第十話





今日の目覚めは、いつも通りに遅かった。

私は朝が苦手だ。よって、早くに目覚めることは稀だと言える。

わざわざ早朝に目覚めるくらいなら、夜を徹した方が遥かにマシなのだ。

魔族である、私にとってはね。

あぁ、私は別にナイトウォーカーではない。ないのだが……

やはり太陽の光は、あまり好きにはなれないのだ。


空の上で、一人自由に光っている。それがなんとも気楽に思えて、腹立たしかった。

下らない八つ当たり的な思考だが、しかし実際にそう思えてしまったものは仕方がない。

まぁ『腹立たしかった』と、過去形で言っているところが、まだせめてもの救いか。


……そうだね。今は昔ほど、太陽に呪詛の言葉を投げかけたりはしない。

現状をそれなりに満足しているからだろう。

アシュ様の子供とされる、3人の小娘ども。屋敷を管理する人工幽霊。

それらと同居しつつ、好いた人間とともに毎日を過ごす。確かに悪くない。

問題があるとすれば、香港で起動準備中の風水盤だが……一応の手は打ってある。

調査に向かわせた陰念には、小竜姫との繋がりを持たせた。

仮に風水盤が起動すれば、小竜姫が勝手に現場に飛ぶだろう。


私は……私は、横島を守ればいい。

横島を守ることが、風水盤起動時に、私がすべきことだ。


横島はその魂の中にエネルギー結晶を保有しており、アシュ様にとって重要な存在。

みすみす殺すわけには行かないはずの存在。

だから、横島とより親密になれと……守り導けと、アシュ様は私に言った。

さらに、風水盤の起動の際に、横島が命を落とすことになるかも知れないとも言われた。

それは忠告とも、助言とも取れる言葉だった。

だから、私は横島を守らなければならない。


もっとも……何故『そうなるのか』が、未だに分からないのだけどね。

『そうなる』とは、風水盤が起動すると、横島の命に危機が迫るということだ。

どう考えても、風水盤が起動することと、横島に危機が迫ることが、繋がらない。


死ぬかもしれないと分かっているのであれば、事前に手を打てるはずなのだ。

例えば、私以上に強い魔族を護衛につけるという手もあるだろう。

だが、横島の周りにいる魔族は、今のところ私だけだ。

アシュ様の部下が、密かに護衛しているという気配は、感じられない。

アシュ様にも、手が打てない理由があるのだろうか? 


アシュ様の目的は、世界を制御する意思からの独立だそうだ。

さらに言えば、アシュ様の敵は宇宙意思だとか……。

あまりにスケールが大きすぎて、よく分からない。

いや……やはり、何かの比喩なのか?


まぁ、私は横島を守るだけだ。

別にそこに、何ら不満はない。

死なれたら、困るからね。

死なれたら、もしかすると、泣くかもしれない……とも思う。

魔族になってから、悲しみの涙など流したことがないのだが……。


「ふあぁ……」


不意に、口から欠伸が零れた。やはり、まだ眠い。

こんな時に考え事をするもんじゃないね。

普段の頭で分からないことが、寝ぼけた頭で分かるはずもない。


壁にかけられた時計を見やれば、時刻は午前11時半を過ぎている。

生意気なベスパは、今日もまた『保護者失格だな』と呟いていたのだろう。

私にまっとうな保護者役など、求めてもいないくせにな。

仮に私が素知らぬ顔で、授業参観や進路相談に出向いたなら、やつらはどうするだろうか?

おそらく『何で来たんだ?』と言うに違いない。


薄紫の髪を指で梳きつつ、廊下をのろのろと歩き、キッチンに入る。


…………誰もいない。まぁ、この時間であれば、ルシオラもベスパも学校だろう。

ついでとばかりにリビングも覗いてみるが、やはり誰もいなかった。


「――――――ん? パピリオはどこだい?」


普段ならば、リビングのソファーに身を預け、ゲームに勤しむ幼児の姿があるはずだ。

だが、TVもゲーム機も沈黙を守り続けている。トイレや風呂に行っていると言う風情でもない。

普段とは違う光景に、私は眉を寄せる。そして感覚を広げ、屋敷内の気配を探る。

…………誰も、私の感覚に引っかからない。この屋敷で動いているのは、私だけのようだ。


ふむ? パピリオはどこに行ったのだろう? 

