旅日記 第六話




ぱちぱちと、情報端末を叩く。

すでに11月も半ばを過ぎ、今年も残すところ、後僅かになってしまった。

寒さがだんだんと厳しくなるに連れ、街はクリスマスに向かって加速していく。

だが、その雰囲気に乗せられることなく、

我々オカルトGメンは、日々捜査に力を入れている。


心霊。


それは力に目覚めていない人々からすれば、わけの分からぬ脅威の力。

だからこそ、力があり余裕のある僕は、社会に貢献するためにも、全力を尽くす。

それが英国紳士の流なのさ。いわば『貴族の義務』とでも言うべきか。

まぁ、もっとも僕は日本の生まれだけれどもね。

そんな取り留めのないことを考えつつ、僕は端末を叩く。


最近は、書類仕事が増えた。

もちろん捜査のため、現場に出ることもあるのだが、それでも……以前より書類整理が多い。

理由は簡単だ。

来年度より、僕は数年ぶりに日本へと戻ることになっているのだ。

そして日本での僕の仕事は、日本初のオカルトGメン支部の設立と、その管理。

日本の警察機構との折り合いと、世界各国のGメン支部との連携……あれやこれや。

日本に帰ってから、すぐさま実働に移るためにも、

こうして今のうちから、書類仕事をこなさなければならないのだ。


聞けば、今の日本には民間のGSが幅を利かせていて、

貧しい人々は霊的障害に困っていても、なかなか言い出せないそうじゃないか。

僕が簡単に調査した限りでは、低級霊の除霊にすら、500万円以上の価格がつくらしい。

冗談ではない。全く、日本の役所は何を考えているのか。

おおやけに霊的なことに携わる機関がないから、そうなるのだ。


「おい、西条!」

「はい、なんですか?」


ふと、声がかけられる。

椅子ごと回転して後ろを振り返ると、そこに立っていたのは課長のジェイムスさんだった。

彼は数枚の書類を僕に手渡しつつ、話し出した。


「そろそろ年末だと言うのに、やっかいな事件が舞い込んできたモンだよ」

「何なんですか? 一体……」


薄い頭をぺちぺちと叩く課長を尻目に、僕は取り敢えず書類へと目を通した。

そこには、各国を渡し歩く『謎の魔物使い』についてが、書かれていた。


僕も噂には聞いたことがある。

一部の情報網では、有名な話だ。

どこからともなくやってきて、いつの間にやら去っていくその魔物使いは、

一見すると可愛らしい少女だと言う。

彼女がどんな存在であろうと、

入国の手続きを取っていない以上、間違いなく不法入国者なので、

各国の警察機構が捕縛しようと躍起になっているが……いまだ、捕まえるには、至らない。


だが、しかしだ。


少女と言う姿を、どこまで信じていいものなのか。

そもそも、本当に人間の魔物使いなのか。それすら、今の段階では情報不足だ。


魔族が擬態し、何らかの目的のために動いているのではないか。

そう考えることも、出来なくはないのだ。

まぁ、しかし魔族だとするなら、いまだに一人の死者も出していないのは、どういうことか。

今後、何か重大な動きがあるのだろうか?

やはり、疑問は尽きない。


その他にも、噂は様々な形で沸きあがっている。

曰く、石化能力があるだとか。

曰く、火炎を吐いただとか。

曰く、瞬間移動能力があるだとか。

曰く、分裂し、二人に増えることがあるだとか。

曰く、電撃攻撃を駆使してくるだとか。

…………確認されているだけで、10を超える特殊能力があると言われている。


もし本当ならば、この魔物使いは、凄まじい能力者だろう。

もっとも、どこまでが能力者本人能力で、

どこまでが従えている魔物の能力なのか、判然としないけれども。


襲われたオカルトGメンがいる以上、確かにこの少女は存在するのだろう。

今現在、どんな姿で世界を渡り歩いているか、知れたものではないけれどね。


「この少女が、英国内に侵入したと?」

「その可能性がある、と言うことだ」


僕は書類をめくりつつ、課長に問いかける。

しかし、課長の答えは、いまいち判然としないものだ。

上の情報網でも、やはり人一人を……しかも特殊能力者の動向を、

完璧に把握することは、不可能なようだ。当然と言えば、当然だな。

それが出来るくらいならば、神族からすら手配されているような強力な魔族も、

もっと簡単に発見することができるのだろうけれど。


そんなことを思いつつ、書類を眺めていると、ふとある一行が気になった。



『Rokudo Miko』



そのままローマ字読みをするなら、ロクド・ミコ?

その前の行を見てみると、これはどうやら、

件の少女が、ドイツのある宿泊施設で記した名前らしい。


ロクド? ロクドー? 六道?

ミコじゃなくて、これは冥子? 

もしも冥子であれば、聞いたことのある名前となる……。


12の式神を持ち、ある意味、魔物使いに間違えられても仕方のない能力者。

いやいや、これは偽名と言うことも考えられる。

それこそ、六道家の名前を出して、そうミスリードさせるために、とか……。

いや、ヨーロッパ圏で、わざわざ極東の島国の名家の名前を出すのは…………。


六道。


その名前は、日本にいたとき、先生からも聞いていたし、それ以外でも耳にした。

それくらいの、名家。

僕の先生の、そのまた師匠ですら、頭が上がらないとされるほどのすごい『家』なのだ。


情報部では、六道家のことは議題に上がっているのだろうか。

いや、それが議題にあがれば、噂話として、僕も耳にも入る……?




