旅日記 最終話









年の瀬も迫った12月28日。

大掃除を数日前から屋敷保守部が決行する六道家で、

今年中に終わらすべき仕事が終わらないと、頭を抱えて悩む人物がいました。



「はぁ。頭が痛いな」



それはメイド服を着込んだ、一人の女性でした。

彼女は手にした書類を眺めながらに、呟きます。

彼女は六道家本家に使える、ある部署の構成員の一人でした。


六道家に仕えるものは、それぞれに役職が与えられています。

それはコックや給仕や、

先ほど言った様な屋敷内の掃除などの基本的な事柄から、

常に六道家の人々のそばに控え、

執事や秘書的な働きをする者…………果ては、

六道家自前の私設警備隊構成員まで、本当に様々なのです。


そしてその中の六道家情報部は、最近ことさら忙しい身だったりします。


彼女はそんな六道家情報部の人でした。

ちなみにメイド服を着ているのは、

屋敷内の景観に合わせてであり、彼女本人の趣味ではありませんので、あしからず。


去年の夏、横島忠夫という少年の、簡単な調査を開始した辺りからでしょうか。

その辺りから、六道家情報部は、これまでよりも任務が、加速的に多くなりました。

去年の11月からは、

構成員も大幅に増員され、新たに2つの課が設けられたほどです。


それもこれも、六道家の正当なる後継者である、

六道冥子ちゃんが行方不明になったからです。

しかも、その行方不明のなり方が、また厄介でした。


式神を使用し、海上でヘリを爆破。

結果、太平洋上を漂流したものだと考えられる……。


その一方を掴んだ瞬間、情報部の心は『……おいおい』と、一つになったそうです。

しかし、いつまでも放心していては、情報部は勤まりません。

ヘリ爆破の時点で、情報部は物理的手段から、

霊的な術式に至るまで、様々な策を弄してきました。


しかし、かなりに時間を、冥子ちゃんは失神していたのでしょうか。


どんな術でも、六道冥子の霊気は捉えることが出来ませんでした。


それから数週間。そして数ヶ月。


情報部は日本近海を周辺を、徹底的に、様々な手段で捜索しました。

もちろん、国内の他の名家や、他国の情勢にも気を使いながら、です。


そして11月。

英国のオカルトGメンに所属する西条という男の人から、プライベートに連絡が入りました。


曰く『あの……、失礼ですが、今お宅の娘さんは、どうしていますか?』


そんな風に、

西条という男の人からの連絡は、六道家内部を探るようなものでした。

もちろん、外面上六道家は、普段となんら変らない状況にあると言うことになっています。

ヘリの爆発はもみ消しましたし、

冥子ちゃんが行方不明であることも、漏らさないようにしています。

そう、六道冥子は今、屋敷内で、式神に関する極秘の修行をしている……。

そんな風に、外部に情報は発信されていたのです。

日本国内に存在する、他の名家などに、

六道家の今の情勢を知られるわけには、行かないからです。


それでなくても、GS免許剥奪寸前と言う状況です。

これ以上の不祥事は、六道家の威信に関わるのです。


そのためにも、すでに六道家の情勢を知っている者に、

情報部は人員を割いて監視を行ってもいました。

あの横島忠夫という少年に関しても。

そしてもちろん、美神令子なども例外ではありません。

まぁ、横島少年はともかくとして、

美神令子などは、情報部の監視に気づいていたようでもあります。

あえて何も言ってこないのは、こちらの……六道家の状況に察しがついているからでしょう。

一応は友人の実家なのです。

むやみやたらに騒ぎ立てるほど、彼女は子供ではありませんでした。

………………仮に騒いだり、情報を流した場合、

何らかの形で報復が来ることは、目に見えてもいますし。


…………でとまぁ、そんなわけで、これまで以上に情報部は、

慎重に西条という男の人に、向き合わなければなりませんでした。


そしてその結果得た情報……それは、実に驚くべきものでした。

もちろん、西条という男の人は、

オカルトGメンの守秘義務に反しない程度の情報しか、寄越しては来ません。

しかし、それでも、なんら手がかりの掴めない情報部にとって、それは貴重なものでした。


六道冥子は、お嬢様は……

すでに日本近海の何処かの島などにはおらず、ヨーロッパを練り歩いている。

あの、お嬢様が。

一人では何も出来ないお嬢様が。

遭難の果てに、自分の足で歩いている。

式神で大道芸をし、路銀を集め、ホテルに泊まり、そして日本を目指している。


まさか、そんな…………あの、お嬢様が!?


