第十四話




 浦島景太郎という男がいた。

 もともとは考古学に打ち込んだ若き学者であったが、何の因果か、彼はテロリストとなった。

 遺跡と呼称される微小機械群等の情報を何処からともなく嗅ぎ付けて、彼は跡形もなく破壊する。
 

 彼は容赦がなかった。


 数百人の研究者が寝起きする施設を、上空から大出力の粒子砲により消滅させ、

 連合から保護認定された地域を焼き尽くし、時には小さな国ひとつを丸ごと転覆させもした。


 たった一人で、彼は戦い、そして動乱を引き起こした。


 もちろん、国家連合体は、彼の存在を許容しなかった。

 多額の賞金をかけもしたし、特別軍を編成し、追撃もした。

 様々な策が弄された。

 国家連合体によって作られた軍隊が持つ権限は、強い。

 それが、平和維持の名目の元に、世論を味方につけたならば、なおさらである。

 もしもそれに反抗する者がいれば、即座に天国へと案内されることになるだろう。

 彼の浦島景太郎も、その例外ではない。


 ……そう言われていたが、それでも彼は捕まることなく戦い、被害を、混乱を広め続けた。

 まだテスト段階であった人型機動兵器を巧みに操り、

 まだ配備すらままならない宇宙用戦艦、あるいはその建造ドッグを破壊した。

 世界は宇宙に出る術を持たないというのに、彼は大気圏外へとやすやすと離脱できてしまった。

 それが、その動乱のもっとも大きな原因だろう。

 ヒット&ウェイと言うが、彼の逃げ足はあまりに速かったのである。


 しかし、やがて彼の行動も小康化していく。

 彼の行動原理は遺跡の破壊であり、その遺跡の数が減少したからである。


 新しい千年が始まって、まだ間もないこの時代。

 一人の男が始めた一つの騒乱が、終わりを告げようとしていた。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 補給基地であるパララケルス・ドッグ。

 その作戦室に、今数人の乙女が集まっていた。

 誰も彼も美しく、そして憂いを帯びた表情であり、一種神秘的で、静かな空気をかもし出していた。

 しかし、それは見る者にしてみればであり、実際彼女たちの胸中はそれほど穏やかなものではなかった。


 「これから、どうしましょうか?」


 そのうちの一人、カオラ・スゥは沈痛な面持ちで、皆にそう話しかけた。

 彼女の視界におさまっている人員は、全部で4人。

 円卓のようなデザインの机に腰掛ける彼女たち。

 ……左側から順に、青山素子、前原しのぶ、紺野みつね、浦島可奈子の4人である。

 なお、浦島可奈子以外は、現在補給作業中の戦艦のメインクルーである。 

 彼女たちの表情も、カオラと同様に優れたものではなかった。
 
 誰もが口を閉ざし、顔を俯かせていた。


 長い沈黙の後、それを破ったのはしのぶだった。

 椅子を倒すような勢いで立ち上がり、口を開こうとする。

 幼かったころを髣髴とさせるような、可愛らしいショートカットが、揺れた。

 近年伸ばしていたのだが、景太郎を追いかけるという決心をした日に、彼女は髪を切っていた。 

 
 「結局、先輩は……ねぇ、カオラ。追いかけられるの?」


 浦島景太郎を追跡するために、彼女たちは電子的な兵装を主にした戦艦をも製造した。

 しかし、いざ追い詰めたかと思えば、景太郎は閃光とともに姿を消していた。

 ……誰も死んだとは思っていない。

 いや、心のどこかではそう思っているのかも知れないが、それを信じたくはないのだ。

 だから、彼女たちは景太郎の消滅を遺跡による不可解現象の一つと、信じようとしていた。


 「理論上は不可能ではない、かも知れません。すべては推測でしかありませんから。追いかけられるかどうかは、不明です」

 「そう……」


 何とか口火を切ったしのぶであったが、

 カオラの冷静な、希望的な観測を含まない答えに、意気消沈したらしい。


 (しのぶ、そんな顔を、しないで……) 


 眉を寄せてうつむくしのぶに、カオラの心も痛んだ。

 カオラも追いかけられるなら、追いかけたいとは思っている。

 しかし、技術者である以上、自分の力でどうにかなることとならないことは、嫌でも現実として認識しなければならない。

 不明と言ったが、現状では完全に不可能なのだ。
 
 一匹の名のないサル……サルにしては、それなりに優秀……に、自分が設計したような戦艦を造れるか? 

 おそらく無理だろう。 
 
 では自分……人間の中では、それなりに優秀……が、遺跡を調べ上げられるだろうか? 

