第十九話



「では、改めて最初から聞かせてもらってもいいかしら?」

「別にかまわないよ」


メドーサと名乗った女性と、私と、妻。

大の大人3人が顔をあわせるには、息子の部屋は少々狭い。

所詮は単身者を対象としたアパートなのだから、それも仕方のないことだろう。

それぞれの間に大した距離も置かずに、私たちは薄い座布団に座った。


「じゃあ、まず……ああ、私ったら。まずはお茶の一つも要るわよね」


そう言って立ち上がった妻は、

意外と整理されているガス台周辺をいぶかしみつつ、お茶を入れようとする。

湯飲みを3つ揃え、さらにお盆を探す妻・百合子。

彼女は『異様に綺麗ね。あの子がここまで?』と、目ざといことまで呟きつつ、私に視線を投げる。

私はそんな妻に対し、素知らぬ顔で首をかしげた。

顔には『へぇ、片付いているのか? あの忠夫がねぇ』という、妻と同様の『怪訝そうな表情』の仮面を貼り付ける。

そして、妻から淹れ立てのお茶を受け取れば、

ごく自然な動作でお茶を口へと運び、その熱さを感じつつ眼を閉じる。

ゆっくりと、さも味わうようにしてお茶を飲んでいくが、もちろん味など分からなかった。


ああ、あやうい。


何かを感じ取った妻の視線を、そう何秒も受け止めることは出来ない。

しかし、だからと言ってあからさまに視線を逸らせは、それは何かを知っている証拠となる。

瀬戸際とは、こういうことを言うのだろう。

とにかく、愛子君の話題は非常にデリケートなものだから、慎重の上に慎重を重ねないと……。


「ったく。もうちょっとしっかり考えなさい」

「忠夫も自立してきたとは……」

「アナタ? まじめに考えてる? 年頃の男にそんな配慮なんて」

「まぁ、出来るわけがないか。とは言え、俺にも分からんさ」


私は妻の言葉に相槌を打つことに専念する。

何かしらのボロを出さないよう、相手の言葉を反復したり促したり。

とてもではないが、それ以上のことは出来ない。

うむ。先延ばすしかない。

私がそう胸中で決断していると、メドーサさんがポツリと呟く。


「愛子がやっているんだろうね」

「………それは、忠夫のガールフレンドかしら?」


………………人が先延ばしにかかっていると言うのに。

えーっと。いやいやいやいや。ちょっと待って。

私は精神コマンドから『鉄壁』を選択し、自身の体の周辺に展開する。

まったく持って、今のメドーサさんの発言には驚かされた。

いやはや、危うく妻の顔めがけてお茶を噴出すところだった。

せっかく地雷を避けているのに、彼女は地雷にミサイルを直撃させてくれる。


(……百合子さんの目が、いつも以上に真剣になってるし)


メドーサさんの言葉に、妻は身を乗り出した。

馬鹿だ阿呆だと言いつつも、私と妻は忠夫をそれなりに信頼している。

そもそもまったく信用できず、いつ人様に迷惑をかけるかわからないような、

そんなあまりに無軌道な人間ならば、日本には残さない。

警察のお世話にだけはならない子供だと思ったから、私たちは忠夫を日本に残したのだ。

まぁ、当初の予定では、早急に弱音を吐いて、ナルニアに来ると言うと思っていたけれど。


……ああ、少々話し外れたが、まぁ、私たちは忠夫を愛しているわけだ。

そしてその大事な息子にガールフレンドが出来た。

その場合、父親である私と母親である妻では、少々感じるところが違うらしい。

父親である私は、恋人が出来たと息子が言えば、単純に褒めればいいだけのこと。

ほほう? 甲斐性なしのお前にしてはよくやったな……とでも言えばいいだろう。

だが、妻と言うものは少々違う。

お腹を痛めて産んだ子供に、多大なる影響を与える恋人。

その恋人を見る目は、父親よりも数倍厳しいものだ。

…………なんと言うか、男親など息子と同じ年頃の娘を見ただけで、下手すると目じりが下がるからな。

特に、ウチは忠夫一人だけで、妹も姉もいないしなぁ。


そんなことを考えつつ、私は妻の様子を見る。

彼女は……やはり、なかなかに鋭い視線をしていた。

もし忠夫が女で……私の『娘』で、その娘が『彼氏が出来た』と言うならば、

妻に代わって私が、ああいう目をしていたのだろうか?

