第三十一話



私は地面へと降り立ち、抱えていた美神を適当に放る。

美神は憤慨の声を上げたが……かまいはしない。

悪いが今の私にとっては、この上なくどうでもいいことだ。


私は地面につけた足を前に出し、ついでに両手を前へと伸ばす。

誰も刈っていないせいで、伸び放題になっている草木を掻き分け……前方の視界を広げる。

開けた視界の向こうにあるのは、十数年以上は放置されていたであろう、半壊した建造物。

そしてその前に立つ魔族の女と、木の棒で地面をがりがりと削る男。


「………………あっ……」


男が私のほうに視線をやり、そして手にしていた木の棒を地面へと落とす。

口は大きく開かれ、目も同じくらい大きく見開かれる。

まるで石化したかのように動かない男。

私は別に石化を発動した覚えは、ないんだけれどね?


私はそんな男の顔にくすりと笑いながら、前へと進む。

そして…………一言。



「おいで」



その言葉の効果は、絶大だった。

今一瞬前まで固まっていた男は、地面が爆発したかのように飛び上がると、

そのままの勢いで私の元へと駆け寄ってくる。


ずっと会いたいと願っていた。

いつかは離れることになるかもしれない……とは思っていたけれど、

何の前兆も無く、突然すぐに離れることになるだなんて、まったく思ってはいなかった。

だから、顔が見ることが出来なくなって、本当に辛かった。

何処で、こんな風になってしまったのだろうと、何度も自問した。

だが、今となってはどうでもいいことだ。


仲間に裏切られたことや、髪飾りを捨て置かねばならなかったこと、

やっと会えるとアパートまで行けば、肝心の横島は居らず…………

だからわざわざ研修先の事務所まで出向いてみれば、今度は魔法薬によって時空そのものから消滅して……。

会いたい会いたいと願っても、その希望はまったく叶えられなかった。

だが、希望が叶えられず腹を立てたことも、今となってはどうでもいい。


何しろ、会えたのだから。

会いたいと願った存在が、今目の前にいるのだから。

それだけで、不満は吹き飛ぶ。

逆に言えば……私はそれだけ会いたかったのだ。横島に。


横島は今、私の目の前にいる。

私を見るなり、瞬時に立ち上がってこちらに飛んできてくれた。

まるで犬だ。尻尾があれば、絶対にこいつはぶんぶんと振っている。

…………仮に私に尻尾があったのならば、私も盛大に振っているのかも知れないけれど。




「…………久しぶりっすね」




久しぶりに聞いた横島の言葉。

再会の言葉。別にどうと言うことの無い、ごく普通の言葉だ。

だが……理由を述べろと言われても、上手く言葉に出来ないが……無性に嬉しかった。

私は少しだけ間を空けてから、横島の言葉に答える。




「そうだね」




「……………」

「…………」


そして沈黙。


何を言えばいいものか。何が言いたかったのか。

久しぶりに会った時に言う台詞? 

例えば……顔が変った…………って、今の横島は横島ではなくて……これは前世の顔だ。

髪型も服装も……年齢すらも多少違うのだ。

と言うか、魂は横島でも、体は別人だと言っていいのだ。

顔が変った……など、言っても栓のないことでしかない。


でも、だが、しかし。

じゃあ、何を言えばいいのだろう?

もっと何か、他に言うべきことはないのだろうか?

私は、横島に会って、何が言いたかったのだろう?

いざ会ってみると、まったく舌が回らない。

戦闘時とはまったく違う緊張感が、私の背中に走っていく。


この時代に横島がいることは分かっていた。私の魂がそう感じていたのだから。

美神令子の前世の気配を捉え、その場に急行して横島に会えたのは、確かに意外と言えば意外だった。

だが、繰り返してもう一度言うと、横島がこの時代にいることはあらかじめ分かっていたのだ。

なのに、何故私はこんなに緊張している?

