第三十四話




今すぐ来て欲しい。

そんな美神さんの願いを聞いた冥子ちゃんは、本当にすぐにやって来た。


「おまたせ〜〜〜」


厄珍堂の扉…………と言うか、俺がさっき立てかけた適当な木板…………が開いたかと思うと、

冥子ちゃんはトラのような動物の背中に乗って登場した。

俺がそんな冥子ちゃんを見て思ったことは、

とりあえず全然待たされてないってことと、

冥子ちゃんはトラに乗ってるのに、どうやって扉の板を動かしたのかってことだった。


「それで〜〜? 何の用なの〜〜?」


冥子ちゃんは美神さんに右手を振りつつ、トラの頭に左手を置いて、前に進むように促す。

するとトラは後ろ足で、扉である木板を閉めるように動かしてから、こちらにやって来る。

…………意外と器用だ。

いや、あのトラは式神なんだから、トラを操っている冥子ちゃんが器用なのか?


…………精神的に不安定で、式神を暴走させてヘリを墜落させた冥子ちゃんが、

式神を上手に操って、瞬時にこちらへと駆けつけてくる。

GS試験後に一度会った時も感じたんだけど、ちょっと見ないうちに随分とご成長なされてませんか?

いや、別に背が伸びたとかスタイルがよくなったとかじゃなくて、精神的にって言う意味で。

何があった?

ぽややんとした女の子が、なんか精神的に成長する……。

もしかして、男? 男なのか? そうなのか!?

どこかの誰かさんにいただかれて、冥子ちゃんは大人の階段を上って、そのせいで精神的な成長を果たした!?


「やかましい。下らない想像してる場合じゃないでしょ」

「ご、ごめんなさい」


つい口に出していたのか、美神さんが俺の頭に拳骨を落としてくる。

確かに気になるものの、しかし今は時間移動が出来るかどうかの瀬戸際でもある。

美神さんや冥子ちゃんに余計なことを言って、精神集中を乱さないよう、俺は黙っていることにしよう。

………………………。

…………。

…………………………。

うー。

黙っているって、意外と辛いな。

目の前で話がされてんのに、口を挟まないよう気をつける。

でも、つい言葉を発しそうになるわけで。

そんな俺の葛藤についてはもちろん考慮されることなく、話は進んでいく。

美神さんは現状について冥子ちゃんに説明し、冥子ちゃんは力強く頷いた。



「え〜っと〜〜、私がレーコちゃんに攻撃するのね〜〜? でも〜、大丈夫〜〜?」

「大丈夫よ。全力でサンチラに電撃攻撃をさせて」


サンチラってなんすか……と聞きたかったが、我慢。

話の流れからして、冥子ちゃんの式神の中で電撃が得意なやつの名前だろうし。


「分かったわ〜〜。じゃあ、行くわね〜〜」

「頼むわよ、冥子」


美神さんの言葉に頷き、冥子ちゃんは自身の影の中から式神を出現させる。

ぬぅっと現れた式神は、蛇のような姿をしていた。

いや、電気を出すんだから、電気ウナギなのか?

そんなことを思いつつ、俺はそのサンチラくんに手を伸ばしてみる。


「ひゅぎゃっ!?」


バチっときました。比喩ではなく、全身に電気が走りました。

別に俺は相手に攻撃して、特殊な防御をさせたわけでも、逆に攻撃されたわけでもないのに!


「あれ? サンチラって、普段から帯電していたっけ?」

「えっとね〜〜、ちょっと前から〜〜」

「…………基本出力が上がってるってことね。じゃ、全力じゃなくて、8割くらいでお願いできる?」

「頑張ってみる〜〜」


俺の姿を見て、冥子ちゃんへのオーダーを変える美神さん。

いや、まず助けろよ。助けてくださいよ。

しかし、俺のそんな願いは、届かなかった。

まぁ、俺の口からは言葉にならない悲鳴しか漏れてないしな!