 おそらく無理だろう。

 つまりは、そういうことだ。

 技術的なレベル差は、数百年の時間を費やしても、埋まりそうに無いのだ。

 不明と言ったのは、カオラなりの妥協点だ。

 無駄な期待を持たせず、それでも希望は失わないようにと。

 この世の中に絶対はない。もしかしたら、何かの拍子に、自分は遺跡を理解できるかもしれない。
 
 そんな、馬鹿な希望だ。


 かたんと小さな音ともに、しのぶは椅子を引き、座る。

 そんなしのぶの肩に手をかけ、次は素子が口を開いた。


 「追いかけるために何が必要なのだ?」

 「不明です。少なくとも遺跡が必要だと思われますが、地球上の残存量は皆無に近いです」


 言うまでもなく、浦島景太郎がことごとく破壊したためだ。

 現存する遺跡の量は、非常に少ない。恐らく『ないわけではないと思われる』という表現が妥当な量だろう。

 彼女たちの所有する戦艦にも、遺跡の技術は多分に使用されているが、それらは純正品ではなく、フェイクである。 

 つまり、よく分からないものを、よく分からないままコピーした、ただそれだけのもの。

 そのコピーも、何度も確実にコピーできるわけではなく……まさに呪術的な賭けのようなものだった。

 悪魔か天使かは分からないが、とにかく高次元の存在の気が向けば成功し、気が向かなければ成功しない。


 「ではっ! どうすればいいんですかっ!?」 


 一番端にいた可奈子が、両手を握り締めて言った。その瞳には、涙が溜まっている。


 「……現状では不明です。何らかの方法を模索しています」


 「結局、何も分かってないんじゃないですか。

  何のために、集めたんですか。

  進展があったから、召集したんじゃないんですか?」



 「進展はありました。世界情勢が……です。バラバラになっていては、各個撃破されますから」 


 カオラは、ポツリポツリと、話を始めた。

 時に、みつねがその補足をしていく。


 「……よーするに、ウチらはお尋ね者っちゅーこっちゃ。今まで以上の次元でな」


 浦島景太郎を追跡するため、彼らは国家連合体の目を盗んで戦艦を建造した。

 もちろん個人で出来るはずもなく、非合法な組織の力も借りている。

 さらに、カオラ・スゥの母国も深く関係している。  

 カオラ・スゥの母国は、すでに数年前に事実上崩壊してしまっているが、

 しかし、それでもその行為は国家連合に対しての背信行為であるのだ。

 景太郎により、世界中の遺跡が破壊された今、微小機械群は、その希少価値が計り知れない。

 そのため、遺跡関連物は総じて国家連合体所属の諸研究機関に提出しなければならない。

 それを無視し、独自に研究・発展させた罪は大きい、ということだ。

 そう。彼女たちのしたことは、世界の技術レベルのバランスを狂わすことでもあったのだから。
 

 しかも、彼女たちは浦島景太郎と深いつながりがあるため、

 連合体による危険視が強まっても、仕方がないだろう。


 彼女たちにすれば、あの作戦で景太郎を強引に確保し、地球圏に戻り次第、目立つ戦艦を破棄。

 後は機動兵器のみを自衛のために所有し、何処かで静かに暮らしていくつもりだったのだ。

 しかし……現実は厳しい。

 思い慕う人の確保できず、行方は不明で、探す方法すら分からず……そして自分たちに対して、世界は攻撃を始めようとしている。


 「最後通告が叩きつけられ、もしそれを無視すれば、国家連合と正面きって敵対することになります」

 「……彼我勢力差は?」


 宣言するカオラに、素子がそう尋ねる。

 もっとも、彼女は確認のために聞いただけであり、兵力差については彼女自身、重々承知していたが。


 「住人が大砲を持つ過疎化の村 VS 住人が鉄パイプを持った都心部……ってとこでしょうか?

  パララケルスの住民を巻き込むわけには行きませんから、

  もうしばらくすれば、私たちはこのドッグから出て行かなければなりません」


 素子の問いに少しばかりおどけて答えるカオラ。

 そんなカオラに苦笑する素子だったが、場の雰囲気が明るくはならなかった。

 メンバー内でも心配性のきらいがあるしのぶは、額に手を当てつつ、カオラに質問した。


 「じゃあ、これが最後の補給ってことなの?」

 「そうなります」

 「……分が悪いね」


 返答に対して、しのぶがそう締めくくる。

 悪い、などというものではない。

 そもそも敵対すること自体が馬鹿な話なのだ。

 もしも敵対するならば、景太郎のように『被害』などというものを気にしないようになるべきだろう。

 市街地であろうと、どこであろうと神出鬼没、そして破壊しつくし、また撤退……というように。


 なまじ組織的に行動するから、このように手も足も出なくなるのだ。

 しかし、ある程度組織的にならなければ、戦艦などと言うものは建造できない。

 先ほどまでの雰囲気が、さらに暗いものとなった。


 やああって、カオラは顔を上げ、こういった。


 「でも、景太郎を探すためには、通告を受け入れたり、この艦を手放したりするわけにはいきません」


 この艦があればどうにかなる、という話ではない。

 しかし、この艦を失えば、景太郎を捜索するために宇宙に出ることも出来なくなる。

 宇宙を捜索すれば景太郎が見つかるというわけではないが、少しでも使えるものは残しておきたい。


 「なら、戦うしか、ない……」


 カオラの言葉を受け、そんな言葉が降って沸いた。

 誰が漏らしたか分からない、その戦うという言葉。

 それに対しての反対意見は、出なかった。


 「ここまでやったら、もとよりどうにもならないだろう……」


 艦を引き渡せば、国家連合体が自分たちを許すだろうか?

 想像してみれば、答えはすぐに分かる。

 否、だ。


 自分たちが宇宙に上がった後、浦島景太郎は姿を現さなくなった。

 つまり、連合にしてみれば、自分たちが世界を脅かした男への最後の手がかりなのだ。

 そんな人間たちが、戦艦を手放し投降したところで、許してもらえるはずがない。

 分からないと正直に言ったところで、その言葉を信じるはずが無い。

 最悪の場合……いや、最良の場合でも、一生日の目を見ないだろう。

 なにしろ、連合体が欲しているのは、

 動乱の終りの象徴であり、世論をまとめることの出来るスケープゴートなのだから。


 「もういっその事……循環器系装置の艦内比率を増やして、

  戦艦というより自給自足できる施設にして、火星付近で景太郎が消えたときの事象を研究しましょうか?」


 カオラは、仄かな笑いとともに、そう提案した。

 おそらく、現状で自分たちという存在を、もっとも正しく把握しているのが彼女だろう。


 『打つ手など、ない』

 それが彼女の現状認識だった。


 もしも、本当に景太郎の消滅が、

 遺跡によるものだとしたならば、自分は遺跡を知り尽くさなければならない。

 しかし、遺跡というオーバーテクノロジーの引き起こした未知なる現象を、

 わずかな時間で解析し、自身の支配下におけるはずがない。

 そして根気よく研究しようにも、遺跡自体の数と時間が不足しすぎている。

 ならばどうすればいい? 時間を稼ぐ? 数少ない遺跡を奪取する?

