第十五話



チュンチュンと、スズメの鳴く声が聞こえた。

小さな声だ、などと夢現に感じていると……次は、そのスズメが飛び立つ羽音。

スズメが飛び立ち、そこにスペースが開いたからだろうか?

しばらくすると、ばさばさと言う、

決して小鳥では立てることの出来ない羽音を立て、何かがやってくる。

布団から顔を出して、カーテンのない窓を見やれば、

明るくなってきた空を背中に、2匹のはとが羽を休めていた。

胸中で『カラスが来たのか?』と予想していたのだが……外れたようだ。


窓の外にある、幅20センチほどのちょっとしたスペース。そこにはとはいる。

何のためにあるのか、俺には分からないスペースだったが、

もしかすると、今いるはとや、先ほどのスズメのために、

わざわざ取り付けられたスペースなのかも知れない。


「朝か……」


俺自身の呟きどおりに、朝はもうやってきていた。

昔ならともかく、規則正しい生活が染み付いた現在では、

二度寝をしたいと思うことは、もうない。

目蓋は眠気など感じておらず、パッチリと開いている。

もっとも、人と比較すると少々『細目』なので、

パッチリと言う表現は、微妙だと言えば微妙なのかも知れない。


どうにしろ、朝を向かえた俺は、布団をめくって起き上がった。


もう一度繰り返そうか?

小鳥のさえずり、明ける空、平和の象徴の訪問。

そして二度寝をしようなどとも思わない、完璧で健やかなる目覚め。

素晴らしい朝だろう? 

だが、残念なことに、

これほどいい朝を向かえたというのに、俺は心から喜べない。


何故か?

ここが教会だからだよ! 清貧という言葉が似合う、オンボロのな!


思い返すのも面倒だから、簡単に言おう。

GS試験で『色々あった』んだ。

そのせいで、白竜会の人間はGSの研修をバラバラに、

かつ、研修先に『寝泊り』でやらされることになった。


ここまでは、まぁいい。

GS協会とかのお偉方が、そう判断したんだ。

そしてその判断は、分からなくもない。

俺だって、妖しいと思える団体と、怪しいと思える弟子を1セットにはしない。

何かされてからでは遅いし、

監視するなら、個別に監視したほうが、その動きは分かりやすい。

団体やら組織ってモンは、人数が多ければ多いほど、個人が何するか分からんモノだ。

それが分かってるから、少なくとも今は、別にそれに逆らう気はねぇよ。


俺が気に入らないのはその研修先の内訳だ。

これが、気にいらねぇ。朝から腹が立つほどに、気にいらねぇ。


まず、横島の野郎が、GS美神の事務所。

何で、アイツばかり!?

あいつは『年上のナイスバディを引き寄せるフェロモン』でも、持ってんのか?

聞けば、GS美神の助手は、巫女姿の幽霊だと言う。

つまり、ヤツはボディコン、巫女、メイドと言う、

わけの分からん豪華な組み合わせを、研修で体験するわけだ。

…………いや、まぁ、いいだろう。

ムカつきはするが、ボディコンと巫女には、さほど興味はない。

そして、横島の隣にメイドの愛子がいることは、今にはじまったことじゃねぇ。

横島ばかり女に恵まれるのは気に入らないが、まぁ、いい。ああ、いいさ。


俺が許せないのは、次だ。勘九朗と雪之丞の野郎だ!

あいつらは……六道の屋敷の世話になりやがった!


今回の研修先は、GS美神の事務所、六道家、唐巣教会の3箇所。

で、どこか一つの研修先に、多くの人間が集中することは避けたい。

避けたいが、白竜会の人間は俺、横島、勘九朗、雪之丞の四人。

つまり、必ず、どこか一つ重複する。

となれば、二人の研修生を迎え入れるのは、

必然的に、部屋が多数ある上に、敷地面積が無茶苦茶広い六道家だろう?


だが…………定員が他の倍なのに、何故か俺は入り込めなかった。

そう、もう言う必要などないが、あえて言おう。

俺・陰念の研修先は、唐巣教会だったのだ。

だから俺は、狭く寒々しい教会の2階で、朝を向かえているんだ。


もちろん俺は、研修先の変更を求めた。当然だな。

メイドに囲まれることが出来そうな屋敷か、頭の薄い中年オヤジの教会か。

すでに選択の余地なんぞ、ないだろう?


