第六話




異変が、起ころうとしている。

何者かが、災いを運び入れようとしている。

この現状を静観することは出来ない。

何故なら、我らはこの場と外界と繋げる門の守護者なのだから。


我らはお互い同時に気配に気づき、頷き合った。


この場へと繋がる門。

それを全てを覆い隠すはずの結界が、外部から強引な力をもって打ち破られようとしている。

ここに繋がる門に施された結界は、決して強力ものではない。

考えれば分かるだろう。秘密の扉なのだ。大仰な防御は、その秘密を白日の下にさらしてしまう。

よって張り巡らされた結界は繊細なもので、周囲に溶け込むよう細工が施されている。

その細工は大変な職人技と言ってもいいだろう。

それこそ通行を許可する証明を持つ者には、何ら抵抗感を感じさせることなく、結界はかき消えるのだ。

内部へと、その者を迎え入れるために。


もちろん、だからと言って薄紙などではない。その結界は、最低限の強度が保障されている。

だからこそ、我らもその結界を施した古き術者に、職人技という褒め言葉を送っているのだ。


よってこの結界が、偶然打ち破られることなどない。

確固たる意思を持って、結界は破られようとしているのだ。

何者かに……。

通行の許可を持たぬ、何者かに……。


ゆっくりと身を起こし、我らは侵入者に備える。

招待状を持たぬ客には、お帰りを願わなければならない。

そもそも招待状を持たぬ者は、客などではないのだから。


我らは再び頷きあって、侵入者に備える。

それから数秒後、侵入者の姿が見え始める――――――と同時に、我らはその者に肉薄する!


「そこまでだ! 動くな、人間!」
「結界を力で打ち破るとは天晴れ!」


「しかし、これより先には進ませぬ!」
「進みたいと言うのであれば!」


「まずは我らを!」
「倒してみせることだな!」


我らが肉薄した人間は、ひどく背の低い者だった。

我らの胸にも届かぬ身長……しかし、その身は引き締まっている。

服の上からでも、その者の筋肉の緊張は理解できた。我らはさらに警戒を強める。

この者は、戦う気だ。そして、ここを押し通る気だ。

万が一にはあったかもしれない、偶然通りかかっただけの……しかも、自身の強き霊能力に気づかずに生きている人間。

そんな可能性は、これで消えたことになる。


我らは零距離から、その者に打撃を加える。

肉を震わせ、骨を折らんばかりの勢いで――――――……。

しかし、その者の体は服の下で突如として甲殻化しだしたらしい。

ごつりと言う、肉ではなく硬い何かを殴打した感覚が拳から肩に突き抜ける。


生物的な鎧は、我らの拳にむしろ損傷を与えた。

かなり、手ごわい。何者だろうか? 名のある人間だろうか?


「アンタらが門番か? 二人で対のようだが……」


「いかにも!」
「見ての通りだ!」


「そうか。なら、アンタらを倒し、俺は奥へと進ませてもらう! 俺の名は伊達雪之丞だ! いくぞっ!」


その者……伊達は名乗りを上げると、自身の体を包む黒き服を投げ捨てる。

その下からは、やはり我らが感じた『生物的な甲殻』が存在していた。

面妖な術だ。そして邪気も感じられる。この術は、まさか魔装の術だろうか?

油断する気はなかったが、より強く精神を締め上げる。


たかが人間。その人間の中で強き者。我らには及ばぬ者。

そんな甘い考えは、この伊達には通用しそうにない。

魔の外殻を持つ者を、人間だなどと考えるのは、あまりに甘すぎる。


「さぁ、来るがよい、伊達よ!」
「我ら二人! この場を退く気なし!」


「ああ、倒して進むまでだっ!」


伊達の外殻の隙間から、凄まじい闘気が零れだす。

なんとも見事な気合!

我らも全力を出そうではないか!


そう思った瞬間――――――我らの体は、吹き飛ばされていた。


突如伊達の体から噴出した霊波の圧力に、どうやら我らは圧倒されたらしい。

何と強烈で、圧迫感のある霊波だろう?

叩きつけられただけで、我らの体は萎縮してしまった。

くっ……。何と無様な。情けなしっ!


