第四話












                  第四話      取るに足らない、つまらない事件















 俺の眼前に立つ建物は、一言で言えば高級料亭……なのだろう。

 日本建築の粋を集めたかのような、雅な雰囲気が建物全体から匂ってきていた……ような気がしないでもない。

 月に光る瓦、風に揺れる庭園内の松……多分、中にある池には錦鯉が泳いでいる……のだろう。

 土塀の外側で呆然と立っている俺なのだから、それは推測でしかないのだけど、当たっているはずだ。多分。

 だって、ドラマの中とかの高級料亭って、そんな感じだし。

 
「まだゴーストによる犯行かどうか、決まったわけではない!

 この事件は警察の管轄だ! 民間GSのでしゃばって来るところではない!」


「ワケ分かんない意地……とまでは言わないけど、

 意味の無い意地を張ってないで、さっさとこっちに仕事させなさいよ! すぐ片付くから!」


 年老いた男の声と、若い女の声が料亭前で交錯していた。

 俺がそちらに視線を向けてみると、その男女は明らかにいがみ合っていた。
 
 若い女……俺の今の師匠と言うか監督者にして、現代における最高ランクのGSである美神令子。

 そして男の方は……名前も身分も、俺はよく知らない。

 美神さんの部下でしかない俺としては『警察の偉い人』で十分だった。


「こちらにこれ以上、迷惑をかけないで貰いたいものだ!」

「朝から延々と時間を無駄にしている人の言う台詞?」

「要らぬ邪魔が入ったからな」

「それは奇遇ね。私も1時間で片付く仕事が、まだ片付かないわ。邪魔が入ったせいで」


 その男はオカルトが嫌いなのか、あるいは若い女が嫌いなのか……。

 警察のお偉い人は、美神さんの提案と要請を先ほどから無視し続けている。


「大変だなぁ……」

「大変よねぇ……」


 俺は愛子とともに、警察との折衝を続ける美神さんに労いの言葉を送る。

 本人に聞こえていないので、大した意味はないのだろうけれど。


 今回の事件は、単純であるはずなのに、ひどく複雑化してもいた。


 昨日……この高級料亭の一室に、掘り出し物の古い掛け軸が飾られた。

 女将は部屋の雰囲気もよくなり、よい買い物をしたと喜んでいたのだが―――――― 

 しかしそれは呪いの掛け軸で、今日になってその牙をむいた。

 女将は客が襲われたことを知り、避難するとともに最高のGSである美神さんに連絡。事件の早期解決を望んだ。

 そして美神さんは即座に出動し……今に至っている。


「スーパーの特売。確実にもう終ったよな?」

「タイムセールは6時からだしね。はぁ、昨日の広告に豚肉が安いって書いてあったのに」


 実に単純な事件だ。

 美神さんが掛け軸にかかった呪を解呪し、人質を救出する……ただそれだけだ。

 呪も殺傷力のあるような強力なモノではなくて、内部の人間の体調を悪化させる程度のものらしい。

 部屋の中にいる人間は、今も頭痛やら腹痛やらに苛まれていることだろう。

 でも、ただそれだけであり、死ぬほどじゃない。

 俺のレベルでもそんな呪は物の数じゃないし、心配なら自分に防御結界を張ればすむことだ。


 簡単な、物の数分で終るはずの事件。移動時間を見積もって、1時間で終わるであろう事件。

 だが、本日午前10時の事件発生から、早くも9時間。

 事態は硬直化したままだったりする。


 なんと言うか、まぁ……朝も早くから件の部屋に入り浸っていたのは、高級な料亭にお似合いの政治家だった。

 そして部屋の中では、国政に関わる最高機密的な話し合いがなされていた……らしい。

 実のところどうかは知らないけどな。


 ――――――で、その政治家は自分の携帯電話から、警察に救助を要請。

 警察は内部に取り残されている政治家の存在を重く見て、機動隊を出動させた。

 しかし、救助に突入した機動隊は、霊能力的に見れば一般人でしかなかった。

 よって簡単に精神攻撃を受け、頭痛と吐き気だけを貰って帰ってきた。


「だから! さっさと私に任せちゃえばいいでしょ?」

「断じてそのようなことは認められん!」

「ああ、もう……」


 頑固な警察のお偉いさんに、頭を抱える美神さん。

 俺はいい加減待つのも面倒になってきたので、美神さんにちょっとした提案をしてみた。


「もう、帰りません?」

「駄目よ! 依頼は受けたんだし、私から下がったら違約金払わなきゃなんないじゃない!」

「人の命が懸かっているから、とかじゃないんですね」

「見ず知らずの政治家がどうなろうが、知ったこっちゃないわよ」