「……………ふむ?」




取り敢えず、僕は六道家に、内密に連絡を取ってみることを決めた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






ドイツにて逃亡し、そのまま各国を移動してしまったせいか、

本気でオカルトGメンに眼を付けられてしまった冥子ちゃん。


六道の名前を知り、12の式神という能力に思い当たった西条さんが、

プライベートで六道本家へと連絡を取っている頃、

彼女はどこで何をしていたのかと言うと…………。



とっくにイギリスを突破し、南米へと渡っていました。



何故、南米に行ったのか。

その答えは簡単です。

ドイツでの逃亡劇の末、海へと逃れ、そこからイギリスへと上陸し、

本当はそのままアメリカに渡るつもりだったのでしょうけれど、

その折に、進路方向を少々間違えてしまったのです。


実にちょっとしたミスです。

あと少し方向を変えていれば、今頃冥子ちゃんは北米にいたかもしれません。


まぁ…………しかし。

地図も何もなしに、ちゃんと大陸にたどり着いている時点で、賞賛に値します。

冥子ちゃん本人は必死であるため、全く気づいていませんが、

式神の操作と制御は、かなり洗練されてきていると見ていいかも知れません。


特に今回の旅で、ヨーロッパを完全に走破することになったインダラと、

何度も海を渡ることになったシンダラのレベルアップは、計り知れません。

その他で言えば……ハイラなどは、ぶっ続けで精神感応をしています。



人間、窮地に追い込まれると、強いものです。



で、窮地に追い込まれ、ただただ逃亡を続ける冥子ちゃん。

今は南米のどこを進行中かというと……南米ですので、もちろんアマゾン河です。

ジャングルじみた……というか、

紛うことなきジャングルを、冥子ちゃんはきょろきょろと不安げに進んでいきます。


ここならオカルトGメンに遭遇する確立は、万が一にもありません。

ですが、かなり他の危険が多いような気もしてきます。


冥子ちゃんの知る限り、森の中に出てくる恐ろしい動物と言えば、クマです。


ある日〜♪ 森の中〜♪ クマさんに〜♪


もちろん、冥子ちゃんの想像するようなクマは、アマゾンには出現しません。

むしろ、もっと恐ろしいものが、そこら中にいることでしょう。


ただただ、その場の思いつきだけで、ここまで来てしまった冥子ちゃん。

思い返せば、リンシャンの世話係りの人に、国の中心部まで案内されたとき、

あそこで国際電話をして、両親に連絡をすればよかったのではないでしょうか。

あるいは、オカルトGメンから逃げずに、事情を話せばよかったのではないのでしょうか。



まぁ、後者の場合、冥子ちゃんも20歳を過ぎている以上、


『錯乱していて、つい東南アジアからエジプトまで来てしまい、

 その上で、トルコ、ブルガリア、ルーマニア、

 ハンガリー、オーストリア、チェコ……そしてドイツと、かなりの国境を無視してしまいました』


…………などと言って、信用してもらえるかどうか、かなり微妙ではありますけれど。


しかしジャングルを、半そでとミニスカートで強行軍するくらいなら、

警察で怒られたりするほうがマシかなぁ、とも思えてきます。



「うぅ〜〜。怖いわぁ〜〜。何か出そうな気がするぅ〜〜」



そんな言葉を、冥子ちゃんが口にした矢先でした。

がさがさと、前方の草の茂みが、揺れ動きました。

熱帯の植物の、大きな茂み。

それがわさわさと動くのは、かなり不気味です。

冥子ちゃんは小さく悲鳴を上げつつ、

『口は災いの元』と言う、ことわざを思い出しました。




そして…………それは姿を現しました。




「…………ううぅ……こ、このままじゃ、わっしは……」



異形でした。何とも、迫力のありそうな大男です。

しかも、獣化しており、頭部はまるでトラのようでした。

が、しかし、何故か鼻血やら何やらを吹きまくっていて、非常にみすぼらしい異形でした。


ふと、涙を流すトラのような大男が、視線を上げます。

そして冥子ちゃんの視線と、トラのそれが一直線上に衝突しました。




沈黙。




「え、えっと〜。こんにちわ〜」


先にその沈黙を破ったのは、冥子ちゃんでした。

恐々と、しかしそれでも、右手をあげて左右に振ります。

なぜなら、トラ男の口にしていた言葉が、馴染み深い日本語だったからです。

さすがの冥子ちゃんも、

ジャングルの奥地で日本語を聞くことになるとは、思っていませんでした。



出来る限りの愛想笑いを浮かべる冥子ちゃんに対し、トラのような大男は呻きました。



「お、おなご!? う、ううう……」

「ど、ど〜したの〜? おなか痛いの〜?」


実に苦しそうなので、冥子ちゃんは怯えを押さえつけ、頑張ってそう聞いてみました。


「だ、駄目ですケン! 近づかんといてくんしゃい!」

「? ど〜して?」


「う、うおおおぉおおお!」


首を傾げる冥子ちゃんから、トラ男は大声を上げて、走り去っていきました。

ますます不可解に思った冥子ちゃんは、恐々とですが、トラ男の後を追いました。

するとトラ男は…………冥子ちゃんから少し離れたところで、木に頭を打ち据えていました。



「駄目じゃぁ! これ以上、あんなことになっては駄目なんじゃぁ〜!」


大きな声が、ジャングルの奥地までこだまします。

やはり首を傾げるしかない冥子ちゃんを尻目に、

十秒後、そのトラ男は頭を強打しすぎたらしく、意識を失いました。




ある日、森の中で、トラさんに出会った、冥子ちゃん。

小さな可愛い花など咲かない、熱帯の森の道。

冥子ちゃんはこの先、どうなるのでしょう。



ちなみにこの頃、オカルトGメンの西条さんからの連絡を受けた六道本家は、

カクテルでも造れそうなくらい、激しく揺れ動いていたのですが…………

そんなことを、冥子ちゃんが知るはずもありませんでした。






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