第二十話



「で、実際のところ、忠夫の力と言うのはどの程度なのです?」


横島の母である百合子が、私にそう聞いてくる。

その面持ちは、少々翳っていた。

息子を心配する母親。私が一度も浮かべたことのない表情。

何しろ、私の子供は私が首を切り落とされた後に生まれたわけだからね。

仮に……仮にだが、もしこの先私が息子を産み、

人界で普通に育てることが出来たなら、私は百合子のような表情を浮かべることがあるのだろうか?

どうだろう? 人間には多少の嫌悪感があるが、それも最近は薄れてきている。

百合子の表情も、うっとうしいとは思うが、しかしそれだけだ。

今すぐこの場で殺してしまいたいほどの衝動は、全くないといっていい。


…………まぁ、今考えても栓のないことか。

私は思考を転換し、百合子の質問に答えることにする。


「人間としては中の下かね? あー……っと」


私が知る人間の常識から考えて……あるいは、私が横島を心配することから、

今の百合子の心境は、多少想像できる。

つまり横島の力が、敵を倒し、危機を乗り越え、

困難に打ち勝って、今後生き残れるだけあるかどうかが、気になっているのだろう。


横島が死ぬようなことにならないだけの力は、私はつけさせたつもりだ。

少なくとも、人界に溢れる低級霊相手に、横島が手こずることはまずない。

だが、魔界や天界を含めると、横島の力などチリのようなもの。


(少なくとも、人界では問題ないと思うんだが)


しかし、私が横島に関係したせいで、ヤツはハエ野郎たちにも存在が知れている。

もしかすると、今後魔族に襲われる可能性も、ゼロではない。

あるいは、頭の固い神族と思想的に対立するかも知れない。

そうなると…………生き残れるかどうかは、とたんに怪しくなる。


(……そんなことを、正直に話してもねぇ)


どのように話せばいいのか、私には分からなかった。

霊能の力そのものを知らない人間に、どう説明したものか……。

うまくたとえ話をすればいいのだろうが、分かりやすい比喩も思いつかない。

また、実際どの程度まで喋ればいいのか、それも分からなかった。


私は首をかしげ、言葉を選びつつ話していく。

それが百合子の眼には、どう映ったのだろう? 

彼女の表情は、だんだんと影を増やしていった。

やがて、彼女は手についた血をハンカチでふき取りつつ、言う。


「GSと言う職業は、霊と戦うわけでしょう?」

「まぁ、そうだね」

「戦うと言うことは、怪我をすることもあるでしょう?」

「それどころか、死ぬことも考えられる」

「……あの子、喧嘩なんかしない子なんです。それなのに」


指と指の間の血までしっかりとふき取った百合子は、ハンカチをたたんだ。

私は百合子から視線を離して、その背後にいる……いや『いる』のか?

『ある』と言ったほうが適切な気もする、そんな横島の父親だったものを見やる。

両肩の関節と股関節を外され、実にコンパクトに折りたたまれている。

百合子が先ほどたたんだハンカチと、まったく同様だ。


「私はごく普通の人間で、特殊な能力なんて何もないんです」


呟くようにしゃべる百合子の背後で、夫だったものが再生を始める。

どうやってかは知らないが、がりごりと自ら両肩の関節を入れ、

その後、治った両手で股関節を調節する。

何度もされているからなのか、実に手馴れていた。

身体の各部を動かして、動作確認をした大樹は、立ち上がって百合子の隣に座りなおす。


「ふぅ〜、パトラッシュにマテまで教えたぞ」

「…………それより、反省は?」

「しました。もうしません。絶対しません。馬鹿なことも、隠し事も」

「結婚して何度目かしらね、その台詞」

「はっはっはっは」

「…………とまぁ、夫もごく普通の人間で、別に特別強いわけでも」


大樹の頭を叩きつつ、百合子はそう言う。

私は二人にかなり冷めた視線とともに、一つ言葉を送った。


「………………どこがだい?」











            第二十話      はじまりの、はじまり











愛子が進路のことで悩んでいるだなんて、俺は全く気がつかなかった。

一体、いつから悩んでいたんだろう?