俺が何故、六道家で研修を受けられないのか。

六道の式神使い……あとで知ったが、六道の正統後継者だった……に、

俺は詰め寄った。ああ、ずんずんと、詰め寄った。

メイド服らしきデザインの服装だったので、必要以上に詰め寄った。

ガキくさい顔とスタイルなので、そんなに好みでもなかったがな。


『理由を聞かせろ! 何で俺が駄目で、雪之丞を選ぶ!

 いや、雪之丞はいいとして、何でそこにさらに勘九朗なんだ!?

 俺と雪之丞ペアでも、いいだろう!?』


『貴方と雪之丞じゃ、安心できないんですもの。

 私がついていないと、失礼なことをしそうでしょう?

 つまり、私と雪之丞か、私と貴方と言う組み合わせになるわけね』


興奮して言う俺に反論したのは、式神使いではなく、勘九朗だった。

まぁ、確かに勘九朗の言うことにも、一理あるかもしれない。

しゃくではあるが、俺や雪之丞にマナーなんぞ求めるのが間違いだ。

俺や雪之丞は、テーブルの上の料理をがつがつ喰らう。

だが、それに対し勘九朗は、フツーにフランス料理のフルコースを、

完璧なテーブルマナーで食べ終えられそうな感じではある。


『む、むう……勘九朗の言い分は、分かった。

 なら、俺と勘九朗のペアでいいだろ!?

 研修先なんざ、どこでも変らんだろ!?』


『変らないなら、別に六道家じゃなくてもいいでしょう?』


墓穴を掘った。

ああ、理屈では勝てねぇ。そう悟らされた。

まぁ…………現状では、暴れても勘九朗には勝てないけどよ。


『ど〜〜してそんなに〜、ウチに来たいの〜〜?』


勘九朗に黙らされた俺に、式神使いが質問してくる。

…………難しい質問だった。

まさか、お前の家のメイドが目的だなどと、言えるはずがない。

いや、最終的な目的は、

メイドと『あること』をすることなので、余計に言えん。

露骨に言えば、メイドの体が目的なわけだしな。

そんなことを言えば、金輪際六道家との接触がたたれる可能性も……。


『メイドさんに〜〜何する気なの〜〜〜?』


だから、言えるか! つか、察しろ! これだから、お子様は!

…………と言うか、気づけば俺は胸中をぼそぼそ喋っていたらしい。

これじゃ、どこぞの阿呆と同じじゃないか。

そう後悔するも、一度口から出た言葉は引っ込まない。

……俺が式神使いに近づきたせいも、あるんだろう。

わざわざ近寄りさえしなけりゃ、独り言で聞かれずにすんだものを。


『ねぇ〜〜? なにするの〜〜?』


のほほんと質問してくる式神使いに、

俺は少しだけ頬を染めて、横を向いた。

自分の妄想や夢を、事細かに、しかもお子様に説明できるか!

俺は別に、性教育の教師になる気も、ねぇっつーの!


『うーん。若いから仕方がないもかもしれないがねぇ。横島クンもそうであるし』


どうお子様に接すればいいのか分からない俺に、暢気にそう言うのは神父だ。

やめろ! どこか微笑ましそうな目で、俺を見るな!

クソ、これだから聖職者ってやつは!

つーか、貴様にも性欲ぐらいあるだろう!

それとも、あんたはもう枯れ果てた、役に立たない枯れ木か?


『陰念はメイド服が好きだったものねぇ。

 ああ、でも……私は私でメイドさんがいるのは楽しみだわ。

 ああいう服、着る機会なんて、なかなかないから……』


唐巣神父の言葉を受けて、やはり微笑ましそうに語るのは勘九朗だ。

いや、お前はお前で、やめろ! 

頼むから止めてくれ! 想像するだろ!?

その筋骨隆々の体で、『私は女よ?』とか言い張りつつ、メイド服を着る気か?

それはもう、冒涜だろう!? 色んなものに対する、侵略だろう!?


