第三話




トントントンと、リズミカルな音が、俺に朝の訪れを伝えてくる。

俺がもぞもぞと布団の中からはいでいると、そこは見慣れた狭い俺の部屋。

視線を上げて、さらにキッチンのほうを見やると、

そこにいたのは朝食を作っている愛子だった。


「おはよう、横島クン」

「ああ、おはよっす」


大きく口を開け、欠伸交じりに朝の挨拶をする。

なお、愛子が背後の俺が起きたことに気づけるのは、

本体の机が居間に置いてあるからだろう。


あれなんだよなぁ。

若気のいたりって奴で、後ろから不意に抱き付こうとしたことがある。

何でって聞くなよ? 若気の至りなんだ。

あえて言うなら、エプロンをした美少女が、ご飯を作っているのだ。

まさにこれは、据え膳じゃないか?

そう思って接近すると、愛子は俺に気づいて、振り返るのだ。

俺がどれだけ気配を消しても、だ。

そしてきょとんとした無邪気な顔で『? どうかした?』とか聞くんだ。


何故なら、本体は居間にあり、俺の行動を察知してるから。

このからくりを見抜く…………と言うか、気づくまで、

俺はかなりムキになってたりもした。

絶対に、愛子に気づかれず、後ろから抱きしめてやる、とか。


アレも今思うと、何気にいい訓練になってたのかもなぁ。


そんなアホらしい少し前のことを思い出しつつ、俺は普段着に着替える。

G−パンにシャツ。どこにでもいる高校生普段着バージョンの出来上がりだ。

あとは手櫛で髪を簡単に整え、バンダナを巻く。

脱いだパジャマは、週末にコインランドリー行きなので、部屋の隅のかごに入れる。


うっし、後は愛子の朝食を待つだけだな…………って、待て。

今日も試験なんだ。

昨日は1次試験をギリギリ通過。第1試合は、俺にしたらかなりの楽勝だった。

そして今日、第2試合に勝てば、GS資格を受け取ることが出来る。

だから…………受験票を忘れないよう、持ち物チェックをすべきだ。


受験番号の書かれた、受験票。今日も受付で見せなくてはならない紙。

この小さな紙切れさえ持っていれば、いいのだ。

逆に言うなら、これを忘れると、胴着やサスマタを持ってても、意味が無い。

俺は受験票がカバンの中にしまってあることを確認し、ホッと一息ついた。

ついでに言うなら、愛子にもらったアミュレットも、しっかりとカバンに入れてある。


「朝ごはんだよ、横島クン」

「おう」


簡単な準備をしているうちに、愛子も朝食の準備を終えたらしい。

俺は布団をたたんで、テーブルを出した。

狭いこのアパートには、

布団とテーブルを同時に出せるだけのスペースなんて、ないんだよな。

その一連の動作は、俺も愛子も慣れたもの。

速やかに睡眠モードから、食事モードへと家の中が変化する。


朝飯は、スタンダードな和食だった。

ゴハン、ねぎと豆腐の味噌汁、焼いた鮭に漬物。

先のトントンと言う音は、おそらくねぎを刻んでいた音だと思う。

まさに、絵に描いたような日本の食卓……あるいは、

家庭科の教科書の載っているかのような、そんな朝食。


昨日の朝飯のときに『とんかつでも出るかと思った』と言ったら、

逆に『縁を担いで、おなか壊すこともあるのよ?』と説明されたりもした。

むぅ、確かに。

まぁ、俺は若いんだし、多少脂っこいものでも、朝からOKだと思うけど、

でも、わざわざ普段と違うものを食う必要もないよな。


「頂きます」

「はい。いっぱい食べてね」


