第十八話




 月面の下層に建設されたドッグ内に、戦艦ユーチャリスは鎮座している。

 点けられている最小限の照明によって、その白き船体を薄く輝かせられながら、だ。


 「これまでの補給、有難う」


 俺は据付のタラップに身を預けながら、隣にたたずむ女に、そう声をかけた。


 「いつもどおりの、お使いだったから……私は」


 ネルガル重工会長付秘書である女、エリナはつまらなそうに答えた。

 補給時のいつもどおりの、会話だ。

 ただ、いつもと違うところがあるとすれば、今回の補給が最後である、ということだ。

 火星の後継者は完全に制圧され、残るは別働隊として火星にいなかった僅かな隊のみ。

 戦力的に見てたいしたものではないので、それらも連合宇宙軍などに、近々鎮圧されるだろう。

 草壁と言う指導者を失った以上、後継者と名乗ったあいつらは今、すでに無能な集団でしかない。


 ユーチャリスは決まった目標地点があるからこそ、その真価を発揮できるヒットアンドウェイが得意な艦だ。

 ボソンジャンプにより突然現れたブラックサレナで、敵をかく乱。その後、集中した敵にグラビティブラスト。

 最後に強化型ジョロなど、無人兵器によって後始末だ。そして、事が終わればすばやく身を隠す。

 そのかわり、今のような状況……各地に散らばった敵を探し、発見しだい殲滅……には向いていないのだ。

 そう言う戦闘には、やはり手駒がいる。サレナやユーチャリス、そしてジョロ・バッタだけでは、少々心許ない。


 だから、もうユーチャリスに実戦の出番はない。サレナも同様だ。

 今回の補給の後、ネルガルの地下研究施設に跳ばして、それでさよならだ。

 あぁ……補給といっても、今回積み込まれているものは、燃料や日用品などではない。

 このドッグで使用されていた、ユーチャリスの開発・研究関連機器などである。

 ユーチャリスがここに来なくなる以上、この機器も必要がなくなる……要するに、引越しだ。


 「エリナ。ラピスのことを、頼む」


 基地に跳んだ後、ラピスとは別れる気でいる。なお、ラピスは今ユーチャリス内で搬入される物資の管理をしている。

 ラピスにここでの会話が拾われる可能性がないわけでもないが、俺は特に気にしなかった。


 「やはり、置いていくの?」


 ユーチャリスのほうに意識を向けつつ、エリナは呟いた。

 当たり前のことだ。俺は、ラピスを復讐の道具として利用していた。してしまっていた。

 復讐が終わった以上、これ以上俺などにつき合わすわけにはいかない。

 まだ、ラピスには未来がある。

 まだ『少女』なのだ。それも、美しい少女。ラピスが望めば、ネルガルの保護下でならば、アイドルデビューすら出来るだろう。

 望む光景を、想像することは難しいが。


 「俺の復讐は終わった」
 

 火星の後継者の残党が残っている。しかし、それを駆逐していくことに、俺は意義を見出せない。
 
 北辰をこの手で殺したとき。
 
 あの時、俺の中で復讐の熱い炎は、ほほ鎮火した。残り火がくすぶっているが、自制できないほどではない。

 本隊が鎮圧された以上、残党に対してこれまでのような戦闘活動を行えば、ネルガルにも迷惑がかかる。

 それは、アカツキやエリナの首を絞めるということだ。

 それにそもそも、先に述べたように、ユーチャリスは残党狩りに向いていない。

 また、ラピスの事も心配である。

 そして何より、ここまでの自分の行いに罪悪感や後悔がないわけではない。

 
 だから、俺は立ち止まった。

 そして、自身にとっての復讐は、もう終わっていることに気がついた。


 「……考え直せない?」


 いまさらだな。引き止めてくれる人間がいることは、うれしいことではあるが。

 だが、考え直すわけにもいかない。


 「ラピスの心を、この先俺は背負いきれない」

 「自分勝手ね」

 「これから死ぬ人間の最後のわがままだ。すまない」

 「もう一度だけ聞くけど、考え直せない?」