同じ家……と言うか、部屋に住んでいて、俺が悩んでいるのはしっかりバレていると言うのに。


愛子の将来か。

愛子は身体的な成長はないだろうから、外見は今と同じだよな。

となると、やはり高校生にしか見えないわけだよな、今後も。

だったら、いっそのこと芸能人とかになってみるって言うのも、手かもしれない。

愛子は普通に可愛いし、年を取らないって言うのは、

アイドルが喉から手を出してでも欲しがる特性だと思う。

……でも、歌番組でトークしてる愛子も、想像できないなぁ。

愛子に似合う姿ってのを考えると、制服とかエプロンとか、その辺に落ち着いてしまうし。


まぁ、俺は進路がしっかり決まっている。

後はひたすら、それを実現するために頑張ればいい……って、この状況はある意味楽かも。

何をすればいいかも、分かっているんだから。

やりたいことが見つからないとかなると、閉塞間があるってのは、

メドーサさんに会うまでの普通の生活で、俺もよく知るところだし。

目標を決めて、それを達成する手段を知って……自分の実力も知る。大事なことだよな。


(でもまぁ、分かってて面白い事実でもないけど。

 弱い。未熟。まだまだ。現状で役立たず……だから精進しろってのは)


しかし、それを認めて着実に邁進しないことには、また『眼』に怒られてしまう。

メドーサさんの分身と言うか、欠片だけあって、俺の眼は容赦がない。

でも、言葉を飾らないからこそ、ちゃんと成長していれば褒めてくれるわけで。

是非、次の春はコーラルのベタほめから始めたいところだな。


「んじゃ、行くぞ」

「うん」


愛子の返事を待って、俺は事務所の扉を開けた。

その扉の向こうには……誰もいない。

首を傾げつつ『失礼しまーす』と言い、中へと脚を進める。


『あ、お待ちしてましたー』


5歩脚を進めたところで、俺と愛子に声がかかる。

俺から見て左手にある扉から、上半身だけを出したおキヌちゃん。

うーん。幽霊ならではの横着さだよな。


『今、お茶をお持ちしますからね』

「あ、うん。ありがと。今日からお世話になります」


生身の女の子なら、手を握るだとかハグするだとか出来るんだけどなぁ。

しかし、悲しいかな。相手は実体のない幽霊。

彼女は自分の意思で物を持ち運んだりと、

ごく一部の実体化は出来るようだが、全身くまなく実体化することはない。

仮に今飛び掛ったら、俺はおキヌちゃんの透過している扉に顔面からぶつかるわけだな

俺は嘆息交じりに愛子の机を降ろして、とりあえず目に付いたソファに座る。

勧められてないけど、いいよな? 

お茶を持ってくるって言ったんだし、座って待ってるべきだろ?

いや、これから研修受けるわけだし、美神さんが来るまで立って待つべき?


「……って、座ってから考えても意味ないでしょ?」


思考を口に出していたのか、愛子が俺に突っ込んでくる。

ちなみに愛子はソファには座らず、普段学校でしているように、自身の本体である机に腰掛けている。

よくよく考えると、委員長とか似合う愛子にしては、行儀の悪い感じ。

まぁ、自分自身の体なんだし、別にいいのかもしれないけれど。


『どうぞ。あっさむてぃー ですよ』


微妙に使い慣れていない単語なせいか、お茶名は聞き取り辛かった。

ふむ。アッサムティーか。俺としてはアールグレイの方が好みなんだが。

……………いえ、ごめんなさい。飲んだことないです。

つーか、麦茶とウーロン茶も、よほど気をつけて飲まないと、区別出来ません。


「うん。うまい。で、美神さんは?」


お茶を一口飲んでから、俺はおキヌちゃんに尋ねる。

ちなみにうまいとは言ったが、実はよく分からない。

好きな人は『蒸しにムラがあるかどうか』まで分かると言うが、本当だろうか?


『今、シャワーに入っています』


紅茶なんぞ、どうでもいい。

俺は胸中に湧いたふとした疑問をかなぐり捨てる。

そう、あの美神さんがシャワーを浴びていると言うのだ。

紅茶など気にしている暇はない。

俺は『ふーん』と答えつつ、さりげない口調でおキヌちゃんに質問を重ねた。


「ちなみにシャワーってどこ? あっちがキッチンだろ?」


俺は『先ほどおキヌちゃんがお茶を運んできた部屋』を指差した。

するとおキヌちゃんは『ええ。あそこが台所で、お風呂は……』と言う。

よし! こい! 風呂はどこだ?


