第六話
「おらよ! これで止めだ!」
俺は霊気を溜めた右手を、相手の腹へと押し付けた。
そして躊躇することなく、その霊気を開放する。
零距離で強大な圧力を加えられた俺の対戦相手は、結界に向けて吹っ飛んだ。
……弱い。つまらねぇ。
これが、これまでの試合に勝ってきた奴なのか?
第1試合だろうが、第2試合だろうが……全然大差ないように思える。
ったく……。もう少し、弱いなら弱いで、戦い方はあるだろう?
何で、最後の最後に、破れかぶれで特攻するんだ?
その気概は嫌いじゃないが、どう考えても、無駄な行動だ。
第1試合であの横島が、敵の攻撃全回避をして見せたんだ。
ああいう方法をすれば、あるいは……とは、思わなかったのか?
弱い野郎をぶちのめすのは、それはそれで楽しい。
…………少なくとも、これまでは楽しいはずだった。
……そのはずだったんだが、ここまで実力差があると、
さすがにつまらなさの方を強く感じてしまう。
ギャンブルでもそうだ。
大当たりをするスロットで、ジャンジャンとコインを得る。
当たれば当たるほど、俺はノっていくだろう。
だが、最初から最後まで、ずっと『当たり』しか出ないスロットでは、やはり楽しめない。
当たる事が分かりきっていれば、それはもう、
ただのスロットを回すという『作業』であり『遊び』じゃないしな。
「…………ったく」
俺は、今日この日のために、修行して来た。
魔装術を覚えた。そう、すべては、成り上がるため。
メドーサに取り入り、GSとなり、
ジャンジャン金を稼いで……いずれはGS協会をも、牛耳る。
それが、俺の目標だった。
同じ仲間の中で、
勘九朗はメドーサの側近だから別格だとしても、
雪之丞は権力にこだわるタイプじゃねぇ。
あいつは、GS協会の中に入り込んでも、最高位に立つ気はないはずだ。
ずっと、現場で泥臭く働くタイプだ。
つまり、いずれは俺がトップだ。成り上がりだ。女にも金にも、不自由しない。
その第1歩。だが、周囲が弱すぎて、踏み出している実感がないな。
東京大学の入試問題で、1桁の算数を解かされている気分と言えば、
この俺の感じている物足りなさが分かるだろう。
と言うか、むしろ馬鹿にされている気が、しないでもない。
横島は……まだ勝ち残っている。
今は会場のコート内に姿が見えないが、医務室かどっかか?
「……次は、奴と当たるか?」
俺はこの試験試合で、横島と対戦し、そして奴を潰すことも夢見てきた。
そう。
ボロボロになった横島と言う主人を見て、
あのメイドも、少しは俺になびくかも知れない。
……いや、まぁ……さすがにすぐ俺の元にくるほど、
尻軽な性格じゃないってことくらい、分かっている。
所詮、俺は義理チョコしかもらえん男だしなっ!
だが、強さをアピールすると言うのは、重要だろう?
重要なはずだ。少なくとも、弱い男なんざ、もてるとは思えん。
横島は俺より弱いくせにもてているが……何事にも、極めて異例な、特殊ななんかもある。
例外って奴だ。
だからまぁ、基本的には、強い奴が持てるはずなんだ。
今も見てみろ。
この俺が圧倒的パワーで、相手をぶちのめしたんだ。
観客席の女どもも、俺のパワーにメロメロだろう?
「ばかー! ひっこんじゃえー!」
「何であんたが勝つのよ!」
『おおっと、一部観客席がヒートアップ! これはどういうことでしょう?』
『極悪顔がイケメンを倒すから、こういうことになるね!』
『どうやら、このブーイングは陰念選手に対するもののようです!』
「…………な、なんだってんだよっ!?」
この試合を見た女は、俺の圧倒的強さに惚れてくれはしないらしい。
何故か知らんが、実況のアナウンスどおりに、
さっきから会場の一部で、ブーイングが起こってやがる。
……くそ、何が悪いんだ?
顔か? 本当に顔のせいか? やはり顔か?
俺はちょい猫背だが、中肉中背で、筋肉もしまっている。
つまり、いいスタイルだろ? 腰も細いぞ?
何がいかん? マジで顔か?