 しつこいな、エリナ。


 「火星の後継者は制圧された。ユリカも助け出された。残党が僅かな以上、俺がネルガルに迷惑をかけて、機動兵器に乗る必要は、もうない」
  

 そこで一度言葉を止め、視線をエリナに向けた。

 バイザー越しに、うっすらとエリナの姿が『見え』た。


 俺は罪を犯した。それを償わなければならない。償いきれるかどうかは分からないが、やるべきだ。

 残りの人生を、情けなく、醜く、発作を抑えながら……嘔吐を繰り返し、悶えながらだ。

 今の俺は復讐者ではなく、くたびれた老兵か、あるいは敗残者だ。

 残りの人生は懺悔と、わずかな善行に使わなければならない。

 さし当たって何をすべきかは、まだ判然としないが……。

 しかし、その償いにラピスを、他人を付き合わせるわけにはいかない。


 「……ふう。結局、何も変わってないのよね。昔っからそう。貴方は、優しい」

 「俺は犯罪者だ」

 「北辰と同じように?」

 「そうだ、な。結局、同じ人種でしかない」


 思うところはあるが、事務的にカテゴライズするならば、同種だろう。間違いなく。


 「……それは違う。違うわよ」


 静かだが、強い否定であった。


 「エリナ……有難う」

 「うれしくないわよ。お礼言われても」

 「そうだな」


 話が終わりに近づいたことを感じ、俺はタラップから身を離した。

 外套を少しひるがえさせ、エリナに背を向ける。
 
 ――――――と、彼女はこれ見よがしに嘆息した。 


 「これは、切り札だったんだけど。本当は、私が言うべきことじゃないから」


 言うべきことでない切り札?


 「何の話だ?」

 「単刀直入に言うわ。ミスマルユリカは、まだ救出されていない」

 「嘘だ。ラピス経由で、俺はユリカが救出されていることを確認している」

 「体はね」

 「? どういうことだ?」

 「記憶は、精神は、心は……いまだ遺跡の中ということね。なんなら調べてみなさい」

 「それが、俺に対して、どう切り札になる?」


 俺の言葉に、エリナは気を少し悪くしたらしい。語気が、強くなった。


 「取り込まれたままのユリカさんを、見捨てる気? 出来ないでしょう?」

 「…………そう、だな」


 伊達や酔狂で、こんな話題を口にはしないだろう。

 しかし、おいそれと信じられるような内容でもなかった。

 俺はエリナに向き直して、確認するように問いかける。


 「ユリカの魂がいまだ戻らない話、本当なんだな?」

 「言ったでしょ? 気になるなら、自分で確かめればいいわ」

 「……本当のようだな。まぁ、確かめるさ。最も確実な方法でな」

 「どうするの?」

 「ユリカが監視・監禁されている病室の監視記録をラピスに掌握させて、直接そこに跳ぶ」


 会えば、分ることだ。

 もう決して会わないと決めていたが、場合が場合だ。

 ユリカが助かっていないのなら、俺は助けなければならない。


 「……そう」


 俺の答えに、エリナは顔を伏せて返事をした。


 「ところで、結局、どこが切り札なんだ?」


 俺を引き止めるには、嘘でも真実でも、有効な話題ではある。

 真実であり、俺に調査されて問題がないのなら、なおさらだ。

 わざわざ、切り札などともったいぶる必要性がわからない。
 

 「馬鹿」


 涙声で、エリナは言った。


 「難しいこと考えすぎよ」

 「なにがだ」

 「本当に分からない?」

 「ああ」

 「そういうところも変わらないわね」。この鈍感


 涙をためたまま苦笑しつつ、さらに嘆息するエリナ。


 「好きな男を引き止めるのに、その妻を引き合いに出したい女が、どこにいると思う?」



 なるほど。そうか、そういうことか、エリナ。合点がいった。

 それは確かに、プライドの高いエリナにとってはあまり取りたくない手であるといえる。

 いや、プライドどうこう以前に、誰だって嫌だろう。



 「……すまん」

  

