第十話



明るくはあるから、闇に対する心配だけはなかった。

そもそも、私は夜の学校で長い時間を過ごしてきた。

特に妖怪になりたての頃は、ただの念のこもった机でしかなく、

取り壊し寸前の廃校の暗い教室の中、一人怯えていた。


私の体……机には、昼間活発に行動する生徒の記憶が、染み付いていた。

だから、一人は寂しかった。私も他の生徒同様に、動きたいと思った。

そして、一緒に学んだり、遊んだりもしたいと思った。


その欲求があったからこそ、

私は今、こうして自立して行動できる妖怪になっている。

暗いのが嫌なら、明るい場所まで歩けばいい。

一人が嫌なら、誰かに話をしに行けばいい。

その誰かと授業をしたいなら、自分の中に閉じ込めてしまえばいい。

そう考えて、横島クンに会う前の私は、偽りの青春を演じていたのよね。


とにもかくにも、妖怪になった私は、自分で行動するようになった。

そして、横島クンに出会ってからは、

さらにその行動が、好ましいものになったと思う。

横島クンと一緒に朝を向かえ、登校して、授業を受け……。

食事を、遊びを、勉強を、そして修行を見守って……。

本当に人間のように生活していた。

偽りではなく、本当の生活を営んでいた。


今日、横島クンはGS試験に合格した。

彼は納得の行かない合格の仕方をしたと、少々思うところがあったみたいだけれど、

でも、合格は合格。別に、横島クンが反則をしたわけじゃないんだしね。



だから、本当なら、みんなでお祝いをしていたと思う。

でも、今は狭い部屋の中で、一人。



寂しくても、話しかけに行くことは出来ない。

無理矢理この部屋を出ることは、出来なくはないだろうけれど……。

でも、そんなことをすれば面倒なことになるのは、目に見えている。

だから、大人しくしている必要がある。

寂しくても。


闇に対する心配だけはない。それが唯一の救い。

煌々と光る蛍光灯が、私の本体である机も照らす。



私たち、これからどうなるんだろう?

横島クンは、どうなるんだろう?

メドーサさんは?


私たち、何か悪いことをしたのかな?

メドーサさんは、何か悪いことをしたのかな?

私が知る限り、メドーサさんは何も悪いことをしていなかった。

もちろん、私の知らないところで、あの人が何かをしていたのかもしれない。

でも、私の知るメドーサさんは、決して『悪人』ではなかった。


チョコを買うにも、一応自分でお金を払っていた。

……どういう経緯で手にしたお金か、それは知らないけど。


私がメドーサさんを悪い人じゃないと証言しても、無駄なのかしら?

だって、私は妖怪だから。

昔は、生徒を自分の中に閉じ込めてた、悪い妖怪だから。


横島クン、GS資格どうなるんだろう?

取り消しになるのかしら?

彼は、何も悪いことをしていないと思うのに。


目を瞑り、意識を自分の中に向ける。

目を開いて何かを見ていても、面白いものなど、何もないから。

そうしていると、ふと……

バレンタインデーのときのメドーサさんとの会話が、思い出された。

さっき、チョコのことを考えたからかしら?



『隠れてわざわざ買いに行かなくても、いいと思うんですけど』


『私は魔族だからね。用心に越したことはないのさ。

 神族に、いつ目を付けられるか、分かったもんじゃない』


『それだけ、ですか? 実は、恥ずかしかったとか』

『…………………ノーコメントだよ』



あの時は、恥ずかしくて照れていただけなのだと思っていた。

でも、メドーサさんの言葉は、照れもあったかもしれないけれど、

今思えば、本心でもあったんだと思う。

用心に、越したことはない……。

実際に今日、少女の姿をした神様は、物騒にもこう言い放ったから。


『お前がGS協会に手下を送りこもうとしていた魔族ですね!?』

『何のこと? 私は試合の見物に来ただけ。証拠はあるのかしら?』

『お前を斬るのに、証拠など必要ありません』


問答無用と言う言葉を、私は目の前で見た気がした。

じゃあ……魔族のメドーサさんを斬るのに証拠が要らないのなら、

妖怪である私を斬るのにも、証拠は要らないのかしら?