…………。

何にでも不用意に手を出すのは、止めよう。うん。誓ったぞ、俺は。















            第三十四話      まるで刷り込んだかのように















「く、貴様……このようなことをし、ただで済むと」


四肢を改めて石化封印した道真を、私は適当に木下へと蹴り倒す。

すると道真は恨み言を吐き出してきたので、その鬱陶しい口周りも石とし、黙らせる。


「アンタに許しを請うつもりなんて、ないんでね」


余裕たっぷりに、そう言う。

さらに悔しそうに眉を寄せる道真に対し、嘲笑をぶつける。

…………しかし、実は私にはそれほど余裕などない。

もともとひどい負傷をしていたし、そしてその負傷も完全に回復したわけではなかったのだから、当然だ。

不完全な体調で超加速を使用したのは、間違いだった。

いや、超加速を使用しなければ打ち負かすことが出来ないレベルの敵に対し、怒りに任せて攻撃を加えたのも間違いだった。

元が人間で戦闘に関して洗練されていない道真だったから、勝てたようなものだ。

横島との久々に再会できた喜びと、それを邪魔された怒りがあったとは言え……愚かしいと言えば愚かしいだろう。


(私もまだまだだね)


私は道真から視線を放して、横島の前世を見やる。

そろそろ眼が覚めそうなのか、うんうんと唸っている姿は、なんとも滑稽だった。

こいつは今しがた、自身のそばで何が起こったか、全く知らないのだから。

横島の前世らしいといえば、らしいのかも知れない。


次に、私は視線を美神の前世である魔物に向ける。

名前はメフィストといったか。容姿は現世の美神と、そう変らない。

これはメフィストが美神に似ているのではなく、美神が前世の形質を多く引き継いだと考えるべきだろう。

あるいは美神家自体が、この時代のメフィストの末裔であり、美神家のものは誰もがメフィストの影響を受けているのか。

まぁ、どちらにしろ、私には関係のないことだ。


「……私は、どうすればいいの?」


関係ないと結論を下した次の瞬間、私はメフィストからそう問いかけられていた。

私は『どう答えたものか』などと考えることもせず、すぐさま返事を返す。


「知らないね。自分で考えろ」

「アシュ様に捨てられたら、私になんて存在価値がない……。私は、これから……」

「存在の価値なんて、自分で決めるものだよ」


うじうじと悩むメフィストに、とりあえず私はそう言った。

メフィストの言葉から察するに、こいつの考え方は、根本的な部分で問題がある。

それはアシュ様にとって……と言うか、上級魔族にとって……は、下級魔族など使い捨ての道具にしか過ぎない。

よって『もし捨てられたら、自分はどうなるだろう』などと、そう考えることが間違いだ。

どれだけ必死に働いたところで、いつかは絶対に捨てられるのだ。

少なくとも、私のこれまでの経験からすれば、そうであるはずだ。

『メフィストを処分しに来た』と言うこの道真自身も、いつかは処分される運命であるはずだ。


そう。主の役に立ち、大役を任されれば任されるほど、深く主の考えを知ることになる。

つまりは、主が他者に漏らしたくない重要な情報を、手にすることになる。

そうなれば……主は時機を見て、そうした情報を持つ者を消しにかかる。

当然だろう?

