第十話



 
俺は、安いベッドの上に寝転び、天井を仰いだ。

薄汚い天井だ。

まぁ、身分を偽り、簡単かつ安価で、

後腐れのなくある程度の活動拠点として使用出来る場所といえば、

ビジネスホテルか、ラブホテルぐらいだ。


別段資金的には、

適当に施設を襲ったときに補充しているため、高級ホテルでも問題はないのだが。

 
安ホテルか、ラブホテルか。

どちらがいいかは、ケースバイケースだ。

それに、そもそも形振り構わないような状態の場合は、ホテルなどに泊まりはしない。

どこにしろ、裏の人間が一箇所にとどまること自体が、まず間違いなのである。

 
だが、休息は必要である。

俺一人ならまだしも、今はラズリがいる。

そしてラズリとともに休める宿と言えば、ビジネスホテルだ。

さすがに小学生にしか見えない外見の少女を、ラブホテルに連れ込むのは気が引けた。

ああ、中身を言うなら、

TMAMは数年しか稼動していなかったので、まだ10歳にすらなっていない。


まぁ、そんなわけで……俺は今、寂れたビジネスホテルの一室で天井を見上げているのだ。


「アマテラス、か。42箇所の遺跡を巡り、最後の最後が、そこか」

 
俺は、自重しつつ言葉を吐いた。

そんな俺の隣で、やはり寝そべりつつ、ラズリがパソコンをいじっている。

自作のパソコンであり、キーボードではなく、

マウスパッドのような部分に指を添えるだけで、作動するものだ。

電子機器をその意思の支配下におけるナノマシンを持つ俺たちは、

このように機器との接触により、

自身の思考を直接コンピューターに走らせたほうが、普通にタイプするより断然速い。

 
もっとも、この能力を手に入れるために、俺は実験という名の拷問を受けた。

そのことを考えると、得られている恩恵は少なすぎると言っていいだろう。

普通は、生きるか死ぬかの綱渡りをするぐらいなら、

多少コンピューターの操作が遅くともかまわないのだ。

 
「ケイ、TAMAのS・バックアップデータをくまなく探したら、一応データがありました」


俺の補助脳からサルベージしたデータを、ラズリは今再構成しなおしているところだ。


先週、遺跡を巡っているときに、強い共鳴反応が出て、

俺はこの世界に来たときと同じような、訳の分からない瞬間移動的な事象に巻き込まれた。

また、その移動の影響なのか、俺の補助能に残っていた、

システムとしての『TAMA』が機能障害を起こしてしまったのだ。


もっとも、『本体的な主観』だったTAMAは、

すでに外部の体を得……ラズリとなっているし、

そもそも俺の脳内でのTAMAの有効な機能といえば、『周囲索敵』と『体内情報把握』だった。

少しばかり失われたバックアップのメモリーが痛いが、

それこそ『痛い』と一言で表現できる程度で、実際にさほど問題ではない。


そしてその痛みも、データをサルベージすることで、多少和らげることが出来そうだった。


「そうか。で?」


「アマテラス。遺跡の遺物を内部に置く宮。

 場所は日本・京都。その存在は政府機関により隠されている。

 『前』は瀬田夫婦により、奪取。その後、破壊」


「・・・・・・少ないな、情報が。内部構造などはないか?」

