第十三話




ぷかぷかと、B・MTと呼称された機体が、その空間には浮かんでた。

少しばかり遠目から見る分には、

その機体……高機動戦闘が大気圏内外で可能な万能型人型兵器……は、まるでオモチャのよう。

そう。その直前まで近づいてみて、初めてその大きさが実感できる。

何しろ、ここにはその機体の大きさを測るための、比較対象となるビルも電柱も何もない。

今この空間にあるものは、3つの有機体の塊と、件の兵器と、そしてその兵器から剥離したらしいパーツの破片のみ。


大小の差のある3人の人間。その人間たちが縦に並んだ長さより、さらに大きな兵器。

それらが何もない……どこまでも続いているように思われる空間に、上下左右の区別なく浮かんでいるのだ。

この空間を表現するなら、宇宙空間に白いペンキをぶちまけて、

闇も、星の輝きも、全て塗りつくしたような物と言う比喩が、一番しっくり来るかも知れない。


何も無い空間。境界の無い空間。

しかし閉鎖しているような世界。

私とケイにしてみれば、終りの場所にして、始まりの場所かも知れない。


そんな世界に浮かぶ人間の中の一人……それが言うまでもなく、私。

もとはこの空間に浮かんでいるB・MT搭載のAIにして、今はラズと言う愛称の少女。

稼働時間で考えるなら、精神年齢は5歳未満。

でも、肉体年齢は12〜3歳相当。

でも、それは促成成長を施されたからで、実際は4年と少し。

身体は4歳で、中身が5歳で、でも12歳に見える…………私は随分、ちぐはぐな存在かも知れない。


私は元の私の体であるB・MTに近づく。

ちなみに、どうやって近づいているのかは、聞かないでくれると助かります。

宇宙空間みたく、何かを蹴って飛んでいく感じでもなければ、

水中を泳ぐ感じでもない…………と思う。

後者がやけに曖昧な推論である理由は、私が泳いだことがないから。

水中戦闘をしたことがないわけではないし、水中戦闘のロジックを把握していないわけでもないです。

ただ、人の体で泳いだ記憶がないのです。

…………試験管で、ずっと浮いていたこの体なのだけれど。


とにもかくにも、私は過去の私の体を凝視する。

全ては、ここから始まった。

スゥと言う人間が、この機体に私の元と成る情報を入れ、そこから今に至る。


「……ぼろぼろ」


専門的な知識がなくとも、すぐさま硬質的であると分かる黒き装甲は、

実は表層から内側まで、全てが黒いわけではないらしい。

僅か数ミリしかないらしい黒き表層の下からは、純白の鋼鉄板が顔を覗かせていた。

つまり、最初の……基本色は白で、それを黒く塗装したと言うこと。

マスターであるケイの趣味? それとも、夜間の低視認性を考慮?

……そう質問されれば、まぁ、たぶん前者の答えが適切な気がする。


私は過去の体から離れ、いまだに周囲をきょろきょろと見回している可奈子に近づく。

ちなみにケイは、眼を閉じてただただ浮かんでいるだけ。

何もしない。寝ているだけ。この空間に先ほど跳んで、そのあと『お休み』と言ってから、ずっと。

もしかすると、本当にもう、目を覚まさないつもりなのかも知れない。

あるいは、何かをずっと考えていたり、今の現状を後悔しているのかも知れない。

でも、それはそれでいいと思う。私はそばにいられるだけで、特に不満はないのだから。

そして、ここにはケイの眠りや思考に対して、文句を言う人なんていないのだから。

ケイは疲れても仕方のない人生だった。だから、少しくらい休んでも罰は当たらないと思う。


だから、私は可奈子に近づく。

可奈子は眠る気がないみたいだし、私もそう。

眠いかと聞かれれば、答えはNo。

可奈子と話がしたいかと言えば、Yes。

可奈子は私の知らないケイを知っているし、私は可奈子の知らないケイを知っている。

お互いの情報交換は、非常に有益。


近づこう。そう思うと、私の体は可奈子へと近づいていく。

離れようと思えば、どこまでも離れて行くの?