秘密と言うものは、主の心の中だけにあればいいものなのだから。

部下が僅かなりにでも知れば、問題でしかない。


では何故、私はアシュ様に従っていたのか。

私の場合は、従えと言われて『NO』と言えなかったからでしかない。

ハエどもの場合は……隙を突いて、アシュ様の寝首をかくくらいの野望はあるのかもしれない。


「言ってしまえば、使われるだけの存在に未来などないということだ」


実際、少し前までの私の望みは、ひどく後ろ向きな物で『横島に殺してもらいたい』と言うものだった。

何しろ、何処まで行っても私はアシュ様の支配からは逃れられない。

よって、いつかは絶対に消される運命だ。

ならば自分で選んだわけでもない主に消されるより、

あるいは、気に入らないGSに消されるよりも…………自分の気に入った存在に消されるほうがいいと考えていた。

自分には、その程度の望みしか願うことは出来ないと、そう考えていた。

しかし、今はより前向きに望みが叶うことを願っている。

別に誰かから強制されたわけではなく、自らそう考えるようになった。


「考えようによっては、アンタは今、自由の身だよ」

「自由?」


アシュ様から廃棄処分と言う判断を下されたメフィストなのだから、

うまく立ち回れば道真に殺され、この世から消滅したことにできる。

消滅した以上、追われることもなければ、攻撃の的になることもないのだ。

それこそ、今の私の同じように。

私は問い返してくるメフィストに、あくまでうまく立ち回ることが条件だと念を押しつつ、そう説明する。

するとメフィストは、私の説明を受けて、表情をさらに落ち込んだものにした。


「でも、自由になったとしても……その後で……私は…………何をすればいいの?」

「知らないね。それこそ自分で考えろ」


私はあくまで、参考程度の話をしただけに過ぎない。

別にメフィストの今後についてまで面倒を見てやる気など、さらさらない。

私も、自分自身の面倒を見るので精一杯だ。


(……まぁ、傷が開くということは、なさそうだが……)


地面に座り込み、深く考え始めたメフィスト。

私は彼女から視線を放して、空を見やる。

さて…………どうしたものか。

なんだかんだで、道真とかなりの戦闘を繰り広げてしまった。

深夜の山中ではあるが、無視できない騒ぎを起こしたのだから、人間が駆けつけてくるだろう。

つまりは、早々にこの場から引き上げなければならない。

そう。私が成すべきことは、美神令子が助けに来るまで、この時代でひっそりと身を隠すことだ。

この時代の人間どもにも、アシュ様にも見つからぬように……。


(やはり、道真と戦うべきではなかったな)


冷静になってみると、状況をいきなり困難にしてしまった自分を、少々情けなく思う。

メフィストを襲おうとする道真のことなど放っていて、さっさとどこかに身を隠せば、それでよかったのだ。

…………が、自己嫌悪をしている時間すら、今は惜しい。

これ以上の嫌悪をなくすためにも、さっさと行動に移ることにしよう。


さて、今のこの場にいるものは、私とメフィストと道真と、そして横島の前世だ。

仮に、私が一人で逃げた場合、この場には3人が残ることとなる。

メフィストは…………どう考えても、魔物だ。騒ぎになる。

道真は…………同じく魔物であるし、本人から聞きだした情報によると、今のこの時代では、ちょっとした有名人であるらしい。

横島の前世は…………人間だが、罪人として追われている立場だそうなので、やはり騒ぎになるだろう。

つまり、全員で逃げなければならないわけだ。

騒ぎが起こると言うことは、それだけで面倒な事態に発展する可能性があるということなのだから。

ふむ。こう考えると、道真を黙らせたことに、意味が全くなかったわけでもないか。


「メフィスト。考えを止めろ」

「え………?」


いきなり声をかけられたからか、メフィストは戸惑ったようだった。

しかし、メフィストの戸惑いや悩みに付き合う時間は、ない。

仮に暇な時間があったとしても、付き合う気はないしね。


「さっさと立ちな。行くよ」

「え?」 

「え、じゃない。さぁ、立て。アンタが逃げ遅れると、迷惑なんだよ」


私はこの場から早々に離れなければ面倒になるということだけを伝え、メフィストを立ち上がらせた。

メフィストはしぶしぶといった風情ながらも、私の言葉に従う。

自棄を起こし、拗ねたガキのように駄々をこねるかとも思ったが……意外に素直だった。


「…………よし」


私はメフィストに横島の前世である高島を担がせ、自身は石となっている道真を持つ。

私は別に横島の前世に思い入れはないし、それにメフィストでは道真と言う荷物は重すぎるだろう。


「どこか身を隠すのにいい場所を知らな……悪い、ちょっと待て。いい加減大人しくしろ」


それぞれ荷物を担ぎ、飛び上がろうとしたその時、道真がまたしても無駄な抵抗を始めた。

私はメフィストに対する問いかけを中断し、道真に厳しい眼光をぶつける。

四肢とか、口周りとか……そんなパーツごとの石化を止めて、全身を石とする。

重くはなるが、まぁ、騒がれるよりはよっぽどいい。


下手をすると、そのまま死んでしまうかもしれないが……死んだら死んだで、考えることにしよう。

後々の事を考えると、出来るだけ殺したくはない。

何しろ一度殺せば、もう蘇らす事は私たちでは不可能だからな。

道真が生きていれば、こう使うことが出来たのに……などと後悔することも、あるかもしれない。


「あの……いいかしら? 一つだけ、心当たりがあるんだけど」

「どこだ?」


道真を担ぎ直していると、メフィストがおずおずと話し出す。

美神令子の顔をして、歯切れが悪いと言うのも、非常に違和感がある光景だった。



そして、メフィストが口にした場所は、私が予想しなかった場所だった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




