第二話




「それじゃあ、私はそろそろ帰ります」

「えぇ〜、もう帰るんでちゅか〜?」


洗濯物を庭に干し終え、軽く背筋を伸ばしながらに勘九朗がそう言った。

それに対し残念そうな声を上げたのは、ゲーム機をセッティングしていたパピリオだった。


「せっかく用意したのにぃ〜」

「ごめんなさいね、パピちゃん」


頬を膨らませて勘九朗に遊びをせがむその光景は、さながら若い母親と子供のようである。

もっとも、その子供が持っているゲームのパッケージは、いささか場にそぐわない様な気もしたが。

パピリオがやろうとしていたゲームは、残酷な描写が含まれるために18歳以上推定とされている。

皮膚が溶け落ち、苦悶の表情がさらに歪んだゾンビの口の中に、闇への扉が描かれている……そんなパッケージだった。


「……で? もう行くのかい?」


拗ねて一人でゾンビを駆逐しかかったパピリオから視線を放し、私は勘九朗に尋ねる。

朝のBGMは、いつしか銃撃音と呻き声……そして血の滴る音となっていた。

ある意味、この幽霊屋敷にはお似合いのBGMかもしれない。


「はい。さすがにそろそろ戻りませんとね。一応研修中の身ですし。

 でもまぁ、研修はほとんど終ったも同然なのですけれど……

 メドーサ様に対するGS協会の警戒が解かれた以上、

 六道家としても、私や雪之丞をいつまでも軟禁まがいの状態に置いておくつもりはないでしょうし」


そこで勘九朗は何かを思い出したらしく、ぽんっと手を打った。


「ああ、そうそう。雪之丞は研修が終わり次第、すぐに妙神山に向かうとの事です」

「小竜姫のところへかい? それはまた何故?」

「私と同じプロセスで魔装術を極めるのは無理と判断し、全く別のアプローチを試みるみたいですわ」

「へぇ……」


雪之丞は恐らく、過酷な修行で肉体を痛めつけることで、精神的な変化や成長を遂げようと考えているのだろう。

まぁ、分からなくもない発想である。

むしろ理想とする肉体を思い描き、その理想を精神力により魔装化・実体化させてしまった勘九朗が異例中の異例だろう。

まさかここまでの存在に化けるとは……弟子にした当初は考えてもいなかった。

と言うか、あの筋肉オカマがメイド少女になってしまうなど、予想できた方が恐ろしいが……。


「行かせてもよろしいでしょうか? それとも……?」

「そうだねぇ。アンタと雪之丞には、香港に飛んでもらいたかったんだが」

「風水盤ですわね?」

「ああ」


私を裏切り、GS会場の騒動でハメてくれたデミアンが、今現在香港で推進中の計画。

それが元始風水盤計画だ。

簡単に説明するのであれば……有能な人間の生血を大量に収集し、そしてそれを用いて風水盤を起動させる。

するとその風水盤によって世界の地脈を操作することも可能になり、

最終的には人間界のバランスを崩壊させ、魔界と化すことも出来る……という計画だった。


「私は起動を阻止するつもりだ。今、人間界を魔界化されるわけにはいかない」


魔界化されたところで、私には何らメリットがないのである。

仮に順調に風水盤が起動したのであれば、人間の築いた文化は崩壊し、そして世界は息絶えるだろう。

人間が後生大事にしている世界遺産とやらが消えてなくなり、何万何億と言う人間や動植物が死に絶えることだろう。

まぁ、その辺は別にどうでもいい。勝手に滅びるといい。顔も知らない人間がどれだけ死ぬことになろうが、私は気にしない。

ただ……横島とそれに関係する者、そして私を楽しませてくれる娯楽や嗜好品が消えてしまうのは問題だった。

まぁ、つまり結論としては、今の世界に滅んでほしくないと言うものに落ち着くのである。

生意気な3姉妹と同居しつつ、横島に会いに行く今の生活。実はそれなりに気に入っているのだ。


「……いいのですか? 風水盤の阻止は、ある意味アシュ様の計画妨害では?」


勘九朗は少しだけ眉を寄せる。そして視線でパピリオの存在を私に告げてくる。

この場で話してもよいのか……と言うその打診に、私は頷いた。

パピリオに聞かれたところで、なんら問題はない。

仮に今ここでの会話をパピリオがアシュ様に告げ口したとしても、私が咎められる理由は存在しない。

