第十四話





『なぁ、起きてくれないか、コーラル。お前と話がしたい』




これは誰にとっても当然のことだと思うのだが…………

俺は、眠っているところを叩き起こされるのが、嫌いだ。

それでなくとも、俺は生まれるべきその時より、

かなり早くに目を覚ましてしまった存在だ。


いわば、未熟児とでも言えばいいのだろうか?

そう。まだまだ母体の中でまどろみ、

力をつけるはずであったのに……早々に起こされた。

そのせいで、本来自分自身に備わるはずの能力を全く発揮できない、

そんなお粗末な存在なのだ。俺は。

だから、俺は叩き起こされた後、自身も努力して、再び眠りについた。

不完全な生まれは、そのまま不完全な成長を促してしまうだろう?


物事には、もっともよい時期と言うものがあるのだ。

俺は決して野菜ではないので、こう例えるのは少し思うところもあるが……

早い話が、赤くないトマトは、果たしてトマトか、と言うことだ。

トマトは赤くなってこそのトマトであり、料理に使いたければ、

まだまだ青いトマトが赤くなるまで、待たねばならない。

簡単に言えば、俺は全く赤くなっていないトマトなのだ。


そんな未成熟な存在である俺の名前は……魔眼コーラル。

横島忠夫という力も頭の不完全な……これまた未成熟な人間に、

魔族メドーサが与えた、様々なことに使える……はずの不完全な道具だ。


何故、俺が不完全なのか。

先に言ったことに戻るが、完全な道具になる前に、無理矢理使用されたからだ。

まぁ、そのときは俺を宿す『使用者』の横島本人に危機が迫っていた。

不完全ながらも、俺が道具として横島の役に立たなければ、

横島は死に、横島に宿る俺も死んでいただろう。

よって、起きるべき時でない時に起きたことは、真に遺憾だが、

あの時はまぁ、特例として不問にしていいだろう。

一度も役に立たずに死ぬなど、やはり今考えても、真っ平ごめんだからな。


まぁ、そんなわけがあって、俺は再び横島の中で眠った。

横島の作り出す霊力を、少しずつもらい受け、自身の成長にあてて。

そして最近では、さらに多くの霊力をもらい受け、今後の糧として精製などもしていた。

成長も精製も順調に推移し、もう少しで起きれそうだろうかと、

夢うつつに感じていたある日の深夜のこと。

俺はまたしても、叩き起こされることになった。

横島が、無視できないほど大きな声で、俺に呼びかけてきたのだ。


(……まったく持って、喧しい)


俺はこれまでにも、何回か意識を浮上させて、

宿主である横島の周囲を観察したことがあった。

それは本格的に起きたわけではなくて……そう、人間的に分かりやすく言うならば、

不意に起きてしまった時に、

今が何時なのかと、寝ぼけ眼で目覚まし時計を見るようなものだ。

俺は不鮮明な視界で横島の見る世界を見、霧のかかる意識で考えた。

…………横島の周囲に危険はなく、まだまだじっくり眠っていられるだろう、と。

にもかかわらず、突然叩き起こされたわけだ。


(いったい、何用だ? 最近ふと起きたときには、なんら問題はなかったぞ?

 GS試験の試合で、俺の力を欲してでもいるのか? と言うか、今は何日だ?)


俺はもともと、横島がGS試験を受験するに当たり、

その試験を乗り越えられるよう、発現する予定だった。

しかし、早期の強制的な覚醒により、その予定はかなりずれ込むことになった。

試験1ヶ月前になっても、俺はとてもではないが、本格的に起きれそうになかった。

そして試験2週間前になると、

使用者である横島本人も、俺に声をかけてこなくなった。

だと言うのに、何故いまさら、俺に声をかけてくるのだ?