私がハエどもとの情報交換や、あるいはアシュ様への報告会などに使った、

廃墟化したゲームセンターにどことなく似ている雰囲気があると言えば、あるのかもしれない。

そんな暗闇の中にいくつかの明かりが灯る空間に、私たちは今座っていた。


私たちのいる場所は、この時代のアシュ様が拠点としているらしい異界空間だ。

メフィストの侵入コードはいまだに有効であったため、安々と入り込めたというわけだ。

少なくとも、ここならば人間に見つかる心配だけはない。

まぁ、アシュ様がこの拠点に戻ってきた折に、見つかってしまうという可能性はもちろんある。

しかし逆な物言いをすれば、アシュ様にさえ出会わないよう注意を払えば、ここは極めて安全であり、騒ぎの起きようもない場所だ。

それにアシュ様がこれからどう動くつもりなのか、と言う推測を立てるためには、やはりこういう場所で情報を収集するしかない。

そう。会いたくない相手がいるなら、ただ息を潜めるよりも、相手がどこにいて、どこにいないのかを把握するべきなのだ。


(こいつは、このままで大丈夫か?)


私は床に転がした道真の様子を観察する。

道真は私の石化封印を解こうと、石の下で必死にもがいているようだった。

これだけ元気であれば、そう安々と死にはしないだろう。

アシュ様に頂いた多くの力は、伊達ではないということらしい。

しかし、だからと言って、1日や2日で簡単に解ける封印でもない。

つまり、しばらくは放っておいていいだろう。


次に横島の前世である高島だが……こちらも起きる気配はあるものの、実際に眼を覚ましてはいない。

来世である横島が乗り移ったことが、何らかの影響を及ぼしているのかも知れない。

と言うか、それ以外の可能性など、私には思いつかないね。


「さてと」

「何処に行くの?」

「中を見て回るさ」

「え……でも……」


立ち上がった私に、メフィストが歯切れの悪い口調で尋ねてくる。

もしかして、私がどこかに行くことが心細いとでも言うのだろうか?

しかし、この異界空間に関しては、メフィストの方がよほど詳しく、不安になる要因などないはずだ。

そう考えた私は、数歩だけ先に進み、一度後ろを振り返る。

するとメフィストと視線が合った。

やつは立ち上がろうかどうか思案しているらしく、腰が少し浮いていた。

私はそんなメフィストを見て、嘆息してから言った。


「その二人はもうしばらく放っておいても大丈夫だろう。ついてくるかい?」

「いいの?」

「道案内を任せたいんだがね」

「うん、任せて。ここで私は作られたんだし、ここは庭みたいなもんよ!」

「……静かに喋ってくれ」

「あ……ごめん」


私の言葉に、やけに素直に従うメフィスト。

…………?

私はそんなメフィストの態度を気にしつつも、周囲に注意を払いつつ、先を進む。

メフィストは私の後ろから、トコトコとついてくる。

自分が先頭に立たないところを見ると、どうやら分かれ道の手前で、どちらに何があるかを言うつもりらしい。


(何なんだろうね、こいつは?)


歩きながら、メフィストの態度について、考えてみる。

つい先ほどまで『存在価値がない』などと言って落ち込んでいたのに、いつの間に立ち直ったのだろうか?

ふむ。ここは最初から順番に、メフィストの変化を探してみよう。


まず、メフィストはアシュ様に創造され、そして見捨てられた。

それにより、自身には価値がないと思い、これからどうするべきかと悩んでいたところだった。

私はそんなメフィストにちょっとした話をし、その後色々と尋ねたり、指示を出したりした。

そしてメフィストは、何故か私の問いに割と素直に答えたり、指示に従ったり……。



…………私に指示されたり、私の問いに答えることを、待っているのか?