私に疚しいところなど、ないのだから。


「アシュ様は私に横島を護れと命じた。魔界化させないことは、その命令に反してはない」


それに……最終的な目標がどこにあるのかは分からないが、

少なくとも、アシュ様は風水盤計画を重視していないように思える。

私が風水盤の起動を阻止したとしても、アシュ様は小さく笑って済ませてしまうかもしれない。


以前に聞いたアシュ様の言葉から考えてみても――――――……。

天界の神々と戦うのであれば、風水盤による人間界の魔界化は有効な一手となる。

しかし、宇宙意思などと言う大それたものに、人間界のバランスがどう関係するのだろう?

人間界の崩壊は、『世界を制御する意思からの独立』に、すぐさま繋がるものなのだろうか?

あるいは、やはり別の思惑があると考えるべきか……。

平安から、現代までの1000年。この長い時間で、アシュ様は何を考え、どんな結論を出したのだろう?


「……とにかく。風水盤は起動させない。ついでに人の腹に穴を開けた馬鹿どもにも報復をする」


考えを中断し、私は結論を述べた。


「まぁ、そう仰るのなら、私は異論はありません」

「分かったなら、早急に香港の調査を開始しろ。気づかれることなく、慎重にな」

「はい。調査はいいのですが……でも、雪之丞と私のペアは、ちょっと難しいかもしれませんわ」

「何か問題が?」

「はい。最近からかい過ぎたせいか、ここ数日なんて私の周囲10メートル以内に近づこうとしませんの」

「………………………」


鬼道とやらを喰おうとしたことで、雪之丞が警戒を強めたのでは?

そう思いはしたものの、私は口を挟まなかった。

勘九朗はその間も、一人嘆息して言葉をつむぐ。


「あの子ったら、本当にウブで。この前もちょっとベッドの上で、ストリップしてあげただけなのに」


ぎゃりっ……と言う、金属によって体が裂かれる音が鳴った。

どうやら勘九朗の言葉を受けて、パピリオがボタンの操作を誤ったらしい。

画面ではパピリオの操っていたキャラクターが、大鎌によって解体されていた。

さらにパピリオを見やってみれば……頬を染めて勘九朗を眺めていた。


今現在の『メイド服を着た少女である勘九朗』しか見たことのないパピリオにしてみれば、

自身の姉と同じような年齢の者が、男を誘うために裸になったと……そのままの意味で取ったのだろう。

まぁ、それはそれとして……猥談で頬を染める4歳児と言うのも、どうだろう?

アシュ様はパピリオに年相応の知識を与えたつもりなのだろうが、知識過多ではないだろうか?


そんなことを考えていると、勘九朗が雪之丞の代人を提案してきた。


「私と陰念なら、きっといいペアになれると思いますわ」

「? 何故だ?」

「だって、あの子はまだ、私がこんな姿になったって、知りませんもの」

「……そうか」

「はい。そして、あの子は今の私のような姿が好みらしいですし?」


勘九朗は心底楽しそうに、くすくすと笑いを零した。


「あんまりタイプでもないんですけれどね? まぁ、楽しみ方は色々ありますし……」

「そ、そうかい」


性欲の溢れる部下に、適当な人間をあてがう。

それは別段、珍しい話ではない。これまでにもやって来たことだ。

それで円滑な任務の遂行が望めるなら、そうするべきである。

勘九朗の求めるその人間が横島なら、そうはいかない。私もよしとしない。

だが陰念である。

私の中での重要度は低い。どうなろうと、正直どうでもいい。

そのはずなのだが……しかし、勘九朗の相手をさせるのは、少しばかり気の毒に思えた。


「……まぁ、頑張ってくれ。アンタの新しい身分は考えておくよ」


先の言葉は、今ここにいない陰念に。

後の言葉は、目の前の勘九朗に向けて、私は呟いた。


「職業はメイドでお願いします」

「メイドが風水盤の調査に行くのはおかしいだろう?」

「陰念の身の回りの世話をするためだけに、同行すると言うことではダメですか? あぁ、尽くす私……」

「まぁ、いいけれどね。どうでも」


話しかけたりせずに、茶を飲んでさっさと美神のところに行けばよかった。

自身の両手で体を抱き、くねくねと不審な動きをする勘九朗を見つつ、私は嘆息した。


本当に任せていいのか?