…………要らないのかも知れない。

少なくとも、殺人ではないから、警察に捕まることはないと思う。

『殺妖』かしら? それとも『退魔』と表現されるのかしら?


もし、私が神様に殺されそうになったら、

横島クンは助けてくれる?

……多分、助けてくれると思う。



でも、そうしたら、横島クンも私をかばう罪を着るの?



どうして、こんなことになったんだろう?

何が悪かったんだろう?

お祝いのパーティーの予定は潰れて……狭い部屋の中で、私は一人。


いつまで、ここにいればいいんだろう?

私は、今日という日がまだまだ終わらないような気がした。


夜が、長い……。







            第十話      美女たちの長い夜……。








会場が大穴へと変ったために、混乱は長時間続いた。

会場にいた者たちのみによって……ではなくて、

会場周囲の一般住民の驚きが、それに拍車をかけたのよね。


想像してみる必要がないほど、当然のことだと思う。

TVの中で大きな事故がおきても、それは人事。

でも、家の近くの施設が、大きな炎ともに吹き飛んだら……。


しかも、その一件に関し、

試験を実行していたGS協会は、沈黙を守っているのだから、余計に不気味。

何があったのか。

管理しているはずの団体は、口を閉ざし、何も語らない……。


で、状況をマスコミや地域住民に説明しなければならないGS協会は、何をしているのか?

答えは簡単で……GS協会も、完璧に現状を把握しているわけではなかった。

GS協会は会場から、この一件に関係するものを召集し、

そして今現在、今後についての対策会議を開いている。

もちろん……私・美神令子と唐巣神父、

そして神族・小竜姫も、この会議に参加している。


(6時か7時のニュースには間に合わせないと、

 マスコミに叩かれるでしょうから……会議は遅くても、あと30分で終了ってとこかしらね)


そんなどうでもいい事を考えながら、

私はGS協会の会議室のソファに身を預ける。

この会議室の状況がどんなものか、簡単に説明しておくと……

私の隣に座るのは、小竜姫さまと先生。

そして私たちの前には、協会のお偉方が座っている。

絵的に言えば、私たち美女二人の他は、全員が中年男性なので、かなりむさ苦しい。


…………もっとも、

今は会議の終了時間だとか、絵だとか、

そんなどうでもいいことを気にしている場合でも、ないけれど。


「情報封鎖をしたのは、得策ではなかったのでは?」

「いや、ですが街には様々なメディアが溢れています」

「情報を不用意に公開すれば、街角のTVで魔族にこちらの動きを読まれる」

「ええ。ダミー情報を流しても、相手も当事者です。裏を読んでくるでしょう」

「沈黙は金か。しかし、それではマスコミも納得しない」

「沈黙を続けられる時間は、もう残り僅かか」

「すでに多くの時間を浪費した。事は迅速に進める必要がある」

「これは好機にもなり、また危機にもなる。慎重に行動せねば、な」

「逃げた魔族だけではなく、今後のGS協会の行方も探すと言うわけか」

「これは上手いことを言いますな。全く、その通りです」


おじさん連中の渋い声が、室内に響く。

議論は先ほどから、ずっと空回っていると言っていい。

言ってしまえば、とりあえず情報封鎖したけれど、これからどうしようか、である。

その『どうしようか』と言う具体案が、出ていないのだ。

しかし、時間は刻々と過ぎている。

私が先ほど考えたように、早くマスコミに向けて公式会見をしなければ、

この一件に対する初動の遅れを、後々GS協会は責められるだろう。

…………もしかすると、

早く会見に臨まなければ、と言う焦りが、議論を空回せているのかもしれない。


「とにかく、白竜会の面々を締め上げればすむのではないか?

