第二十九話




長い長い不気味なトンネルを抜けると……そこは空中だった。

夜の帳が下りた、やけに光の少ない街が眼下には広がっていて、

それを視認すると同時に、慣れることの出来ない落下感が身体を包む。


『きゃっ』と言う言葉が口から出そうになったところで、

私のお尻は固い何かにぶつかってしまい、結局出た言葉は『はぅっ』なんて言う、情けないもの。

痛みはそれほどひどいものはなかったけれど、私は混乱と情けなさから、微妙に涙眼になり、呟く。


「ったぁ〜……。ああもう、なんなのよ!?」


その恨み言を向ける相手は、言うまでもなくメドーサだ。

私が視線を上げると、彼女は何もなかったかのように立っていた。

視線は私のほうを向くことなく……まぁ、アレよね。眼中にないって感じ。


「人を驚かしといて、悪かったの一言もないわけ?」

「ああ、悪かったね」


私の呟きに、メドーサは謝罪の言葉を呟く。

何の思いも込めず、こちらも見ずに。

………………こんのクソ魔族は! なんなのよ!?


この年増魔族は、あろうことか変なイチャモンをつけて、私に雷撃符を浴びせてくれた。

その結果、意識を失いそうで失わないおかしなトンネルをくぐらされ、お尻を強打。

とてもではないが、最強のGSである美神令子にあってはならない失態よ!


「ああ、もう〜。くぅ〜」


反省と怒りの混じった思いとともに、私は身をよじる。

すると悶えている私に、初めてメドーサが視線を投げやってきた。

…………ムカつくことに、呆れを多分に含んだ視線だった。


「五月蠅いから、少し黙っていてくれないか? 気が散る」

「はっ! アンタの都合なんて、知ったこっちゃないのよ!」

「沈黙は金と言う言葉を知らないのか?」

「知らないわね! そんな英語の授業で習わされそうなコトワザなんて!」


そもそも、最初に私の都合も何もかもを無視して、雷撃符を放ったのは誰?

答えは簡単で、言うまでもなく目の前にいるメドーサだ。

そのメドーサの都合を考えて、私が大人しくしてやらなければならない理由なんて、どこにもないのよ!

私は手にしていた神通棍を構え……ようとしたら、私の手の中にあったはずの神通棍は、なかった。

どうしたんだろう? もしかして、雷撃符の攻撃のどたばたで、落っことしちゃった?

私は慌てて地面に視線を向ける。

どこ? 棒状だから、店内の何処かに転がっちゃってるかも……。


「………って、ここはどこなのよぉぉお!?」


視線を降ろした先には、瓦しかなかった。ここは厄珍堂の店内であるはずなのに?

そう疑問に思って視線を左右にめぐらせて見れば……なぜか、私のいる場所は寺院の屋根の上だった。

そう言えば、先ほどトンネルらしい場所を抜けた瞬間、夜の街を一瞬見た気もしたけれど。


「一人芝居が上手な娘だねぇ、アンタ。GSより芸人にでもなればどうだ?」

「余計なお世話よ!? それより、何処なのよ、ここは!」

「建物の屋根の上」

「ンなことは分かってるわよ!」


一人混乱する私に対し、メドーサは冷静そのものだった。

挙句、余裕たっぷりに戸惑う私を見て、笑っていたりする。

もしかして、私はからかわれている? 

GSである私が、魔族の手玉に取られている?

何をやっているのよ、私は!


すーはーすーはー。深呼吸、深呼吸。


落ち着くのよ、美神令子。そう、私は美神令子。

年増に笑われるんじゃなくて、私は無様な年増を笑うほうでしょ?