…………忠夫のイメージしか湧かんから微妙だが……うーん。

若い頃の……10代の百合子さんにそっくりな我が娘に男が……と考えれば……。

うむ。やはり、私の視線も厳しいものになるかもしれない。


「その『愛子』と言う娘は、どういう娘ですか?」

「少なくとも、ガールフレンドと言う表現は、適切ではないよ」

「そう、ですか……」

「一緒に住んでいるんだから、家族と言う方がいいんじゃないか?」

「一緒!? 家族!?」


待って、メドーサさん!

……そ、そんなにあっさりとジェノサイド砲のボタンを押さないで……。

だが、私の願いは虚空で霧散したらしく、神には届かなかったようだ。

言っちゃいましたよ、ええ。

私がどう妻に説明しようか悩んでいたことを、あっさりと。

ドレッシングのかかっていない無農薬野菜サラダくらい、あっさりとね。


「そ、それはつまり、同棲!? あの忠夫が!? 恋人レベルを軽く超えて!」

「……うるさいねぇ。落ち着いたらどうだい」

「落ち着けと言われても……こんなことが学校に知れたら!」

「と言うか、一緒に通っているようだけれどね」

「一緒に!?」

「……………いちいち叫ばないと会話できないのか?」

「あ、あら失礼。でも、一緒にとは?」

「一応、愛子は横島の『所有物』だからね」

「……しょ、所有物?」

「眷属と言うか、使い魔と言うか……まぁ、人間風に言えば奴隷だよ」

「ど、奴隷? それは、どんな命令をしてもいいという、あの奴隷?」

「まぁ、横島なら愛子に命までは求めないだろうけれどね」


しかし、そのメドーサさんの言葉は、妻の言葉を肯定したも同然だった。

横島ならば命までは求めない……つまり、求めようと思えば、求めることが出来る間柄なのだ。

愛子君のことを妖怪だと知っている私は、メドーサさんの説明にそこまで驚かない。

しかし、何も知らない妻の驚きようは、見ていていっそ清々しいほどだった。


「ど、奴隷って……」


妻の思考回路は、ショート寸前なのかも知れない。

メドーサさんの言葉に受けたショックが大きすぎたのか、いまだに同じ言葉を繰り返している。


「私たちの知らないところで。あの子が……」


っ! ここだ! 今ここが重要なターニングポイントだ!

そんな風に会話の『流れ』を読んだ私は、愕然とする妻の肩を抱きつつ、言う。


「いや、今は忠夫を信じようじゃないか」

「で、でも、最近の日本じゃ、異常性欲に目覚めた若者が、拉致監禁で、ご主人様!?」

「落ち着け、落ち着くんだ、百合子。全てが忠夫が帰ってきてからだ」

「そう、そうよね。しっかり話を聞いてから……」

「ああ、俺たちはまだ、何も知らないんだからな。ちゃんと話を聞いてから……」


すまん、忠夫。

俺はお前の夢のことはともかく、愛子君のことは何も知らなかった。

知らなかったと言ったら、知らなかったんだ!


まさかGSになりたいと言っていたお前が、婦女子と同棲していて、

しかもその同棲が奴隷な主従関係で、イヤーンなご主人様がアレな感じだったなんて!

お前はGSになりたいというだけで、日本で何をしているか、私に何も言わなかったし!

