第十三話




長かった夜が終わり、私と小竜姫さま、

そしてついでに先生は、GS協会の施設の仮眠室で朝を迎えた。

GS協会が結成されたのは戦後二十数年経ってからなので、

本部施設は相応に年を取っていた。


しかし、協会自体の厚生に力を注いでいるのか、

それとも何か横の繋がりの思惑があるのか……内部は意外と新しい。

仮眠室のベッドも、それほど寝にくいものではなかった。

もちろん、私の家のベッドとは、比べようがないものあったけれど。


まぁ、それでも……廊下に置かれているソファで、

GS協会の出す方針を待ちつつ、夜を明かせと言われないだけ、マシよね。

……この私と神様を前にして、そんなことを言う度胸なんて、ないか。

仏罰が下るものね。経済的にも、物理的にも、色んな意味で。


「協会の発表は、当たり障りのないものに収まったわね」


GS協会の外部に対する発表の方針自体は、割と早い段階で決まっていた。

しかし、私たちは外に出す以外の情報の取り扱いや、

また今後の対応について、夜遅くまで話し合っていたのだ。


公式発表後の世間の反応を見て、協会側の今後の反応を考える。

…………何で私が、と思いつつも、付き合った私は善良な人間だろう。

もちろん、色々と恩を売り、さらには協会側の今後を動きを知るという、

私個人の理由から付き合ったので、五分五部か、六対四くらいかも知れない。

言うまでもなく、私の情報収穫の方が、六の方よ?


「あの会見は、唐巣さんの説得のおかげでしょう」

「あの小竜姫さまの一言じゃなくて?」

「それを言うなら、美神さんの脅しではないのですか?」

「私は、私の名前を言ってみろ……って言っただけよ。これって、脅し?」


小竜姫さまは、私に言葉に苦笑する。

肯定するような、しないような……少し曖昧な表情だった。


「まぁ、どうにしろ、

 即日犯人を発表できても、それはそれで問題だったと思うけれどね」


「どういうことです?」


「人間って、欲深くて罪深いでしょう?

 事件当日に犯人が発表されれば、初動が素早いと考えない奴も出てくるわ。

 つまり、今回の事件はGS協会の自作自演じゃないか………って。

 それに一般的にも、大きな事件は調査・捜査に時間がかかるって考えられてるから」


「そういうものなのですか」


「まぁ、犯人を素早くつき止められなければ、つき止めるられないで、

 調査の怠慢じゃないかって、マスコミは協会を叩くんだけどね。

 だから協会は、叩かれるくらいなら、早く犯人を発表して、

 その後で、うまく立ち回るつもりだったんでしょうね」


「色々な思いがあるのですね」

「神様だって、そうは変らないでしょ?」


「そうですね。一枚岩でないことは確かです。

 体制に不満を持ち、殿下の命を狙うものもおれば、

 体制を維持するため、殿下の身辺を警護するものもいます」


神様のものの考え方が…………と言うよりは、

小竜姫さまの考え方が、融通が利かないと言うか、なんと言うか……。

今更ながらにそんなことで悩む小竜姫さまに、私は人知れず嘆息する。


(山の中で管理人なんかしてるからよね。

 世間ずれしていないっていう表現が、ぴったりかしら?)


神様だから人間の世界に詳しくないのは、仕方がないと思う。

人の事務所に、着物を着た鬼門のかごに乗ってやって来ても、

街中のカラーTVに驚いても…………まぁ、それは仕方ないと思う。


でも、小竜姫さまとここ数日行動をともにして、思った。

この人は、意外と精神的に幼いんじゃないだろうか……と。

私のほうが姉のように立ち回ることは、可能だと思う。

身体能力とか、そういう部分では無理だろうけれど、

日常生活の部分では、恐らく私のほうが彼女をリードできるだろう。

いっそ、小竜姫って呼んじゃおうかしら?


そんな、少々不謹慎な事を考えつつ、私たちは歩を進める。

私たちの目的地は、GS協会地下にある会議室だ。

そこで、白竜会の子たちにも、今後のことについて伝えるのだ。


………子って。

自分で言っててなんだけど、あの勘九朗って男は、何歳かしら?

もしかすると、私より年下って、横島クンだけじゃない?