一人でゲームを買いにでも行ったのか? あるいは、もっと他の理由か? 

ルシオラたちは知っているのか? それとも、ルシオラたちについて行ったのか……?


あいつら3人の気配は、人間そのものだ。しかも、大した力もない人間だ。

だから眠りこけていると、その動向はつかめなくなってしまう。

小竜姫……いや、美神くらいの力がある存在が

同じ家の中でごそごそと動いていれば、寝ていても分かるのだが。


「パピリオがいないが、何か知っているか?」


視線を天井に向け、この屋敷を管理する人工幽霊に、私は声をかけた。

朝の挨拶もなしに、ぶしつけな質問。

だが紳士というか、執事臭い性格のサバは、特に気にすることなく、私の質問に答える。


『はい。3人一緒に出かけられました。行き先や帰宅時間については

 キッチンの冷蔵庫に、マグネットで書置きが貼られているはずですが?』


まったく気付かなかった。わざわざ自分から冷蔵庫を開けることもないからね。

私は軽く礼を口にし、キッチンへと戻る。

そして冷蔵庫に歩み寄ってみれば、確かに貼り紙が一枚。

『ルシオラ・ベスパ・は○ぴりあ』と、3人のサインもある。

言うまでもないが、パピリオのサインだけが、やけに下手くそだった。

ぱの丸が大き過ぎる。おとあの区別がついていない。

パピリオもアシュ様から、年相応の知識を与えられているはずだが……。

いや、幼児であることを考えれば、これが普通なのだろうか?

人間の子供が、いつから文字を扱えるかなど、私は詳しく知らない。


……まぁ、どうでもいい。問題は中身だ。

よくよく考えれば、3人が揃って家を空けたのは、これがはじめてだ。

私が眠っているうちに出発して……一体、どこで何をしているのだろうか?



『――――――お父様のところへ行って来ます。

 夜には帰ります。でも、夕飯はお父様と一緒に食べるつもりです。

 お腹が空いたら冷凍食品をチンして、適当に食べてください。

 電子レンジの使い方が分からなければ、サバさんに聞いてください』



書置きに眼を通し、そして嘆息する。

………………なんだろうか、この微妙な気分は。

何も出来ない子ども扱いされている。それは、気のせいではないだろう。


まったく。人ではなく、魔族である私の食事の心配をする必要はないだろう?

と言うか、そもそも電子レンジの使用法が分からないはずがないだろう?

あいつらに振舞ったことはないが、私はケーキだって作れるのだぞ。

なんなんだ、この人を馬鹿にした書置きは。

冗談ではなく、真面目に心配して書いたのだとすれば、なお悪い。

確かに私は家事もせず、寝坊ばかりな生活をあいつらに見せていたかもしれないが。

むぅ。少しは保護者面して見せた方が、いいのだろうか。

まったく何も出来ないロクデナシだと認識されるのは、我慢ならない。

今後、夕食くらいは用意してやろうか。そうすれば、こちらを見直すだろう。


「それはそうと、アシュ様と行動を共にする?」


何か思惑があるのだろうか? 

人間らしい生活をさせることに、アシュ様は気を払っていたはずだ。

にもかかわらず、学校を休ませてまで、あいつらを呼び寄せる?

いや、単純な気まぐれで、家族サービスをする気になっただけかもしれないが。

いやいや、あのアシュ様に何の意味もない気まぐれなど、あるのだろうか?

だが、ルシオラたちをわざわざ呼ぶ理由も、考え付かない。

『アシュ様が望むことの中で、あいつらにしか出来ないこと』が、私には思いつかないのだ。

何しろあいつらは、今はただの人間でしかなくて、何の力もないのだから。


――――――貼り紙を手に、再びリビングへ。

そして半ばパピリオの指定席になりかけているソファーに座る。

私は改めて文面を読み直すが……何も見えては来なかった。


………………その時だった。地面の奥深くを這っていた力が、かき消えたのは。

私は身動きしていないにもかかわらず、自身の身体がまるで座っているソファーから

落ちてしまったような……奇妙な感覚を覚えることとなった。


「っ! 風水盤か!?」


一瞬後、誰に聞かせるでもなく、私は叫んでいた。

そして、感覚を屋敷の外……自身の展開可能な最大範囲にまで広げる。

ふむ………………やはり、この屋敷だけに起こった現象ではないらしい。


街の地の最奥から、力が感じ取れない。

大地を走る地脈。その中を這っていた力。

それの抵抗を感じることが出来なくなっている。

風水盤の起動は、間違いないだろう。


……昨日も今朝も、陰念からの主だった報告はない。

勘九朗もついていると言うのに、何をやってんだ、役立たずだね!

