なんて、

この仕事を考え付いた時点で、神様に雷を落とされてるはずだし。



「悪いけれど、電話を持ってきてくれるかしら」

「どうするんですか?」

「決まっているでしょ? 忙しい何処かの誰かさんとお話しするの」

「あの、下手なことを言わないほうが……。だって、相手は魔族ですし……」

「関係ないわ。さっさと持ってきなさい。試作4号機の起動実験の相手にするわよ?」

「……はぁ。もう、どうなっても知りませんよ?」



嘆息する研究員に、

私はそれこそ石化してしまうような鋭い視線をぶつけた。

さて、電話でしっかり話を聞きましょうか。

守秘回線だから、盗聴だとかの情報漏洩の心配は、しなくていいわよ? 

私は息を吸い込んで、気合とともにメドーサの番号をプッシュした。

……だがしかし、電話をかけて第一声で、

『バレンタインって、何だ?』と聞かれた私は、勢いをそがれ、

そのまままた3時間ほど、乙女チックなイベントやお菓子に関して、話し合うことになった。



南部グループの誇るプロテクトのかかった守秘回線で、

『モンブランケーキとブッシュドノエルが、
 どれだけ他のケーキより抜きん出た美味さの存在か』

……などを語ったのは、後にも先にも、私だけだろう……多分。




こうして、私の夏は終わり…………気がつけば、9月が始まっていた……。





第1部・完。
第2部へと続きます。


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