少しだけそんな好奇心が湧いたけれど、試す気にはなれない。

もしどこまでも離れてしまって、ケイも可奈子も見えなくなったら……。

見えないから、どれだけ近づこうとしても、近づけなくなったら……。

もうどうすることも出来なくなる。それはとても怖い。

TAMAの頃の私が、この空間を計測した情報がある。

その結果は『通常次元という概念の範囲外』と言うもの。

確かに、人間としての感覚で見ても、この世界は変。

光源がないのに……光がないのに、視覚で物事を捉えられる。

空気がないはずなのに、声が出せて相手に呼びかけることが出来る。


まぁ、いい。時間はたっぷりあるのだから。

暇になれば、納得の行くまで、この世界について考察すればいいと思う。

可奈子に近づきつつそんなことを考えた私は、一先ずの結論をとともに、彼女に話しかけた。


「可奈子。お話がしたいです」

「あ、はい、え……えっと」


私が呼びかけると、可奈子は視線をケイの方にやり、

ケイが寝ていることを悟ると、今度は視線を泳がせた。

突然の呼びかけに驚いたのだろうか? それとも、他にもっと理由が?

そう考えて、私はようやくまともに自己紹介をしていないことに気づいた。

ケイと私、そしてケイと可奈子は知り合い。でも、私と可奈子は知り合いじゃない。

初対面の相手には、手を出して握手をする。

あるいは、手を差し出されたら、握手をする。これは大事なこと。

…………成瀬川なるは、ケイの手を握らなかったけど……。


「私の名前はラズリ。ケイにそう名づけてもらいました。よろしくお願いします」

「私は浦島可奈子と言います。えっと、ラズちゃん? ラズさん?」


私が最初に呼び捨てにしてしまったから? 可奈子が私の呼称を気にしている。

私としてはどうでもいいことなので、呼びたいように呼んでくれればいいとだけ告げる。

すると可奈子は一度頷いて、それから話を切り出した。


「もう知っていると思うけれど、私はあの……浦島景太郎の妹です」

「私はケイの目で、耳で、手で、足。その前は戦闘支援AI。正しくはB・MT搭載・独立進化型戦闘支援AI[TAMA]ユニット」

「……さっきも聞いていて分からなかったんだけど、その、AIとかユニットって?」

「それも含めて、お話がしたいです。私もケイのことは、よく知りません」

「でも、貴女はお兄ちゃんと一緒にいたんでしょう?」

「ケイはあまり喋ってくれません。だから……」

「それじゃ、お互いに情報交換と行きましょう」


私はまず、可奈子に順序だてて、ケイの前の世界での行動を説明した。

ケイは人に勝手に説明されるのが、いやかも知れないと思う。

でも、言ってはいけないと言われていないし、

結局のところ、この空間につれてきたのだから、ずっと隠し通すつもりもないと思う。

だから私は、私の知る情報を可奈子に話す。

もっとも、実はそれほど多くの情報を持ってはいないけれど。


まず、世界には遺跡と呼ばれるものがあった。

それは、はるか彼方に忘れ去られた文明の名残。でも、活動をまだ続けてた。
 
それは、ナノサイズの機会の塊。オーバーテクノロジーの塊。

天照の中にあったものも、小さな小さな機械の集合体。


それを発見した人類は、とてもとても喜んだ。

いろいろな問題……環境問題や宇宙開発の技術問題など、

全部一片に解決できそうなくらい、凄いものだったから。


そんな凄いものが正式発見されたのが、20世紀後半。

正式と言うのは、それまで発見されていても、認知されていなかったりしたから。


……そんな時代から少し進んで、21世紀初頭に、浦島景太郎は成瀬川なると結婚。


「お兄ちゃんのお嫁さんは、成瀬川と言うんですか」

「性格悪いと、少し前の私は思いました。でも、ケイはそれを可愛いと言いました」

「まぁ、何とかもえくぼ……と言いますから」

「?」

「分かりやすく言えば、好きな人ならば、駄目なところでもよく思えると言う意味です」

「非常にケイに当てはまる言葉ですね」


今でも、私はよく分からない。

ケイは成瀬川なるに、何かにつけて文句を言われていた。あれは意地悪だと思う。

でも、ケイはそれでも成瀬川なるを嫌いにならない。なんでだろう?

