第十二話



これまで随分と長い時間、『教師』という道を歩いてきた。

……一通りの苦労と感動は、味わってきた。

もちろん、定年間近な老教師に比べれば、私もまだまだなのだろうけれど。


自分のクラスの女子生徒が、妊娠したこともあった。

生徒に殴られたこともあったし、殴り返したこともあった。

職員会議で吊るし上げになったことも、あった。

担当した部活動が、華々しい功績をあげたこともあった。

オセロ部で、野球部と比べても、あまり世間からは注目されなかったが。

それでも、大会3位って、それなりに凄いことだろう。

たとえ校長が大して功績ではないと考えても、私は凄いことだと思う。


そう。


オセロ部の功績のように、、

苦労があれば、それに対になる感動が必ずあった。

ああ、色々とあった。

駄目な子ほど可愛いと言う言葉があるが、まさにその通りだ。

それまで全くの駄目人間だったものが、

努力で何かを掴み取る姿は、教師としてとても感慨深い。

公務員試験に受かったもの、難関大学に合格したもの……就職したもの。

あるいは、中学時代は荒れていたのに、

高校に入ってからは何かを見つけたのか、部活に励んだもの。

…………その生徒は何故か、円周率暗唱同好会だったが。


中でも面白かったのは、以前遠足したときのこと。

なんと、バスガイドになった私の昔のクラスの女子生徒が、

私の乗るバスで、今の私の生徒に向かって、鮮やかに景色の説明をしたりしたのだ。

授業中に指名され、朗読にあれほど手こずっていた少女が、いまやバスガイド。

彼女は私に、微笑んだものだ。どうですか、今の私は……と。


教え子の成長を身近に感じられる瞬間。

それが一番、教師には嬉しい瞬間だ。


そんな……様々なことがあった教師生活。

これからもまだまだ続くであろう教師生活。

最近、そんな教師生活の中で、かなり特殊な生徒と出会った。


その生徒の名前は、横島忠夫。

成績は、ギリギリ入学したと言うことで、かなり下の方だったのだが、

最近は上昇傾向にあり、学期明けの実力テストでは、中の上レベルに食い込みそうだった。

クラス内のムードメーカーであり、明るい生徒。

人からは『馬鹿』と呼ばれることもあり、

そして本人も自分をそう認識している……お笑い芸人に向いていそうな少年。


そんな横島の将来なりたい職業は、GS。


さすがにこれまでの私が送り出した生徒の中に、GSはいない。

おそらく、これからもそう多くは居ないだろう。

そもそも、我が校のこれまでの出身者の中にすら、GSは存在しない。

1年に300人近くの生徒が卒業する我が校は、今年で創立38年。

12000人近くの卒業生がいるわけだが……それでも、いないのだ。

GSとは、それほど珍しい職種。


そんな珍しい職業に憧れるお調子モノな少年。

奴は2日間の公休を取り、試験に臨んでいる。

彼の同居人である愛子君も、つきそって学校を休んでいる。


だが……恐らく、一日分の公休で事足りるだろう。

横島の奴は、第1次試験にも合格することないだろうから。


そんなことは、ここ数年のGS試験の倍率を見れば、簡単に予想がつく。

勉強の合間にどのような修行をしているのか、そこまでは知らない。

だが、命をかける仕事なのだ。

生半可な気持ちで合格など、不可能だ。


だが、横島の奴は私の予想を裏切り、見事に1次予選を突破した。

近年GSと言う職業が注目され、さらには合格者が極端に少ないからだろう。

第一試験の翌朝の新聞の片隅には、今年度の1次合格者の名前が並べられていた。

そしてその中には、小さく横島の名前も載っていた。


ああ、やったのか、横島……。


それが、私のまず第一声だった。

難関の第1歩を、奴はクリアしたわけだ。

新聞に載っているということは、

気力の測定とか言う試験に合格した上に、1試合をしたと言うこと。

つまり、あのお調子者が、殴り合いなどをしたと言うことになる。

いや、お経の言い合いとか、そういうことだったかも知れないけれど。

だがまぁ、実戦形式と言うからには、やはり叩くくらいのことはしただろう。


あの横島が、ねぇ。


格闘など、ついぞ縁なさそうな顔なのだが。

仮に不良にからまれたりしても、立ち向かうタイプではないだろうし……。


そう思いつつ、私は新聞を片付け、目の前の朝食に取り掛かった。