「うわぁ……人としてその発言はどーなんスカ」

「貴重な時間を浪費したのよ? 手ぶらで帰れるはずがないでしょ!」


 面子で美神さんに仕事を任せたくない、警察の偉い人。

 お金のために、どうしてもこの仕事を請けたい美神さん。

 …………ある意味、どっちもどっちなのかも知れない。

 
「誰か心配してやれよ、中の人を」

「じゃあ、横島クンは心配してるの?」

「俺? ……してないけどさ」


 政治家じゃなくて、政治家の美人秘書が中で苦しんでいるのなら、モチベーションも変わってくるだろう。

 でも、脂ぎった……あるいは枯れそうな男を助け出すために、やる気なんて出ない。

 俺の言葉に嘆息する愛子。

 でもそんな愛子も、もちろん政治家の心配なんてしていないらしい。

 多分、頭の中で冷蔵庫の残り物で、今日の夕食をどう作るかを考えていたりするのだろう。

 買い物、行けなかったしなぁ。


「……まだ終ってなかったのかい?」

「あ、メドーサさん」


 呆れを含む女性の声に振り返ってみれば、そこに立っていたのはメドーサさんと小竜姫ちゃんだった。

 この二人のツーショットは、俺としてはかなり驚きだったのだが……まぁ、もう慣れた。さっきから何度も見てるしな。

 偶々、今日美神さんの事務所で鉢合って、そして話し合ってみたら意気投合したらしい。
 
 あのGS試験会場での戦闘は、何だったのか……と言う感じだ。まぁ、顔を見てすぐ戦闘になるよりはいいけど。


「ほら」

「あ、ども」


 メドーサさんは小さな呟きとともに、俺に缶コーヒーを放り投げてくる。

 キャッチし損ねることはなかったが……ちょっと熱い。


「この辺で見るものはなくなったね」

「そうですね。散策しつくしました」


 俺に投げやったものと同じコーヒーを飲みつつ、メドーサさんが呟く。それに頷くのは、小竜姫ちゃんだ。

 二人は美神さんと一緒に現場に訪れたものの、存外に暇だったのでその辺を歩き回っていたそうだ。

 そして俺と愛子がこの現場に来てからも、ちょこちょこ周囲を歩きに行っていて―――これで二度目の散歩からの帰還となる。

 ちなみに、俺と愛子も散歩に付き合おうとしたのだが、それは美神さんによって却下された。

 曰く『師匠がムサいおっさんと交渉している時に、研修生がどこに遊びに行く気?』

 もっともと言えば、もっともだった。


 俺、愛子、メドーサさん、小竜姫ちゃん。

 四人並んで、遠い目をして美神さんを見やる。

 美神さんは警察関係者の集まりの前で、堂々と立って話をしている。

 服装がかなりきわどいので、こうして遠くから見ていると、

 飲酒運転の調査で引っかかって、警察のおっちゃんたちに文句を言っている『ダメなオネーさん』にも見えなくもない。


「こういうの見てると、GSも大変だよなぁ」

「大変じゃない仕事なんて、ないと思うけど……」

「それもそうか」


 俺は小さく笑った。するとそんな俺に、メドーサさんが問いかけてくる。


「どうした? 何か考え事かい?」

「あー、まぁ、進路と言うか。将来のことと言うか」


 メドーサさんに進路の相談をするのが何だか気恥ずかしく思えた俺は、少しばかり言葉を濁す。

 そんな俺の言葉に反応したのは、何故か端に立っている小竜姫ちゃんだった。


「? 将来の職業についての考え事ですか?」

「え? そうだけど?」

「何を考えることがあるのですか? もう決まっているじゃないですか」

「…………へ?」


 俺の進路が? もう決まっている? 考えることなんてない?

 ――――――いや待て。なんでやねん。いつ決まったんだ?

 俺が首をかしげると、小竜姫ちゃんは嘆息した。


「まさか、忘れているんですか? 殿下により臣下の任を命じられたでしょう?」

「…………殿下? あー、はいはい」

 
 小竜姫ちゃんの言葉を受けて、記憶の中から小さな迷子の王子さまを見つけ出す。

 ついでに言えば、俺はあいつから神剣まで貰ったんだよな。

 ……即行で折っちゃったけど。


「進路がいきなり天界とかなっても、ピンと来ないな……」

「まぁ、殿下が次期天竜として統治をなされるのは、まだまだ先の話ですけれど」

「ちなみに、あと何年くらい先の話?」

「…………殿下のお役に立てるよう、頑張って長生きをして、そして力を磨いてくださいね?」


 俺の質問に、小竜姫ちゃんはまともに答えはなしなかった。

 つまり、あと数年とかそんな程度の話ではないんだろう。

 良くて、定年退職後にちょうどいい再就職先……って感じだろうか?

 悪けりゃ、数百年くらい先の話とか?