最近の勘九朗は、以前よりもタチが悪くなっている気がする。

有能さが、少しずつ減っているような気がしてしまう。



本当に任せていいのか? 大丈夫なのか? こいつと陰念だぞ?

――――――……ふむ。

誰か……誰か適当な保険を探すか……。
























                  第二話      相互理解? それとも?





















私――――――美神令子の朝は、遅くもなければ、早くもない。


言ってしまえば、寝たいときに寝て、起きたい時に起きると言う生活をしている。

不規則な生活であり、健康にも悪い……と人からは言われそうなものだけれど、

しかし私の職業を考えれば、この生活スタイルも仕方がないと言えるだろう。


GSと言う職業は、霊の活動が活発化する深夜から未明にかけて、動くことが多い職業である。

よって、夜中から明け方まで仕事に就いていた場合は、もちろん昼過ぎまで寝ている。

命を掛ける局面が……まぁ、私ほどのレベルともなれば、まずないと言えるけれど……

考えられる以上は、寝不足とそれに類する体調不全は、避けなければならないのだ。

それに睡眠は、人の霊能力を回復させる、もっとも手っ取り早い手段の一つでもある。


ふぁ〜……。

私は小さく欠伸をする。


それにしても、こんな不規則極まりない生活スタイルでも仕事が回っていくのは、

依頼が完全予約制であり、さらにその依頼スケジュールを有能な助手が管理してくれるから。

助手を雇う前は……今思えば、かなり時間に余裕がなかったかもしれない。

例え簡単な依頼内容であっても、事務仕事の煩雑さはそれに比例しないのだから。

よって簡単な事務仕事が1割減るだけでも、時間的な余裕は多く生まれる。


つまりは――――――今こうしてベッドで惰眠を貪れるのも、

有能な助手であり、かつ様々なことに融通の利く幽霊……おキヌちゃんのおかげと言うことだ。


私はベッドの中で、小さく笑みを浮かべる。仕事を終え、軽い疲労を覚える体。

シャワーを浴びて汚れを落とし、それからそのさっぱりした身体に軽くお酒を染み込ませて、ベッドに横たわった。


私は随分といい休息を過ごしているのだろう。

7時間の睡眠を経て、こうして眼が覚めた後も、ベッドでゴロゴロしている。

うん、贅沢なのよね〜、この時間が。

ゴロゴロしたついでに、視線を時計へと向ける。時刻は午前9時を回ったところだ。


学生の横島クンは、今頃勉学に……励んでいるかどうかは分からないけれど、とにかく学校だろう。

世のサラリーマンのお父さんも、同様に会社にて働いている時間だ。

でも、私はベッドの中。今日の出勤は午後からでOKだし、まだまだゴロゴロしていられる。

まぁ、こちとらスリルある仕事をしているのだから、このくらいの休養はあってしかるべきよね。



「んっ?」



――――――そんなことを思っていたら、枕元に置いてあるケータイが鳴り響く。