 俺の謝罪に、エリナは一言で答えた。 

「馬鹿」と。


 馬鹿、か。

 何故だか、それはとても懐かしい響きの答えだった。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 時代が繰り返す、といったのは、誰でしょうか。

 なるさんの昔話が終わり、私の頭に最初に浮かんだ言葉がそれでした。

 それは大昔からある格言です。


 うろ覚えですが、何かのアニメでは『人類は、革命・戦争・平和のワルツを踊り続けている』と言っていた気がします。

 確か、ゲキガンガーとは別方向のもの。アキトさんたちが言うには、リアルロボット系。あれ? 違った?

 ……まぁ、そんなことはどうでもいいんですが。


 状況と結果が、あまりにも似過ぎています。

 新婚・旅行・誘拐・実験――――――そして、遺跡との融合。

 さらに状況から見るに、夫の景太郎さんにはアキトさんのように、過酷な人体実験が行われたようですね。

 ……復讐に走り、罪を犯しながらも妻を助けだす夫。

 北辰・火星の後継者たちが過去の事件を模倣したのではないか、と思えるほどです。


 100年以上も昔の『なる』という人物の精神体が、現代のユリカさん体に入る。

 これにより遺跡との融合の、過去における唯一の実例が、現代に蘇ったというわけです。


 何で、火星にはるか古代からあった遺跡が、地球にあったんでしょうか。

 今でも地球上をくまなく探せば、それらしいものが見つかるのでしょうか? 多分、あり得ません。
 
 地中も、熱帯雨林も、砂漠も、深海も……なるさんの時代にフロンティアとされた場所は、もう今の地球には存在しませんから。
 
 もし、過去から地球連合軍などが事実を隠蔽していたら……いえ、それも考えられません。

 事実を隠蔽しつつ、研究・開発していたならば、先の戦争で最初から木星に遅れをとるはずもありませんし。

 地球に遺跡がある、ということは、今の時代に様々な矛盾をもたらします。

 景太郎さんが、仮に地球に存在した遺跡全てを破壊したとすれば。

 それならば、おかしいところはありません。

 はるか古代に、地球から出発した高度な文明が、火星、木星にその足跡を残しつつ、外宇宙へ旅立ったとします。

 そのうち、地球上のものだけが歴史から姿を消したことになるのですから。

 そう考えるのが、妥当そうですね。現段階では。


 「それで、なるさんはどうするんですか?」

 「うーん、ユリカちゃんには悪いけど、まず、髪の毛を染めさしてもらおうかな。私、栗毛だったから」


 整形までするつもりはないけれど……と、なるさんは苦笑混じりに言いました。

 顔は鏡を見ない限り、意識しないですみます。しかし、長い髪はちょっとした動きで視界に入ります。
 
 それには、どうにも違和感を感じるそうです。

 まぁ、私も自分の髪がいきなり違う色になると、違和感を覚えると思いますので、共感できます。


 「今後のことは、この時代のこととか、ちょっと調べて落ち着いてから、かな」

 「具体的にどのような行動に出られるのですか?」

 「そうね。ユリカちゃんを遺跡から出して、私は過去に帰るわ。景太郎が私の体を確保したときに戻れば、あいつのこと、支えてやれるから」


 過去に帰る。

