第十一話



なぁ、起きてくれないか?

大体さぁ、お前は寝坊しすぎだと思うぞ?

お前があんまりにも眠り続けるもんだから、

最近なんて……俺、半ばお前のこと、忘れかけてたりするぞ?


おーい、起きろ。なぁ、起きろってば。

お前が寝ているうちに、色んなことがあったんだぜ?

まず言うなら、俺が魔眼の制御に成功したこと、かな?

まぁ、お前とこうして、すぐに意思疎通できていない時点で、

まだまだ100パーセント使えているわけでもないんだろうけど、

もう暴走することはなくなったし、それなりに技も使えるようになったんだ。


新技の名前は、スピリット・ガントレット。

魂の手甲って感じかな? あるいは霊式手甲か?

これは、アレだ。

去年の夏、ゴーレムから逃げて……で、

その後のことはお前は知らないだろうけれど、

六道さんの屋敷にお世話になったんだ。


で……魔眼がうまく使えないから、

島で石化させた俺の両手と脚一本は、そのまま石化したままだった。

でも、両手の指は曲がるようにしたし、足だって膝は曲がるようにした。

動かないままじゃ辛いから、間接部分の石を削ってな。

で、言うなれば、石の手甲と膝サポーターをつけているような状況だった。


そこから考え付いたんだ。

自分の手足を石化させて相手を殴れば、痛いだろうって。

それに霊気を集めて、それを石にすれば、精霊石の劣化版になるんじゃないかって。

精霊石って言うアイテムは無茶苦茶高くて、学生の俺じゃまず買えないからな……。

億だぜ、億。こちとら、万単位で手が出ないって言うのに。

もっとも、眼でしかないお前には、金なんて関係のないことだろーけど。


で……まぁ、技は考えたものの、

魔眼の制御がまだまだだったから、最近まで使えなかった。

でも、ちゃんと試験直前までにマスターしたわけだ。


なぁ、俺、ちゃんと頑張って、魔眼を制御できるようなったんだぜ?

そう言えば、符もいい感じに使えるようになったし、

メドーサさんからは、サスマタなんかももらったんだ。

色々、お前が寝ているうちに世界は動いてるんだ……。




特に今日は……GS試験で……メドーサさんが……………。




だから、お前も起きろよ。起きてくれよ。

お前と話がしたいんだ。

メドーサさんが、大変なんだ。

大丈夫だとは思う。そう信じてる。

でも、心配なんだ。


だから、メドーサさんの欠片であるお前と、話しをしたい。

今、俺たち白竜会の人間は、

GS協会の一室に、それぞれ一人ずつ待機させられている。

愛子も、どこか別室にやらされた。だから、話し相手がいないんだ。


暇……というより、不安なんだ。

話がしたいんだ。でも、話し相手がいない。

自分ひとりで考えていても、何も分からない。

だから、お前と話がしたい。

だから、目を覚ましてくれ。



「お願いだ、コーラル」



しばしの間、俺は眼を閉じて

自分の中にいるはずの魔眼コーラルに、起きるよう呼びかけ続けていた。

もっとも、やつはうんともすんとも言わず、

俺の思念は、俺の中で空回りを続けていたけれども。


やつはメドーサさんの欠片。

そうだとすると、メドーサさんがもしも死んじゃってたら……。

その欠片のコーラルも、俺の中から、消えちゃうのか?