サルみたくヤリっぱなしで、報告が遅れたとか言うのであれば、その肉の棒を握り潰してやろう。


「とにかく、横島のところへ行かないとな。サバ、私は出かける」


今の時間―――何だかんだで、もう昼過ぎ―――ならば、横島は学校か。

超加速で…………いや、それで息切れを起こしては、元も子もないね。

ここは通常での最高速度で、飛んでいくが吉か。


『なにやら不穏な様子…………お気をつけ下さい』


サバの見送りに苦笑交じりに頷いて、私は屋敷を飛び出した。


不穏な様子と言うけれど、その本番はこれからなのだろうさ。

当たって欲しくない予想ではあるけれど…………しかし、当たるだろう。

これから、もっと不穏な事態が起こる。厄介なことに、きっとね。


















              第十話      ボディガード


















のほほんとした顔で、教師は教科書片手に授業を進めていく。

黒板に白と黄のチョークを躍らせていく。


どこが重要で、テストに出やすいかなどを、この教師は口にしない。

黄色のチョークで書かれた部分が重要な箇所であると、あらかじめ告げてから授業を始めるからだ。

……とは言え、黄色いキーワードだけをメモったところで、何ら意味はない。

重要なキーワードだけをノートに書き込んだところで、知識は何ら身につかないし。

後からノートを読み返した時に、キーワードだけじゃ前後の意味も分からないし。

そもそも後からノートを見返す気など、最初からないと言うか。

ぶっちゃけると、俺はシャーペンを握ってすらいないと言うか。


そう。俺はただただ、白と黄の文字の羅列を、眺めるだけだ。

思考はすでに、完全に別のことに飛んでしまっている。

それは横島忠夫と言う生徒が、不真面目な生徒だからじゃない。

違うったら、違う。いや、マジで。

俺が集中出来ていないのには、ちゃんとしたわけがあるのだ。


(むぅ? 何だったんだ、アレは……?)


――――――それは、つい先ほどのことだ。

午前の授業が終わり、午後の授業に備えるための昼休みを、俺たちはいつも通りに迎えた。

愛子手製の弁当を、がふがふもぐもぐといつも通りに腹に詰め込み、残りの時間をぼけーっと過ごした。


今日の放課後の予定は、いつも通りに美神さんの……いや、師匠のところで研修だ。

残り件数も、あとわずか。たった数件。これが終われば、俺も正式にGS免許を手にすることが出来る。

クライアントと契約を交わし、そしてその依頼を遂行すれば、

一日で数千万を稼ぎ出すことも可能な職業・ゴーストスイーパー。その職業に就ける人間の一人に成る。

まぁ、実感は湧かない。実働30分で500万だろうが、5000万だろうが稼げると言われても、

庶民的な金銭感覚の俺からすれば、なんと言うか……じゃあ、回転寿司にでも行くかって感じの考えしかない。

トイレを純金製にしたり、無駄に広い屋敷を建てたいなんて、思ってもないしなぁ。

よくよく考えると、俺の師匠も稼ぎまくってる割には、結構慎ましい事務所だ。

普通のビルの、普通のオフィスであり、高そうな壷や絨毯、調度品があるわけでもない。

師匠が金をかけているものを強いて言えば、車や電子機器や武器関係、除霊関係の道具や書物か?

全部実用的な面が、それぞれあるんだよな。


………………って、違うつーの。何に金をかけるとか、そう言うことはどうでもいいんだ。

あまりに普通に、淡々と授業が進行しているから、俺の考えまで、つい普段通りに逸れてしまった。

違うんだ。そんな普通のことを考えようとしてたわけじゃなくて。

とにかく周囲は普通だし、俺もそのまま普通に流されそうになるんだけど……違うんだ。

――――――昼休みのことだ。いつも通りに飯を食っていた俺は、おかしな感覚を味わった。

一応言っておくけど、別に愛子の味付けがおかしかったわけじゃないぞ?