 その言葉だけを聞けば、到底不可能な気もしますが。

 しかし、なるさんは実際に遺跡を通して、100年以上の時間を歩き、進んでこられた方です。

 帰ることが出来ない、という可能性がないわけではありませんが、その逆もまた然りです。


 「もし、戻れるとしたら、新婚旅行の前日に戻って、旅行をやめればいいんじゃないですか?」

 「ううん、それは根本的な解決にならないし。家に直接襲ってきたら、結局捕まるし、それに」

 「それに?」


 「あいつ、言ったんだ。私を助けるために、いっぱい人を殺したし、物も壊したって。

 “その景太郎”をほうっておくわけには、いかないでしょ? 精神的に辛いだろうから、私が支えにいってあげないと、ね。

 確かに、旅行前に戻れば、景太郎が殺さなかった人が生きてる。でも、私はその人たちのために、

 『人を殺した景太郎』のことをなかったことにして過去に戻るなんて出来ない。

 ひどいかもしれないけど、私にとっては、景太郎のほうが大事だから」


 私が、過去に戻れるとしたら。戻ったとしたら。

 今、苦しんでいるアキトさんを気にせず、昔のアキトさんと笑いあえるでしょうか?

 過去のアキトさんは、確かに明るい人でしたし、優しい人でした。

 今のアキトさんは、心に暗さを抱え込んでしまっています。私に対しても、必要以上に近寄っては来ないでしょう。

 しかし、だからといって、私は『今のアキトさん』を完全に忘れられるでしょうか。

 確かに、それは無理です。そして、嫌です。


 「そう、ですね。放ってはおけませんよね」

 「うん。ま、だから、過去に帰るとしても、まずはユリカちゃんをこっちの世界に連れてこないとね。それこそ、放っておくわけにもいかないし」


 綺麗に笑うなるさんに、私の微笑を返します。

 そしてふと、ある事が気になりました。


 「……ところで、何でちゃん付けなのですか?」

 「あー……ユリカちゃん、遺跡内で精神体が幼女だったから、そのせいかな」

 「はい?」

 「だから、小さい女の子。根本が純真だったんだと思う」


 納得できます。とても似合う気がします。


 「ユリカさんには、少女漫画のイメージが伝達されてたらしいのですが」

 「うん、時々トリップしてた、そういえば。アキトアキトって。あ、それはいつもなのかな?」


 目に浮かぶようです。やはり、どこに行っても、ユリカさんはユリカさんのようです。


 「ルリちゃんの言う、その外部からのイメージが途切れて、

 ユリカちゃんは、アキト君を見失っちゃったの。

 だから、ユリカちゃんは今も遺跡でアキト君を待ってる」


 「ユリカさんは、なんて言ってましたか?」

 「アキトはユリカの王子様、だから、絶対迎えに来てくれる、とか」


 ユリカさんらしいですが、少しだけ、ずるい気もします。

 アキトさんを待つんじゃなくて、さくさくと自分から出てきて欲しいものです。

 いえ、そうなると、なるさんが出てこれなかったんですよね。


 それに幼児退行気味なのは、火星の後継者のイメージ伝達による精神操作でもありそうなので、

 ユリカさん自身がそこまで悪いわけでもないような気もしますし、そもそも自我が残っていたことを

 なるさんの証言で確認出来ただけでも、まだマシなのでしょうか?