俺は箸を持ち、まず味噌汁に口をつけた。うん、美味い。

インスタントの塩辛さのない、作られた味噌汁。

減塩のでも、インスタントは微妙に塩気が強いんだよなぁ。


ずずっと味噌汁を飲み、その後は焼き鮭に手を伸ばす。


「…………」

「……………」


食卓に、微妙な沈黙が下りる。

……やべぇ。なんか、緊張してきた。


今日、この飯を食って、試験会場に行って、そんで試合して。

その試合に勝てば、GS資格ゲット。

仮に落ちれば、ゲットならず。


昨日の時点で、白竜会の人間は全員受かっている。

つまり、今日の試合で、ユッキーやサボ念に当たる可能性もあるわけだ。

あるいは、あいつらより強い相手に当たる可能性も……。

昨日の奴は、割と弱かった。

強いのは確かだけど、スピードがないから、回避はしやすかったし。

つーか、格闘戦主体の奴でよかった。

幻術とか、精神的な攻撃をしてくる奴とは、

よくよく考えると、まともに手合わせしたことがない。

呪術とか使ってくる奴がいたら、どうやって戦えばいいんだろう?

今日も昨日みたいな奴と当たるかどうかは、分かんないしなぁ。

今日も、格闘馬鹿と当たればいいんだけど……。


昨日は1次が受かって、

そのまま試合で、いちいち考える暇もなかったけど、

こうして座って飯を食いつつ考えると、俺ってやっぱりヤバイかも? とか思えてくる。

昨日寝るときは、明日も楽勝だぜ……みたいに思ってたんだけど。


奥の手は、できれば3回戦まで取っておきたい。

…………なーんて、余裕こいたこと、今日は言ってられないかもな。


「ねぇ、横島クン? 応援のことなんだけど」

「んあ? 何だ?」


もぐもぐと白米を咀嚼する俺に、愛子が話しかけてくる。

俺はちょっとマイナス思考な考え事を、

飯を一緒に飲み込んでから、答えた。


「昨日、やっぱり私の声、聞こえてなかった?」

「うん。あんまりな」


「やっぱりねぇ。

 私も、最初はどこで横島クンが戦っているのか、分かり辛かったし」


愛子が言うには、観客席からでは、

俺がどのコートで試合をしているか、それがまず分かり辛かったらしい。

もっとも、俺が時間だけはやたらとかけたので、

途中から試合をしているコートは、俺だけになってたそうだけど。


「途中からは、声がかけられなかったわ」

「何でだよ?」

「横島クンの集中、乱しちゃいそうだったし」


何でも、蛮の攻撃を回避しまくる俺の試合は、見ていて手に汗握るものだったらしい。

外から声をかけて、もし俺が集中を乱して……とか考えると、

簡単に大声で応援もできなかったそうだ。


「気にするなよ。むしろ声をかけてもらって方が、嬉しいし」

「大丈夫なの?」

「あれくらいなら、道場の訓練のほうが厳しいだろ?」

「そうなんだけど、試合会場だし、なんか雰囲気がいつもと違ったから」


「俺も緊張してたけど、愛子の緊張してたみたいだなぁ。

 そういや、結局どうやって観客席に来たんだ?」


俺は愛子を委員会の人に頼んだあと、そのまま1次試験に向かった。

そのため、どうやって愛子が観客席に案内されたのか、知らなかった。


「手の空いてた保健係りの女の子と一緒に」

「そんな係りがいたのか」


「負傷する人もいるでしょう? 当然よ。

 第1試合が始まる前だったし、暇だったんだと思うわ。

 コンって言う娘なの。見た目は中学生くらいかしら?