「って、お風呂の場所なんか聞かなくていいでしょ?」


そう思った矢先に、俺に冷めた視線を寄越す愛子が邪魔をしてくれた。


「いや、今後のためにも」

「いつ必要なの? それなら、先にトイレの場所を聞くべきでしょ?」

『あ、そうですね。おトイレはあっちです』


愛子の言葉に便乗して、おキヌちゃんが答えてくれる。

うん。トイレの場所は分かった。別に今すぐ知る必要性はなかったけれど。


「横島クン? 今からお世話になる人に迷惑かけたら駄目よ?」

「ういーっす。分かってるよ」


俺はしぶしぶと言った表情を前面に出して、愛子に返事をする。

そして両腕を後頭部へと持って行き、そのままソファに体重を預けた。

さらに両目は閉じた……と見せかけて、うすーく開けておく。

その状態をごく自然な動作でキープして、愛子に気づかれないようにおキヌちゃんを観察。

おキヌちゃんはきょろきょろと視線を動かす。

リラックスした俺を見て、愛子を見て、そして紅茶のカップを見て、キッチンを見て……さらにある方向を見る。

俺は部屋に入った瞬間の記憶を引っ張り出して、事務所の間取りを思い出す。


(………………よし、大体の感じはつかめた! バスルームはそこか!)


俺はキッチンの隣にある扉が、バスルームへ通じるものだと確信した。

大体、6階建てビルの5階にある事務所であることを考えても、間違いないはず。

風呂と台所とトイレを、全くの別方向に配置するはずがないしな。


俺は両目を開いて、立ち上がる。

突如として動き出した俺に、愛子とおキヌちゃんは驚いたようだった。


「どうしたの? 横島クン」

「美神さんがシャワーに入っているなら、俺も精神集中しようかな、と」

「…………なんで美神さんのシャワーと精神統一に関係が?」

「何を言ってんだ、愛子。何で美神さんがシャワー浴びていると思う?」

「え?」


俺はハテナマークを頭の上に浮かべる愛子に、分かりやすく説明してやることにした。

まず、今日から研修が始まる。

どんな風に何をするのはとか言う説明は、もちろんあるだろう。

でも、多分それだけでは終わらないはずだ。

恐らく美神さんは、今日も除霊の仕事が入っていて、これからその仕事に行くだろう。

あの人の性格から言って、初日は説明だけとか、そう言う悠長な研修はしないと思うし。


「それはいいけど、除霊の仕事とシャワーに何の関係が?」

「水垢離に決まってんだろ? これから霊と対峙するんだし」

「あー、そう言われればそうよね」


水垢離、あるいは禊と言ってもいいだろう。

霊的なものと対峙するとき、人は昔から水で身を清めるのだ。

聖水などではなく、水道水でどれだけの霊的効果があるのかは知らないけど、

まぁ、少なくとも気を引き締めるだけの効果はある。


『へー。だから美神さん、仕事の前によくお風呂に入るんですね』

「いや、おキヌちゃん。アンタは巫女やないんかい?」

『生きてるときのことって、今じゃもう、あんまり覚えてなくて』


説明する俺に、納得するおキヌちゃん。

個人的にキャラ的な役割が逆な気がする。

て言うか、自分で言うのもなんだけれど、今の俺、頭よさそうじゃなかった?

俺だって本読んでるんですよ。

ええ。読んだ知識を全部覚えられるほど、いい頭じゃないけど。


「と言うわけで、とにかくこの後、仕事があるっぽい。

 で、もしかすると俺の連れて行かれるかも、だ。

 なら、万全の体勢で行けるよう、俺の精神集中しようってことだ」


「……そうだったの。ごめんね、疑って」

「いやいや、いいって。んじゃ、俺は屋上で精神集中してるから」


さて、ここからが勝負だ。まず屋上まで全力でダッシュして、それから方角を確認。

美神さんが入浴中のバスルームの位置を掴み、そこから5階に向けて降下!

霊力は使えない。興奮による霊波上昇も押さえなければならない。

そうしなければ、窓の外から覗いていることが、中の美神さんにばれてしまう。

……覗きをしつつ、精神集中かつ、充実していく霊力も制御か。

かなり厳しいが、やるしかない。これは仕事の準備だからな!


