おまけ 第二十九,五話




「妙よな……。メフィストの気配が、突然二つに増えた」


羅生門の頂上で平安京の様子を見守っていたアシュタロス様が、突然そう仰られた。

私はそのアシュタロスの言葉に応じて、感覚を出来うる限り鋭敏化させてみる。

しかし、残念ながら私の感覚では、メフィストの気配は一つしか捉えることが出来なかった。

私が捉えられていないメフィストが、この平安京内にいるというのだろうか?

そう考えていると、アシュタロス様は自嘲の笑みを浮かべられた。


「余ともあろうものが……あと僅かで魔王になれると、少々焦りすぎたか」

「ご心配なさいますな、アシュタロス様。大事の前の小事でありまする」


私はアシュタロス様に頭を垂れつつ、申し上げる。

私・菅原道真は、京の無能な人間により、遥か大宰府にまで追いやられた。

その仇をなす機会と力を与えてくださったアシュタロス様のためならば、

たとえ火の中であろうと、水の中であろうと、何のためらいもなく入って見せようではないか。

そう。アシュタロスの悲願達成のためであれば、私はその障害を全霊をもって取り払う。


「私にお任せください。不安はじきに、跡形もなく……」

「任せよう。だが、神族や他の魔族に気づかれぬよう、重々に注意を払えよ」

「ははっ」


私はアシュタロス様の言葉に、答える。

アシュタロス様に力を与えて貰うまで気がつかなかったが、今の京には強大な力を持つ女狐もいる。

私は自信の力を過信して失敗を犯すほど、

無能ではないという自負があるが……それでもより注意して望むこととしよう。

仕えるべき主が、魔族の王となるかどうかの大切な時期なのである。

下らない失敗を犯すわけには…………。


「むぅ?」

「んん?」


主の不安を取り除けるように、迅速に……しかし、慎重に事を運ぶ。

私がそう決意したちょうどその時、

平安京内を移動するメフィストの気配が、私たちのいる羅生門付近にまで近づいていた。


「……道真。まずはこのメフィストの様子を見てみるとしよう」

「ははっ。では、その様子如何で、メフィストの処理を決めまする」


アシュタロス様は私の前に手を出される。

私は勇みから主の命に背くことなどなく、従順にその命に従う。

私とアシュタロス様がより慎重に気配を消し、周囲と同化していると、

私たちに気づく気配など微塵も見せずに、メフィストの気配はこちらに近づいてきた。


『こんのぉ〜! 何処に逃げやがったのよ! はっ! そこね!』


なにやら怒り心頭といった様子で、街の一角に霊波砲を叩き込むメフィスト。

その攻撃は建築物の一部どころか、周囲の低級霊をも吹き飛ばし、

夜の平安京にちょっとした騒ぎを発生させる。

その様子を見て、アシュタロス様は羅生門の屋根に、がっくりと膝をおつきになった。


「……平安京は霊的に計算されし、魔都。多くの魂が手に入ると考え部下を送り込んだ」

「ぞ、存じております」

「新米の者を送り込んだのは、万が一にも世の動きを悟られないようにするためだ」

「そ、それも存じております」

「なのにこれはどう言った事態だ? 予測も出来なかった事態だ」


はぁはぁと、眼前の光景により心を痛めておられるアシュタロス様。

そんな主の心など知ることなく、メフィストは大暴れをしていた。

仮にメフィストの起こす騒ぎにより、神族がこの地の監視を強化したとしても、

アシュタロス様の計画の根本には、支障は出ないはず…………である。

だが、だからと言って、あのように無駄に騒ぎを起こす必要性など、全くないわけで……。


メフィストはアシュタロス様の心中など、本気でこれっぽっちも察することなく、街中で喚き、暴れる。

まさに、親の心を子は知らずと言ったことか。

そしてそのメフィストの攻撃によって、ある屋敷の塀が壊されると、

その裏に一人の男が隠れ潜んでいるのがあらわとなった。

なにやら貴族……それも陰陽師のようだが……あの男をメフィストは捜していたのか?

いや、仮にそうであったとしても、この捜し方はどうだ? 

隠密行動と言う言葉の、おの字も分かっていないではないか。


『な、何なんだ、何なんだ!? 西郷さんか!?』


突然塀が消失したためだろう。

隠れていた男は驚愕し、周囲をきょろきょろと見回している。

メフィストはそれを見つけると、その男の元へと跳んで行った。


『あんたねぇ!? 何で自力で牢屋から脱出してんのよ!? 