 民衆は分かりやすい犯人を求めるものだし、

 そうした方が、後々GS協会も動きやすくなるだろう」


結局、GS協会上層部たちが話し合い、出した答えはそれだった。


「まず、事態を整理しよう。

 神族・小竜姫の情報により、魔族が試験に手を出そうとしていることが分かった。

 そして実際、試験会場にはメドーサと言う魔物がいた。

 そこに来て白竜会の者たちは、メドーサに教えを受けたと言った。
 
 白竜会とメドーサが繋がっていることは、確実。

 よって、白竜会の面々を檻の中に入れれば、今回の一件は全て収拾がつく。

 うむ。完璧だな」 


何気に小竜姫さまを呼び捨てにしつつ、満足顔で話をまとめる協会幹部。

確かに魔族・メドーサは会場にいた。

そして、そのメドーサと白竜会の面々に繋がりはあった。


それに、今この幹部は述べなかったけれど、

白竜会とメドーサの繋がりを、より強固にするもう一つの事柄がある。

魔装術と言う、魔族との契約により、身体を強化する技。

それを白竜会の一人が使用していたのだ。

私自身も、ちらりとだが見ている。

これも、魔族メドーサとの繋がりと明確にする事象の一つだろう。


でも、本当にメドーサが今回の事件の、犯人なのかしら?


試験会場では、メドーサと相対したり、

ゾンビが大量になだれ込んだり、あまりに状況が速く動きすぎて、

落ち着いて現状を整理する暇すらなかった。

だから、私も小竜姫さまも、メドーサを疑った。

だけれど、落ち着いて考えてみれば、どうにもおかしいのだ。


まず、何故……わざわざメドーサは会場にやってきたのか。

次に、何故……ゾンビを会場の周囲に用意していたのか。

仮にゾンビを用意した理由を、計画が失敗したときのためだと考えてみよう。

しかし……そう考えても…………やはり納得できない。


繰り返すけれど、何故……メドーサは会場に来たのか。

彼女が会場にさえ来なければ、

今回の試験は、何事もなく終了していたように思える。


メドーサが会場にいなければ、小竜姫さまとメドーサの対話が成立しない。

対話が成立しないということは、横島クンが二人の間に乱入しない。

横島クンが乱入してこないと言うことは、

メドーサと白竜会の繋がりも、全然明確化しないはずなのよね。

私が横島クンにカマをかけると言うことが、なくなるわけだから。


もう一つ、メドーサと白竜会を繋げるラインに、魔装術がある。

でも、この術を白竜会の人間が発動したのは、あくまでゾンビ迎撃のためだった。


白竜会の面々の実力は確かだから、

メドーサがあそこに来ず、ゾンビが召喚される騒ぎにならなければ、

魔装術は試験試合中に使用されることが、なかったかもしれない。


また、私は今、『発動したのは、あくまでゾンビ迎撃のため』とか、

なんか簡単に言っちゃったけど、これも一つの疑問となりえる事象よね?


白竜会の面々が共犯なら、何故あのような行動を取ったのか。

彼らは多くの人間を助け、そして今回の事件に特殊な結界を用いて終止符を打った。

その行動を全て理路整然と説明する術は、私にはない。

何か思惑があるんじゃ、と深読みしたくても、

手持ちの情報が少なすぎることもあり、やはり読みきれない。


不自然。


そう、不自然なのだ。何もかも。

もちろん、何か重要な見落としがあるのかもしれない。

だけれど、手持ちの情報で現状を考え、改めてそれを客観視すると、

メドーサ犯人説は、様々なところで違和感が発生する。


(メドーサを成仏させてしまってたら、別に気にしなかったかもしれない……)


そう。目の前にメドーサと言う魔族がいたから、

会場内にいるときはその不自然さを、大して気にはしなかった。

そしてそのメドーサを取り逃がし、

事態を再確認したからこそ、私たちは不自然さに感づけたのだ。

犯人と思われる怪しい存在を消せたならば、

そこで一件落着と安心して、思考の停止を起こし、

それ以上事件に関して、何も気にしなかっただろう。


こうなると、メドーサがミスリード用のコマに見えてくる。

あるいは、ミスリード用のコマに見せかけるため、

わざわざここまでのお膳立てをしたのかしら?


でもそれなら、ここまで大げさなことをしなくても……。

やはり最初から会場にさえ来なければ、それでよかったはず。


メドーサの会場での試合鑑賞。

その行為が、今回の騒動の発端。

その行為さえなければ、今も会場は大穴にならなかったはず。


……情報が漏れていないという、絶対の自信があった?

