第三十三話



「この私としたことが、とんだ失態を見せたようね」


目を回して『はう〜はう〜』と呻いていた美神さん。

そのらしくない様子から、しっかりと意識を取り戻してくれるのは、

いつになるだろうと思っていたけれど……意外と早く立ち直ってくれた。

大の字になって寝ている自分に気づくと、即座にその場で正座。

そしてこほんと咳払いをして、今の台詞だ。

微妙に頬が赤いような気もするので、もしかすると照れているのかもしれない。


「いや〜、こーゆー美神ちゃんと言うのも、めずらしーアルね」


俺と同じ事を考えたのか、厄珍もうんうんと頷いていた。。

その言葉を聞きながら振り返ってみると、厄珍は手に何故かデジタルカメラを持っていた。

いつの間に…………いや、それより、何故デジカメを?

もしかして、大の字になって寝転がっていた『美神さんの無防備な姿』を激写したのか?

無防備。そう、無防備だ。大の字だ。

通常状態で立っている美神さんならば、絶対に写させないようなアングルの写真も、取り放題だったわけだ。

くっ。やるな、厄珍! 

俺だってカメラさえ持っていれば、美神さんの太ももと太ももの間にカメラを置いて、その奥を写したのに!


「……下らないこと言ってんじゃないわよ。忘れなさい」


美神さんの瞳が、きらりと光った。

正座状態から前方に体重をかけ、その勢いをもって素早く立ち上がり、厄珍の手を掴む。

厄珍の手にしているデジカメが何を写したのか、大体の予想はついているらしい。

素早く中からメモリーを取り出して、美神さんは握りつぶした。

まぁ、スケベ中年相手に無防備な姿を晒して、その相手がデジカメ持っていれば…………なぁ。

デジカメごと破壊しなかったのは、せめてもの仏心かも知れない。


「横島クン」


ゴミと化したメモリーを無造作に捨てつつ、俺に声をかけてくる美神さん。

この声には特別な怒気は含まれてなかったんだけど、俺は素早く腰を折って対応する。


「は、はい! すんませんっす!」

「…………何を謝ってんのよ、アンタ」

「えーっと、なんと言うか、つい」


なんと言うかも何も、単に疚しいところがあっただけだったりする。

ごめんなさい、と、俺はもう一度胸中で謝りなおしてから、そのことを心の脇に置いた。

正直に説明しても、痛い目を見せられるだけだし。


「で、なんすか? あの、メドーサさんは? どこをどう見ても、いないんすけど」

「そう、それよ。本当にメドーサはいないの?」

「ええ。何かあったんすか?」


俺は美神さんに問いかける。そう、メドーサさんはいない。

現れたのは美神さんだけで、そしてその美神さんは何やらうんうんと唸っていて……。

だから俺は必死に美神さんを起こそうとして、そしてその横で厄珍は美神さんの写真を取っていて……。

………………………何色だったんだろうか? 

