第十一話



全てが凍る極寒の地。

白い……どこまでもが白い、しかし蒼さを感じさせる世界。

最も澄んだ空気を人に感じさせる……しかし人には厳しすぎる世界。


全ての終りを迎えるための下準備のために……俺は今、南極の地下にいた。


当初の予定では、あと数時間もすれば最終ミッション決行時間である。

最終ミッションの達成目標は、文章にしてしまえば至極簡単なもので、

まず、青山家に侵入し、天照内部へと侵攻。

その際に、強化された警備を突破し、遺跡を回収する…………ただ、それだけだ。


その突破すべき警備に関してだが、まずこの時代で最強クラスの能力者である鶴子さんと、

その妹である素子ちゃんは、間違いなく青山家の庭園内に配置されるだろう。

もちろんその他にも、青山家独自のコネクションによる人員招集がかかる事は確定している。


これを正面から突破するのは、一苦労になりそうだ。

…………いや、普通に考えれば、一苦労などと言うレベルではない。

鶴子・素子姉妹の相手のみで、十分に不可能領域だろう。例え俺の体調が万全であったとしてだ。


だがまぁ、その不可能を可能にする反則技が俺にはあり、一苦労とまで表現できるようにしてくれている。

その反則技とは、俺が回収して回っている遺跡そのものだ。

正直、捨てるために集めている物を使うのは、気が引ける。

そもそも遺跡さえなければ、俺は今頃……幸せな生活を送っていたはずなのだから。


(結局、言っても詮無いことだ)


俺は愚痴りそうになる思考を転換して、息を吐く。

捨てるものを集めるために、捨てるべきものを使う。

その矛盾は、ずっと昔から抱えてきたものだ。

胸中での独白の通りに、今更考えても意味の無いことなのだ。


(自分が今立っているこの場所自体……遺跡の恩恵があるんだからな)


厚い氷で覆われた、南極大陸の遥か地下。

普通に人類がここを発見するのは、いつになるのだろうと思える場所。

にもかかわらず、俺の吐く息は白くはない。

俺の眼前にある人の形と見えなくもない……そんな過去の遺産が、

この空間の状態を、地上のそれと違わないようにしているからだ。


この遺跡。

ここは、以前TAMAが……今で言うラズが、

俺の機動兵器として使用できそうなモノの候補に上げた遺跡の場所である。

結局、俺とラズでは人員が圧倒的に足りないので、開発も整備も出来ないと言う結論に至り、

この遺跡にある人形が、俺専用の機動兵器として地上に上ることはなかった。

いや、そもそも『跳躍』と言う特殊な技能を身につけるまでは、ここに来る事も叶わなかった。


(以前は、宇宙からの攻撃で、強引に消滅させたが……)


前にいた時代での数々の強攻策は、思えば地球にどれだけの影響を与えていたのだろう。

地球の傾きまでをも変えるようなことはしなかったはずが、

どうにしろ地球環境に対しては、大きな問題を出したのだろうな……俺は。

そう考えると、今回は直接この場へと『跳んで』来ているので、地球環境にさほど問題はない。

マシになったのか……。いや、マシとかどうとか、比較する問題ではないな。


「ケイ。装備品のチェック、完了です」

「そうか」


家と同じような大きさの人形の前に集められた、これまでに回収した遺跡。

その中から使えそうなものを選び出していたラズが、顔を上げて俺に声をかけてくる。

その声につられて視線をそちらに動かすと、

ラズは『自分の身長と同じような大きさのライフル銃のようなもの』を、抱えていた。

それは今回の『反則技』のための道具である。


「……なぁ、ラズ。それは何なんだろうな?」

「? 重力波を収束させて、照射できる形態を保っている、遺跡の遺物です。人類文明で言う銃器に酷似し……」

「いや、そういうことじゃなくて」

「言わば、グラビティ・ブラストが発射可能な、無反動超重火器です。現在技術では製作が不可能な……」

「違う。俺たちは今、それを人を倒すための武器として使うだろう?」

「本来の使用目的は何か、ですか? 私には、分かりません」

「分かっていたら、俺も聞かない」


俺はラズとのやりとりに苦笑しつつ、ポケットから小さなクリスタルを取り出す。

遺跡。遺物。俺が今手にしているこの美しい結晶も、そうだ。

遺跡の大きさや形は様々だが、基本的にそれらは全て、小さな小さな機械の集合体だとされている。

何故、こんなものがあるのか。

一体、これを残した者は、これを何に使っていたのか?