「俺、屋上に少し行ってくる。おキヌちゃん、お茶ありがと」

「部屋の中じゃ出来ないの?」

「人のいるとこで完全集中できるほど、俺は出来ていないしなぁ」

「そう? じゃあ、美神さんが上がったら呼びに行くね」

「分かった。じゃ!」


俺は愛子に返事をしつつ、事務所を出て、階段を2段抜かしで上りきる。

屋上に到達すると、空の太陽と記憶の中の部屋の間取りで目標の位置確認。

そして……深呼吸。

別に階段を上ることで息が乱れたわけじゃない。

ここ半年以上も身体を鍛えたんだ。さすがにこの程度で息切れなんてしない。

つーか、毎日愛子の机を担いで徒歩で登下校しているだけでも、随分な体力つくりになるし。


この深呼吸は、愛子に言ったとおり、精神集中のための深呼吸だ。


(よし、行くぜ!)


屋上から勢いよく跳躍し、自由落下。

バスルームと思われる部屋の窓の、僅か5センチほどの縁に両手の指を引っ掛ける。

10本の指が俺の全体重と、さらに落下の衝撃を吸い取る。

ビバ、白竜会の地獄の特訓! 

誰にも気づかれずに窓でエルロードだ! 分かりやすく言うと懸垂だ!

全くの無音で、俺は窓に完璧な体勢で取り付いた! さすがだ、俺!


(よーし、よしよしよし! 落ち着け、俺)


俺は一息ついて、まずは下を見る。

まだ覗いてもいないのに、興奮してきてしまったからだ。


(後は顔を上げて、中を……カーテンとかないことを願って!)


地上5階の窓に、命綱もつけずに指だけでぶら下がる俺。

怖いっちゃ怖いが、まぁ、たかが知れる恐怖だ。

仮に落ちたとしても、今の俺の耐久度なら死ぬこともないし。

と言うか、耐久度云々の前に、すでにキロ単位で落下した体験が何度かあるしなぁ。


「よし、拝ませてもらうぜ!」

「何を?」

「………………………………そっちこそ、そこで何を?」


何故か、俺の視線の先には裸の美神さんじゃなくて、制服の愛子がいた。

にっこりと笑っている。小声で『横島クン、凄い力ねー』なんて、言っている。

ついでにその細い指で、俺の指をデコピンの要領で、弾いていたりする。

いや、そんなことをすると、俺は落ちるんですけど。


「………………なぁ、愛子。いつ気づいた?」

「屋上に上るときの、横島クンのルンルン加減から」

「見てたのか?」

「そうじゃなくて、階段を上る音が2段抜かしでウキウキしてたから」

「くっ! 紳士的に普通に上ればよかった!」

「そういう問題じゃないでしょ! ほら、さっさと落ちて!」

「落ちて!?」

「もう一度、階段で上ってきなさい」

「ここから入らせてください」

「駄目。女性が使ったばかりのバスルームに、横島クンが入るなんて」

「うー……」

「うー、じゃなくて。ほら」


愛子の容赦ない手刀が、俺の指……ではなくて、喉に直撃する。

なかなか鍛えずらいと言うか、

筋肉を硬化させにくい場所をいきなり攻撃された俺は、つい手を離して喉にやってしまう。


あ……っと、気づいた瞬間、俺の体は落下感覚に覆われていた。

いっそのこと、頭から落ちて腰まで土に埋まってみようか?


「これで終わると思うな! 第2、第3の機会があぁああ〜〜〜」

「最悪の捨て台詞ね、それ」


落ちながら叫ぶ俺の耳に、かすかに愛子の冷たい呟きが聞こえた気がした。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「規格外の子だとは知ってたけど……。まったく」


シャワーを上がろうとしたところに、愛子ちゃんに入室を求められた。

いきなりこの子は何を言い出すのだろうと怪訝に思いつつ、

私はバスローブを羽織って、とりあえずそれを許可する。

すると彼女は、まだ湯気の立ちこもる室内を気にすることなく、窓へと歩いていく。


そして次の瞬間、何かが落下してきた。それは横島クンだった。

横島クンは窓の縁にしがみ付き、室内を窺おうとしたところで、愛子ちゃんに気づく。

彼はしばしの間、愛子ちゃんと会話していたのだが……その会話は愛子ちゃんによって終了する。

彼女は横島クンをその手で叩き落したのだ。地面へと。容赦なく。


「ウチの横島クンが馬鹿なことして、本当に申し訳ありません」

「いや、まぁ、いいのよ。うん」


そして…………私が着替えて、席に着いた瞬間に、

彼女から改めて発せられた言葉が、これである。

苦笑しているような、そんな表情で彼女は言う。

5階から落下した横島クンを心配している気配は……ない。


前途多難な気がするわね。

まぁでも、5階から落ちて心配する必要のない子の面倒を見ると思えば、研修中も少しは気が楽かも?