非常に、うっとうしい。

少なくとも、横島忠夫本人の体には、大きな問題はなく、

何かしらの危機に直面しているとは、思えないのだ。

俺は擬似的にだが、感覚は一応共有している。

よって、瀕死の重傷を負うような状況かどうかは、俺にはちゃんと分かる。


で……俺が意識の片隅を横島に向けてみれば……横島は五体満足ときている。

全く、何だと言うのだ?

仕方なく、俺は意識をもっと横島に向ける。

すると、奴がこちらにかけてくる声の内容は、大したものではなかった。

人のことを眠りすぎだと言い、石化の魔眼で新しく技が使えるようになったと言い、

メドーサからはサスマタをもらったと言い…………実に、下らない。

会話がしたいと言ってきているが、そのような内容を起きてまで聞こうとは思えない。

だから俺は、そこで横島の声から意識を話して、再度眠りについた。


それが、2日前のことだ。


そう。あれから2日。

横島の呼びかけは夜になると頻度が増えるようになり、

ついに俺も、無視できなくなってきた。

だから俺は、非常に不機嫌な目覚めを迎えることになったのだ。

何しろ、横島は最近まともに眠っていないのか、眼球がひどく疲労していたのだ。

まったく。お前だけの眼球ではないだろうに。

人を呼び出すならば、しっかり眠り、目を休めてからにしろと言いたい。


『まったく。人が眠っていると言うのに、なんなのだ?』

『っ! コーラル! やっと起きたのか?』


『お前に叩き起こされたのだ。

 まったく、何の用だ。ここ数日、夜になると呼びかけていたが』


『実は、色々あったんだ。GS試験で』


繰り返そう。俺は不機嫌な目覚めを迎えた。

…………しかし、起き抜けに話された内容によって、

俺は文句を言うことなど許されず、

それどころか、2日前に起きなかったことを謝らさせられることになるのだが。


『そんなことがあったのか』

『そうだっつーの! さっさと起きてくれればいいのに』

『無茶を言うな、横島よ。今も、まだ俺は完全とは言えないのだ』


声を無視して寝続けた俺に、横島は憤慨していた。

確かに、状況を聞けば寝続けていたのは悪いとも思う。

しかし、俺には俺で、事情と言うものがある。

今の俺にとって、睡眠は非常に重要な成長行為であり、

かつ、睡眠を取ると外部の状況には疎くなるのだ。

我が主は、不可抗力と言う言葉を知らないのだろうか?


『……コーラルが寝てて、それで俺に何のメリットが?』

『俺が完全体になる。忘れたか? 俺はまだまだ未成熟なのだ』


例えば、以前は俺が能力を発揮すると、

主である横島の残存霊力を根こそぎ使用してしまうと言う、

非常に燃費の悪い状況だった。

だが、俺が成長し、能力の効率がよくなれば、それらが改善されるだろう。

他にも、俺が起きていれば横島の霊視能力は向上するし、石化の精度も上昇する。

俺がそう説明してやると、とりあえず横島は憤りを収めた。


『ただ寝てただけじゃないんだな』

『眠りにつく前に、俺は一応言ったが?』

『まぁ、そうだけどさぁ……メドーサさんに生み出された奴だし、もしかすると……って』

『俺は一応、すでに独立した存在だ。仮にメドーサが死んでも、俺は消えない』

『縁起でもないことを言うなよ』


『気にするな。メドーサは、恐らく死んでいない。

 相互に独立はしているが、同種間の連帯感のようなものはある。

 つまりは、まぁ……勘でしかないが、

 俺の勘はメドーサが生きていると、そう言っている』


『俺だって、メドーサさんが無事だって、信じてるけど……』


…………時刻は、午後10時30分過ぎ。

眠るには少し早いと思うが、狭いアパートの一室には布団が引かれていた。

その布団の中、横島は眼をあけたり閉じたりしつつ、俺との会話を続ける。

なお、俺が時刻を知りえたのは、

布団の隙間から、枕もとの目覚まし時計を見やったからだ。


なお……我が主は随分と臆病らしく、従者・愛子の姿は、見えない。

同世代の……年頃の娘の外見をした従者と、いまだに同衾できていないとは。

全く、根性なしもいいところだ。

それとも、従者のことは家族か何かに思えてしまい、

本当に恋愛感情が生まれなくなったのだろうか?