「取り乱してしまったようね。私としたことが……」

「それはもう、この上なくな。無様だったよ」

「……っ!」


落ち着きを取り戻そうとする私に、メドーサのツッコミが入る。

いちいち人の心に剣を刺してくれるわね……。

さすが魔族と言ったところかしら。


そう、そうなのよ。メドーサは魔族。

そう、魔族。再確認、再認識終了。

相手のペースに載せられては、勝負にならない。

うん、再確認、再認識。

私としたことが、つまらない挑発に乗ってしまっていたわね。


「私はGS……」


言いつつ、ふと視線を動かすと、神通棍が瓦と瓦の間に挟まっていた。

私はそれを拾い上げ、手の平の中でくるくると回す。

持ちなれた感触により、しっかりと落ち着きを取り戻した私は、メドーサに改めて声をかける。


「貴女、私に何をしてくれたのかしら?」

「お前に雷撃を仕掛けて、眠っていた時間移動能力を目覚めさせただけだ」

「……だけって、さらっと言うけどね! もし私にその能力がなかったらどうする気だったの!?」

「まぁ、あんたが雷撃に耐え切れず、黒焦げになっただけだろうさ」

「人の命で勝手に賭けをしないでくれる!?」

「いいじゃないか。過ぎ去ったことなんて」

「よくないわよ! 問答無用で極楽に逝かせてほしい!?」

「…………出来るかい? あんたにさ」

「うっ!?」


メドーサの気配が変った。

私の怒気を受け流していた彼女が、こちらの気を受け止め、弾いている。

両の手の平を、広げ、折りたたみ……こきこきとメドーサの指の骨が鳴る。


まずい。よくよく考えてみれば、私には神通棍しか武器がない。

メドーサが猶予をくれるなら、

神通棍のグリップの中から、隠してある精霊石とお札を取り出せるけれど……。

でも、上級魔族の精霊石は決定的な武器にはならないし……さすがに、罠を仕掛ける余裕もない。

と言うか、まずここは何処? 身を隠せる場所がないわよ? 

この寺の屋根から移動すれば、逃げ込めるビルか何かがあるの?


会話の流れからすれば、私の時間移動能力が発現したらしいけれど、今は何時代?

冷静に考えるまでもなく、私には情報が欠如している。

ここはまず、メドーサから情報を引き出さないといけない。

挑発に乗っている場合じゃないと、

さっき自分に言い聞かせたばかりなのに、何やってるの、私!


「…………OK。分かったわ。今の私に貴女は倒せない。まず、これは認める。

 過ぎ去ったことはいいわ。気にしないようにするから。

 だから、これからのことについて話してくれるかしら?」


「今更、落ち着いて話をするとでも? 
 
 一度怒った魔族が、人間のお前を生かして置くとでも思うのか?」


メドーサは先ほどまでの私のように、怒気を体中から発した。

私は、それこそ少し前までのメドーサのように、その怒気を受け流す。

怯えない、怒らない、調子に乗らない。OK、私はGS。

魔族に取引だって持ちかけられる。その冷静さも、今はある。

……て言うか、メドーサが喋り易すぎるのが問題なのよね。

もっと魔族然としてくれていれば、私だって下手に突っ込んだり怒ったりしないわよ。


私は少々方向性のおかしい文句を胸中に浮かべつつ、メドーサの言葉に答える。


「生かして置くはずよ。だって、私が死んだら、元の時代に帰れないでしょ?