 どれも不可能だ。

 つまりは、手詰まりなのだ。これ以上はない、と言えるような。

 先の作戦が最後の賭けであり、自分たちはその賭けに、もうすでに負けているのだ。

 崖っぷちではない。すでに崖からは落ちてしまっている。後は、下に激突するのを待つだけなのだ。

 自分たちはその事実を認めたくないから、落下中に醜くもがいているだけでしかない。


 今の提案もだが、戦艦にそのような改造を施す時間も物資も、自分たちに残されていない。

 今すぐ補給を終え、このドッグを出港、そして大気圏離脱を目指したとしても……離脱できるかどうか微妙なところだ。

 逆にここで体勢を整えようと、これ以上の下手に時間をかけると、ドッグ周辺を包囲され、征圧される恐れも出てくる。


 考えれば考えるほど、現実を……くどくなるほど押し付けられていた。

 だからこその、仄かな笑いだった。


 「ま、宇宙さえ上がれば、今の連合の現状では、なかなか追ってこれないでしょうし」


 可奈子が、ぽつりと言った。

 そして全員が全員、悪巧みでもするような顔つきで、笑いあった。

 力に満ちた笑みではなく、それは苦笑のような笑みだった。


 なかなか上がってはこれないだろう。しかし、上がれないわけではない。

 いつかは、追いつかれる。

 個人個々の能力がいくら高くても、物量に押されてしまう。


 ほの暗い雰囲気が、重くのしかかり、停滞していた。

 それでも、諦めきれないのは、何故だろうか?

 ちょうど全員の胸中に、そんな疑問が浮かびもした。


 「……では、我々はこれより大気圏を離脱します。その後、火星へと進路をとります」


 技術面での監督者であるカオラ・スゥが、声を張り上げた。

 全員が、うなづいた。

 こうして、うら若き乙女たちは、国家連合体を敵に回すことにした。

 ある一人の男のために……。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 『さっき、最後通告が届いただろ? もう、諦めろ! それ以上は、無駄でしかない!』

