最終話



「いやー、自分で言うのもなんなんすけど、うまく行きましたね」


完全に石化した男を見続けながら、俺は一息吐いた。

何故見続けたままかと言うと、石化の念を送り続けなきゃいけないので、視線は男に固定したままなのだ。

下手に気を緩めて、いきなり石を割って復活されたら、怖いしな。

去年の夏のゴーレムには、あっさり復活されたし。


「魔法により練成された強力媚薬を、顔からかぶったことがなかったからだろうね」


横を見れないから分からないけど、

間違いなくメドーサさんも俺と同様に、男を凝視しながら喋っていると思う。


「…………普通はないだろうけどね。そんな経験」

「まぁ〜〜〜、終りよければ全てヨシって言うし〜〜」


メドーサさんの推論に、美神さんが冷静に突っ込んで、冥子ちゃんがまとめた。

何だかんだで、俺たち4人には被害が出なかったし、万々歳だな。

唯一の被害者……死者は、一名。俺の前世。

なんだか、他人事と言えば他人事なんだけど、でも自分のことでもあるような…………微妙な感じ。


「それはそうと、何で横島クンがそんな魔法媚薬を持っていたのかが気になるんだけど」


高島の方を見ることが出来ない。

もし見たら、俺はどんな気分になるんだろう。

そんな風に、ちょっとアンニュイな感じだった俺だったが、美神さんのその台詞に、肩がぎくっと震えた。


「えっと、これは厄珍に無理矢理握らされたやつで、別に俺が強請ったわけじゃなくて……」

「どうだかねぇ」


半眼で俺を見ているであろう美神さんに、俺はどうにも反論しづらかった。

目の前の石を見つめなければならず、美神さんの方を向くことは出来ないんだけど…………よかった。

『私の目を見なさい』とか言われたら、俺は絶対に目を逸らしていたと思う。

もう、いいじゃん別に! どんな理由で持ってたって。

俺が持ってたから、助かったようなもんだぞ?

…………まぁ、自分が『もし使われる側だったら』とか想像すると、別にいいなんて思えないんだろうけど。


「待て、美神。無駄話をする余裕はない。これもいつまで持続するか分からん」

「……そうね。ええ。さっさとオサラバしましょう」

「ああ。なんなら、帰ってから聞けばいいことだ」


助け舟を寄越してくれたのかと思ったら、メドーサさんも気にしているみたいだった。

いや……そんなに俺のさっきの言葉は信用できなかったのか?

無理矢理って部分はともかくとして、厄珍から渡されたって言葉そのものは、なんの嘘もないんだけど。

やっぱり、普段からの行動のせいか。

自分で言うのもなんだけど、俺ってかなり節操なしな人間だし。


「よし、じゃあメドーサ! 冥子! 雷撃を……」

「あ、ちょい待ってください」

「………………ああ、もう。今度は何なのよ?」


俺はふと、メフィストさんの存在に気がついた。

ここで俺たちがこの石化男を置いて、

さくさくと現代に帰ったら……後で復活した石化男に、メフィストさんが殺されるんじゃないだろうか?