「………いかん! 変なこと考えるなよ、俺!」


不穏な事を考えそうになった俺は、頭を振る。

でも、俺の頭の中に浮かんだ考えは、

どれだけ頭を振っても、どこかに飛んでは行かない。

いまさらながら、あのときの情景が頭に何度も再生される。


体を斬り裂かれるメドーサさん。

人間なら、間違いなく致命傷だった。

会場から姿を消せたのは、

メドーサさんが人間とは比べ物にならないくらい、強い証拠だ。

俺がもしあんな攻撃を受けたら、即死だと思う。

起き上がれないと思う。

そのまま倒れこんだ場所で、身動きできないだろうと思う。


………俺なら即死する攻撃を受けた、メドーサさん。

起き上がって、逃げた。

倒れこんだ場所から、身動きした。

だから、無事だと思う。そう信じている。信じたい。


でも、俺の中には不安がこびりついている。


結局、俺はずっと、一人でもだえ苦しんだ。

ユッキーたちや愛子の心配なんか、ほとんどせずに。

少し白状だとも思ったけれど……密室で一人悩む今の俺には、

あいつらまで心配する余裕がない。


これっぽっちも。

髪の毛一本分ほども、なかった。



そして、コーラルも起きる気配がなかった。

これっぽっちも。

それこそ、睫毛の一本分さえ、なかった。


まだ、夜は明けない。







            第十一話      男たちの長い夜……。









神族・小竜姫、GS美神。

その二人は、とりあえず事態を収拾するために、

動ける審判や実行委員会員に、あれこれと指示を出していた。

ああ、唐巣という横島と仲のよい神父も、

弟子と思われる可愛い男の子と一緒に、右往左往していたわね。

私や陰念は、愛子ちゃんの本体片手に、そんな彼らを見守っていた。


「雪之丞。横島を止めなさい」

「なんでだ?」


会場周辺が先の火角結界の爆発で混乱する中、

横島は視線をきょろきょろと、様々な方向へ投げやっていた。

あれはどう見ても、メドーサ様の痕跡を探し、後を追おうとしている様子。

だから私は止めろと言ったのだけれど……雪之丞はそんな私に反問してくる。


「傷ついた女がいるんだぞ? 助けに向かうのが、男だろ?」

「まぁ、その意見も一理あるとは思うけれどね」


しかし、この場から姿を消すことは、後々面倒な問題を引き起こすことになり得る。

少し考えれば分かることでしょう?

それでなくても、私たちとメドーサ様の繋がりは明白になったわけだし。


しかも、そこにきて、まだ協会側はそれほど情報を持っているわけじゃない。

ここは彼らに協力して、私たちの身の潔白を証明すべきでしょう。

ここで逃げたら、状況証拠だけで犯人に仕立て上げられる可能性もあるわけだし。

それに…………いざとなれば、強引に逃げればいいだけのこと。

私たちの力を持ってすれば、いつでも逃げられる。

なら、今は協力してあげましょう?

今の段階でお尋ね者になって、

後々、日中に外に出られない生活をするのは、嫌でしょう?

私たちを捕まえられるような人間は、まずいないでしょうけれど、

でも、追われるのはうっとうしいしね?

いい男なら、別だけれど……茶色いロングコートに、

だみ声で手錠を振り回す警官が来る可能性も、ゼロじゃないしねぇ。

私はイヤよ? とっつぁんはシツコイねぇ……なんて言うの。


「…………わーったよ。で、お前はどう思う? メドーサのこと」

「大丈夫でしょう?」

「自信たっぷりだな」


「私はメドーサ様の、第一の駒にして、恋の指導者よ?

 横島よりも、メドーサ様のことについては詳しいと思ってるわ。

 一応、物証もあるし。あんたもあるでしょ?」


「俺も?」

「忘れたの? まぁ、後で教えてあげるわ」


私は『知らんぞ?』と言う表情で聞き返してくる雪之丞に、苦笑した。

雪之丞のことは放って置いて……メドーサ様だけど、あの人が死ぬはずがない。

メドーサ様はいざとなれば、

他の生命体に寄生して、その体の回復を待つことも出来る。

また、瞬間転移するだけの能力も持っているもの。

会場の外へ逃げるだけなら、何とかなるわ。

何とかならない場合があるとするならば……それは追撃があった場合だけ。


「だったら大丈夫だな。攻撃してくる神族も、今はここにいるわけだし」


「…………そうね。まぁ、とりあえず、横島を押さえなさい。

 何故か私、彼に嫌われているみたいだから、あんたに頼むわ」


「いや、俺も別にお前のことが好きってわけじゃないぞ!?

 どっちかと言うと、俺も横島と同じく、お前が苦手だ!」


「んもぅ……。いけずぅ」

「そ! そーゆーところが気色悪いんだ!」

「失礼ねぇ」






      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





そんな会場のやりとりから、2時間と少し。

もちろん、それは推測。だって、時計を持ってないんですもの。

まぁ、正確な時間は脇に置いておきましょう。


私たちは会場を後にして、GS協会本部の地下施設の1室にいた。

元は個人用の仮眠室かしら?

狭い部屋の中に、小さなベッドがあって、

その横に洗面所にあるような水道が一つ。

そしてその水道の上には、顔を見るための鏡が一つ。

そうね……狭い洗面所にベッドを詰め込んだ、と言う表現が適切かしら?

