第八話




一、二、三、四、五、六、七、八!

振り下ろされた刃から八つの光が伸び、空を駆け、俺の身体を斬り刻もうと迫る。

俺はその斬撃に意識的に集束率を高めた霊波砲を放ちつつ、ステップを踏む。

こちらに迫る斬撃と、それを迎え撃つ霊波砲。決着は、霊波砲が縦に割れ、霧散することで着いた。


「……本当に斬りやがった」


斬撃はまったく衰えることなく、こちらに到達する。

そんな現実に対して、俺は眉を寄せつつ身体を横へと逸らした。

霊波砲を斬り裂くだろうと、門番の二人から聞いていたが…………少々ショックだ。

わざわざ集束率を高めて、『これなら斬れんのじゃないか?』と思いつつ撃っただけにな。

この分では、魔装術もあっさりと斬られるのだろうか? 試してみたくもあり、試してみたくもない。


「は! 上手く避けたな! だがっ!」


無傷で立つ俺にこめかみをひくつかせ、犬飼はさらに八房を振るう。

自身に向かって飛来する斬撃に対し、今度は素直に地面を蹴って回避する。

この斬撃に霊波砲を撃っても意味がないのは、もう分かったからな。


(むぅ。微妙な速さの攻撃だな。あっちもまだ、様子見か?)


こちらの着地音に続いて、先ほど俺が立っていた場所から、大きく鈍い音が八回鳴った。

ちらりと見やってみれば、地面の土がほどよく耕されていた。

荒野を開拓することも、八房なら楽なモンなんだろうな。


「余所見とは余裕だな、人間!」


視線を外した俺に対し、犬飼は怒気を吐いた。

俺はあえて視線をゆっくりと犬飼に向けなおし、肩をすくめて見せる。


「そっちこそ農作業に精を出して、ご苦労なこった」


「――――――なっ!」


こちらの挑発に、犬飼はあっさりと乗った。八房を持つ手が、ぶるぶると震える。

気高き人狼の自分が、俺のような『たかが人間』に馬鹿にされるのは、我慢ならねぇってことか?

まぁ、当たっていなくとも、遠からずだろう。プライドは高そうなやつだからな。

しかし俺だって、これでもプライドは高い方でな?

上からモノを言われれば、挑発の一つや二つも言いたくなる。


「えぇい! ほざけっ! 次こそ斬り刻んでくれる!」


「はっ! やれるもんなら、やってみやがれ!」


振るわれる刀そのものに視線を戻し、俺は皮肉げにそう吼えた。
 
…………いつの間にか口の端が弧を描いているを、俺は自覚する。

この笑みは、楽しさや面白さからだろうか? ああ、そうのなのかも知れない。

一振りで八度の斬撃を生み出す妖刀・八房。非常に厄介な刀だ。

よって俺は今、手強い敵と対峙していると言えるだが……それが嬉しくある。

こんな闘いは望むところだ。


それでなくとも、俺はそそくさと人狼の里から出て行かなければならないはずだったのだ。

人狼相手の闘いも、秘法と呼ばれる妖刀を見ることも、本来なら出来ないはずだったのだ。

だがしかし、長老の言葉を無視した犬飼の暴走によって、こんな状況になったのだ。

棚から牡丹餅とは、このことだろうか?