汗が噴出しているような気がする。目の前がぐるぐると回っているような気もする。

ああ、ダメだ。私は完全に混乱しかかっている。

せっかく再会して最初の言葉は『おいで』などと言う、余裕を見せ付ける言葉で飾れたのに。

まぁ、あれはごく自然に出た言葉で、何をどういうか考えた言葉ではなかったけれど。



「よ、横島」

「う、ういっす?」



戸惑いがちに声をかけると、横島も戸惑いがちに返事を返してきた。


「あー…………GS試験合格、おめでとう」

「ど、どうもっす」


今更何を言っているのだろうか、私は。


「あの、メドーサさん。傷の方は? 大丈夫なんすか?」

「ん、ああ。もう大丈夫だ」


そう言えば……横島が見た最後の私と言えば、小竜姫の神剣で斬られて傷を負っていたのだ。

心配をかけてしまって、すまないことをしたと思う。

しかし同時に、今日会うまでにどのくらい心配をしてくれたのだろうか……とも思った。

とてもとても心配してくれたのなら、それはとてもとても嬉しいと思う。


「一応傷がふさがった程度だが……そのうち傷跡は消えるさ」

「そうですか。よかった……。いや、もうほんとに心配で」

「なんなら、傷跡を見るかい?」


シャツの裾を持ち上げつつ、聞いてみる。

横島はそれまで私の顔を見上げていたのだが、即座に視線を胸元に移動させる。

それから数回、私の顔と胸元と裾に、横島は視線を上下させる。

どう答えたものか、迷っているらしい。

そんな横島の様子を見ていると、私もだんだんと自分のペースが取り戻しているような気がした。


「えーっと、じゃ……」


結論が出たのか、横島はおずおずと口を開く。


「やめなさい! と言うか、さっさと話を進めなさいよ、もう!」


すると、横島が明確な返事を返す前に、美神が叫んできた。

まったく…………。無粋なヤツだ。人と人の再会を邪魔するとは。

人がせっかくいい雰囲気に浸っていたと言うのに。


私は苛立ちつつ、横島の頭をかき抱く。

そして自分の胸に、横島の顔を押し当たるよう、身体を動かす。

横島は苦しそうな声を漏らすが……心配せずとも、喜んでいるだろう。

こいつはそういうヤツだ。


「何やってんのよ、アンタは!」


…………………本当に五月蠅いね。

人のスキンシップに、いちいちケチつけるんじゃないよ、小娘。

潔癖症の生娘かい、あんたは?

私は美神の怒鳴り声を無視して、横島との抱擁を楽しんだ。














      第三十一話      再会














私は一体ここで何をしているんだろう?

目も前でハートマークでも飛んでそうメドーサを見ていると、なんだかひどく居たたまれない気分になる。

愛とか何とか、そういう雰囲気に弱いというのか……。

多分ドラマで再会する恋人たちのシーンを見ても大丈夫なんだろうけれど、

さすがに目の前でそういうシーンを再現されては、敵わないって感じよね。


私は嘆息交じりに、メドーサと横島クンを見やる。

長い長い抱擁はまだ続いている…………んだけど、そろそろ終りにしない?

それは別に目の前でいちゃつかれるのがイヤだ、と言う個人的な理由だけじゃないわよ?

横島クンがさっきからぴくりとも動かなくなってるのよね。あれ、息が出来てないんじゃない?

いいスタイルよね。私より胸が大きいわよね。

それはいいわ。いいんだけど…………時と場合によって凶器よね。

ちなみにこれはどうでもいい話だけど、

私のママも、私に母乳を飲ませる時は、私の抱え方に注意していたらしい。

小学校の頃、そう聞いたことがある。

胸が大きい女の人は、気をつけないと自分の赤ん坊を窒息させるわよーって。

まぁ、私が声をかけてもメドーサは聞こうとしないだろうし、放っておこう。


「それにしても、横島クン……か。そう、そうよね」


記憶のスイッチが、かちりと入りなおした気分。

つい先ほどまで、半信半疑でメドーサの言葉を聞いていた私。

横島って誰? 私とどういう関係? メドーサとは? 本当に実在する人物?