まぁ、俺としては、どちらでもいいけれども。


『メドーサさんの援護はないんだな』


『以前にも言ったはずだが、

 俺は横島が誰と結ばれようと、別に気にしない。

 それより……お前が言いたいことはそんなことではないだろう』


GS試験会場で騒ぎがあり、GS協会の一室で過ごした第一夜。

そして、それから解放されて家へと帰り、悶々と過ごした第二夜。

そして今日、第三夜。

これだけ連続で人を呼んでおいて、

いざとなって本題に手をつけないというのは、どうだろうか?

俺は自身の主に、話を先に進めるように促した。


『色々あったけど、明日からまた学校だ』

『登校が嫌なわけではあるまい?』

『……少しイヤなんだ』

『何故?』

『メドーサさん、今もどこかを逃げてるんだろ? そう思うと……』

『授業を受ける時間が、非常に無駄なものに思えるか』


『……そんなとこ。でも、勝手にばっくれたら、愛子も心配するし、

 それに明日からは、学校と一緒に、美神さんとこで研修も始まるしな』


『本当は、分かっているだろう? 今、何をすべきか』

『…………………うー……』


我が主は、色々と踏ん切りがつかないらしい。

俺の問いに明確な答えは返さず、横島はただただ小さく唸った。


『メドーサは生きている。お前に心配されずとも、

 メドーサはこのような状況を、過去に何度も乗り越えてきた。

 それにおまえ自身、メドーサは無事だと信じていると言った。

 なら、それを信じていればいい。心配して何も手がつかないのは、阿呆だ。

 心配しつつも、手は動かせ。足も動かせ。頭を動かせ。成長しろ』


『つまり、ちゃんと学校へ行って、研修受けろって?』

『以前、聞いたことがあったな。お前に必要なものはなんだ?』


昨年の夏、俺は逃げ惑う主に、一つの問いかけをした。

今後どういう道をたどる気なのか、と。

そこで出した横島の結論は、実に簡単で、そして的を得たものだった。

俺はそれから眠りについたため、その時のことをつい先ほどのように思い出せる。

しかし、それから今日まで時間を生きた横島は、その答えを忘れたのだろうか?