あぁ――――――思えば、俺の周りにはちょうどいい相手がいなかった。

勘九朗も六道冥子も…………どっちも俺よりも遥か高みにいて、現状ではまともな勝負にならん。

向こう側にハンデをつけてもらって、それでも勝てることがまずなかった。悔しいが、それが現実だった。

さらに言えば、相手が手加減しているから、もちろん殺気も感じられなかった。

まぁ、勘九朗からは殺気の方がマシだと思えるような、不穏な何かを感じたことが多々あるが。


…………とにもかくにも、実力が近しく、しかも殺す気で向かってくる相手。

そんなやつに出会え、こうして闘うことの出来た俺は、きっと運がいいに違いない。

しかもその相手は、俺とはまったく違う戦闘スタイルの持ち主である。

魔装術による肉弾戦や霊波攻撃の俺と、妖刀使いの人狼である犬飼。これは得がたい経験だ。

悪いが、お前には俺の踏み台になってもらうぞ。俺が更なる高みに登るためのな。


「そんな程度か!? 人狼とその秘宝の実力ってのは! 俺はまだ無傷だぞ!」


「ちぃっ……! 貴様の血さえ吸えれば!」


こちらの怒声に対し、犬飼が忌々しげに声を出す。

貴様の血を吸えれば? ふんっ、誰が易々と吸わせるものかよ。


すでに今までのやり取りで、八房の能力は大方で掴めていた。


先から聞いていたように、八房は使用者が一度振れば、それに続いて自動的に八度の斬撃を繰り出す。

その斬撃は相手に向かって飛ばすことも出来る。さらにその刃はエネルギーを吸収し、使用者に還元する……。

一見、無敵の刀のようにも思えるが、しかしそうじゃない。実際に、俺はこうして立っている。

確かに厄介だが、つけ入る隙はそれなりにあるってことだな。


まず自動的に繰り出される八追撃だが、これは方向が一方向と決まっている。

こちらの動きを追尾することはなく、初撃の方向と同じ方向に繰り出されていくのだ。

よって初撃さえ避けてしまえば、残りの追撃をすべて回避することが出来るというわけだ。

油断は出来ない。だが、しっかりと集中していれば、そう怖くもない。


次にその刃からのエネルギー吸収だが、これも微妙に使い勝手が悪そうだ。

霊波砲を斬るってのは、確かだった。

試しとばかりに撃った俺の霊波砲を、実際に斬って、霧散させて見せたのだから。

だが、犬飼がその霊波砲の分だけ、力を得たようには思えない。

おそらく、本当にその『刃』で斬ったものからしか、力は得られないのだろう。

飛ばした斬撃で、こっちの霊波を吸収出来なかった以上、この推測は外れていないはずだ。


つまり力を得るためには、俺自身をその刃で斬らなければならず、

そうなると……犬飼は自然と、こっちに接近する必要があるってことだ。

本当は飛ばした斬撃で俺を動けないようにし、その後でゆっくり止めを刺したかったんだろうが……。

あの程度の速さの攻撃で、俺を捉えられるはずもない。


さぁ、ここからは互いに近づいて、接近戦だ。接近戦は俺も望むところだ。

あいつが俺を斬れる距離は、俺があいつを殴れる距離だ。

最初の一撃さえ避ければ、自動追撃も怖くはない。隙だらけのその顔に、きついのをお見舞いしてやろう。

問題は…………最初に一撃が避けられるか、だな。

遠距離の飛ぶ斬撃は、十分に回避可能な速度だ。

だが、近づけば近づくほど、回避は難しくなるだろう。

時に『最も恐ろしい敵の懐こそが、安全地帯である』などとも言うが……さて、どうする?


近づけるか?

先ほどの様子見とはまた種類の違う緊張感が、湧きあがる。

――――――俺と犬飼は睨み合う。互いに、間合いを計りあう。


今の間合いでは、どちらも決定打がない。

俺の霊波攻撃は斬り落され、犬飼の飛斬攻撃は当たらないのだから。

だから、接近戦。そしてそのための、間合いの計りあい。

犬飼は、動かない。俺も、動かない。微動だにしないまま、俺たちは応酬する。


(ちぃっ……)


