第九話



私は呆然と、ディスプレイを見やった。

そこには何もない部屋だけが、ただ淡々と表示されている。

静止画でないと分かるのは、

ディスプレイの端にあるリアルタイムのカウンターが、ちゃんと進んでいるからだ。


ケイが、マスターが消えた。

どうして、どうやって?

分からない。


遺跡が何か関係あるとしか、思えない。でも、それ以上何も分からない。


いや……分かるはず。

今の私は、思考が混乱してしまっている。

まずは、落ち着かなければならない。焦って得られるものなど、ない。

そうケイは時折口にしていた。だから私も、まずは落ち着かなければならない。


私は大きく深呼吸し、ディスプレイを再度凝視する。

いまだ胸中は波立っていたけれど、少しはものを考える余裕が出来た。


……思えば。

私とケイは、わけも分からずに、この世界に飛ばされた。

そのときの記録が鮮明に残っているわけではないので、

比較は出来ないけれど、あるいは今と同じような……感じだったのかもしれない。


ケイは消える瞬間、何を言っていただろう?

そう。私の言葉につられて『離れる』と口にしていた。

その言葉を遺跡が忠実に実行したなら、

ケイは……マスターは、今頃あの空間にいるのかもしれない。

少なくとも、ここにはいないのだから、ここではないどこかに、遺跡はケイを飛ばしたはず。


『現在位置の把握が不可能となっております。

 現在B・MTは通常次元という概念の範囲外であるかと思われます。

 概念的な説明は私には不可能ですが』
 

『私の自立戦闘による被害が軽微ですが確認されます。

 後は、第2・3バックパックに内蔵している遺跡の一部が活動を開始しています。

 熱反応が僅かながら確認できます』


私は、まだまだ機械的だった頃に、自分が述べた台詞を反芻する。

本当に、ケイはまたあの空間へと行ったのだろうか?

あるいは、どこかに行ったのだろうか。


………………私を残して?

この世界に、私一人を残して?


…………主人を失った従者は、どうすればいいのですか?

私は貴方のためだけに存在する道具なのに……。

せっかく人間の体を手に入れて、貴方を補助できるようになったのに。


「う、ううう……」


ストレス値が上昇しすぎたからだろうか。

あるいは、絶望感と言うものからだろうか。

私の目からは、意図しない涙がこぼれ続ける。


私は、どうすればいいのか。

このままここに座り続ければ、

いずれ正常な状態に戻るであろう施設の人員に発見されてしまう。


落ち着いて、考えよう。

私は今、何をしなければならない?


…………逃げなければならない。


このまま、ここで捕まるのだけは、避けなければならない。

主人がどこかに行ったのなら、従者の私は、探さなければならない。



「う、ううぅ〜。けいぃ……」



私は涙の溜まった視界を不便に思いながら、端末を操作する。

今は一刻も早く、ここから逃げ出さなければならない。

頑張って探します。ケイ、貴方のことを。


だから、もしすぐにちゃんと見つけられたなら、褒めてください。

お願い……します…………。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





その日、祖母はなんの連絡もなしにやってきて、私にこう言った。


 『仕事だよ』と。


はぁ、私は今、仕事などより気になることがあるのですが・・・・・・。

どこにいるのです? 
 
もう、家を出て半年以上が過ぎようとしてるのですよ?
 