私だって、知っていれば早急に手を打とうとも思っただろう。

百合子とも相談しようと思っただろう。だが、知らなかったんだ。


そう言う事に、全議席賛成を持って私の脳内議会は幕を下ろした。

…………マジすまん。

だが、今この状況を乗り切るには、お前が全ての情報をせき止めてたとするしか!

だって、今ここで百合子が怒りくるってみろ。

私は学校帰りのお前の顔を見る前に、一足先にと言うか、一足飛びにあの世逝きかも知れん。

お前だって、私の生霊を冥府から取り返したくはないだろう?

埋め合わせは今度してやる。

男と男の約束だ。身勝手、かつ一方通行だけれども。


「……アンタ。横島の父親のアンタは、知ってるだろう?」

「ひゃえ!?」

「アンタは、愛子とも会っているだろ? 去年の夏には、愛子の服を着たそうじゃないか」

「な、なんのことですかな?」

「横島が言っていたよ? あの変態親父は、愛子のメイド服を……って」


ど〜〜〜〜して、人が何とか乗り切ろうとしているところで、いきなり止めを刺しますかね?

それとも、乗り切ろうと私が乗った船は、最初から泥で出来たいたのか……?

メドーサさん。貴女は素直すぎる。いや、分かってやっているのか?


しかし、私はメドーサさんに胸中で文句を並べる暇もなかった。

何しろメドーサさんの言葉により、妻の瞳は妖しく輝いていたのだから!


「詳しく聞きたいわねぇ。アナタ、GS試験どころか、同棲まで黙認?」

「はっはっは。その話は後にしようじゃないか」

「…………後、ですって?」

「ほら、まだ詳しい自己紹介もすんでいないわけで」


そう。もう一度話の流れを考えようじゃないか。

今はお茶を汲みに言った百合子の一言から、全てがはじまっているんだ。

メドーサさんに関して分かっていることも、名前と忠夫との関係のみ。

しかもその関係と言うのは、師弟関係であるということだけだ。

ここは一つ、もう一度最初から落ち着いて話をしなおすべきではないだろうか?


「……そうね」


私のその提案に、妻は頷いた。確かに、一理あると。


そこで妻は自身の名前や住所など、矢継ぎ早に話しだした。

横島百合子に、横島大樹。現在はナルニアに在住。数年後に帰国予定。

何故、本日こうして日本に舞い戻ったかと言えば、GS試験の騒ぎを、担任教師からの連絡で知ったから。

……実に簡潔で分かりやすく、素早い事情説明だった。


あまりにさっさと終わってしまい、こちらは体勢を立て直すことが出来ない!

なにしろ、私は先ほど動揺する妻の方に手をやると言う、

そんな芝居のかかった行動をしてしまっていたのだ。

そのせいで妻の腕は、すぐさま私の急所に届く位置にあった。

と言うか、距離を取ろうにも、私のネクタイを妻が掴んでおり、正直に無理だ。


身動きできない私を尻目に、妻はメドーサさんに質問を投げかける。


「先ほども聞きましたが、お名前は?」

「メドーサだよ。それ以外にはないね」

「失礼ですが、年齢は?」

「正直な話、まともに数えていないから分からない」

「では、出身は?」

「私の生まれた河や国なんぞ、とっくに干上がって、もうないんじゃないか?」

「ご職業は?」 

「上級魔族の手先……だったけれど、今はワケありでね。同僚に裏切られて敗走中さ」

「趣味は?」

「ないね。強いて言うなら、最近は現代の人間の文化に関する情報収集?」

「では、好きな食べ物は?」

「それもない。私らは基本的に、何かを喰わなきゃいけないわけじゃない」


…………終わっちゃったよ、おい。

だがまぁ、妻の声のトーンは平時のそれに一応戻ってはいる。

ふむ? これで、一時的に落ち着いたのだろうか?

いや、だとしたら、妻の手に異様なまでの力が込められているのは、何故だ?