延々とこうして睨み合っているわけにもいかない。

犬飼はそれでも問題はないだろうが、俺は魔装術を行使中なのだ。

取得直後よりはマシになったが、それでもまだまだ制御し続けるのは辛い。

勘九朗のように術を発動させたまま、飯食って風呂に入って、寝る……なんてことは出来ない。

長引けば、術を制御仕切れなくなり、自動的に俺の負けが決定する。

間合いの駆け引きは、あまり長引かせるわけには行かない。


………………えぇい、ならばやはり、突撃あるのみだ。

避けられるかどうかとかを、考えるのではない。

あいつが初撃を放つ前に、その意識を狩り取る。

そこまでの爆発的な加速による肉薄を実現する。

そうだ、先手必勝だ。こっちの方が、俺の性格にも合っている。

駆け引きや心理戦は、あまり俺の好みじゃないしな。


仮に、先手を奪えなければ…………その時は、相手の攻撃に耐えるだけだ。

魔装を出来る限りの強固さに高め、その刃を通さないように……。


俺の信じるもの。

それはママにもらった、この身体。この身体の強さだ。


俺は俺の身体を信じる。

俺と犬飼の実力は、そう離れていない。一か八かの賭けをしても、分は悪くない。

あいつは瞬間移動も亜音速飛行もしなければ、石化も火炎も電撃も放たないのだ。

――――――あぁ、やってやろうじゃないか。

魔の装甲に包まれたこの身体を、ただの人間の身体だと思うなよ?


俺は、構えた。両の拳を握り、相手に対し半身となった。

犬飼も、俺がこれから突撃しようとするのが分かったらしい。

背筋を伸ばし、刀を握るその手に、静かに力を込めた。


俺は脚の筋肉に、さらなる力を注ぐ。

犬飼は俺を迎え撃とうと、刀を上段に構える。

あいつが振り下ろすのが先か、それとも俺があいつを殴りつけるのが先か。

実に分かりやすい勝負だ。


こんな闘いを、俺はずっと待っていた!

繰り返すが、瞬間移動だったり亜音速飛行だったり、石化とかだったり、ストリップによる精神攻撃だったり……。

とにかく、そんなワケの分からん戦いじゃない。

俺の拳と、あいつの刀の戦いだ。正面からの、ぶつかり合いなのだ。


「勝負!」


「笑止!」


――――――俺と犬飼の声が、隠れ里全体に響いた気がした。












            第八話      決闘と実戦という主観差  












――――――拙者・犬塚は、眼前の光景に驚かされた。

戦場へと辿り着いてみれば、人間の若者は健在であったのだ。

それどころか八房の攻撃に怯むことなく、挙句には犬飼を挑発さえする。

しかし、その目に慢心はなかった。注意深く八房を見つめ、その力を推し量っているようであった。

対して、犬飼は焦っていた。無敵であるはずの八房連撃を易々と回避されたからだろう。

しかも回避された相手は自身と同じ人狼ではなく、人間である。犬飼の心中は、乱れたのだろう。


人間とは言え、妙神山を目指す実力者。ただの人間ではないのだ。

さらに、八房は長き眠りについていた刃。

それこそ犬飼自身がそう言うように、あの人間の血を吸わせでもしなければ、本領は発揮されまい。


いや、それ以上に……犬飼。お前は容易な力を欲し過ぎているのだ。

基本の鍛錬をおろそかにするから、そう言う目に遭うのだ。

こちらに『劣化し続けている』と言ったが、それは貴様自身もではないか?


お前は里の秘宝を手にしたにもかかわらず、

片眼が見えずに武士として腕の落ちたはずのこちらを、一撃の下に殺せなかったのだ。

それどころか、片腕すら斬り落とせなかった。


あのまま続けていれば、確かにお前はこちらを殺せただろう。だが、こちらも最後まで抵抗はする。

例え腕がもがれようとも、もう片方の眼が潰れようとも、こちらに諦める心算など浮かばない。

貴様がこちらに止めを刺すのは、夜中になるかも知れんな? 

そのくらいの足止めは、劣化した武士とは言え……して見せようぞ。


「勝負!」


「笑止!」


人間の若者と、犬飼の声がこの場を駆け抜けていく。

どうやら、人間の若者は犬飼に対し、先手を取ろうと言うようだ。

対する犬飼は……突進してくるであろう彼を、一刀両断するつもりなのだろう。

はやして、笑止なのはどちらか。結果はまだ……分からぬ。

八房を持つ犬飼にこそ分があるように思えるが、しかしあの若者にも分があるように思える。

若者の眼は、ただ無意味に玉砕しようとする特攻のそれではないのだ。


一瞬の決闘が始まろうとしている今、拙者は黙考する。


止めるべき…………なのだろうか?

この勝負は、止めるべきなのだろうか?