俺の顔がチンピラ風で、俺の対戦相手がビジュアル系だからか!?
くそ、人間顔じゃねーんだ。
死ね、そこのブス!
貴様なんかに、男のよさが分かってたまるか!
と言うか、不細工な女なんかに、発言権はねーんだよ!
「勝者、白竜会所属、陰念選手!」
ここに来てようやく、審判がそう宣言する。
俺はそれに頭をかくことで応えた。
くそ。雪之丞の野郎じゃねぇが……不完全燃焼だ。
何がどうって、勝利を告げられたことで、拍手の代わりにブーイングが……。
……ちっ。腹じゃなくて、鼻を砕いてやればよかった。
どう勝とうと結局ブーイングなら、手加減なんかせず、殺してしまえばよかった。
どうせ、試合中の事故になるんだしな。
それにしても……俺は相当くじ運が悪いのか?
試合の順番は、霊的干渉を受けないダイスで決まるが、
いまだに、強敵と呼べる相手とは当たっていない上に、
これまでの相手は、何故かビジュアル系だった。
あれだ。ストーリー的には、俺が引き立て役のような、そんな感じだった。
次は誰だ? 頼むから、強面な奴とお願いしたい。
あるいは……横島か雪之丞と、当たりたい。
横島は前々から機会があれば、潰したかった。
一度潰そうとしたときは、あるアクシデントでお流れになったし、
その後も、メイドのことが会って、一時休戦状態だった。
さらにその後、潰さなかったのは、
ここ数ヶ月、横島にはメドーサが張り付いていたからだ。
あの二人の間に入るのはヤバイ。そう俺の霊感が告げていた。
実際、ディナーの邪魔をして、去年の夏には殺されかけたからな。あの蛇女には。
次に雪之丞だが……あいつも、俺は気に入らない。
別に何がどう気に入らないってわけじゃないんだが……あえて言うなら、態度か。
あいつは自分が、俺よりも強いと感じているらしい。
確かに、以前はそうだっただろう。
だが、今は違う。それを教え込んでやりたいと思う。
あの二人以外の道場仲間……勘九朗も、言うまでもなく勝ち残っている。
まぁ、実力的に言えば、絶対負けるはずがない奴だしな。
しかし、あいつとは…………できれば戦いたくない。
あいつは早くに、魔装術を極めていた。あいつは、ずば抜けてるんだ。
俺が霊波をまとうだけの第1段階魔装で、
雪之丞の野郎が、霊波を物質に変換してしまう第2段階魔装だったとき、
あいつは、すでに完成形の第3段階魔装にまで、到達してやがった。
俺もここ数ヶ月の修行で、雪之丞と同じ第2段階まで、魔装術を洗練させた。
だが、俺がようやく雪之丞に追いついた頃、
勘九朗は、さらに魔装術を極めたと言っていた。
詳しくは聞いていない。
ただ、GS試験数日前の夜、
あいつはたまたま、俺にこう漏らしたのだ。
『横島も雪之丞もあんたも、最近頑張ってるじゃない?
でも、私も最近ね、魔装術の更なる高みに気づいたのよ。
それに達した私は……もう、どこにも死角など存在しないわよ?』
雪之丞ですら、気づいていない更なる高み。
第3段階まで洗練することすら、今の俺や雪之丞には、不可能な領域。
その段階をさらに上った第4段階、か。
勝てる気がしないつーか、なんつーか。
「勘九朗とだけは、やりたくねぇな」
俺は嘆息交じりに、コートの外に出る。
とりあえず、次の試合まではそれなりに空き時間があるし、トイレにでも行くか。
ふと、会場に視線を走らせると…………勘九朗の野郎は……いねぇな。
俺より先に試合を終わらせて、どこかに行ったのか?
……トイレで会いたくねぇな。
そんなことを考えつつ、ついでに視線を対戦相手にへと向ける。
相手は担架に載せられ、医務室かどこかへと、運ばれようとしているところだった。
…………運ばれていく姿さえ、様になりやがる。
黒髪の小娘に、大丈夫かと聞かれ『はは、大丈夫さ』と微笑みかけてやがる。
大丈夫なら、自分の脚で歩きやがれ。
おお! 担架を持っている大男が、優男を睨んでやがる。
奴は、俺と同じ気分に違いない。
大丈夫なら、さっさと起きて出て行けや。コートからよぉ。
「……んん?」
その時だった。
試合の相手を見つつ、俺が試合用のコートから出る、まさにその瞬間だった。
突然、会場の正面玄関がぶち破られ、何かが侵入してくる。
俺は扉の破壊音に驚き、視線を鋭いものに変化させた。
ナニモンだ?
