第八話



血が、流れていく。

そして流れ出た血量に比例して、呼吸が荒くなる。

私は裏切りと負傷という二つの事柄により、

らしくもなく混乱した頭で、自分の命が消えかかっていることを自覚する。

神剣はただ鋭いだけの剣ではなく、非常に聖的な霊力のこもった剣だ。

魔族である以上、属性的に言って、

私は劇薬がたっぷり塗られた刃に斬られたも同然である。


仮に、ただの刀剣で斬られたり、ただの銃弾で撃たれたりしても、

私の体はさほど損傷を受けないし、受けたとしても、すぐさま回復する。

だが、神剣による傷は大きな傷になりやすく、また治りづらい。

安静にしていれば話は別だが、

目の前に剣を振り上げる神がいる以上、私は寝ていられない。


私は、逃げなければならない。

どれだけ情けなく、無様に地面を這いずり回っても。

考えてみれば、屈辱を味わうことなど、慣れているではないか。

どれだけ情けなくてもいい。生きていれば、どうにかなる。


それに、私が今こうしてコートを抜け出し、外に出られたのも、横島のおかげだ。

あいつに助けられたのだ。

傷を治し、礼を言うまで、絶対に死ねない。


…………いや、言うべきことは、それだけではない。


私はまだ、あいつに何一つ、直接的な言葉で好意を伝えてはいない。

初めてなのだ、こんな感情を抱いたのは。

だから、それを伝えるまでは、死ねない。


どれだけ無様な格好でもいい。

百年の恋も冷めるような、醜い姿でもいい。

今、横島は私を見てはいないのだ。

どれだけ汚れたとしても、あいつに会う前に湯を浴びれば、それでことがすむ。

今私がすべきことは、惨めに逃げ回ることだ。


私は壁に手をつき……膝を折り……時折、倒れつつ、それでも進む。

会場の外には、多くの人間がいた。

会場内の騒ぎに好奇心から来た者や、

あるいは、会場の中から逃げてきた者たちだろう。

怪我をしている者もいれば、その傷を手当てしている者もいる。


そう言えば、愛子はどうなっただろうか。

横島の従者にして、姉のような存在である机妖怪。

私と最近はよくしゃべり、そして苦笑しあう、ある意味では友人。

そんなあいつは、妖怪ではあるものの、奴は大した力を持たない存在。

会場内には、横島もいれば、あいつに熱を上げる陰念もいる。

大事には至っていないと思うが……。


「ふふ……私も、変ったな……」


…………こんな状況でも、人の心配をするようになってしまった。

自分の命を考え続けねばならない状況で、他人を考える。

しかもその他人は、自分にとって最重要である横島ほどではない存在だというのに。

そのような自分にとって小さな存在にまで、気を払う。

甘い。これではまるで…………。


…………つっ。


思考が、ふらつく。

私は大きく息を吐いて、迷走する思考を元のレールに乗せなおす。

自分の心境や価値観の変化など、それこそ今はどうでもいい。

昔に比べて甘くなったかならないかなど、今考えるべきことではない。


私は隠行結界を張り、さらに人目を避けるように、会場を後にする。

会場周囲の人間の壁の間を這うように……いや、実際時折這って、のろのろを進む。

たかだか数百メートルの距離に、随分と時間を費やしてしまった。

しかも、ご丁寧に血痕をそこら中に残して、だ。

拭き取っている暇はないし、また止血も出来ない。

今は隠行の効果の残滓により、普通の人間には発見されていないが……。


そう言えば、ハエ野郎はどうしたのだろう?

どこかで私を監視しているのだろうか?