情報部は、不謹慎なことながら、皆で泣きました。

無事に生きていてくれたという思い以上に、お嬢様のその行動に。


もちろん、褒められない行動も多かったのです。

まず、街中で式神を使い、

挙句に式神に乗ったまま、服を見たり、ホテルにチェックインしたこと。

これはこちらも、後々の確認が簡単でした。

つまり、それほど目立っていたということです。

そのせいでオカルトGメンに目を付けられ、逃走劇が始まってしまったのです。

これを誤魔化すのは、容易ではありません。

六道家情報部は今、様々な手を駆使して、このお嬢様の後始末を行っています。


「頭が、痛いわ……」


本当に、寝る暇すらありません。

六道家の屋敷を歩く以上、身なりや姿勢を乱すわけには行かない。

それは重々承知しているのだけれど、それでもため息が止まらないのです。

いつになったら、休めるのだろう、という気がだんだんとしてきます。

お正月までには何とか仕事を終わらせたい。

そうすれば、寝正月が私を待っている……と、メイドさんは胸中で呟きました。



「まぁ、それはそうとして……火よ……」



書類を読んでいたメイドさんは、小さな筒から狐火を出し、書類を燃やします。

その書類は機密文書資料であり、

『読後、焼却の事』という判が押されていたからです。

なお、彼女の使用した狐火は、管狐という使い魔のものです。

彼女はそれほど高位の能力者ではありませんでしたが、

六道家に仕える以上、この程度は出来て当然のたしなみなのです。


出来なければ…………六道家の人間が時たま起こす『暴走』で、

防御も何も出来ずに怪我を負い、職場から追い出されてしまったりします。


「…………でも、何はともあれ、無事に帰ってきてくれただけで、よかったわ」


六道冥子。

メイドさんは、彼女が幼い頃から、仕えている身です。

実の母親、とまでは言いませんが、彼女に対する思い入れは深いのです。


特に、『冥子お嬢様』の残した僅かな足跡を頼りに、

世界を巡った他の情報部実動員など、何度か絶望した、とのことでした。


思い入れの深い、主人の娘。

思い入れの深い、次期当主になるべき娘。


その娘が、サハラ砂漠を行ったり来たり。

欧州各国を、国境無視して行ったり来たり。

南米のアマゾンジャングルを、行ったり来たり。

コロンビア、メキシコ、アメリカの危険な3カ国を、行ったり来たり。


なんと言うか、危ないところばかりを、選んで進んでいるような感じなのです。

追跡をする側が、手がかりを掴む度に頭を抱えたくなっても、仕方ないことです。


実際、本人の証言によると、

メキシコでは仲間とはぐれたときに、黒人の男の人に車に詰め込まれた……だとか。

また、仲間の少女妖怪も、同じくさらわれたり、さらわれなかったり。


のほほんと語っていたけれど、

仲間の男の子が助けてくれなければ、どうなっていたことだろう。

式神を暴走させるだけの余裕が、あればいい。

だが、麻薬でも打たれて、前後不覚になれば、もうどうなるか分かったものではないのだ。


そんな想像をしたメイドさんは、一度だけ身を震わせました。



その後、冥子ちゃん一行は、アメリカはサンディエゴから、北太平洋に進出。

少々南下して、ハワイ島で一休みし、

ミッドウェー諸島を経て、南鳥島の北上を通過。

ついでに小笠原諸島でもう一休みし、ついに六道家に帰ってきた。

最終的な総移動距離は、60,000km近いものになると、推測されています。

これは赤道の全周より、20,000kmほど多い数字だったりします。


確かに式神シンダラは、音速に近い速度での飛行が可能です。

しかし、あのお嬢様が、

よくそれだけ式神を制御できたものだと、屋敷の皆は、これまた感動したものです。

何しろ、一人ではなく、都合三人だったのです。

乗る者が多ければ多いほど、その制御も面倒なものになるはずなのです。