…………………そうなった場合……私は、アシュ様の代用か?



可能性としては、考えられなくもない。

主に見捨てられたところで、新しく主になりそうな存在……つまり私がいた。

メフィストは下級魔族であり、そして私は中級の中でも割と上位に属する魔族だ。

どんな生物でも、自分より格上の相手には恐怖と敬意の念を持つ。魔族でも例外ではない。

むしろ実力本位の魔族であるからこそ、その本能的心理は強い。

さらに言えば、メフィストは女神から人間、人間から魔族と、

段階をふんで変化してきた私のような存在ではなく、最初から『使われるため』に生まれてきた存在だ。

私に仕えようとするような態度を取っても、ある意味不自然ではない?


「メフィスト」

「何?」

「アンタ、創られてからどのくらい経った?」

「私? まだ1ヶ月も経ってないけど……それがどうかした?」

「いや、いい」

「? なんなの?」


創造されたばかりで、経験値の少ない存在は、自身より高位の存在に親愛の情を抱きやすい。

あたかも生まれたばかりの小鳥のようなレベルで、抱きやすい。

…………このメフィストの割と従順な態度は、そういう要因も含まれているのだろう。


(むぅ……)


……………まぁ、使える駒が手に入ったのならば、それに越したことはない。

しかし、いきなり従順な態度を取られても、少々戸惑ってしまう。

そう言えば以前、美神美智恵は『私は千年前の平安京でアシュタロスを見たのよ』と言っていた。

その言葉を信じるなら、あいつは私と同じこの時間軸に今存在している可能性が高い。

そして、娘の前世が魔族であったと言う事も、その目で確認したのだろう。

さすがに異界空間までは追いかけてこれるはずがないので、このメフィストは見ることは出来ない。

出来ないが…………この私に媚びている娘の前世の姿を見たら、どう思っただろうね?

前世と来世は別物だが、顔が似ている以上、親として胸中は複雑ではないだろうか?


そんな下らないことを考えているうちに、視界が開けた。

薄暗いことには変わりがないが…………なんだろうか? 

背後を振り向いて、メフィストに視線で問いかける。

するとメフィストは首を横に振り、声を出さずに唇だけを動かして、意思を伝えてきた。


『そう言えば、こっちには来たことがなかったわ』

『……アンタは自分の家の庭すら、しっかりと把握できないのかい?』


任せろといった割には、随分とお粗末な答えが返ってきたので、私は皮肉を返した。

メフィストはそれを受けて、何やら頭を垂れて落ち込みだした。

が、しかし……今はそれよりも視界の開けた向こうに、何があるのかが問題だ。

私はメフィストから視線を元に戻した。


(……? 巨大モニター……と言うわけでもなさそうだけれど、なんだろうね?)


私の眼前には、大きなディスプレイのような……ガラス張りのような……何かがあった。

いまだに距離があるので、その詳細は分からない。

近づこうにも、身を隠せそうなものがないので、不用意には進めない。

私は仕方がないので髪の毛を抜き、小さなイーターを出現させた。


物陰に身を隠し、イーターのみを進ませる。

よくよく考えれば、メフィストたちとともにいたあの区画から、

イーターのみでこの異界空間を探ってもよかったのかもしれない。

まぁ、今更言ったところで、栓のないことかもしれないけれど。


イーターがガラス張りの何かに接近し、そのガラスの向こう側に何があるのかを伝えてくる。

イーターの視覚により伝えられた映像は、一言で言えば巨大な骸骨だった。

特殊な竜族の筋肉をそぎ落とし、骨格だけをわざわざ取り出したような……そんな骸骨だ。

その骸骨は、何やら液体に満たされたガラスの中にあるので、

これはもしかすると『巨大な試験管の中で実験されている骨』と言えるのかも知れない。


(なんだ? そう言えば……これと同じものを……)


何故か、私はこの骸骨に見覚えがあった。

記憶のどこかに、これと同じような存在を見たという項目があるのかもしれない。


(ああ、そうか)


記憶を探っているうちに、一つの事件を思い出す。

そう、これは去年の夏に横島が遭遇した、あの試作魔体に似ているのだ。

試作魔体とは、アシュ様がいずれ乗り移るために建造された、人造身体のこと。

アシュ様はこんなに……1000年以上も前から、魔体の建造に取り掛かっていたのだろうか?