 『その通りさ! 武装解除しなければ、実力によってこれを制する。てことは、下手しなくても皆殺しになるんだよ!?』


 ブリッジのメインモニターに、二人の男が大きく表示されていた。
 
 二人は額に大きな汗を浮かべ、必死の形相で……目尻には僅かに涙も溜まっていた。


 「ありがとうございます。でも、私たち、引けないから……」


 二人の男に、しのぶはぺこりと頭を下げる。その口調は特に暗いわけでもなく、いたって普通だった。

 一度、行動を起こすと決まれば、いつまでも暗い雰囲気を引きずったりはしない。

 そう言えば聞こえは良いかもしれないが、その実、それは単なる開き直りでしかないのかもしれない。


 『ちょ、何をそんな平然としてるのさ! 死んじゃうんだよ?! 投降しなよ!』

 『ああ、景太郎の奴だって、こんなことを望んでないはずだ!』


 しのぶの言葉に、男二人は激しく噛み付いた。


 「奴は生きてる。すべてが終わったら、奴とともに張り倒しに行ってやるから、おとなしく待っていろ」


 景太郎が望んでいない……まるで死人の思いを代弁するようなその台詞に、素子は静かに怒りをあらわにした。 
 
 視線を強め、モニター越しに男たちを沈黙させる。


 「……まぁ、待つついでに、ひなた荘の管理も頼む。あと、はるかさんたちにも、よろしくな」


 自分の睨みだけで何も言えなくなる男に苦笑しながら、素子はそう告げた。


 『あっ! そう、はるかさん! はるかさんも怒ってるから、帰ってきなよ!』 

 『そうそう、瀬田さんとかも! サラちゃんも!』

 「・・・・・・それは怖いから、帰れませんね」

 『スゥちゃんっ!!』


 言葉を簡単にあしらったカオラに、男二人は声を合わせて怒った。

 もっとも、怒られた本人はいたって涼しい顔で、全く気にはしていない。


 「二人とも、これまで協力、ありがとうございました。

  そっちも、危ないでしょうから、通信はこれまでです。

  もし、何もかもうまく行って、すべてが昔に戻ることがあったなら……

  また、お花見でも開こうと思います。そのときには、招待しますから」


 ウインドウの中で喚き、自分たちを止めようとする男たちにカオラは微笑み、そして通信を切った。

 メインモニターに表示されるものが、周辺の状況説明や艦内環境に切り替わった。


 「……みんな、心配してくれてるんですね。はるかさんたちも怒ってるらしいですし」

 「ねぇ、今の二人は大丈夫かな、カオラ?」

 「まぁ、この通信によって居場所を嗅ぎ付けられても、あの二人なら逃げ切れるでしょう。多分」


 それよりも問題なのは、今から大気圏を離脱する自分たちである。

 一度目は、自分たちという存在が今よりは注目されておらず、その上で電子的な妨害策を施したため、簡単に離脱できた。

 しかし、現在の自分たちは連合軍から一挙一動が注目されており、

 また、連合軍はおそらく前回の反省も踏まえ、こちらの妨害に対する策を弄してくるだろう。

 それに対し、こちらの最大のウリである偽装外部装甲は、すでにない。取り急ぎの補給で、どうなるものでもなかったのだ。


 「前みたいには行きません。気を引き締めていきましょう。ね、艦長」

 「はぁ、せやなぁ〜」

 「……最近おとなしいですね、キツネ?」

 「博打中は静かに〜……が、モットーなんや」


 そう言われ、カオラはキツネの競馬中継時の様子を思い出す。

 たしか目を閉じ、聴覚を集中させ、その手の新聞を、その手に握り締めていたはずだ。

 そして結果の出た瞬間、大声を上げるのだ。

 たいていは『あっかーんっ! 大損やぁ!』などであるが。


 「そう言えば、そうでしたね。それにしても、博打ですか」

 「大穴も大穴やろ、こんなん」

 「……否定はしません」

 「そもそも大穴の馬は、ちゃんとゲートに入っとるんかーって話や」

 「…………走る前から駄目、ですか?」

 「まぁ、やるしかないんやけどな。ああ、素子。MTで待機しとき」


 大穴、大穴。そう呟きつつも、キツネは手元のコンソールを操作していた。

 戦艦の艦長という役職の、最も正しい姿をカオラは知らなかった。

 言うまでもなく彼女は軍属ではなかったし、またミリタリーマニアでもなかったからだ。

 しかし、キツネがもっともこの戦艦の艦長に相応しいことに、カオラは異議を唱える気はなかった。


 「ねぇ、カオラ」


 ふと、オペレーター席に座るしのぶから、話しかけられる。 

 視線は手元のコンソールに固定したまま、カオラは何かと聞いた。


 「さっきの二人って…………名前、なんだったっけ?」

 「……そう言えば……何だったでしょうか?」

 「確か、先輩のお友達だったはずなんだけど」

 「まぁ、帰ったから聞けばいいでしょう」

 「あっ、それもそうだね」


 しのぶの口は、笑っていた。それを見るカオラの目も笑っている。

 知っているくせに。

 その言葉を言うだけで事足りるのに、しかし誰もそうは言わなかった。



 こうして……戦乙女を乗せたその船は、天空に向かって加速していった。






       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




見慣れているとも思える、黒い世界が広かがっていた。

黒い。どこまでも黒い。俺はどこまでも白い世界を知っているが、そこと違う点は色だけではない。

この黒い世界には、小さな光が瞬いているのだ。


宇宙と、その宇宙に煌く星。

俺は宇宙がひどく冷たい世界に思えていたが……思えば、宇宙は生き生きとした空間かもしれない。

少なくとも、ただ白い空間だけが無限に広がるだけよりは、星という名の情緒があるように思える。


「間違いなく、宇宙空間だな。戻ってきた? あの日に……」


俺は静かに呟いた。

ようは、全てイメージが重要なのだ。

俺・浦島景太郎は、確かに時間移動をしてややこしい人生を歩んできた。

しかし、俺と言う人間の歩んだ人生を年表にすれば、常に時間の流れは一定なのだ。

そう、面倒なことは考えなくてもいい。そして焦る必要はない。

どれだけ時間がかかったとしても、俺が舞い戻るのは『俺が消えたあの日・あの場所』なのだ。


閃光を発した瞬間に舞い戻り、皆が心配をしだす前に、戻ればいい。ただそれだけのこと。

もっとも、皆は驚くだろう。

なぜかB・MTのコックピット内は弄り回され、余剰スペースを作り出されていて、

メインパイロットの俺の膝の上にはラズが乗り、そして首に手を回している可奈子(中学生)がいるのだから。


しかしまぁ、根気よく説明すればいい。

非常な労力を費やすことになるかも知れないが、その労力もやがて笑い話になるはずだから。



「成功……だよな。いや、そうじゃないのか?」



いずれ笑い話に……そんな想いとともに跳躍してみたのだが……ない。


ない。ああ、全くない。


B・MTに残るルーチンとしてのTAMAにどれだけ索敵させても……

膝上のラズがわざわざB・MTの作業内容が正確かをチェックしても……

可奈子が不安げに、B・MT内部にきょろきょろと視線をやっても……

問答無用で、俺の眼前に広がる宇宙空間に、戦艦はなかった。


「ま、間違えたか?」


俺は久しく感じたことのない、背筋が凍る感覚を覚えた。

そう、まるで模擬試験のマークシートで、

終了10分前に、これまでマークしたところが一列ずつずれていたことに気づくような、そんな感覚。


間違えた宙域に跳んだくらいならば、まだ救いはある。

洒落にならないのは、違う時代に跳んでしまった場合、である。

一体、ここはいつなのだろう? 過去ならばいいが、未来だったら?

もしもあれから100年経って、皆の死因すら分からない状況になっていれば……?

ジャンプはイメージが重要な技能だ。

俺がいない未来で、皆はこうなったと、そう知ってしまうと、

多分もう、俺はそうならなかった未来……あるいは、そうなる直前の未来にジャンプしなおせない。


「場所は……合っているのか?」

「はい。B・MTに記録されている座標と一致です、ケイ。以前とほぼ同じ場所に着地したものと思われます」

「ほぼ?」

「cm単位じゃないですから……」

「まぁ、そうだな。しかし……あの偽装艦はない」


何が悪かったのだろう?