無様な私を見、楽しんでいるのだろうか。


私はハエ野郎を気にしつつ、

しかし特に打つ手立てもないので、そのまま足を進める。

そして割と大きなドブ川を見つけると、そこに躊躇なく飛び込んだ。


大きな水音を、鈍った聴覚で聞き、

冷たい水温を、これまた鈍った感覚でなんとか感じ取る。


血液や、あるいはそこに残る霊力という痕跡は、

こうでもしないと消せないと思ったのだ。

もっとも、霊視などに特化した存在からすれば、これでも丸分かりだろう。

そこそこの犬っころならば、霊気の匂いで私を追ってくるはずだ。

しかし、それでもいい。

川の流れに身を任せれば、少なくとも這うよりは速いスピードで、会場から離れられる。


汚濁という言葉の似合う川の底に、私は沈んでいく。

川の流れに、私の紫紺の血が混ざり溶けていく。


はるかな昔……私自身も、もう鮮明に覚えていないような、そんな昔。

私は川の中で人々を見守る一人の少女だった。

それが今は、仲間に裏切られ、神に剣を向けられ、ドブ川に沈む女。

数奇な運命と言っても、過言ではないだろう。

私の人生は、どう考えても恵まれたものではないはずだ。


…………だが、今の私にも、誇れることが一つある。

私には、私を信じてくれる人間がいるということ。


横島。


奴は私を疑いもしなかった。

挙句、小竜姫に対峙した。

全くもって、馬鹿だと思う。

少しは私のことも疑ったらどうだ、と思う。

そんなことでは、悪い女に騙されるぞ、と思う。


だが、嬉しかった。

本当に嬉しかった。

あいつのその単純で、馬鹿で、明け透けな性格が、本当に私にとっては救いだった。


色んなことを話したい。

本当は私は、GS協会の乗っ取りを企んでいた、と。

そんな人間にとっては悪い存在だった、と。

でも、お前に出会ってから、そんなことはどうでもよくなったと。

お前に対して、今はとても暖かい気持ちを抱いていて、

そして、この気持ちだけは嘘ではないと、そう伝えたい。


私は、死なない。死にたくない。

この世で、この世界で、横島と同じ時間を生きたいから。


だから……私……は…………。


生きて…………。











            第八話      燃え尽きる試験会場













「ちぃ。横島という存在を忘れていた」


私の目の前で、メドーサと小竜姫は戦っていた。

そう、私の描いたシナリオどおりに。


私のシナリオでは、

『神族に企みを察知されたメドーサが自棄になり、ゾンビを召喚。
 それにより会場内が混戦状態になり、その果てにメドーサ死亡』

…………という流れになるはずだったのだ。

実際、それは途中までうまく行っていた。


混戦を利用し、体を最小まで縮めたハエが、メドーサの腹部を貫通。

その隙を突き、小竜姫がメドーサを八つ裂きにするはずだった。

だが、現実は少々違ってきている。

小竜姫がメドーサを八つ裂きにするその一歩手前で、

メドーサの危機を、奴の最高作である横島が救い、挙句逃がしてしまった。

さらに何故か小竜姫と横島たち白竜会の人間は和解し、

ともにこのゾンビ騒ぎに決着をつけようとしている。


くそ、予定外もいいところだ。

毎回、あの横島はこちらの思惑を無視し、しゃしゃり出てくる。

何なら闇に乗じて拉致し、

メドーサからどのような改造を受けたか、徹底的に解剖・解析してやろうか?

八つ裂きならぬ、百八裂きにしてやろうか?

これまではメドーサの庇護下にいたが、今はもう、メドーサはいないのだから。

死んだ同僚の忘れ形見だ。私がじっくりと『世話』をしてやろう。


…………いや、待て。


今は当初のシナリオから外れてきている。

二兎追う者は一兎を得ず。

ここはまず、冷静に私の目標を整理してみよう。

そう、私は理性的な存在なのだ。

何事も、客観的に対処する高等なる知的存在なのだ。


私がこの騒ぎで達成すべき目標、その1……メドーサ暗殺。

これはまぁ、いいだろう。

メドーサには致命傷を与えたし、逃げたもののハエ野郎が追跡している。

弱ったあの体で逃げ切れるはずもないし、

後はハエ野郎が、奴の首を持ってくるのを待つだけだ。


目標のその2……GS候補の排除。

後々の風水盤計画時のために、このGS試験は大きな騒ぎにする必要がある。

そして今は十分に騒ぎになっているのだから、

今後の協会の力を削ぐためにも、この会場にいるGS候補どもを抹殺しなければならない。


私は決して、物事を過小評価しない。

ここは魔界ではなく、人界なのだ。

私の前に100人のGSが集結しても、決して問題ではないが、

では1000人ならどうだ? 10000人ならば?