やはり、黒か? いや、意外と乙女チックに、もっとこう……。

って、そうじゃなくて。

俺は脱線しがちな思考を軌道修正しつつ、さっきまで気絶してた美神さんに現状の説明をする。

まぁ、結局は何をどう表現しようと『メドーサさんがいなくて、美神さんだけ現れました』と言うだけの内容なんだけど。


「そう……。私もね、なんだか跳ぶ瞬間に、変な映像を見た気がしたのよ」

「変な映像?」

「ヒゲ面のおっさんが、いきなり飛び出してくるような……」

「ヒゲ? 問題ない、シナリオどおりだって感じのっすか?」

「…………横島クンの言う人が、私には誰だか分かんないんだけど……多分違うと思うわ」


美神さんが言うには、そのおっさんとは貴族風の格好をしたおっさんらしい。

状況から考えるに、

そのおっさんはメドーサさんが時間移動のトリガーのために雷撃符を打とうとしたその瞬間、

美神さんたちのもとに叫びながら割り込んできた…………と言うことになるらしい。

…………で、恐らくそれにより、美神さんだけが時間を移動して、

メドーサさんは平安時代に残された可能性が高い…………と言うことになるらしい。

ちなみに、そのおっさんが叫んでいた内容は、メフィストさんに朽ちてもらうとか、アシュ何とか……そんな感じらしい。


俺は美神さんの話の中から、自分が分かる部分だけを答えて行く。


「まず、メフィストって言うのは、美神さんの前世っぽい魔族の名前です」

「ああ、あの魔族ね……。そう、メフィストって言うの」

「その言葉から考えて、あのおっさんは美神さんとメフィストさんを勘違いした、と」

「もしそいつの攻撃タイミングが少しでもずれてたら……私は時間移動しないで、極楽に逝っていたかもね」

「そう考えると……凄い偶然ですね」

「必然かも知れないけれどね」


美神さんはくすりと笑ってから、再度表情を改めた。


「メフィストが襲われる理由だけど、それについては心当たりは?」

「いやー、俺もついさっき会ったばっかりで、あんまり知ってるわけでも」

「そう言えば、初仕事から滞りっぱなしって言ってたわね。無能と判断されて、消されるとか……」


呟いている途中で腹が立ってきたのか、美神さんは俺のことを何故か睨んできた。


「前世と来世である現世は無関係とは言っても、前の自分が無能とかだと、かなりムカつくわね」

「そ、それでなんで俺のことを睨むんすか?」

「あんたが変な願い事ばかり言ったからでしょ」

「いや、仮になんかまともな願いを言って叶えられたら、俺は魂を取られるんですけど」


確かに、悪魔に言うには変な願い事ばっかりだったけどさ。ケーキだとか時間移動とか。

でも、それはああいう状況下だから、そういう願いばっかりを言ったわけだ。

ああいう状況下でさえなけりゃ、もっとこう……年頃の男らしい願いを言ってたさ!

もし美神さんが『何でも願いを叶えてあげる』と、俺の部屋に現れたら……。

俺は間違いなく、自分の欲望……判りやすく言えば、性欲を満たすために願いを言っちまう気がする。

魂を取られると言っても『まぁ、いいや!』とか考えて、『ヤらせてください!』って言ってしまうだろう。

よくあるだろう? 

古い旅館とかで、ある封印された部屋に泊まると、絶世の美女に精を吸われて死んじゃうって。

死んだ男の顔は、無茶苦茶満たされた顔をしてるって。

そういう話を聞くと、思ってしまうもんだよな?

『いいじゃん!? この世のものとは思えない快感を受けて死ねるなら!』って。

…………むぅ。そう思うと、やばかったな。

もしあの時あの場所にメドーサさんと美神さんが来なかったら、

そのうち『元の時代に帰れないらな、とりあえず一つ目の願いでヤラせて?』とか言ったはずだもんな。

で、なし崩し的に他にも色んな願いを……。


「うん。やばかったなぁ。願い事を欲望のまま、言っちゃうとこだったわけだし」

「言っちゃうところだったって……アンタねぇ。自分が二つまで願い事言ったこと、忘れてない?」

「…………へ?」


えーっと、何か言ったっけ? 

ああ、そう言えば、急かされて言ったような気もする。

前世の俺のことを頼むって言うのと、あとは来世でもよろしくって……。


「あ、こう考えると美神さんと俺って、前世から赤い糸で結ばれていますか!?」

「…………赤い糸って。アンタの本命はメドーサでしょ?」

「いやいやいや。メドーサさんは一夫多妻OKな価値観の人なんで、ここは愛人として一緒に……」


いい案じゃないかと自画自賛しつつ言う俺に、美神さんはにっこりと微笑んでくれた。

そしてそのにっこりと微笑んだままの表情で、言ってきた。


「前世と現世は基本的に無関係。OK?」


笑っている。美神さんは笑っている。

でも、俺の返答次第で殺る気だ! 

俺の霊能力者としての霊感が、ビービーと危険反応を点滅させている。

この美神さんからの選択肢は、間違えると即刻バッドエンド直行だな!?


「お、おーけー」


俺は美神さんの笑顔の殺気と言う圧力に、負けた。

と言うか、勝てる見込みもなかった。

俺にあった選択肢は、実は『はい』か『YES』か、そのどちらかだったのかも。

額に青筋を浮かべつつ笑う獅子に対して、兎は曖昧に笑うしかないよねー。


「はい、じゃあもう一度」

「前世と現世は、無関係……です」

「で? メドーサの価値観がどうかしたかしら?」

「なんでもないです。ええ。世の中には色んな価値観があるのですけれども、今現在の話題に関しては全く関係無しです」

「そうよね。もう、横島クンったらすぐ話を脱線させるんだから♪」

「はっはっは! 俺ってお茶目さんですから♪」


俺の乾いた笑いが、厄珍堂店内にむなしく木霊した。


「はっはっはっは……はぁー」

「…………で、メドーサが居らんことについては、どうするつもりなんじゃ?」


肺の中にあった空気をあらかた出し終え、笑い声がかすれ始めた頃だろうか。

俺と美神さんの会話を傍聴していたカオスのじーさんが、おもむろにそう言った。


「おぬしらの話し合いは、無駄ばかりじゃな。全く先に進んどらん」

「うっ……」


「現在問題となるのは、魔族・メドーサが居らんことじゃろ?

 お前らの会話内の情報によれば、居らん理由は他の時代に取り残されたからじゃろ?