復讐者としての俺からすれば憎い遺跡だが、

考古学者としての俺からするならば、確かに興味的な研究対象である。


「これを日常的に使っていた存在が、いたはず」


だが、日常的に瞬間移動を使うような存在がいたと?

時間すら遡るような移動をするモノがいたと?

……確かにあれば便利な能力だろうが、誰もが瞬間移動の出来る世界とは、どんな世界だ?

交通機関が不必要になり、空間に対する価値観が変化する……くらいしか、パッとは思いつかないが……。


「これも栓の無いことか。どうにしろ、今日で終わる。

 青山の遺跡を回収したら、その脚でこの場に戻る。そしてその後は……」


この場所に集めた遺跡を、全て処分する。

何なら、太陽に向かって放り投げて……正確には、俺のイメージにより『跳ばして』もいい。


機動兵器の高威力の攻撃で、遺跡は破壊することが出来るのだ。

ならば、太陽と言う超々高温空間に放り出してやれば、勝手に溶けて消えるだろう。

もしかすると、自己防衛機能の様な物で、何処か別の宇宙空間に跳躍するかも知れない。

だが、そもそも地球上にさえなければそれでいいのだ。


無限の宇宙を漂う、小さな小さな遺跡。

広大な宇宙空間でそれを人類が再発見するのは、いつになることだろうか?

そんな先まで、人類の文明が滅ばすに続けば、それはそれで僥倖だろうさ。


「その後で、あの白い世界に飛ぶんですね?」

「ああ。そう言えば、その世界に飛ぶためのクリスタルだけは、残しておかないとな」


そう。それが終われば……遺跡の回収と放棄が終われば、俺には何ももう、することがない。

第二の人生を歩むだけの気力など、ない。後はもう、座して死を待ちたい。

だから、最後に俺の手元に残るクリスタルは、地獄への片道切符だ。


「なぁ、ラズ。お前だけでもこの世界に残らないか?」


必ずしも、この世界は平和だとは言えない。戦争も、テロも、犯罪もある。

だが、もう長くもないであろう男につきあって、白く何もない世界で朽ちる必要はない。

ラズは若い。幼いといってもいい。

最初は支援ユニットでしかなかったが、今は生きる身体も得て、自我も発達している。

ラズは女の子と称して、何ら差し支えない。


「だから、お前さえよければ、この世界で新しい人生を始めてみてもいいんだぞ?」

「いやです」

「一度白い世界に行けば、もう戻りようがないぞ?」

「構いません」


最後の意思確認。

分かっていたことだったが、ラズの意思は何ら変わっていなかった。

何故分かっていたのに聞いたのかと言えば、選択肢は出来るだけ与えてやりたかったからだ。

人生の今後を決める選択。嫌な言い方をすれば、今後も生き続けるかどうかの、選択。

何度聞いたところで、足りないと言うことは無いだろう。

俺は選択権を、ある日突然、理不尽に奪われたことがあるから、余計にそう思う。


「……? どうした?」


そんなことを考えていると、ラズが俺を睨んでいた。

普通に考えるのならば、それほど強い視線ではない。

しかし、普段から無表情なラズからすれば、

確かに不機嫌な意思を込めて『俺を睨んでいる』と分かる程度に、今の瞳は鋭い。


「…………すまん。分かった。もう聞かない」


これ以上機嫌を損ねられては敵わないので、俺は即座に謝罪する。

だが、ラズは俺がそう言ったところで、憮然とした態度を変えなかった。

やああって、ラズの口から発せられた言葉は、次のようなものだった。


「私はゴミ捨て場に捨てられても、ケイの元に戻ってくる気ですから」


それを聞いて俺が言おうとした言葉は、『捨てはしない』だった。

けれど、よくよく考えてみれば、俺は過去にラズになんと言っていただろう?