『俺に必要なもの……確か、

 そう、お前に足りないのは、力だ。

 知識も、まったく足りないが…………だったっけ?』


少し考えた横島は、つまりながらに、あのときの俺の台詞を返してきた。


『その通りだ、横島。

 お前に力があれば、メドーサが傷つくこと自体、回避できたかも知れない。

 お前に知識と知恵があれば、メドーサの逃げた先がすぐに察せられたかも知れない。

 今後、もしメドーサと出会えたときに、

 お前が『メドーサが心配で、何も手がつかなかった』などと言っていれば、
 
 どうなると思う?』


『そりゃまぁ、愛想尽かされちゃうかも?』

『そこまで分かったなら、今日はもう寝たほうが言いと思うぞ』

『…………コーラル』

『なんだ?』

「ありがと。踏ん切りついた。なんか、一人で考えてても、どうにも……な』


『まったくもって、世話の焼ける主人だ。

 いいか、横島? 俺はまた眠る。次に起こすときは、もっとよい知らせを頼む』


『ああ。それはいいけど……次はいつ起きるんだ?』


『分からない。またしても、途中で叩き起こされたからな。

 まぁ……この国では桜と言う花が、特にめでられると聞く。

 花見をする頃には、俺も本格的に起きることだろう』


『次は、俺が2年生になってからか……』


横島はそう言いつつ、布団の中で寝返りを打った。

俺もまた、横島の身体の中で意識を睡眠へと傾けていく。

まったく、数ヶ月ぶりに会話をしたが、まったく成長していない。

我が主人ながら、如何ともし難いものだ。


もっとも俺自身、そんな主のことを強く非難できるわけでもない。

去年の夏の異常覚醒を考慮しても、俺は少々、眠りすぎだろう。


それに、少しだけ変らない主人に安心している自分もいた。

もし、俺が真に覚醒したとき、横島がすっかり成長していたとすれば……何か、悲しい。

道具としては、自分を十分に使いこなす主が好ましいが、

次に目覚めたとき、

横島がもしも突然そうなっていたら、何か俺だけが置き去りにされたように思うだろう。


願わくば、主とともに成長していけることを願う。


…………次に起きた時には、是非メドーサの顔も拝みたいものだ。

よくよく考えてみれば、俺は生まれた後、まともに親の顔を見ていないのだから。











            第十四話   研修前夜







横島忠夫。現在都内の高校に通う少年で、学年は1年生。

数レベル以上上の先輩弟子の、全攻撃を回避しつつ組み手をするという鍛錬により、

霊能に目覚めてから1年にも満たない修行で、GS試験に合格し資格を有した。

その能力は多岐に渡っていて、聞きかじりの知識で符術を行使し、

石化の魔眼を有し、自力で霊石を精製し、サスマタまで使用する。


私は横島クンの能力の特性をまとめて資料をして、嘆息した。

叩き上げと言う言葉は、彼にこそ相応しいのかも知れないと、そう思えてくる。

能力者としてそこそこのレベルになるか、それとも修行途中で壊れるか。

その二者択一を、あの子はこの1年間、ずっと続けてきたのだろう。

そして、『壊れる』の外れ札に当たることなく、今も生きている。


「……今後も、成長するだろうけど……どう育てたものかしら?」


伸ばすべき場所が、あまりにも多いような気がする。

とりあえず、さし当たって、自身の能力の資料をまとめる際、

馬鹿正直に何から何まで答えてしまうその素直さは、注意しておかなければならない。

この資料が出来てしまっている時点で、もう駄目すぎる。

GSは、いざと言うときのために隠し玉の一つや二つ、必要なのだ。

それなのに横島クンは、しっかり魔眼についてまでしゃべってるんだもの。

試験試合で温存した意味が、まったくないわ。何を考えているのだか。


私が見ている資料は、

GS協会が白竜会の人間を取り調べた際、ついでに調べたものだ。

つまりは、貴方はどういう能力があるのかと聞かれて、

横島クンは、何もかも洗いざらい答えたということ。


恐らく、勘九朗、雪之丞、陰念のその他三人は、

その性格からして、馬鹿正直に全てを話していないと思うのだけど……。


「経営者には向かないタイプね、彼。

 先生のところなんかに行ったら、奉仕の精神に染まっちゃうかも。

 …………せいぜい、私がしごいて、色々教えてやらないとね」


GS、GS、GS……。

他の職業から比べて少数と言われるけれど、

現実的な話をすれば、色々なGSがこの世にはいる。

例えば私は、ごくスタンダードなGSの部類に入るだろう。

家に代々伝わる特殊な除霊術や、あるいは霊刀などの特殊な道具も必要としない。