なんつーか、第6感? しっくすせんす。虫の知らせ。とにかく、そんなもんだ。

俺の霊能が、言いようのない喪失感を告げてきたんだ。

慌てて周囲を探ったけれど、何がヘンなのかが、分からなかった。

教室の中は、まったく持っていつも通り。

ためしに愛子に視線で問いかけたけど、首を傾げられた。

『うん? どうかしたの?』って、顔に書いてあった。


地震を感じたような気がする。でも、周囲の人は何も感じていないらしい。

一般の人にも分かりやすい例えをすると、そんな感じか?

妖怪の愛子が何も感じていないとなると、俺の気のせいって可能性はかなりあるような気もする。

でも、直感と言うか、ひらめきと言うか……そう言うものは、あまり疑いたくない。

俺はプロフェッショナルなゴーストスイーパー…………の、一歩手前の人間だ。

よって、自身の霊感は信じるべきだ。疑うべきは、目の前にある普通の光景のはずだ。


(とまぁ、疑ってみるけど……何もおかしいところはないし)


実は教師が、悪の秘密結社から送り込まれた人造怪人で、

白と黄のチョークで密かに黒板に魔法陣を書き、俺たちを操ろうとしている……ということもなさそうだ。


試しに手の平の中で、霊気を練り上げていく。

大出力は苦手だが、こういう小細工だけは得意な俺だけあって、

千切った消しゴムの欠片のような小ささの霊弾が、誰にも気付かれずに精製終了。

それを指の間に挟みこみ、教師の持っているチョークに向けて発射。

音速を超える勢いで、ロックオンした部分に命中!

チョークは『ポッキン』と言うイイ音とともに、砕け散る。


「んっ……?」


それほど強く持っていたつもりはないのに……と、教師は折れたチョークを見、疑問顔。

ついでに折れた話の腰を気にしつつ、新しいチョークを持って授業を再開。

やっぱり、人造怪人の線は微塵もない。分かっていたことだけどな。


……ふと、誰かに見られている気がして、視線を教師から横にずらす。

今の俺のアクションに反応したなら、さっき覚えた違和感の元凶か?

――――――と思ってたら、俺を睨んでいたのは、愛子だった。

チョークを霊弾で折ったのが、愛子には分かったらしい。

えーっと……愛子の鋭い視線に、どう対応するべきか? 

まぁ、とりあえず笑ってみよう。


愛想笑いを浮かべて見せると、キッとより強く睨まれました。

うわ、何か知らないけど、アレは結構本気で怒ってる顔だ。

俺、そこまで悪いこと、何かしたっけ?



      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「もう、高校生なんだから。悪戯で授業の邪魔しちゃ、ダメでしょ?」


…………授業終了とともに、怒られました。すごく普通に怒られました。

腰に手をあてて、仁王立ち。座っている俺は、従順に頭を垂れる形だ。

休み時間に起こったこの一幕に、クラスメイトの皆は忍び笑いを漏らしている。

笑いを取るのは好きだが、こーゆー笑われ方は遠慮したいなぁ。


「いや、あのな? 俺もイタズラがしかたったわけじゃないぞ?」

「うそ。だって、笑ってたじゃない」


どうやら、俺の愛想笑いは『ふっ! イタズラ成功!』と、勝ち誇って見えたらしい。

俺の顔は、そんなにヤンチャ小僧っぽいか? むぅ……?


「いやいや、昼休みに変な感じがしたんだ。マジで」


頑張って真面目な顔をして、言い訳を言ってみる。

いや、言い訳じゃなくて、本当に感じたわけだが。

何だろうか、この微妙な罪悪感は。


「……じゃあ、あの時に私の顔を見てのって、それ?」

「あぁ。何か感じなかったかってな」


マジ顔が功をそうしたのか、愛子の表情が少しだけ変化する。

眉は寄せられたままなのだが、叱り顔から怪訝顔に変わったのだ。


「私は何も感じなかったけど……」

「さっきのチョークに気付けたなら、愛子が特に鈍感ってワケでもないと思うしなぁ」

「失礼ね。私は繊細よ? 横島君が、神経質になってるんじゃ?」

「俺が? なんで?」


神経質になる理由がないんだよな、俺には。

朝から普通に学校に来てるわけで、体調は万全だし。

だから、昼休みに感じた何かは、神経の昂りによる錯覚じゃないと思う。


「って言うか、俺が元気なのは愛子もよく知ってるだろ?」


昨日の夕食でも、御飯を3杯お代わりした俺だったりする。

ダイエット? なにそれ? 新しいメニューですか……って勢いだ。


「そうよね。元気だけが取り得なんだし……」


顔に手をあてて、ふぅっと息を吐く愛子。

まるで、小学生の子供の将来を案じる、若い母親のような感じだった。

……と言うか、俺の取り得は元気だけか、おい。他にもあるだろ?