ラズの前身であるTAMAは、もともとB・MT内部で任務途中に発作などにより死亡した時、

俺の遺志を継いで自立行動を行うことも視野に含めて、搭載されていた。

そのために、TAMAに戦闘経験を積ませ、教育を行っていた。いや、行っているつもりだった。

その頃の俺の台詞を……自らの発言を、俺は胸中で再生する。


「……役立たずが」
「まぁ、いいが。最初から、さして期待していない」


それ以外にも、所詮はAIだと考えて、随分なことを言った気がする。

それこそ『破棄する』だとか『捨てる』だとか言う言葉も、いつだったか言った気がした。

だからこそ、もしかせずともラズは、常に根幹部分で『俺に捨てられる可能性』を考えているのだろう。


「……」

「? どうかしましたか? ケイ」


捨てないと口にしたところで、ラズの根深い不安は解消されないだろう。

最も重要な初期の教育で、俺がラズにそう刷り込んでしまったのだから。

プロポーズじみた口約束はした。にもかかわらず、俺が再度選択肢を与える。

それはラズからすれば、俺についてこないと言う選択をしろと、強要されている気分だったのかも知れない。

…………まぁ、事実強要したい気は、俺の中にあったと言えばあったのだから、当たり前だな。


「ケイ?」

「いや、なんでもない」


ふとしたことで、俺はまたしても自己嫌悪や後悔の念に縛られそうになる。

だが、今はそんな場合ではない。これから、自分たちは戦闘を開始するのだから。

俺は怪訝そうなラズに、何も言わずただ苦笑で答えた。

そうやって、頭の中を思考を転換をはじめる。


(時間をかければかけるほど、俺の精神は軟弱になっている。

 これ以上、無駄に考える時間があってはならない。考えれば、後悔と自責に絡みつかれる……。

 考えるな。目の前にあることだけを考えろ。そう、見るのは…………見るべき方向は……)


後ろは見ない。前を見る。前だけを見る。

達成目標は、天照内部の遺跡の回収。それ以上でも、以下でもない。

すでに考える必要など、どこにもない。



「じゃあ、行くか」



そう言って、俺はラズの手を掴んだ。

俺から、ラズの手を掴んだ。

ラズの手は…………当たり前だが、とても小さかった。













            第十一話      長い夜の始まりと……













夜が、もうそこまで迫っていた。

青山家の屋敷周辺に、蟻一匹すら通さない防衛網を完成させた我々は、

しかし油断することなく、周囲に警戒の視線を張り巡らせる。

青山から要請があった。それだけで、自身のテンションを高めるには充分過ぎるほどだった。


そもそも、だ。青山やその分家の持つ力と言うものは、計り知れないものがある。

一騎当千と言う言葉があるが、その言葉どおりの強さを、青山家の人間は持つのだ。

そうだな……。

分かりやすい例を出すなら、素っ裸な俺が集中豪雨的な爆撃を受ければ、絶対に死ぬと言える。

いや、俺でなくとも…………俺に戦う術を教えてくれたあの鬼教官ですら、死ぬだろう。抵抗など、何も出来ずに。


だが、青山の人間なら、死なないのではないかと思える。

核兵器の直撃すら……悪魔の放射能すら、驚異的な身体能力で跳ね除けそうな気がする。

それほど青山の人間とは、脅威的な印象を人々に与える存在なのだ。


その青山が、あくまで装備によって身体能力を上げている兵隊に、施設防衛を依頼してきたのだ。

これで緊張しないで要られるはずがない。

そう、順序が逆だ。

普段なら、特殊対策対応班が手出しできないような状況に際し、青山の人間に非公式に要請が行くのだ。

そして青山の人間は、その状況を袴姿で刀一本と言う、ふざけた装備で片手間にこなしたりするのだ。

間違っても、青山家から内閣府に要請が来ることは、ない。内閣府が、青山を頼るのだから。


そのような何についても驚異的な青山家が今、どのような事態に直面しているのか?