 何でも、保健係りのチーフさんの、使い魔なんですって」


「さすがGSの試験会場だよなぁ。

 意外と愛子がいても、目立たないのかもな。

 ところで、その保健係りのチーフって、誰なんだ?」


「知らないわ。

 試合前に、ベッドの用意がどうとかで、席をはずしていたから」


たわいのない話をしつつ、俺はTVのリモコンに手を伸ばした。

いい雰囲気だ。いつもの朝って感じ。

少しだけ、俺も緊張がほぐれた気がした。

そう、自然体に行かないとな。

変に緊張してたら、昨日のピートみたいにガチガチになっちまうし。


今日もこのまま試験会場に直行なんだ。

今から緊張してても、何の得にもならない。


俺は味噌汁の残りを飲みつつ、TVに目を向ける。

流れてくるのは、朝の天気予報だ。

うん、今日も晴れだ。

試合日和だ……って、関係ないか。室内なんだし。



『……以上、お天気コーナーでした。

 次は、朝のニュースラッシュです〜』


『はい、今日も全国日本晴れですね。
 
 それでは、ニュースラッシュのコーナーです。

 昨日、東京都で行われた今年度GS資格取得試験第1試合で、

 一時会場が騒然とする騒ぎがありました。

 現場である会場には、リポーターの村上さんが待機しております。村上さん?』


『はい、村上です。昨日の午後、この試験会場内で、

 ドクター・カオス容疑者(1051歳)が、

 自作アンドロイドに発砲させると言う事件が起こりました。

 警察当局は、銃刀法違反脳の容疑で、カオス容疑者を逮捕。

 マリアと呼ばれる少女型アンドロイドを、証拠品として押収しました』


それを聞いた瞬間、俺は口に含んだ味噌汁を、

部屋中にぶちまけそうになった。

プルプルと震える俺を、愛子が小首を傾げてみている。

いや、喉に詰まったわけじゃないぞ、愛子。

俺は『ドクター・カオス(1051歳)』に、バリバリ心当たりがあった。

と言うか、昨日試験会場で、生で見たのだ。

インタビューされてたのだ、あの爺さんは。


『村上さん、GS協会のほうは、なんと言っているのですか?』


『はい。GS協会は、今後も試験を続行するようです。

 GS試験では、試験中に再起不能になる選手も多いようで、

 受験者の方々にも、それほど大きな動揺は見られないようです。

 なお、今回の事件に関して、

《今後慎重に対処していきたい。

 現役GSにも、霊刀などの取り扱いには注意を呼びかけるつもりだ》と、

 GS協会の会長はコメントしております。以上、現場からでした』


『特殊な職業であるからこそ、使用する危険物。

 だからこそ、その取り扱いには十分注意して欲しいものですね。

 本日の試験に参加するGS候補の皆様にも、十分留意して欲しいものです。

 それでは、次のニュースです。昨日、ザンス王国で行われた、精霊石の………』


俺は味噌汁を噴出しそうになるのに耐えつつ、

何とか、TVのニュースを聞き終える。


…………何やってんだよ、ヨーロッパの魔王!

そういうもん使うなら、最初に許可をとって……って、駄目か。

ニュースで見る限り、ただの銃であって、

銀の銃弾とか、そういう霊的な何かでもないみたいだし、許可なんて下りないか。


証拠品として押収されたみたいだけど……あのマリアって言うロボット。

アレ、どーなるんかなぁ。

俺にも一台、作ってくれないかなぁ。

どうせなら、無表情キャラな感じで。

髪は青いロングのストレート! 

必殺技は、お腹を開いて幾筋もの腹筋ビームだ!


まぁ、とにもかくにも……ヨーロッパの魔王が、試合どころか法律に負ける。

現代社会の風は、厳しいんだな……。


しばらく臭い飯でも食って、頑張れ、魔王!













            第三話      強敵。激突。そしてその先にあった光……












『さて、いよいよ合格ラインを決める第二試合が、開始されようとしています』

『選手のみんなにも、そろそろ焦りの顔が見えるあるな』


『そうですね、人生、何が起こるかわかりません!

 昨日は特例で研修免除、絶対合格と目されたドクター・カオス氏が、

 試合中にまさかの逮捕となり、

 果ては、最弱と目される横島忠夫氏が、勝ち抜いています!

 今日も何が起こるかわかりませんね、厄珍さん』


『そうあるねぇ。まぁ、なるようになるものね、こういうのは』

『さぁ、審判長の晴野氏により、本日の試合組み合わせが発表されます』



昨日に引き続き、小うるさい実況と解説。

わざわざ最弱とか、いちいち言うな。ちくしょう。

大体、じゃあ昨日俺に負けた奴は、どーすんだ、こんちくしょー。


俺は昨日同様に失礼なアナウンスを聞き流しつつ、

…………まぁ、しっかりと小声で突っ込んでたりするけど、

何はともあれ、自分の試合が行われるコートへと向かう。


途中、視線を観客席のある方向へと向けた。

正面玄関の反対側にある客席。そこに愛子がいる。

今朝のうちに、昨日はどのあたりで応援していたのかを、あらかじめ聞いておいたのだ。


……ん? 