このGS試験会場に襲撃か?
もしそうなら、見上げたテロリストだ。
能力者が競い合う試験会場に正面襲撃。よほど自信があるんだろう。
そう考え、正面玄関を凝視していると、
そこから流れ込んできた奴らは……全員が異形の存在だった。
皮膚の表面は焼け爛れたように、なんと言うか、とろけ落ちていた。
そして、何より生気がなく、まさに死んだ体が動いているかのようだ。
「……つーか、ゾンビか?」
予想していなかった存在の登場により、間の抜けた声が漏れた。
俺がそう呟いている間にも、ゾンビは会場に流れ込んでくる。
いや、ゾンビだけじゃねぇ。
4つ首の大きな犬……あるいは狼か……などまでが、なだれ込んでくる。
会場に入りきれない化け物なんかは、
観客席の最上段の上のにある窓を割り、入ろうとする。
随分な団体さんだ。
そしてその団体さんは、周囲に空ろな視線をやると、吼えた。
会場内に、地獄の底から響いてきたような、不吉な音が充満する。
ゾンビどもは、その崩れ落ちそうな体からは想像できないほど、俊敏だった。
吼え終わった者から、会場内の人間に向けて、跳躍する。
さらに、4つ首の犬っころ。
こいつはその大きな体を利用し、会場の屋根そのものを破壊しようとしてやがった。
屋根の一部がはがされていき、
雲ひとつない大空の一角が、俺からでも見えるようになる。
「ちぃっ!」
大量に流れ込んできたゾンビが、
各コートに張られた結界を破壊しつつ、俺のもとにもやってくる。
俺も地面を蹴って、コート上から離脱し、距離を取る。
……おいおい、なんて奴らだ。
試合用の特殊結界。
俺のレベルなら破れないことはないが、
それでも、それ相応に力を出す必要がある。
しかし奴らは、障子紙でも破るかのように、簡単にぶち破ってきやがる。
ゾンビであるなら、体が腐っているはず。体が腐っているなら、脆いはず。
だがしかし、動く呪われた死体だからこそ、霊的なパワーはとんでもないようだ。
……真正面からの殴り合いは、避けたほうがいいな。
「戦うとしたら、遠距離からの狙い撃ちか」
俺は静かにゾンビを観察しつつ、考える。
異形の存在。流れ込んできやがった目的は、何だ?
分からん。
異形の存在。そいつらは、何をしている?
流れ込み、人を襲っている。
なら俺は…………迎撃だ。
別段、人を襲うのを止めさせなければ、などというヒーロー願望はない。
あいつらが俺にも攻撃を加えようとしそうだから、迎撃するんだ。
降りかかる火の粉を黙ってかぶってやるほど、俺はとろくねぇぜ?
「…………っ!
とろい野郎だな! さっさと逃げやがれ!」
俺は体中の霊気を練り上げる。
そして瞬時に駆け出し、近場にいた審判を蹴り飛ばした。
その審判は、いまだに椅子に座って、呆然としていたのだ。
突然のゾンビ襲撃。呆けてしまうのは無理ないと思うが……。
まったく……馬鹿か? 目の前に敵が来てんだぞ?
安々と特殊結界を切り裂く野郎どもなんだ。
んなやつらにぶん殴られたら、問答無用で死ぬぞ?
確かに現状では、このゾンビどもが何なのかは分からねぇ。
だが、会場を怖し、人を襲ってやがるんだ。なら、ぶっ飛ばすしかねぇだろ?
少なくとも、俺は襲われたくも、殺されたくもねぇしな。
……………と言う風に、俺くらいすっぱりと思考を割り切れんもんか?
「ぐふっ……」
俺に蹴られた審判は、
会場の隅……いまだゾンビのいない場所へと、追いやられる。
と言うか、壁へと頭から激突する。
少々手荒い方法での救出だったが、まぁ、気にすんな。
死ぬよりは、マシだろう?