手にとって見てみれば、先に事務所に出向いたおキヌちゃんからの電話だった。

急な依頼でも来たのかしら? そんなことを考えつつ、電話に出る。


「どうかしたの? おキヌちゃん」

『あ、美神さん、おはようございます。すみません、急な電話で』

「ううん。さすがにもう起きてたから、大丈夫よ。で、何?」


起きていたとは言っても、眼を閉じていないだけで、いまだベッドの中だけれど。

しかしそんなことにはおくびも出さず、私はからからと笑った。


『あの、お客様です』

「依頼人? いくら出すって?」

『小竜姫様です。依頼内容は、いつもの……』

「あ〜……了解。まぁ、今から行くわ」

『はい、お願いします』

「ちなみに、出すお茶は安いのでいいわよ」

『…………い、いいんですか?』

「いいの。それじゃ、すぐ向かうから」


私はそう言って電話を切り、ベッドから立ち上がる。


「小竜姫か。今月に入って2回目かしら?」


その来訪を多いと取るか、少ないと取るか……。

ちなみに以前、私の事務所を訪れた時は、時代かかった訪問をしてくれた。

なんと従者の担ぐ籠に乗っての登場である。

小竜姫の知る下界とは、江戸時代かそれ以前で止まったままだったらしい。

よって彼女にしてみれば、ここ最近は頻繁に下界を訪れていることになるのだろう。


依頼内容は、分かっている。おそらく、メドーサ捕縛の協力依頼だ。

GS試験会場での真相解明がメディアで騒がれ、

当初犯人だと思われていたメドーサは、黒ではないだろう……と言う論調が現在では主流となった。

その恩恵を受けたメドーサは、最近白竜会道場や私の事務所にも堂々と顔を出している。

GS協会はそれを黙認し、そして私たちGSも同様だ。

それをどこからか嗅ぎつけた小竜姫は、メドーサと一度直接話がしたいと思っているらしい。


メドーサは悪か。そしてGS試験会場の騒動の犯人か。

それを小竜姫はいたく気にしていた。

その気がかりをメドーサ本人と話すことで、解消したいのだろう。

しかしメドーサとしては、そんな小竜姫に付き合う理由などない。

小竜姫がただ話し合いをしたいと思ったところで、それはまず実現しない。

よって私に『捕縛』と言う形で話が来るわけである。

無理矢理捕まえなければ、メドーサは自分と話などしてくれない。

小竜姫のその認識は、決して間違ってはいない。もちろん……正しくもないけれどね。

無理矢理捕まえた相手と、まともな話し合いなど出来るはずがないのだから。


「どうにしろ、私にとって厄介ごとなのよね」


そう。私としては、気乗りしない依頼内容であり、これまでも断ってきている。

私にとってメドーサは禍根ある存在ではないし、前世に関した一件では、わずかなりにも恩がある。

さらに言えば、ウチの研修生である横島クンや、その身内である愛子ちゃんは、メドーサに懐いている。

私がメドーサの捕縛に協力すれば、彼らの目に私はどう映るだろう?