横島のことは気になるが、しかし私には私の予定がある。

担任教師としては、生で横島の試合を見、応援してみたくもある。

しかし、私は横島だけの担任ではない。

それに……私などが応援せずとも、横島には愛子君がついているしな。

さらに言うなら、先ほどから妻が私を睨んでいる。

さっさと食べて、学校に行けと言うのだろう。

学校では生徒の上に立つが、

家の中の『お父さん』としての地位は、そんなものだ。


「…………んん?」


ふと、TVに目をやると、朝のニュースが物騒な事件を伝えていた。


『……昨日の午後、この試験会場内で、

 ドクター・カオス容疑者(1051歳)が、

 自作アンドロイドに発砲させると言う事件が起こりました。

 警察当局は、銃刀法違反の容疑で、カオス容疑者を逮捕……』


私が今先ほど気にしていた、GS試験会場での事件だった。

容疑者の年齢にも驚かされるが、アンドロイドと言う言葉にも驚かされる。

つくづく、GSとは一般人からかけ離れた職業だと、痛感する。


本当に、横島は大丈夫なのだろうか?


所詮、あいつはまだ、ただの高校生なのだ。

不可思議な雰囲気など、微塵もないのだ。

もう少しミステリアスな空気を持つ生徒なら、私も心配しないのだが。

横島は私と同じ『一般人』の空気しか、発しておらんしなぁ。


もしかすると、それこそ運悪く、流れ弾に当たっているかも知れない。

そう思ったものの、幸いなとこに、特に被害者はいないようだった。

TVの中のアナウンサーは、淡々と次のニュースに移っている。


私は冗談で、横島に生きて帰って来いと言った。

だが、それは少々不謹慎だったのかも知れないと、朝から私の気分は落ち込んだ。








それから十数時間。








授業を終え、職員室の片づけを終え、自宅へと帰宅した私である。

妻がテーブルに夕食を並べるのを尻目に、

私は朝と同様に、TVに視線をやった。


そこには、大きな……正しく『大穴』が映されていた。


一瞬、それが何か分からず、ぽかんとする私である。

そんな私に対し、妻は苦笑交じりに、こう言う。


『貴方は学校だったから知らないでしょうけれど、

 今日はお昼から、このニュースで持ちきりなのよ?』


…………お昼から、だと? テロか何かか?

怪訝に思いつつ、私はTV画面を凝視する。

すると私の疑問に答えるかのように、TVは大穴について説明しだす。


『これが本日午後、GS試験会場の大爆発によって出来た大穴です。

 GS協会は、いまだに沈黙を守っており、

 詳しい情報はこちらにもまだ入ってきてはおりません。

 なお、このGS協会の対応に対し、当局は……』


………………少し、待って欲しい。

私の今おかれている状況は、何だ?


何故、家に帰宅してはじめて、

教え子がいるかもしれない試験会場の事件を知るのだ?


横島は無事なのだろうか?

ニュースは曖昧な情報しか、流してはこない。


『GS協会は沈黙』と言うことは、

何かの理由で情報が塞き止められているのか、

それとも、大穴の出来るこの事件そのものが、まだ収束していないのか。


普通に考えれば、GS協会の上層部は、

少なくとも事件が起きて数時間で、学校に連絡すべきではないか?

試験前に受付があるのだから、

都内の高校の生徒が試験を受けていることくらい、把握しているだろう?

別に我が校だけではない。

関係者各位に、被害者はいるかどうかなど、様々な情報を流すべきだ。

何故、沈黙なのだ?


それとも、やはり『普通』の対応が出来ない事態なのか?

まぁ、あの大穴を見ていれば、そうであってもおかしくないとは思えるけれど。


「……無事、なのだろうな?」

「どうしたの、アナタ?」

「いや、あの、何だ……。私の生徒がだな……」


妻の問いかけに、私は明瞭な答えを返すことが出来なかった。


私は、何をすればいい?

横島の安否の確認か?

では、どうやれば確認できる?

GS協会の広報課に問い詰めるか?

マスコミに対して沈黙しているのに?

いやいや、その前にご両親に連絡?

横島のご両親は、確か海外にいたはず。

まだ、このニュースを知らないのではないか?

しかし、不用意に教えて、ただ不安がらすのも……。

それとも、何より先に、校長に連絡か?

ああ、愛子君はどうなったのだ?