隣にメイド服のような格好をした、ショートヘアの女の子がいる。

ああ、あれが愛子の言っていたコンちゃんなのかな?

小柄でキュートな感じ。いや、俺はロリじゃないぞ?

あの子が今後立派に成長した姿を考えて……あ、使い魔だし、成長しないのか。

ちょっと残念。


コンちゃんについては、色んな意味で惜しいですが、それはまぁ置いておいて。

可愛い女の子二人が応援してくれるって、かなりいいよな。

コンちゃんは、係りの仕事、大丈夫なのか?

まぁ、今も試合開始前だし、怪我人なんていなくて、暇なんだろうけど。


俺は小さく手を振ってみた。

すると愛子とコンちゃんが、俺に手をふり返す。


「はっ!?」


唐突に気づいたが…………今の俺は、

もしかして……モテモテ君っぽい行動をしたんじゃないか?

そう、試合のコート前に、女の子に手を振って、振り返されたんだ!

燃えるシュチュだよな!


昨日は試験前からピートに抱きつかれたりだとか、

正直、幸先が悪かったけど、今日は最高の出だしだよ!


そんな俺の試合コートは7。うん、ラッキーセブンだ。

そんな俺の対戦相手は……。



「リー・クロウ・ホーだ。よろしく頼むよ」



なんか、長髪のメガネをかけたおじさんだった。

見た目はなよなよしている感じ。

長身で、俺より十数センチは背が高い。

…………見た目からしてアレだった昨日の相手より、

ある意味で、より大きな迫力があるようにも思える。


そう、どんなタイプか、一目しただけでは、分からないのだ。

パワー? スピード? 

それすら、判別つかないな。

筋骨隆々なら、どう考えても絵的にパワーだと分かるんだけど。


俺は審判の試合前の注意を聞きつつ、相手を観察する。

なお、審判には昨日と同じく、サスマタの使用許可をもらった。

すると相手のクロウも、何やら黒い本を出し、使用許可をとった。


何だろう、あの本は。魔術書か、何かだろうか?

カバーが黒いせいで、中身が何なのか、分からない。

まさか、アレでこっちのドタマをカチ殴ってくることは、ないだろーけど。



「それでは、試合開始!」



そうこうしているうちに、試合が始まった。

俺たちの間にいた審判が下がり、結界の外にある椅子へと座る。


ったく。試合前の観察じゃ、ほとんど分からなかったぞ。

さて、どうしたものか。

昨日の奴にはない、得体の知れない迫力が、今日の相手にはある。

これが長年修行を積んだものの出す気配って奴か?


何にしろ、俺の勘が、うかつに手を出すなと言っている。


「仕掛けて、こないのかい?」


数秒の逡巡。それを見抜いたかのように、クロウが話しかけてくる。

こんちくしょう。

なら、お言葉に甘えて、こちらから攻めさせてもらうぜ……とは言わない。

俺はクロウに鋭い視線を飛ばしつつ、答える。


「先手は譲ります。どうぞ、そっちから」

「いいのかい?」

「どーぞ。どーぞ」

「では、こちらから」


そう言うと、クロウは本を開き、そこへ視線を一度だけ落とす。

やはり、魔道書かな、あれは?

少なくとも、こちらへの攻撃手段と言うより、

自分の力を高めるためのものっぽいけど。


「……フィアト!」


何らかの前置き。

俺には聞こえないけれど、おそらく呪文だろう。

それを唱え終えたクロウは、手をこちらに突き出して、霊波を放出してくる。

俺はそれを感じ取り、左へと回避行動を取った…………のだが、吹っ飛ばされる。



「がはっ!?」



俺は目に見えない圧力に押され、結界の壁まで押しやられる。

肺の中の空気は無理矢理吐き出され、一瞬、星が見えた気がした。


え? えぇ? な、何なんだ!?

霊波砲なら、俺は絶対に回避したぞ!?

踏切が足りない? んなわけない。

俺は確かに、脚のばねを最大に使って、真横に2、5mはジャンプしたぞ?