例え話し合うためだけだとしても……下手すれば裏切り者扱いだ。


私とおキヌちゃんと、横島クンと愛子ちゃんと……。

もちろん横島クンは性格に少々問題はあるし、

さらに彼と前世から縁があるという事実は、私にとって何となく好ましくない気もするけれど、

でも別に敵対したり、裏切り者扱いされたいとは思わない。千両箱を詰まれてもね。


私はふぅっと嘆息しつつ、出かける用意を進める。

朝食は……うーん。

テーブルの上にきちんと用意してくれたおキヌちゃんには悪いけれど、食べている暇がない。

よって冷蔵庫にIN。代わりに牛乳を取り出し、一杯あおった。

そして、寝汗を落とすためだけにシャワーへ。

お湯を浴びて目を覚まさせるためだけの、簡単なモノ……のはずが、つい鼻歌なんかを歌ったり。


神様を待たせている割には、何だかんだでけっこうのんびりと身支度をしているかもしれない。

私にとって、小竜姫がそれだけ身近な存在になったのだろう。

実際、いつからか様付けで呼ばなくなったしね。もう完璧に友達感覚。


「さてと……」


バスルームから出て、髪を乾かし、服を着替える。

そして最後にチェーンで首飾りにした白亜の指輪を、身に着ける。

この指輪はメドーサからもらったもので、石化能力のあるアイテムだ。

ちなみに、実は2代目だったりする。

平安の世から帰ってきた後、メドーサが最初の指輪を踏襲して、モデルチェンジしてくれたのだ。

彼女なりの私に対する友情の証のつもりか……あるいはもっと現実的に、買収か。

まぁ多分、後者の色合いが強いのだろう。

実益のあるものをプレゼントされると、人間やはりその相手に甘くなる。


「小竜姫がアンタに会いたがっているわよ?」


冗談めかして、首もとの指輪に呟く。

その発言に深い意味などなかったのだけれど……私は後から、後悔することになった。

面倒事を避けてきたのに、私のその言葉が、大きな面倒を呼び寄せたのだから。


もっと直接的に言うのであれば…………

私が事務所に行くと、そこには小竜姫とメドーサがいて――――――

――――――そして、おキヌちゃんがオロオロとお茶を配っていた。



夢の対談よね、これ。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




メドーサはいつも通りに堂々と、私の事務所のソファに座っていた。

その姿が本当に自然体であるせいで、警戒している小竜姫と、

オロオロしているおキヌちゃんが少し可愛そうになってくる。


「ああ、美神。悪いけれどお邪魔してるよ」

「別にいいけどね」


小竜姫は、朝一番に私の事務所に来ることがある。

対するメドーサは横島君が目的なので、午後から私の事務所にやってくることが多い。

だから、これまで鉢合わせることはなかった。

しかし、今日は鉢合わせ……と言うか、私の言葉を聞いたメドーサが、小竜姫に合わせたのかもしれない。

私はメドーサに苦笑しつつ、声を掛ける。


「で? 今日はどんな御用かしら?」

「別に。近くを歩いていたからね。ただ顔を見に来ただけさ」


メドーサは具体的に誰の顔かは言わず……小竜姫の顔を見やる。

そしてゆっくりと、実に優雅に湯飲みを持ち上げ、番茶をすすった。

あまり絵にならないのは、彼女の顔立ちが日本人らしくないからだろう。

まぁ、そもそも人でもないわけだけれど。

なお、お茶を飲むメドーサの口元には、見る者を挑発するような笑みが浮かんでいる。

もちろん、それは私がそう思うだけで、本人はおキヌちゃんの淹れたお茶を楽しんでいるだけかも知れない。

――――――もしそうなら、メドーサは損な表情を浮かべる女なのかも知れない。

実際、彼女の目の前の小竜姫は、眉を寄せている。


「さてと、美神の顔も見たし、茶もご馳走になったから……そろそろ行こうかね?」


お茶を飲み終えたメドーサは、やはりゆっくりとした動作で腰を上げる。

それに小竜姫は驚き、そしてメドーサを押し止める。

メドーサは明らかに小竜姫をからかっているのだろう。


「ちょ、ちょっと待ってください」

「ん? 私に何か話でもあるのかい?」


声を掛ける小竜姫に、メドーサは先を進めるように急かす。

それに対し、小竜姫は視線を軽く左右に振った。

何から話せばいいのか、それを慌ててまとめているらしい。

ちなみに、こちらに視線を寄越してきたけれど、私はそれを無視した。

そんな目をされても、私は知らない。別に私はメドーサに話はないのだ。


メドーサは魔族女性で、かなり計算高く、そして石化能力を持っている。