そう言えば、私の担当ではないが、

隣のクラスのピート君も受験しているはず。

いやいや、吸血鬼の血族と言われる彼に、大事があるはずが……。

あっ、そう考えると、やはりただの人間である横島の安否が……。


「む、むぅ……」


私は教師生活はじまって以来の出来事に、かなり動揺していた。

教え子が事故にあったと言う知らせは、何度か受けたことがある。

バイクに乗っていて横転しただとか、車にはねられただとか……。

しかし、生徒がいるはずの場所が大穴に変ったことなど、一度もない。

いやいや、そう何度もあってたまるものか。


……で、私は今、何を一番すべきなのだろう。

一人の教師として。横島と言う生徒の担任として。

何を、なすべきなのか……。



「え、えーっと、119番か!? 110番なのか!?」

「ちょ、どうしたのアナタ! 落ち着いて!」



混乱する頭で、どんな行動をしていたのか…………。

恥ずかしい話だが、それは本気で覚えてはいない。

挙動不審な私の様子を、心配しつつ見守っていた妻の話によると、

私は電話に飛びつくと、妻の制止も振り切って、電話をかけたらしい。

結局、焦ってろれつが回らないため、

多くの連絡先でいたずら電話だと思われた挙句、

妻の再三に渡る制止により、その行動は強制停止させられたらしいが……

…………それもおぼろげにしか覚えていない。


混乱とともに夜が更けていき……結果として私は、妻に強引にベッドに押し込まれた。


『混乱している状態で行動を起こしても、人様に迷惑をかけるだけだ』と。

『何かあれば、担任の自宅にも連絡が来るだろう』と。

『朝になったら、全部解決していると思って、今はもう、寝なさい』と。


他にも色々と言葉はかけられたが、覚えているものはそんなものだ。

その妻の言葉は無責任なようにも聞こえたが……だが、一理あった。

どこに電話をかけたか、それすら把握していないような状態である。

徹夜で部屋の中をうろついていても、無駄だろう。

私は目眩に似た感覚を感じつつ、ベッドへと入った。


私は、これほど動揺するほど、横島のことを気にしていたか?

あるいは……私は単に、唐突な事態に対して、パニックになりやすいのか。

その夜、私は自嘲とともに、眠りについたのだった。


翌日、私はTVのニュースで、横島の無事を知った。

なお、新聞にも大きく取り上げられていた。


いまさらこんなことを言うのもなんだが……実は私が電話を掛け捲っている最中に、

緊急の記者会見のようなものが、ちゃんと行われていたらしい。

私が帰宅したのが8時頃だったので、夜9時には会見があったのだろう。

混乱した私はそれに気づかず、『大穴が!』と、色んなところに電話をしたのだ。

下手をすると、会見中に電話を受けた人もいただろう。

そういう人からすれば、何をいまさら……と言う感じだっただろう。

いたずら電話だと思われても、いた仕方がない。

すみませんと、今日中にお詫びの電話を入れなくては。


で…………何しろ、多くの負傷者は出たものの、

奇跡的に死者はゼロだと、大々的に報じられていた。


私はとりあえず、そのニュースに満足し、学校へと出勤した。




だが……その日、横島と愛子君は、学校には来なかった。

昨日の今日だ。アレだけの事件があったのだから、

今頃まだ警察か何かに、話を聞かれているのかもしれない。

それとも、死者ゼロとは言え、怪我人はいたのだから、病院にいるのか……。



…………………連絡は、来ない。

GS協会のほうに、私から連絡してみるべきだろうか。

うむ。時間を見て、そうしたほうがいいのかもしれない。



…………横島。


昨日、GS試験会場で、何があったんだ……?











            第十二話      夜が明けて、鯖










「これじゃ、本調子に戻るのは、いつになることやら」


外見上は、傷が治った。

しかし、だからと言って、

全快したわけではない……というのが、今の私の現状だった。

傷は綺麗に消え、もうすでにないのだが、

しかし、引きつるような痛みや、熱はいまだにそこにあり続けている。


つまりは精神的に落ち着けたから、体面を取り付くっているだけなのだ。

全力で疾走すれば、十秒と持たずに、今の私は倒れることだろう。

だから私はホコリっぽいソファの上に座り、一人静かにしている。

失われた力を回復させるには、大人しくしているのが二番だ。


では一番は何かと聞かれれば、答えは簡単だ。

人を喰らい、その精気を自分のものにしてしまえばいい。

私は魔族で、そう言う身体の構造をしているのだから。


私は戯れに、横島を蛇と化した髪で飲み込むことは多々ある。

もちろん、すぐさま吐き出す。吐き出さなければ、溶けてしまうから。

溶けるとはどういう事かと言えば……それは消化だ。

肉体の形を崩し、その中に包まれていた魂をむき出しにし、自分に取り込むのだ。

取り込まれた魂は、肉体同様に形を失い、私となる。


(人間を喰う、か)