いや、まぁ、1000年前のことだって言われれば確かにそうなんだけど……。

でも、人が死ぬって分かりきっているのに、放置するなんていい気分がしない。

正直、後味が悪い。前世である高島が殺されたのを見たのも、俺……ショックだったんだし。

だから俺は、一つの提案をしてみる。


「まず、この石化男を連れて他の時代に跳んで、そこにこいつを捨てれませんかね?」


そうすれば、メフィストさんの身の安全は保障される。

それに、そこからさらに俺たちは現代に跳ぶわけだし、問題もない。


「どうする、美神? 議論している暇はない。お前の移動能力が鍵だ。お前が決めろ」

「どうするって言われても……。雷撃は大丈夫? そう何度も打てる?」


美神さんはメドーサさんと冥子ちゃんに問いかける。

すると冥子ちゃんは大丈夫だと太鼓判を押した。


「まだまだ大丈夫よ〜〜。8割の出力だし〜〜」

「あー。何か冥子が今日はすごく頼りがいがあるように見えるわ」

「そう〜〜? 嬉しいわ〜〜」


次にメドーサさんだけど、メドーサさんの場合は符さえあれば何度も打てるわけで。

その雷撃符も、俺が厄珍堂で2枚手に入れたままなんで、予備もバッチリだ。


「そう……。じゃあ試してみましょうか」

「どの時代に跳ぶんすか?」

「この時代からして遥か未来で、現代から遥かな過去と言うと……」

「今が平安時代ですから、鎌倉時代くらいっすかね?」

「まぁ、何かその辺の……戦国時代でもイメージしましょうか。上手く出来るかどうか、微妙だけど」

「戦国時代をイメージして、現代の戦国映画村に行っちゃったりとか……」

「余計なこと言うんじゃないわよ。意識しちゃうでしょ?」

「す、すんません」

「ま、いいけどね」


美神さんは、そう言った。

声は笑っている感じだった。

…………いい感じの笑顔だったんだろうな。見れなかったけど。



















            最終話      まだ、終わらない





















私は地面にそのまま寝転がっていて……目を開くと、まず空が見えた。

私はそのまま、ぼんやりと青い空を見つめる。

……眼が覚めてみると、全てが夢だったような気分になった。


「えっと、何がどうなったんだっけ?」


メドーサを追いかけて……追いついて話をしていたら、アシュタロスが現れて……高島が殺されて……。

そう。高島だ。高島は、殺された? あれは、現実のことだったの?

飛び起きて、私は周囲を見渡す。

すると、高島はいた。下顎だけを首に引っ付けた状態で、死んでいた。

太陽の下で見る高島の死体は、夜見るよりはるかに生々しかった。

赤いはずの血が、時間のせいで黒っぽくなっていた。


このまま放置しておけば、すぐに腐って、烏や狼に喰われてしまうのよね。

なら……早く埋めてあげないといけないのよね。

死んでしまった高島に、私はもう、そのくらいのことしかしてあげることが出来ない。



「高島……」



夢などではなかった。

夢だと思いたかった。

……でも、夢だと思いたいけれど、私の前の前にある死体は消えない。


高島が殺されて、私はカッとなってアシュタロスに攻撃をして……でも、敵わなくて。

私が倒された後、何がどうなったんだろう?

メドーサも、誰も……アシュタロスすら、この場にはいない。

ここにいるのは、私だけ。私と、一つの死体だけ。


メドーサたちがいないのは、もしかしてアシュタロスに殺されたから?

でも、それなら私は何で生きているのかしら? 何でアシュタロスがいないのかしら?

