第三十六話



「おーい、横島クン? 大丈夫」

「ういーっす。もう大丈夫です」


冥子ちゃんの式神・サンチラの帯電した身体に触れて、肝心の時間移動時に気を失っていた俺。

目覚めてみれば、場所は厄珍堂の店内から、つい先ほどまでいたはずの山奥の廃屋前に移動していた。

俺の目の前で手を振る美神さんに、俺も手を振って無事を伝える。


「心配してくれるのは嬉しいけど、なら最初から助けて欲しいっすよ」


「無理よ。引き剥がそうとしたら、私も感電しちゃうもの。

 と言うか、子供じゃないんだから、よく分からないものに手を伸ばさないでよ」


「大丈夫っす。しっかりと教訓を得ましたから」


呆れ口調の美神さんに、俺はそう宣言する。

つまり……ライオンの頭に無造作に手を伸ばして噛まれた場合、手を出した方が馬鹿ってことだな。

分かってて当然なことでもあるんだけど……俺は注意力がないというか、警戒心がないというか。

今後はマジで気をつけよう。俺が心臓の弱い人間だったら、命に関わるシチュエーションだったし。


「ごめんね〜〜。サンチラにもよく言っておくから〜〜」


俺に頭を下げてくる冥子ちゃん。

式神に何をどう注意するんだろうと疑問に思ったけど、とりあえず聞かないことにする。

式神の飼育……と言うか、育成と言うか……教育なんて、俺はよく分からないし。

それに冥子ちゃんの口調で説明なんか受けたら、いくら時間があっても足りない気がする。


俺は冥子ちゃんに『いや、別に気にしなくていいよ』と声をかけてから、改めて辺りを見回した。

舗装されていない地面。打ち捨てられた廃屋。人の手入れにより生え揃っているわけではない山の木々。

ここは、確かに平安時代の……つい先ほどまで俺がいた場所。

メドーサさんと、美神さんと、メフィストさんもいたはずの場所。

ああ、俺は前世の体に入っていたので、ここには陰陽師・高島の体もあるはずなんだよな。


「……えーっと、でも誰もいないと」


時刻は、先ほどまでと同じくまだ夜中で、それほど時間は経っていないように思える。

少なくとも、数日前とか数日後の夜間ではないと思う。

地面を見てみれば、俺の描いたケーキの落書きもしっかりとあるし。

もし時間が少し前に来ていれば、まだ地面に落書きはないはずだし、

あるいは少し時間が経った後なら、薄くなったり雨で消えたりしているはずだ。


「時間経過は、数分後から1時間後くらいか?」


俺を迎えに来てくれたときは、数日以上の誤差が出てたみたいなので、今回は大した誤差ではないのかもしれない。

これは美神さんが時間移動に慣れてきたからなのか、それとも単に運がよかっただけなのか。

出来ることなら、慣れてきているから……の方であって欲しいよな。

だって、考えてみれば帰るときにも誤差が出る可能性はあるわけだ。

今日のあの厄珍堂じゃなくて、数日後の厄珍堂に帰っちゃったら色々と面倒だろう。

現代の時間軸で、俺たちは数日間行方不明になるわけだし、愛子も心配するだろうし。


「とにかく、辺りの風景に変化は全くなし……っと」

「そうでもないわよ。あそこを見なさい」


周囲を観察する俺に、美神さんがある方向に指を伸ばしつつ言ってくる。

その指の先をよく観察してみると、確かに所々の木々がなぎ倒されていたりした。

美神さんをメフィストさんと勘違いした誰かが、攻撃を加えてきたってことは確からしいので、

その誰かとこの場に残ったメドーサさん&メフィストさんが、戦闘をした跡かもしれない。


「戦闘の跡なら、そのまま戦いつつ場所を移動したってことになるか」


今もどこかで戦っているんだろうか?