 ならば、どうやって助けに行くかどうかを話し合うべきではなのか? それとも、置き去り決定か?」


話を聞いていただけのじーさんに、びしばしと指摘される。

しかもそのじーさんは、借金まみれのもうろくしたはずのじーさんなので、かなりショックだ。

…………………いや、と言うか、ちょい待てや。

この騒ぎの発端は、アンタと厄珍がケーキの毒を持ったせいじゃん。

冷静に指摘できる立場じゃないだろ、おい。

無駄ばかりも何も、アンタが諸悪の根源だっつーの。


「えーっと、とりあえず話を元に戻して」


カオスのじーさんに対して、色々と思うところはあるものの、

それについて話をすれば、また大筋から脱線してしまうことになるので、今は我慢。

俺は一度深呼吸をしてから、美神さんに向き直った。


「美神さん。話をまとめると、メドーサさんは平安時代に取り残され状態なワケですよね?

 で、美神さんは時間の移動が出来るんですよね? 

 だから、今からもう一回助けに…………お願いします!

 メドーサさんがGS協会とかから疑われてるのは、知ってますけど、でもっ! 見捨てたりとか、そういうのはっ!」


俺は美神さんの前で土下座をし、叫んだ。

今この場でメドーサさんを助けにいけるのは、美神さんだけ。

でも、美神さんがメドーサさんのことを信用していないのは、

前にGS試験の時に話し合って、十分に分かりきっている。

だからもう、ここは頼み倒すしか!


「……あーもー、分かったから、少し静かにしてよね」

「………………へ?」

「へ、じゃないわよ。助けにちゃんと行くって言ってんのよ」

「……え? マジで?」


あまりに簡単にOKが出て、俺はむしろ拍子抜けだった。

何の見返りも、言われてないよな、俺?

助けに行って欲しかったら、○○○をしろ……とか言われてないよな?

あれ? 何で、美神さんは救助要請に対する金を要求してこないんだ? 


「もしかして、実は偽者?」

「何を言ってんのよ?」

「いや、絶対に簡単には行ってくれるはずがないと……」

「…………アンタはそんなに私が人でなしに見えると?」

「見え……ませんよ、ええ! 全然!」

「一瞬、肯定しかけなかった?」

「全く! これっぽっちも!」

「まぁ、いいけどね。さ、雷撃符を集めて! よく分かんないけど、雷撃で跳ぶみたいだから」

「ういっす! って、よく分かんないって、何すか?」

「質問は後よ。さっさと動きなさい」


なんだか知らないけど、とにかく助けに行ってくれるらしい。

美神さんらしくない気がすると言えばするんだけど、別に行ってくれるんならそれで構わないしな。

つーか、らしくないとか珍しいとかあんまり言い過ぎると、

不機嫌になって『じゃあ、行かないわよ』とか言われそうだし。

ここは行ってくれる気でいるうちに、事を進めよう。


俺は美神さんの指示に従って、乱雑な店内の中から、符をかき集める。

そう言えば、店内は俺が来た時からは考えられないくらい、乱雑な状態になっていた。

何がどうなって、ここまで荒れたんだろう? 台風が直撃でもしたみたいだぞ?

店の入り口に目を向けてみれば、何故か扉がなくなっているし……。

壊れた棚の木の板でも、とりあえず立てかけて置いてやろうかな?


店内の変化を疑問に思いつつ、倒れた棚の下に符がないかを、俺は確かめたりする。


「多めにいるわよ。同じ雷撃符でも、人間の私たちじゃメドーサと同じ出力の雷撃は打てないもの。

 しかも、私は跳ぶために精神集中したいから、ひよっこのアンタが打つことになるしね……。

 そう言えば……ひよっこの中でも、横島クンって特に霊波出力が低いのよね」


美神さんの口からは、何か時間移動に関する不安要素がこぼれ始める。

すんません。出来が悪くて。

いや、俺も修行をサボってここまで来たわけじゃないんすけどね?


「出来るだけ多く集めるっす!」

「そうしてちょうだい」


美神さんの言葉を受けつつ、俺は荒れた店内をさらに荒らしまわる。

途中、ぼけっと眺めているカオスのじーさんたちに手伝わせることも忘れない。


「よし、1枚見っけ!」

「ふむ、これかの?」

「これでも……まぁ、いいアルかね?」


数分探し回ったところで、俺たちは何枚かの符を得ることが出来た。

俺は厄珍やカオスのじーさん、そしてマリアちゃんから符を受け取り、最終的に何枚集まったのかを確認する。


「……って、ちょい待て。なんだ、この結界符は?」

「代わりになんないアルかねー?」

「いや、ならんだろ、さすがに。結界を張っても意味ないし」


厄珍は雷撃符を見つけることが出来なかったらしく、他の符を大量に混ぜていた。

……と言うか、厄珍が見つけた符は、雷撃符以外の符しかなかった。

それはカオスじーさんも同じことで、雷撃符はなかった。

いや、じーさんの場合は雷撃符がないと言うか、そもそも符ですらなかった。

千切れた値札やら、骨董品を包んでいたらしい新聞やら…………マジボケか?