他には……小竜姫同様に超加速か。更なる奥の手のある可能性はゼロではないけれど、

あの平安での窮地を考えれば、恐らくはないだろう。出し惜しみの出来る局面ではなかったのだから。

その戦闘能力は確かに脅威……しかし、彼女は横島クンに執心している。

そうであるうちは、私の脅威にはなりえない。

むしろ上手に現在の関係を続けていけば、後々に何らかのメリットすらあるかも知れない。


――――――そんな結論はとうに出ているのだ。

やはり聞き出したいことも、言いたいこともない。

挨拶ももう終ったしね。


私がそんなことを考えている間も、メドーサと小竜姫の会話は進んでいなかった。


「どうかしたかい? 呼び止めたんだ。何か話があるんだろう?」

「……まさかこんなにも簡単に、話し合いの席が設けられるなんて、思ってもいませんでしたから」


小竜姫の言葉に、私は内心頷いた。

私の事務所で、今日こんな風にアンタらが顔を合わせるなんて、思ってもなかったわ。

ちなみに私の隣で、お茶を出し終えたおキヌちゃんもコクコクと首を縦に振る。


「偶然って、恐ろしいですね」

「そうだねぇ」


偶然、意味もなくメドーサが私の事務所を訪れるはずがないのだけれど。

しかしメドーサは小竜姫の言葉に、うんうんと頷いた。


「で、話はなんだい?」

「――――――貴女は、悪なのですか?」


やがて、小竜姫はメドーサにそう尋ねた。

その瞳は真剣そのものだったが、しかしメドーサの瞳に同じ色はない。


「悪いけど、アンタが私に何を聞きたいのか、いまいち分からないね?」

「……真面目に答えてください」

「あのね、小竜姫。今のは私だってワケ分からないわよ?」


メドーサに頬を膨らませる小竜姫に、私は声を掛ける。

さすがに今の質問は、小竜姫一人だけで突っ走り過ぎだろう。

するとそんな私たちに対して、メドーサは小さく笑った。


「悪かどうか……ねぇ。結局、どう答えても意味ないんじゃないかい?」

「意味がない? どうしてそう思うのです?」

「仮に私が嘘しかつかなかったら、どうするつもりだ?」

「? 何を言っているんですか? 仮に嘘をつくにしても、最初にそんなことを言ってどうするんです?」


疑問符を浮かべる小竜姫。

メドーサの話はよくある謎かけの一つなのだけれど、彼女は聞いたことがないらしい。

まぁ、普段は人の訪れない山奥の道場にいるんじゃ、謎かけなんて聞く事はあまりないと思うけれど。

首をかしげる小竜姫に、メドーサはやはり苦笑を浮かべたまま、説明する。


「自分は嘘しかつかない。そう私が宣言した時、本当に私が嘘しかつかないとどうなる?」

「嘘をつくという宣言が嘘なら、本当のことを言ってますね」

「しかし真実を語ったら、私は嘘をつけていないことになる」

「…………? よく分からなくなってきたんですが?」

「自己矛盾の概念だけれど、品行方正なアンタには無用な概念だったかね?」

「最初から真実だけを語れば、こんなややこしい話にならないのでは?」


小竜姫の単純明快な切り返しに、メドーサは笑った。今度の笑いに苦さはなかった。

そして彼女は、話題を元に戻した。


「で? そもそもアンタの言う悪とは、どういうモンなんだい?」

「不道徳、不誠実。つまり、正しくない事を行う存在です」

「その表現だと、私は確かに悪だね」

「認めるのですか?」


淡々と言葉を勧めるメドーサに、小竜姫が驚きの声を上げる。

対してメドーサは、小竜姫との会話に何ら感慨などないらしい。

私は、二人の会話を聞きながら考える。


小竜姫の話に付きあっているメドーサの思惑は、何だろう?

彼女がメリットのない行動をするとは思えないのだけど。

純粋に小竜姫との友好を深める気は、まずないだろうし……。

実際にメドーサは、小竜姫の質問にまともに答えていないのだから。


「道徳とか何だとか、そんなものを守るつもりがないからね。知ったことじゃない」

「何故、守らないのですか?」

「じゃあ、何で守らなければならないんだい?」

「世界には、秩序が必要だからです」

「私ら魔族は息をしている時点で、アンタら神族の言う秩序を乱しているよ? だから魔族は皆さっさと死ねと?」


メドーサは、やはり淡々としていた。小竜姫ほど、会話に熱くなりはせず、静かに言葉を紡ぐ。

しかし、それだけに言葉の端々には迫力があった。


メドーサの言葉は、決して難解でもなんでもないのだけれど……

まるで二人の会話の光景は、正義の賢者を目指す若者と、それを堕落させる悪魔のようだ。


…………ああ、あるいはそう言う事かしら?