それに、青山の要請を受けて我々を出動させた内閣府調査部は、何を考えているのか。

内閣府……ひいては、日本政府にも深い関わりのある何かが、今回関わっているのか?


俺が考えても分かるはずのないことだ。


俺に分かるのは……多分俺たちは、さほど期待されていないだろうと言うこと。

恐らく、俺たちは『一応配置されただけの存在』なのだ。

指令を出した上層部も、そしてそもそも俺たちに支援を要請した青山家も、

俺たちの築く防衛網で、これからやって来るであろう敵を撃退できるとは、思っていないはずだ。

なぜなら、この防衛網を軽々と突破できる存在を、俺は何人も知っている。

その何人もの人間が集まって、なお足りないと考えられたからこそ、

少しでも防衛率を上げようと、やけくそ的に召集されたのが俺たち……そのはずなのだ。


「……ふぅ」

「? 分隊長? どうかされましたか?」


嘆息する俺に、新米隊員が首を傾げてくる。

彼の首に下げられている銃は、最新型の非致死性の敵性捕縛兵器。

その銃口からは光が伸び、その光を浴びた人間は行動不能になる優れものだ。

だが……今この場に置いて、この銃は有効だろうか? 俺にはとてもそうは思えない。

もっとこう、凄まじい武器や装備はないのだろうか?

全長40mの巨大人型兵器だとか、口や目からビームを出すびっくり人間だとか。

…………ああ、後者のほうは、我々と同様にすでに警備についているか。

なんと言っても、青山家だ。


「? あ、あの、分隊長?」

「いや……なんでもない」


思案する俺の表情に、新米隊員はさらに困惑したようだ。

いかんな、わざわざ士気を下げる行動を進んで取るなど。

俺はその隊員に苦笑を投げかけてから、視線を再度周囲へと向ける。


周囲の隊員……主に俺のそばにいるような新米隊員は、近場にいる者と囁き合っていた。

『この青山家の屋敷に、一体何があるのか』

それが、彼らが気にしていることだった。

これだけの装備・人数が集められているのだ。

そこまでしなければいけない物が、この屋敷にはあるのか? あるとすれば、なんなのか?


俺やある程度の経験を積んだ隊員からすれば、下らない疑問だ。

確かに俺も頭の片隅で、一瞬だけ考えはしたが……

だが、そんなことを気にする暇があったら、周囲を警戒しろと言いたい。

まぁ、言っても無駄なのだろうがな。


高度な訓練を受けた自分たちが、ここまでの規模で集結しているのだ。

例えフィクションの中にしか出てこないような怪盗でも、捕らえて見せる。

そんな自負が、彼らからは感じ取れる。

実際、俺の隣に立つ隊員もそうであったらしい。不安げな俺に対し、軽口を叩いてくる。


「分隊長、何をそんなに気にしてるんです?」

「いずれ来るであろう敵を警戒している」

「ですが、我々の領域に来るまでにも、多重監視がされています」

「無効化されるやも知れん」

「……理論上、不可能ですよ。有り得ません」

「お前は……第4種特殊合同訓練は、まだだったな」

「? なんですか、その訓練は」

「そのうち体験する。世界が変る。その訓練を受けたあとのお前と、また話をしたいものだ」

「…………自分は、何も恐れません。それが、どれほど地獄の訓練でも」

「頼もしいな」


我々は夏季……あるいは冬季に、青山家の人間やその他の能力者と、合同の戦闘訓練を行う。

指定された領域内にいる能力者を、制限時間内に倒すことが出来れば、我々の勝ちというものだ。

その訓練が地獄と言われる所以は、参加した隊員がすべからく巨大な恐怖に悩まされるからだ。


銃が効かない。なぜか、回避される。あるいは、刀で弾き返される。

こちらの気が確かなら、敵……能力者は、100mを5秒台で走り抜けているような気がする。

と言うか、時々空を飛んでいるような気もすると言うか、ジープに自前の足で追いすがってくる。


あれはなんだ? 何故、我々が追い詰められる?