(? そう言えば、霊波が出るのは感じたけど、『砲』って感じなものは、見えなかったな)


相手の行動を見逃さないよう注意しつつ、俺は胸中で繰り返し考える。

クロウのこちらへと向けた手の平から、何かが出たのは、分かった。

それを、こちらへ直線的に迫る霊波砲だと判断した俺は、

素早く身を左へと移動させた…………にもかかわらず、

何故か、吹き飛ばされた。


やはり、俺やユッキーが使うような、ああいう霊波砲じゃないのか?

何か、特殊な霊波の飛ばし方みたいな、そーゆーのがあるのか?


俺は結界にぶち当たった体を起こし、再度距離を取る。

ダメージはそんなにひどくないが、

相手の攻撃方法が分からないのは、痛い。


「こっちから行くしかないか」


考えていても仕方がないので、俺は両手に霊弾を構成する。

体外に漏れる霊気を凝縮、そして維持。

それを投げつけると言う、基本的な霊的戦闘技。

数ヶ月前までは『C−マイン!』とか叫んで、

かなり意識しないと出来なかった技だったりする。


「当たれよ!」


俺は気合とともに、クロウに向けて霊弾を発射する。

銃弾よりは遅いものの、かなりの速度に達する俺の霊弾は、

照準したクロウに向け、一直線に飛んでいく。


それに対し、クロウは冷静だった。

持っていた本を閉じ、一言。


「フィアト」


たったそれだけの言葉で、俺はまたしても後方へと吹っ飛ばされる。

もちろん、相手の口が動いた瞬間、俺は右方向へと飛んでいた。

先ほどと同じ攻撃が来るなら、

とにかく一箇所にとどまっていては、駄目だと思ったからだ。

だが、俺の体は宙を舞った。

一瞬、手にしてサスマタまでも、落としてしまいそうになった。


「くそ、なんだっつーんだ?」


起き上がり、相手を見据える。

俺の放った霊弾は、先の呪文攻撃で同時に消滅させられたらしい。

クロウは、その場に相も変らず立っている。

ちゅーか、試合が始まって、まだ一歩も動いてません。


あの人、今年初めての受験なのか?

それとも、去年も落ちてたりするのか?

どーでもいいけど、レベルが高いなぁ、おい。


「もう、攻撃はしてこないのかね?」

「考え中。つーか、そっちの攻撃方法が分からない」

「見抜けぬ限り、そっちに勝ち目はないよ」

「見抜けたら、あるかな?」

「どうだろうねぇ」


とぼけた感じに、笑うクロウ。

それは、どこか苦笑めいた笑いだった。

性格的には、いい人っぽい感じだな、この人。

昨日戦った蛮なんかとは違って、普通に話せそうな気がする。


まぁ、相手がどんな人だろうが、

ここで負けたら、何にもならない。


見抜けるまで粘って、どうにか勝利を掴まないと。

もしかすると、今日はメドーサさんも応援に来てくれるかも知れないし、

現在進行形で、愛子たちも見てる。

あんまりアホなやられっぷりばかりは見せられない。


(レイヤー発動!)


俺は空中に多くの霊気の塊を放出し、それをぶつけ合って、割った。

すると中から俺のこめた霊気が拡散し、広がっていく。

その霊気は結界に覆われたコートの中に充満し、

そしてコートの中に、俺による俺のため領域が広がっていく。


俺が最も使い慣れている独自の結界だ。

まぁ、最初の頃とは発生のさせ方とか、

少しずつ改良して違ってきているけど。


……とにかく、充満させた霊気は俺の思いのまま。

今、コートは俺のための領域になったのだ。


(レイヤー拡大、でもって、暗黒!)


俺は充満した霊気を操作し、レイヤー内の光を遮断する。

こうすると、敵は目視も霊視も効かなくなるのだ。

なお、言うまでもないが、俺は自身の霊波に包まれているので、

相手の場所や行動は、ちゃんと確認できている。


「さて、どう出る?」


肉眼では相手が確認できない。

霊視でも、霊気が充満していて、分からない。

この結界をかき消すためには、

今充満している霊波を、すべて結界の外に追いやるしかない。


ある意味、俺はラッキーだ。

試合用の結界が強固であればあるほど、この結界は破りにくくなる。

何しろ試合結界を破って、俺の霊気を外に出さない限り、このレイヤーは壊せないんだし。


よし、なんとなく光が見えてきたぞ。

まぁ、今この場は、暗闇に覆われてますがね!