ここで仮眠して、顔を洗ってまた仕事……というような情景が、目に浮かぶわ。

まぁ、わざわざ一部屋ずつ水道があるというのは、

それなりに設備費と配慮がかかっている証拠かも知れないけれど。


部屋に入る前に観察した限りでは、

私たちの歩かされた廊下には、この部屋と同じドアが、いくつも並んでいた。

この隣に、雪之丞なり横島なり……順番に白竜会関係者が詰め込まれているんでしょうね。

ああ、もしかすると用心して、一室の間隔を空けているかも知れないわね。

隣同士になると、壁を叩いてモールス信号で話したり、とか。

…………ないかしら? どちらかと言うと、近接によるテレパスを警戒するとか?


そもそも、一室の間隔が空けられているかどうかも分からないので、

そんなことを考えるだけ無駄よね。

そんなちょっとした自嘲と共に、私は思考を転換する。


うーん…………牢屋に即刻入れられないだけ、マシかしら?


(雪之丞はどう思う?)

(知るか)


私は耳につけたイヤリングをいじりつつ、

何処かの部屋にいるはずの雪之丞と、念話を行う。

仮にテレパスを警戒してたなら、意味がないって感じよね。


このイヤリングは、メドーサ様から直接もらったもの。

メドーサ様の気を多分に含んで物質化しているものなので、

このイヤリングが存在すると言う事自体が、

メドーサ様の生存を、私に伝えてくれていたりする。

これが会場で私が雪之丞に言った、メドーサ様が生きていると言う『物証』よ。


(で、これからどうするんだ、お前)

(そうね……。とりあえず、解放されたら、香港に行くしかなさそうね)

(されたらって……されなかったら、どーすんだ?)

(その時は、その時ね。強引に行くわ。だって、メドーサ様は私の主なのだしね)

(まぁ、俺もずっと大人しくしている気はないがな。俺はせっかちなんだ)

(ベッドの中でも?)

(知るか!)


(あら、知らないの? 駄目よ? ちゃんとペースを把握しておかないと。

 いざって時に、がむしゃらにスパートをかけても、喜ぶ子は少ないのよ?)


(何の話をしてるんだ、何の!)

(あえて言うなら、ピロートークに至るまでの注意事項?)

(…………つか、てめぇ、経験あるのかよ)

(実は、最近なのよね〜。何だかんだ言って、処女喪失したのは)

(貴様は男だろうが!)


そう言葉を述べたとき、ふと私は、面白い想像をした。

私の主は、メドーサ様。

そのメドーサ様が、もし横島と一緒になったなら……。

横島も、私のご主人様の一人になるのかしらね?

何しろ、私の主人の半身なわけなのだし……。

『メドーサ様、忠夫様、おはようございますわ』なんて、言ったりするのかしらね?


私は自分のちょっとした想像に苦笑しつつ、話を続ける。


(マジメな話に変えるけれど……今回の件、

 恐らくはメドーサ様は、ハメられたのよ。他の魔族にね)


(何故だ?)


(さぁ? メドーサ様、最近は敵が多いから……。

 横島の修行に付きっ切りで、半ば仕事放り出してたし)


(それで会場ごと、メドーサを抹殺か?)


(ムカつく相手を殺せて、さらに目障りなGSも殺せる。

 で、犯人の罪はムカつく相手が被る。一石二鳥でしょう?)


(まぁ、魔族らしい考え方だな。

 容赦がねぇと言うか、大雑把と言うか、大胆と言うか)


(現実に、なかなかうまく行っているわよ?

 犯人はメドーサ様じゃないかという疑惑は一応あるし、

 負傷者も多数。真犯人の手がかりは、なし)


(その犯人、お前じゃ追えないのか? 

 認めたくないが、今のお前の実力は、俺より上だろ?

 そのお前でも、無理なのか?)


(無理ね。生粋の魔族を捜し当てられるほど、私はすごくないわよ。

 それに、私はあくまでメドーサ様の駒よ?

 メドーサ様の仕事仲間に関して、全てを知っているわけじゃないし)


(……………あ〜っと。じゃあ、それでなんで、香港なんだ?)


私は雪之丞からの質問に、少しだけ笑った。

ちゃんと私の話についてきているらしい。

てっきり、最初に言った香港などと言うキーワードは、忘れているものだと思っていたのに。

……って、これは少し雪之丞に失礼かしら?


(おい、勘九朗? 何がおかしいんだ?)


念話だからかしら? 私の笑いは、雪之丞に伝わっていたらしい。

もっとも、こちらの笑いの意味までは分からなかったのか、

雪之丞はきょとんとした風情だった。

これで半眼になる感じで、

『何を笑ってんだ?』と言えるくらい、鋭くなれば言うことなしなのだけれど。


(なんでもないわ。単なる思い出し笑いよ)

(そうか。つーか、質問に答えろ)


(ええ、香港ね。メドーサ様が次の行うはずだった大きな仕事。

 雪之丞は知らないでしょうけれど、それが香港での仕事よ)


(知るはずねえだろ? 