私はケイに例え意地悪をされても、ケイを嫌いにならない。

でも、それは私がケイに何をされようと、ケイのそばにいることが存在意義と直結するから。

ケイの存在意義は、成瀬川なる? それが愛と言うもの? 

その前に、私はケイを愛している? 私がケイに抱く思いが、愛? 

………やはりよく分からない。だから私は、愛に関する考察を後回しにして、話を進める。


ちなみに……可奈子は少し気分が悪そう。

可奈子は私と同じ。

愛とは何か正しく理解できないけれど、でも可奈子にとってケイがとても大事な人なのは変わりない。

ケイが実家を出て行くときに喋っていて内容を、私は記憶している。

可奈子は小さい頃にケイと『祖母の後を継いで、二人で仲良く旅館を経営していく』という約束をした。

ずっと一緒。仲良く。男の人と女の人が生涯を共にする。それが結婚。

結婚とは普通は愛をもって成立するもの。逆に言えば、結婚をすれば愛があるということ。


でも、成瀬川なるがケイと結婚した。

つまり、可奈子の約束は果たされなかった。ケイと可奈子には愛が無かったと言うことになる。

一緒にはいられない、ケイとの間に愛が無い……そんな未来。教えられて、心地よいはずがない。

もし、私が『ケイに捨てられる』と言う未来を告げられたら、やっぱり気持ちよくない。

…………そう言えば、私はケイが仮に可奈子と結婚しても、別にそれほど悲しくない。

いや、ケイと成瀬川なるの結婚に関しても、不可解に思うところはあっても、嫌悪感はない。

なら、私はケイとの間に愛を求めていない? 

いや、ケイが結婚した成瀬川なると、あの学生の成瀬川なるは比べる意味がない。

だから私は、しっかりとケイと成瀬川なるの結婚を想像できていない?

それとも、結婚=愛という定義が、短絡的過ぎる?