俺は自分が白い空間に飛ばされたあの日を、確かに思い描いたはずなのに。

そう、その日の『場所』を、間違いなく思い出したはずだ。

…………しかし、よくよく考えれば、自分の意思で『時間移動』をしたことは、なかった。

時間移動をしたと思える移動は、全て暴走でしかない。


「あの、お兄ちゃん。失敗したんですか?」

「…………認めたくないものだが」

「ケイ、とにかく、今の状況を知らないと」

「そうだな」


ラズたちとの会話で、とりあえず自信を取り戻した俺は、B・MTを高機動モードにし、移動を開始。

遺跡を捨てに、わざわざ火星宙域にまで来ていたのだ。

今の地球が『いつ』なのかを知るには、せめて月付近まで接近しなければならない。

俺は機体の気配を消すこともなく、突き進む。

何かに……連合宇宙軍でも何でも……発見されてみたいと思ったからだ。

もしも、街中で暴走車を追跡するパトカーがごとく、

すぐさま艦がくれば……俺たちの時代より、未来に間違ってきてしまった可能性が高い。

仮に何も来なければ……まぁ、10年くらい過去に来たのかもしれないという心配を、次はしなければならなくなるだろう。


こんなことなら、俺が最後に補給を受けた日に戻ればよかったか?

いや……それでは、そこで歴史が変ってしまう。違う時間の流れになってしまう。

その時間の流れは救えても、俺の本当の家族は、救えたことにはならない。


…………ん? いや、待てよ?

俺が可奈子の過去でああ言うことをしたから、未来に当たる俺の時代の歴史が変った?

いや、しかし…………これも考えても、詮無いことか。

地球に着き、世界の情勢を見ればすぐ答えは出るんだ。

今は黙ってB・MTを制御することにしよう。


ちなみに、可奈子はB・MTの外に広がる星に驚き、

そして、ラズも少なからず好奇の眼を外に向けていた。

何故ラズまで、と思ったものの……まぁ、機体で世界を見るのと、

人間の感覚器で世界を感じるのは、違うものなのだろう。

分からなくもない。認識するのと、感じるのとは、全く違うと言うことは、俺もよく知るところだ。


「速いですね……。見ててもどのくらい速いのかは、よく分かりませんけど」

「もっと速くすることも出来るがな。今はただの高機動モードだ。高機動戦闘なら……」

「じゃあ、何でそれにしないんですか?」

「華奢なラズが潰れる」


問いかけてくる可奈子に、俺はラズの頭を軽く叩きつつ答えた。

……しかしまぁ、よくよく考えれば、火星から地球までは時間がかかりすぎる。

普通の移動より少し早いと言うレベルでしかない今の速度では、

今日中どころか、来月中でも絶対に着きそうにない。

だが、これ以上速くすれば、まずラズが潰れ、そのうち可奈子の潰れてしまうだろう。

もちろんそれは肉塊になるわけではないが……それでも負担は大きい。

…………二人が星の海に飽きる頃に、月付近にジャンプしよう。

遺跡の異物などの消費は出来るだけ抑えたいが、

しかしまぁ、後10回分のジャンプは余裕で出来るので問題ないだろう。

本当は地球まで一気に降りたいが、

この機体が突然出現して誰にもばれない場所と言うのは、なかなか思いつかないからな。

そして、パッと場所が思いつかないと言うことは、イメージしづらいと言うことだ。


(仕方ないか。俺の目は見えなくなっていたからな)


例えばB・MTの整備や補給を受けていた、スゥちゃん御用達のドッグ。

場所は分かるが、その内部の情景は非常に不鮮明だ。

ひなた荘ならばどこに何があるか、すぐにイメージできるのだが……。



俺の嘆息は、二人の少女の感嘆の息とともに、漆黒の闇に消えた。





       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 『衛星を艦周辺30で射出、敵のロック外しは衛星に任せてっ!』

 『艦長っ! 左舷の外部装甲中破、第4衛星大破……これじゃ、もうっ!』

 『ここまでか……なんて言わへんでっ! もともと分の悪い戦いなんやからな!』

 『可奈子さんっ!? 応答してください?! 可奈子さんっ??』


 ブリッジ内は、ひどく騒がしかった。

 大きな声で命令が上げられ、緊張に満ちている。

 いや、正確にはただの大声での伝令ではない。

 ブリッジに響く彼女たちの声は、ほとんどが悲鳴じみたものでしかなかった。


 大気圏を離脱し、火星に向けて航行していた彼女たちを、連合軍はあざ笑うかのように攻撃してきた。

 地球上に味方がいない以上、彼女たちが宇宙に逃げようとすることは、少し考えれば分かる話でもある。

 地上の本拠地捜索も急がれていたが、それ以上に宇宙には戦力が投入されていた。

 もっとも、現在宇宙空間に展開している連合体の戦艦数は、ようやく20に達するかと言うところだ。
 
 なにしろ浦島景太郎の凶行により、大気圏外で運用できる戦艦は、一時期無いに等しい数にまで減少した。

 そのため艦隊行動を取れるだけの数など無く、現存していた多くの艦が単艦運用されていた。 

 しかも、その残った艦ですら、宇宙の闇を彷徨う浦島景太郎により、随時撃沈されたのだ。


 だが、しかし。それ以上に彼女たちには兵力が無かった。

 20対1。しかも、補給は十分には出来ない。

 浦島景太郎のように、敵陣を混乱させるだけさせて、霧のように消えることも出来ない。

 すでに彼女たちは追い詰められ……仮に逃げたとしても、その身を隠すところなどないのだ。


 「過疎化の村と都心部っちゅー勢力差は、うまい例えやったな」


 艦長席に座るきつねは、眼前のディスプレイを見やってそう独白する。 

 連合軍は彼女たちの乗る戦艦を破壊することで、

 この一連の騒乱に終止符を打とうとしている。

 最後通告を無視したのは自分たちなのだから、それは仕方がない。

 もっとも、応じれば安全だとは、やはり今になっても思えなかったが。


 連合軍にとって重要なのは『世界に害なす何かを討ち取った』という事実と、それから受けることの出来る利益である。

 弱小国家がつぶれようが、一般市民に被害が出ようが、そんなことは連合軍上層部にとっては問題ではないのだ。 

 では……もしも後々、浦島景太郎が活動を再開したとするなら?