森の中にいる袴姿の女一人に、何故全滅しなければならない?


…………あまり具体的に思い出したくないな。

俺は本日何度目か分からない嘆息とともに、思考を無理矢理押し流す。


「!? 分隊長、1番隊より入電! 侵入者です。至急応援を、とのこと!」

「3番隊、これより1番隊の支援へと回る。4番との連携を保て!」


俺は報告を告げる隊員に、すぐさま言い返した。

そして、一瞬の身震いの後に走り出す。それは間違っても、武者震いではなかった。


いまから俺の目の前に現れる侵入者は、多分、

合同訓練で俺たちを絶望させたあの女性と同じレベルか、それ以上なのだろうから。

そうでなければ、青山家が俺たちを呼ぶ必要はないのだから。

俺たちは……彼女が来るまで、侵入者をそこに足止めする役目をこなせれば、それで万々歳だろう。




…………そろそろ事務職にまわるべきか。

あるいは………………明日から入院生活で、退院後からそうなるのかも知れないな。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 「撃て、撃って、撃って、撃ちまくれぇ」

 
 「と、突然現れました!」

 「防衛網を固めろ! 3、4、5番隊! 早くこっちへ」

 「は、速い・・・・・・!」


 緑光が、まさに光速で俺に迫る。

 俺はその直線的な光を、身をよじりながらに前へと進んでいく。

 途切れることのない光は、銃口が僅かに横へと動くことで、

 黒尽くめで闇の塊のような俺の身体を、横一文字に切り裂こうとする。

 だが、俺は銃口が横に10cm動くよりも速く、飛び、伏せ、そして前進する。


 敵の攻撃は光速……いや、この際速さは関係ないな。

 敵の攻撃の有効射程は障害物がない場所に限り、無限である。

 そしてその攻撃の的である俺は、光速で移動することはできない。

 よって、俺はどこまでも直線で伸び続ける光の剣に、すぐさまやられるはずだ。

 しかし、その攻撃を俺は避ける。避け続けて、前へと進み続ける。


 当たる気など、全くしない。

 圧倒的な全能感。

 フィクションの中だけの話だと思っていたが、案外……今の俺の感覚がそうなのかもしれない。

 刻が視えるといった、そういう感覚は。


 おそらく、今俺の足止めをしているこいつらは、内閣府所属の兵なのだろう。

 高倍率国家試験を合格し、いくつもの査定を抜け、厳しい訓練の結果が、これか。

 俺と言う存在は、世の中の理から言えば反則以外の何者でもないのでなので、少々同情する。


(この時代では、この武器も最新型……なんだったな。俺としては今更な武装だが)

 
 注がれる緑光の中、そんな失礼な感想を、俺は抱く。

 この光線は、照射された筋組織に微弱電流を、

 つまりは『擬似的な脳からの指令』を認識させて、敵を無力化する非致死性兵器。

 周囲への無駄な被害を抑え、ひいては得体の知れない俺を殺すのではなく、捕獲するためのものだろう。

 なかなか考えてある装備選択だと言える。だが……無意味だ。こんなもので俺は止められない。

 それに、例え動きを止めて直撃したとしても、どうなるものではないのだ。

 神経に電流を流し、筋組織の動きを阻害しようとしても、俺の身体にはナノマシンがある。

 俺にとっては忌々しいモノだが……ナノマシンは、補助脳を形成し、俺の身体の神経系統を補強している。

 外界から多少の阻害電流を受けたところで、どうなるものではない。

 そういう意味では、『とにかく爆発物を投擲し続ける』と言った攻撃の方が、厄介だったかも知れない。

 爆風や、爆発によって出来る穴で、もしかすると俺がこけるという事態も、あったかもしれないのだから。


(さて……青山の人間が出ていない今のうちに、試すか。試験と実戦では、一応勝手が違う)