この話が終わったら、可奈子に質問してみようと私は思った。


「…………あっ」


結婚の話が終わったと言うことは、次の……新婚旅行の話になる。

ケイは新婚旅行で拉致されて、人体実験を受けた。

可奈子にとっては、結婚の話より、聞いていて辛いものになると思った。

だから私は、一応可奈子に確認をとることにした。


「ここから、とても悲しい話になるけれど、聞く?」

「…………お願いします」


こんな聞き方をすれば、気になって『聞く』と言う選択肢しか取れない。

だから、私は間違ったたずね方をしたのだと思う。

でも……他の聞き方をしても、多分可奈子は聞きたいというと思う。

もしも私なら……と、そう試行思考してみると、やはり聞きたいと考えただろうから。

私はちらりとケイを見てから、話を続けた。ケイは沈黙を守っていた。



……………浦島景太郎と成瀬川なるは結婚した。

結婚後、二人は新婚旅行に行くことになった。

そしてそこで、二人は拉致された。

何のためにと聞かれれば、それはある『ラボの栄光ある未来』のため。

浦島景太郎は、不死身とも言える驚異的な身体能力を獲得していたため、

非人道的な薬物投与実験などを受けることになり……結果、光も音も、何もかもを失った。


「今でも、ケイは一人じゃ立てない。許容量を超えたナノマシンと薬物の投与は、

 ケイの身体を壊した。そして、今も蝕んでる。ケイが今動けるのは、私と繋がってるから。

 治し方は分からないし、いつまでケイの体が生きていけるのかも、よく分からない」


そこで私は話を一度区切った。何か質問があるかと思ったから。

もし質問があるなら、私とケイのリンクシステムなどについても説明するつもりだった。

でも、特に可奈子から質問はなかった。

可奈子は頭をたれていて、どこを見ているのか分からない。


流れだけをなぞった話。具体的にどうケイが苦しんだのは、言っていない。

でも、自分の大切な人が傷ついたと言うのは、告げられるだけで嫌。

だから私は、もしかすると可奈子は自分で実験の光景を想像して、泣いているのかも知れないと思った。

だから私は、可奈子の表情を見ようと思えば見えたのだけれど、見ないように努めながら、話を先に進めた。



…………その後、浦島景太郎は救出される。

しかし、光も音も亡くしていたから、さっきから言っているように、一人では立つことすら困難だった。

そのため、神鳴流派の青山素子により、気の訓練を受けた。

また並行して、歩行方と呼吸法などの方法の特訓も受けた。

それはあくまでリハビリのためのものだけれど、

浦島景太郎は…………ケイは、言うまでもなく、

自分の脚で立って、自分たちを苦しめた者に復讐する為に行っていた。

そして……ある程度、自分自身での行動が可能になった浦島景太郎は、カオラ・スゥに機動兵器の製造を依頼。


「その機動兵器とはB・MT。あそこに浮かんでいるもの」

「あれが……」

「そして、あれに搭載されていた独立進化型戦闘支援AIが、私」

「…………え?」

「AIが、私」


さすがに突拍子のない話の流れのためか、可奈子は少し混乱したみたいだった。

だから私は、あえてここで説明を長引かせず、話を進めた。


「とにかく、機動兵器を得たケイは、復讐を開始。

 この世に存在する全ての遺跡を回収・破棄しようとした」


「それで?」


「復讐は完了。ケイは自らの手で加害者を抹殺し、遺跡もほとんどを回収した」

「…………それで?」

「その後、ケイに家族からの帰還要請が入る。しかし、ケイはこれを無視」

「家族?」

「当時、ケイはひなた荘の管理人も継続しており、そこの住人とは親しい間柄でした」

「そして、どうしたの?」


「新型宇宙戦艦まで開発して、彼女たちはケイを迎えに来ました。

 でも、ケイはもう家族の下に帰る気はありませんでした。

 どんな理由があっても、自分は犯罪者だから、と。

 それでも、皆はケイに帰ってきてほしかった。それでも、ケイは帰ろうとしなかった。

 だから、話は平行線になりました。

 そしてその戦艦をケイは行動不能にしようとして……

 その時に事故が起こって、可奈子のいた世界にケイは跳びました。

 そしてその世界で、B・MT搭載AIだった私は、魂の無い生身の体に入り込んで、今こうしています」


一番最初の説明が、終わった。

これから時間をかけて、2回目、3回目の説明をして行こうと思う。

それは、とても辛いことを含んだ説明になるけれど……でも、最初から全てを話せないから。

少しずつ、分かって言ってもらわないと駄目だと、そう思うから。

可奈子も、多分分かっていると思う。

その証拠と言うわけじゃないけれど、可奈子は嘆息して……少しばかり時間をかけて、私に言った。


「…………ちょっと、時間が欲しいですね。あまりに、その、なんと言うか」