 それにより、また大きな被害が出たとするなら?

 連合軍は、それを理由に軍備を増強し、大きな力をつけ、利益を得るだけだろう。

 連合軍にとっては、今の彼女たちは、祭壇上で死を待つ生贄とそう変わりはしない。




 「……押されいるな」


 所変って、艦長席より遠く離れた戦場の中央。

 閃光が走るその激戦地を担当する素子は、コックピットの中で唇をかんでいた。


 大気圏を出てすぐのところで、彼女たちの艦は捕捉され、戦闘になってしまった。

 景太郎の攻撃を免れた月基地で建造された艦が、網を張っていたのだ。

 大きい、前後や上下の感覚がなくなるほど大きい、青い地球。

 地球が天井なのか、それとも地面なのか、側面なのか……それが分からない。

 もっとも、宇宙に出てしまえばその感覚自体が不要なのだ。

 戦場が月面付近でもない限りは。


 「見るだけならば、幻想的なんだろうが」


 素子は敵の攻撃を回避していく。

 素子の敵は、主に青い地球をバックに浮かぶ船と、そこから発進する機動兵器だ。

 ここを守りきらねば、多くの機動兵器が艦を襲うことになってしまうだろう。


 「くっ、普通に戦えば、戦力になりそうにない船が!」


 敵性殲滅戦に運用できる宇宙戦艦を、連合軍はそれほど保有していない。

 今この戦場にある多くの戦艦は、

 わざわざ『母艦』と称されるのが馬鹿らしいくらいに脆い、大型の輸送船ばかりだ。

 月基地は、まずは地球との間で物資をやり取りすることに重点を置いたのだから、それも当然だろう。


 よって、接近して少しでも威力のある攻撃を叩き込めれば、簡単に撃沈出来る。

 しかし、出来ない。

 なにしろ、その輸送船から飛び出す機動兵器数、弾薬数は、もはや数えるのが馬鹿らしい数となっている。

 それらを突破しなければ、母艦を落とせない。

 そして母艦を落とせなければ、戦場に敵機体がどんどんと発進して来る。

 敵機体がどんどん発進して来れば、より母艦に接近することは困難となり、こちらの被弾も増えていく。

 しかし、こちらには艦に帰還したところで、代わりの機体もなければ、弾薬の補給も満足にはされない。

 それどころか、今ここから素子が退けば、一気に彼女の母艦は敵に落とされてしまう。

 分かってはいたはずの……この上ない悪循環だった。


「衛星も、そう長くは持たない……」


 素子は自身の戦艦の姿を、一瞬確認する。

 彼女の艦は、いまだ健在であった。それはひとえに、彼女が今口にした衛星のおかげである。

 衛星。それは自身の艦周辺を回転し防衛することから『衛星』と名づけられた、AI制御支援兵器。

 衛星は自動的にミサイル迎撃し、艦防衛に効果を発揮している。

 なにしろ、彼女たちの艦には、人手も艦載機数も足りないのだ。艦の守護の要だと言ってもいい。


 だが……その数は減少の一途をたどっている。

 何故なら、一度に迎撃できるミサイルの数が20だとするならば、

 しかし実際に打ち出される数は、軽くその倍以上なのだ。キャパシティを大幅に超えている。 


「あと一人、誰かいれば……」


 戦艦に乗り込んでいるのは、

 艦長のキツネ、その補佐・AI兵器制御のスゥ、

 オペレーターのしのぶ、そしてパイロットの素子と……地上での諜報活動の必要がなくなった可奈子だ。

 少数精鋭といえば聞こえはいいが、まさにギリギリの運用体勢である。


 「くぅっ!」


 突如、コックピット内部が大きく揺れる。外界を投影しているモニターにも、ノイズが走った。


 『素子さんっ! 大丈夫ですかっ!?』

 「ちっ。被弾したっ!」


 こちらの様子を見ているらしいしのぶからの質問に、素子は舌打ちで返事をする。

 モニター下部の機体状況、その脚部部分が赤く染まり、異常を訴えていた。

 機体のバランスが崩れ、そこに、ここぞとばかりに敵からの攻撃が降り注ぐ。

 表層装甲が四散し、内部のマッスルパッケージが引き千切れていく。

 自機を覆うように、敵機が包囲網を狭めてくる。

 逃げ場がない。

 もっとも、連合体兵からすれば、今この時まで防衛を続けた素子機は、十二分に賞賛に値するだろう。


 「ちぃっ!」 


 素子は舌打ちとともに機体制御を続け、考える。
 
 この状況をどうやれば、ひっくり返すことが出来るのだろう。

 地上なら、機体を捨てて、足元にある『妖刀ひな』を持ち、戦うことも出来るだろうが。


 ここは宇宙空間。無重力状態である以上、生身での高機動戦闘は、非常に難しい。


 「……くそっ」


 もう無理か、などとは思いたくはない。思いたくないのだ。

 でも、もう無理で、どうしようもないということを認めてしまっている自分が、今ここにいた。


 「どうにも、ならないか。このままでは……死ぬな」 


 何故だろう。
 
 こうなっていることを悔しくは思うが、焦りはしない。

 ……もしかすると、それほど悔しいとすら、思っていないのかもしれない。

 それどころか、このままでは死ぬというのに、自分の中には、それも良いなどという思いがある。


 ……やはり心のどこかでは、すでに諦めてしまっていたのだろうか?