でも、別にその敵さんに勝つ必要性なんて、ないわけだよな。

俺たちはさくさくとメドーサさんを見つけて、さくさくと現代に帰還すればいい。

問題は、ここから移動したらしいメドーサさんと、どうやって落ち合うかだけど……。



『早い迎えだな、美神令子。感謝するよ』



俺も美神さんも……まぁ、冥子ちゃんはどうか知らないけど……同じ事を考えていたであろうその時、

どこからともなくメドーサさんの声が聞こえた。

そう、どこからともなくだ。

俺たちのすぐそばから声は発生しているっぽいのだが、肝心の姿が見えない。

美神さんは戸惑い、どこでもない虚空を睨みつけつつ、メドーサさんの声に応える。


「ちょっと! どこにいるのよ!」

『異界空間だ。今からそっちに向かう』

「いや、その前に、どこから声を出してるのよ!?」

『お前にやった、私の欠片だ。お前に与えた欠片は、私と連結しているからね』


そのメドーサさんの言葉に心当たりがあるのか、

美神さんは腰元に装備していた神通棍をなにやらいじり始めた。

神通棍のグリップをきぃきぃと音を立てて回し、中から白い指輪を取り出す。

美神さんはそれを手の平で数回転がして、凝視した。


「何? 連結? しかもこうして話し合いが出来ているってことは……

 私はアンタに、盗聴機代わりにもなり得るようなものを渡されたわけ?」


『横島のように、完全にお前の中で独立化する欠片が欲しかったか?』

「…………どうせなら、そっちの方がいいわね。他人と繋がっているアイテムなんて、ちょっと……」 

『私はゴメンこうむるね』

「なんでよ?」

『お前に対して、口の中にねっとりと舌を入れるキスをする趣味はないよ』

「……他の方法はないわけ?」

『直接接触が必要である以上、それが一番簡単な方法だ』

「………………止めとく」

『私だって、頼まれても元よりするつもりはないがね』

「で、後どれくらいでここに来るわけ? …………あれ?」


手の平の中の指輪に向けて喋り続けていた美神さんが、首をかしげた。


「どうかしたんすか?」

「なんか返事が返ってこなくなって……」

「キャッチが入ったのかしら〜〜〜?」

「あのね冥子……これは電話じゃないのよ」


おとぼけな冥子ちゃんに、美神さんが突っ込んだ。

しかし、何でまた突然返事が来なくなったんだろうか?

もしかして誰かと、まだ交戦中だったりするのか?

でも、それにしては無駄話を含む会話内容だったし……。

情報が少ないので、判断のしようがない。

目を瞑ってうんうんと唸ってみても、答えなんて見つからない。


「やっぱ、何かあったのか?」

「嬉しいけれど、その心配は不要だよ」


俺の呟きに、メドーサさんが応える。

………………。

…………あれ? メドーサさん?

先ほどの指輪から聞こえてくる声より、さらにクリアな音声。

ちょっと驚きつつ目を開けてみれば、すぐそこにメドーサさんが立っていた。


「…………え?」

「いつの間に……」


メドーサさんを見て間の抜けた声を漏らす俺と、同じく疑問を漏らす美神さん。

そんな俺たちにメドーサさんは『スピードには自信がある』なんて、簡単に答えてくれた。

いや、スピードには自信があるとか、そう言うレベルの話じゃない気がするんだけど。

そう言えば、GS試験の時に小竜姫ちゃんと戦っていた時も、有り得ない速度で鍔競合いをしたりしてたっけ。

さすがと言えばさすがなんだけど……レベルの差を見せ付けられたようで、ちょい悲しい。


メドーサさんがピンチに陥って、俺が颯爽と助けに行くようなシチュエーションは、

俺があとどれだけレベルアップすれば可能なんだ?

うーむ。

俺が『最高HP:999』系統のRPGキャラで、

メドーサさんは『最高HP:99999』系統のキャラな気がする。

これが魔族と人間の差ってやつかなぁ……?