「いいです。時間だけは、一杯あるから」

「…………そうですね」


私が返事をすると、可奈子は小さくほんの少しだけ、笑った。

そして、はっと何かに気づいたみたいだった。

可奈子は少しだけ速い口調で、私に尋ねてきた。


「その世界の私は……? 私も、お兄ちゃんを迎えに行ったのですか?」

「分かりません。B・MTでの通信には、出てきませんでした」

「私は何をしていたんでしょう?」

「分かりません」

「なら、お兄ちゃんがこっちの世界に来た後、その……残された人たちは?」

「それは…………」


そう言えば、そんなことは考えたこともなかった。

戦艦を行動不能にしようとして、突然この白い世界に飛ばされて。

そしてこの世界でケイのナノマシンが暴走して、次は過去に飛ばされて。

過去に行ってからは、基本的にその過去の世界で、どう動くかだけを考えていた。

だから、元の世界のことは、考えなかった。考えられなかった。


元の世界。私を作り出した母……カオラ・スゥたちは、どうなったのか。

戦艦が無事なら、たぶん宇宙空間でケイを消えて、パニックになったと思います。

もしケイの跳躍の影響で、何処かの時代に飛ばされていたら……。

後者は想像がつかないので、前者で想像を進めることにします。


「多分、幸せでは……ないと思います」


想像は、ろくなことにはならなかった。

そもそも、あの人たちも私と同じ。

ケイに消えてほしくない、一緒にいてほしいと願っていた人たち。

ケイが消えて、この白い空間にいる限り、幸せにはなりにくいと思います。


………………ケイは、捨てた家族のことをどう思っているのでしょう?

もう何もする気が起きないと、ケイは言いました。

でも、同時に心の底から死にたいと思っているわけでもないみたいです。

そもそも跳躍がイメージによるものなら、ケイが過去に跳んだのは、

自分にとって『忘れられない、かけがいの無い時間』を、どうしても諦めきれなかったからです。

愛する人と、親しい人と……ずっと一緒に幸せに、生きて行きたいと思ったからです。


なら、今は?

今のケイなら、どうにか出来るんじゃないでしょうか?

過去にわけも分からないまま戻った時、もう元の時代に戻れるなどとは考えていませんでした。

でも思えば、今のケイなら『元の時代』をイメージすることで、帰れたはずです。

わざわざここに来たということは、やはり戻る気は無いのでしょうか?


「お兄ちゃんは……本当に、お兄ちゃんの世界の家族を、捨てたの?」


考え込む私から、ケイに視線を移した可奈子さんが、呟きます。

そう言えば、ケイは過去の世界でも、親から家を追い出されるように動きました。

つまり、今のケイに家族はいません。

私たちが一緒にいますが……私たちはケイにとって、なんなのでしょう?


ずっとそばにいてもいいと言ってくれた。

そばにいれば、家族?

……私とケイは、家族?

…………家族とは何?


私はまたしても難解な問題に突き当たった。




            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




不意に、誰かが俺に思考に触れる。

まぁ……俺と感覚を共有している存在は、世界広しと言えど……いや、3人しかこの世界には人間がいないか。

つまり、俺に触れてきたのはラズだろう。

なにやら先ほどから可奈子とおしゃべりをしていたが……。


(ラズは何を?)


俺は薄目を開けて、ラズと可奈子を見やる。

相変わらず、二人は熱心に、しかしどことなく悲しげに話をしていた。

B・MTが俺から見て普通に立つ体勢であり、

そしてその前にいる少女二人が上下さかさまなその光景は、どことなくシュールだった。

俺は再び眼を閉じる。

特に何かを考えているわけじゃない。

そもそも、俺に考えるべき事など、もう残っていない。


いや…………嘘だ。

先ほどから、ずっと『これからどうするべきか』を考えている自分がいる。

それは可奈子を連れてきたからだろうか? それとも、ラズがいるからだろうか?

仮に俺が一人でこの世界に来たなら、本当に何も考えず漂い、そしていつか死んだのだろうか?

多分、違うのだろう。他人がいようといまいと、俺はやはり考えるのだろう。


『俺だって、死にたいわけじゃない。誰だって、死にたくはない。

 幸せになりたい。愛するものと一緒にいたい。家族と一緒にいたいと、そう思うだろう?

 自分にはその資格がないと思っているが、それでも正直に言えば、俺は……』


過去の世界で、素子ちゃんにそう言ってしまったように……結局俺は死にたくないんだ。

死にたくないから過去の世界に飛んだし、過去の世界で遺跡回収と言う『生きる目標』を見つけた。

多分今は……一時的な目標を見失っただけの状態……なのだろう。

俺はこれからどうすればいいのだろう?