 でも、眠り姫で王子様を待ち続けるっていうのは、その……

 何と言うか、不謹慎ですが……少しだけ、羨ましいポジションかもしれなくて。

 やっぱり少しだけ、ほんの少しだけ、ユリカさんがずるく思えたりもします。

 
 「こっちからも少し聞かせて。まず、アキト君って、どんな子?」


 私のどこか嫉妬じみた思考には気づかずに、なるさんが問いかけてきます。


 「とっても優しい人で、私の兄です。アキトさんの妻がユリカさんです。手続きはまだでしたが」


 兄。そう。アキトさんが兄。ユリカさんが、姉。私の家族。

 私は、アキトさんに単なる思慕とは少し違う感情も抱いていましたが。


 「えっと、つまりルリちゃんのお兄さんがアキト君で、義理のお姉さんがユリカちゃん?」

 「ちょっと違います。二人とも、私の義理の兄弟です」


 詳しく話すと長いのですが、ユリカさんが私を引き取った後、アキトさんと結婚式……と言う流れです。

 実際は、私はユリカさんに引き取られて、ユリカさんの家で生活していました。

 しかし、ミスマルおじ様、つまりユリカさんのお父さんが、ユリカさんとアキトさんの関係の反対しました。

 そのため、ユリカさんは家を出て、アキトさんのアパートに転がり込み、

 そこに何故か私のついて行ったため、兄、姉、そして妹の私という関係の生活をしていました。


 かいつまんだつもりですが、元が複雑なだけに、少し分りにくいですね。

 私が人に引き取られなければならない理由を、さらに詳しく話し出すと、

 マシンチャイルドとピースランドとネルガルなどと……そういった細かい情勢も話さなければなりませんし。

 私の説明を噛み砕いているのか、なるさんは小さく唸って首を傾げました。


 「ふーん。ルリちゃん、やっぱりアキト君のこと好きだったりする?」

 「な、なにを突然」

 「いやぁ、結婚しようとする二人に、水さすような存在に普通なりたがらないだろうし」

 「うっ」

 「ルリちゃんが望めば、そのおじ様の家にいられたんでしょ? なのに、わざわざついて行ったという事は」

 「ユリカさんが、こんな分らず屋のお父様のいる家にいては、私まで分らず屋になると、強引に……」

 「へぇー」


 なんだか、意味深な呟きをなるさんはもらします。

 心なしか、頬が緩んでいるような気もします。

 私はそんなに露骨な反応を示してしまったのでしょうか。


 「……確かに、私はアキトさんをただの兄だとは思ってませんでした。気づいたのは、ずっと後になってからですが」


 初めて他人の前で、認めてしまいました。

 ただの『家族などとして大切な人』ではなく、『恋愛的対象として大切な人』と。

 ミナトさんはともかく……まさか、初対面に近い人にバレるとは思いませんでした。

 旧ナデシコ乗艦当時、私は恋愛感情などというものは、自分に理解できない事柄だと思っていましたし。


 アキトさんに対する感情になんとなく気付いたのは、結婚式のとき。 

 決定的だったのは、お二人の葬儀の、遺影を持ったときです。

 そしてそれから流れた時間が、私の中の思いを煮詰めていきました。

 ある意味、思い出の美化だったのかもしれません。

 でも、再会してから心の奥底でうずいているこの気持ちは、多分錯覚ではないと思う。

 と言うか、仮に錯覚でも、抜け出せなければそれは真実。だから恋とは、ある意味面倒なものだとも思う。


 「何で、分かりましたか?」

 
 「私にも義理の妹がいてね。景太郎の妹で可奈子ちゃんっていう子なんだけど。

 その子も景太郎と血がつながってなくて、それで、ブラコンで景太郎大好きっ子でね。

 だからかな。なんとなく。別に二人の雰囲気とか、性格が同じって言うわけでもないんだけど」


 人間関係的には、アキトさん=景太郎さん、ユリカさん=なるさん、可奈子さん=私……ですか。

 私が言うのもなんですが、なるさんの方もかなり色々複雑と言うか、火種のある人間関係ですね


 「でも、ま、それはともかく。気持ちを伝えるなら、伝えとかないとね。相手がどうであれ、あとで後悔するのは嫌でしょ?」


 そう言い、微笑むなるさん。とても不思議な気分です。外見がユリカさんですから。

 ユリカさんは、確かに私の姉でしたが、性格と関係がああでしたから、

 私が恋愛相談を持ちかけることなど、想像した事がありまんでした。

 聞けるはずもありませんよね。アキトさんが気になるんですけど……なんて。


 でも今、客観的に見たら、恋の事について、ユリカさんが私に優しく諭しているんですよね。

 ……とても不思議な気分です。


 「そう、ですね」


 言えるはずがない、とも思うのですが、正論であるように感じたため、私は賛成した。

 告白。

 するとしたら、機会は巡ってくるのでしょうか?