 かっこよく助ける感じで押し入った私が、まるで馬鹿みたいじゃない!

 人が丸一日監視して、やっと見つけた登場の舞台を、何勝手にぶち壊してんのよ!?』


『な、なんなんスカ、なんなんスカ…………って……ん?』


メフィストに首が取れるのではないかと思うくらい、首を前後に振られていた男。

しかし男はふと何かを悟ったのか、真剣なまなざしでメフィストの手を取った。


『な、何よ?』

『きっと来てくれるって、信じてましたーー! ああ、もう心の底から尊敬しますよっ!』

『いきなり何なのよ、あんたは!』

『しぃーしよー! りすぺくとします! 何処までもついて行きます! 風呂と布団の中までも!』


確かに、メフィストの言葉どおりだ。いきなり何なのだろうか、あの男は。

男は感極まったらしく、目じりから大粒の涙を零し、メフィストに抱きつく。

メフィストはそんな男を殴り倒す…………が、男はすぐさま復活し、メフィストに付きまとう。


男の発言の内容は、意味不明だ。

少なくとも、出会い頭に他人に言う台詞ではない。

いくら平安の貴族連中が、女好きとは言え、あれは有り得ん。


「なぁ、道真よ」

「はい?」

「何処からどう考えても………………み、妙よな? あれは」


その光景をご覧になっていたアシュタロス様は、

なにやらご自身の考えに自信が持てなくなったような風情で、疑問として私に意見をお求めになった。

確かに、妙か妙でないかと聞かれれば、眼下に広がる光景は非常に珍妙である。


『はっ!? 検非違使がかぎつけてきた!?』

『あんたが無駄に騒ぐからでしょ!』

『霊波砲とかぶっ放してたの、そっちじゃないすか!』

『あーもー! とにかく逃げるわよ』

『了解っす!』


騒ぎに騒いだ二人は、やってきた検非違使から逃げるため、仲良く空を飛んでいく。

もちろん陰陽師の男には飛ぶ能力などないので、メフィストが男を抱きかかえて、だ。

…………今先ほどまで大騒ぎしていたとは思えない、そんな息の合わせようである。

そう……メフィストと男は、まるで打ち合わせでもしていたかのように、

逃げるとなれば無駄口の一つも叩かず、飛んで行ったのだ。

作られたばかりの魔族であるメフィストが、出会ったばかりの男と阿吽の呼吸を見せる。


妙だ。


「私は、私はあと僅かで魔王になれると思い、焦っておかしなものを作ってしまったのか?」


自身の両手を見つめ、アシュタロス様はなにやら深く反省を始めたようだった。

確かに、一体どのような製作過程を経て生まれたのか、かなり詳しく聞きたい出来だ。

あのメフィストと言う魔族は、とてもではないがまともであるとは言えない。


しかし、アシュタロス様に慰めの言葉をかけている場合ではない。

私は臣下として、主の悩みの原因を取り除かなくてはならない。

と言うか、アレは放って置くと、本当に洒落にならない騒ぎを引き起こしそうな気がする。


「ご、ご心配なさいますな、アシュタロス様! 大事の前の小事でございます」

「アレが本当に小事か?」

「しょ、小事であります」


ご自身がクリエイトした魔族がアレでは、

アシュタロス様にしてみれば、小事どころではない衝撃があっただろう。

だが、私はあえて小事と言う言葉を強調した。


「…………任せる。この騒ぎだ。今後は重々に注意して当たってくれ」


アシュタロス様はそう仰られたのちに、嘆息された。


「やれやれ……。今日は厄日だな」


何だか、先ほどより命令が投げやりになっている気がするのは、恐らく私の勘違いだろう。多分。

さて……まずは今逃げたメフィストの処理からだな。


どうしたものか。アレを見る限り、二つに消えた理由がよく分からない。

………………いや、二つに増えようと増えまいと、あの性格はすでに不良品だな。

まず配置の知れているメフィストを消去し、その後にもう一方のメフィストの処理と行くか。

一つが消えてしまえば、突如現れたというもう一つの気配も、感じやすくなるだろう。


私はアシュタロス様に一礼し、その場を辞した。

目指すは、メフィストの飛んで逃げた先である、山中の廃屋だ。




待っているがいい、メフィスト!



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