 貴女は私が必要で、私は貴女から情報を引き出したい。

 今この場に置いては、人間とか魔族とか忘れて、相互の利益のために話をしない?」


まぁ、相手は魔族だ。

時代にはこだわらず、下手をすれば『このままこの時代で生きる』という答えが、

平然と返って来るのかも知れない。
 
少々危険な賭けだ。丸腰の状態で魔族を怒らせるなど、私はどうにかしていた。

上手くすれば、こんな取引のような会話をせずとも、私の身の安全は保証されていたかもしれないのに……。


「とりあえず、身の程を弁えるくらいには冷静になったみたいだね、じゃあ取引と行こう」


内心ドキドキの私に、メドーサはそう持ちかけてきた。

状況は考えるまでもなく、メドーサが圧倒的に有利だ。

仮に私が自身の意思で時間移動を行えるならば、

この場にメドーサだけを残して、もとの時代に帰れたりするんだろうけど。

『言うことを聞いているうちは殺さない』と言う言葉がメドーサから出れば、それだけで御の字ね。状況的には。


「私は横島を連れて、現代に戻りたい。よって私がお前に要求することは、二つ。

 横島の存在は現世との縁を強化しなければ、以前の状態に戻らない。

 よって、その縁の強化に関しての協力。そして帰りの足として、時間移動能力を発動することだ」


「それに対して、私に見返りは?」

「命だけは助けてやろう」 


私の答えに、メドーサは実に偉そうに答えてくれた。

私よりも少しばかりでかい胸をそらして、だ。

ちっ。おばはんめ。いつかタレる……あ、魔族だからこれ以上はタレないか。


「……と言っても、それだけでは円満な協力体制は見込めそうにないな」

 
私が胸中で罵詈雑言を並べていると、

メドーサはおもむろに、手のひらの中に小さな石の塊を作り出す。

そしてその親指ほどの大きさの石は、蛇へと形を変え、さらに絡まりあう。

そしてメドーサの手の平の中には、大理石から削りだしたかのような、白亜の指輪が納まっていた。


「これで手を打たないか? 石化の指輪だ。

 身につけた使用者の霊力を元に、石化能力を発動させる。発動条件は指輪を接触させる、だ。

 使用者の霊力によるから、一度使用するとなくなる……と言うわけではない。

 もちろん製作者の私や高位の存在には通じないだろうが、低級霊には十分な効果が見込める。

 GSの仕事で使用する霊的アイテムを削減でき、相応の経済効果が見込めるだろうな……」


うっ……。ちょっと欲しいかもしれない。

石化能力関係の道具は意外と流通していないから、普通に厄珍に売りつけても20億くらいにはなるかも。

純粋で高価な精霊石4個分くらいか……。これってかなり破格よね?


「その横島とか言う子の、現世への縁を強化すること。

 そして貴女を現世へと連れて帰ること……この二つにしか協力しないわよ?」


「構わないさ」 

「ほんっとに、私はそれ以外で貴女に協力しないからね?」

「ああ。ほら、受け取るといいよ」


私が念を押すと、メドーサは少し呆れながらに、指輪をこちらに投げてくる。

時価20億かも知れない指輪。その属性能力もお宝な指輪。

そんなことを考えつつ、私は手の中で受け取った指輪を数回転がす。

そして特に邪気を感じないことを確認した後に、

神通棍の中から取り出した破魔札で包んで、再度神通棍のグリップ内にしまいこむ。

メドーサの言葉や行為を、完全に信用するわけにも行かない。

この指輪が呪われていたりしないかは、後から重々調査しないといけないわね。


「で? 横島とか言う子は何処にいるの?」

「あんたが五月蠅いから、まだ探せてないよ」

「じゃあ、静かにしてるわ」

「最初からそうしておいて欲しいもんだね」


寺の屋根の上で、私は意識を集中しだしたメドーサを尻目に、考える。

ここは何時代なのだろう? 戦国? 鎌倉? 室町? 

まさか空襲がいつ来るか分からなくて、光を漏れないようにしている戦時中とかじゃないでしょうね?


「そう言えば、前に私が貴女に会っているって、本当?」


腰を下ろしていると、瓦のひんやりとした感触が伝わってくる。

そして、私がそうメドーサに声をかけたのは、その冷たさが私の体温で温められてからだった。

まるで子供のようだけれど、静かにしていると言いつつ、私は沈黙に耐え切れなくなったのだ。

その私の質問に、メドーサはこちらを向かないままで答えた。


「本当だよ。4歳か、5歳か……その辺りさ。信じる信じないは別だけれどね」

「じゃあ、上手く行けばここでママに会えるって言うのは?」


「まず、時間移動能力者は魔族によって狙われている。

 美神美智恵もハーピーに狙われていた。そこで奴は考えた。

 何故狙われるようになったのか、そしていつから狙われるようになったのかと。

 時間移動能力のある美智恵は、時代を乗り越えて調査をしだしたらしい。

 で、美智恵が言うには、その調査により、ここ平安京でその謎の一端を掴んだ……」


「ちょ、ちょっと待って。え? ここって、平安京? 平安時代なの? 1000年も昔?」

「言わなかったか?」


「聞いてないわよ。はぁ。貴女の言葉を信じるなら、

 能力初発動の初移動で、随分とスケールの大きい移動をしたものね。私は」


そう言って、私はメドーサに視線を投げかける。

しかし、メドーサは私の呟きに肯定的な返事は返してくれなかった。


「自分の弟子が消えたんだ。何処まででも追って探し出すのが師匠の責任だろう?」

「そうは言われても、私には横島って子の記憶が、すっぱり抜け落ちているから……」


そう。全てがメドーサの狂言であると言う可能性は、否定できない。

横島なんて子はもとより存在せず、あの厄珍堂内の状況を作り上げることで、

私たちに『いたかもしれない』と錯覚させる…………。

まぁ、そこまでして茶番を仕組む意味が、メドーサにあるのかと言えば疑問だし、

先ほどから意識を集中させて何かを探すメドーサの姿は、演技だとは思えない。

……ちょっと待ってよ? じゃあ、何?