そんな風に、私は横島クンの存在を完璧に忘れ去っていた。

時空消滅内服液は縁そのものを切ってしまう薬。

言い伝えでは、その薬を飲んだ者がその効用をキャンセルするには、

現世との結びつきをどうにかして強化するしかないと言われている。


で……私は今現在、こうして横島クンのことを、いつの間にやら思い出しているわけだけど。

では、横島クンはどうやって現世との縁を強化して、薬の効用をキャンセルしたのか。

これはまぁ、考えるまでもないわね。

横島クンをよく知る現世の関係者が、わざわざ前世まで飛ばされた横島クンの元まで出向いて、

横島クンをしっかりと認識した上で、ああやって抱きついているんだもの。

縁が強化されないほうが……効用をキャンセルできない方がおかしい。

まさか薬を考えた最初の術者も、こんな風に薬の効用から逃れる人間がいるなんて、思いもしなかったでしょうね。


分からないことは、私に横島クンに関する記憶が戻ったことじゃない。

戻ったことに関しては、今説明したとおり、縁の強化で説明がつく。

問題は……なぜ、メドーサは横島クンのことをずっと覚えていられたのか、だ。

魔族だから、薬の効用の対象外? そんなことはないと思う。

なら、愛の力の結びつきとか? それこそあり得ないと思う。

恋人だろうが、親子だろうが、縁そのものが断ち切られるのだもの。

結びつきがどれだけ強かろうが、忘れるものは忘れる……はずよね?

まさか、魔法薬でも切れないほど、魂そのものの結びつきが強かったとか?


「ま、いいわ。別に横島クンとメドーサの関係がどうだろうが、私は知ったこっちゃないし」


私はそう呟き、嘆息する。

横島クンについての記憶が戻ったことに対して、私には何の問題もないわけだし。

どんな理由があれ、元通りになったんだから、それでいいじゃない。

と言うか、まぁ……もう少し考える価値がありそうな命題ではあったのだけれど……なんだか馬鹿らしくなった。

『横島? ちょ、横島?』と、戸惑いがちに横島クンに声をかけるメドーサ。

『ぷにぷにスライムの逆襲ですぞ……』と、メドーサの言葉に答えず、意味不明な言葉を呟く紫色の顔をした横島クン。

…………だから、あんたの胸に埋まってりゃ、そりゃ呼吸は出来ないってーの。

察しなさいと言うか、途中で気づけと言うか…………本当に馬鹿らしい。

傍から見ていたら、異種族間の恋とかそういう高尚な何かなんてなくて、単なるバカップルよね。


私はダメダメな二人から視線を放し、その近くに佇む魔族を見やる。

バカップルよりも、私にとってはこの魔族の存在の方が重要だ。

魔族。私の前世だとメドーサが言った魔族。

確かに私の顔によく似ている……と言うか、そのままと言っていいくらいに似ている。

同じ服装をして二人並んで立てば、間違いなく双子だと間違えられるだろう。

それに、姿形だけじゃなく、感覚的にアレが自分の前世だと、会ってみれば分かった。分かってしまった。

前世と現世は別人だとメドーサは言ったけれど、やはり…………どこかで繋がっているのよね。だって、分かるんだもの。


「横島クンが陰陽師で、この私が魔族か……。釈然としないわね」


まぁ、だからと言ってどうにか出来るわけでもない。

薬の効果をキャンセルできた横島クンは、もうすぐ現世へと戻るだろう。

そうなれば、私とメドーサも現世に戻るだけ。

どういう理由で二人が一緒にいたのかは分からないけど、

とにかくこの場に残る横島クンの前世と私の前世は、この時代の者同士、そのまま勝手に話を進めるだろう。

その結果として、私と言う存在が1100年後の世界で生まれてくるわけだし。

それにしても、意外と私と横島クンの縁も深いわね。前世から一応知り合いだったなんて。


「あ、メドーサさん」

「横島……。気がついたか」

「俺ってば今、ある意味オトコとして、最上級の最期を迎えかけた気が」


馬鹿なことを言っている横島クン。

窒息しかけて嬉しがるというのは、さすがヤリたい盛りの男の子と言うところかしら。

ああいうのも、好きな相手であれば『可愛い』と感じるのかしら?