雪之丞って言う男は、チビではあるけど、学生服は微妙に似合わない気がする。


(いや、まぁ、そんなことはどうでもいいとして。

 えっと、あの子たちに伝える事柄は……)


メドーサは犯人候補には挙がっているものの、犯人には確定していないこと。

それにより、白竜会の面々は、解放されることになった、と言うこと。

また、白竜会の取得したGS資格は、剥奪されずに、そのまま有効となること。

そのかわり、正式なGSになるための研修は白竜会では行わず、

GS協会の指定した事務所の責任者の監督の下に、行うこと。


かいつまんで言えば、

メドーサは犯人じゃないかも知れないので、貴方たちは解放します。

しかし、GS協会側としては疑っているので、

今後GSとしてやって行きたいならば、

研修はこちらの監視の元でやってもらう、という感じかしら。

怪しい魚を泳がすことで、巣を突き止めよう……とも言えなくもない感じね。


もちろん、白竜会側もこの協会の方針に、異論は唱えていない。

GS協会に正面から楯突ける組織や団体なんて、

六道くらいなものだし、それも当然といえば当然。

なお、今後白竜会には、定期的にGS協会の立ち入り検査が行われる。

GS協会は公的組織ではないから、令状などによる強制力を持たない。

白竜会は拒否しようと思えば拒否できるのでしょうけど……しないみたいね。


拒否した場合の、GS協会からの圧力が怖いから、ではないのだろう。

横島クンたちと同じく、

自分たちには非がないから、調べたければ調べろ、と言うのだろう。




「レーコちゃ〜〜〜〜ん。久しぶり〜〜」




不意に私と小竜姫の前方から、間延びした声が響いてくる。

考え事をしていた私は、足元に視線を落としていた。

だから、声の主を誰か判別するには、顔を上げる必要があった。

…………もっとも、間延びしたその声だけで、誰かは分かっていたけれど。


「どなたですか?」

「私の友人……かしら。腐れ縁というか……」


問いかけてくる小竜姫に、私は少々疲れた声で答える。


冥子……なんだか、本当に久しぶりね。

去年の夏以来よね。

あの夏以来、何度かおば様には連絡をしていたけれど、

冥子がどうなったかについて、おば様は何も答えてはくれなかった。

まぁ、冥子のことだから、大事には至っていないと思っていた。

というか、心配するだけ無駄よね、と構えていた。

何しろ、これまでに似たようなことは、それはもう、山のようにあったから。

私がひどい目にあって、どれだけ注意しても、

しばらく時間を置いてけろっと現れるのよね、この子。


普通、仕事先のマンションを潰して……

怪しい爺のドクターカオスに人のこと知らせて……

そんな風に迷惑かけまくった上に、救急車を人の事務所に乗り付けないでしょ?

こういう子なのよね、この子は。


で、今回も案の定……無事で、けろっと私の前に再登場ってわけね。


年賀状どころか、年始の挨拶すらなく、何してたのかしら、この子は。

いや、まぁ、年始の挨拶に来られても、それはそれでアレだけど。


こちらにトコトコと走ってきた冥子は、私に笑顔を向けてきた。

私も、眉の形が少々悪い、引きつった笑みを返す。

ちなみに、冥子はいつものドレス風デザインの衣装ではなく、

何故かフリフリにフリルのついた、メイド服っぽいな格好だった。


「ごめんね〜〜。本当は〜〜、帰って来てすぐに行くつもりだったんだけど〜〜〜」

「い、いいのよ? 別にそんなに慌てなくても」


声が微妙に裏返っているのを、私は自覚した。

GS協会の幹部連中か冥子なら、間違いなく、冥子のほうが私にとって『怖い』わ。

そりゃー、もー、すっごく色んな意味で。


「でも〜〜、私はレーコちゃんや〜〜、

 横島クンにメーワクかけたから〜〜、

 ちゃんと謝らないと〜〜〜。ごめんなさい〜〜〜」 


冥子は腰を折って、私に頭を下げた。

『ごめん』と言う言葉は、何度も冥子から聞いたことがある。

でも、このような『ごめん』は珍しいかもしれない。

私が怒鳴り、それを怖がってとりあえず謝罪するのではなく、

何が悪かったのかを考えた上で、自分から『ごめん』と今日は言ってきている。


………………? 何があったのかしら?