この魔族のメドーサさんは、人間の横島君一人を探すのに、なんでこんなに躍起になってるわけ?


「貴女にとって、横島君って、何?」

「これまた随分と急な質問だね」


胸中に湧いた疑問を、私は率直にメドーサにぶつけてみる。

すると彼女はあろうことか…………イヤ、まぁ、いいんだけど…………少しだけ頬を染めて首をかしげた。


「横島は私にとって…………ん?」


恋人だろうか? 可愛い飼い犬だろうか? 

それとも、いっそ夫とか、丹精込めて育てている餌とか?

どんな答えが返ってくるのかと想像していると、メドーサは肝心なところで言葉を切った。


「どうかしたの?」

「いや……意外なものを見つけた」


メドーサの表情は一瞬前からは一転して、真剣なものだった。

私はメドーサの口から、次の言葉が語られるのを待った。



「…………アンタの前世も、この時代にいるみたいだよ?」

「へ?」



私はメドーサの言葉に、間の抜けた言葉で返事をした。

そりゃ、まぁ…………確かに意外ね……。うん。


「しかも……アンタ、自分の前世は何だと思う?」

「分からないわよ。もったいぶらずに教えてよ」

「魔族」

「………………え?」


最悪の事態と言うものは、一応考えた。

例えば、猫だとか、犬だとか……最悪、虫とか。

しかし、メドーサの口から出た言葉は、私の予想の外にある言葉だった。


「………………………えーっと、もう一度、お願いできる?」

「魔族」


私の確認に、メドーサは即答する。

いや、そりゃ、無駄に深刻ぶられて、言いよどまれるよりはいい気もするけどさ。


「間違いなく?」

「間違いないね。まぁ、そんなに気にすることないよ。現世と前世は基本的に別物だ」

「き、気にすることないって言われても……」


至極あっさりと言うメドーサだけれど、気にならないわけがない。

自分は地球人だと信じていたのに、実は宇宙人でしたって言うくらいのショックよ?

前世が魔族であると知り、寺の上で頭をたれる人間……なかなか面白い構図かも知れないわね。

そんな風に自虐的に笑みを浮かべる私に、メドーサはさらに言葉をかけてくる。


「私は人間だった。人間になる前は神だった。しかし今は魔族だ」

「……え?」

「現世の魔族の私に、前世の人間や神の立場は無関係だ」

「…………慰めてくれてるの、それ?」

「横で落ち込まれると、イラつくんだよ」

「あっそう」


まぁ、私だってメドーサに優しい言葉を投げかけてもらうつもりなんて、全然ないけどね。

それにメドーサの言うとおり、基本的に前世、現世、来世は別のものだ。

うん、気にすることないわよね。

それに人間から魔族になったって言うと、堕ちたってこと。

でも魔族から人間なら、改心して向上したって感じだし。

それに、私は私だものね。

前世が魔族だからって、今更魔道を歩くわけでもないし。


「気を取り直したところで、行くよ」

「? 横島君が見つかったの?」

「アンタの前世に会いに、さ」

「ちょ、な、なんでわざわざ?」

「聞きたいこともあるからね」

   
行きたくない。正直そう駄々をこねたい気分だった。

気にしないとはいったものの、前世の自分なんて見たくないわよ、普通。

しかし、メドーサの腕はこちらが何かを言うよりも早く、私の背中へと伸びていた。


「騒ぐなよ?」


そしてそんな一言だけの警告とともに、メドーサは飛翔した。





…………シートもベルトもないフライトは、二度とゴメンだわ!

