今の自分が生きていることに、納得が行かなかった。

アシュタロスが『不良品』の私を、放置するはずがないのに……。


「……誰も、いない」


高島の死体に歩み寄ってから、そう呟く。

誰でもいいから、いて欲しかった。

それこそ、アシュタロスでも、いいから。

一人にしないで欲しかった。

必要ないと、誰からも見捨てられることは、とても辛いことだ。

そして誰もそばにいてくれないのは、とても寂しいことだ。

死ぬのはイヤだけれど……誰もが私のそばから消えてしまうなら、いっそ死んだほうがよかったのかもしれない。

人間に転生などするつもりなどないと、前は思った。

でも、高島もメドーサも死んだなら、一緒に死んで転生する道を探してもよかったかもしれない。


「私は、これから、どうしたら……」

『寂しいか、メフィスト』

「寂しいわよ! 分かりきったことを聞かないでっ!」

『可愛いところあるじゃん。何? こんだけ言われるってことは、俺にもけっこう脈があったのか?』

「何を暢気なことを言って…………って、あれ?」

『よぅ!』

「よぅ……って、あ、あんた!?」


高島の死体の上に、高島が座っていた。

ちゃんと顎から上もあって……だけれど、少し透き通っていて、向こう側が見える。

驚いた私に、その透けた高島はカラカラと笑った。


『魔族が幽霊に驚くなよ』

「そ、そんなこと言われても。あんた、どうして?」

『どうしても何も、死んだら幽霊になって当然だろ? しかも俺の魂はお前に縛られているしな』

「縛られてる……って?」

『願い事を叶えるって言う契約が、縛ってるんだよ』

「でも、私は……何にも叶えてないわよ」


高島の願いは『俺にホレろ』と言うものだった。でも、私はそれを即座に拒否した。

そもそも、ホレるというのがどんな状態なのか、よく分かってなかったにもかかわらずに。

それに、この高島ではない……高島の来世に願われたことは……叶えられたとは思えない。

来世でよろしく。そして前世の……この高島をよろしくという、そういう願い。

来世はともかく、この高島の面倒を見なければならない願い。

でも、私は高島に何もしてない。目の前で高島を殺されて、何も出来なかった。


『俺自身、叶えてもらわないと死ぬに死ねないっつーか、未練がありまくりだしな』


願いはまだ叶えられていない。

だから、私があんたの魂を縛ることは出来ないと言う私に、

願いを叶えられていないこと自体も縛られる要因だと、高島は説明してくれた。


『そういうわけで、ちゃんとホレてくれよな。まぁ、俺の今の体じゃ、残念なことに何にも出来ねーけど』


説明されても、今の私は願い事をすぐに叶えられるような気分じゃない。

それに、もし叶えてこの幽霊の高島が『報酬としてのただの魂』になってしまうくらいなら、

しばらく叶えない方がいいんじゃないか……と思えてさえ来る。


『まぁ、じめじめしないで明るく行こう! なっ?』

「……なんで死んだやつに慰められなきゃならないのよ」

『はっはっは。なんだか微妙な気分だな。よくよく考えると、俺は死んだんだよな。陰陽師に祓われる立場じゃん』

「死んでも五月蠅いやつね、アンタ」


これから、どうしよう?

でも、こいつが隣にいてくれるなら……………とりあえずは寂しさと退屈さだけは紛れそうね。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「いやー、一時はどうなるかと思ったわね」

「俺、今度からは絶対にあの店では、買い物も飲み食いもしません」


ようやく美神除霊事務所に戻ってきた俺たちは、ソファーに腰掛けつつ、そんな話をしていた。

厄珍堂に時間移動で帰ってきて、そこから俺は大荷物を抱えてここまで帰ってきて…………。

はぁ、本当に疲れた。肉体的にも精神的にも。


「そんなに大変だったの? 今日の除霊先」


ぐったりとする俺たちに、愛子がそう尋ねてくる。

一瞬何を聞かれたのか分からなかったけれど……そうだな。

俺たちは『今日』と言うか、ついさっき『仕事と研修』のために、出かけたんだよな。


「ん? ああ、そう言えば、幽霊屋敷の除霊もしたなぁ。随分前の話に思えるけど」

「? ついさっきしたお仕事じゃないの?」

「まぁ、一応はついさっきなんだけど……」


ワケが分からず首を傾げる愛子の顔も、なんだかひどく新鮮に思えた。

放っておくと疑問符に埋まりそうな愛子なので、説明をしようかと思ったが……結局俺は嘆息するだけだ。

そんな俺に、愛子は頬を膨らませた。除け者にされているみたいで、不満なのかも知れない。

仕方がないので、目で美神さんに『説明してくれます?』と問いかけると、美神さんは眼を逸らした。

美神さんも度重なる時間移動で、精神的にクタクタらしい。


美神さんもダウン中っぽいので、次に俺はメドーサさんに視線を向ける。

けれど、現代に帰ってきてから、メドーサさんはなにやら考え事に没頭していた。

そのせいか、俺の視線にも気づいてくれなかった。


「まぁ、いいか。説明しなくても」

「もう、なんなの? よくないんだけど」

「まぁ、また今度な」


上手く自分の体験した事態を表現する言葉を探すのも、億劫なんですよ。マジで。

フルマラソンした後にトライアスロンするくらいの精神的な疲労があるしなぁ。


「はふ〜」


ソファーに全体重をかけて、くつろぐ。

それなりに高級な美神さんの事務所のこのソファは、柔らかくて……俺の体を包んでくれるみたいだ。

やっぱり、畳すらない平安時代の床は、最悪だな。うん。

何より固いし。


(あー。現代って、やっぱりスバラシー。旅行から家に帰ったときの気分って、こんな感じか?)