「はんっ……意外と軽いな?」


数歩先から、伊達の我らに対する評価が聞こえた。

それは屈辱的だったが、しかし反論は出来なかった。

我らは実際に、軽々と吹き飛ばされたのだから。


「それじゃあ、通させてもらうぜ?」


地面に倒れこんだ我らを尻目に、伊達は軽やかな足取りで前に進もうとする。

もちろん、途中に自身の脱ぎ捨てた黒服を手に取ることも忘れない。

すでに我らからは、完全に注意が離れているらしい。

だからだろう。今の伊達には、隙がわずかながらにあった。


「くっ……ええい、待て」
「我らの目が黒いうちは、何人たりとも……」


「ならどうする? 殺されるまで続けるか? と言うか、立ってから言うんだな。そんな台詞は」


確かに、その通りだ。我らは隙をつけそうにすらない。

だが、だがしかしだ。このままここで寝転がっているわけにも行かない。

我々は門の守護者なのである。立ち去ろうとする侵入者を、黙って見過ごすことは出来ない。

我らは、最後の力を振り絞り、大声を上げることにした。


「う……うぅ」
「うぉ……」


「なんだ?」


我らの口から零れる声に、再度歩み始めた伊達だったが……振り返った。

彼はその愚かな行為を、これから悔いることになるのだろう。

さっさと尻尾を巻いて逃げればよかったと、そう思うのだろう。

我らは胸中で彼の末路を笑いつつ――――――唸りを上げたっ!

さぁ、聞け! そして立ち上がれ! 我らの呼び声に応えよ!


「うぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉんっ!」
「うおおおおぉぉぉおぉぉおおおおぉんっ!」


喉を震わせ、世界に響いていく大音量。

それに驚いたのか、伊達は腰を低くし、両手で耳を押さえた。


「――――――くっ!? 何て声だ!? まるで……犬の遠吠えかっ?」


「……まるで? 何を言っている」
「今のは紛れもなく、遠吠えであるぞ」


「は? いや、ちょっと、何言ってんだ? お前ら?」


「ふんっ。今の遠吠えの内容が分からず、戸惑っておるな?」
「よかろう。教えてやる。我らの発した意思はこうだ」


我らは地面を這い、その身を何とかして起こした。

そして我らに戸惑いの視線を向ける伊達に、嘲笑を交えて言葉を紡ぐ。


「過去に類を見ない危険な侵入者が現れたっ!」
「妖刀・八房を持ってしても、人狼の誇りにかけて敵を討て……とな」


「――――――は? じ、人狼?」


「人間一人で、人狼の里を襲撃するとは。その意気は……」
「天晴れとも言えるが、しかし……生きては返さんぞ」


「人狼の……里?」


「何をとぼけた声を」
「伊達よ、まさか今更怖気ついたか?」


「いや……その、何と言うか……ここは妙神山じゃないのか?

 結界があって、門番が二人いたから、俺はてっきりここが伝説の修行場だと……

 だって、異界の森から来れたわけだし。天狗の野郎も、人狼の集落があるなんて一言も言ってなかったし」










――――――………………えーっと?





――――――はい?








確かに、伝説の修行場の門の前には、2体の鬼がいると伝え聞く。

それと勘違いされたのは、嬉しくもあり、そして恐れ多くもあり……

いやいやいや、今はそんな場合ではない。


すでに先の我らの遠吠えで、背後に広がる里の中は、てんやわいやの大騒動となっているのだ。

この伊達……強くも勘違いしまくりなこの男に、我らは何と言えばいいのだろう?

一瞬そう考え、そして我らは声をそろえて伊達に叫んだ。



「なんじゃぁ、そりゃあ!」
「なんじゃあ、そりゃあ!」


「すまん」


伊達は真顔で謝って来た。

ただ、額に戦闘中にすらなかった汗が、一筋だけだが垂れていた。



……………いや、マジどーんべ? この騒ぎ……



……と言うか、八房を使えとか吠えてしまったぞ?

犬飼がこの機に乗じて、八房を奪い去ったらどうするのだ?

最近のヤツの祭られし八房を見る目は、異常になってきているというのにっ!


「伊達よ! 我らを担ぎ、早く里へ降りろ!」
「この騒ぎを収めるには、我ら三人で誠意をもって事情を話すしかない」

「あ、ああっ! 分かった!」


伊達は簡単に首を縦に振ると、我らを軽々と肩に乗せ、走り出す。

二本の脚で山を駆け下り、里を目指す彼の速さは……犬化した我らと遜色ないとさえ思えた。

凄きものがいるのだな、人間の中にも。

我らは、ふとそんなことを再認識していた。












                        第六話      結界のトンネルを抜けると、そこは人狼の里だった……


                                             〜〜完〜〜




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