だが、今の私に人間を捕獲するだけの気力と体力は、まだない。

そもそも、ソファから立ち上がることすら億劫で、十秒とすら走れないのだ。

この屋敷から外に出て、人間を物色するなど、出来るはずがない。


また、外に出れば、それだけドコかのハエ野郎に見つかる危険性が出てくる。

と言うか、力を使って人間を喰おうものなら、確実に見つかる。


最後に、これが一番大きな問題なのだが、

私自身、人食いは嫌いだ。

私の一時期は人間であったし……それに横島も、人喰いをする女は嫌だろう。

相手の好みに合わせ切る必要はない。

ないのだが、合わせる事に大きな苦痛はないので、別にいいだろう。


(人を喰う女が好き、と言われても、それはそれで困るがな)


繰り返すが、私自身、あまり好きではないのだ。

人間は肉を食う。だがしかし、菜食主義者がいるのも、また事実だからね。


だからもっとも手っ取り早い回復方法を避け、今は瞑想をし続ける。

するとそんな私に、一人の男が話しかけてきた。


『具合は……どうですか?』


この男はこの屋敷の現在の所有者であり、

人間に製作された人工的な魂である、渋鯖人工幽霊一号と言う名の存在だ。

長い名前なので、私はサバと呼んでいる。

同様の名前の魚もいるらしいが……魚類に詳しくない私は、鯖という名前の魚を知らない。

何かの機会があり、もしもその上で覚えていたなら、見てみようと思う。


サバが製作されたのは、今から半世紀以上も前らしい。

その時分に、これだけのものを作り出す……。

サバの父親とは、よほどの天才だったのだろう。

人工的な『魂』は、南部グループですら、いまだに成し遂げていないはずだ。


魔族は自分自身の魂の一部を切り放して、眷属を作り出す。

だがそれは、あくまで自分の能力を利用したもので、

何もない状態で、一から魂を作成したわけではない。

そう考えると、やはりこいつはそれなりに貴重な存在だろう。

そもそも魂を加工する術など、私クラスの魔族でも、持たない。

私の主であるアシュタロス様なら、魂も加工する術を知っているのだろうか?



『頼まれていた新聞です……』

「恩に着るよ」

『御代はツケておきますよ?』

「回復したら、私の魔力で払うさ」

『それは無理です。私は人の霊力しか、消化できません』

「そういうものかい?」

『どれだけ美味なタマネギ料理も、犬には猛毒でしょう?』

「……なら仕方ないね。じゃあ、私の好物を分けてやるよ」

『好物ですか?』

「ああ」


いずれ、私はこの屋敷を後にして、横島のもとへ行くのだ。

様々な障害は予想されるが、

いずれ、横島とともにこの場を訪れることは可能だろう。いや、可能にしてみせる。

そのときに、横島に少し霊力を出してもらえばいい。

女の不始末を黙って拭うくらいの甲斐性は、男には必要なはずだろう?

横島の知らない場所で、私は勝手な約束をしてしまったが……

これはまぁ、許容範囲内というものだろう。


『では、疲れますので、私はこれで』

「すまないな」

『女性の客人ですから、紳士としては当然のことです』

「私をちゃんと女扱いしたのは、お前でようやく数人と言ったところだよ」


私をしっかりと女として扱ったのは、最初は横島くらいなものだった。

最近は勘九朗や、南部の須狩も態度が変ってきているが……。


『あなたはとても美しい女性だと思いますけれどね』

「褒めても何も出せんぞ」

『ええ。今はゆっくりと体をお休めください』


それはどこか、互いに苦笑の混じる会話だった。

ある意味、新鮮な会話だ。

私に対しこのような態度を取るものは、これまでいなかったからだろう。


私に言葉をかけつつ、サバは椅子の前へと移動した。

突然実体を失っても、

コートが椅子の背もたれにかかるように……と言う配慮だろう。


『ふぅ。やはり、実体化は疲れますね』


体などないはずの屋敷全体から、嘆息が漏れた。

聞いた話では、すでにサバの霊力の蓄積量は、残り五年を切っているらしい。

あまり実体化を続け、さらにこのまま霊力が補給できないのであれば、

あと数ヶ月でサバはこの世から消え去ってしまうだろう。


そんなサバにわざわざ頼み込んで入手してもらった新聞を、私は眺める。

この家の設備はホコリが溜まり、蓄音機ですら機能していない。

そもそも、PCなどと言ったものは、最初から存在していないので、

世界の情報を知るためには、どうしても外に出て行く必要があった。


だが、私はいまだに動けない。

よって、無理をして新聞を入手してきてもらったのだ。


「この新聞代も、いずれは払わなければな」

『運良く自販機で五百円玉を発見できたことが、この上ない僥倖でした』

「…………感謝しているよ」


コート姿の男が、自動販売機の前でうろうろしている姿を想像し、

私は少々、申し訳ない気分になった。


『……貴女は非常に珍しい魔族であると、私は思います』

「? どうしてだい?」


新聞を眺めていると、不意にサバがそう言った。


『私の知る魔族とは、暴虐な存在です。

 貴女はしかし、礼を知っておられる』


サバの言葉に、私は納得した。

確かに最近の私は、丸くなってきている。

自分自身、そう自覚している。

これが以前の私なら……礼を言っただろうか?