            第二十九話      メフィストちゃんの、初めてのおつかい















<先生あのね>

先生、ボクね、何か知らないけど平安時代に流されちゃってね、

そしてね、色々あって、紀貫之とか、九尾の狐のおねーさんにあったりしたんだよ。

でね、九尾のおねーさんにあった時に、『物の怪とも、話し合いで理解しあえる』みたいなことを、

上司の西郷さんとか、その他の人も大勢いるこーしゅーのめんぜんで、言っちゃったんだ。

そしたらね、何かいきなりね、もんどーむよーで捕まって、牢屋に放り込まれたんだ。

牢屋の見回りの人が言うには、

『高島くんは妖怪に頭をヤラれて、もうダメだから殺しちゃうことになったんだよ』だって。

『高島くんの考えていることは、とっても悪いことなんだよ』だって。

ボクはボクの何が悪いのか分からないから、そういった見回りの人に聞いたんだ。

そしたら、『お前はもう喋るな』とか言われちゃった。


で……なんか、明日の朝すぐに、首をちょん切るそうです。

これだから、古代ってやばんで、イヤだなぁと思いました。

九尾のおねーさんも、こうなることが分かってるなら、

一緒に連れて逃げてくれてもいいのに、と思いました。

でも、これくらい自分の力でどうにかして見せろって事なのかな、とも思うので、頑張ってみよーと思いました。



『……人を起こしたと思えば、いきなり何を聞かせるのだ?』

『いや、だって暇だしな。せっかくだし一緒に色々と考え事をしようかと』


俺は俺の中に眠っていたコーラルを起こし、少しばかり話をしていた。

すると俺の視界から、外部の情報を得たコーラルが首を傾げたような気がしたんで、

説明とばかりに幼児口調で語ったんだが……受けは悪かったらしい。

まぁ、小学校に通ってないヤツに、俺の小学校の時の日記ネタをしても無意味か。


俺は今、コーラルにそう説明したように、木の格子によって区切られた牢の中にいる。

若藻さんが帰った後、紀家の屋敷にいた兵によって何故か吊るし上げにされ、

そのままえっほえっほと運ばれ、挙句に牢に着の身着のままポイ捨て去れたんだ。


理由は言うまでもなく、俺が若藻さんを捕縛したりしようとせず、

さらに祓わないと公言した上で、若藻さんと親しく喋っていたせいだろうと思う。

しかも、その仕事の前には紀貫之を馬鹿にする発言もしてたんで、誰も俺を援護なんかしてくれない。

結果、俺の処刑は現代からは考えられないほどのスピード採決で、

『夜が明けるとともに』と決定。

見回りの兵にもそれは伝言されて、そこから俺にも聞かされたのだ。


立ち回り方に失敗したとか、色々反省はあるんだけど、中でも一番の問題は……高島だろうなぁ。

いきなり身体を乗っ取った俺のせいで、死罪が決定して、家財も没収。

完璧に俺は前世の人生を叩き壊してしまった。

いくら前世・来世の関係とは言え、これはあまりにひどすぎる。

仮に俺が自分の来世のせいで人生を滅茶苦茶にされたら、やっぱショックだしな。

…………とは言え、どうやって償えばいいか、見当もつかないわけで。


『でだ。脱出なんて楽に出来るんだし、とりあえず今後の身の振り方を考えよう』


俺はコーラルに対して、そう提案した。

この牢から抜け出すだけならば、簡単だ。

これから夜明けまでそれなりに時間があるしな。

具体的に言うと、見回りが少しでも油断した瞬間に、魔眼を発動させて、格子を石化させる。

そうすると、木の部分と、木が石になった部分には断層が出来るんで、

少し力を加えれば、簡単に格子は外れて無力化できるって寸法だ。


『身の振り方と言ってもな。俺としても、この時代には詳しくないぞ?』


格子対策を述べた俺に対して、コーラルが無策と言う策を述べる。


『ちょ、ちょっとコーラル? なんかいい案はないのか?』

『残念だが、俺は全知ではない。知識量にも限界がある』

『そりゃまぁ、そうかも知んないけど』


あくまで冷静に語るコーラル。

しかし、その冷静さがあるだけで、俺は多少救われるところがある。

一人で考えて空回りしそうな場合でも、冷静な歯止めがいれば、それを回避できるしな。

まぁ、見張りの隙を探しつつ、気長に考えていこう。

そう言えば、こういう風どっしりと腰をすえて考える時間って、実はあんまりなかったような気もする。

いや、一応色々と考えてはいたぞ? 