私はこちらに頭を下げる冥子を、それとなく観察する。

髪の毛が、そう言えば伸びたような気がする。

というか、そもそも髪形が変っているわ。

肩に触れるかどうかで揃えてあった黒髪が、

今はしっかりと肩に触れるに至っていて……それを首筋の上でテールにしてある。


「ねぇ、あの夏の後、何していたの?」


気づけば、冥子を見ながら、私はそんなことを聞いていた。

私はすぐに、そして横島クンは数日後に東京に帰ったけれど、

冥子はいったい、いつ帰ってきたのだろう?

横島クンがお世話になっていた1週間ほどは、まだ見つかっていなかった。

ならば、帰ってきたのは、夏休みが終わるくらいかしら?


私の質問に、冥子は少し考えてから答えてくれた。


「あのね〜〜。ヘリから落ちた後〜〜、海で流されて〜〜、

 そして東南アジアの〜、えっと〜、

 リンシャンなんとかって言うところにお世話になって〜〜、

 そこから帰ってこようと船に乗ったら〜〜〜、

 間違えてインドを通り越して〜、エジプトに行って〜〜。

 そして砂漠からヨーロッパに行って〜〜、

 イギリスを通って〜〜、それで南米に行ったみたいなの〜〜〜。

 地図がなかったから〜〜、よく分かんないんだけど〜〜〜。

 それで〜〜、その後は太平洋を横断して〜〜、帰ってきたの〜〜〜」


………………えーっと。


つまりこの子は、あのヘリから落ちた後、身一つで世界一周したと?

一人で何も出来ない冥子が、一人で、身一つで世界一周?

………す、凄いというか、なんと言うか。

私でも、さすがに身一つでは無理よ? 多分というか、絶対。


「あのね〜〜、私ったら〜〜ついつい気づかずに〜。

 不法入国とかいっぱいしちゃって〜〜。

 お母様が人に話しちゃ駄目って言うし〜〜〜、

 今の話は、秘密にしといてね〜〜〜」


「……って……。じゃあ、さくっと話さないでよ」


「ごめんね〜〜〜」


突っ込む私に、冥子は『えへへ』と、やはり微笑みで答えた。

本当に冥子なのだろうか、目の前の『コレ』は。

そんな思いが、私の胸中に浮かび上がる。

しかしまぁ、確かめようと下手なことを言い、

式神を暴走させられてはたまらないので、私はとりあえず話題を変更した。


「それで、なんで冥子がここに?」

「私〜〜、昨日からいたよ〜〜〜?」

「そうなの?」


「保健係のチーフだったのよ〜〜〜?

 それで〜、昨日はいっぱい会場の人を助けたし〜〜〜。

 これ〜〜、昨日と同じ服なの〜〜〜」


ああ、確かに、そう言えば、視界の端に何度か見たような気がする。

冥子と同じような衣装の少女と、似合わない白衣を着た大男という、

微妙なコンビの医療班……じゃなくて、冥子の言葉で言うなら、保健係り?

わざわざ私に見せたくて、この服を着てきたのかしら?


「昨日は〜、ちゃんと人の役に立ったのよ〜〜?

 私〜〜〜、これからも頑張る〜〜。

 レーコちゃんにも〜〜、メーワクかけないようにするわ〜〜。

 だから〜〜、これからも友達でいてね〜〜〜?」


先ほどと同様に、それは去年の夏のアクシデントに対する謝罪だった。

世界一周が本当かどうか知らないけれど……。

いえ、まぁ、冥子が嘘をつくとも思えないから、実際一周したんでしょうけど。

この子も、ちょっとは成長したのかもしれないわね。


…………って、私は何を言っているのよ。

私は冥子の姉でもなんでもないのよ?

何で私が、冥子の成長に『じ〜ん』ってしなきゃいけないのよ。

そりゃ、精神的に安定したみたいだし、

暴走がないと思えば、それはそれで感慨深いけど。

……でも、姉的な感慨を感じちゃうのは、老けたみたいでイヤよね。

そもそも、私と小竜姫と冥子のいるこの廊下で、

一番年下の存在は、この私なのよ?