 ふと、あることを考えた俺は、その場で立ち止まった。

 突然回避も侵攻をやめて突っ立った俺に、兵は戸惑う。

 だが、彼らもプロであり、その戸惑いは本当に一瞬でしかなかった。

 青山の本館にはまだまだ程遠い。

 庭園の片隅に経つ俺に、幾筋もの光が伸びてくる。


「な……」

「ビームが、曲がった?」


 俺の意思に呼応し、フィールドはすでに展開済みだった。

 展開の動作反応に少々不安はあったが、どうやらたいした問題はないようだ。

 俺に伸びる光は、確かに直線であったのに……しかし、すんでのところでぐにゃりと曲がる。


 空間が歪曲する、ということは、直線的にすすんでくる光線すら、俺の前には無力であるということだ。

 いや、光線すらというか、逆に実弾系よりもメーザーなどの光学系兵器の方が不利だろう。

 突き進んでくる実弾兵器の進攻を曲げるには、いま展開しているフィールドでは、恐らく出力不足だろうからな。

 この場合、考え抜いた装備が、逆に仇となったというわけだ。


 「ラズ、周囲の索敵を頼む」


 俺はヘッドセットに装着されたマイクに向かって、そう呟く。

 ラズは今、青山家の外にいる。

 正確にはここから距離2900m、高低差が約726mの、ちょっとした高台に。

 
 現在の状況は、出撃前の南極遺跡内で行った作戦シミュレーションの、その4ターン目。

 今のところは、順調に状況は推移している。


 「合図とともに、グラビティ・ブラスト、頼む」


 俺は一気にカタをつけるために、ラズに広域攻撃の指示を放つ。

 なお、そうこうしている間も絶え間なく……それこそ飽きもせず、

 いく筋もの緑光が俺に降り注ぎ続けているが、無駄でしかない。

 ・・・・・・他に武装はないのか? 