止めるのならば、今しかない。一瞬後には、間に合わなくなるだろう。

だが、あの人間の若者の眼は、勝ちに行くつもりだとこちらに物語る。

ここで止めれば、彼は恨むだろう。仮に自身が負けたとしても……。


――――――迷う。


犬飼を止め、あの若者の命を助けるために来たと言うのに、迷う。

あの若者の眼が、戦う者の目をしているからか。

ああ、思えば、若かりし頃の自身も、あのような眼をしていたのかも知れない。

熱く、強く、ただ我武者羅に、突き抜けるような、そんな瞳。


(……是非もなしか)


好かろう。ただ、見守ろう。どのような結果になっても……。

犬飼が負ければ、それでよし。若者が負けても、それでよし。

犬飼が負ければ、八房を回収。若者が負ければ、犬飼を制止。

ただ、それだけのこと。

今はただ、立会人となろう。


小さく嘆息し、眼前の立会いを見つめる。

手にしていた二本刀を地に置き、姿勢を改め正座する。

草木の陰。立会人が見つめるにはいささか不釣合いな場所だが……構わぬ。

眼前の戦場には、出ることは不可能。あそこは、立ち会う者の場所だ。


「ふっ!」


若者が裂帛の気合とともに、地面を蹴る。

自身の直線上に立つ犬飼に向かい、駆け寄る。


「ぜぁっ!」


対して、犬飼は後ろに飛びすがりつつ、八房を振り下ろす。

――――――その刀の狙う先は、自身に迫る若者ではなく、大地。

八房から放たれる追撃の刃が、土をえぐり、噴き上げ、舞わせる。

一体何を考えているのか……。犬飼の攻撃はただただ盛大に砂塵を上げるだけだ。


どうにしろ、一瞬の交差は実現しなかった。

駆け寄る若者に対し、犬飼は身を引いたのだ。

よもや、あの若者の鬼気に対し、恐れを抱いたとでも言うのだろうか?

そうであるなら、なんとも情けない。

八房を手にした人狼が、勝負そのものを放棄するなど……。


「煙幕のつもりか! くだらん!」


若者も犬飼の行動に対し、吼えた。

正々堂々とした決闘で肩抜かしを食らわされれば、それも仕方ないだろう。

怒気とともに霊波を放出し、若者は舞っていた砂埃をその場から弾け飛ばした。


「ちぃ、逃げたのか?」


土と砂の幕が消えても、犬飼の姿は周囲に見当たりはしなかった。

若者は視覚と霊感を鋭敏化させ、周囲の索敵に入ったようだ。

つられて、こちらも周囲の気配を探る。一体、犬飼はどこに行ったのだ?


「正しく、尻尾を巻いて逃げたか。情けない……」


「影でこそこそとしている貴様が言うか? 犬塚よ」


こちらの呟きに、犬飼の声が重なった。

振り返ってみれば、犬飼がそこにいた。

そうだ。犬飼はこちらの背後に立っていたのだ。

その手には――――――言うまでもなく、八房が握られている。


「くっ、不覚!」


あくまで二人の決闘だと考え、自身の周囲に対して、注意が散漫になっていたのか。

犬飼にここまで接近されて、気付かぬとは……えぇい!

胸中で自身の失態を叱咤しつつ、すぐさま地面に置いておいた二本刀に手を伸ばす。

しかし犬飼の行動の方が、こちらよりもずっと早かった。


「不覚か。あぁ、まったくだな」


犬飼は素早くこちらに向かって駆け寄り、二本刀を蹴り飛ばすと、そのままの勢いで八房を振った。

八房が拙者の肉を斬り、血を飛ばし、骨に至る。幾多の臓を撫で、そこから力を飲み込んでいく。

まるで渇ききった喉を潤すかのように、ごくごくと…………こちらの血を、力を、飲んでいく。


「人間ではなく、人狼の血を飲ませることになるとは思わなかったな」


犬飼は赤く染まった刀身を、満足げに見やっていた。

すでに斬捨てたこちらには、何ら注意を払っていない。



ぐっ……がはっ……。

あ……あぁ、はぁ、はぁ……くっ!



…………まだ……まだだ!

死んでおらぬ。生きておるのだ。まだ死んでおらん!