  
……お兄ちゃん。





「天照宮、ですか?」


ちゃぶ台にお茶を置きながら、私・浦島可奈子は聞き返した。

私の前で、風呂敷き包みを膝に乗せて鎮座するおばあちゃんが、うなづく。

二人して、沈黙したままお茶を飲み、茶菓子である草加煎餅をぽりぽりかじる。

浦島家は、和菓子屋であるから、最中や羊羹という茶菓子には困らないのに、

あえて煎餅を食べている理由は、私が甘いものが苦手だからである。


歯がそろそろ弱りかけているおばあちゃんに煎餅は辛いかな、とも思うけど、

老人扱いしないでおくほうが、おばぁちゃんに対しては失礼にあたらない気がする。

まぁ、実際文句もなく食べているのだし、問題ないだろう。


「天照・・・・・・」


その名を、再度私は呟いた。
 
アマテラスノミヤ。

天照とは、高天原の主神であり、日の神。大空に照り輝く、女神。

伊勢神宮の主神であり、日本国内で一般的に知られた神である。

その神の宮。この場合、『アマテラスノミヤ』とは、

天照によって硬く閉ざされた天の岩屋の神話をもとに、

その内部を決して知られない重要な歴史的施設を表す言葉。


つまり、歴史上の裏の存在。


……そんなことに関する仕事など、今まで一度も来た事がないのに。

煎餅をお茶で流し込み、一息ついた。

……よくよく考えると、裏世界の話をする場所じゃないんですがね、ここ。

畳、襖、障子で構成された和室の中心のちゃぶ台に、座る老婆と孫という情景。

そこで話される話題としてふさわしいのは、

多分、学校のこととか、小さな悩みとか、お小遣いの話。

天照なんて言葉は、あまり使われないだろう。


お小遣いとか、か。

そういう普通の会話なんて、そういえばあまりしたことがない。

金銭的に見れば、私は時に『仕事』をするので何も困らないし。


ちらりと、おばぁちゃんと盗み見る。

視線が合うが、おばぁちゃんは特に何も気にはしなかったみたいで、かまわず言葉を続けた。


「そうじゃ。今回は、青山のほうの人間と共同の仕事となる」

「……青山って」


その言葉が、私の中でこの話の『重要度』をあげた。

天照とだけ言われても実感がなかったが、どうやら、かなり深刻な話らしい。

余計なことを考えている場合ではないようだ。


青山家。

これも古くから歴史の『裏舞台』で活躍しきたものたちの名前。

その起源は一応平安前期といわれているが、正直怪しいものである。

私としては、渡来人か何かの末裔で、もとは大陸人じゃないかと思うんだけど。

まぁ、そんなことはどうでもよくて。

今重要なのは、『そんな一族』と私が、どうやら『共同戦線』を張るらしい、ということ。


「青山だけじゃ、不安だと?」


天照絡みだということは、当然政府機関からの内密な要請だ。

政府機関が使用できる兵の対応範囲を超えた場合に『青山』が動き、

さらにその青山だけでは不足だというので、

私たちが呼ばれているのだろう。

そうでもなければ、今の浦島に要請などくるはずもない。


一応、ただの昔ながらの和菓子屋だしね。表は。

……それにしても、こういう緊急な要請が来るということは、

政府機関、特に『こういうこと』の指揮権を保有する内閣府は、今頃大変だろう。

大して同情する気もないけど。


「先方も万全を期したいんだろうさ。

 この天照宮は、もともと禁中から流れた秘宝の隠しの宮。

 この話が、青山にとどまらず、うちに来たというだけで、それはそれで名誉でもある」


そんな名誉、こだわるのはお父さんぐらいでしょう?

手を抜くつもりもないけど、私自身、正直どうでもいい。


「裏舞台だけじゃなく、私たち表舞台まで引きずり込むなんて」

「相手が闇では、それもやむを得まいて」

 
闇。最近裏の組織をいくつも潰し歩いていると『されている』存在。

彼、もしくは彼女は多くとも3人程度であると推測されている、と言われている。

その推測がどこから出たものなのかも、よく分からないのだが、

まぁ、とにかく相手にするにはこちらの分が悪い。

そう裏世界の万人に思わせる異様な存在……であるらしい。

つまりは推測だけで、その姿をはっきりと確定できた人物も組織も存在しない。

 
「で、その仕事は?」

「今すぐ出立しておくれ」


本当に急ぎなわけですね。煎餅をかじっている場合ではないようです。


「……それでは、確かに拝命いたしました」


「至急行っとくれ。まずは京の青山家で協力者と連絡を取れ。

 天照への正式な経路は、ここでは告げられん」


「はい。・・・・・・ところで、おばぁちゃん?」


おばぁちゃんにせっかく直接会えたのだ。

聞くべきことは仕事以外にある。

仕事は急ぎだが、こっちは私にとって、もっと重要。もちろん、余計なことなどではない。

むしろ、最優先事項です。


「なんかの?」


おばぁちゃんは仕事の話を終えたため、

緊張感をといて、薄い笑みを浮かべて聞き返してくる。

もう。私が聞きたいことなんて、察しているでしょうに。


「お兄ちゃんの行方、分かりましたか?」


「ひなた荘で2〜3週間生活したことまでしか、

 記録には残っとらんし、報告も受けとらん。前に教えたところから、なんも進展しとらん」

 
そう、ですか。私の休日に情報収集を行っているのですが。

……おばぁちゃんの情報網にもかかりませんか。


「……本当に、一体……どうしたんでしょうか」

 
進路について考えると言って、家を出たお兄ちゃん。

あの時の、差し迫った雰囲気は……将来に対する不安だけではなかったのでしょう。

お兄ちゃんは何らかの思いがあって、おそらく行動しています。

でなければ、『進路に不安が募り、逃げ出した』だけであると言うなら、

私が見つけられないはずがないのですから。

 
「このワシにすら全く行方が知れず、死体すらあがらん。物の怪にでも喰われたかの?」

「縁起でもないこと、言わないで下さい」

「冗談じゃ」
 
「……じゃあ、行ってきます」

「気を、つけてな。ほれ、路銀と装備じゃ」

 

ひざの上の風呂敷きを、おばあちゃんが差し出してくる。


「有難うございます」

 
私は、おばあちゃんから道具等一式を受け取り、家を後にした。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