迷子になっても、一人で帰ってくる。

しかも、今回の迷子は、地球一周分よりスケールの大きい迷子なのです。

そこまであのお嬢様が成長したかと思うと、少々寂しいものがあるなぁ、と、

メイドさんは不覚にも、目頭を熱くしてしまいました。


まぁ、そう考えるとと、情報操作で事後処理をしなければならないというのは、

ある意味、嬉しいことなのかも知れません。

あのお嬢様が物事を完璧にこなすようになれば、

従者としてはうれしくも有り、また悲しくもあるものなのです。

何しろ、補佐する必要がないということは、

自分たちが不必要になる場面が、多くなるということなのだから。


自分は自分の仕事を果たそう。

いつかなるであろう、新しい主人のために。

そう決意を新たに、メイドさんは背筋を伸ばした。


そんな彼女の隣を、一人の少女が走り去っていきます。

それは、六道家の屋敷内で、あまりに不適切な行動でした。

メイドさんはあくまで情報部所属であり、保守部ほど作法にはうるさくはない方です。

しかし、それでも、その少女の『廊下を走る』という行為は、見逃すわけには行きません。


「ちょっと待ちなさい」

「え、あ……」


声をかけられ、少女はぴたりと止まり、メイドさんの方を振り返ります。

短い黒髪が特徴的な、ボーイッシュな少女。

と言うか、今日は白のセーターに白のズボンを着ているため、

彼女を女性だと表現しているのは、その胸の小さな膨らみだけです。


「廊下は走らない。学校で習いませんでしたか?」

「……とは言っても、僕、学校に行ったことないですし」

「そう言えば、そうでしたわね。でも、常識的に考えて、分かるでしょう」

「はい、ごめんなさい。でも……」


少女……妖怪であり、六道冥子の新たな眷属である存在。

名前はなく、妖怪名で言えばコンプレックスだったのですが、

女の子なのに、さすがにそれはどうかと思った冥子ちゃんにより、

『コンちゃん』と、まんまな名前をもらった存在です。


そしてその名前は、数々の情報操作と平行し、GS協会にも書類を提出済み。

そう、彼女はすでに六道家に仕える眷属なのです。

なおその折、名称欄に冥子ちゃんが『コンちゃん♪』と書いたため、

彼女は正式名称をひらがなで書くと、

『こんちゃんおんぷ』となった、非常に可哀想な存在でもあったりします。


「それで、何を急いでいたのですか?」

「それはその……あうぅ。もういいです……」


メイドさんの問いかけに、コンちゃんは何かを諦めたように、そう呟きました。

呟きつつ、コンちゃんはメイドさんの後ろを見やっていたので、

彼女も背後を振り返ってみる。


するとそこには、2mを越す大男の肩に乗り、

かつ多くのドレスを持つ冥子ちゃんの姿がありました。


「も〜、コンちゃんったら〜〜。逃げなくてもいいじゃない〜〜」


ドレス片手に、冥子ちゃんはのほほんとそう言います。


なお、大男の名前は、タイガー寅吉君と言います。

旅の途中の紆余曲折の末、

冥子ちゃんに忠誠を誓い、はるばる日本まで来た日系コロンビア人です。

もちろん、彼に関する情報操作もバッチリです。

タイガー君は、冥子ちゃんの式神に乗ってきたので、

当然、入国の手続きなど一切していなかったのですが、

今ではちゃんと、数日前に『留学』と言う名目で来日した……という事になっています。


「トラちゃん〜〜、おろして〜〜」


そう言われると、タイガー君は名残惜しそうに、冥子ちゃんを肩から下ろします。

その顔はかなり緩んでおり、その顔を見たメイドさんは、

『あれは、この肩はしばらく洗わないとか、そういう下らないことを考えてるな』

…………と、そんな下らない想像をしていました。

そしてそれは、バッチリ正解だったりします。


「どうしても着なきゃ駄目ですか?」


諦めたものの、一応、最後の望みをかけて、コンちゃんは冥子ちゃんに聞きました。


「女の子だもの〜〜。きっと似合うわ〜〜」