今更と言えば今更な目の前の実力差に、一人黄昏る俺。


「さぁ、さっさと現世に戻ろう。美神、頼む」

「もちろんそのつもりだけど、何を焦ってるの?」

「少々厄介な奴がいてね」

「それって、さっきの時間移動のときに、私に攻撃してきた変な中年親父のこと?」

「いや、道真なら、もう石化封印した。もっと厄介なヤツだ。そいつに絶対に追いかけるとか、言われててね」

「……もっと厄介って、結局どんなヤツなの?」

「別に誰でもいいだろう? それに、道真との戦闘で、ここにはいつ人間が調査にやってくるか分からない」


メドーサさんはそう言い、周囲に視線を向ける。

確かに今は夜で、この場は山間部。

仮にここで爆発騒ぎを起こしてた場合でも、安々とは検非違使たちも調査に来る事は出来ない。

しかし、いくら来づらい場所でも、時間が経てばやってくる確率は上昇するわけだし。


「今ここで見つかったら、わざわざ異界空間に姿を隠した意味が、本気でなくなるよ」

「了解。じゃあメドーサは雷撃符をお願い。冥子、アンタはメドーサの雷撃にあわせて、サンチラを」

「分かったわ〜〜〜」

「私を含めて、4人。いきなり定員が急増加か。ここは慎重に跳ばないとね。皆、出来るだけ近寄って」

「いぃよっしゃぁ! 了解ですっ!」


美神さんの言葉に、元気よく返事をする俺。

出来るだけ近寄る。それは当然のことだ。

下手に離れて、また誰かだけがこの時代に取り残されたりしたら、厄介この上ないモンな。

ここはもう、皆が皆、お互いの肩や腰に手を回すくらいのノリがいいと思う。

女3人に、男は俺1人。右も、左も、目の前も、全員女の人!

言うなれば、満員のエレベーターで、俺以外が全員美女状態!?


「…………一列に並びましょう。私、冥子、メドーサ、横島クンの順ね?」

「な、何を言うんすか、美神さん!?」


美神さんはぽんっと手を打ち、名案だとでも言う風情でそう言った。

それは提案の形を取っていたけれど、実際はそうしろと言う命令みたいな感じだった。

男……いや、漢である以上、素直に『はい』とは言えない俺は、陣形についてより良い案を提案してみる。


「4人で引っ付いて円陣を組む形のほうが、密着度高くてよくないすか?」

「今ふざけたら、元の時代には帰れないと思いなさい」

「………………さー・いえす・さー」


手を上げて発言するも、美神さんの視線は非常に厳しく、それ以上意見を言うことが出来なかった。

俺だってふざけているわけじゃなく、真剣にその陣形の方が色々と好ましいと思うわけなんだが、

好ましい理由は何なのかと聞かれれば、非常に個人的なものでしかないので、黙っておく。


「じゃあ、行くわよ? いい?」

「いいわ〜〜〜」

「問題ない」

「ういーっす」


美神さんの最終確認に、冥子ちゃん、メドーサさん……そして俺が順番に応えた。

美神さんはそれを受けて、精神を集中させる。

そして前の冥子ちゃんとメドーサさんも、雷撃を発生させる準備に入る。

俺はメドーサさんの腰に両手を回してしがみ付き、とりあえず黙って硬直しておく。

美女の背後から腰に手を回すって言うのは、非常に美味しい状況だが、

これでヘンに動いてメドーサさんが驚けば、雷撃のタイミングがずれて洒落にならなくなるので、我慢だ。


「よし、じゃあ……」 「……ちょーっと待ったぁ!」


行くぞ、とでも言うのかと思ったら、美神さんは自分でいきなり待ったをかけた。


…………………………?

その場が、しばしの間沈黙した。

なんだか、微妙に気まずい時間だった。


「? なんなの〜〜〜?」

「…………」

「どうしたんすか、車掌さん?」


出発進行だと思った瞬間に、いきなり下された停車命令。

電車ごっこでもするような隊列なので、文句もちょっとそれっぽく言ってみたりする。

ちなみに今の台詞は、上から順に冥子ちゃん、メドーサさん、俺だ。

なお、メドーサさんだけは美神さんの今の発言に思うところがあるらしく、

疑問符を浮かべずに、沈黙して頭を手の平で押さえていた。


「何なのって言われても……そもそも今の声は私じゃないわよ?」

「でも〜〜レーコちゃんの声だったし〜〜、レーコちゃんの方から聞こえたし〜〜」

「いや、だから……」


冥子ちゃんに首を傾げられて、美神さんは戸惑った。

そんな美神さんに助け舟を出したのは、意外なことにメドーサさん。

メドーサさんは落ち着いた様子で、美神さんの前へと進み出る。


「つけてきたか。まさか本当に追いつくなんて、予想外だったよ」


メドーサさんはいきなり何を言い出すんだろう?

誰もいないはずの場所に向かってそう言うメドーサさんに、俺はそんな疑問を思い浮かべる。

しかし、メドーサさんの台詞に反応して、美神さんの前世である魔族・メフィストさんが姿を現した。


「ええ。追いつけないかと思ったけど……でも、今の私はさっきまでの私と一味違うわ」


なお、メフィストさんの腰には俺の前世である高島の体が、しがみ付いていたりする。

俺がここにいるのに身体がちゃんと1人で動いているってことは、

俺がいなくなった後、高島の魂がちゃんと目覚めたってことだろう。

…………文句言われるかな、俺?