…………もう、いい。俺の研修先、六道家でなくていいから。

頼むから、この話題を終わらせてくれ。

勘九朗。メイド服を着込んだときを想像して、ポーズを取らないでくれ。

絶対似合わないから。

そのゴッツゴツな脹脛が、ロングスカートがふわりと翻って、

チラっと見えても、誰も絶対に萌えるはずがないからよぉっ!


「くっ。思い出しただけでも、腹が立つというか、怖気が走るというか」


仮にだ。勘九朗が美少女であったなら……と思う。

あの性格も、世話焼きなタイプとか、

面倒見がいいということで、プラスになるだろう。

少なくとも、女王タイプのメドーサやGS美神よりは、マシな性格だ。

と言うか、普段からメドーサに仕えているやつなんだから、

メイドに適した性格であるのは、間違いないだろう。

だが……なぁ。あいつはやはり、じっくり鏡を凝視すべきだ。

ヤツは時折『ウフ♪』とか口にする。

しかし、絶対に似合わないのだ、それは。

ヤツの外見から似合う格好や台詞と言えば…………。

特攻服に、極道口調か? いや、それもどうだろうか。


「駄目だ。元のキャラが濃すぎて、想像できん」


ある意味、勘九朗は凄いヤツかも知れない。

もともと持つ個性が強烈過ぎて、頭の中ですら、その設定を変えられない。

似合うかどうかではなく、鎌田勘九朗は鍛え抜かれた体で、オカマ口調。

あれだな。林檎が地面に落ちるくらい、変えようのない事実ってことだな。


俺は下らないことを考えつつ、布団を片付け、一階へと向かった。

意味のない回想は、終わりだ。

あのやり取りを思い出して、

この汚い教会の階段や廊下が、綺麗な屋敷の廊下などに変るわけでもねぇ。


ちなみに、六道家の屋敷で研修を受けたい理由は、もう一つだけある。

ゆくゆくは、俺は全ての頂点に立つ男だ。これは、決定事項だ。

俺は、なりあがると決めたんだ。街のチンピラや、誰かの引き立て役にはならん。

俺が主役だ。誰にも邪魔などさせない。

……で、今後のなりあがり物語の布石として、

六道家との繋がりが欲しかったんだがな……。


うーむ。一番簡単ななりあがりは、

六道のあのガキくさい式神使いと結婚して、まず六道を支配。

そこからGS協会に勢力を伸ばして、神族とも繋がりを持って、

最終的に、日本を裏から支配。


…………いや、駄目だ。ちいせぇ。

何だよ? 最終目標が、日本支配って。

こんな極東の島国一つで満足するほど、俺は器の小さい男じゃねぇぞ?


でもよ? 世界征服っつーと、なんか途端にガキくさくねぇか?












            第十五話      順風満帆? 前途多難?














「おはよう、陰念クン」

「ああ、おはよーさん」


一階に降りると、もう神父は起きてやがった。

しかも今起きたばかりなのではなく、かなり前から教会内の掃除をしていたようだ。

その手には使う古された雑巾があった。

さすがは、聖職者さまだな。

道場の早起き組みと、同じ時間に起床して、掃除とは。


「おはようございます、先生!」


俺が神父と挨拶していると、この教会にいるもう一人の住人もやってきた。

ピートという、ヴァンパイア・ハーフ。

生まれは魔属性にもかかわらず、神属性の技を使える器用な野郎だ。

そして…………金髪、細身の長身とかいう、キレーなやつだ。

つまりは、敵だ。

こいつと戦うときは、横島と同盟を組んでもいいと思う。


「それじゃ、先生、僕は学校に行きますので」

「ああ、頑張ってきなさい。ピート」


昨日の今日だから、学校ではまだ質問攻めに合いそうです。

そうだね。いまだ世間はGS会場の事件で盛り上がっているし……。

横島さんは、ちゃんと学校に来るでしょうか?

メドーサと言う魔族のことを、随分気にしていたけれど、本当に大丈夫でしょうか?