美神さんやメドーサさんは、長い1日だったと言える範囲だろうけど、俺は数日間以上を今日一日で体感したわけだしな。

研修一日目。幽霊屋敷の除霊のために、荷物持ちをするだけ……だったはずの日。それが何故かタイムスリップ。

前々から思っていたけれど、やっぱ俺はトラブルに巻き込まれやすい体質なのかも知れない。

海に出かけるだけで遭難する人間だしな。

まぁ、今日以上のトラブルなんて、もう二度と起こらないだろうけど。


「愛子ー。今日の夕飯は洋食でお願いできるか? 煮込みハンバーグとか、何か肉系で」

「え? でも、おキヌちゃんともう作っちゃったんだけど。ねぇ、おキヌちゃん」

『ええ、お仕事が終わったら食べてもらおうと思って……』


どうやら、俺たちが研修に行っている間に、夕食の準備をしてくれていたらしい。

愛子の言葉におキヌちゃんは頷いて、キッチンへふよふよと飛んで行った。

味の薄い食いモンばっかり食ってたから、こってりとした油な料理が食いたかったんだけど。

まぁ、女の子の手料理を食わないなんて、最悪だよな。

すでにあるならあるで、何の文句も言わずに食わせていただきます。


『? あれ? 愛子ちゃん、横島さんの分って、作りませんでしたっけ?』

「何言ってるの、おキヌちゃん。私がいるんだし、ちゃんと……あれ? 作った覚えが、そう言えば……ない気も」

『何で作らなかったんでしょう、私たち』

「あー、何となく予想がつくわね」


戸惑う愛子とおキヌちゃん。

当事者二人が分からないことに予想をつけたのは、留守にしていた美神さん。

その不可思議な状況に二人は顔をあわせて、疑問符を浮かべる。

まぁ、俺も声には出さなかったけれど、美神さんと同じく予想はついた。

多分俺がこの時空から消滅して、愛子たちが認識できないでいるその時間帯に、丁度夕食は作られたんだろう。

だから、俺の分の夕食は用意されていないわけだ。


『あの、横島さん。今すぐ横島さんの分も作りますから、ちょっと待って……』

「いや、いいよ。なぁ、愛子。家に帰って、飯作ってくれないか?」

「私は別にいいけど……。でも、どうせなら皆で食べた方がよくない?」

「家でゆっくりしたい気分なんすよ、マジで」

「そうね。ゆっくり自分の家で休みなさい」


くたびれた感じで提案する俺に、くたびれた感じで美神さんが賛成する。

そんな俺たちに愛子は首を傾げたけれど、しばらくすると納得してくれた。

多分、研修一日目で疲れたと、そう想像してくれたんだろう。


「メドーサさんはどうします? メドーサさんって、今まで何処にいたんですか?」

「ん、ああ……」


考え込んでいたメドーサさんは、俺の言葉にちょっと驚いて、顔を上げた。


「何だ、横島?」

「いえ、メドーサさんは何処に今までいたのかな、って。何なら今日、うちに泊まります?」

「………いや、いいよ。寝る場所のアテはある。今度案内するよ。それに……」

「? なんすか?」

「今日はアンタの両親が、アパートで待っているしね」

「えぇええぇ!?」


ああ、今日はもう、帰って寝るだけだ。

愛子の作った飯を食って、爆睡すればいいだけだ。

そう気が緩んでいた最後の最後で、とんだ爆弾発言だった。

マジで、全く予想だにしていなかった。と言うか、してたまるかよ、そんなの。


「今日、私は傷が癒えたから、お前のアパートに行ったんだ」

「そしたら、俺の両親がいた、と? な、何で親父とお袋が……」

「GS試験会場の事件で、お前が被害を受けていないか、それが心配で来たと言っていた」

「そ、そうっすか……。あの、他には?」

「愛子のことをやけに気にしていたね。母親が」

「…………さ、最悪だ」


お袋に、愛子のことをどうやって説明しよう?