いや、その考えは甘い? 本気になれば話は別だけど、日常レベルの攻撃は無意味よね、多分。

殴っても、大して効かないか、すぐに復活するか……。

うっとうしい。

なんて、無駄にうっとうしい耐久度を持つ子なのかしら。

強大な敵に立ち向かうには脆弱過ぎるけど、日常の範囲じゃ頑健すぎるなんて。


(はぁ〜。仕事前から無駄に疲れたわねぇ)


仕事前と仕事の後のシャワーは、私にとって非常に大事な時間だ。

その重要な時間を邪魔されそうになったかと思うと、かなり腹が立つ。

大体、これから師匠となる研修先の人間の入浴を覗く? 

常識ってモンがないの、彼は? まったく。


立腹。憤慨。だが、しかし。


すでに愛子ちゃんが『ビル5階から手刀で叩き落す』と言う、

かなり非常識な制裁を終えてしまっている以上、私は何も言えない。

生ぬるい。そんなもので私の怒りは収まらないわ!

……そう言った場合、私がなんだか、とんでもなく血も涙もないみたいだし。

普通なら、死んでもおかしくないからね……5階から自由落下って。


「いや、すみませんでした。出来心だったんです」


がちゃりと事務所の扉が開いて、横島クンが現れる。

そして開口一番に頭を下げる。勢いはよく、腰は直角に折れ曲がっていた。


「………とりあえず不問にするから。研修の話に行くわよ?」

「居眠りしないで、しっかり聞く所存です!」


学生服をコンクリート片で汚した横島クンは、私の言葉に元気よく答える。

あの汚れから察するに、大の字で地面に着地したとしか思えないんだけど……。


「て言うか、ダメージは大丈夫?」

「はっはっは! 落ち慣れてますから!」

「出来れば、私は一生慣れたくないわ、それ」


横島クンの言葉によってさらに疲れた私は、嘆息交じりにテーブルに書類を置いた。


「これが研修の要綱とか、その他書」

「ういっす」


「言うまでもないけれど、一応は確認するわね?