 火星の後継者の残党を狩り続ける不可解な未確認存在として、

 アキトさんは今も漆黒の宇宙を、白亜の戦艦ユーチャリスで駆けているのだと思います。

 ご自身の身体状況も、思わしくないでしょうに。

 アキトさん。

 会いたいです。

 私は、今まで頑張りました。そして、あの時貴方が生きていると知ってから、さらに頑張りました。

 アキトさんとユリカさんが帰ってくれば、昔のようになれると思って。
 
 もちろん、アキトさんは罪を犯したことにより、ユリカさんは融合実験が成功したことにより、

 それぞれその身の存在が、社会的に不利な位置づけであることは充分に分かっていました。

 それでも。

 生きていてくれれば、別れたとしても、また再会できるじゃないですか。

 会いたいです、アキトさんに。

 再会したいです。

 火星の後継者を制圧したあの時から、必ず帰ってくると信じています。

 ユリカさんといつまでも待ってます。そう決めていました。 
 
 でも。現状は混迷を極めるといっても、過言ではありません。

 なにより、結局、私のところにはアキトさんも、ユリカさんも帰ってきていないのです。

 私はまだ、家族を取り戻していないのです。

 帰ってこないなら、追いかけようとも思ってました。

 でも、現状で、今すぐに出来るはずもありません。

 それなりの準備というものが必要です。



 アキトさん。



 「アキトさんに、会いたいです」

 「ルリちゃん……」



 ベッドの横に座る私に、なるさんは優しい笑みを投げかけてくれました。

 そして、まだ慣れず不自由な体を起こして、私の頭をそっとなでてくれました。


 「……ん」


 少しだけ、私はなるさんに甘えてしまいました。

 ユリカさんの姿をした、でもユリカさんではない女性。

 なるさんは、そんな存在でしたから。


 私は、どちらかといえば、人見知りするほうだといえます。

 さらに、ここにはお見舞いということで来ていますが、それも一応は仕事です。

 公私混同は、出来るだけしないよう努めています。

 今は、私は仕事として、軍人としてここにいるわけです。
 
 なのに。

 ユリカさんも不思議な人でしたが、なるさんも不思議な人です。

 いえ、人それぞれが、全て不思議な存在なのかもしれませんけど。



 「ど、どうも。ありがとうございました・・・・・・」

 「いいわよ。べつに」


 自分の頬が、少し熱くなるのを自覚しました。

 かなり、恥ずかしいですね。



 「……あ」



 頬をなでつつ、俯いていた私は、なるさんの呟きで顔を上げました。



 「――――――ボソン反応?」


 形容しがたい七色の光が、病室内に収束します。
 
 それは曖昧ながら、人の形を構成しだし、そして次の瞬間には―――……




 黒尽くめの男性を、病室へと転移させました。



 アキトさん……です。

 お墓で会ったあの時と、同じ服装です。

 多分、あれはパイロットスーツのアンダーも兼ねているのでしょう。


 「ユリカ……」


 アキトさんの、どこかほの暗い声が病室に染みていきます。






 「ルリちゃん、この人……誰?」



 「――――――……っ!?」




 無表情だったアキトさんの顔に、一瞬だけ、ほんの一瞬だけですが、ヒビが入りました。

 なるさん……それは、禁句です。





      ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 体が助かっても、魂が助かっていない。

 最初は、それが意味する言葉は、記憶喪失か何かか……そんなものだと思っていた。

 しかし、ラピスに調べさせたところ、どうやら『人格』というようなものそのものが、ユリカでなくなっていたらしい。

 それが意味する言葉が、何なのか。専門的知識に造詣が深くない以上、完全に理解することは出来ない。

 