「僕、スカートってどうしてもダメなんです。て言うか、僕は女の子じゃ……」

「これはドレスよ〜〜〜? それに、コンちゃんは女の子だもの〜〜〜」

「いや、ドレスもスカートも、一緒ですから! 変りませんから!」

「そうかしら〜〜?」

「もう、そうですよぅ……。どっちもヒラヒラしてるし」


ここでメイドさんは、なんとなく事情を理解しました。

聞いた話では、コンちゃんはもともと、男性的な存在だったそうです。

よって、女物の服を着るのは、女装をするようで、気が咎めるのでしょう。

傍目から見ている限りでは、別に着てもいいように思うのですけど……。


「ど〜しても嫌ぁ〜〜?」

「嫌です」

「うぅ〜〜。着てくれないと、私、私〜〜」

「ど、どうするって言うんですか?」


まずい。

その会話の流れを見守っていたメイドさんは、そう直感した。

その流れで行くと、

自分の要求が応えてもらえなかった冥子ちゃんは、泣いてしまい、そして……。


暴走?


そう考えたメイドさんの顔から、血の気が引いていきました。

まずい。この距離では、自分まで被害をこうむる。

ここは一つ、コンちゃんには悪いが、

ドレスだろうが何だろうが、着てもらうしかないのかも……。

まだまだ仕事が残っているのに、今ここで怪我をしている場合ではないの。


そんな風に思考展開するメイドさんを横に、冥子ちゃんは声を張り上げました。


「ど〜しても着てくれないなら〜〜〜トラちゃん、お願い〜〜」

「合点ですジャー!」


冥子ちゃんの命を受け、タイガー君がコンちゃんに迫ります。


「うう、スマンですノー、友達なのに、コンさん」


言いつつ、タイガー君はコンちゃんを抱きかかえました。

そのタイガー君の目には、涙が浮かんでいます。

ですが、口元はかなりだらしなく緩んでいるので、

決して友達を裏切った、後悔による涙ではないようです。


「ちょ、止めてくださいよ、タイガーさん! どこ触ってるんですか!?」

「役得と言うやつじゃノー!」

「開き直らないでくださいよ!? はぅ、そこは……駄目…」

「はっはっは! 大人しくしんしゃい」

「これってセクハラですよぅ〜!」


漫才をしつつ、コンちゃんはタイガー君によって連行されて行きます。

後に残ったメイドさんに、

冥子ちゃんは『お着替えが終わったら、お披露目するから〜〜』と、

やはりのほほんと言い残し、その場を去っていきました。



「…………お嬢さまが……暴走しなかった……。

 これも旅で成長したから…………?」



ホッとしたように、しかし、どこか物足りなさそうに、メイドさんは呟きました。





まぁ、そんなこんなで、

無事六道家へと帰ってきた冥子ちゃんは、年を越しました……。

彼女が今回の旅で得たものは、色々あります。

決して、旅の始まりは、本意ではないけれど……しかし、意義のある旅でした。


でも、彼女の旅は、本当の意味では終わっていません。

彼女が日本に帰ろうとした本当の目的は、友達に謝るためなのです。


コンちゃんを着替えさせて、のほほんと遊んでいる冥子ちゃんですが、

彼女が本当にしたいこと……友達に謝ること……は、まだまだ出来そうにありません。


情報操作が終了させ、ここ数ヶ月に発生した、

様々な問題を解決しなければ、先には進めないのです。

そして奇しくも、そのすべての問題が解決するのは、

年が明けて、しばらくしてからになりそうです。


それまでは、まだまだ自宅謹慎の日々です。



まぁ、一番可哀想なのは、

暇つぶしに着替えをさせられたり、

友人のトラ男にセクハラされている、コンちゃんなのかもしれませんけれど……。










冥子ちゃんの旅日記 完。







以下のストーリーは、『横島クンのお仕事 2』に続きます。


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