どうだろうねぇ。こればっかりは、私にも分からないよ。


登校するその一拍前に、神父とピートは簡単な会話をした。

人種は違うが、まるで親子のようにも見える。

いや、人種どうこう以前に、ピートの年齢は神父を軽く上回っているらしいが……。


そして、朝の出掛けの会話はすぐに終わり、ピートはカバンを肩に担ぎ、

教会の正面門を開こうとする。

神父は手にしていた雑巾をたたみ、片付けながらにピートを見送る。


「いや、ちょっと待て。何でそんなに早い? 朝飯はどうなる?」


まだ午前6時にすらなっていないのに、もう出発するのだろうか?

ピートの行く学校の開校時間なんて知らねぇが、さすがに開いてないだろう?

というか、ピートの野郎は、飯を食ったのだろうか?

まさか、この教会では節約のため、朝は飯抜きだとでも言うのか?

俺は、特に一番最後の『朝飯抜き』を警戒して、そう質問した。


「電車賃が勿体無いですから、学校までは歩きなんです」

「あー……納得した。で、朝飯は?」

「僕はヴァンパイア・ハーフですから」


そう言うと、ピートは正面門を開き、外へと出ていく。

そして教会の庭の片隅の花壇から、一つ白い花を摘んだ。

花の名前は……わからん。

俺に分かる花と言えば、タンポポとチューリップと朝顔と向日葵くらいだ。

まぁ、つまりあの花は、そのどれでもないことだけは確かだな。

俺は園芸に興味があるが、育てたことがあるのはサボテンだし、

興味外の花には、本当に興味がねぇしな。


「僕の食事は……こうして花から儚いを分けて……」


白い花に、自身の鼻をつけ、ピートがその香りをかぐ。

そうしていると、花は枯れていき、

しかしその代わりに、生命力は花からピートへと流れていく。

…………むかつく食事法だな、美形め。

横島の野郎は、こんなやつのいる学校へ通っているのか。

むぅ。アイツに対して、特に大きい友情なんざ、俺は感じていない。

だがまぁ、ここはやつの学校生活をよりよいものにしてやろう。


「いまここで死ね、このナルシス野郎」


俺は右手に霊力を集中させ、食事中の半吸血野郎に攻撃する。


「……フィアト」


しかし、俺の右手に集まり、そしてピートへと向かっていた霊弾は、

ピートにぶつかる少し前で、完璧に、欠片すら残さず拡散した。


「……陰念クン? 朝から教会で物騒なことはしないでおくれ。

 さぁ、ピート。君も早く学校へ行った方がいいよ」


「あ、そうですね。先生、それじゃ、行って来ます」


聖書片手に、弟子に登校を促す神父。

そして促された弟子は、俺には挨拶せずに、教会から走り去った。

まぁ、別にあんな野郎に挨拶なんざ、してもらいたくはないがな。


「陰念クン、腹が立ったからと言って、いきなり攻撃は駄目だろう?」

「と言うか、俺の攻撃をどうやって拡散させた?」


そういや、このおっさんは横島と戦ったんだよな、確か?

詳しく話し合う暇もなかったし、曖昧にしか知らねぇが、

この神父は、途中までは横島を圧勝していた……らしい。


この禿げたオヤジが? 