私のパートナーとなる人間は、まだ少女だった。

道中、

私は『パートナーは大男で、筋骨隆々。粗雑で、私のことを小娘とか馬鹿にしたり……』と、

かなりどうでもいい、取り留めのないことを考えていたため、これは意外だった。


まぁ、私がこうして仕事に来ているのだから、

おかしくないと言えば、おかしくないのだけれど。


その少女……私よりは多少年上ではあるだろう。

だが、可憐な女の子だ。

一言で言うなら、やまとなでしこ、か。

腰にまで達する黒き髪と、その対比として引き立つ白き肌。

まるで、夜と雪原だ。

そして、すらりと女性的に引き締まった身体を、巫女服に包んでいる。

彼女が戦士であると主張する部分は、手に握られる日本刀のみだ。

 
「お前が、浦島可奈子か」


巫女の少女は、実に聞き取りやすい凛とした声をしていた。


「はい。浦島流柔術正統後継者であり、『裏式』の後継者でもあります」

「私は青山素子。神鳴流次期後継者だ。よろしくな」


簡単な自己紹介。

無愛想な印象を、少しだけ受けた。

だがまぁ、今は非常時。

日常の中で出会えていれば、もっとにこやかな自己紹介ができたのかも知れない。


「はい。よろしく」

「話は聞いていると思うが、今回のわれわれの仕事は、天照の警備だ」

「はい。聞いていますが。それで、天照は、どこに?」

 
「ここだ。天照には青山家の地下を通ってしか侵入できない。

 まぁ、そうは言っても、まだ私も未熟者。

 どういう経路で『天照』に行くのかは聞き及んでないがな。

 ……とにかく、青山家を死守することが出来れば、今回の仕事は成功、ということだ」


「そうですか」


秘宝宮である為、正式に家を継がない限りは、実子にも存在を教えない、か。

当たり前のことだけど、

警備するこちらとしては、所在ははっきりしていてほしい気もする。


「・・・・・・どうかしたか?」


沈黙する私を不審に思ったか、素子さんが声をかける。


「いえ。私も表舞台者とはいえ、『裏式』も継ぐものです。

 プロですから、仕事はきちんとこなす気です。

 ですが今、ちょっと不謹慎ですが、

 ここで重火器が使用可能ならば、私は必要ないだろうになどと考えていました」


そう。こんな場所に入り口があるから、わざわざ私が出て来なければならないのであって。

場所が場所なら、賊の物理的侵入がほど不可能なところがいくらでもあるだろうに。

または、侵入者を有無を言わさず射殺するとか。

・・・・・・有無言わさず射殺。

戦闘思考のためか、情緒がない。うん、年頃の乙女の思考じゃないです。

でも、余計なこと考えると、お兄ちゃんのことばかり思い浮かぶから……。

ただでさえそうなのに、今行方不明中だし。

……いえ、お兄ちゃんのことは余計なことでなくて。……はう。


「ここはもともと、京に停滞しがちな気流を浄化する役目と、

 結界の中心部という役目がある。そして、そのことは大昔から変わらない。

 そうでなければ、とっくに『天照』ごと他の土地に移して、

 耐核衝撃用シェルターにでも保管できるのだがな。

 あいにく、青山家の土地をいじるのは不可能。

 よって、重火器の使用は認められない。それに……」


取り止めのない思考を巡らし始めた私に、素子さんが説明をしてくれる。


「それに、この場所なら火薬により発射された銃弾の直撃も、

 気が増幅した我々は、ある程度受け止められるだろう。

 今回、ここに襲撃するとされる者が気を使えるなら、火器は無意味だ」

 
確かに。それに、重火器では周囲に被害が及びまずが、

気系戦闘では、その扱い方によっては、自分の求める破壊対象のみを攻撃できます。

神鳴流も、岩の後ろに隠れし魔を、岩を破壊せずに一刀両断することが出来ると聞きますし。

 
「襲撃者についての情報は、どうなのですか? 私は大して聞かされてません」

 
闇という存在。私は正直、その存在をあまり信じていない。

今回も、その名前の脅威を借りた馬鹿の仕業ではないかと考えています。

 
「こちらも似たり寄ったりだ。

 姉上が言うには、

 今回の襲撃に関する情報はわざと『教えさせられた』様な印象を受けるらしいが」

 
どこぞの馬鹿の仕業ではなさそうです。

素子さんのおねえさんである『鶴子』さんの名前は、私もよく知っています。

なんでも、神鳴流の歴史の中でも、かなりの逸材であるとか。

その鶴子さんの一枚上を行くなら、

今回ここを襲撃するという『闇』は、

少なくとも情報戦においては、かなりの腕を持つということです。

 
「……癪ですね」


「ああ。こちらの動揺を誘い、様子を見るつもりなのだろうが。

 だが、策を弄したとしても、我々が策ごと力で捕らえれば、何の問題もない」


自信、ありですね。


「わかりました。それで、警備の具体内容は?」

「戦力的な配分から、姉上たちが北。私たち2名とその補助は南だ」

 
それは、私たち二人で鶴子さんと同等か、それ以下ということですか?

仕事が無事に終わったら、手合わせしてみたいものです。

まぁ、世間の評価が真実なら、

私は向き合った瞬間に実力を知らされ、背筋が震えるかも知れませんが。

 
「そうですか。では、行きましょうか?」

「ああ、そうしよう」

「はい」



私は頷き、素子さんの後に続いた。



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