 仮に、これが全て嘘なら、それでもいい。

 全てのデータが捏造で、全てが狂言なら、それでもいいと思った。

 最後に、ユリカの顔が見られる。

 最後の最後だ。


 そう考えもして、病室に跳んだのだが。

 誰? か。

 演技であろうと、そうでなかろうと、その言葉はかなり効いたな。 


 「なるさん、この人がアキトさんです」


 ルリちゃんが、ユリカではないユリカに、俺を紹介する。


 「ルリちゃんやユリカちゃんの好みを否定するわけじゃないけど、あの、ちょっと、何ていうか趣味が……」

 「はい。私も今のアキトさんの格好がいいとは思ってないんです」

 「だよね。これで街中歩いてたら、確実に捕まるような気がするし」

 「正直、私も初めてちゃんと会った時は、少々引きました」

 「ところで、これってコスプレ?」

 「一応、パイロットスーツのアンダーも兼ねてるようですが、色やデザインはまるっきり趣味だと思います」

 「そうだよね。別に白でもいいわけだし」


 黒もまぁ、目立つかもしれんが……白の方が目に付くだろう?


 「って言うか、病院に来る時に着てこなくてもいいんじゃ?」


 俺は普段からコレなんだ。パイロットスーツどころか、感覚補助機能のもあるんでな。

 それにしても――――――いきなり、ぼろくそだな。かなりぼろくそだ。

 少しショックだ。そんなに変か? このスーツは。いや、まぁ、確かに病室にはそぐわないだろうが。


 「……ユリカはまだ、遺跡の中だと聞いた」


 俺は気を取り直し、ユリカではないユリカに視線を合わせ、問いただす。

 やつれているわけでも、憔悴しているわけでもない。あのときの笑顔そのままに、ユリカはそこにいる。


 「はじめまして、アキト君。私は浦島なる」


 ユリカだ。そう思いたい。

 昔のように、微笑んでいる。

 柔らかい笑みだ。

 ……そう、柔らかい。

 …………これは、俺に向けられていた笑みではない。何か違う。

 俺に向けられる笑顔は、優しくはあったが、同時に力に溢れた強烈な印象を持つものだった。

 柔らかい。だが、そこに俺に対する特別な感情は何も見受けられない。博愛的な笑顔だ。


 「本当に、ユリカじゃないらしいな」

 「やはり、わかりますか?」


 ルリちゃんは、ユリカの……いや、浦島なるの肩を支えながら、聞いてくる。


 「ああ。雰囲気が違う」

 「そうね。ユリカちゃんなら、アキト君に抱きつくでしょうね、多分」


 冷静に浦島なるは言った。

 確かにな。


 「それで、何しに来たの? お見舞い?」

 「ユリカがユリカでなくなっていることの確認。もし、それが本当なら、ユリカを助けに、だ」

 「助けるって……どうやって?」


 こういう返答は、考えていなかったな。

 助け出すとはいえ、先にも述べたように、もともと今日来たのは

 『ユリカの精神が助かっているのか、いないのか』の確認のためであって、

 何らかの具体的なアクションを起こしに来たわけではない。

 
 「………………どうにかならないか?」


 間抜けなことを聞いているな、俺も。


 「なるさん、方法はあるのでしょうか?」


 俺の言葉を引取り、ルリちゃんが浦島なるに問う。


 「うーん。遺跡にもう一回『入って』、ユリカちゃんを連れてくる、かな?」

 「それは確実なのか?」

 「正直に言うと、分からない。私も別に遺跡の研究者じゃないから」


 というか、そもそも、浦島なるとは何者なのか。

 名前の自己紹介だけで、何故彼女がユリカの中にいるのかなど、そういったことを俺は何も知らないな。
 
 

 復讐は終わったと思っていた。

 確かに、俺の自己満足としての復讐は終わった。

 けれど、結局まだ何も終わってなかった、か。『一連の事態』としては。

 俺は、まず詳しい状況の確認と、今後の行動について考えを巡らすことにした。 


 三人の沈黙が、病室に重く圧し掛かる。

 妙案が出るには、時間がかかりそうだな。


 ラピス、すまないな。今しばらく、病室の監視機器から、俺の姿は消しておいてくれ。

 心中で、俺は静かに謝った。





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