 青山素子は、一人コクピットの中で苦笑する。


 情けない。

 情けないと思う。

 勝負する前から、自分はすでに諦めていたんだから。

 しかし……自分はよくやったのではないだろうか?

 勝てないとは分かっていた。

 ならば、最初から戦わず、宇宙になど出ず、地上でこそこそ逃げ回ってもよかった。

 しかし今、自分は宇宙にいて、連合体艦隊をここまで手こずらせた。

 十分によくやったとは言えないだろうか?

 仮にもし、浦島景太郎とこの先会うことがあったなら、胸を張ってもいいのではないだろうか?

 さすがの彼でも、これだけの数を相手にして、ここまでやれるとは思わない。

 そう。そもそも、戦闘能力はこちらの方が上なのだから。

 仮に彼が万全の体調であったとしても、ここまで回避を続け、戦闘を続けることは出来ないだろう。

 自分だから、青山素子だから、ここまで粘れた。

 恐らく、この作戦に参加した兵は、ここまでこちらが粘るとは、思ってもいなかったはずだ。


 (私は、よくやっただろう?)


 自分が満足しているのか、していないのか。

 今のこの現状に不満はもちろんある。こんなところでは死にたくないのだ。

 だが、自分はよくやった。これ以上ないというくらいに頑張ったと、そう思えている。

 
 もしかして、自分は死に場所を求めていたのだろうか?


 そうかもしれない。

 生きていると、浦島景太郎という男を諦められないから。

 だから殺して欲しかったのかもしれない。

 自分が納得できる、ていのいい散り際と言うものを、求めていたのかも知れない。


 目の前で景太郎が閃光に包まれた、あの瞬間から。



 「あぅっ!?」



 再び、モニターにノイズが走り、機体が揺れた。

 警告音が大きくなり、機体状況は、その表示が元から赤かったかのように……染まっている。

 リアルタイムで回線を開いていたはずの通信も、途切れてしまっている。


 ブリッジは、今どうなっているだろう?

 通信のつながらないこちらを気にして、騒ぎになっているのだろうか? 

 もしかしたら、しのぶは泣いているかもしれない。

 それとも、ブリッジが先に潰されたのだろうか? 

 
 「はぁ……はぁ、はぁ」


 揺れる機体の中、視界を閉じることによって世界を安定させる。

 そして意味もなく荒れる呼吸を、素子はゆっくりと整えた。

 涙が、零れる。

 普通なら、じんわりと瞳の中から浮かび上がり、頬を伝い、

 そしてあご先から膝元へと流れていくのだろうが、ここは宇宙であり、無重力空間だった。

 だから、涙はきれいな球体となり、コックピット内に零れ、漂った。

 何故泣いているのだろう。

 赤いモニターの光を受け、輝く涙を見ながら自問する。

 死の恐怖だとか、悔しさではないと思う。では、何に泣くのだろう?
 
 
 あえて言うなら、この世の理不尽さかも知れない。


 もし、もしも。
 
 浦島景太郎が死んだとするなら、今から自分は逢えるだろうか?

 逢えたら、嬉しい。そこが地獄でも、どこでも。



 素子は、『ひな』に手を伸ばす。

 自分の愛刀であり、相棒である。

 もともとの相棒である止水が、姉に折られてしまったため、景太郎から貰い受けたものだ。

 これが原因で、景太郎と接吻することになったことも、あった。


 「浦島」


 小さく、自分でも聞こえないほどの声で呟く。

 手が、刀の柄に触れる。



 連合軍所属機から放たれた攻撃が、ついに下層装甲板に到達し、機体の中枢にダメージを与える。

 腕部が弾け、背面ジェネレータの起動が停止し、胸部装甲板も四散した。


 そして、彼女を乗せた機体はついに耐え切れなくなり、爆発、大破した。 


 目の前にあったはずのモニターが消し飛び、破片がヘルメットに突き刺さり……

 その向こうは真空の宇宙が広がっているはずなのに……

 彼女は違うものを見た。


 「……あっ」



 機体が爆発したその時……『ひな』に、素子が手を添えたその瞬間、彼女の強い光を見た。

 まるで、景太郎がいなくなったあの時のような、強い光を。


 (……そこに、いたのか?)


 光が収束するように、素子の視界は狭まり、そして閉じられた。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「どういう状況なんだ?」

「連合宇宙軍と……所属不明艦が戦闘中のようです」

「まるで映画みたい……」


地球と月の狭間をイメージしてジャンプしてみれば、そこは戦場だった。

俺ですら遭遇したことのないような大艦隊が、目の前には展開されている。

もっとも艦隊とは言え……よくよく見ると、そのほとんどは輸送船か何かのようだったが。

戸惑う俺に対し、ラズは早速B・MT周囲に飛び交う電子を読み取り、状況をオペレートしてくる。

ルーチンであるTAMAはラズに送れて、現状の報告をしてくるが……俺はそれを中止させた。

ただ情報を羅列するルーチンよりも、取捨選択を行えるラズの報告を聞くだけのほうが、有意義だからだ。

なお、一人暢気なのは、宇宙空間が新鮮すぎて、現実感をもてない可奈子だった。


「ケイ。所属不明艦の詳細把握。カオラ・スゥ建造・製作指揮の、あの艦です」


視線を張り巡らせると、確かに見たことのある白亜の艦が漂っていた。

最も、その美しい白さも外観も、今は敵の攻撃により、無残なものになっていたが。


「どういうことだ? ……ちっ、二人とも、とりあえず揺れるぞ!」


俺はこちらに向かってくる連合軍の攻撃を、急加速で回避した。

もともと二人も身体は一応固定してあるので、多少の行動では問題ない。

横に座る可奈子はもとより、ラズも正確には、俺の膝に座っているわけではない。

俺の膝の上に増設したシートに座っているのである。

まぁ、車ですら膝の上では危ないので、子供を座らせはしないのだから、当然と言えば当然だな。


「……情報取得。先日、ミツネ・コンノ艦長に対し、連合体からの無条件出頭が提示。

 しかし、コンノ艦長はこれを拒否し、該当グループを率いて大気圏離脱を試みる。

 それを悟った連合宇宙軍は、月で建造中の兵器を投入し、拿捕する作戦を展開。

 …………で、その作戦の真っ只中が、今現在と言うみたいです。

 あの日あの場所ではなく、少しだけ後日のあの場所に着地したみたいです」


ラズの言葉を聞き、俺は再度舌打ちをした。

何故、こんなことになっている?