高島にしてみれば、俺によって生活を無茶苦茶に破壊されたわけだし。


いや、それにしても、何でメドーサさんがメフィストさんに追われているんだろう?

別に敵対する理由もないと思うしなぁ。

美神さんに襲い掛かったって言う敵の関係で、何かあるのか?

どうにしろ、このままメフィストさんを放って時間移動は出来そうにない。

無理矢理美神さんが移動しようとすれば、割り込んできそうな勢いだしな。

俺はメドーサさんの肩をちょんちょんと叩いて、とりあえず状況説明を頼んだ。


「何がどうなってんすか?」

「この時代に、私と美神令子がやって来た。つまり、この時間軸に前世と来世が同時に存在したわけだ」

「ういっす」

「魂の色……つまり気配が酷似しているため、客観的に見ればメフィストは突然二つに増えたように見える」

「そりゃ、そうっすよね」

「で、原因不明の増加を起こしたメフィストは、不良品として廃棄されることになった」

「それはまた……なんつーか、殺伐とした結論すね」


メドーサさんのその説明で、ようやく色々な部分に納得が行った。

美神さんと立てていた予想の内容は、それほど外れていなかったようだ。

でも、今の話では何でメドーサさんがメフィストさんに追われているのかが分からない。

俺は頷きつつ、メドーサさんに話しを先に進めるようお願いした。

ちなみに話している最中、メフィストさんは腰にしがみ付いた高島を引きずりつつ、こちらへと歩み寄ってきていたりする。


「でだ……主に見捨てられたと落ち込んでいたモンで、多少意見を言ってやったら……懐かれた」

「懐くって何よ? 犬じゃないんだから、懐いてないわよ!」


メドーサさんの目の前までやって来たメフィストさんは、胸を張って声も張り上げる。


「じゃあ、何故私についてくる?」

「貴女は自分の価値は、自分で決めろと言ったわ」

「まぁ、言ったね」

「私は自分の価値を高めることにしたわ。そしてその当面の目標は貴女なわけよ」

「だから、自分の近くからいなくなるな、とでも?」

「そうよ」

「自分勝手な……ガキじゃあるまいに」

「私は生後1ヶ月未満だし?」


メドーサさんと、メフィストさんの言い合いは、なにやら白熱する。

腰にしがみ付いた高島は何も言わないのか…………と思っていたら、高島は目を回していた。

メドーサさんを追うメフィストさんに、しがみ付いたはいいものの、それだけで手一杯だったのかも知れない。

何か情けないなぁ、前世の俺。まぁ、俺の前世らしいと言えば、俺の前世らしいけれども。


「……何か、恥ずかしいことこの上ないわね」

「ど〜〜かしたの〜〜?」


一瞬、高島のことを言われたのかと思った………が、どうやらそうではないらしい。

美神さんは、前世であるメフィストさんの言動を聞いて、頬を紅潮させていた。

ちなみに今現在も、メフィストさんとメドーさんさんのやり取りは継続中。

『人を感銘させたなら、ちゃんと責任とってよ』とか何とか……。

それにしても『責任を取れ』とか言うと、

何か……『お姉さま』におかしな道に引きずりこまれた『妹さん』みたいですな。


「アイツ…………寂しいからどこにも行かないでって、そう言ってるように聞こえるのよね。

 なんと言うか、近所のお姉さんが引っ越すときに、駄々をこねている子供と言うか……」


「さすがレーコちゃんね〜〜〜。前世の自分のことが〜、よく分かるのね〜〜〜?」


メフィストの行動について解説する美神さんに、納得して感心する冥子ちゃん。

自分で解説しておきながら、美神さんは冥子ちゃんに納得されたことにショックを受けて、ぶつぶつと呟き始める。


「私が魔族でメドーサに縋ろうとしてた……この私が、この私が……」

「そんなこと言っても〜〜、あの人はレーコちゃんの前世なんだし〜〜〜」

「でも納得行かないのよ! アレと私は全くの別人よ! そこのところ、勘違いしないでよね、冥子!」

「そ〜ね〜〜。レーコちゃんは〜〜、レーコちゃんだもんね〜〜」

「その通りよ!」

「でも、あの人がレーコちゃんの前世なのよね〜〜〜」

「…………そ、その通りよ」


冥子ちゃん相手に何かを言ってもなぁ……。

何気に無限ループな会話を繰り広げているぞ、美神さん。

ふと気づけば、何か俺1人が蚊帳の外だ。

ここは一つ高島を起こして、前世と来世同士で話でもしてみるべきか?