「ありません。破壊したかどうかに重点を置いてデータを処理していたようですね」


ラズリの言葉には、幾分トゲが含まれていた。

俺はそのトゲに痛みを感じ、苦笑する。


「俺の落ち度か。まぁ、あのころの俺は日本に近づかなかったし、

 遺跡が破壊さえされれば、それで気がすんでいたしな」

 
「しかし、今となっては問題です。どうやって奪取しますか?」

「いくらか情報は流しただろう? 何か釣れなかったのか?」


「はい。有益な情報は何も。

 ただ、青山家より侵入が可能なことは、間違いないとは分りましたが」


「……やはり、あの家に、もう一度行くのか」

 
俺は青山家に何度か出入りしている。

一番長くいたのは、やはりリハビリと称して俺が特訓を受けていたころだろう。

……今思えば、特訓時に共鳴反応を感じたことがあった。

当時は共鳴反応のことなど知りはしないし、

ただ単に、青山という特殊な土地の威圧感か何かだと思っていたが。


「行けば、終わりです」


過去を振り返る俺に、ラズリが言う。その言葉は、確かに真理だ。


「だが、な。どうなったとしても、青山に迷惑をかけるな」


古くから朝廷にも呼ばれる退魔師集団であり、

近代に移行した後でも、その腕は様々な場面に生きたといわれる。

さすがに、遺跡の研究などには手を出しはしなかったが。


いや、青山がその屋敷内に遺跡を持つということは、

平安以前に遺跡を手に入れ、保管する役を担っていたということも考えられる。

そういう意味では、裏世界らしく、古くから遺跡に携わってきた、というわけだ。


「仕方がありません」


思考し、言葉を切った俺の態度を行くことへの拒否と取ったか、

ラズリは口調を少しきつくした。


「仕方がない・・・・・・それを言えば、何もかも意味がなくなるだろう?」


俺が妻と引き裂かれ、こういう状況になっていることも、それで片付くのだ。

『仕方ないんだよ』と。

……とても許容できたものではないな。


「提案。その1。いつものように圧倒的な力の差を見せつけ、全ての警備網を無効化。

 その後、遺物を確保し、『跳んで』離脱します。

 これならば、誰も文句のつけようがないかと思います。

 神が光臨した日とでも、後々伝えられるかと」


提案し、勝手に話を進行させていくラズリ。

ふむ。敗北は、『守護者としての青山家』にとって、回避しなければならないことだ。

なにしろ『負け』と言う事実は、

青山家がこれまで築いた信用を、全面的に失墜させてしまう危険性がある。


だが、やはりどう足掻いたところで勝つことの出来ない相手だったとなれば、

周囲の反応はまた違ってくる。

核ミサイルの直撃を受ければ、生身のものは消滅する。

確かにその場合『いくら剣を極めた超人たちでも、仕方がない』と皆が思うだろう。


逆に言えば、俺に核ミサイル並のインパクトが必要となるわけである。

 
それにしても。

どういった場面で使われるにしても、嫌な言葉だな。

『仕方がない』か。



「その2は?」

「条件付で、アマテラス内部に直接『跳び』、遺物を確保」


『跳躍』

それは先の強共鳴反応により、俺が会得した……技、と言うのだろうか?