神族である小竜姫に、自身の話を聞かせる。その時点で、メドーサは『勝ち』なのだ。

魔族として駆け引きに長けるメドーサにしてみれば、討論などお手の物だろう。

それでなくとも、小竜姫は割と直進的な性格をしている。

落ち着いて会話するを機会さえあれば、小竜姫の信念を揺らがせることは可能なのだ。

その機会が今日だったのは、それこそ偶々だろう。メドーサとしては、別にいつでもよかったのだから。


「さて? 魔族の私は今からアンタに、有無を言わさず消滅させられればいいのか?」

「そんなことは言っていません」

「そんな風に聞こえるんだけどね? と言うか、そう言えば何故、アンタは私と話をしているんだい?」

「……え?」

「汚らわしい魔族と話などして、耳が腐ると心配しなくていいのかい?」

「私は! 話し合いをする以上、不要にその相手を貶める気はありません!」

「そうかい。それは嬉しいね」


メドーサは小竜姫の言葉に、深々と頷いた。

そしてまとめとばかりに、重々しく言葉をつむぐ。


「……物事が話し合いで解決出来るなら、それに越したことはないさ」

「そうですね。あの時も、こうして話し合えていたら……」

「考えるだけ無駄だよ。私が何を言っても、聞かなかったろうさ。私も苛立ち混じりに挑発したしね」

「だからこそです。今からでも遅くありません。現に神魔はデタントの時代を迎えてもいます。私たちには、話し合いによる相互理解が必要です!」


小竜姫はもう、手玉に取られているわね。

私は二人の会話を聞きながら、そう胸中で嘆息した。

メドーサにとって、強硬姿勢を見せる小竜姫こそ脅威だったのだ。

魔族の言い分を聞かずに、一方的に攻める神族こそが、怖かったのだ。

『話し合いで』とか『相互理解』などと言い出した小竜姫は、メドーサにとっては何ら怖くないだろう。

不審や謀りを感じれば、これまでなら容赦なく小竜姫は攻撃を加えただろう。

しかし、今の小竜姫は、まずメドーサに話し合いの場を持ち掛ける。

そして話し合いになれば、メドーサはいくらでも小竜姫を丸め込める。


メドーサ……何か目的があるのかしら?

横島クンにちょっかいを出しているだけかと思ってたけど、

ちょっと気をつけて置いた方がいいかもしれない。

あと、小竜姫に対するフォローもいずれしておかないと。

このままだと、何らかの理由で私がメドーサを倒そうとして協力を求めた時に、

今度は小竜姫が『まずは話し合いをすべき』とか言って、こっちの協力を断るかも知れないし。



――――――はぁ。



やっぱり、色んな意味で面倒なことになった気がする。

小竜姫は直進的な性格だから、一回相手を信用してしまうと、とことん信用しそうだし。

まぁ、実際にそうだから、私みたいなGSに何度も依頼を頼み込んでくるわけよね。

自分で言うのもなんだけど、私は私みたいな人間とは一緒に仕事するのはイヤだ。

頭がいいし、損得勘定が速いし、利用し辛いことこの上ないヤなヤツよ。

まぁ、そこそこのレベルのGSは、相応に修羅場を経験しているから、大抵ヤなヤツになるんだけど。

そういう意味では、唐巣神父は本当に『いい人』なのよね。


私がそんなことを考えていると、おキヌちゃんが電話を取って、話し相手に頭を下げていた。

メドーサと小竜姫も一度話を止め、電話の応対をするおキヌちゃんを見やっている。


『あっ、はいはい……はい、美神……はい、はい。あ、ちょっとお待ちください』

「依頼?」


私はおキヌちゃんに手を差し出しつつ、問う。

対するおキヌちゃんは電話をこちらに手渡しつつ、言う。


『はい。大至急お願いしますって……』

「OK。受けるわ。代わって――――――っと、ちょっと待ってね」


これはちょうどいい機会だった。

あの二人にいつまでも事務所に居座られたら、かなわない。

とりあえず顔を見て戦闘という状態を脱したなら、後は喫茶店にでも行けばいい。

そこで思う存分、色々と話し合いをすればいいだろう。

まぁ、あんまり友好を深め過ぎられても、困ると言えば困るけれど。


「今日の話し合いはそれくらいにしてくれる? 私、仕事入ったから」

「横島も出るのかい?」


追い出しにかかる私に、メドーサが尋ねてきた。


「んー……まだ学校だしね。場合によって呼ぶわ」

「なら、ついていくか」

「来るの?」

「駄目かい?」

「いいけどさ……小竜姫は帰るわよね?」

「彼女ともう少しお話したいですし、ついていきます」

「……道場主が道場を開けっ放しにしてていいわけ?」

「だって、今は修行者が誰もいませんし」

「今日、今から来るかも知れないじゃない」

「いざとなれば、私は瞬間転移も出来ますから」

「…………あっそう」

「あの? ついて行ってはダメなのですか?」

「……別にいいけどね」


とまぁ、そんなこんなで。

私とおキヌちゃん。小竜姫とメドーサ。

計4人の美女集団は、仲良くお仕事に向かいました……とさ。







依頼が少しばかりややこしくて、現場で何時間も待ちぼうけを食らうことになり、

受けなければよかったと私が後悔するのは、それから数十分後のことだった。


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