でも、そうであるならば、

何故、ゾンビを会場の周囲に秘密裏に配置したのか。


矛盾。


その矛盾を後押しするように、

白竜会の面々は『メドーサはそんなことをする人じゃない』と言う。

横島クンはその代表格で、剣を振る小竜姫さまに楯突いていた……。


彼は自分の意思をはっきりと主張していた。

メドーサによる思考操作や、精神誘導も考えたけれど、

そんな兆候は診られず、彼の瞳は焦点がはっきりと合っていた。

横島クンは、間違いなく本心で、メドーサを信じていた。

不覚にも、そのときのあの子に眼と言ったら、それはもう、カッコ…………って!

何を考えてるの、私は。

この私が、美神令子が、高校生のガキに、見惚れるなど、あるはずが、ないのよ!

…………ったく。彼についてなんて、もう考える必要がないわよね?

うん、ないわ。ないはず。

彼はメドーサに思考をいじられてなさそうでした! 

はい、以上!

これ以上、横島クンについて考察すべきことはないわ。


(…………えーっと、なんだったかしら?)


私は視線を、前方の協会のお偉いさんに向けた。

彼らは、いまだに何やら実りのない議論をし続けていた。

特にこちらに意見を求めるでもなく、今後の協会の方針やら何やら……。


(まともに、事件の不自然さとか、そういうことを考える気はないみたいね)


どうやら上層部は、その不自然さを完全に無視する方針のようだ。

議論は、白竜会を犯人と決める『証拠探し』に、そろそろ移行するかも知れない。


情報封鎖からどんどん時間が経過している以上、

GS協会が分かりやすい犯人を欲しがるのは理解できるけれど……。

しかし、この対応の仕方は、あまりに稚拙なようにも感じる。

それとも、今のこの議論も、目の前にいる私たちへの『ポーズ』かしら?


「少々、よろしいでしょうか?」

「……ふむ。なんだね」


あくまで強引に話を進めようとする上層部に対し、

私の隣に座る先生が、質問を投げかけた。


「本当にメドーサと白竜会が、今回の騒ぎの犯人なのでしょうか?」

「何を言うのかね、唐巣くん。明らかだろう? 美神くんも、そう思うだろう?」

「物的な証拠がないですけど?」

「白竜会が会場を消滅させると言う、大規模な隠滅工作を実行した以上、仕方なかろう?」


私の質問に、上層部の連中は苦笑して応える。

上層部としては、今までの話し合いの中で、

白竜会を犯人に仕立て上げるシナリオ概要が、しっかりと出来たらしい。

私はその上層部の苦笑を受け流し、嘆息した。



このまま行くと、GS協会は今回の件を利用して、

魔族撲滅キャンペーンでも立ち上げる気かも知れない。

試験に魔族を乱入させ、あまつさえ会場を大穴に変えた。

この一件は、情報の流れ方次第では、

GS協会の試験運営体制を責められることになりかねる。

だが、逆に言えば、魔族がそれだけ大きな力を持っており、

GS協会と言う存在があったからこそ、事態を大穴一つで収められた、とも言える。

ちょっとした話の流れ一つで、今後のGS協会は大きく変るだろう。


もしも後者で話が進められれば、

GS協会が今より大きな権力を得るのは……まず、間違いないわね。

魔族は悪。その悪に立ち向かうには、大きな力が必要となる。

だから……これまでより大きな権限をGS協会に与え、

そして魔族撲滅に政府は協力した方がいい。いや、むしろしなければならない。


そうGS協会が言ったなら、この大穴を見た市民は賛同するだろう。

会場が消し飛ぶ爆発を、生で目にした人間は多いのだ。

あれが魔族との戦闘によるもので、今後このような戦闘が起きたときのため、

GS協会は資金や権力を必要とすると言われれば……出資する者もいるだろう。必ず。

人間、誰かに守って欲しいものなのだから。


それに、いまだ日本には、オカルトGメンの支部が存在しない。

今回の騒ぎによって設立の話が進められたとしても、

組織が根付いてしっかりと活動するまでは、

やはりGS協会が日本のGS界の、代表的な組織となるのだ。


(ピンチであると同時にチャンス……か)