と言うか、俺は今、死に逝く人間を助けたんだが……黄色い歓声の一つも上がらないか?
上がるわけがないか。
ゾンビが襲撃している中で、のんきに他人の行動を見ている奴なんざ、いやしねぇ。
それに今、この会場にこだまするのは、恐怖に満ちた絶叫。
先ほど俺にブーイングしていた観客席の小娘どもも、その口から大きく声を発している。
…………ただの見学者か。
霊能力がないわけじゃねぇみてーだが、ありゃ、ゾンビを撃退できそうにない。
コートの掃除をしたら、すぐ上に上ってやるか。
助けてやるんだから、感謝しろよ? むしろ、敬え。讃えろ、この俺を。
「ぜりゃぁ!」
俺はこちらに接近してくるゾンビどもに、霊波砲を浴びせる。
…………だが、ゾンビどもは手足をもがれつつも、こちらへと休まず進行する。
外見からうすうす予想はしてたが、鬱陶しい奴らだ。
なら、さっきの対戦相手みたく、
零距離霊波攻撃で、跡形もなく吹っ飛ばしてやる。
遠距離で手足が消し飛ぶんだ。それなら、確実だろう。
何なら、それよりさらに上級の技である、
俺の顔や腕の傷から霊波をレーザー状にして放出するのを、ぶち当てて……
…………ん? さっきの相手みたく?
使用する技について考えたとき、俺はあることが気になった。
そう言えば、あいつはどうなったのだろうと。
俺はゾンビの相手をしながら、視線を向けた。
ちっ、思いっきり襲われてやがる。
大男が優男と小娘の前に立ち、ゾンビどもを迎撃しているが……いかんせん、数が多い。
大男の野郎はそれほど強くねぇな、ありゃ。動きに無駄が多い。
パワーはあるが、しっかりとした体術を習得している感じじゃない。
俺は駆け出した。
大男の隙を突き、一体のゾンビが、小娘に迫ろうとしていたのだ。
俺はいまだ張られたままである結界を避けつつ、突き進む。
だが……間に合わねぇ!
距離はそれほどないんだが、ゾンビが存外に速い。
くそ! 男がどうでもいいが、目の前で小娘が死ぬなんざ、見たくねぇぞ!?
「ぜぇりゃっ!!」
俺は気合とともに、霊波を体中に撒きつけ、さらにそれを物質化させる。
魔装術、発動だ。
霊波を鎧にし、身体の内外に充足させることで、身体能力も向上する!
………………だが、それでも間に合いそうにない。
くそ、これじゃ……。
ちぃっ!
俺は胸中で舌打ちする。
すると、その舌打ちを俺が自覚すると同時に、
小娘へと走っていたゾンビの体が、大きな力で吹き飛ばされた。
「……!? 上か!」
そう、上だ。
観客席から、コートのある地面に向けて、強い霊弾が打ち出されたのだ。
俺が視線を上げると、そこにいたのは……雪之丞だ。
魔装すら発動させず、通常状態のまま、
会場の屋根から侵入を試みる4つ首の大犬の相手をし、
さらにトロクサイことをやっている野郎どもの、フォローをしているらしい。
雪之丞は4つ首犬の首、そのすべてをもぎ取り、吹き飛ばすと、
観客席から跳躍し、俺のもとへと降りてきた。
くそ、美味しい役を取りやがるな、この野郎。
俺だって、それくらいできないわけじゃねーぞ?
小娘に近寄るゾンビに気づくのが、てめーより少し遅かっただけだからな。
「よう、陰念」
特に何かを気負うわけでもなく、普段どおりに呼びかけてくる雪之丞。
俺は無駄な消耗を避けるため、術を解除しつつ、頷いた。
ついでに視線で、会場の隅かどこかへ移動するよう、小娘に告げる。
小娘と優男は、大男に背負われて、会場の外を目指した。
…………担架、いらねーんじゃねーか?
『冥子さんを呼ばないと!』
『コンさん、今はチーフと呼ばんと、怒られますジャー!』
『そんな細かいことにこだわらなくても……』
意外と余裕はあるらしい。
小娘は差し迫った感じで発言しているが、どこか漫才風味だ。
大男、優男、小娘と言う、わけの分からない3人組は、そのまま会場を出て行った。
…………にしても、誰かを呼ぶと言うことは、援軍がこの会場に来るのか?