人間はうじゃうじゃと、億単位で存在している。

人間の中で特異な能力を持つものは極めて少数だが、

それでも全体が億単位である以上、かなりの数だ。

多いものは、減らせる機会に減らしておかなければならない。


ふむ、そう考えると、

隙を突いて横島を奪取などと考えるのは、阿呆の考えることだ。

ここは少々勿体無い気もするが、GS候補ともども、死んでもらおう。


私がそう結論を出したとき、それまでよりもさらに騒ぎが大きなものとなった。

弱い人間どもは、早々に避難していた。

そこそこの強さの人間は、無意味にゾンビを迎撃していた。

だが、今は残っていたものたちまで、どんどんと避難をしている。

それこそ、競うように、我先にと脱出を図っている。



(なんだ?)



私は気配を消し、会場の柱の隅からコート上を観察する。

小竜姫と横島の話し声は、

怒声が混じっていたためによく聞こえていたが……今は何を話している?

考え事に集中していたため、私としたことが、少々不注意過ぎたな。


まぁ、何をするにしても、結局はどうすることも出来ないはずだ。

すでにコート中に流れ散ったゾンビや魔物の残骸が、

一種の異界空間接続の鍵の役割を果たしているのだから。


最初のゾンビは私が受け取り、

直接この会場近くに仕込んだものだが、後々湧いて出たものは違う。

後々湧いて出たものは、空間接続により、

南部グループ最下層の作品廃棄場から、直接とこちらへと転移してきているのだ。

そこが空にならない限り、どれだけでもゾンビは出現する。


さぁ、どうする気だ? 空間接続は、私の魔力の大半を注いでいる術だ。

何しろ、そのおかげと言うか、

そのせいで、今の私は普通にしていても、魔力が欠片も感じられんほどだからな。

まったく。

魔界ならば楽に出来るものなのだが……人界は100分の1以下の魔力濃度だからな。



「火角結界! 発!」



…………は?

……………………聞き間違いだろうか?

随分とおかしな言葉が聞こえた。


『角』系結界は、まさに戦術兵器級結界場だ。

もちろん使用者やその『角』自体で、効果のほどは左右される。

だが、人間どもの『破魔札』などと呼ばれる武器を、参考に考えてみればいい。

人間程度でも、多少の霊力を注ぐだけで、その札は大きな爆発を起こす。

では『角』は?

言うまでもない。この会場は底知れぬ大穴に取って代わるだろう。

さすがの私の空間接続も、

接続している場所が完全消失するような攻撃を受けては、維持できない。


人間があの結界兵器を作り出したりすることは、まずありえない。

さすがの南部グループですら、無理だろう。

小竜姫も、伝え聞く性格から考えて、あそこまで物騒なものは携帯しないはずだ。

やはり、考えるまでもなく、アレはメドーサが持っていたものに違いない。


メドーサめ。どこまでもこの私の邪魔をするというのか。


いいだろう。

空間接続を解き、それにより出来る余剰魔力で、

この場のゾンビどもを使い、今すぐ出来る限りの魔物を作成してやる。

角系結界がどれだけ優秀な結界兵器でも、使用者はどうやら人間。

その制御を打ち破り、発動前に破壊することは十分に出来る。


本当ならば、私がこの場で名乗りを得、人間どもを虐殺したいくらいだが……。

そんなことをしてしまえば、ここまでやってきたことが、全て水の泡だ。

メドーサは冤罪であるとされ、小竜姫の追跡も私に移行するだろう。

…………ふっ。ならばこの苛つき、全て怨念とし、作品に注ぎ込んでやろう。

もちろん制御などしない。

暴れ、全てを破壊することだけを刷り込んでやる!



「あら〜〜? 僕、大丈夫〜〜?」

「え!?」

「トラちゃ〜ん! こっちにも逃げ遅れた子がいるわ〜〜! 怖くて動けないみたい〜〜!」

「えっ!?」

「任してくんしゃい、チーフ! 大丈夫かいノー?」

「ええっ!?」

「私は反対側を見てくるわ〜〜。この子、お願いね〜〜」

「えええっ!?」



突然、この私にすら気配を悟らせることなく、一人の少女が出現する。

その少女は傍らに一匹のトラのような獣を従えていた。

そんな少女が大きな声で叫ぶと、

私の擬態状態の倍以上はありそうな、大男がどすどすとどこからともなく走ってくる。

な、なんなのだ?