もしGS協会権限強化の方向に話が流れれば、

まさに横島クンが望む流れとは、正反対の流れよね。

さっきも言ったけれど、

GS協会は今後、魔族やら幽霊に対して、厳しい締め付けを行うだろうから。


おキヌちゃんや愛子ちゃんですら、

街中を一人で歩かせられなくなるかも知れない。

もちろん、幽霊や妖怪などと言ったものが、全て殲滅対象……と言うような

そんなGS協会の大々的広報活動があれば、私の商売は繁盛するでしょうけれど……。


でもねぇ……。

お金は大事だけれど、自分の家にいる娘まで住みつらい世界は、ちょっとね。

それに横島クンじゃないけど、

世の中には座敷わらしだとか、人にとってよい効果を持つ妖怪もいるわけだし。

仮に私の家に座敷わらしが来れば、私はそれを退治することなく、見守るわけだし。


「では、白竜会の人間と対面することにしますか」

「そうですな。彼らとは、よく話をしなければならない」

「我々、GS協会の今後のためにも」

「公式会見での原稿も、早急に仕上げねば……」

「うむ。では、至急……」


上層部の連中は、そろそろ結論を出すらしい。


なお、先生はこのオヤジどもの会話と雰囲気に、かなり呆れている。

言うまでもなく、私は馬鹿らしくてうんざり。

で、小竜姫さまは……ご立腹。


「よし、では……」

「そうですな」


上層部の連中は、ソファから腰を浮かせた。

どうやら、本当に白竜会を今回の件の犯人だと、公式見解で述べる気のようだ。

…………ちなみに、この話の当事者である白竜会の面々が、今どうしているのかと言うと、

彼らはこのGS協会の地下の一室で、監視状態にある。

あの爆発の後、全員が大人しくこちらの指示に従った結果だった。


『まぁ、今この場から離れたら、まるで逃走したみたいでしょう?

 横島、今は堪えなさい。メドーサ様なら、きっと大丈夫だから』


『…………ういっす』


『じゃ、とりあえず私たち白竜会は、

 そこの神様……小竜姫さまの指示に従うわ。

 抵抗の意思も、逃走の意思もないわ。

 だって、私たちは何も悪いことをしていないわけだしね?』


勘九朗と呼ばれる男が、白竜会の中でリーダー格なのだろう。

彼のその言葉に、他の3人は反論しなかった。


(そんなあの子たちを、犯人をして公表する?)


仮に……メドーサが犯人でないならば、彼らにはそもそも罪はない。

仮に……メドーサが犯人である場合でも、

彼らは利用されただけで、本心から進んで協力したわけでは、ないかもしれない。

その辺の調査を全くせず、公式会見をするというのは……これはもう、

今回の件の面倒そうな部分を、彼らになすりつけるだけの行為。

今後の協会の運営だとか、様々な要因を考えての結論なのだろうけれど、

私たちにしてみれば、納得できない結論でしかないわね。

メドーサを犯人とし、そして白竜会を共犯と確定するなら、

私たちの感じている不自然な点についても、

理路整然と説明できるようになってからにして欲しいものだ。


「では、小竜姫さま。とりあえず、白竜の者たちのGS資格は剥奪。

 そして白竜会自体にも、GS協会から本日付で、

 魔族の計画した不正行為加担の罪で、すぐさま罰しますので……」


何が『とりあえず』なのかは知らないが、幹部の一人がそう提案した。


「駄目です。それは認められません」


上層部の判断に待ったをかけたのは、小竜姫さまだった。

もちろん、私や先生も、待ったをかけるつもりだったけれど。


大体、横島クンを代表に、全員が『メドーサは違う』と言っているのだ。

せめて、彼らの言い分くらい先に聞くべきだろう。

彼らはこちらに反抗するわけでもなく、いたって協力的なのだから。


「しかし、現状で最も怪しいのは彼らでしょう?