まぁ、傍から見ているかぎり、メドーサはそう思っているみたいだけれど。


「あ、美神さん」


メドーサとの感動の再会シーンに一区切りついたのか、横島クンはようやく私の存在に気づく。

『あ、美神さん』もなにも、私はメドーサの行動にさっきから突っ込みを入れていたんだけど。

私は横島クンの態度に少しだけ腹が立ったけれど……まぁ、久しぶりの再会という事で大目に見ることにする。

柔らかな笑みを作り出し、手を振りつつ『災難だったわね』と、慰めの言葉をかけた。

横島クンがもし私の代わりにあのケーキを食べてくれなければ、

今頃私が時空から消滅し、あまつさえ前世にまで遡っていたのかもしれない。

そう考えれば、笑顔くらいのサービスは必要だろう。


「美神さんも、なんかすげぇ久しぶりっすね」

「久しぶりって……。大げさね。私たちだって、貴方が消えてすぐに時間を遡ったのよ?」

「いや、でも俺はもう、この時代で10日間以上は余裕で過ごしてますし」

「そんなに誤差があったの?」


私は厄珍堂内での出来事を考えてみる。

まず、横島クンが私たちの前から姿を消して、その後すぐにメドーサが現れた。

そして私はメドーサによって雷撃を浴びて、時間移動能力を目覚めさせられた……らしい。

この間、どれだけの時間が流れたのか? 多く見積もっても、十数分というところよね?

もし一日後に来てたら、横島クンはこの時代でどのくらい暮らすことになったんだろう?

それともすぐに来ようと遅く来ようと、私たちが着地する時間が、

横島クンが数日間以上、この時代で生活をしてからなのかしら?

時間移動能力なんて、今の今まで全然自覚がなかったから、まったく分からないわね。

GSの中でも稀有すぎる能力だから、私も詳しい知識がないし。


「まぁ、誤差があろうとなかろうと、普通は助けなんて来ないところに、

 わざわざこの私が助けに来てやったんだから、感謝しなさい」


そう、文句を言われる筋合いはないんだから、堂々としてればいいのよね。うん。

私は背筋を伸ばし、腰に手を当てる。

横島クンが地面に腰をつけているので、ちょうど見下すにはいい感じの位置関係。


「ういっす。一生ついていきます!」


ニコニコとした笑顔で、そう宣言する横島クン。

多少の問題もある子だけれども、能力値もそこそこ。

そしてこちらの言葉に基本的には素直とあれば、私としても気分がいい。

だから私はふふんと笑いながら、横島クンに質問してみる。


「そう? なんなら、高校卒業した後は、マジでウチの事務所に来て見る気ない?」

「…………う、そ、それは……」


何故かは分からないが、横島クンは途端に即答しなくなる。

視線も私の顔から外され、地面に落とされている。


「どうしてそこで詰まるのよ?」

「いや、まぁ、なんと言うか。俺は一応公務員希望だし」

「民間の方がお金の回りはいいわよ?」

「考えときます。前向きに」

「そう?」


女好きな彼なら、私の勧誘にも即答で応じると思ったのだけれど。

あるいは、背後にメドーサがいるから、そのことを配慮してかしら?

心配しなくても、私が横島くんをオトコとして認識して、

あれやこれやの関係になるなんて、地球が滅んでもないだろうから、まったく気にする必要なんてないのに。


「…………低賃金で重労働っぽいもんなぁ。美神さんの事務所って、公務員より手取り少なそうな気もするし」

「なんか言った?」


ぼそぼそと小声で呟く横島クンに、私は尋ねる。

もっとも彼は、首を横に振るだけだった。

何を言ったのだろう? 