考えがまとまらずに混乱していると、トラのような獣に乗り、少女が再度姿を消す。


感覚を鋭敏化し、どこに行ったのかを探そうとするが、見つからない。

仕方なく、きょろきょろと露骨に視線を周囲にやると…………いた。

今度はコートに降り立っており、ゾンビどもをかい潜りつつ、人間を確保している。

そして数人、トラの背へと人間を乗せると、またしてもかき消える。


な、何者? 超高速移動ではないな。

気配そのものすら感じられなくなると言うことは、空間転移的な瞬間移動か?

たかが人間が?

いや、私は人間を過小評価するつもりはない。

あの娘が、人間の中でも高位な能力を持つということなのだろう。

全く気づかぬ間に背後を取られたことは悔しいが……しかし私は理知的な存在。

事実や現実を目にした以上、

それがたとえ低俗な人間の起こした事柄でも、しっかりと…………



「よし、もう大丈夫ですケン!」

「はっ!?」



気がつけば…………私はいつの間にやら、会場の外に立っていた。

いかん。私としたことが、少々取り乱していたらしい。

落ち着けたときには、現場から遠ざかっている…………洒落にならん。

今すぐ会場内に戻り、やつらが結界を作動させる前に、

あの場に私特製の魔物を作らなければならない。


もちろん、この場でも魔物を作り出すことは出来る。

破壊する。ただそれのみを植え込んだ存在ならば、その製造は難しくないのだ。

だがしかし、ここにはゾンビも何もない。

そうである以上、1から10まで、私の霊的構造を使用して作るということになる。

ゾンビの霊的構造を利用すれば、製作者が私だとは分からないだろうが、

私の体の一部を使っては、下手をすると足がついてしまう。


早く、早く会場内に…………。

私は焦りを自覚しつつ、会場を見やる。

するとどうだ。私は顔を上げ、視線を定めると同時に、ドンッという大きな音が響く。

それは立て続けに3回響き、地面を僅かに揺らす。

まずい! 結界が作動する!?

作動準備に数秒から数十秒の猶予があるが、

しかし……ここから会場まで戻るには、時間が足りない!

ここは霊波の放出で圧力をかけ、その猶予のカウントダウンを遅らせるしかない!


…………いやいや。待て。

今の私は、空間接続に多くの力を割き、ほとんど力がない。

擬態している人間の餓鬼そのものと、同じような状況だ。

まずは空間接続を解かなければ、霊波を放出して止めるほどの力は……ない。


よし、今すぐ空間接続を解いて…………だ、駄目だ!

『やーめた』などと言う言葉一つで、物事は片付かない。

高度な術式であるから、解除にも相応の時間が必要なのだ。最速でも、数十秒ほど。


く、これでは間に合わないじゃないか!

大体、私の補佐をするはずのハエはどこに…………ああ、メドーサの追跡か。

ええい、いつまで瀕死の蛇に手こずっているのだ、あのハエは!



「…………あっ」



会場の観客席上部のガラスが、割れる。

そこから一人、二人、三人……と、数人の人間どもが飛び出てくる。

そしてその次の瞬間、網膜を焼き尽くす閃光とともに、空気が大きく振動した。

それは爆音だったのだが、餓鬼に擬態し、

そしてその姿どおりの性能しかない今の私には、何が何やら分からなかった。

その爆発を眼を閉じずに凝視し、数秒。

会場の屋根が遠目から見ても分かるくらい、完全になくなっていた。

おそらく上空から見下げてみれば、

井戸のように深い、しかし井戸とは比べようのない深き大穴が見えるだろう。



「く、くそ……」



私は、膝をついた。

私の魔力が、信じられないほど弱まっていたのだ。

私は、術を行使中に……その術を外部の力により、強引に突破された。

自身の力のうち9割方を割いていた力を、爆発に飲み込まれたのだ。

多少の倦怠感は、致し方がないだろう。


だがまぁ、いいさ。

当初の目標であるメドーサの殺害や、GS試験混乱などはすでに達成しているのだ。

試験会場が大穴に変ってしまう事件なのだ。

GS協会は世論なども含め、様々な問題に直面し、

海外に…………近場の香港ですら、目を向けることも出来なくなるはずだ。


GS候補を殺せなかったのが、残念だと言えば残念だが……。

先にも言ったとおり、無理に2匹の兎を仕留めようとする必要はない。

すでにメドーサという大きな兎を狩ったのだ。

それに比べれば、人間の能力者数人や数十人、大したことはない。


私は嘆息し、大男のわきの下を潜り抜け、歩き行く。

ハエ野郎は、もうランデブーポイントへと帰ってきているだろうか?