そう考えて高島に視線を戻してみる。

すると高島は来世の自分の視線に何かを感じたのか、目を覚ました。


「……凄まじい加速だったなぁ、おい」


誰に言うでもなく、そう呟く高島。

そして自分の頭の上で繰り広げられているメフィストさんとメドーサさんの攻防に気づく。

なお、その話の内容は、確かに美神さんの言うとおり、

『駄々をこねる子供』と『それを引き剥がそうとするお姉さん』に近いものがあった。


「ほら、高島が目を覚ましたようだよ?」

「だから何よ?」

「私に執着しないでも、アンタには執着すべき相手がいるだろう?」


目の前の女の人に、俺の顔をした男と付き合うよう説得するメドーサさん。

いや、まぁ、別に俺のことを誰かに引き取れって言っている訳じゃないというのは、分かっている

分かっているが、でもなんだか複雑だ。俺と高島は、ほとんど同じ顔だし。

しかもその相手は、美神さんの顔と同じなメフィストさんだし。たちの悪い劇を見ているみたいだな。


「……そりゃ、確かに面倒を見るよう、よろしくって言われたけど」


「そうだろう? 横島の魂の願いで、お願いされたんだろう?

 じゃあ、私の後など追わずに、そいつの面倒を甲斐甲斐しく見ればいいじゃないか」


メドーサさん的には、俺と同じ顔をした高島の面倒をメフィストさんに押し付けるって言うのは、どういう気分なんでしょーか。

なんだか非常に気になります。

いや、まぁ、同じ顔であれば、すぐに惚れたり気にしたりするってワケでもないんだろうけど……。

でも、普通は多少気にしません? 

そんな気軽に言えるものっすか?

そんなことを考え、俺の胸中は複雑化して行った。

でも、そんなのはまだ序章に過ぎなかったようだ。

メドーサさんの言葉を受け、メフィストさんは怒り腰で言葉をつむぐ。


「確かに言われたけど、私は! こいつが! 何かムカつくの! 正直イヤよ! こんなヤツの面倒なんて!」


そのメフィストさんの言葉を聞いていた俺は、かなりショック。

分かりやすく言うと、『ガァーンッ!』って言うブロックの文字が、頭の上に落ちてきたみたいな感じだった。

あれは美神さんの前世であって、美神さんではない。

美神さんが俺に向かってそう言ったわけじゃない。

でもキクなぁ、おい。

美神さんの顔で、俺の顔をしたやつに向かって『ムカつく』とか言っているのを見るのは。


「大丈夫〜〜〜?」

「平気っす」

「じゃあ〜〜、レーコちゃんも横島クンのこと〜〜実は嫌いだったりするの〜〜」


にこやかに言葉を続ける冥子ちゃん。

……ちょっと待って欲しい。今の『大丈夫?』は何だったんだ?

俺にフォローしてくれようとしたんじゃないのか? 

それとも傷口に塩をふりかけっすか? 

あるいは何も考えずに、ただ疑問に思っただけ?

なんとなく一番最後である可能性が高い気もするんで、あんまり気にしないで置こう。



…………とは言え、気になる。



少なくとも、美神さんの答えは何だ?