不注意の代償は、高くつくぞ、犬飼。

貴様の接近に気付かなかった、こちらと同様にな。

貴様が斬った相手は、まだ生きている。そして瞳に力を残しているのだ!


頭をごろりと横に動かし、かすむ視線を草の向こう側へと向ける。

そう遠くまで、二本刀は蹴飛ばされていないはずだ。

あれで、貴様に一太刀浴びせてくれる!


「それにしても……ふむ。いい気分だ。力が増した実感があるな」


「何してやがんだ、てめぇ!」


恍惚と呟く犬飼に対し、若者の声が投げつけられる。

どうやら、こちらの力を得て気配を強めた犬飼に、気付いたようだ。


「てめぇ……俺を無視して、他のやつを斬るとは……いい度胸だな」


「一対一の試合をしていたつもりはない」


嘲笑を浮かべながら、犬飼は八房に着いた血を舐める。

そして、赤から銀へと刀身の色を変え終わると、若者に向けてその刃を振るった。

――――――以前より遥かに速く、斬撃が飛んで行く。しかもその大きさも特筆に価する。

以前は、刀身と同じ大きさの斬撃が飛ぶだけだった。

しかし今の斬撃は、刀身の三倍はあろうかと言う大きさになっている。


若者は以前と同様に飛び避けたせいで、どうにも回避しきれない。

結果……若者は両手足にて、幾多の斬撃を受けることとなった。


「……っつぅ……。いきなり、レベルが上がりやがった……」


しかし、それでも若者は致命傷を受けていなかった。

あの特殊な鎧のおかげなのだろう。無残に斬られたこちらとは違い、出血はない。

鎧の各部が割れたのが、目に見えた損傷だったが、それも即座に修復される。

もっとも、一振り受けてあれでは…………連撃を喰らえば、旗色は悪いだろう。

若者もこちらと同じ考えに至ったのか、その表情は険しい。


「どうした? 笑って見せろ。挑発して見せろ」


厳しい表情を浮かべる若者に、犬飼がそう言い笑う。

…………若者は苦々しくも、笑って見せた。


「自分が少し優勢なったからって、随分と偉そうな顔をしやがるな」


まったくだ。普通に闘ってはこの若者に勝てぬと考え、決闘を放棄。

そして影で見つめていたこちらを斬り裂き、力を得た途端にこの態度。

まったくもった、武士の恥だ。

戦いとは、勝った方が正義であると言う。

だが、勝つ為の手段を選ばなければ、場は混沌とする。

よって、礼節と言う言葉が世にはあるのだ。その礼節を忘れ、何が武士か。


「まぁ、そのくらい強くないと、闘ってても面白みがないがな」


胸中で犬飼に対し不満を挙げつつ、二本刀に向かって這いずるこちらに対し、

若者はあくまで清々としていた。犬飼の言葉通り、笑って、挑発して見せたのだ。


――――――不敵な笑みとともに、若者は地面を蹴る。

犬飼は顔を真っ赤にして、八房を振るう。

まるで嵐のような轟音が、森を駆け抜けていく。


一瞬、若者がこちらを見て笑った気がした。

それは犬飼に向けた笑みとは、微妙に違う種の笑みに見えた。

まさか、まだ息のあるこちらを気遣い、犬飼をこの場から遠ざけたとでも言うのか。

あぁ、そうなのかも知れない。事実、八房によって斬り倒される木々の音が、どんどんと遠ざかる。

こちらからも、里の中心からも…………。


「な……さけ、なし」


ひゅうひゅうと、息が漏れる。そんな口から、かすかに声を零す。

情けなし。助太刀に来たはずが、あろうことか犬飼の助力となってしまった。

挙句の果てに、またしてもあの若者に救われる形になった。

まだ二十も生きていないような、人間の若者に……。


『おい、アンタ……邪魔だ。俺は自分の身くらい、自分で守れる』


正しく、その言葉通りであったと言うことか。




苦笑が、浮かぶ。




地面を、這う。



血が、流れる。



ふらつく視線で、刀を探す。



手を、伸ばす。



刀に、手が届く。



刀を、握る。








――――――まだ、生きている……。




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