そんな風に年齢に関して思うところがあるものの、

気づけば、私は冥子の頭を撫でていた。

…………何してんのよ、私は。

横を見れば、なにやら小竜姫が微笑ましそうに笑顔を浮かべているし。


何となく気恥ずかしくなった私は、一度だけコホンと咳払い。

そして改めて、冥子に問いかけた。


「で、昨日からいたのは分かったけど、何で今日もいるの?」

「白竜会の人たちの〜〜、研修先なの〜〜〜。私の家〜〜〜」


冥子の言葉に……まぁ、納得は行った。

白竜会の人間は、かなりの強さを持つGSの卵に育っている。

正式GSになっていない卵のクセに、

すでに正式GSの並のレベルより、強いと言える。


調べたところ、特に魔装術を使えると言う、

鎌田勘九朗、伊達雪之丞、陰念の3人は強力。

また、白竜会の面々の中で、一番霊波が弱い横島クン。

いいえ。

彼は近年のGS候補の中でも、最下位レベルの霊波しか放出できない。

それでも、彼はそれを補うように技が多彩だ。

独自の結界。符術。サスマタを使う体術。

しかも、いざとなれば魔眼まであり、

その魔眼で作り出す手甲は、小竜姫の神剣を受け止める強度。

まさに、弱くても工夫でどうにかなると言う事象を、体現したような子。


こんな奴らの研修を監督するのだ。

生半可なGSでは、何の役にも立たない。

しかし六道の屋敷では、メイドですら多少の霊能力を持つ。

そしていざとなれば、冥子の暴走もある。


あの三人は、白竜会に住み込みで修行をしていた。

だから、研修先を考えるにしても、

泊まり込める候補地がないとってことだったけれど。

そうよね。六道家なら、ある意味打ってつけよね。


「私〜〜、横島クンの研修の監督やりたいの〜〜〜。

 メーワクかけたから〜〜、恩返ししたいの〜〜〜」


「駄目よ。横島クンは、うちの事務所で研修させるから」

「えぇ〜〜、なんで〜〜?」


私の発言に、冥子は『納得できない』という声を上げる。


「決まっているでしょ? あの4人の中で、まだマシそうだし」


陰念は………悪いけど、顔がムカつく。

雪之丞は……熱血系は、私は苦手だし。

勘九朗は……色んな意味で、けっこういい性格みたいね。

でも、研修としてうちの事務所に来られると、ちょっと……。

あのオカマキャラが四六時中いるのは、かなりイヤだ。

それでなくても、あの三人は泊り込みよ?


と言うわけで、横島クンしか残らない。

過去……この私に、屈辱的な言葉を吐いた子だけれど、

その辺はまぁ、『教育』次第でどうとでもなるだろう。

家も一応ある子だから、泊り込みまではさせなくていいし。



「うぅ〜。私も横島君がいいの〜〜〜」

「早い者勝ちよ」



すがって来ようとする冥子に、私はぴしゃりと言う。

こんなことを言えば、

下手すると前は暴走モノだったけど……大丈夫みたい。

変に気を使わなくていいって言うのは、気が楽でいいわね。


冥子をとりなしつつ、私はくすくす笑う。

爆発しないと分かれば、冥子とのじゃれ合いも、それなりに楽しいかも知れない。

…………とまぁ、そんな私の笑いは、

次の瞬間に発した小竜姫の言葉で、凍りついた。



「美神さん、意地悪せずに、じゃんけんで決めたらどうです?」

「そうよ〜〜。公平にしましょ〜〜〜?」

「…………冥子が三人とも、泊り込みさせればいいじゃない?」

「え〜〜〜、いやよ〜〜」

「夏の件をチャラにするから」

「ソレとコレは〜〜〜話が別なの〜〜〜」

「……くっ」

「冥子さん、頑張って」

「ありがと〜〜〜」


冥子は小竜姫の言葉に乗り、両手を交差させて握った。

じゃんけんをするとき特有の予備動作だった。

さらに冥子は、自身の影の中から、ぽんっと式神を発現させる。

純白の毛に覆われたその式神の名前は……何だったかしら?