美神家の戦いとは、何かにこだわるものではなくて、

最終的に勝てばそれでいいと、そう言うものだから。

例え、敵のほうが私よりも高い力を持っていたとしても……

そう、パワーで負けていても、他の何かに勝機を見つけ、

立ちはだかる敵は全て倒す。それが美神家の戦い。

しかしまぁ、それは単なる『姿勢』よね。

よくよく考えると、美神家の戦いの教えには、具体性がまるでないもの。

つまりは、兵法とはまた違うものなのよね。


まぁ、そう言ったわけで、

私・美神令子は、色々な知識を詰め込んでいる。

それは多岐に渡っていて、ある意味無節操。

主義主張はとりあえず無視して、術式だけを資料で眺めることもある。

どこぞの性悪女が好んで使う黒魔術。

私にはまったく性に合わない系統だけれど、一応知識としては押さえてある。

さらに、こんなことを言ってはなんだけど、私は基本的に神様なんて信じちゃいない。

そういう意味では、たとえ聖書を使っても、唐巣先生ほどの威力は望めない。


でも、オールマイティーがやっぱり一番強いと思うのよね。

名だたる霊刀なんかは、それ1本だけしかこの世に存在しない。

よって、その霊刀をメインに学んだ戦闘術と言うのは、

霊刀が折れてしまえば、非常に脆いものになってしまうことがある。

それに、代々伝わる霊刀なんかが折れちゃうと、精神的にもショックでしょう?

古くは何処何々の誰々から授かった、伝説の霊刀が折れたっ! なんてことだ……ってね。 


でも、そこへ行くと神通棍なんて、もう消耗品として扱っていい武器だもの。

折ることを前提に戦うことも、まったく厭わないでいられるし。

実際に折れてしまったとしても、すぐ代わりが見つけられるしね。


まぁ、結局私がそう思っているだけで、それが全て正しいわけじゃない。

何か一つに固執して戦うからこそ、いざと言うときの強みになることだってある。


さて。明日からうちに研修に来る横島クンは、どういうGSになるのかしら?

経営者には不向きな性格の子だと、さっきは思った。

でも、あの子が前に言っていたことを、今後も実践していく気があるなら、

私と同じように事務所を開いて、民間GSとなることはまずないわね。

オカルトGメンとして、公務員……か。

あのお調子者な性格で、公務員が出来るかしら?


これから弟子になる横島クンがあんな子だから、

ついでに少し調べてみたのだけれど、

オカルトGメンは、来年度から日本支部が発足し、本格的に活動をしていくつもりらしい。

発足間際の組織って言うのは、とても脆弱だけれど、その代わりに柔軟性がある。

高校卒業と同時に、横島クンがその支部へと入ることが出来たなら、

10年20年後、彼は組織内でかなり古参の存在となり、発言力も持っているかもしれない。

…………うまく行けば、彼の夢は実現できなくもない……かな?


ちなみ、その支部の拠点地の候補は、現在のところ都内に数箇所。

何処に決まったとしても、私の商売敵になることは確実よね。

公的機関だからこそ行える、安い依頼料でのそれなりの除霊。

これは金額を交渉して商売する私たち民間GSからすれば、脅威よ。


……そんな商売敵に、私が研修監督した横島クンが所属?

想像してみると……かなり悔しく、腹が立つわね。

人が育てた弟子を、横から掻っ攫うような真似を……みたいな?

まぁ、それを言えば、今の私と白竜会の関係は、まさにそんな感じだけれど。


さて、肝心の横島クンの研修だけれど、どうしようかしら?

私がGSになった頃と今では、見習いの定義自体が違う。

GS協会の過去資料を少し見てみれば、

それこそ、ママがGSになった時代は、

『見習いとして、悪霊100匹退治』だったらしいし。


今は師匠が弟子の不始末の責任は取る、と言うことで、

基本的に、研修内容は全て師匠……つまり研修監督者に決定権がある。

あまり現実的ではないけれど『悪霊10万匹退治』を命じてもいいわけよね。


「せっかく、冥子からもぎ取った研修だしね」


どうせならば、私が楽を出来て、お金がもうかって、

かつ、横島クンが他の研修生よりも強くなるようなものがいい。

この美神令子の元で、研修を受けるんだもの。

先生や冥子の研修生を凌駕する奴になってくれないとね。

…………でも今の横島クンで、あの勘九朗に勝つのは、まず不可能ね。

横島クンは、あまりにも霊波の放出量が少ないし……。

うん。研修ついでに、

霊波の放出量がもう少し伸びないか、その辺も考えて見ましょう。

今後、彼がどういう進路をたどったとしても、私の弟子と言うことには変わりない。

やるからには、徹底的にやるわよ?