 それに、彼らとメドーサの繋がりを調べたのは、小竜姫さま、貴女御自身ですぞ?」


「現状でメドーサが犯人だと、決まったわけではありません。

 それに………私自身が取得した情報が少ないからこそ、

 現段階では、彼らを犯人と特定できないのではないでしょうか?」


小竜姫さまは反論するが、不服そうな上層部は、その反論に納得などしなかった。


「疑わしきは罰せず、ですかな?」

「彼らは自身の罪を、最初は認めないでしょう」

「ですが、相応しい『聞き方』をすれば、きっと彼らも己の罪を認めるはず」


どこかこちらを嘲笑するような口調で、一人の幹部がそう締めくくる。

そんな彼らに対し、小竜姫さまはあくまで毅然と言葉をつむぐ。


「相応しい聞き方とは、どういったことですか?」

「それはまぁ……色々ですな」


「先に言っておきますが、彼らはまだ犯人と決まったわけではないのです。

 そんな人間に危害を加えることは、私が許しません。

 それに……特に横島さんは、天界でも重要な位置にいる少年です。

 冤罪から彼に危害を加えたなら……相応の仏罰が下りましょう」


「…………は? あの少年に、ですか?」


上層部の一人が、怪訝そうにそう聞き返す。

まぁ、私も同じような言葉を視線に含めて、小竜姫さまを見つめちゃったけれど。

小竜姫さまは、横島クンを毛虫のように嫌っていたはずなのに、

何でいきなり、こんな特別扱いを?

私たちの視線に気づいた小竜姫さまは、苦笑してから口を開いた。


「……実は、今つい先ほど思い出したのですが、

 彼は天界に置いて、非常に高位にある存在なのです。

 以前の、殿下の脱走の際の話になるのですけれど…………」


「ああ。横島クンと天竜童子の……」


小竜姫さまの言葉に、私は心当たりがあった。

私が小さく呟くと、小竜姫さまはうんうんと頷いた。


「そうです。その折に、横島さんは殿下から臣下とされたのです」

「あー……そう言えば、なんかそんなことを言っていた気も……」


私を人攫いだと勘違いした横島クン。

彼が天竜童子を担いで逃げようとしたとき、背中の童子は……


『横島、おぬし奥の手があったのじゃな! さすがは我が臣下の者よ!』


……うん。確かにそんなこと言っていたわね。


「妙神山の管理人代理でしかない私と、

 正当なる天竜第一王位継承者が直接任命した臣下。

 天界に置いて順に並べば、地位的に比べる必要もないくらいの差があります」


「町の道場の師範と、王族の第一王子の付き人じゃ、

 政治的な目で見れば、付き人の方が立場が上……みたいな感じかしら?」


いまいち『横島クンの方が小竜姫さまよりも上』だという実感が沸かない私は、

そんなたとえ話を小竜姫さまに向けてみる。

小竜姫さまは眉を寄せて、少しだけ考えてから、苦笑と共に頷いた。


「そう言うわけですから、横島さんをはじめ、

 白竜会の人たちは、とりあえず情報提供者として扱ってください」


「ですが、それでは我が協会としては、どのような公式発表を……」


「それは私が指示すべきことですか?」


すがりつくように問いかけてきた連中に、

小竜姫さまはにこやかに問い返した。

まさか『そうです』などと言えない上層部連中は、沈黙するしかなかった。


「………これだけの事件なんだし、政府も調査委員会を設立するでしょ?

 一時発表で犯人が特定出来てなくても、別にそんなに気にすることじゃないじゃない?」


沈黙する上層部に、私は言葉を投げかけた。

それは横島クンに投げかけたものよりも、ある意味露骨なカマかけだった。


「何を言っている! 政府がしゃしゃり出てきてからでは、遅いのだ!」


「それでなくとも、一時的な情報封鎖で、

 当局からの突き上げも、かなりのものになると言うのに!」


だが、私のカマかけに、あっさり本音が出た。

組織の上層部としては、まぁ間違ってはいないと思うけれど。

と言うか、そもそも……せっかく早目から情報封鎖したのに、

『メドーサが犯人』だなんて、大々的にメディアに流したら、封鎖の意味がないでしょうに。


メドーサがどうこうより、政府に色々指示され、

挙句に調査にまで手を出され、

それにより、今後GS協会の権限が低下してはかなわない。

そんな本音をぶちまけてくれた上層部は、八つ当たり的に私を睨んで、叫んだ。


「分かるだろう? 君のGSだ! 我々協会の今後で、君の生活も変るのだぞ!?」

「知らないわよ、そんなこと」


「知らないだと!? よくそんなことが言えるな? 