 進路と言う言葉のレベルじゃないな、うん。言うなれば運命とか?


「はぁ、これからどうなるのかしら? まだまだ長引くの?」


 本気で飽きが来たのだろうか。

 愛子は自身の本体である机に腰掛けて、大きく息を吐いた。


「どーだろ? でもさすがに、そろそろ中の政治家が根を上げると思うぞ?

 そんで『何でもいいから助けろ〜』って頼んでくると思う」


 それから数分後、俺のその言葉は肯定されることになった。

 愛子曰く『我慢なんてしなくていいのに』


 諸手を挙げて賛成したくなるくらい、もっともだと思った。




      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 やせ我慢がついに限界に達した内部の人々。

 溺れる者はわワラにもすがると言うが、彼らは一向に事態を解決できない機動隊より、待機しているGSに頼ることにしたらしい。


「内部に取り残されているのは、全部で8人。政治家2名に、その秘書が3名。

 あとはその政治家の後援会会長と、逃げ遅れた仲居が2名。

 一応防御結界を張ってから、内部に突入。掛け軸を解呪して、人質を救出。

 特に変わった仕事は無いけど……質問は何かあるかしら?」


 俺は周囲を警戒している警察関係者の視線を感じつつ、美神さんの説明を聞く。

 ところで、やけに視線が厳しく感じるのは、やっぱり俺や愛子が学校の制服だからだろうか?

 ついでに言えば美神さんもボディコンだし、メドーサさんも似たような感じだし、小竜姫ちゃんも女子大学生か何かっぽいし。

 向こうにしてみれば『何なんだ、あのガキと女どもは』とか、何かそんな感じかもしれない。


「えーっと、はいっ!」


 俺はこれ以上のやる気ダウンを防ぐため、あえて声を張り上げて美神さんに質問した。


「…………何かしら、横島クン」

「その秘書って美人ですか?」

「男よ」

「俺のさっきの元気のいい声を返してください。つーか、帰っていいですか?」

「仕事が終わったら、今日はここでこのまま現地解散にしてあげるわ」

「はぁ。嬉しくねぇー……」

「つべこべ言わず、さっさと仕事! あと、おキヌちゃん」

『なんですかー、美神さん』


 美神さんの言葉に呼応して、どこからともなくおキヌちゃんが降って来る。

 こうして頭上からおキヌちゃんがふわふわとやってくるときは、いつも思うんだよな。

 なんで袴なんだ……と。いやまぁ、袴姿は袴姿で、それはそれでいいモノなのですがね?


「そう言えば、おキヌちゃんってどこにいたんだ?」

「私が何もせずに、ただ警察と言い合いだけをしてたワケがないでしょ?」


 美神さんはそう言うと、携帯端末をおキヌちゃんの眼前に持っていく。


『中の様子ですけど、人質さんはここと、ここと、ここです』


 おキヌちゃんは先ほどから内部を探っていたらしい。

 迷いのない手つきで、端末に色々と入力していく。

 …………もしかすると、一応は高校生である愛子よりも、情報機器の扱いに慣れているかもしれない。

 すごいな、おキヌちゃん。やっぱり美神さん相手だと、強くないとやっていけないのか……。


「それで? 問題の掛け軸のある部屋には?」


 端末の内容を確認しながらに、美神さんが聞き返す。


『すみません。そこには、ちょっと近づけませんでした。

 部屋の前の廊下でうずくまっている人しか、私には確認できませんでした』


「ん、まぁいいわ。じゃあ行くわよ、横島クン!」

「へぇ〜い」


 お仕事が始まった。

 で、すぐ終った。突入からわずか数十秒だった。

 やっぱり簡単な仕事だった。

 中に入って廊下を進むと、仲居さんが倒れていた。

 俺が倒れているその仲居さんを担いで、外に出さないと……と考えたその瞬間には、美神さんが掛け軸を破って無効化していた。




「こんなので何時間も待たされたなんて……。まったく、無駄な一日だったわ」




 美神さんは一日のまとめとして、そう言った。

 でも、これでギャラが貰えたなら、それでいいと思うんだけど。

 待機時間・約10時間。実働1分で3100万円。かなりボロい商売だと思う。


 でも、それで満足しない美神さん。


 やっぱり、美神さんの金銭感覚は凄いなぁと、改めて思った一日でした。

 俺、310万円でも文句言わないぞ、うん。

 いや、31万円でもOKなくらいだ。




 俺の研修の終了条件は、一人で100件の除霊を済ますこと。

 そして、俺の研修終了までは、あと16件だ。

 今日、俺は何もしてないので、件数は減っていない。

 でもまぁ、もーちょっとだな。ゴールデンウィークまでには終れそうかな?


 終れるといいなぁ。連休はメドーサさんとゆっくりしたい。

 そんな風に思った一日でした。




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