 『ああ、なんにでも終わりは来る。続いてほしいと思う幸せも、いつかは潰える』


俺がベッドの上でそう呟いたとおりに、終りが来た。

終りが来たが……俺はまだ死にそうじゃない。

もうすぐ死ぬかもしれないが、今すぐには死にそうではない。

ただ、ここでずっと死ぬのを待つのか?

そう考えると…………動く気力など残っていなかったはずなのに、何かすることはないのかと思ってしまう。


俺が暗闇の中で、思考をそう展開させていた時のことだ。再び、ラズの思考が俺に触れた。

普段は特に一つのことについて考え続けないラズ。

いや、これまでは考えるような余裕を与えていなかったと言うべきか。

まぁ、いろいろな理由から、ラズが何かを深く考え込むと、俺はすぐさま察知出来るようだ。

俺はラズの考え事から思考を遠ざけようとしたが、しかし、一瞬ラズの思考の中身自体に触れる。

ラズの思考は、愛とは何か、家族とは何か、元の世界の家族はどうなるのだろう、だった。


愛。今の俺にも、もうよく分からない。結婚した時、俺は確かに愛を感じた。

そう言えば、可奈子がなるに渡すはずの指輪を持って、北海道を逃げ回った時……。

あの可奈子とのやり取りも、一種の愛じゃないかと思った。

愛の種類はたくさんある。関係によって、向ける愛も変わるのだから。

だが……よく分からない。

人を殺してしまった人間が、今更……などと思えてしまうから、余計かもしれない。


そして、家族。俺が捨てた、家族。

確かに、今までは何ら考えることがなかったが……俺が消えた宇宙空間に、彼女たちは取り残された?

なら、残された彼女たちは、どうした? 今、どうしている?


『一人が死んで、もう一人が後追い自殺をするなら、一緒に心中する方がマシです』


不意に、ラズの台詞が思い出される。

機体の反応がなく、近隣宙域にいる存在が自分たちだけなら、俺はどうしたと思うだろう?

もしも、彼女たちが、俺は死んだと思ったならば、どういう行動に出るだろう?

…………後追い自殺など、するはずがない。しないと思う。

……………………………だが……。


俺は、昔の俺は死んだと言った。

だからと言って、簡単に諦めがつくかと言えば……つくはずがない。

仮に立場を逆転したとしよう。

例えば、そう……もしもひなた荘の住人の誰かが、

人体実験をされた挙句に、俺と同じような行動に出たら……。

そして俺が言ったように、昔の私は死んだから忘れてと言われれば、忘れられるか?

忘れて、もう追いかけることもなく、知らんふりをして地上でのうのうと生きていけるのか?


…………………相手の立場になって、ものを考えるか。

少し前まで、俺はこんな簡単なことすら悟れずにいたんだな。

考えれば分かることじゃないか。自分が一番知っているじゃないか。

諦めなど、簡単につかないことなんて。


それが分かったから、譲歩として過去の可奈子を連れた。

もし、もしあの時、宇宙で戦艦まで建造してみんなが迎えに来てくれたときに、

今と同じように考えることが出来たなら……もしかすると、もっとマシな状況になっていたかも知れない。


俺は後悔と自己嫌悪の波に飲まれる。

どうしてこう、俺は駄目なのだろう?

そもそも、捨てたと言うなら、今こうして彼女たちのことを思い返すこと自体、間違いなのだ。

一度修羅道に入ったら、もう慈悲を代表とする、人の心など持ち合わせてはいけないのだ。


…………今、目の前にはラズと可奈子がいる。

あの二人を殺せるか? 二人が泣き叫び、命乞いをしても、無残に殺せるか?

修羅とはそう言うことだ。そう言うことのはずだ。

命乞いをする研究者やエージェントは殺せて、自分の身の回りのものは殺せない?