そう思わないでもないが、それはどうやら本当らしい。

今の霊弾は『最高の集中の元に作り出した、最強の威力』を持つ霊弾ではなかった。

だが、だからと言って、簡単にかき消せるほど弱い攻撃でもないはずだ。

それを、呟き一つで消すのか、この神父は。

……………いざとなれば、研修監督の神父など、

簡単にぶちのめしてやるつもりだったが…………。

無理だな。ぶちのめせないことはないだろう。だが、簡単には無理だ。

こちらも、かなりの被害を覚悟しないとな。


並のGSには楽に勝てる。

それが試験前に俺が抱いていた考えだが……世界は甘くないか。

こんな幸の薄そうなオヤジで、これだしな。


「あんたは、俺より強いか?」

「私自身は、とても弱いよ。私一人では、君にはとても勝てないだろうね」

「じゃあ、俺の攻撃とどうやって拡散させた?」


「この世界には、多くの魂が満ちている。

 自分一人で戦うのではなく、その魂から力を貸してもらうのだよ」


神父が言うには、草やら木やら虫やら……

……そんなモンからも力を借りろ、だそうだ。

自分から丁寧に頼めば、そいつらに宿る精霊が力を貸すらしい。


考えてみりゃ……借りる相手が魔族か、

もしくは神属性の精霊の違いだよな。

俺が体得した魔装術は、魔族と契約し、

そこから得た魔力をきっかけに使える術なんだから。


「まぁ、今後じっくり教えようじゃないか。

 君は研修に来ているのだからね。

 それに、君のその攻撃性と、そして秘術と言われる魔装術。

 この組み合わせは、非常にまずいところがある」


まぁ、コントロールに失敗すりゃ、魔物になっちまうって言うしな。

だが、俺の魔装術の制御は、ちゃんと日々磨きがかかっている。

雪之丞と同じく、霊波を硬質・物質化させ、

ちゃんとした鎧にも出来るようになったからな。

……この神父の教えを受けりゃ、俺や雪之丞がいまだに見えない

勘九朗のいると言う更なる高みに、『第3段階』に……行けるのか? 

本当に行けるのか? このはげ親父の教えで?


「まぁ、なんにしろ、よろしく頼む。

 少なくともあんたは、今の俺よりは強い位置にいそうだ」


誰かに従うのはイヤだし、教えを請うのも、イヤだ。

だがまぁ、今はいいだろう。得られるものは、得てやろう。

俺はこのハゲを利用して、さらに強くなる。それまでの辛抱だ。


「……で、戦闘の教えは、まぁいいとして……」

「ん? どうかしたかい?」


俺は神父の顔を、半眼で眺めた。

GSの資格だけで、GSにはなれない。

プロGSは資格をとり、協会に認定され、

そこで免許を発行してもらうからこそ、プロGSなのだ。


研修監督が見習いGSを、プロGSと認める要因は色々あるが、

第一に大事なのは、

その見習いが一人で、除霊作業できるだけの力を得ているかどうかだ。

これはまぁ、問題ない。俺は今でも十分に強いし、この神父も強い。

今後、この神父の出す課題的な除霊作業を、

あの半吸血野郎と、こなしていけばいいだけだ。


だが……第一に大事なもの以外の、その他の部分はどうだ?

別に事務所経営の仕方までは、監督者に教える義務はない。

税金のアレコレだとか、そういう経済的・経営的な知識はGSとはまだ別だからな。

だけど……普通は、あるだろう? 秘密裏に教える、業界のちょっとした話とかな。

そう。この業界でこれからやっていくに際して、

こうすればいいとか、こうしたら駄目だとか。

あそこの事務所とは共同作業していった方がいいとか、

あそこの事務所には近寄るなとか、逆らうなとか。

そういうことを、この神父からは学べるか?

金に汚いと言われるGS美神の事務所ならば、

業界の裏を様々な部分で見れそうだが……

……この人のよさそうな親父に、それが期待できるか?

なんか仕事とか、普通に無償で請けそうだぞ、この神父は。


「とにかく、朝ごはんにしようじゃないか。

 陰念クン。裏の家庭菜園から、野菜を取ってきてくれたまえ」


「わーったよ。つか、菜園なんてあったのか。このオンボロ教会に」

「ああ。前に私が栄養失調で倒れたときにね、美神君たちが作ったのだよ」

「……待て。つか、何で倒れた? この腐るほど食いモンがある時代に」

「いやー。恥ずかしながら、収入がなくてね」

「仕事がなかったのか?」

「仕事は毎日のようにあったのだけれど、お金が受け取り辛くて……」


阿呆だ。まさか、俺のいる間も同じようなことになるのか?

ざけんな! 

GSと言えば、死亡者が多い分、

超高額所得者が並ぶ職業だろうが! 

高位の能力者は、タレントや作家よりも、もうかるはずだろうが!


「……何で、あんたは横島を取らなかったんだ?」


あの『妖怪に優しく〜』とか言っている横島と、

このお人よし過ぎる神父なら、いいコンビだろう?