 試験に合格したアンタだけど、正確にはまだGS資格取得者じゃないわけ。

 まずGSの正式名称は『対心霊現象 特殊作業資格者』ね。

 内閣総理大臣の特命基準を満たして、営利除霊作業を許可されたものを指すの。

 アンタの場合、総理大臣の特命基準は、国家試験で満たしたわけだけど、

 まだ営利除霊作業は許可されていない。許可されて初めて、免許も発行されて、

 正式なGSとして世に認められるわけね」


「で、許可されるには、俺の場合だとGS協会指定の事務所で研修と」

「まぁ、そういうことね。じゃ、読んで」


横島クンは、私の用意した書類に目を落とした。

書類の内容は、GS協会から発行される手続き種類やら、私が作成した資料やら、あれやこれや。

たとえば、協会発行の内容を要約するなら、大体次の三項にまとめられる。

まず第一。研修内容・期間・方法は、研修先の責任者の任意により決定する。

第二に、研修先の責任者が課した内容を終えることで、GS免許取得者……つまりプロになる。

第三に、研修者は研修先の責任者の命に、きちんと従うこと……とまぁ、以上。


「……つまり、美神さんの出す課題を、美神さんの言うことを聞いてこなせって事ですね」

「ごくごく普通の、当たり前な内容ね。質問は?」

「これについてはないです」

「次に研修内容だけど……実はまだ決めてないの」

「え?」

「プランは何個か考えてあるから、アンタの答えを聞いて選ぶわ」

「ういっす。で、何を答えりゃいいすか?」

「アンタ、今後どういう道に進みたい?」

「……進路ですか? 進路はオカルトGメンです」

「日本にないけど?」

「俺が卒業するまでには、できるっぽいような話じゃ?」


一応自分の進路のことは調べているのか、横島クンはそう口にした。


「予定通りに支部設立の話が進めば、ね。

 でも、設立後は、しばらく新規採用がないかもしれないし」


もちろん、新たに出来た組織は新規に人員を欲するものだ。

けれども現在は設立の時期が、大まかにしか決まっておらず、

さらには公務員試験の時期に副わない場合、その年の新規採用は見送られる。

しかも厄介なことに、ICPOは各国の警察組織の連携による組織。

そこにきて、オカルト部門は宗教的な話も絡んで、余計にややこしい。


まぁ、つまりは色々と複雑であり、

なおかつ出来たばかりの支部には簡単に入れないかも知れない、と言うこと。

もちろんその逆の可能性もある。公務員試験を無事に突破し、

さらにGS免許を持っていれば、かなりスムーズに配属される可能性もあるのだ。


「まぁ、今はまだない組織だから、どうなるかは分かんないってことね」

「美神さんの言うことも、もっともっスね」

「で、それを踏まえて考えてね。何をどう学ばさせるかの指針にするから」

「全部ってワケにいかないんすか?」

「全部って言うのは、現実的に不可能よ。取捨の選択はきちんとしないとね」

「専攻科目って感じっすね」

「そうよ。黒魔術と白魔術を、同時に全て完璧に得られるはずないんだし」


その後、私は横島クンにいくつかの質問をした。

答えが大よそで分かっているものもあったけれど、細々と20問ほど。

例えば、得意な攻撃方法だとか、今後知りたいオカルト知識だとか。

そこから彼の目指すGSと言うものを推測して、それにあったプランを出す。


結果として……彼はスタンダードなプランを選択することになった。

早い話が、私の後をついて『オールマイティな除霊法』を学ぶのだ。

冥子みたく式神特化でも、先生みたいにキリスト教特化でもなくね。


また、彼は基本的な霊的格闘術は重点的に習ってきたが、

除霊に使用する一般的な道具などについては、あまり知らないらしい。

彼が今後プロGSになるにしても、オカルトGメンになるにしても、

民間除霊事務所がどういう道具を使っていたりするかは、知って置いて損はない。


「最終的には、アンタが一人で100件の除霊を済ませれば終了」

「100件すか」

「それだけやれば、基本的な除霊作業は、全部押さえられるだろうしね」


毎日放課後に事務所に来て、多い日で2件の作業をこなすとする。

月曜から金曜までの5日間で、多くて10件。一ヶ月で40件。

早ければ2ヶ月と少し……横島クンが2年生に上がるまでには終わるだろう。


「えーっと、美神さん?」

「何?」

「今書類読んでたら、もし除霊作業中に俺が怪我した場合のことが、書いてないんすけど」


「あー、労災は認められないわよ? 

 アレは『労働者』が『業務上』の災害や病気の場合に、効果のある保険だし」


「……怪我をしないように気をつけろと?」


「GS試験もそうだったでしょ? 死んでも『事故』で処理されるって。

 ちなみに私だって、生命保険には入ってないわよ?

 保険に入りたいって電話して、『職業はGSです』って言ったら、笑って電話を切られるもの」


「シビアだなぁ」

「その代わり高額報酬! 実働10分で7千万円も夢じゃないのが、この職業よ」

「研修のうちに死んだら……」

「まぁ、その場合はおキヌちゃんみたく雇うって手も」

「うわぁ、嬉しくねぇ〜〜」

「じゃ、やめる?」

「いや、やりますよ。とりあえず、もう少し書類を細かく読むんで待ってください」

「契約書などにはよく目を通す。基本よね。まぁ、今回は変更は認められないけど」

「………………………うっし! 全部読んだっす」

「結構早いわね」

「最近は本とか結構読んでるんすよ? まじめな話」

「漫画しか読んでなさそうな感じだと思ってたんだけど……で? 質問は?」

「今のところ、特にないです」


彼はテーブルの上で、トントンと書類を重ね合わせる。

そしてそのまとまった書類は、そのまま彼の背後にいる愛子ちゃんに手渡される。


「愛子も一応読むだろ?」

「うん。一応ね」


愛子ちゃんは速読することが可能なのか、

横島クンとは違って、僅か3分で全ての種類に目を通した。

そして、嘆息。


「危ない橋ね、これ」

「だよなぁ。でも、研修受けないわけにも行かないし」

「…………頑張ってね? 死なないように」

「せめて怪我しないようにって言えよ」


軽口を叩きあい、横島クンは書類を愛子ちゃんに片付けるよう告げる。


「で、最終確認するけど……受けるわよね?」

「もちろんっす」

「よろしい。じゃ、今から早速仕事よ。横島クンは……」

「何するんすか?」

「とりあえず、荷物もち」

「うい。了解です」




こうして、横島クンの研修が始まった。




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