まぁ、新たな移動手段である。

最初に飛んだのは、この世界への移動。

そして2度目が、先週の研究所襲撃のときだ。

その時の記憶は、それこそ多少飛んでいるため、詳しくは俺にもわからないのだが、

ラズリが言うには、

反応に耐え切れず、俺は頭を抱えてうめき……次の瞬間には光に包まれていた、とのことだ。


ちなみに、俺は光に包まれ、意識を取り戻した後、

気がつけばその時のアジト………ホテルにいた。

何がどうしたのか、全く分からなかった。

また、体が妙にだるく、起き上がることすら困難だった。


そして、状況と体の状態に戸惑っていると、ラズリが泣きながら帰ってきた。

ああ、大泣きだった。

こいつは本当に、もともと人工的な電子的存在なのかと、俺は疑ったくらいだ。

とにもかくにも、あの場所から一人で逃げるのは、さぞかし神経を使ったのだろう。


『ますたぁ!』


俺を発見して、第一声はそれだった。

泣いているせいか、くぐもっており、非常に聞き取りづらかった。

さらに、嬉しがっているようで、起こっているようでもあった。

事実、ラズリは突然消えた俺に対して、言いようのない寂しさと怒りを感じていたらしい。

そして、無事再会できたその瞬間には、嬉しさがこみ上げていたのだから、

もう、どんな感情が溢れていたのかは、

俺も推測できないし、ラズリ自身も把握できていない。


人間らしくなってきている。

あるいは、未成熟な子供らしいとも言える。


それに、ある意味では、ラズリは俺が育てた『娘』なのかも知れない。

最初に教え込んだのは戦闘技術。

それも元の機動兵器の身体がない以上、いまや無用のもの。

だが、そんな俺の教育よりもすばらしい『人間性』を、いまや獲得している。


…………時折、こう思うくらいに。

このまま、ラズリを道具として使い続けて、いいのか、と。



「…………はぁ」



俺は沈黙を解いて、大きく息を吐き、気分を転換した。

ラズリに関しては、後々考えればいい。

今考えるべきは『跳躍』に関してだ。


俺は『跳躍』を知った後に、考察をかねて何回か実験をしてみた。

すると、どうやらこの移動には、

本能的な危機を察知し、突発的に移動するか……。

もしくは、よほどの精神集中をし、自身の望む空間に移動するか……。

その2種類があるらしいと言うことが分かった。


……らしいというのは、前者の移動について確認が取れないためだ。

実際、ホテルのベッドの上で空を思い浮かべ、跳んでみた。

そして目を開けると、そこはホテルの屋上だった。

これで集中による任意移動は立証できるが、

安全な場所で『命の危機に瀕する突発的移動』など確認できない。


なお、せっかくだから、

ひなた荘にも跳んでみようかとも思ったが、それはやはり止めておいた。

 
……俺が過去にやって来たのは、間違いなく、この現象によるのだろう。

遺跡の強共鳴と戦艦への特攻のときの世界移動は、俺は意図したものではない。

精神的に集中はしていたが、何らかの場所を思い描いたりはしなかった。

つまり、俺は理性を制御していたが、

逃げようとする本能等を制御しきれていなかったのかもしれない。


そして……その後、跳んだ場所が『白き空間』と『ホテル』で、類似性がない。

下手をすると、どこに出るかは運次第かも知れない。

あるいは、必ず白い空間という『ターミナル』を通過するのか……。


ベッドの上で空を思い浮かべ、屋上へと出た。

このときは、白き空間を通過しなかったはずだが……実は、確証がない。

通った時間が極めて短く、俺が気づかなかっただけ、と言う可能性もあるのだ。


さらに言うなら、何だかんだと言って、跳躍での移動は瞬間的な移動でもないようだ。

特攻時はこうして過去に。

強共鳴時には、少しだけ未来へと移動したのだから。

……でなければ、

アジトから離れていたラズリが帰ってくる時間まで、俺は『どこ』にいたというのか。

アジトから襲撃場所までは、1時間や30分で帰ってこれる距離ではないのだ。

それとも、意識のないまま白き空間で、時間を過ごしてからホテルに出現したのだろうか。



………………以上のように、

この『跳躍』は、まだまだ実践段階ではない移動であり、何もかもが未知数だ。

それに、俺はアマテラスがどういう場所かイメージできない。

 
「無理だ。アマテラス内部に行ったことがない以上イメージが出来ない。

 つまり、条件クリアがまず不可能だ」


「情報収集でどうにか内部構造を把握できないでしょうか?」


「たとえ見取り図を手に入れたとしても、イメージングには心もとない。

 まぁ電子媒体で完璧な3D写真が出回っていれば、な」


そんなことは、まずあり得ない。


「その3。これも条件付で……そもそも、

 この遺物を入手した後はこの世界から消えるのですし、やるだけやってさっさと撤退する」

 
「1とあまり変わらない気もするが……それの条件はなんだ?」
 
「ケイが自身の罪悪感に打ち勝つ図太さを手に入れること」

 
つまり、正面突破することを気に病むな、ということか。


「………無理だ」

 
他人ならともかく、青山はいうなれば『身内』であり『家族』だから。

正面突破するにしても、後々のフォローが必要だろう……だから、実際起こすなら『1』か。


「でしょうね。それが出来るなら、こんなことにいちいち悩みなどしませんし」

「言ってくれる」

 
互いに苦笑する。

話の内容は、なんと言うかあまり穏やかではないが、

俺は久しぶりに穏やかな心地いい時間を感じている。


「で、どうしましょうか? 