私のネクタイを持つ手。そして湯飲みを持つ手。

その両方に、均等に膨大な力が送り込まれている気がする。


これはあれかもしれない。

いや、あれと言うか、なんと言うか、間違いなく私に腹を立てている。

まずい。見誤った。

話題を変換したつもりが、それが間違いだったらしい。

一時の平穏とともに、妻の怒りを大量に購入したようだ。


(くっ。焦っていたとは言え、あの話題変換はあからさま過ぎたか!)


このままでは、私が諸悪の根源になってしまう。

どうすればいい? 

まったく、忠夫の生活のせいで、何故私がここまで苦労する?

……………ああ、私がアイツの父親だからか。


ばきゅごりっ……。


自嘲とともにほの暗い笑いを浮かべてみれば、

そんな聞き慣れない明らかな異常音が、妻の手の中から響く。

恐る恐る見てみれば、彼女の手の中にあったはずの湯飲みが無くなっていた。

ああ、なかった。

手の中にあったはずの安っぽい陶器が、姿を消していた。


「ここから本題に入るけれど、

 落ち着いて話をしていきましょう? 虚偽の発言をしたら……」


妻は指と指の隙間から、なにやら粉末をこぼしつつ、言う。


「し、したら?」

「まぁ、アナタは嘘はつかないわよね」

「はははは! 当然じゃないか、百合子!」

「頭蓋骨を、こうしちゃうかもしれないわねぇ」

「…………………はい?」

「だから……仮に、もしも、今から嘘をついたらよ」


恐るべきデモンストレーション。

私は百合子に両手を上げつつ苦笑する。

もちろん胸中では、どうやって去年の夏のメイドコスプレに関して、言い逃れるかを考えていたが。

と言うか、息子の生活の尻拭いで追い詰められているのではなく、

あの夏の馬鹿な行動のせいで、私は追い詰められている……って、つまり自業自得?


「どうも、すみません。見苦しいところをお見せして」

「面白い見世物だったよ」


妻がころっと表情を変えてそう言うと、メドーサさんは苦笑した。


「えーっと、それじゃ、愛子と言う子についてと、

 この馬鹿がその娘の服を着たとか、まぁ、その辺を色々とお教え願えます?」


「かまわないよ。しかし……」

「? なんですか?」

「こんなところで、夫婦喧嘩というものが見れるとは思わなかった」


「私も、まさか、息子のアパートで!

 夫のお仕置きを! しなければならないなんて! 思いもしませんでした……よっ!」


メドーサさんの言葉で、妻の怒りは再燃しだしたのだろう。

なにやら、妻の台詞の勢いが増している。

そして…………………ごきりんっ……と、なんか私の肩からそーゆー音が鳴った。


…………って、腕が、肩から動かなくなっている!

どうやら、いつの間にか体勢を変えられていて、関節を外されたらしい。

うん? ああ、そっか。

なんか痛くないなぁと思っていたら、ネクタイが閉まりすぎて頚動脈閉まってるの。

湯飲みを粉砕する握力を持つ妻に、肩の関節外されて、首絞められてるの。


……………あれ? なんだか気持ちよくなってきた。


忠夫〜〜〜〜〜。愛子く〜〜ん。早く帰ってこ〜〜〜い。

早く帰ってこないと、父さん、パトラッシュにお手を教えちゃうぞ〜〜〜。


届け、俺の思い! 

英語で言うと、センド! マイ! ハァートッ!