彼の背後にいるメドーサなら聞き取れただろうから、

視線で問うて見ようとする…………のだが、メドーサは私の視線に気づかなかった。

色ボケって、ある意味ではああ言う感じかしら?

横島クンの身体を支えつつ、思考はどっかに飛んでいる感じ。そこはかとなく、うっとりとしている。

そう言えば以前GS試験会場で、横島クンがメドーサに洗脳されていることを疑ったことがあったけれど、

今の目の前の光景を見る限り、逆ね。どっちかと言うと、メドーサの方がベタ惚れって感じ?

…………………何処がそんなにいいのか、はなはだ疑問ね。いや、マジで。


「………………? あれ、この感じ……」


不意に横島クンは表情を真面目なものにして呟き、私の思考をも中断させる。

何事かと彼の顔を見てみれば、彼は戸惑いの表情を浮かべていた。


「あ、あれ? どっかに引っ張られるというか、なんと言うか」


どうやら彼の体の中で、何かしらの変化が起こり始めたらしい。

薬の効果がしっかりとキャンセルされたという、その証明でもあるわね。

横島クンはこれから、現世へとまた時間を遡るのだろう。


「あ、なんか、帰るみたいです。また魂と言うか、何かが飛ばされていく感じが……」

「なら、後は私たちも現世に帰るだけね」


横島クンの呟きに、私もそう言葉を続ける。

そしてその言葉にメドーサが頷いて、手をごそごそとシャツの胸ポケットへ。

考えるまでも無く、帰還用の雷撃符をしっかりと確保していたんだろう。


雷撃を身に受けないと時間移動が出来ないというのは、非常にやるせないけれど……まぁ、仕方がない。

他にどういう方法で飛べばいいのかも分からないし、

大体先ほど飛んで来たときも、メドーサが勝手に話を進めただけで、私は何もしていないに等しい。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


後は帰るだけ。色々あったけれど、とりあえず騒ぎは全て決着がついた。

私たちの間に流れるそんな空気に、文字通り待ったをかけたのは、私の前世であるらしい魔族だった。

彼女はずんずんと横島クンに歩み寄ると、その胸倉を掴もうとする。

もっとも、伸ばした手は横島クンに触れる前に、メドーサによって掴まれたけれど。


「ちょっ……」

「なんだい?」

「…………っ」


彼女はメドーサを睨みつける。

しかし勝てないと考えたのか、それとも今はそれどころではないと考えたのか、視線を横島クンへと戻す。


「高島。貴方、帰るとか言っているけれど、それって……」

「ういっす。なんか、現世に帰れるっぽいです」

「あ、あんたね、私との契約はどうなるわけ?」

「つってもなぁ……。大体、なーんにも願い事かなえてもらってませんし」

「それもそうだけど……じゃなくて! な、なら今すぐ言いなさい! そして帰る前に魂を私に」


よっぽど横島クンの魂が欲しいのか、必死な彼女。

ところで、横島クンの前世って高島って言うのね。

ちなみに魂とか言うキーワードに対して、メドーサが凄い眉を寄せて警戒しているんだけど。


「えーっと、じゃあ……」


意識が現世へと飛ばされかかっているのか、

だんだんとぼんやりした様子になって行き、

ゆっくりと魔族の言葉に答える横島クン。


メドーサは横島クンに何か言いたげだったが、

彼女が言葉を発するより早く、横島クンの口が動く。


「えーっと、前世の俺のこと、よろしくお願いします」

「…………は? それだけ?」

「んじゃ、来世でもよろしくってことで」

「OK、OK。いいわよ。よろしくしてやるわよ。これで二つよ。で、最後の願いは?」

「ラストのは、そうだな……前世の俺に譲り……ますよ。なんか、もう、俺…………」


そこで、横島クンの首がかくんと落ちた。

メドーサは慌てて彼の首を押さえる。

まるで死んだみたいだけど、これは多分、横島クンの魂が現世に戻っただけなのよね?