いたけれど、生活スタイルに戸惑っているうちに、

今日までの日数を使っちゃった気も、多少はするんだよな。


俺は後頭部で腕を組んで、天井を見やる。

牢だからだろうが、薄汚い天井だった。


「……ん?」


しばらくそのまま天井を見上げていると、俺の耳朶を何者かの足音が刺激する。

首を動かして音源を見やれば、牢の前に西郷さんが立っていた。


「まったく。物の怪の色香に惑わされるとは、陰陽師の面汚しだな、君は」


わざわざ嫌味をいいに来たのか、この人は?

かなりムカッと来たが、普通に言い合っても、罪人である俺のほうが立場上弱いんだよな。

……そう考えた俺は、西郷さんに対する効果的な文句を考えた。

こーゆー人は……そうだな。うーん……。


『暇つぶしの相手が来たようだな』


この時代にいる間は気軽に起こしていいみたいに言われていたけれど、

しかし、やはり起きるのはまだまだ辛いらしい。

コーラルは眠たそうなイメージを、俺の精神に伝えてきた。

沈着冷静で頼もしいキャラなコーラルだが、今だけはお腹が膨れたばっかりの赤ん坊みたいだ。

でも、それはつまり、それだけ眠いってことだよな。

やっぱり、あんまり重大な話題じゃないんなら、今後は起こさないようにしとこう。

身の振り方なんて、どうにでもなるよな。うん。

少なくとも今すぐ命に関わることじゃないし。


『…………主よ、俺は眠る』


自分に関して意見を求められなくなったコーラルは、そのまますぐに寝付いた。


『ああ、お休み』



俺はコーラルに挨拶を言いつつ、西郷さんに対する考えをまとめ終える。



「あんな綺麗な女性を見て、何にも感じない西郷さん…………不能?」

「誰が不能かっ!?」

「だって、あの色香に何も感じなかったんだろ?」

「そう言う問題じゃないだろう! 私は礼節を弁えているだけだ!」

「…………分かった。誰にも言わない。そう言うことにしとくから」

「な、何だ、そのそーゆーことと言うのは! 大体君は…………」


西郷さんはそう言うと、途中ではっと何かに気づいたらしく、数回深呼吸。

すーはーすーはーと息を整え直し、最後に咳き払いをした。


「全く。夜明けとともに死罪だというのに、反省がないな、君は」

「そっちこそわざわざ面会なんて、ごくろーさまっすよ。さっさと帰って寝ればいいのに」

「そうは行かない。君はなまじ術に長けているからな。私も朝までここで見張る」

「……………どこまでも厄介な……」


西郷さんは出入り口のところに立つ見張りに、なにやら合図をする。

すると見張りの兵が、西郷さん用の椅子を運んできた。

どうやら本当に寝ずの番をする気らしい。

椅子に腰掛けて一息ついてから、西郷さんは再び喋り始める。


「死んでも来世では私に近づくなよ?」 

「そっちこそ、人がおねーさんと喋ってるのを邪魔しないでくれ」


明日の朝には死ぬ知り合いに対して、なんて冷たい言葉を言うヤツだろう。

全く。血も涙もないって感じだよな。

俺と西郷さんはしばしの間、不毛な言い合い……と言うか、罵り合いを続けた。

それを止めたのは、突然なった雷鳴のとどろきだった。

急に曇ってきたんだろうか? 

少なくとも、紀家にいたときには、まだ月が見えていたのに。


「妙だな? 嵐か? なにやら不吉な雰囲気が……」

「外を見てきた方がいいんじゃないすか? 最近の京は物騒なんだし」

「そのテには乗るか!」


雷鳴に思うところのある西郷さんらしいが、それでも外に様子を見に行こうとはしなかった。

…………見張りは一時も欠かさないってことか。

うう、西郷さんみたいな兄貴に見つめられても、何も嬉しくないぞ?