 技術的に言えば、小規模時空間歪曲場によるパーソナルスペースの確保や、

 重力波収束照射などは可能です。現存する兵器などでは、かすり傷一つつきません」


「俺単体で空すら飛べるか」


それどころか、瞬間移動も条件付で可能なのだ。


「問題ありません」

「……問題の置き所が違うような気もするがな」

「それで、結論は?」


「そうだな。第1案を採用。

 襲撃をそれとなく予告し、警備をある程度強化させ、それを全て無効化。

 しかる後、遺跡を奪取。情報の操作には注意してくれ」


青山の面子をある程度守り、俺の苦労も少なく、目標物の確保を。

荒っぽいが、これで手を打とう。

実際、警備の無効化自体は殺してしまわないことにさえ留意すれば、

さほどたいした苦労でもない。


「了解しました。装備のほうは、どうしますか?」

「さっき言った兵装を持つ機動兵器があれば、文句のつけようがないんだがな」

 
それこそ、その存在を見た瞬間、誰もが諦めを抱くだろう。

まぁ、どこの国の兵器か? という話になり、国際世論がどうなるか分ったものでもないが。

そう。まだ二足歩行型機動兵器は研究室段階で、実戦段階ではない。

かつて俺がB・MT単機で活動できたのは、その技術レベルの差にあった。

戦車に行けぬ山岳も、その二本の足で走破、

戦闘機より柔軟な飛行が可能、

果ては単体での大気圏突破すら可能な兵器だったから。

付け加えるなら、一応、優秀な支援者も搭載されていた。

 
「ないものは、ないのですから諦めてください。

 私たち二人では、やはり物量的に組織というものには勝てません。

 作業するスペースも、資材も、人員もないのです」


「嫌でも分っている。今は二人だが、昔俺は一人だったからな」

「私も、一応いましたが?」

「あれはいるうちには、入らない。実動員じゃないだろう?」


パソコンを閉じ、ラズリはうつむいた。

そしてごろんと、寝返りを打つ要領で俺の胸元に顔をうずめた。





 「これで」

 声が、くぐもって少し聞き辛かった。


 「これで、終わりですね。とても長かったですが」

 「ああ、なんにでも終わりは来る。続いてほしいと思う幸せも、いつかは潰える」


 俺は、永遠に続くと信じられた時間を、一瞬で奪われるのを体験したしな。


 「ケイ。私たちにも、終わりはきます。終わりが来たとき、私はケイの隣にいていいですか?」


 少女の吐く言葉じゃないな。まるで、それではプロポーズだ。


 「私という存在は、もしかするといないままのほうがよかったのかも知れません。

 いなければ、貴方だけなら、こうして場所を得て休息する必要もないです。

 私が外に出て、行動する人員は増えましたし、

 感覚のリンクもできるようになりましたが、

 その分いらないことに貴方の気を裂く結果に・・・・・・」


 「かまわない。むしろ、お前には感謝をしているさ」

 「私は、いらなくありませんか? 隣に、私がいていいですか?」


 「かまわない。隣にいるのは、それは、自由だ。

 俺は頼みもしないし、拒否もしない。

 したいと思うなら、そうすればいい。

 そうだな・・・・・・あえて言わせてもらえば、俺にお前は必要だ。

 強制はしないがな。・・・・・・本当にいいのか?」

 
 「ケイは、私の全てですから」


何の迷いもなく、ラズリはそう口にする。

確かに、俺は主人だった。使用者だった。ラズリは従者であり、道具でしかない。

使ってくれる人間がいなければ、ラズリはただの人形だ。


だが、それはこれからも続くのか?

俺のやるべきことが全て終わったとき、ラズリもともに闇に消えるのか?

おそらく、ラズリはその気なのだろう。

だが…………俺としては、ラズリにはラズリの人生を見つけてもらいたい。

最近、そう思うようになった。

そのくらい、ラズリは人間的になったのだ。


……やはり、ラズリはある意味で、俺の娘なのかもしれない。

こんな父親の元で育たなければ、もっとマシな性格の存在になっていたのかもしれない。


ならば、父親としては、最後に……ラズリに、

幸せを見つけてやらなければならないのかもしれない。

あるいは、見つける手助けをする、か。

俺はラズリのおかげで、最近精神的な安定を得ている。

ひなた荘を出た後、荒みがちだった思考を緩和してくれた。

それがTAMAであり、ラズリなのだ。


恩返し、と言うものおかしいが……ラズリには、ちゃんと生きてもらいたい。

俺がこんな考えを頭に思い浮かべられる精神状態なのは、ラズリのおかげなのだから。


だから、今はこのプロポーズを受けておこう。

将来、ラズリのよい思い出になるように。


このプロポーズは、幼稚園に通う女の子が、

父親に『大きくなったら、私はパパの……』と言うのと、同じようなものだから。



 「・・・俺は幸せ者だ、ということだな」

 「そうですよ」


 臆面なく言うお前もたいしたものだ、ラズリ。


 「さて、行動を開始する」

 「了解しました」






 ラズリはその返事と共に立ち上がり、そして・・・





 「行きましょう」



 手を差し出してきた。



 「ああ」




 
 短く返事をし、その手を俺はつかんだ。



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