「まぁ、俺の気のせいなら、気のせいでいいんだけど」

「誰かに不幸があったとか? オジ様たち、大丈夫かしら?」

「親父たちに何かあるかなんて、俺は最初から心配してないぞ」

「でも、もしかすると、もしかするかもだし……」

「ないない。そう言う感じの感覚じゃないんだ」


言いようのない感覚を、『それはない』と断言するのもどうかとは思うが。

しかし実際、親父たちに異変はないと思う。

親父たちのことを考えても、胸騒ぎなんて全然しないしな。

つまり、俺が感じたのは、もっと他の何か。

教室内の異変でも、親類の異変でもなく……もっと他の何かだ。

何だろ? 何なんだ? むぅ……分からん。やっぱ気のせいか? でもなぁ。


「まぁ、何か霊的にやばいことが起こってるなら、師匠から連絡がくると思うし」


何かを感じた俺自身より不安そうな表情になった愛子に、軽い口調でそう告げる。

そして机の中から、次の授業の用意を取り出す。この話は終わりの合図だ。


実際、俺に感じられる異変なら、師匠である美神さんもバッチリ感じたと思うし。

もちろん言うまでもなく、メドーサさんも感じているはずだ。俺が感じたのなら。

愛子は感じなくても、美神さんとメドーサさんは感じる……か。微妙にエロいな、何か。

やっぱりオトナな女性は、感度もいい? 性感帯は、経験で作られるというし?

ん、でも、メドーサさんって、一応処女だったっけ。美神さんは、どーなんだろ?

やっぱり、すでに経験済み? でも、俺の知る限り、男の影はないんだよなぁ。

今は仕事ばっかりだし、高校の頃は…………確か、神父のところで研修してたはずだし。


――――――そんな本人に知られれば、間違いなく殺されそうなことを考えていると、

突然教室の窓が開いた。ここは1階ではないと言うのに、外側からだ。


「へ……?」


自分の席に戻ろうとしていた愛子が、ぽつりと音を漏らす。

その無防備さのある驚き顔は、結構可愛らしかった。

俺は常日頃から、愛子に色々と注意されてたりする。

よって、こういう間抜けさも含む表情は、結構貴重かもしれない。


――――――それはそうと。

窓の外にいたのは、ボディコンスーツっぽい服装のメドーサさんだった。

ふわふわと宙に浮いているらしい。俺は驚かないが、周囲のクラスメイトはびっくりだ。

いや、もちろんメドーサさんが学校に来たこと自体には、そりゃ驚いてるけどさ?

でも、今更『空を飛んでるぞ!?』なんて驚きはない。


つーか…………それより、下に人、いないよな? 

下に人がいれば、スカートの中がバッチリ見えそうなんですけど。

メドーサさん、足を広げちゃだめっス。

俺個人としては、かなり見たいが、他の男が見るのはダメだ。なんかムカつく。


「――――――よし。まだ生きてるね」

「……へっ?」

「死んでいないかと、ひやひやしたよ」


メドーサさんは開口一番に、なんだか物騒な台詞を口にした。

その瞳に、どことなく安堵があるのは、多分気のせいじゃない……と思う。

メドーサさんらしからぬ雰囲気に、俺も少しばかり戸惑った。なんなんスか?


「……あの、もしかして、ちょっと前のアレですか?」

「ふむ、ちゃんと感じたようだね。風水盤の起動を」


くすりと笑いつつ、教室内に入ってくるメドーサさん。

もう、その雰囲気はいつものものに戻っているようだった。


メドーサさんは周囲の視線を無視したまま、俺の前の席の男子に話しかける。


「悪いけど、椅子を借りるよ」

「ふえ!? あ、は、はい。ど、どぞ」


男子が退くと、メドーサさんは自然な動作で腰掛け、そしてその長い足を組む。

学校の椅子なんて、安っぽいこと限りないんだが……何となく絵になる。さすが美女。


「……で、何がどうなってるんすか?」


まだ生きている。風水盤の起動。そんな言葉からも、何かがあったのは明白だった。

俺のさっきの喪失感というか、違和感は間違いじゃなかったらしい。

実際、何もなければ、メドーサさんは学校になんて、わざわざ来ないだろうし。

でも、一体何があったんだ? 風水盤って何だ?