さぁ、どう出る? クロウ?

あんたからは俺が見えないが、

俺からあんたは、はっきりと認識できてるぞ?


「…………フィアト」


優勢に立ったと考える俺を尻目に、またしてもクロウは呟いた。

そう。馬鹿の一つ覚えみたいに。


だが、効果は絶大だった。


俺の支配下にあったはずの、俺が放出した霊気を、

クロウは横から掠め取って行ったのだ。


どう言うことか?

早い話が、充満していた霊気を、すべてクロウが吸収したのだ。

そしてクロウは、右手をこちらへと向ける。


やばい。すごくやばい。

充満させておいた俺の霊気が、

たった今吸収されて、クロウの右手に集約されている。

クロウ自身と、俺の出した霊気で、

そこの集まっている霊気はとんでもないことになっている。

アレで霊波砲を撃ったら、ユッキーの最高出力を超えるんじゃないか?


何なんだ、この人は。

くそ。GS試験は、やっぱ一筋縄じゃ行かないよな!

聞いてて分かってたつもりだけど、

目の前で実際に強い受験者を見ると、実を持って実感するな。


でも…………負けてたまるか!


俺はサスマタをくるりと一回転させ、構える。

負けるわけには、行かないんだ。

これに勝てば、俺はGS資格を手に入れることが出来るんだから!


「五感五塵! 螢惑招来!」


このサスマタの柄の部分には、滑り止めとして、多くの符を貼り付けてある。

つまり、俺はサスマタと十数枚の符を、現在手に持っているわけだ。

コート内に持ち込んでいい道具は、一つだけ。

そういう決まりがある以上、少し反則気味かな、と思う。

でも、審判が特に何も言ってないんだし、気にする必要はないよな。

そんなことを言い始めたら、鎖鎌なんて、鎖と鎌の2部構成だし。


でだ。

言うまでもなく、滑り止めとして貼り付けた符は、使用することが出来る。

使用すればするほど、滑り止めがなくなるわけだが、まぁ、いい。

また、俺が符術を使えるのは、

出来れば隠しておきたかったんだけど……これもまぁ、いい。

ユッキーやサボ念には、実際使っているところを見せたことも、あるんだし。


これで駄目なら、魔眼&新技発動だな。

戦力の逐一投入ってのは、確か駄目な手らしい。

最初から全戦力投入が、いいらしい。

つーと、俺のこの段階的に技を小出しにするのは、駄目な戦い方なんだろうな。

でも、一番最初に全力で奥の手を使って、

それで通じなかったら、もう戦意なくなる気がして怖いんだもん……。


(さて、行くぜ)


何はともあれ、俺の召喚に応じ、炎がサスマタのU字部分に発現する。

俺は召喚した炎をクロウに向けて、放つ。

あの集約した霊気を使った攻撃が来る前に、こっちから仕掛けないと!


