旅日記 第十話





「もぉ〜〜〜、なんなのぉ〜〜」


振動と爆音。


何とも物騒な目覚まし音で、叩き起こされてしまった冥子ちゃん。

髪が伸びたせいか、おかしな方向に寄ってしまっている前髪を気にしつつ、

ベッドから起き上がります。

誰もがそうするように、寝起きの彼女は、

うにゃうにゃと両目を擦り、一度大きく欠伸をします。


そこで気がついたのですが、

なにやらホテルの前が騒がしいような気がします。


この時点で、先ほどの爆発から30秒以上が経過しています。

普通ならば爆音に飛び起きて、

十数秒もかからない間に、隣の部屋を見に行くことでしょう。

まぁ、でも、のんびり屋さんの冥子ちゃんにしてみれば、

これは非常に素早い寝起きだと、言えるのかも知れません。


「えっと〜、パジャマじゃ駄目よねぇ〜」


冥子ちゃんは部屋に置かれていた、薄いバスローブで寝ていました。

それから普段着……ドイツで新調した、半そでミニスカート……に着替え、

さらに手荷物を整えてから、隣部屋のタイガー君のもとへと向かうことにしました


何だか騒がしいと言うことは、もしかして、オカルトGメンが追って来たのでしょうか。

あるいは、治安の悪いと言われた街です、何らかの事件が起きたのかも知れません。

何にしろ、何かが起こっているなら、

今夜はもう、ここを発たなければならないのかも……。


とにかく、ここは知らない国です。

この国で育ったタイガー君のもとに行くのが、一番いいでしょう。


そんなことを考えつつ、冥子ちゃんは自室のドアを開けました。


なお、冥子ちゃんの価値観では、このホテルはホテルではありませんでした。

冥子ちゃんの思い描く『普通のホテル』とは、煌びやかなエントランスがあり、

ドアマンがお客を待っているような、そんなホテルです。

そして少し安いホテルと言えば、ドイツで泊まったような、小さなホテルを指します。

今回宿泊したように、『本当に眠る空間だけを提供する施設』は、

冥子ちゃんの価値観で言うと、ホテルには該当しませんでした。

このホテルを選んだのは、タイガー君です。

安く、宿帳の記入の必要なく…………少々、いかがわしいホテルなのですが、

警察署にもかなり近いため、他よりは多少安全です。

また、警察署に近いと言うことは、冥子ちゃん追跡に対し、

何か動きがあれば、もしかすると分かるかも知れないと、そういう思いもありました。


冥子ちゃんでは考え付かない、それなりに深いものの見方と、庶民的な金銭感覚。

タイガー君の評価は今、冥子ちゃんの中で急上昇中だったりします。


そんなタイガー君の部屋に向かうと…………。


「僕は、僕はどうしたらいいの……」

「うう〜。わっしは、わっしは……」


部屋の壁が壊れ、外が見えていました。

先ほどベッドが揺れ、大きな音がしたのは、この穴が開いたせいなのでしょうか。

そんなことも気になるのですが、もっと気になることがありました。

壁がぶち破れているというのに、タイガー君は鼻血を垂らしつつ、ベッドで寝ています。

そしてそんなタイガー君の上で、小さな胸を丸出しにして、女の子が泣いています。


(えっと〜〜、えっと〜〜〜〜〜)