(でも、この大きさは何なんだ?)


私の知る試作魔体の大きさは、約6mといったところ。

しかし、この骸骨に肉をつけ、さらに装甲を強化すれば15mを越すだろう。

しかも身体全体は見えておらず……そう、下半身はほとんど見えていない。

下半身が人型ではなく、仮にもっと他の形態をしていれば、全長はどのくらいの大きさになるのだろうか?

20m? 30m? 

30mと言えば、現代における普通の大きさのビルに相当するのではないだろうか?


夏に見たものとは、あまりに大きさが違いすぎる。

これは、大型な体を作っていたが、そのうちアシュ様の建造技術が進んで小型化しだした……と見るべきなのだろうか?

それとも、あの島に置かれていた試作物が、たまたまあのスケールでしかなかったのか。


あの試作魔体を見ても、私はなんとも思わなかった。

多少大きくはあるが、ただそれだけだ。

しかし、この大きさの身体を『新たな身体』として用意するアシュ様は……一体何を成すつもりなのだろう?

知能の低い……ただ暴れるだけしか能のない魔族であれば、仮に50m級の規模でも不自然さはない。

しかし、知的な上級魔族であるアシュ様が、大きな身体を得て、どのように力を振るうつもりなのだろう?

私の考えなど全く気にすることなく、建造途中の魔体は眠る。

口元から……呼吸をすでに始めているのか、気泡を吐き出しながら。


「んーんんー♪ んんんんんー♪」


しばらく様子を探っていると、奥の方から箱を抱えたドグラがやってくる。

私は自身の目でドグラを捉えつつ、イーターを物陰へと隠した。


ドグラ……メフィストと同じく、アシュ様に生み出された存在。

実力的には大したことはないが、立場的なことを言えば私やハエどもよりもアシュ様に近い……まさに側近だ。

私が見たことのあるドグラと少々デザインが違うのは……やはり、1000年以上前の時代だからだろう。

アシュ様は機会を見て、デザイン面と機能面の両方から、ドグラをヴァージョンアップさせていたのだろう。

…………1000年以上ヴァージョンアップを続けて、大して変らない。

完成度が高いと見るべきか、それともアシュ様は最初からドグラに多くを望んでいないと見るべきか。

まぁ、使い捨てである以上、恐らく後者なのだろうがね。


ドグラは私に気づくことなく、作業を進める。

抱えた箱を地面に下ろし、その中からいくつもの試験管を取り出す。

試験管内には、何やら光るエネルギー体が仕込まれていた。

そしてその試験管を、あの魔体を直結しているらしいパーツに押し込む。

すると魔体は僅かながら振動し、それまでより多くの量の気泡を吐き出す。


その光景から察するに、あの建造途中の魔体にエネルギーを注入しているところなのだろう。

そう考えると、今しがた注入されたエネルギーは、人間の魂か……。

どのくらいの量が集まっているかは知らないが、それなりの量だろう。


そう当りをつけた私は、一度離れさせたイーターを、魔体のそばへと近づける。

作業に集中している今のドグラは、恐らく気づかないだろう。


「ん〜♪ んんん〜〜♪」


ドグラが何やら操作しているパーツの奥に、エネルギーが凝り固まった結晶があった。

いずれ出来上がる魔体の原動力であり、かつ建造途中の魔体を支える重要なパーツ…………なのだろう。


「アレだけの身体を支えるエネルギー結晶か」


もしアシュ様に見つかり、消されそうになったとしても……あの結晶があれば、ある程度の時間が稼げるかも知れないね。

どう考えても重要なアイテムなのだから、人質の代わりも十分に果たしてくれるだろうし。


もっとも、奪取することで騒ぎが起こり、

無駄に危機的状況になるような可能性も考えられるので、迂闊に手を出すつもりはないが。



さて、ここからどう動いたものかね?



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