名前は思い出せないけれど、能力は思い出せる。


確かあの式神は、精神感応能力を持ち、

人の夢にさえ潜り込める式神だったはず。


「汚いわよ、冥子」

「え〜〜、でも〜〜、式神の皆は私の一部だから〜〜〜」


先ほどこちらにすがっていた時の、あの顔の曇り具合はどこへやら。

冥子はニコニコと、式神を頭の上に乗せて笑っている。

…………精神的に成長した、と言うか……。

随分といい性格になったわね。要領がよくなったというか。

ううん。式神に頼るって言うのは、昔から変っていないのかしら?


そんな事を考えつつも、私は自身の心の中の城壁を強固なものに作り変える。

大きな石垣の上に、超重複合装甲板やらなにやら、貼り付けて行く感じね。

すでにじゃんけんは決定事項で、冥子の式神の使用も却下できそうにない。

ならせいぜい、精神防壁を強固にして、

心を読まれないようにしてから、じゃんけんに臨むしかない。


私は心の防壁を組み立ててから、冥子に視線を向けた。

いいわよ? 

この美神令子の精神防壁を甘く見ないことね!



負ければ、変態オカマ野郎か、熱血バトル野郎か、ムカつく顔つきのチンピラか。

勝つわよ、私は!

…………もっとも、勝って手に入るのは、ただの横島クンなのだけれども。



何はともあれ、恨みっこなし!

勝負は笑っても泣いても、ただの一回。


…………いや、泣くんじゃないわよ? 

私はどうなっても泣かないから、冥子も泣かないでね?


よし、いいわね!



せーぇの……



最初はグー!



じゃんけんぽん!




こうして、私たちはGS協会の廊下で、

能力だけは無駄に使用したじゃんけんを繰り広げることになった。












            第十三話      これからの、それぞれ











爆発が起きて……GS協会に連れてこられて……一夜が明けて……。

爆発が起きたのは、十二時半を過ぎていたと思う。

そうすると、つれてこられたのは、午後二時にはなってなかったかな。

色々と話をさせられた後は、それぞれが個室に詰め込まれた。

夕食は、なんか簡単なものが出た。

機内食なんてモノは食べたことがなかったけど、

多分こんな感じなんだろうなって思える、そんな食事。

小学校の給食の、劣化板みたいなものと言えば、分かると思う。

あるいは……この協会にある食堂の残りモンの詰め合わせ……か?


何にしろ、『美味ぇー!』と思えるもんじゃなかった。

どんな形であれ、GS資格を取ったんだし、

予定では打ち上げやら祝いやら兼ねて、

みんなで美味いもんを喰うはずだったんだけどなぁ。

愛子なんかは、特に悔しがってるんじゃないだろうか。


などと愛子の心境を想像していると、当の愛子から話しかけられた。


「横島君、大丈夫?」

「イヤー、愛子の方がまいってないか?」

「私も結構まいってるけど、横島クンはなんか、かなりキてる感じ」


一夜が明け、あの大して美味くもない夕食から、十五時間ほど。

朝を迎えた俺たちは、またしても一箇所に集められ、

お偉いさんか誰かが、なんか話をするのを待たされていた。


で、皆それぞれの顔色を見てみると、

愛子がちょい疲れている感じなだけで、他の3人はぴんぴんしてる。

つーか、俺一人が……すげぇ消耗している。

みんなが寝ている時間に、フルマラソンでもしていたかのような感じだな。

そんな俺を見て、カンクローさんは苦笑。

ユッキーとサボ念は『情けない野郎だ』とか、言ってやがる。


「悪かったな、情けなくて」

「それで? 完全に徹夜で、一人悶々としてたの?」

「そーです」


笑いながらのカンクローさんの一言に、俺は簡潔に答えた。

何か言葉をつけるのが、面倒だったからだ。


「そんなに心配しなくても、メドーサ様は大丈夫よ。

 それにGS協会も『事件を起こした魔族は特定できず』って、

 そういう公式発表をしたみたいだしね」


「な、何でそんなこと、知ってるんですか!?」


俺たちは閉じ込められていて、外部の状況が分からなかった。

外すら見えないもんだから、俺なんか余計に消耗したって言うのに。


「…………馬鹿ねぇ。横島、トイレには行きたくなかったの?

 個室にトイレがないから、行きたいって騒げば、出してくれるでしょ?