忠夫! 愛子君! 早くカムヒィアァ〜〜。










            第19話      届かない思い、そして声









不意に誰かに呼ばれたような気がして、私は背後を振り返った。

しかしどれだけ注意深く視線を這わせても、私の後ろには誰もいなかった。

何だったんだろう? 何かを感じたような気がしたのだけれど。


「どうかしたか、愛子?」

「ううん。なんでもないわ」


私の前方を歩く横島クンが、立ち止まった私に対して質問してくる。

いつもの通学路。いつもどおりの制服。

いつものように私の机を担いでくれる横島クン。

でも、今日はここからいつもと少し違う道を行く。


GS試験がなんだかよく分からないことになって、

研修も白竜会ではなくて、GS協会の指定する場所で行われることになった。

だから放課後はいつも白竜会に向かっている私たちだけれど、

今日からしばらくは、GS美神さんの事務所へと向かわなければならない。


もちろん、研修と言うのは横島クンだけが行うもので、私は関係ない。

私はただの学校妖怪でしかなくて、横島クンの除霊を手伝えるわけでもない。

でも、一人でアパートに帰るのもなんだし、

横島クンも帰れとは言わないので、着いてきている。

もし、GS美神さんに帰れと言われれば、その時帰ればいいことだし。


私は考え事をしつつ、横島クンの顔を見やる。

すると彼は私の視線を受けて、なにやら周囲に視線をやった。


「周りに変な気配はないけど……そんなに気になるのか?」

「え? あ、ううん。そうじゃないんだけど」

「まぁ、この辺はあんまり来ないし、珍しがられてるかも?」


横島クンは机を担ぎなおしてから、そう結論付ける。

確かに、普段通る通学路では、私たちのことを誰も気にしなくなった。

机を担いで登下校する男子と、それについていく女子と言うのは、目立つ。

目立つけれども……それが毎日続けば、やがてただ日常となっていく。

でも普段あまり通らない道を、今日からは歩くことになるのだ。

驚かれたり、奇異の眼でどこからか見られていても、それはそれで不思議じゃない。


…………もしかして、私のほうが今日からの研修に緊張しているのかも?


私は変らない日常を、大事にしたいと思っている。

そう。もともと学校から生まれた存在だから、その傾向はかなり強いのだ。

朝起きて、学校へ行く。変らない毎日。そんなものが、私の好きな生活。

型にはまった生活と言うのは、少々聞こえが悪いけれど……でも、それを私は望む。

でも、今日からはいつもと違った生活サイクルがはじまる。

私はそれを恐れているのかも知れない。


…………うーん。もしかすると、

前の夏休みにろくな思い出がないことも、影響しているかも知れない。

ううん。

て言うか、普通に学校に行かない日は、これまでトラブルばかりだった気も……。


「気にしすぎじゃないか、愛子?」

「え?」

「さっきから唸ってばかりだぞ?」

「そうかな……。ねぇ、横島クンは不安とかない?」

「ふっ。今はない!」


きっぱりと断言された。

でも、完全にないんじゃなくて、『今はない』と言うところが少し興味深い。

つまり何も考えていないんじゃなくて、

考えた末に『今は問題ない』って言っているみたいだから。


試験終了後、GS協会の一室で横島クンは何を考えたんだろう?

協会から帰ってきて、ここ数日何を考えたんだろう?

今日学校でみんなと喋っている時に、何を考えたんだろう?


ニュースでも大々的に取り上げられたらしくて、

横島クンはクラスで一躍『時の人』だった。

何があったのか、と言う質問は、何度も何度も横島クンになされた。

昼休みにピート君が私たちのクラスにしゃべりに来たこともあって、

放課後になってもしばらく話題は盛り上がっていた。

もしかすると、今でも部活をしつつ、その話をしている人がいるかも知れない。


横島クンはごく普通だった。

俺も試験に受かったのに、何でピートだけチヤホヤされるんだーとか、

いつものノリで、大声で叫んだりなんかもしていた。


でも、これは不自然。

空元気と言うわけでもなく、無理しているわけでもないから、余計に不自然。

横島クンは、メドーサさんのこと、どう思っているんだろう?

あれだけ心配していたのに、何で今は心配していないんだろう?