 俺はお前ほど、メドーサにくっついちゃいない)


(そうね。でね、次の大きな仕事が香港なのは、確実なはず。

 今回裏切ったメドーサ様の仲間は、

 メドーサ様の代わりに、香港の仕事を請け負い、

 そして手柄を上げようとするはず)


(早いうちから密かに行って、網を張るのか)


(そういうことね。ついでに、罠もね?
 
 私の主を傷つけた罪は、取ってもらうわ)


そう言う私だけれど、しかし……今回の真犯人に、

私はちょっとした感謝の念も持っていた。


今回の一件は……いえ、今回の件だけではないわね。

この世に生ける者にとって、万事が塞翁が馬。

起こった物事に対する適切な行動で、その後の好機を得ることが出来るの。


例えば、我が主であるメドーサ様の悩みは、横島の一言に尽きる。

そしてその横島に対し、メドーサ様が何を悩んでいるのかと言えば、

最初に騙していたと言う罪悪感や、横島に隠れて色々な仕事をしていると言うこと。

また、神族に追われるという立場上、大手を振って外を出歩けないのよね。


しかし、今回の一件を上手く利用すれば、

その現状を覆すことが出来るかもしれない。

メドーサ様の『魔族や幽霊や妖怪に優しいGSを育成し、

世界にいる無害な存在の排除を抑制する』という、あの嘘の看板を、本物にすればいいのだ。

そうすれば、

メドーサ様はGS協会を操作するにしても、それは悪質な操作ではなく、

あくまで個人個々の……GS候補者の……主義主張によるもの、となる。


そしてその思想ゆえに、メドーサ様は同属の魔族から狙われ、

今回のような事件が起こったとすれば、メドーサ様に大きな非はなくなる。

さらに、横島についた嘘は真となるわけよね。


神族がどう出るか分からないし、GS協会についても同様。

でも、うまく行けば、メドーサ様の周囲環境は改善される。

大きく、そして自分自身が心から願う力を貰った以上、

あの人が幸せになるための手伝いをする義理が、私にはあるしね。


まぁ、メドーサ様と横島の関係を推すのは、

ただの主従関係によるものからだけでなく、

私自身も見てみたい気がする、と言う大きな要因もあるからだけど。


いいわよねぇ、種族の差を越えた愛って。

どこか、性別を超越した愛に通じるところがないかしら?


(いや、ないだろ)


頭の中に、雪之丞の鋭い指摘が突き刺さる。

もう、いいじゃない。人が勝手に考えているだけなのだから。

まぁ、いいわ。大体、私はもう、性別を超えた存在なのだし。


(…………は?)


私の思念に、今度は疑問符をぶつけてくる雪之丞。

仕方がないので、私は雪之丞に簡単に説明をしてやることにした。


(いいかしら? 

 魔装術を極めると言うことは、より魔族に近づくと言うこと。

 魔族に近づくと言うことは、人間とは違う存在になることよね?

 魔族とは、本来男性でもあり、女性でもある存在よね?

 サキュバスなんて、女性だと思われているけど、

 相手が女性の場合は、自分が男性に成るという場合もあるらしいわよ?

 つまり、魔装を極めに極めた私は、すでに男性であり女性!

 逞しい男の人に恋をしても、なんらおかしいところはないのよ!)


(いや…………ないか? あるだろ?)


(……まぁ、今後については、GS協会と神族の出方次第ね。

 強硬手段もありえるわけだし……。

 現状をどうにかして、横島や陰念にも伝えないと。

 無理なら無理で、それとなく話題を誘導するとか。そのときは雪之丞もお願いね?)


(今、露骨に話題変換したよな? 

 つーことは、自分でも無理のある話だと思ってるんだろ?)


(雪之丞は私のイヤリング同様、

 黒帯にメドーサ様の念が仕込んであるからいいけど、

 横島には、どうやって話をつけようかしら?

 そう言えば、あの子今一人なのよね。

 思いつめてなければいいけれど……)


(無視かよ)


私は雪之丞の思念を追い出しながら、

何処かの部屋にいるであろう横島を思った。


ああ、愛子ちゃんの方が心配ね。きっと心細いわよね。




…………私たちにとって、長い一夜が始まった。




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