その光景を見た冥子ちゃんは、必死に状況を理解しようとします。


タイガー君が何故、ああなっているのか。……分かりません。

女の子が、何故泣いているのか。……分かりません。

考えて、考えて、考えて……。

でもやっぱり分からないので、まずは聞いてみることにしました。


「えっと〜〜、何で泣いてるの〜?」


足元に転がるコンクリート片に気をつけつつ、冥子ちゃんは女の子に近寄ります。

女の子は冥子ちゃんの姿を見ると、少し固まってから、まずこう言いました。


「あ、え、あ…………………………ち、違うんです! そうじゃないんです!」


女の子……コンプレックス君は、冥子ちゃんよりも、性的な知識がありました。

もともと恋愛に失敗した負の感情が集まった妖怪ですので、当然です。

男女の恋愛に置いて、

心身ともに一つになることは、非常に重要なイベントなのですから。


……………で、男性が下になって、女性がその上にまたがって、

そして自分は確かに今、女性体であるらしく、その証拠に、薄い胸をさらしていて……。


混乱しつつも、考えをまとめるコンプレックス君。

つまり彼女の言いたいことは、

『僕、この人と別に、Hなことはしてませんよ!』でした。



「? えっと〜〜?」



でも、冥子ちゃんには通じませんでした。

何が『違う』のか、冥子ちゃんにはよく分からなかったのです。


「えっと、僕、女の子みたいなんですけど、そうじゃないんです!」

「う〜〜んと? 女の子なのよね〜〜?」


冥子ちゃんの視線が、コンプレックス君の胸に向けられます。

するとコンプレックス君は、何だか気恥ずかしくなって、両手で胸を隠しました。

まさに女の子らしい行動でした。


そんなかみ合わない会話を続けていると、

ホテルの前の喧騒は、より大きなものになっていました。


「もう夜なのに、さっきからなんなのかしら〜〜」

「え、えっと……多分、マフィアの人たちかと」

「マフィア〜〜?」


お互いの視線を合わせた冥子ちゃんとコンプレックス君は、

そぉーっと窓の下の様子を見ます。


眼下に広がる光景は、戦場でした。


警察署の前でグレネードを発射した男たちと、

そして目の前でグレネード発射という、

とんでもない暴挙を許してしまった警察が、激しく戦っていました。


しかも、コンプレックス君の精神高揚効果範囲内にあるのか、

警察とマフィアの戦闘は、より激しさを増していきます。

挙句、ヒートアップした周囲の住人まで、

フライパンやら何やらを持って、観戦どころか、参加してしまう始末。

これはもう、一種の暴動です。

人々はヒートアップしすぎていて、普通の危機感とかそういうものは、麻痺してました。


「ど、どうしよう……」


半泣きになりつつ、コンプレックス君が呟きます。

彼女は自分の特性……精神高揚効果について、詳しくは知らないのですが、

しかし、このホテルの下で起こっている暴動の原因が

彼女であることは、まず間違いありません。

彼女が街中に逃げ、あのマフィアをつれてきたから、今こうなっているのです。


もちろん、海岸で自分がおとなしく殺されていればよかった、とは思いません。

思いませんが、今の下の状況を見ると、何だか非常に大きな罪悪感が湧いてくるのです。


どうすればいのだろう。

そう思いつつ、ただただホテルの下を眺めるコンプレックス君。

そしてその隣で、同じく眼下の状況を呆然と見やる冥子ちゃん。

ついでに、いまだお宝映像のショックで、現実復帰しないタイガー君。


このまま朝まで、時間は過ぎていくのではないか。

そう思われた矢先に、事態は動き出しました。


なんと、タイガー君の部屋の扉が、吹き飛ばされたのです。

蝶番は見るも無残に弾け、扉と壁の間には、めらめらと炎がこびり付いてます。

どうやら、外から何らかの爆発物で攻撃されたようです。


実際、扉が吹き込んだことに驚き、冥子ちゃんとコンプレックス君が振り返ると、

そこには武器を持った男が立っていました。

下での戦闘には参加せず、

わざわざビル内に吹き飛んだコンプレックス君を、追って来たようです。


「…………っ! くっ! 逃げてくださいっ!」


窓にしがみつくようにしていたコンプレックス君ですが、