「メドーサさんのこと、心配じゃない?」

「むしろ俺が心配するのは無駄と言うか……」

「言うか?」

「無意味?」

「何それ?」

「俺なんかに心配されなくても、メドーサさんは絶対に大丈夫だってこと」

「その言い方って……」


口を挟もうとした私に、横島クンは一歩前進。

初めて顔を合わせたときよりも、少しだけ伸びたその背の高さ。

彼は私の目線にあわせるためか、腰を少しだけ折って、話す。


「俺はアリで、メドーサさんが……えーっと、うーん、雌豹?」

「何か微妙にいやらしくない? その表現」

「気にすんな。で、雌豹のメドーサさんをアリの俺が心配しても、意味ないだろ」

「その言い方、やっぱりちょっと冷たい」


「いや、だから。何て言えばいいのか……心配なのは心配なんだけど。

 メドーサさんは俺なんかに心配されなくても、絶対死ぬわけないし、

 こんくらいの危機とかそう言うのは、乗り越えられて当然っつーか。

 で、俺は要らん心配している暇があるなら、もっと精進していかないとって言うか」


横島クンはもっと他のことを言いたいようなのだけれど、

上手く言葉が見つからないみたいだった。

まぁ、心配をすることが、本当に『無意味な行為だ』と、

彼がそう思っていないと、分かっただけでも私としては一安心だ。

もちろん、もし本気でそんなことを横島クンが言い出したなら、それはそれで不自然だけれど。

だって、横島クンだもの。

どう物事を考えて、どう結論付けたとしても、彼がそういうことを言うはずがないと思うから。


でも、横島クンは何を言いたかったんだろう?

言いたいことは私にも何となく伝わったけれど、

でも、私もそれを理路整然と言葉に直すことは出来ない。


「とにかく。今はアクセル踏むことだけ考える。日々前進だ」


最終的に、横島クンがそう結論を出した。

その結論は過去にも聞いたことがあるような、横島クンのスタンスそのもの。

メドーサさんのことで悩んでたけど、とにかく今はいつもどおり……ってことなのかもしれない。


変っていないと言えば、横島クンは変っていない。

でも、横島クンは着実に成長しているように思える。

前向きな姿勢は変らないけれど、その前向きさ加減も加速している気もする。


初めて会ったときの横島クンと、今の横島クンを比べてみる。

初めて会ったは……ただの高校生だった。霊能力に目覚めたばかりだった。

今は……GS試験合格者の、高校生。相応に、霊能力も高まっている。


じゃあ、私は?

横島クンと出会ってから、変った? どこか成長した?

………………あんまり変っていない気がする。

料理と掃除と……つまりは家事能力は上がった気がするし、友達も出来た。

でも、ここぞと言う決め手にかける成長具合な気がする。


もしかすると、研修が始まって、新しい生活サイクルになるのがイヤなのは、

私が横島クンに、いろいろな面で置いていかれる気がしているからなのかもしれない。

横島クンはこの研修を終えれば、免許を手にすることが出来る。

つまり、また横島クンは一段階成長する。

でも、私は何も変らない。横島クンみたく、何かに頑張っているわけでもないし。

もちろん、免許とか資格を取ることが成長するということでないことは、分かっているんだけど。

だけれど…………なんだか『差』が広がり続けている気がするなぁ。横島クンとの。


そこまで考えて、少しだけ悔しい気分になった私は、

横島クンに少しばかり意地悪な質問をしてみた。


「日々精進って言うのが、夜中に唸って出た結論?」

「……知ってたのか」


気づかれていないと思っていたらしい横島クンは、やはり私の質問に驚いた。


「狭い部屋だから」

「まー、そうだな」


とりあえず会話はそれで一段落。

なにやらまとまりにかける会話だけれど、

でも、下校中にする会話としては実りのあるものだったと思う。

とりあえず、横島クンはメドーサさんを心配して、

ただ悩むのはヨシとしていなくて、自分に出来ることを、一つずつやっていくつもりらしい。

実に分かりやすいスタンス。

でも、それを実際に実行していこうと言う気になれているのは、つくづく凄いと思う。


でも、ふと思う。

先ほど思ったことと、同じように。


私はどうしよう? 私は『これから』どうして行こう?