 もちろん監視するような職員はいるけどね。

 で、私たちがいる場所は監獄でもなんでもないんだから、

 少し外に出れば、何処からともなく情報は自分の手の中に入るわ」


「だぁーっ! そう言えば、トイレとかついてなかった!」


言われてみれば…………だよな。

トイレに行けば、中で噂話している職員に会うことだって、あるだろう。

『今回の発表、こうなるらしいな』
『ああ、今後はこういう風に上が……』

…………って、感じに。

大体、俺たちは十時間以上も、あの部屋に閉じ込められていたんだし、

何回かトイレに行ったりしたって、別に全然不自然じゃないと言うか、

いやいやいや、トイレの話をしたら、なんか急に行きたくなったぞ?

…………お偉いさんの話が終わったら、直行しよう。


「え、えっと、ユッキーたちもトイレ行ったのか?」

「つーか、一昼夜も我慢する方が変だろーが」


おずおずと質問する俺に、ユッキーより早く、サボ念が呆れて答えた。

確かに、そうですな。

いや、一人悩んでるときは、なんか気にならなかったんだよ。

無駄に集中してたんだと思う。


「さて、話を始めるわよ!」


俺がみんなに、そこはかとなく馬鹿にされ始めたとき、

突然この部屋の扉が開いて、3人の美しい女の人たちが入ってきた。

なお、ついでとばかりに、最後に髪の薄い男が入室し、ドアを閉めた。


弟子の開けた扉をわざわざ閉めている……言うまでもなく、その男の人は唐巣神父だ。

で、最初の女性3人が、美神さんと、小竜姫ちゃんと…………


「横島ク〜〜ン、お久しぶり〜〜〜〜」

「えっ? 冥子ちゃん!?」

「あの時はごめんなさい〜〜〜〜〜」


少しだけ髪の毛が伸びた冥子ちゃんは、

コンちゃんの服と同じデザインのものを着ていた。

保健係のチーフって、冥子ちゃんだったのだろうか。

いや、それより、あの時はごめんって……。

そうだよ。冥子ちゃん、いつ見つかったんだ?

こちらに歩いてくる冥子ちゃんに、俺も色々と聞きたいことがあった。


「あのね〜〜、私〜〜」

「個人的な話は後よ、冥子」

「はうぅっ」


色々聞きたいことはあった…………が、

歩く冥子ちゃんの襟首を、ガシッと美神さんがつかまえた。

で、冥子ちゃんを自分の隣に立たせ、それから美神さんは一歩前に出た。

いきなり首をつかまれた冥子ちゃんは、ふくれっ面だ。


…………あれ? なんか?


ふと、微妙な違和感のようなものを覚えた。

なんだろう? 久しぶりに会ったからかな?

冥子ちゃんって、あんな娘だったけっけ?

でも、俺がそれ以上何か考える前に、美神さんが話し出す。

まぁ、いいか。後から考えれば。


「私・美神令子が、先の件に対しての、

 今後の動向について、話をさせていただくわ。

 白竜会と、白竜会関係者の皆様には、今回の件で多くの……」


「その辺は飛ばしてくれねぇか? どうでもいいだろ?」


割とかしこまった話し方をする美神さんに、ユッキーがそう注文する。

美神さんはユッキーの言葉を受けて、一度深呼吸した。


「ふー……はいはい。んじゃ、さくさく行くわよ?」

「そうしてくれ。長ったらしいのはゴメンだ」


まぁ、こういう流れには俺も賛成だ。

妙に堅い話し方をされると、眠くなっちゃうタイプだしな、俺。

ちなみに、この流れに苦笑しているのは、小竜姫ちゃんと神父。

冥子ちゃんは、まだ『私、プンプンですよ?』って顔をしている。

美神さんは、背後の人たちを気にせず、話を進める。


「今回のGS会場一連の事件は、魔族が関与している可能性がある。

 それが現時点での公式発表。それ以上は別段分かっていない、ってことね」


「メドーサ様の扱いは、どうなったのかしら?