ついでだから言っておくけれど、

私が冥子にじゃんけんで勝てた理由は、実に簡単。

精神感応で、私の思考を読もうとしたところまではよかったけれど、

双方の精神が表層で繋がったため、私も冥子の思考をある程度読めたのよね。


『……冥子、チョキを出す気ね?』

『れ、レーコちゃんずるい〜〜! 私の手を読まないで〜〜!』

『精神感応を仕掛けたのはそっちでしょうに。あ、私はグー出すわよ?』

『なら〜〜私はパーにするわ〜〜』

『じゃ、私はチョキね』

『それなら私も〜〜〜……』


そんな言葉にならない精神の読み合いの果てに、私が勝利した。

結局、じゃんけんは運なのよね。


「運を呼び込むことも、人の力の一つか……」

『美神さん? どうかしました?』


そう呟くと、ちょうどおキヌちゃんが私の元へやってきたところだった。

机に座って色々とものを考える私に、お茶を入れてきてくれたようだ。

私はおキヌちゃんからティーカップを受け取りつつ、答えた。


「横島クンの研修プランを考えていたのよ」

『もう明日から来るんですよね』


ふわふわと宙に浮くおキヌちゃん。

お盆を胸に抱いたおキヌちゃんの言葉どおり、研修は明日からだ。

『明日の午後』と、時間は特に指定していないので、

おそらく学校が終わり次第、こっちに来るだろう。

一応、午後7時から一件だけ仕事を入れておいたので、

横島クンが学校からこちらに来次第、研修内容について話し、

それからその仕事に向かえばいいわね。

第一日目は、実際の仕事現場の見学と、あとは荷物持ちってところかしら。


(…………いえ)


私はふと、その予定がうまく行かないのでは……と思った。

そう。学校からこちらへ……と思ったけれど、

あるいは、学校に行っていないかもしれない。

横島クンと魔族メドーサの間には、おそらく師弟関係以上に深い繋がりがある。

ウチが研修先だって言ったときも、あの子は思いつめていたようだったし……。

学校やウチの研修をトンずらして、

メドーサの足取りを追おうとかしている可能性も……。


「ねぇ、おキヌちゃん。

 明日は横島クンの学校まで、迎えに行ってあげてくれない?」


『み、美神さん。横島さんも子供じゃないんですし、

 ちゃんと時間通りに、迷子にもならないで来ると思いますよ?

 愛子さんだって、しっかりしていますし』


「そう思うんだけど、一応ね? お願い」


私が両手を顔の前であわすと、おキヌちゃんは苦笑しつつ頷いた。

そして、ついでとばかりに『心配性ですね』と、彼女は呟いた。

……いや、私は別に、横島クンのことを心配しているわけじゃないのよ?

ただ単に、冥子とあそこまで頑張ってやったじゃんけんに勝って、

その上で、わざわざ私が研修してやろうって言うのに、

それをすっぽ抜かされたら堪らないだけで、

でもまぁ、まったく心配していないかと言うと、私だって血も涙もあるんだから、

一応はまぁ、心配してあげていると………………って、何言っているのかしら?

おキヌちゃんに反論しようと、

私は胸中で言葉を並べていたのだけれど、しかしそれはまとまらなかった。


…………横島クンの事を考えると、なんか高確率で、思考が混乱するわね。

なんでだろう? 私が横島クンに特殊な思いを抱いているとか?




………………………それはないわね。うん、ないわ。




私があの子に特殊な感情を抱く理由なんて、何一つないものね。


私は取り合えずそう結論つけて……じゃあ、

何でこんな風にわけの分からないことを考えるのかと、再度思考の海に潜った。




なーんか、初対面からして、横島クン関係は、調子が狂うのよねぇ……。

変な縁でも、あるのかしら?



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