GS試験の関係者なら、それなりの能力を持つ奴だろうが……。
そういや、ゾンビは外からやってきた。
となれば、もしかして周囲は囲まれているのか?
なら、今ここから出て行った3人組も、お目当ての人間を見つける前に、やられるかも知れん。
俺は観客席やら屋根やらに上っていた雪之丞に、外の様子を聞いてみた。
「外か? 別に何もいるような感じじゃないな。
なんつーか、外にいたゾンビ集団が、
全部この会場に押し込まれたと言う感じか?」
「……で、雪之丞。なんだよ、これは?」
「俺が聞きたいぜ? 本当に何なんだ、こいつら」
尋ね合いつつも、俺たちは周囲で暴れまわるゾンビに、霊波砲を浴びせる。
……吹き飛んで行くゾンビども。
だが、10体が吹き飛んだなら、3体は生き残っている。
しかも、死んだはずの残りの7体も、時間が経つにつれ回復していく。
壊れた体を引きずり、吹き飛んだ腕を強引に接着していくのだ。
腐った肉が、まるで溶け合うように結びついていく様。
それは見ていて、あんまり面白いもんじゃないな。
やはり、完全に消滅させないと、駄目らしい。
「GS試験に攻め入るなんざ、どこの馬鹿だ?」
「そういや、現役GSのおっさんが、横島と戦っていたらしい……」
「なんだと? それは……」
「戸惑ってるみたいね。二人とも」
ちまちまとゾンビを倒す俺たちに話しかけてきたのは、勘九朗だった。
手には……何かよく分からない魔物の首を持ってやがった。
たった今、一仕事してきたところだ……という風情だ。
頬についた血が、まさにある種の化粧のようだった。
「あそこを見なさい」
勘九朗が指差す方向には……メドーサ? 横島もいる。
さらには………………
「あ、ありゃ、神族じゃねえか?」
「そう、神剣使いの小竜姫よ」
雪之丞が驚きとともに疑問を口にし、勘九朗の野郎がそれに答えた。
「メドーサが白竜会の裏についてるってことが、ばれたのか?」
「情報が漏れた可能性はあるわ。でも、この状況はおかしいのよ」
メドーサと横島。
それに対する小竜姫と言う神族と……そして人間の女。あれはGSか?
奴らは会場内の様子が気にはなっているものの、
それでも互いが気になり、動けないでいるようだ。
………………本当に、何なんだ、この状況は。
第六話 守りたいと思うものは……
何がどうなっているのか。
私や、私の近く……観客席にいる先生やピート、あるいは愛子ちゃん……も、
おそらく胸中で、そう自問していることだろう。
私はまだ事情を知っているはずだった。
そう。
魔族がGS候補を送り込んで、GS協会を操作しようとして…………。
その捜査が行き詰まり、一度会場に来てみれば、いきなりメドーサと言う魔族。
そしてメドーサに対し、小竜姫様が戦闘態勢に入ると、横島クンの乱入。
さらに言うと、横島クンは、メドーサと何らかの繋がりがあるらしい。
横島クンとメドーサの繋がり。
それはまだ疑惑の段階であり、確固たる確証は、ない。
だが、彼の態度で、何となくそれは感じ取れてしまった。
私のカマかけに対し、彼はあまりにも怪しかった。
硬直する、私と小竜姫さま。
メドーサと横島クン。
そして、外野の先生たち。
その微妙な硬直を解いたのは、またしても予期せぬ乱入者だった。
会場内に生ける屍がなだれ込み、次々と人を襲いだした。
GS候補の受験生や審判は応戦しているが……数が多い上に、ゾンビどもは強力らしい。
勝ち残った受験生は、皆ベスト16に入る、この先が有望なものたち。
でも、連戦により消耗しているものが多いのも、また事実。
状況は、最悪とは言わないけれど、かなり悪いわね。
「企みがバレたら、いっそのことすべて破壊ですか。
実に、魔族らしい考え方ですね!」
言うが早いか、小竜姫さまの姿がかき消えた。
妙神山で一度だけ私に見せた、あの反則的な加速だと思う。
私も、ほとんど感じ取れていないから、それはあくまで予想だけれどね。
だが、その加速にメドーサも負けじとついて行ったらしい。
私が小竜姫さまの姿が消えたことを認識したその瞬間、
メドーサもその場から消えていた。
気づいてみれば、二人は会場の反対側で、つばぜり合いを演じていた。
やはり、ついていけないレベルよね。あの速さの攻防は。
「メドーサさん!」
いたはずに人物がいなくなったことに気づいた横島クンが、声を上げる。
しかも…………あろうことか、さん付けだった。
私は闘う二人のもとへ行こうとする横島クンの、手を掴んだ。
「待ちなさい!」
「なんすか!」
「貴方、メドーサのこと、知ってるのね!?」
「知ってますよ! いまさらそんなことを確認しなくても……」
「あんなのハッタリよ! 知らないわよ! あんたとメドーサが知り合いだったなんて!」
「はぁ!?」
驚く横島クンの頬を、私は両手で掴んだ。
今は無駄な話し合いをしている場合じゃないのだ。
会場のコート上ではゾンビが徘徊し、人々が襲われている。
そしてそのゾンビをけし掛けたらしいメドーサは、小竜姫さまと交戦中。
だから、聞きたいことだけ、聞かせてもらうわ!