 公式発表では、全く触れなかったようだけれど?」


カンクローさんが、合間をあけずに言葉を繋いだ。


「黒に近いグレー。だけれど、それは何処からどう見ても、まだグレー。

 黒ではないから、怪しいけれど、現状では犯人じゃない。

 それが今のメドーサの扱いね。そうよね、先生?」


「そうだね。調査の対象にあがってはいる。

 上層部はもう、メドーサを犯人ということにして、

 さっさと公表したいみたいだったけれど、 

 私たちは、状況から考えて、他の魔族の存在も否定できないと考えた」


「その考えは、当たっていると思いますわ。

 ちなみに、そこに居られる神族・小竜姫さまは、

 『GS協会に手下を送りこもうとしていた魔族』と、

 メドーサ様に仰られたそうですけれど、それはそれで当たっています」


「……それは自分たちが、メドーサの手下だと認め、

 さらに、メドーサの協会内部に手下を送り込む思惑を、完全に認める発言ですよ?」


カンクローさんの発言について、小竜姫ちゃんが問い返す。


「ええ。私たちはメドーサ様の弟子ですもの。

 それに、メドーサ様はある思いの元、私たちを育てましたわ。

 ねぇ、横島?」


「ふえっ!?」


突然、話を振られた俺は、かなりびっくりした。

まさか、俺に話が回ってくるなんて。

美神さんやカンクローさんが、勝手に話を進めていくんだと思ったのに。

しかし、いつまでもびっくりしていられない。

俺はみんなの視線が集中していることを自覚して、

ちょっと緊張しながらも、話を始めた。


「えーっと、そうっス。メドーサさんは、こう言ってました。

 『私ら魔族ってのは、人間界じゃ嫌われもんさ』って。

 『私が殺されないよう、自分の身を守って

  襲ってきたGSを倒せば、また危険な存在として人々から嫌われる』って。

 だからメドーサさんは、GSを妨害する存在を育てようとしたんスよ。

 『明らかに人間の一方的な都合で、滅せられようとしている霊の保護』

 それがメドーサさんの目指す事だって、俺は聞きました」


「金額次第では問答無用で、

 霊にどんな理由があろうと、成仏させる悪徳GSもいるでしょう?

 そんなGSから霊を守る『優しいGS』が、私たちなわけですわ。

 まぁ、GS資格なんて、別に私たちはそれほど重要視していないけれど、

 同じ土俵に立たないと、能力の不正使用で私たちがしょっ引かれますからねぇ」


俺の言葉を引き継いで、カンクローさんが話をする。

そんなカンクローさんに茶々を入れたのは、美神さんだった。


「横島クンと貴方はいいけれど……他の二人は?

 どっちも『優しさ』って言う言葉とは、かけ離れている感じよ?」


「失敬な女だな。俺は目の前で死にそうな小娘がいれば、

 助けようとするナイスなガイだぞ」


「でも、間に合わず、結局は俺が助けたがな……」

「……んだと? あんなモン、貴様が手ぇ出さずとも、間に合ってたぜ」

「本当かよ?」

「俺の本気を舐める気か? イテェ目を見るぜ、雪之丞」

「あの時、本気じゃなかったと? 魔装術まで発動させて? ほう?」


美神さんの言葉に反論するサボ念に、さらに反論するユッキー。

お互い、かなり鋭い視線でメンチを切りあっている。


「まぁ、根はいい子なんですのよ」


最終的にそうまとめたのは、カンクローさんだった。

美神さんはこのじゃれ合い的な会話が、

どうでもよくなったのか、とりあえず先に話を進めるよう促した。

なお、ユッキーとサボ念は、

愛子の「止めなさいよ!」の一言で沈静化した。

まぁ、腰に手を当てて、

『もう、駄目でしょ?』って感じで怒っている愛子に逆らえる男は……いないだろう。

本気で怒っていないところが、大きなポイントだ。


「で、メドーサ様は思想的に、

 他の人界に住む魔族から、何かと睨まれる存在でしたの。

 魔族の誇りを捨て、人間に与するもの、と言うところでしょうか?」


「メドーサの行動が現実的なところまで来たから、妨害ってこと?」

「私はそうだと考えていますわ。もちろん、信じられずとも仕方はありませんが」

「……まぁ、今の話は、覚えておくわ」


話を聞き終えた美神さんは、視線を小竜姫ちゃんにやった。

視線を受けた小竜姫ちゃんは、

どこか困ったような表情で、その視線を受け止めた。


小竜姫ちゃんは、魔族は『即・斬』って考え方の神様だしな。

出来れば、メドーサさんの考えとか、色々分かってもらいたい。

メドーサさんはいきなり斬り殺されるほど、悪い人じゃないと思うから。


「えーっと、話しを戻すわよ?