修羅は自分以外の全てに無慈悲で、何もかもを踏み台にして生きていくもの。

俺は一度修羅道に堕ちた人間だ。

自分の優柔不断さを悩むなら、今一度、ここで人を殺すべきか?

無慈悲に、機械のように、あの二人を。


………………………馬鹿馬鹿しい。どうかしている。


俺は胸中に湧いた思いを、かなぐり捨てた。

自己嫌悪の果てに人を殺す。

それは修羅でもなんでもなく、周囲に責任を転嫁した子供じゃないだろうか?

それに……ラズや可奈子は、俺が殺そうとしても………多分俺を受け入れる。

自分を殺すことで気が晴れるなら、どうぞ殺してくださいと……そう言いそうな気さえする。


何故俺にそこまで、と思う。


しかし、それもまた立場を逆転させてみれば、分かる。

もしも俺の最愛の人間であるなるが、もうどうしようもない心の迷宮に入ったとする。

俺と同じような経緯で、俺と同じような苦しみを味わったなら……。

そしてそれを、俺が知ってしまったなら、俺は多分、

自分が殺れらるくらいなら、襲ってきたなるを殺す……などと言う選択肢を取らないだろう。




「つまり、俺は甘ちゃんで、どうにも救いがないということか」




そう呟いてから、俺はラズと可奈子の方へと近づいていった。

今まで沈黙を破っていた俺が突然起きたことに驚いたのか、二人は一瞬ぽかんとした。


「前言を撤回する」

「? 何をですか、ケイ」

「この白い世界を漂い、俺は朽ちていくだけだと言うあの言葉だ」


死ぬ、死ぬといい放つわりに、いざとなればあっさりと意思を翻す。

もしかすると俺は、狂言自殺者なのかも知れない。

そんなことを胸中の片隅で考えながら、俺は言葉を続ける。


「俺はもう、いつ死ぬか分からんが、今しばらくは死にそうにないしな」

「それで、ケイは何をするのです?」


もしかすると、可奈子と会話をしながらも、

ラズはラズで俺の心の動きを、大まかに察していたのかも知れない。

物分りのいいラズに頷きつつ、可奈子を見やる。


「もしかすると、可奈子は少し面白くないかも知れない。

 未来の俺の家族を……今度は俺が迎えに行く」


すると可奈子は、喜んでいいのか悪いのか、よく分からない顔をした。

やる気のない俺が、身を起こしてくれたことは嬉しい。

しかし同時に、未来の自分と言うものに会うのは少し怖い……と言う所だろう。

この可奈子は、まだ中学生だ。ある意味、自分の将来が一番不安な時期だ。

その可奈子がこれから会う未来の自分。

それは旅館をやっていない……つまり自分の夢を叶えられなかった自分。

心の中は、複雑でも仕方ないだろう。

そう思って俺が可奈子の頭を撫でていると、ラズが首をかしげた。

その顔は少々青く、気づかなければいいことに気づいたと、そう書いてあった。


「あの、ケイ……どうやって元の時代に跳ぶんですか? 地獄の片道切符で、もうクリスタルは……」


確かにラズの言うとおりだった。

俺は全ての遺跡を廃棄して、この空間に跳ぶためだけのクリスタルしか、持っていなかった。

それすら消費してしまった今、俺が身に付けているクリスタルは、全くない。

だが、俺は焦ることなく、ある一点を指差した。



そこには、廃棄するために遺跡を大量に搭載しているB・MTが、ぷかぷかと浮かんでた。


「以前、第2・3バックパックに内蔵している遺跡の一部が活動を開始していると、そう報告したのは誰だった?」


俺はすっかりB・MTのバックパックを忘れているラズに、そう告げる。

するとラズは、先ほどまで少し青かった顔を、今度は少しだけ赤くした。



そして『それは……TAMAです』と、至極微妙な答えを返してきた。





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