 君もGSなら、協会の力を知らないわけはないだろう?

 今後の協会の力の変化が、どれだけ大事なものか、わかるだろう?」


「さんざん人を待たして議論して、下らない結論しか出さず……。

 その挙句に、随分な文句を言うじゃない? まるで脅迫ね?

 『GSなら、協会の力を知らないわけはない』ですって?

 そっちこそ、私の名前を再確認してみるべきじゃないかしら?

 私の名前は『美神令子』よ?」


個人では組織に勝てない。

よくそんなことを言うけれど、それは組織の規模にもよるのよ。

って言うか、組織と戦いなら戦うで、ゲリラ戦も可なわけだし?

私は地球が滅んで、GS協会が滅んで……それでも、一人この世界で生き続ける女よ?



「…………くっ」

「何か言いたいことが、ありまして?」

「………いや…………」


小竜姫さまの言葉に引き続き、私の言葉にも、上層部は沈黙した。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「で、小竜姫さまは、本当は何を考えているの?」

「本当は、とは?」

「疑わしきは罰せずなんて、小竜姫さまらしくないんじゃない?」

「……何故です?」

「魔族のメドーサを斬るのに、証拠なんか要らないと言ってたのは誰?」

「…………私ですね」

「だから、魔族の協力者らしき人間を斬るのに、証拠なんて必要ないって言うかと」

「…………そんなことはありません」


会議が終了し、GS協会の方々は皆、席を立って何処かへと行ってしまいました。

唐巣さんは、皆さんを追って行ってしまったので、

この部屋には、私と美神さんだけが残っています。


そんな折に、美神さんは静かな声で話しかけてきました。

その美神さんの鋭利な刃物のような皮肉に、私は反論する余地を持たなかった。

いえ、私が皮肉だと感じただけで、彼女にそう言った意思は、なかったかもしれませんが。

もし私が一人皮肉に感じたとするなら……。

私は今回の件で、少々自身の価値観と言うものを、考え直させられたのかも知れません。


私はメドーサがこの事件の犯人だと、そう決め付けていました。

魔族がGS試験に乗り込むと言う情報を持った状態で、魔族のメドーサを見た。

その瞬間、私の中では彼女が犯人であると、確定した。

理由は簡単です。彼女は魔族である。魔族は悪の存在である。

つまり、今回の事件の真犯人であるはずである……という図式ですね。


しかし、時間が経ち、ゆっくりと考える時間が出来ると、

どうにも彼女が犯人であるようには、思えなくなってきました。

そう美神さんに告げると、彼女も頷きます。

メドーサが犯人であるとすると、物事が理路整然と行かないのです。


そんな状態で、GS協会の幹部の皆さんの意見を聞いたら、

私の頭の中に一つの単語が浮かび上がりました。


『冤罪』


魔族を斬るのに、証拠など必要ない。

私はそう考えていましたが、その姿勢は間違いなのではないでしょうか?

それに、メドーサに斬りかかった私だからこそ分かった、

美神さんの知らない不自然な点が一つあるのです。


それは、メドーサが私に一度も攻撃をしてこなかった、と言うこと。


彼女は私よりも、強い。

それは斬りかかった時点で、分かった。

何しろ、彼女は私の剣筋を、余裕を持って見切っていたのだから。


……にもかかわらず、彼女は回避だけをしていた。

その末に、油断からか、私の攻撃を喰らってしまった。

何故、私を攻撃してこなかったのでしょう?

彼女ならば、攻撃に転ずれば、私を撃退することも、可能だったかもしれません。

あのときの彼女には、戦う気がなかったのでしょうか……?