結局、俺の手元に残ったのは、俺とマリアちゃんの見つけた雷撃符2枚のみ。

2枚。2枚で足りるか……? 正直、足りない気がする。何しろ、行き返りの1枚ずつしかない。


「ん?」


2枚の符をもてあそびながら、俺は眺める。

すると符を包んでいる紙の裏には、俗っぽく『使用上の注意』のような事柄が書かれていた。

手馴れたプロのGSなら、わざわざ読み返さないような内容だろうけど、ちょっと気になったので読んでみる。

それによると、この符は高級品なので、普通の符よりも出力効率がよく、

素人レベルの初心者でも、必ず数回は発動させることが出来る……らしい。

つまりは安物の完全使い捨てじゃなくて、自分の力量をよく知った術者なら、

これ一枚で色々と加減もできて、様々な局面に対応できるってことなんだろうけど……。

数回使えても、一回一回で大きな力を出せない俺じゃ、いまいち意味が無い。

一回で多くの力が出し切れないからこそ、数枚の符を同時に発動させなきゃいけないわけなんだし。


「美神さん、あの……2枚しかないんすけど」

「はぁ? なわけないでしょ? もっとあるでしょ?」

「ないんです。皆で探したんですけど」

「…………厄珍? 奥に在庫はないの?」


美神さんはカウンターの奥を眺めつつ、厄珍に聞いた。


「ないアル」

「私が前に来たときは、買手がなかなかいないとか、ぼやいてたでしょ?」

「それが最近、まとまった数が売れたアル」

「まとまった数?」

「そうアル。なんでも、新しく建設するビルのインテリアに、本場のオカルト品を使いたいとか、何とか」

「……それはまた、酔狂なことね」

「まぁ、胡散臭い偽物にはない迫力があるからネー。高級オカルトアイテムは、素人でも色々感じるアルし」

「確かに精霊石なんかだと、素人でも『何となくすごい石』ってことは分かるけど……でも、なんてタイミングの悪い」

「文句なら芦不動産のデザイン部に言うね。そこが買って行ったある」

「言わないわよ。言っても仕方ないでしょ、文句なんて」

「次に入荷するまで、待てないアルか?」

「……うーん」


厄珍の言葉に、美神さんは悩みだす。

確かに、時間の流れそのものは、ここと平安時代で連動していないっぽい。

美神さんがすぐにやって来たと言っているのに、俺は平安時代で何日も時間を過ごしたのが、その証拠だ。

ならば、上手く時間移動すれば、逆にこっちで1ヶ月過ぎても、

メドーサさんにとっては10分くらいしか経っていない感じになるかもしれない。

俺としては、出来るなら今すぐ迎えに行きたいけど………でも、跳ぶ事が出来ないなら、どうすることも出来ない。

悔しいけど、俺には時間移動能力なんて、ないわけだしな……。


「ダメね。今すぐ跳ばないと」


もう、今すぐは跳べないのかも知れない。

俺はそう考え出してたんだけど、でも美神さんはそれにNOを出した。


「何故アル?」


「時間が経てば経つほど、上手く跳べない気がするの。

 そもそも、移動能力があるって知ったのもさっきなんだし。

 移動する感覚を覚えているうちに、跳んでしまいたいの」


「でも、美神さん。じゃあ、どうすればいいんすか?」


美神さんが時間を飛ぶには雷撃……と言うか、そういう類のエネルギーが必要らしいわけで。

でも、今この場には雷撃符が少ししかなくて、俺じゃ跳ぶために必要なエネルギーを出せそうにないわけで。。

じゃあ、どうすればいいんだろう?

そんな俺の問いに、美神さんは『大丈夫』と胸を張った。


「視野を大きく持つことね。別に厄珍堂内で雷撃符を探す必要もないでしょ?」

「んー? ウチよりも品揃えがいい店があるとでもいうアルか?」

「違うわよ。それに、そもそも雷撃符にこだわる必要もないわけよ」


そう言うと、美神さんはカウンター脇に置いてある電話へと歩を進める。

そしてその昔ながらの古い電話機に手をかけ、番号をジーコジーコと回した。















            第三十三話      頼りになる友人


















『はい、もしもし? 六道ですが』

「あ、フミさん。お久しぶりです。美神ですが……」

『あらあら……冥子お嬢様ですか? 少々お待ちください』




…………。

………。

……。




『お電話代わりました〜〜〜〜。何〜〜? レーコちゃ〜〜ん?』

「悪いんだけど、厄珍堂まで来てくれない? 今すぐ」

『おっけ〜〜〜〜〜〜』








…………二つ返事だった。



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