俺は炎とともに……というか、炎の後ろに隠れるように、自身もクロウに向けて走る。

炎は目くらましになれば、それでいい。

そのまま、接近戦に突入してやる。

ここまで強い術を呪文一つで行使する。

となれば、あの人は格闘戦には弱いはずだ。

そこをつくことが出来れば、勝てるかも知れない。

希望的観測だよな、我ながら。

でも、ここに来て、格闘が最も得意だ……なんて話になったら、マジでヤバイよな。


……とにかく、今クロウの手には、大きな力は集まっている。

あれを制御するのは一苦労なはずだ。

攻めるなら、今この瞬間しかない。

と言うか、正直なところ、俺がこのまま何もしないで、

あの攻撃を繰り出された場合、回避する自信も、受けきる自信もない。


「でやぁぁ!」

「フィアト」


しかし、またしてもクロウのあの呪文が、俺の耳朶を打った。

クロウは自身に迫る炎を、その一言で吸収し、

右手をただの『力の集まる右手』から、

『燃える力の集まる右手』へと進化させた。


「な、なにぃ!? マジ!?」


驚き、後退しようと思ったときには、もう遅かった。

いっそ、そのまま相打ち覚悟で突っ込んでいればよかったんだ。

でも、遅かった。瞬間的な戸惑いが、戦いでは大きすぎる隙だった。


「へぐはぁあっ!?」


俺はクロウの燃える右手により、力の限りぶん殴られた。

すっげぇ痛かった。

ついでに、熱かった。

と言うか、殴られた瞬間、頭から魂が出たかと思った。


「くっ……!?」


正直な話、死ぬか、意識を失うか、どっちかだと思った。

でも俺は死ななかったし、意識も失わなかった。

10000mを頭から落下したこの俺を、舐めるなって言うことだな。

自分でも、ちょっとびっくりしました。



「っつー。今のは効いたぞ……」

「なっ! 今ので倒れないのかね!?」

「頑丈に出来てるモンでね!」



く、くっそう……。

強気にそう言ったけど、かなりのダメージだ。


俺は朦朧とする意識の中、クロウを睨む。

接近しようと思うと、吹っ飛ばされる。

避けようとしても、まるで風みたいなクロウの攻撃は、避けきれない。

こっちからの攻撃は、基本的に吸収されるっぽい。

少なくとも、霊力を使った攻撃は、弾も結界も符も無効化された感じ。

でも、この結界内じゃ、霊力をこめないと、相手にダメージは届かない。


どーする? どーすればいい?

……基本的な、霊的戦闘か?


つーと、今はチャンスなんじゃないか?

ここまで接近したんだ。離れるのは、得策じゃない。

ここでまた吹き飛ばされたら、

もう勝てるチャンスがない気がする。


そう。そうだ。

離れちゃ、駄目だ!

そこまでを朦朧としつつも、一瞬で考え抜いた俺は、

無意識のうちに、手をクロウの顔に向けて伸ばした。

クロウは俺に手から逃れようと、顔を横へと背ける。


だからだろう。

俺はしっかりと、クロウの髪を握ってしまった。


「うっ……」


そして足元がふらついて、つい左へ歩いてしまった。

一歩、二歩……大した距離ではないが、

人の髪を引っ張るにしては、相当な距離だった。

愛子の髪の長さでも、

引っ張りながら動けば、四歩以上は無理だと思うし。

で。このクロウと言うおじさんは、長髪とは言え、胸元辺りまでの長さだ。



「…………………………あっ」



俺の動きに連動して、髪が動いていったのだ。

当然だな。俺が手にしっかりと握っているんだから。

そして、限界まで引っ張れたクロウの髪は…………取れた。


ああ、根本から取れた。すぽんと取れた。完膚なきまでに、取れた。間違いなく取れた。

一瞬、幻術を喰らったのかと思ったが、取れた髪は紛れも無い現実の産物だった。


そしてその取れた髪の下からは、クロウの本当の額が見えた。

ああ、地肌だ。つまるところ、クロウの長髪は、かつらだったらしい。

試合会場の天井には、多くのライトがある。

そのライトを受け、クロウの頭は光り輝いていた。


え、えーっと。


俺は手に取ってしまったかつらを見つつ、どうしたものかと思案した。

と言うか、思案できるくらい、コートの中は静かだった。

ある意味、時間が止まっていたんだと思う。

どうすればいいのかと思い、審判を見やると、審判も大口を開けてぽかんとしていた。


……これは、アレだよな。

試合中の事故だよな?

俺は別に、他意があって髪を引っ張ったわけじゃないんだし。


「えっと……ごめんなさい」


とりあえず、俺がかつらから視線を上げ、謝罪をすると…………


「バレてしまったね」


そこにいたのは、唐巣神父だった。




…………………え? 



こんなところで、何やってんスか、神父?

え?

ヅラ?


うん?


…………………何かのギャグ? 俺は笑うべきなのか?


「あ、あははは……」


会場内に、俺の乾いた笑い声が、やけに大きく響いた。



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