私たちが決めた落ち合う場所……それはこの会場がよく見える、あのビル。

もし帰ってきているなら、奴はあそこで大きな花火を観賞したことになるな。


あの花火は、どうだった?

メドーサが子飼いの弟子に渡していたであろう、火角の爆炎の色はどうだった?

奴が最後に咲かせた花火だと思えば、単なる爆発も雅なものだろう?


人目を避けて、私はビルの屋上を目指す。

シナリオ通りならば、こんな必要はなかったのだが、

少々想定の範囲外のことが起きたため、今の私は隠行結界すら、張れない。

それどころか、空すらも飛べない。

ようやくビルにたどり着いた私は、

こそこそと裏口に設置された階段を上り、さらに屋上へと足を向ける。


「……デミアン。あの爆発は、何だ?」

「やぁ、ベルゼブル。メドーサの最後の光だ」

「………………むぅ」

「? どうした?」


私が陽気に話しかけてやっているというのに、ハエは無言で視線を逸らした。


「デミアン。少々言いにくいことだが、メドーサの死は……確認できなかった」

「…………なんだと?」


私はゆっくりと語るハエに、怒りを覚えた。

確認できない? 

つまり…………この無能なハエは、

あそこまで傷ついた女を、取り逃がしたというのか?

地面を這いずって会場の外へと逃げた女に、撒かれたとでも言うのか?


私は怒りに任せ、ハエを握りつぶそうと……地面を蹴った。

その加速とともに前方に腕を伸ばす。

もちろん、手の平は無能な虫を握りつぶせるよう、大きく開いて。


「落ち着け、デミアン。そんな体で、俺は捕まえられん。

 むしろ、今この場で俺と戦えば、貴様が死ぬことになる」


「…………私の魔力が枯渇しかかっているのは、誰のせいだ?」


「それは俺に不備があったと? 違うだろ?

 貴様の計画シナリオに不備があった。つまりは自業自得だ」


「……言ってくれるな」


「だが、事実だろう。それより、そこに置いてあるものを見ろ」


ハエが指差す方向には、今日メドーサが着ていた服が鎮座していた。

手にとって見ると、服の隙間から、からんと金属製らしき髪留めが零れ落ちる。


「メドーサを追跡し、見つけたものだ。

 もしかすると、体を維持できず、霧にでもなって消滅したのかも知れんな。

 霊的中枢まであの斬撃でやられていたのならば、ありえる話だ。

 だが、もしかすると痕跡をわざと残して、適当な人間の中に潜伏しているかも知れない。

 何しろ、あの女は蛇だ。

 人間の口から侵入し、その腹の中で傷を癒すことなど、造作もないはず」


「これは、どこで見つけた?」


「この先にある川の下流……その下水溝の近くだ。

 這い上がろうとして、力尽きたという可能性もあるな」


「その近辺に人間の姿は?」


「なかった。

 下水溝の近くだと言っただろう? 人通りが多いはずがない」


「十中八九死んでいる……だが、断定は出来ないということか」


「そうだ」


私はメドーサの髪留めを地面へと降ろした。

そして足を上げ、踏み潰す。


「ちぃ! クソが!」


人間の餓鬼の力では、その髪留めはなかなか破壊できなかった。

私はその場で何回も足を踏み降ろし、数分後、ようやく髪留めを破壊した。



「…………ふんっ。仕切りなおしだ。

 今回のGS試験での騒ぎは、

 私の予想したものとは、随分と違うものになってしまった。

 だが、失敗したわけでもない。仮にメドーサが生きていようとも、奴は何も出来ん。

 奴が復活する頃には、原始風水盤が発動しているからだ。

 奴の居場所は、今のボスのもとには……………ない!

 今度、もし私の視界のうちに入れば、必ず殺してやる」



装飾が粉々になった髪留めを、私はそう宣言するとともに、蹴り上げる。

一つだったものは数個の小さな塊になり、そして私の足によって宙を舞った。


破壊され、粉々になって髪留めは、

太陽の光を受けて、最後の光と言わんばかりに輝いた。




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