なぁ、コーラル…………って、もう寝たんだった。

起こさないよう、話しかけないように気をつけないとな。


「……うん?」


先ほどまでと同様のポーズを取って……頭の後ろで腕を組んで、俺は天井を見上げる。

西郷さんとお見合いをしていても、仕方がないからだったんだが…………なんだ?

俺の視線の先。天井の遥か上に、何かを感じる。何の気配だろう?

雷が落ちる予兆でも、俺は感じてるのか? 

もしかして、ここに落ちたりしないよな?


そう考えた矢先に、俺の感じたかすかな何かの気配は、動いた。

ドンッと言う激しい爆音とともに、俺のいる牢の一角が爆発した……らしい。

残念ながら、格子の中にいる俺からは、何がどうなったのか良く見えなかったが。


「な、何事だ!?」


さすがにこれは無視することが出来なかったのか、西郷さんは腰を上げて走り去っていく。



………………………………………ふっ。ちゃーんす。



俺は格子を睨みつけ、魔眼を発動。

ピキッと、一瞬で木は石に変化する。俺は石と木の境目を、軽く蹴る。

すると俺の目論見どおりに、石と木の接合点は分離し、格子は格子としての役目を果たさなくなる。

俺は身をかがめて、こそこそと牢の中から抜け出した。


視線を西郷さんの走り去った方向に向けてみれば、なにやら煙がもうもうと立ち込めていた。

…………あぁ〜。木造建築だしなぁ。落雷で出火したのかも知れない。

普通ならば『危ない』とか『落雷での出火に居合わせるなんて、ツいてない』とか思うんだろう。

だが、今の俺にとっては、この騒ぎは絶好の逃亡チャンスだ。

俺はお天気の神様にお礼を述べながら、そそくさと牢の前から姿を消した。



さーて? 何処に逃げようか?






            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇







「おのれ、物の怪か!?」


私に気づいたらしい男が、符をもって立ちふさがった。

私は今自身にまとわせている霊気だけを残し、通常放出されている霊波を遮断する。


「陰陽五行! 汝を調伏す! 鋭っ!」


男が符を手に詠唱し、こちらへと攻撃をする。

私はまとわせていた霊気のみを前進させ、自身の体をその背後へと移動させた。

前進した霊気の塊と、男の符の攻撃は、互いに干渉しあって弾け飛ぶ。


「しまった!? 囮か!」


男は手応えのなさにより、ようやくこちらの思惑に気づいたらしい。

しかし、すでに時が遅過ぎる。男に向けて、私の攻撃の態勢はすでに整っていた。

私は余裕の笑みを浮かべながらに、手から霊波方を放ち、立ちふさがった男を吹き飛ばした。

男の体は風に吹かれた木の葉のように待って、壁に叩きつけられた。


「ふぅ」


倒れ伏した男を見やり、一息つく。

力を抑えたつもりはなかったが、男はいまだに息があった。

それはつまり、私の攻撃を耐えるだけの力が、この男にはあるのだろう。


「意外とやるわね?」


聞こえてはしないだろうけれど、私は男にちょっとした賛辞を与えた。

それから視線を動かし、目標の人物に向かって言葉をつむぐ。

私と男の戦闘によって発生した煙。

この煙の向こうに、いるはずなのだ。

目標の陰陽師・高島が。


「我が名はメフィスト・フェレス。貴方と契約を結びに来たの……」


そう、超上級魔族たるアシュタロス様にクリエイトされた魔族・メフィスト。それが私だ。

アシュタロス様の命により、加工可能な人間の魂を集める魔族……それが私だ。


………………。

…………。

……。






「? 我が名はメフィスト・フェレス……。貴方と契約を……?」


全く返事がない。

まさか、寝てるとかじゃないでしょうね?

この騒ぎの中で寝てたら、大物と言うより馬鹿よ?

そう考えてながら、私は煙をパタパタと手で払いのける。







………………………………………そこには、誰もいなかった。

ただ、破壊されたらしい格子と、空の牢だけがあった。

何? 何なの?

無人の牢に向かって、わざわざ敵を倒してまでやってきた私は、何?

無人の牢に向かって、余裕の笑みを浮かべて名乗った私は、何?





……これじゃ、ただの馬鹿じゃない!






「たーかーしーまーぁっ!」


私はまだ出会ってもいない男に向かって、怒りの雄たけびをぶつけた。




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