GS試験に弟子を送り込み、自身もその試験会場に乗り込む。

もしも……と言う可能性を考えたなら、

やはり会場に出向いた時点で、戦闘の覚悟はしているはずです。


まぁ、そんなわけで、私自身もこの一件の答えが見えず、悩んでいます。

そして悩んで出した『取り合えずの答え』が、保留でした。

メドーサが犯人である。白竜会が共犯である。

そう確信するには、やはり至れません。

確信できない以上、白竜会を犯人だと公表すると言う彼らを、止めなければなりません。


だから……ああ言っておけば、とりあえずその場が静まると、そう考えただけです。

実際、横島さんが天界に置いて、私より高位であると言う事実は、ありません。


まぁ、殿下が口約束をし、神剣を……私が折りましたが……与えたのは確かです。

もしも……もしも横島さんが、今後殿下と出会い、殿下が横島さんのことを覚えていたなら、

もしかすると……天界での最下位の位くらいは、与えられる可能性もありますが……。


「美神さん。今回の件、これで終わりなのでしょうか?」


私は横島さんから思考を移し、美神さんに問い返した。


「どうかしらね? まぁ、対外的には、一時的に終わるでしょうけど。

 試験は無事終了したわけだし、魔族子飼いと思われる候補も確保したし。

 でもまぁ、横島クンたちがメドーサの弟子だからと言う理由で、

 GS資格を剥奪するかどうかとか、今後の生活がどうなるかとか、

 その辺は今夜これから、まだまだもモメそうね。

 小竜姫さまから見て、白竜会の人間ってどう? 

 悪魔に魂を売った、邪悪な存在?」


「…………そうは思えません」


「そうよねぇ。

 横島クンたちが目に見えて悪役っぽかったら、話は早いんだけど。

 別に、私たちがどうこうしなきゃいけないほど、悪そうでもないし」


「犯人は、誰なのでしょうね? メドーサでないとするなら……」


「分からないわ。

 仮にメドーサが犯人じゃなくて、彼女の他に別の魔族がいたなら……。

 他のGS候補を調査してみれば、何か分かるかも知れないわね。

 …………となると、やっぱり横島クンたち白竜会は、

 ミスリード用に用意された、何も知らないただのデコイになるのかしら?」


私の質問を受け、美神さんはまたしても頭を悩ませます。

……ここは一度妙神山に戻り、

『魔族がGS試験に子飼いの候補を送り込む』と言う情報の、

大本に関して再調査を依頼してもらった方が、いいのかもしれません。


ヒャクメを召還し、白竜会の人たちの内心を視てもらえば、話は早いのですが……。

彼女には彼女の仕事がありますし、私の言葉一つで、人界には呼べません。

仮に公的に申請して召還すると……時間がかかりすぎます。

仮に私的に呼んだならば、やはり彼女の予定により、来る時間が変化しますし……。

呼ぶだけ呼んでおきましょうか?

でも、基本的に間の悪い彼女のことです。

事件が全て解決してから、のこのこと現れるような気もします。


「ねぇ、美神さん。横島さんが聞いてきたじゃないですか。

 メドーサは、いったい何の罪を犯したのか、と」


「確かに聞いてきたわね」

「仮に、もしメドーサが犯人ではないとしますよ?」

「ええ」


「仮に、私が『証拠は必要ない』と言い、メドーサに止めを刺したとします。

 あるいは、今この状況でも、メドーサを犯人と決め付けたとします。

 そうしたなら、メドーサには……一つの罪が加算されるのですよね?

 本当の犯人じゃなくても、そんなことは関係なしに、魔族であるということだけで………」


私の中では今、横島さんの言葉が重くのしかかっていました。


『大体、さっきブラックリストだとか叫んでましたけど、何をしたんです?』

『知りません。リストを見て、覚えていただけですから』

『って、なんじゃそら! そんなんでいきなり斬ろうとするなよ!』

『リストに載ったことが、そのまま極悪な存在である証拠です!』

『誤報だとか、誤認だとか、あるかもしれないだろ!?』


これまで考えたこともありませんでしたが、

私がこれまで裁きを下した者の中にも…………。

冤罪により、強制的に滅せられた者も、いたのでしょうか?

『魔族だから悪』と言う私の固定観念は、間違っていたのでしょうか?


私の問いかけに、美神さんは無言を持って答えてくれました。

…………確かに、自分で考えなければ、いけないことですよね。




今夜は、長い夜になりそうです。



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