 立ち止まっているのだから、暴徒鎮圧用のネット弾でも使えばいいだろうに。

 あるいは、まだこちらの出方をうかがっていると言うところか。


 「ケイ、急速接近物3。アルファ1、2、3と設定。

  このままの移動を保てば、アルファ1が15秒後。アルファ2、3は1分後に到着予定」


 昔取った杵柄・・・・・・というもの変な表現かもしれないが、ラズは素早く、的確に情報を告げる。


 「了解・・・・・・だが、素子ちゃん、鶴子さん・・・・・・後は、誰だ?」


 アマテラスの管理省庁である内閣府がでしゃばってくることと、

 素子ちゃんがこちらに呼び戻されたことは知っているが。

 だが、もう一人は、誰だ? 電子系統での連絡で、特殊な援軍の依頼はなかったはずだが。

 まさか今時、人を使った連絡や、伝書鳩など使用しないだろうし。

 ・・・・・・もし使われたなら、それは、俺たちには知ることが出来ない。

 俺たちの情報収集、展開、操作において穴があるとすれば『そこ』で、

 電子外情報戦には、人手が無いこともあり、なかなか手が出せない。

 まぁ、誰でもいい。死なない程度に、這いつくばってもらう。

 俺はそう強気に胸中で呟いた。鶴子さんの旦那さんではないことを願いつつ。



 「あらあら、おいでやす」

 「速いな、鶴子・・・・・・」



 兵を適当に蹴散らしていた俺に、声がかけられた。

 ラズの報告から、まだ数秒しかたっておらず、俺は少々虚を突かれた。

 危うく『さん付け』をしそうになったが、そこは何とか踏みとどまる。


 15秒と言う予想が、数秒。

 恐らく、途中で鶴子さんが速度を異常に上昇させたからだろう。


 「それで、どないな御用どすか?」

 「知れたことだ。・・・・・・アマテラス」

 「おやおや、そうどすか。お帰り願えませんやろか?」


 味方がいることに構わず放たれる緑光の中を、鶴子さんは歩き進んで来る。

 そんな彼女に迫る光は、フィールド展開中の俺とはまた違った軌跡を描いて、捻じ曲がる。

 そういえば、光学系兵器を生身で捻じ曲げられる人だったな。

 どういう理屈かは知らないが……言うなれば『気』か。

 おそらく、これが『極める』と言うことなのだろうな。

 所詮、俺の神鳴の剣は、まがい物だ。

 
 「岩斬・・・・・・」


 鶴子さんの丁寧ではあるが、間違いなく『失せろ、愚者が』という言葉に、俺は攻撃で答えることにした。

 握りし刀を、無造作に振り下ろす。

 そしてその振り下ろされた刀身から巻き起こった旋風は、一瞬後に衝撃波となって辺りに広がる。


 「・・・・・・なっ!」


 鶴子さんが、驚きの声を漏らしながら退く。

 ちなみに、退くことすら出来なかった兵は、その辺に吹き飛んでいる。


 「先に言っておく。俺に知らないこと、出来ないことはない」

 「神鳴る流れのことすら・・・・・・どすか?」


 質問に答える気がないからこそ、知らないこと、出来ないことはない、と言ったのだがな。

 何しろ全知全能だと言うことは、鶴子さんが抱くであろうどんな質問にも、基本的に『Yes』なのだから。

 俺は神鳴流の流れを知っているか? Yes。

 では、アマテラスの中にあるものはと聞かれれば、もちろん知っている。

 それがどういうもので、それが世に広まるとどうなるかも、知っている。

 もしそれを悪用しようとすれば、どうなるか……特に被害者側がどうなるかは、まさに身をもって体験した。


 「おい、なんだこれは!」

 「あ、あいつが、目標か!」

 「全隊、行くぞ!」


 背後から、多数の声がした。


 「1、2番隊は、すでに全滅だ!」

 「いや、生きてますよ!」

 「…………1、2番隊は、すでに行動不能だ!」


 ・・・・・・そういえば、先ほど通信で兵が何か言っていたが。こいつらが3、4、5番隊なのだろう。

 どうにしろ、たいした脅威ではないが・・・・・・無駄に数が多い。

 立ち止まる鶴子を尻目に、多くの兵が俺に殺到する。

 意味のない光による遠距離攻撃から、直接的な近接攻撃を採用したらしい。

 俺の実力を測りかねてか、鶴子さんはまだ動かない。

 ただ、防護マスクを顔で覆われた、誰とも分からない人間たちだけが、俺に向かって駆けてくる。


 「いけぇ、捕らえろ!」

 「怯むな! 突撃だ!」


 しかし・・・・・・これだけの人間を剣で吹き飛ばすのは、少々面倒だ。

 正確な数は分からないが、おそらく100を超える人間がいる。

 俺と直接対面する人間はせいぜい数人だが、その数人を倒せば、また次のセットが来るだろう。

 もちろん、この戦力を撃破することの難度だけを考えれば、容易いと言える。

 俺の刀の一振りで、20人ずつ兵を吹き飛ばせて行くことも出来るのだから。

 しかし、その俺の攻撃の最中に、鶴子さんが隙を突いてくるかもしれない。

 …………曲がり間違っても、こんなところで俺は討たれるわけには行かない。

 いまがまさにグラビティ・ブラストの出番だな。


 「ラズ、吹き飛ばせ・・・・・・いや、押し潰せ、か」

 『了解、3秒後に小規模重力波を照射し、空間歪曲を発生させます。退避を』


 その言葉の後、すぐさま精神を統一。迫る兵を尻目に、イメージ。

 敷き詰められた玉砂利、塀の向こうに見える山、それを覆う夜の帳。

 イメージ。

 見えるは縁側、続く廊下。

 それは、自分の左側にある青山家の一角。




 「・・・・・・ジャンプ」




 俺は、青山家敷地内の反対側に跳んだ。

 思えば、突発的な跳躍に戸惑されっぱなしだった。

 この世界に来たのも、恐らく跳躍であるはずだから。 

 だが今では……行った事のある場所、特に思い入れの深い場所への跳躍は、長時間の集中を必要としない。


 そして……


 俺がいなくなった後には、黒き波がその場を包み、圧力をかけていくだろう。

 潰された・・・・・・いや、潰されかけた人間に声をかけるなら……

 運が悪かったな。




 ・・・・・・そして、すまない。








次へ

トップへ
戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送