つーか、俺が死ぬって……なんでだ? 

学校ごと吹き飛ぶような、大事件? それとも、俺個人が狙われてる?

学校を見て安心しないで、俺の姿を見てほっと一息ってことは…………後者?

えーっと、俺の身に危険が迫ってる?

俺の知らない何処かで、何か秘密計画が進行中?

どんだけトラブルに好かれやすいんだ、俺は?

普通に朝起きて学校に行くだけで、大事件が向こうから来るのか?


「俺としては、今日もいつもと同じ一日だといいんすけど」


今日の夕飯はオムライスだと、以前から決まってたんだ。

そう。ちょっと前に『今日、何が食べたい?』って愛子に聞かれて、

『オムライスで』と答えたのだが、その日は卵の残量から不可能だったのだ。

……で、改めて作る予定日が、今日なのだ。

俺としては、無事家に帰り、普通にありつきたいメニューだ。

平安時代で数日過ごしてからじゃないと食べられないとか、もうマジでゴメンだ。


一度嘆息してから、俺はメドーサさんと瞳を一直線上で合わせる。

言葉に次いで、視線でもメドーサさんに尋ねる。

『なんか、ヤバいんですか』と。


メドーサさんは、こくりと首を縦に振った。

そして言葉でも、告げてくれた。


「風水盤が起動すれば、お前は命の危機にさらされる。
 
 私はそんな予言めいた言葉を、受け取ったことがある」


風水盤ってアイテムが動くと、俺の命が危機に?

…………マジですか? 何、そのトンデモない設定。

俺、風水盤なんて、知らないっすよ? 


「あ、あの、俺は、どーすればいいんすか?」

「問題ない。私がいるからね。守ってやるからさ」


メドーサさんは、俺の顎に人差し指を伸ばす。

そして顎を軽く上へ押し、俺の頭を動かす。


「それは、ど―――」


どうもっす。そう答えようと思っていたが、最後まで言葉は続かなかった。

俺の唇が動いて、言葉を発する前に。

メドーサさんの唇が、俺の唇をおおった。


しかし、そのキスは長くは続かなかった。

メドーサさんはすぐに唇を離すと、言葉を紡ぐ。


「しばらく、アンタの周りから離れない方がよさそうだ」


くすりと、何処か挑発的な表情で、メドーサさんが俺を見る。

いや、そんな眼で見られると、どーすりゃいいんだ、俺? 

さっきのキスで、もうすでに脳はオーバーヒート気味なんスけど?


おろおろ状態な俺は、視線をきょろきょろと動かす。

すると、愛子のぽかーんとした、貴重な表情その2が、視界の端に入った。

愛子は俺の視線に気付くと、手を上げ下げした。よく分からん行動だった。

突然のキスシーンに、愛子も混乱気味なんだろう。真面目な委員長気質だけに。


そしてその愛子の後ろに、クラスメイト(男子生徒陣)が見えた。

なんか、嫉妬の炎に身を焦がし、マスクを被りそうな勢いだった。

――――――俺が殺されるのは、クラスメイトにじゃないか?

十数人のクラスメイト。さっきまでは友人だった。

だが、この状態で俺が『俺たち、友達だよな』って聞けば、

あいつらは『黙れ、裏切り者!』と応えるだろう。友情は儚いものらしい。

でも、友情を失うか、美女の唇かなら、俺は迷ったりしない男だ。

メドーサさんが俺をボディガードしてくれるって言うなら、代金は身体で払いますよ!


「じゃあ、まぁ、風呂も布団も……全部一緒にお願いしまっす!」


俺はメドーサさんにそう叫び、それらから唇を突き出した。

そんな俺の行動と、背後の男子生徒が突撃するのは、まったくの同時だった。



メドーサさんのクスリという笑いと、愛子の嘆息が聞こえた気がした。



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