私はメドーサと横島クン……と言うか『高島と言う男の人の体』に近寄る。


「大丈夫?」

「ああ。脈や心音は普通だからね。精神が飛んだんだろう。今寝ているのは、横島の前世だな」


一応確認のために、横島クン……じゃなくて、高島の体を抱きしめているメドーサに尋ねる。

答えは予想通り、問題はないと言うもの。

メドーサの言葉どおり、次に目覚めた時、この人は横島クンじゃなくて高島と言う人間になっているのだろう。

ちょっとその様子を見てみたくもあるが、でも見たからどうってワケでもないし、さっさと帰ろう。


「じゃあ、私たちも」


私はメドーサに手を伸ばしつつ、言う。


「そうだね」


メドーサは私の手を掴み、高島の体を地面に横たえてから立ち上がる。

後はメドーサが私に向かって雷撃符を打てはそれでよし。

そんな状況またしても待ったをかけたのは……言うまでもなく、私の前世の魔族だった。


「ちょ、ちょっと! え? 本当に高島の魂は未来に行っちゃったわけ?

 それじゃ、私のかなえた願いの代金の魂は、誰から取ればいいわけ?」


「私に聞かれても困る。と言うか、お前は一つも願いをかなえてないだろう」


メドーサはすがりつく彼女を鬱陶しそうに払いのけながら、正論を言う。

確かに横島クンに『前世をよろしく』と頼まれたものの、

彼女はまだ横島クンの前世に対して、何らアクションを起こしていない。

そして次に『来世でもよろしく』ってことだけど……この願いはどうなんだろう?

私が横島クンにしっかりと接しているかどうかで、変るのかしら?

今のところ研修で荷物持ちをさせただけで、師匠らしく世話を焼いてないと言えば、焼いてないし……。

でもこうして助けに来たわけだし、ちゃんと『よろしくしてやってる』のよね?

もっとも、それは結果であって、私に助けようという意思はなかったりするけれど。


「いざとなれば、こいつの魂をもって行けばいいだろう。私にすがるな」


面倒くさくなったらしいメドーサは、地面に寝ている高島の体をさして、そう言う。

…………魔族に魂を持って行かれるというのは、色んな意味でやばい。

にも拘らず、横島クンの前世に対して、随分とあっさりな対応。

メドーサは本当に『現世と前世は、別物』と捉えているみたいね。


「……はぁ。初仕事から滞りまくりね、私。

 まぁ、あの高島じゃなくて、この高島でもいいか。

 うん。適当に1個願い事を叶えて、魂もらっていけばいいわよね」


「勝手にしろ。さぁ、私たちも帰るぞ、美神」


すでに彼女には何の興味もないのか、彼女を見ることもなく言うメドーサ。

私としては前世の自分が少し気になるけれど……まぁ、やはりそれについても、気にしてもどうなるものでもないしね。

メドーサにこくりと頷いて、私も彼女も時間移動の準備を始める。

符を取り出したメドーサと、一度大きく息を吸い、吐く私。

互いに精神統一。

そして、符を持ったメドーサの手が、振り下ろされる。




…………やがて、目の前に、光が…………




「メフィスト! アシュタロス様の悲願達成のため、お前にはここで朽ちてもらうっ!」



……。



……………。




……………ん?




……………………あれ?


光があふれ出したような気がする。

それはいいんだけど、なんか変なおじさんの映像が混じったような気もする。

なんなんだろう?



あれ? 符をメドーサが打つシーンで、何でおじさんが関係してくるのよ?

ワケわかんないわよ? 誰よアンタ? 

と言うか、その叫びの内容は何? メフィスト? これも誰よ?



しかし、私にそのことについて思考する余裕はなかった。

人生で二度目の体感となる時間移動。

その強烈な感覚に、私の意識は白く焼かれていった……。




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