なんなら、俺が今から美神事務所に行ってもいい。

横島が望まない様な汚い手口も、

俺なら全く抵抗なく、すべからく取得するだろうさ。


「そこだよ。私が横島クンが取らなかった理由は」

「どういうことだ?」

「彼の理想は、とても素晴らしい。だからこそ、美神君と働いて欲しいのだ」


つまり、根は優しいのだが、基本的に利益優先な元弟子と、

あの理想に燃える横島を一緒にすることで、

この神父は、不出来な元弟子に、清い志しという物を思い出してもらいたいそうだ。


「なぁ、どーでもいいが、俺ですら知っている言葉を、あんた知らんのか?」

「何がだね?」

「赤いモンに白いモンが混じると、白が赤くなるって、言わないか?」

「……………食事にしようじゃないか」

「今、早まったことをしたとか、後悔しているか?」

「……………………………………ま、まだ懺悔をするには早いはずだ」


神父はかなり沈黙してから、やっとのことでそう言った。

まぁ、横島が変ったら、それはそれで面白い。

そして、美神とかいうあのキツそうな女が変ったら、それはそれで面白い。

無関係な俺からすれば、そんなモンだよな。


俺はどこか疲れたような神父を見つつ、そう結論つける。

そして、木製の大きな正門から教会の外へと出、

裏にあると言う、家庭菜園へと向かう。


「マジメなやつが、馬鹿を見るんだ」


あの神父は、つまり搾取される側、使われる側なのだ。

どれだけ能力がよかろうと、その性格が全てを台無しにしているわけだ。

得るものは、苦労と疲労と……あとは小さな感謝か?

俺なら、絶対に感謝などで納得しない。


「大体、ああいう手合いは、考え方が固すぎるんだよな。

 もう少し、柔軟につーか、いっそ壊れた考え方を……」


俺の台詞は、そこまでだった。

俺は、それ以上喋らせてはもらえなかったのだ。

俺が歩いていたのは、庭へと続く細い道。

そう。細く地面が土だから、俺は視線を足元に向けて歩いていた。

朝も早いせいか、地面は少し湿り、滑りやすかったからな。

そして地面が薄い芝生になったことを確認して、顔をあげた。


で……。


気づけば、俺の体は中を舞っていて、視界は赤く染まっていた。

何とか落下中に態勢を立て直し、

俺は地面に着地すると同時に、バックステップ。

その間の思考は『なんだ!? なんなんだ!?』と言う、実りのないもの。

つまりは、混乱していた。


『私を食べてー!』
 『私を全部あげるー!』
  『いやー! 私よー!』


何故かは知らんが、トマトが俺の顔面めがけて、飛んでくる。しかも、しゃべって。

かと思えば、とうもろこしがまるでロケットのように飛来する。しかも、しゃべって。

いや、ちょっと待ちやがれ。

トマトもとうもろこしも、全部夏の野菜じゃねーか? 今2月だぞ!?

いやいやいや! そうじゃない。 そうじゃなかった!

何でしゃべっているんだ、この野菜は!


『トーキビ!』
 『トーキビ!』
  『ビー! ナースビー!』


俺のそんな疑問に答えることなく、次々に野菜は俺を攻撃をしてくる。

いや、攻撃じゃねーのかも知れん。

一応、台詞から察するに、敵意はないみてーだし。

しかし……私を食べてだとか、

そんな台詞を野菜に言われても、嬉しくともなんともないぞ。


「ちぃ! 厄介な!」


俺はこちらに飛んでくる野菜どもを回避し、さらに距離を取った。

この野菜どもは、集中砲火的な行動パターンだ。接近すれば、やられるだけだ。

…………いや、待て。つーか、待て。

俺は野菜の収穫をしに来たのであって、

決して、野菜の妖怪と戦いに来たわけじゃねーっつーのに……。


「ああ、陰念クン! ウチの野菜はちょっと変ってるから、

 潰さないよう、慎重に採って来てくれるかい?」


俺の短い怒声を聞いたのか、神父が教会の中から、そう言う。

なんでもないことのように……

そう、ごく普通の野菜の収穫時の注意を言うように。



「すでに何個か潰れたよ! おかげで俺の顔が真っ赤だ!」

「はっはっは。ウチの野菜は美神君のおかげで、イキがいいからねぇ」

「美神の『おかげで』じゃなくて、美神の『せいで』だろうが!」



…………………この神父も、どこか壊れてやがる。

俺はようやく、その事実に気づいた。




GSになろうって奴、あるいはGSになっちまった奴。

その中にまともな奴は・・・・・・俺以外にいないんじゃないだろうか。



前途多難だな、何もかもが。

ったく……。




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