それ以前に、『目的のためには手段を選ばず』だ。

生き残るためには、人目を避けて逃亡などせず、

会場周囲の人ごみの中の誰かに寄生し、身体を休めたかも知れない。


価値観の変化、か。


人間である横島と長く接するとこで、

私の価値観が少々人間よりになったのかも知れない。

これまでは『下らない情報を伝えるモノ』としか考えなかった雑誌なども、

去年のいつごろからか、かなり熱心に読むようになってしまったし……。

おかげで都内の美味しいレストランなどが、私の頭には一通り入っている。

あろうことか、お勧めデートスポットも、四季にあわせて……。


魔族には全く必要ないはずの知識だったはず。

いや、魔族にはと言うか……任務遂行のために人界に赴き、

主の手足として活動するだけの存在には、

決して必要ないはずの知識だろう。


…………などと考えたときに、

『恋をすると人は変るものよ?』などというフレーズが思いつく時点で、

価値観の大いなる変化は、紛れもない事実だと思えてくる。


まぁ、後悔はない。

この価値観も、そう捨てたものではないと、最近は思えているから。


「だが、その結果が仲間の裏切り、か」


少々、考えてみなければならないことがあるのも、また事実だな。

もし私が横島と出合わず、

変ることなく任務に励んでいれば、こんなことにはならなかった。

いや、横島と出会い、例え価値観が変っても、

仕事は仕事でうまくやれば、こんなことにはならなかったはず。

少々浮かれすぎていたのだろう、私は。

初めて実感する暖かな感情に、酔っていたとも言える。


そう。


以前の私は、仲間が裏切りを画策していれば、

それを見抜く刃のような鋭さが、眼にこもっていたはずだ。


「…………ふぅ」


私は一度嘆息してから、再び新聞に目を落とした。

あれからGS試験会場は、どうなったのだろう?

あれだけの騒ぎである以上、何らかの情報がメディアに流れるはずだ。

地域住民が目撃している以上、隠蔽は事実上不可能であるはずだし。

負傷者は? 死亡者は? 最終的な損害は?


……横島は、無事だろうな?

あの小竜姫が人間を殺してしまうことは、ないと思うが……。

私は不安な思いとともに、新聞をめくる。


「……あった。これか」


私は目当ての記事を見つけた。


『《GS試験会場での爆発騒ぎ》

 昨日午後十二時過ぎ、東京都都営第三体育館にて爆発騒ぎがあった。

 第三体育館は当日、GS協会が実施するGS資格試験の試験会場となっており、

 午前九時から受付を開始し、予定通りのスケジュールを消化していたと言う。

 なお、死者および重傷者は、爆発の規模に反して、奇跡的に皆無だった。

 このGS試験会場の爆発事件に関して、

 GS協会の代表として公式発表に臨んだ晴野氏は、以下のようにコメントしている。


 《今回の一件には、魔族が関与している可能性が、極めて高い。
  つまり、魔族を祓うGSの育成を、妨害しようとしたと考えられる。
  それは爆発前に、会場周辺に大量のゾンビが発生したことからも、分かることだろう。
  残念ながら事件を引き起こした魔族の特定には至っていないが、
  これから精力的に調査し、
  二度とこのような事態が起きないよう、努力していきたい》


 また、今回のGS試験は、

 会場が消滅したことにより、途中で打ち切られることとなった。

 しかしGS協会は、

 すでにGS資格を取得したいた者に関して、

 その資格を有効とする方針を固めたとの事だ。

 主席合格者や資格者の正式ランキングが発表されないのは極めて異例であり、

 すでに三十数回を超えるGS試験だが、初めての事例であると言う』



死者および重傷者は……皆無。

私はとりあえず、新聞をかき抱いて、ひと時の喜びをかみしめた。


もちろん、新聞などの報道が100パーセント正しいわけではない。

だが、この記事一つでも、何もないよりはいい。




横島…………よかった……。




次へ

トップへ
戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送