横島クンは、ずぅっと一緒にいてくれると言う。

それは嬉しいことだけれど、でも、横島クンは今の状況だけを見ても、一人どんどんと先に進んでいる。

それは精神面とか肉体面とか、そういう成長だけじゃない。

横島クンは社会的にも、今後どんどん成長していく。


横島クンはこのまま行けば、高校卒業と同時に社会人になるだろう。

何しろ彼の進路は、高校卒業見込みで公務員試験を受けると言うものだから。

仮にそうならなくても、高校を卒業するのはまず確実。

公務員。大学生。フリーター……プロGS。

色々想像できるけれど、でももう高校には通わない。

それは確実。ほぼ確定した未来。


じゃあ、私は?


つまり、今後は私も『先』に進む事を考えないといけないのかも。

私は生まれてからこの方、ずっと高校生だった。

色んな学校で生徒を取り込んで、偽りの学生生活を続けていた。

だから『学校』妖怪なのに、最も学生の重視するべき『進路』と言うものを、私は全く考えたことがなかった。


私はこれからどうしよう?

変らない日常が好きだとか、そういうことだけ言っていられない。

今後、私は……横島クンのいなくなった高校に、一人で通う?

それとも大学に進学? 学費は? それとも横島クンと一緒に公務員?

現実問題として、妖怪の私が大学受験や公務員試験を受験できる?

今の高校には、ほとんど学校側の好意で通わせて貰っているようなものだし。


「……実は私のほうが何も考えていない?」

「何が?」


ポツリとこぼした私の言葉に、横島クンが首をかしげた。


「これからの進路とか」

「うーん。確かに高校生以外の愛子って、想像できない気がする。でも、いいな」

「何が?」

「永遠の女子高生って言う響き」

「私は真剣な話をしているんだけど」

「俺も真剣だ! 漢のロマンだ!」

「そういうものなの?」

「そういうものだ」

「横島クンって、年上趣味なのかと思ってた」

「それはそれ、これはこれ」

「便利ね……」


いつもと同じ横島クン。

そんな彼のとぼけた意見で、とりあえず私の考え事は一時中断。

そして、そんなことを話しているうちに、いつの間にか住宅街から繁華街へ。

GS美神さんの事務所は、シャングリラとか言うビルの中にある。

確か、4階か5階か……。まぁ、ビルの前まで行けば、書いてあると思う。


「おキヌちゃんって、美神さんと一緒に除霊に行くのかな?」

「ん? それは知らんけど……どうして?」

「おキヌちゃんに、色々相談してみようかなーって」

「色々?」

「除霊の手伝い方とか、GSの補佐の仕方とか?」


おキヌちゃんと顔をあわせたことは、これまでに数回。

色々と話をしたことはあるけれど、それは全て世間話の領域。

もし時間があれば、これからのことを相談してみたい。

それにおキヌちゃんに幽霊の友達がいれば、その人たちに話してみてもいいし。

そう言えば、私はおキヌちゃん自身についても、よく知らない。

だから、横島クンの研修中に機会があれば、是非聞いてみたいと思う。


おキヌちゃんは、どうして成仏しないのか?

いつの時代に死んだのか?

今、美神さんとどう生活しているのか?

これから先、どうするの気なのか?


もちろん、いきなりそこまで踏み込んだことは、聞けない。

でも、私にとって何かヒントになる話が聞ければいいかな、と思う。



「着いたな、ここだ……よな?」

「ええ。ドアにもそう書いてあるし」

「んじゃ、行くぞ」



私と横島クンは、GS美神除霊事務所の扉を開けた。






追伸。
ごめんなさい。正直、おじ様の声は、これっぽっちも届きませんでした。




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