犯罪者は俺で……確かに彼女たちは俺に協力的だったが、

ここまで追い詰められるほどの罪を犯したかどうかと言えば、俺に言わせれば疑問だ。

俺は人を殺した。彼女たちは殺していない。俺は遺跡を破壊した。彼女たちは壊していない。

俺は遺跡を奪った。彼女たちは遺跡を奪っていない。

にもかかわらず、このような絶対的な包囲網を築いて追い詰める……。

確かに共犯と言えば共犯だろう……だが。


「……くっ、間に合わん!」


深く考え、そして不満を言っている暇はなかった。敵は迫り、攻撃を続けてくる。

そして遥か彼方では、白亜の戦艦とその護衛をしているらしい二機の機動兵器が、

物量に押され、回避で傷に被弾を重ねている。


「跳ぶぞ!」


俺は今目の前に広がっている光景を目に焼き付け、一度眼を閉じる。

そして目に焼き付けた瞬間的な記憶を元に、イメージ。

闇、星、爆発、砲弾、被弾、飛ぶ機動兵器。



一瞬後に目を開いてみれば、目の前に砲弾が迫っていた。

俺はB・MTのフィールド出力を増大させる。

この機体に取り付けたれたフィールド機構は、俺が過去の世界の青山家で使っていたモノとは、レベルが違う。

そもそもこのほかの機動兵器にはない、強力なフィールド機構が合ったからこそ、

俺は一人で連合軍を相手に出来ていたんだからな。


B・MTに直撃するはずの砲弾は、そのままの速度を保ったまま、フィールドに沿って俺の機体を避けていく。

その後も、俺はフィールドを保持したまま、ジャンプ後の出現位置の後ろにいる機体を守護する。

かつて、あの日に……この世界で言うなら、少しばかり前に一度だけ見た、機体。

操縦者は確か、素子ちゃん。それは、中から彼女の気が弱々しくも発せられていることからも、確信できる。

一応確認を、と考えて視線でラズに問うと、ラズはこくりと頷いた。


「交戦記録もあります。これは確かに、青山素子の搭乗機です」

「…………ギリギリだったか」


時間の流れ方については、大雑把に言って二つの考え方があると言えるだろう。

例えば、ある時点に遡り、過去を変えた場合……その時点で、また新しい歴史の流れが発生する場合。

そしてもう一つが、過去である変化を加えた場合、その変化によって、現在が大きく変る場合。


一体、世界は本当はどちらの時間に流れを取るのか。

可奈子のいる時代で遺跡を回収したので、それによりこの時代にも影響があり、

そこにいたはずの戦艦が消えてなくなったのかとも思ったが……どうやら、違うらしい。

やはり、この時代はこの時代で、時間の流れがあるのだろう。

俺はジャンプするときに、その時代の流れに微妙に乗り損ねて、目標とした日とは少しばかりの誤差が出たのだろう。

どうせなら、あの日よりも前に出ればいいものを、よりによって後とは。

もしこれでもう少し遅く、素子ちゃんが撃墜されるところを見てしまっていたら……。

俺の中で素子ちゃんの死ぬという未来は確定してしまって、もう助けられなくなるところだった。


そう、俺にとって、俺と本当に時間をともにしてくれたのは、『この素子ちゃん』なのだ。

確かに過去で俺と可奈子を見送ってくれた素子ちゃんも、素子ちゃんは素子ちゃんなのだが……。


「って、考えている場合じゃないな」


とりあえず、素子ちゃんを何処かに移動させて……って、何処かとは何処だ?

何処が安全だ? とりあえず、この軍が簡単に攻めてこられない場所……。


「ラズ。一応確認するが、バックパック内にある遺跡は?」

「まだ10回以上は楽に飛べます」

「よし……。じゃあ、行って帰って……だな。まず素子ちゃんをあの世界に連れて行く」

「…………その次にもう一機と、戦艦ですか? でも、ケイ。大丈夫?」


確かに、人間二人を抱えて飛んだことはあるが、機動兵器を掴んで一緒に跳んだことはない。

ましてや、戦艦を飛ばしたことも、ない。


「だが、やるしかない。時は一刻を争う。星を鑑賞している場合じゃなかったな」


瞬間的な移動を繰り返すのと、この戦場にある全ての兵器を俺が無力化する……そのどちらが速いか。

言うまでもない。そもそも俺は戦闘なんぞするつもりは、なかったのだから。


…………一応、色々と考えてから、俺はこの世界へと戻ってきたつもりだ。

あの白い世界で、考えに考えて、その末にやってきたつもりだ。

もしかすると、戻れないかも知れない。その最悪の可能性も、一応は考えてから来た。

この二人を連れてきたのも、もしおかしな世界へと意図せず行ってしまった場合

……あるいは、あの白い世界に戻れなかった場合を考えてのことだ。


だがしかし……俺は自身の現状をかんがみて、こう思う。







「こういうのを、行き当たりばったりと言うんだよな」





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