何とかそう叫ぶと、最後の力を振り絞って、侵入してきた男に向かって、走り出しました。


この部屋には、たまたま入り込んでしまっただけであり、

あの大きな鼻血男さんも、隣の女の子も、無関係なのです。

そんな無関係の人を、危険にさらすわけには行きません。


それに、確かに体は女の子なのですが、

コンプレックス君は精神的には、男の子のつもりでした。

驚き、戸惑い、何もせずに、

隣にいる女の子を危険にさらすのは、絶対に許容できません。


何もする気力がなく、ただうずくまる状態だったコンプレックス君。

それから反転した今は、かなり行動力があるようです。


しかし、さらに行動力がある人物が、ここにはいました。

冥子ちゃんです。

彼女の霊感が……というか、一般人の勘でも十分だと思いますけれど……

今部屋に入ってきた男は、危険人物だと訴えていました。

そして、このまま『逃げてください』と言った女の子を行かせては、彼女は死んでしまうと……。



その直感を信じた冥子ちゃんは、

重火器を持った男に向かって走る女の子を見て、迷うことなくこう叫びました。


「メキラちゃん!」


すると冥子ちゃんの影の中から、トラ模様の式神が発現します。

そして、メキラの背に手を当てつつ、

冥子ちゃんはコンプレックス君の背中を見据えました。


メキラは、非常に短距離ですが、瞬間移動を可能とする式神です。

しかも短距離というのは、冥子ちゃんの視界の範囲内と言う制約まであるほどです。

しかし、今この場所だけでいうならば、十分過ぎる能力でした。


メキラはまさに瞬間的に場所移動をし、コンプレックス君の襟首を咥えました。

そしてそのまま、再度転移をし、タイガー君の眠るベッドの上に降り立ちます。


目標を見失い、おろおろとする男を尻目に、

冥子ちゃんはタイガー君の肩に触れ、間髪いれず、3度目の転移を行います。


冥子ちゃんの視線の先は、窓の外の、道路を挟んで向かい側のビルの屋上です。

そこまで逃げれば、他に空間転移能力者がいない限り、まず安全です。

ただ残念なことに、視線が少し上に行き過ぎたのか、

転移を終えたその場所は、屋上の地面から3メートルほど上のところでした。


「はわっ!?」

「ごへっ!?」


式神を操作している冥子ちゃん本人は、全然大丈夫だったのですが、

いきなり目の前の風景が変化しまくったコンプレックス君と、

肩に触れられただけで転移し、

そのまま3メートルほど下に向かって自由落下したタイガー君は、

何とも言えない悲鳴を上げることになりました。


「あ、ごめんなさ〜い。大丈夫〜〜?」

「あ、あはは……」


冥子ちゃんの問いかけに、コンプレックス君はただただ笑いました。

数ヶ月間、海を漂うという静かな時間を過ごしてきた彼女には、

やはり、今の瞬間的な状況の変化は、ついていけないものであったようです。


そして、頼れる男という評価を、冥子ちゃんからもらっていたタイガー君は……。


「ぬぅおぉおお!? 頭が、頭が割れるように痛いですケン!?」


現実復帰したその瞬間から、叫んでいました。






冥子ちゃんとコンプレックス君は、まだ知りません。

自分たちはもともと、

妖怪を滅する依頼を受けたGSと、

その依頼の対象である、妖怪だったということを。


「大丈夫〜〜?」


もともと正式にコンプレックス退治依頼を受けたGS・六道冥子ちゃんが、問いかけます。

その問いかけは、優しいものでした。


「は、はい……。

 あ、あの、何だか分からないんですけど、

 僕って、貴女に助けていただいたんですよね?

 その……ありがとう、ございました……」


そしてGS六道冥子ちゃんに殲滅されるはずだった妖怪・コンプレックス君は、答えました。

その返事は、礼儀正しいものでした。




これが、コロンビアの街で、冥子ちゃんを待っていた出会いでした。

後々、彼女たちが思い出に浸ったとき、

凸凹六道トリオの面々が始めて集結した日と言えば、この日だったのです。




11月も後半に差し掛かった、11月19日のことでした……。



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