俺は気を取り直し、美神さんを見据えた。


「別に嫌いじゃないわよ? まぁ、でも……」

「で、でも?」


嫌いじゃないと言って置きつつ、すぐさま逆説語を使用する美神さんに、俺は恐々と次の言葉を待つ。


「初対面で人に暴言を吐いたことは、一生忘れるつもりないけどね」

「あ、アレのことっすか」

「ええ。アレよ」

「アレって何なの〜〜?」

「お、恐ろしくて二度と口には出来ません。はい」


俺は美神さんと初対面時に、色々あった末に○○○○○と言ってしまった。

丸の中に入る文字は、もちろん胸中であっても自主規制だ。

下手に思い出すと、つい口からこぼれちゃいそうだし。

あの言葉のせいで、もう本気でボコボコにされ、生死の境をさまよったからな。

二度と言うまい。



「ええ!? メフィストは俺のことが嫌いなのか!?」

「その通りよ! 何となくあんたの態度はムカつくのよ!」

「よし、じゃあ、ホレろ! 俺の最後の願いだ! 俺が死ぬまでの間、惚れ倒してくれ!」

「何かよくわかんないけど、イヤ!」

「うわ、即答!?」



美神さんからのドキドキの答えを待っている間に、メフィストさんとメドーサさんの口論も、新しい局面に移ったらしい。

嫌いだと叫ぶメフィストさんと、それをどうにかして覆そうとする高島。

そして再度自分に火の粉が降りかからないうちに、そろりそろりとこちらに移動してくるメドーサさん。

とりあえず、今のうちに時間移動してしまえば、それで事は済みそうだ。


「最低ね、アイツ」

「そうね〜〜。いきなり女の人にホレろって言うのはね〜〜。告白はもっと優しくと言うか〜〜」

「あれは告白以前の問題だけどね。そう言えば馬鹿は死ななきゃ治らないって言うけど、アンタは治ったの?」

「そうね〜〜。どうなの〜〜?」


どうなの、と言われてもなぁ。答えようがないと言うか……。

高島の『お願い』に、女性陣二人はかなりご立腹らしい。

でも、俺も時と場合によっては、ああいうことを言ってしまうような気がする。

女の人からの好感度は下がりまくりらしいので、やらないよう心に誓っとこう。

いや……まぁ、誓わないでも、当然と言えば当然だよな。

極端な話だけど、『俺と付き合ってください』と『俺と付き合えコノヤロー!』じゃ、

絶対前の台詞の方が、女の子の受けはいいはずだし。


西郷さんが言うには、女に手を出しまくってたらしい、前世の俺。

よく手が出せたな……。

やっぱり生まれが貴族だから、女の人は金目当てだったとか?

愛が全くないなぁ。


俺は嘆息して、自分の前世である高島を見やる。

今の高島は『なぁ、いいだろ?』『え、イヤ、ちょっと、止めてください!』と言う、

何かそーゆー典型的な『迫るセクハラ男と、嫌がる女の人』と言うシチュエーションを構成しつつあった。

情熱的に口説いていると言えばまだ聞こえはいいけど…………現代ならストーカーで捕まりそうな感じが……。



そんなことを考えつつ、俺は高島を眺めていた。


そしたら……爆ぜた。


高島の頭が。



















            第三十六話      圧倒的な実力差
















それは、突然の出来事だった。

何の前触れもなく、突然ぱんっと弾けた。

人の……高島の頭が。

まるで、腐って中身がドロドロになったスイカを、豪快に割ったかのようだった。

今ついさっきまで馬鹿なことを叫んでいた高島が、死んだ。




「た……かし、ま?」




顔にべっとりと返り血をこびり付かせたメフィストさんが、呟く。

そして自分の前にあったはずの高島の顔を見ようとするけれど…………でも、ない。

顎から上が、完全になくなっていた。

頭を失った高島の体は、その場にどさりと崩れ落ちた。


「ちょ……高島? 高島!? ねぇ、高島っ!?」


メフィストさんは崩れ落ちた高島の体にしがみ付き、何度も声をかける。

しかし、頭が吹き飛んでしまった高島が、言葉を返すはずがなかった。

メフィストさんが身体を振るのにあわせて、血が地面に飛び散っていく。





「ふむ? 言い争っていたから、まずそいつから消したのだが……。

 なんだ? お前にとって重要な存在だったか、メフィスト? ならば最後にしてやればよかったか?」





不意に俺たちの頭上から、声が響いた。

その声によって、俺たちはようやく頭上に何者かが存在していることを知った。

マントを羽織って、全身の姿形はよく分からない。

とりあえず人の形はしているようだが…………しかし、人間だとは思えない存在。

俺はもとより、美神さんや魔族であり格の違うメドーサさんですら、アイツの接近に気づいていなかった。気づくことが、出来なかった。


「だ、誰だ……あれ?」


俺は、自覚せずにそう呟いていた。

するとその呟きと拾い聞いたのか、その何者かは俺の方をじろりと睨む。


「…………ふむ。

 ただ私から逃げるために結晶を盗んだのかと思ったが……

 色々と事態はややこしい方向へと進んでいるようだな」


そこで何者かは、嘆息した。

ただそれだけのことなのに、俺は何故か世界そのものが震えた気がした。



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