「あんたが、白竜会がメドーサの弟子なの!?」
「そうだよ!」
「何故? 何であんたが、そんなことに?」
「簡単に言うと……メドーサさんにスカウトされたから。
で、メドーサを守る男になると決めたから!」
「簡単に言いすぎよ! 何よそれは!
何で魔族を、人間のあんたが守るのよ!?」
「魔族だってだけで、悪者扱いされてるからだ!」
「悪者じゃない!
今だって、小竜姫さまに図星指されて、やけになって暴れてるじゃない!」
「そんなはずないんだ!」
「はずがないって……現にゾンビが来てるでしょ!?」
「何かの間違いだ! メドーサさんが、こんなことするはずない!
大体、そっちこそ誤解だ! メドーサさんが弟子をGSしようとしてたのは確かだけど、
それは乗っ取りとか、そんな物騒なことのためじゃない!」
「あんたが騙されているだけかも知れないでしょ?
じゃあ、何なのよ、このゾンビは!
あんなゾンビを、誰がこのタイミングで突入させんのよ!」
横島クンと私の会話は、完全な平行線だった。
状況から考えて、このゾンビは間違いなく、メドーサに関係している。
横島クンは違うと言うけれど、私にはその違うと言う言葉に、説得力を感じられない。
違うと言うならば、このゾンビが湧いて出た、他の理由は何?
受験者が召喚術を使って、失敗?
でも、ここまで多くのものを召喚するキャパシティなんて、人間ではあり得ない。
あるいは、何か他の……心霊的なテロだとでも?
ここまで多くのゾンビを揃えられるテロ組織があったら、見てみたいものだわ!
私はメドーサがこの事件の犯人だと信じている。それ以外、考えられないから。
しかし、こんな状況にまでなっても、横島クンはメドーサを信じると言う。
挙句、私の手から逃れて、メドーサのもとへ行こうとする。
…………逃がさないわよ!
あんたがメドーサのところへ行って、そのまま人質にでもなって見なさい。
いくらあんたが救いようのない馬鹿でも、小竜姫さまは見殺しに出来ないのよ?
「っ! 放してください!」
「駄目よ!
大体、あんたからは、まだ色々聞かないといけないんだから!」
メドーサがどのように白竜会を牛耳ったか。
どのように横島クンや、他の候補者を育てたのか。
最終的に、どのような計画で、GS協会を牛耳ろうとしたのか。
横島君がそのすべてに答えられるとは思わない。
メドーサの考えを、横島クンはしっかり理解しているようではないから。
それどころか、今つい先ほどの話を考えるに、騙されているようでもあるから。
でも、話を続ければ、何か見えてくるかもしれない。
だから、ここであんたを逃がすわけには行かないのよ!
あんたには、この騒動が終わり次第、協会本部で徹底的に『情報提供』をしてもらうわ。
…………横島クンは今、微妙な位置にいる。
ただ騙されただけの『被害者』なのか、それとも『共犯』なのか。
私は、別に横島クンがどうなろうと、かまわない。
それほど深く知っている相手じゃない。
まさに知り合い……ただそれだけの関係なのだから。
でも、ただの知り合いでも、目の前の人間を、魔族のところに行かせられないでしょ!?