 メドーサは今回の件の犯人だと、まだ決まったわけじゃない。

 だからメドーサの弟子である貴方たちも、とりあえず解放。

 GS資格も剥奪されないわ。
 
 で、正式なGSと認定されるための研修なんだけど、

 白竜会指導の下じゃなくて、

 GS協会が指定したGS事務所の元でしてもらうことになるわ」


「メドーサ様は犯人に決定していないけれど、

 しかし、怪しさがなくなったわけじゃない。

 だから弟子の私たちも、行動を出来るだけ把握しておきたいってところかしら?

 あるいは、この際……怪しい私たちを泳がせて、情報収集?」


「まぁ、否定はしないわ。監視って言う側面が、全くないわけじゃないから。

 ……それはそうと、貴方みたいな頭のいい人間とは、

 少なくとも仕事上では、いい関係を築いていきたいものね?」


カンクローさんの指摘に、美神さんは苦笑で答えた。

ついでとばかりに、お世辞か本音か分からない言葉をつけた。

…………もしも、カンクローさんと美神さんがケンカしたら、色んな意味で怖い。

うん、マジ怖い。二人とも力もあって、頭もいい。

……社交辞令でも、仲良くしてもらいたいな。うん。


「それは光栄ですわね。それで、研修先はどこに指定されているのかしら?」


俺が美神さんとカンクローさんの表情をうかがっていると、

カンクローさんも、美神さんの言葉に苦笑で答えた。

なんか……今気づいたけど、二人とも台詞が疑問系……。

こういうのも、腹の探り合いってやつなんだろう。


「後々、それについても話をするわ。

 ちゃんと聞いてなさいよ。後ろの鎌田勘九朗以外の、他の3人!」


「あ、ああ」

「お、おう」

「う、ういっす」


びしっと指を指された俺たちは、微妙にビビりつつ返事をする。

やはり、美神さんは怖いというか、なんと言うか。

よくあの人に悪口言えたな、俺。

無知ってマジで怖いと思う。


「じゃあ、次にGS資格と研修について、ちょっと話すわね」


GS資格を取得しただけじゃ、GSにはなれない。

研修を受けて、んで、師匠のGSに一人前だと認められた後に、

GS協会にようやく登録されて……晴れてGSとなる。

俺たち白竜会は、白竜会の会長の監督のもと、研修を行うと思ってた。

正しくは、会長とメドーサさんに、かな?


それが監視されながらすることになるのか。

見知った人にしてもらえると思ったのが、

知らない誰かに監督……じゃなくて、監視されるのか。

いや、それ以前に、俺は研修を受けている場合じゃない。

メドーサさんを探しに行かなきゃ……。


でも、GS協会がそれなりに人数を割いて探しているんだろ?

俺一人、何の手がかりもなく探して、見つかるのか?

……昨日からずっと、これに悩んでるんだよな。

だからコーラルに起きてもらおうと思ったのに、あいつは眠ったままだし。


「…………クン! 横島クン! 聞いてる?」

「ふえ!?」

「もう、ちゃんと聞いてなさいよ! ていうか、さっき注意したばかりでしょ!」

「す、すんません!」


ついつい、思考の海に潜ってしまった俺。

そんな俺を、美神さんは大声を持って、引きずりあげた。

うう、怒ってらっしゃる。 

聴いてないこっちが悪いんだし……俺はへこへこと頭を下げて、謝った。

何故か、この人には逆らえないと言うか、

逆らった場合、とんでもない目に合うというか。

やはり初対面が、アレだったからか……微妙に苦手な気がする。


「まぁ、いいわ。そんなわけだし、あんたウチで研修だから。いいわね」

「ういっす。お願いします」

「じゃあ、次の話しに行くわね」


…………?


うん?


なんか、俺は今、凄いことに頷かなかったか?


あんたウチで研修……ってことは、美神さんの事務所で研修か、俺?



………………え? マジで?



俺は思わず頷いたことに対して、今更ながらに戸惑った。






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