「あんたはあのメドーサに騙されてたのよ! 目を覚ましなさい!」
「あの人のこと、何にも知らんくせに、ウダウダ抜かすな!」
狂信的なまでに、信頼しているわね。
洗脳でも、受けたのかしら?
そう言えば、横島クンの魔眼。
アレがもし、メドーサに植え付けられたものだとしたら……。
そう、この子が霊能に目覚めたのは、
あるいはメドーサに目覚めさせられたのは……去年の春の終わり頃。
半年以上に渡って、メドーサと行動をともにしていたのだ。
魂そのものを持っていかれてはいないにしても、
強い精神誘導はかかっていてもおかしくない。
「とにかく、おとなしくしなさい!
これ以上騒ぐと、あんたの身がヤバくなるのよ!?
メドーサに騙されてたってことなら、情状酌量の余地があるわ。
でも、メドーサをずっと擁護すると、魔族に心を売ったとして、
相応の教育なり治療なりが必要になってくるの!
分かるでしょ?
あんた、このままメドーサへの擁護を叫び続けると、
今回のGS資格を剥奪されるどころか、上に目を付けられて、
この先ずっと……一生GS協会のブラックリスト登録よ?
魔族に精神汚染受けたってなると、学校にもしばらく通えないような生活になるのよ?」
私は暴れる横島クンに、必死に説得を試みる。
悪魔に取り付かれ、行動や思考がおかしくなる人間は多い。
そう言う者のために私たちGSがいる。
でも、一度悪魔に染められた心を元の色に戻すことは、簡単ではないわ。
それが上級魔族の術によるなら、なおさら……。
それに、強い精神誘導なり何なりにかかっているなら、こんなことを言っても無駄だ。
この今の言葉は、説得と言うより、
私自身が、自分の考えをまとめるために言ったものだったのかも知れない。
そう、今ここで横島クンを押さえつけておかないと、彼は…………。
「今回のGSが、剥奪?」
横島クンは私の言葉に気になるところがあったのか、一度小さく体を震わせた。
「俺、資格取り消しっすか?」
「ええ、そうよ。 下手すると、今回白竜会所属候補は、全員取り消しでしょうね」
横島クンが言っていた夢。
GSになる夢。
そしてオカルトGメンになる夢。
そのすべてが、今ここでどう動くかで、決まってしまう。
彼がメドーサを助けようと行動すれば、GSには絶対になれない。
それどころか、ブラックリストにも載るだろうし、犯罪者扱いもされてしまう。
当然、オカルトGメンなど、夢のまた夢だ。
私は彼の夢に訴えかけることで、彼の行動を抑制しようとした。
誰でも、自分が積み重ねてきた努力が水泡に帰すのは、惜しいはず。
「メドーサのことは、忘れなさい。下手なことを言わないで、私たちに協力しなさい。
そうすれば、全部上手くまとまるの。あんたが協力的なら、GS資格だって……」
「美神さん、なんかそれ……根幹が違います」
私の説明や説得を聞いた横島クンが、最初に述べた言葉は、それだった。
彼を止めようとする私。
そんな私に対して、横島クンは苦笑する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『私がここでこうして存在していること自体、悪なのさ』
『なんでっすか?』
『私が魔族だからだ』
『それって差別じゃないすか?』
『そう思うだろう? そして私が殺されないよう、
自分の身を守って襲ってきたGSを倒せば、また危険な存在として人々から嫌われるのさ』
『悪循環すねぇ』
『私はその循環から抜け出そうと考えている。手伝ってくれるか?』
『私を守るくらい、強くなっておくれよ? 私は強い魔族だが、一人で頑張るのは寂しくてね』
『はいっ! 粉骨砕身、ガンバルッス!』
『ふふ、期待しているよ』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だって、俺がGSを目指したのは、メドーサさんのためなんス。
妖怪とか悪霊を守るGS……その守りたいものの1番が、あの人なんすよ。
GS資格のために、メドーサさんを見捨てるとか、そういう選択肢は出ないっすよ」
そう言って優しく笑う横島クンに、
私はこんな状況であるにもかかわらず……。
そう、不覚にも、見惚れてしまった…………。
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