そう悩む俺に、メドーサさんは色々と追い討ちをかけてくれた。

曰く『愛子と横島の関係を聞かれたから、一緒に住んでいる家族のようなものと答えた』とか。

曰く『眷属と言うか、使い魔と言うか……まぁ、人間風に言えば奴隷とも答えた』とか。

曰く『そう言えば、メイド服のことで、お前の親父がボコボコにされていたよ』とか。

…………洒落にならん。

いや、メドーサさんの言ってることは、別にひどい嘘でもなんでもない。

使い魔とか眷属と言うのはちょっとあれだけど、

でも確かに愛子は家族みたいなもんだし、メイド服もあるし……。

でも、これじゃ、言い訳のしようがない。


「愛子、ど、どうしよう? 俺、せっかく生きて帰って来れたのに、下手するとお袋に殺されちゃう」

「そ、そんなに?」

「家庭内虐殺が……」

「か、家庭内暴力じゃなくて?」


がくがくと震える俺に、愛子もどう反応していいのか分からない感じだった。

なお、メドーサさんはそんな俺に『大丈夫。お前の父親は死ななかったよ』と、ワケの分からない慰めをくれたりした。

…………つーか、それは裏を返せば『普通なら死んでてもおかしくなさそうな目に遭っていた気がした』と言うことでは?


「横島クン、私、小さくなろうか?」

「出来るのか?」

「うん」


愛子の返事に、俺は光明を見出す。

愛子が小学生とか幼稚園サイズになってくれれば…………。

小さな子供の前で、18歳未満には見せられないような残虐な攻撃はしてこないはず。

それに、この小さな子供妖怪を保護してるんだって言えば、俺に対しても態度を軟化させてくれるはず。


「よし、愛子……じゃなくて、愛子ちゃん! お兄ちゃんと一緒に帰ろう!」

「うん、分かったわ、横島クン」

「違う! 横島クンじゃなくて、忠夫お兄ちゃんだよ!」

「別に今からそこまで徹底しなくても」

「…………頼む、愛子。ちょっとしたヘマで、俺の命の灯火は消えるんだ」

「どーゆー家庭なのよ、アンタの家は」


俺と愛子の会話に、美神さんが耐え切れずに突っ込んできた。

だから俺は、はっきりと答えた。


「俺んちの親は、日本に1人残した高校生の息子に、食費を送らなかったりする親ですよ!」

「……………」


美神さんは、何を言えばいいのか分からなくなったらしく、沈黙した。

俺はふと『こんなこと言うのもなんだけど、美神さんを黙らすことが出来たのは、かなり凄いことかもしれない』とか思った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「じゃあな、美神令子」

「……アンタとは、また今度改めて話をしたいものね」

「横島がお前の事務所で研修をする以上、私もここに顔を出すさ」

「待ってるわ。ママの事も、GS試験会場でのことも……話したいことはたくさんあるから」



横島と愛子が帰ると言い出したので、私も美神除霊事務所を後にすることにした。

横島は最後の最後まで一緒にアパートに来てくれないかと、私に言っていた。

自身の両親と会うのが気まずく、出来るだけ他人を話の場に盛り込みたいのだろう。

あの両親を見るに、何となく横島が苦手とする理由は分かる。

しかし、今私は一人静かに考えたいことがあった。

だから横島の誘いは辞退し、1人で居候をしている屋敷へと歩みを進める。


美神も横島も、現代に帰ってこられただけで、

完全に自身は安全な場所に落ち着けたのだと、安心している。

それはあいつらが、アシュ様を何者かよく知らないからだ。

それに対し、私はアシュ様について多少は知っている。


アシュ様のことは、美神の時間移動でどの時代とも知れない山の中に放置してきた。

この現代より、どれだけの年数が離れている時代なのか。

多少気になるが、しかしそれはすでに些細な問題ですらある。

何しろ現代に置いて、すでにアシュ様は復活を果たしているのだから。


(けれど、それが引っかかる)


現代に置いてすでに復活を果たしているからこそ、アシュ様の行動が不可解なものに思えてしまう。

私はサバの屋敷に向かいながらも、思考をどんどんと展開させていく。

暗い夜道は、考え事をしながら歩くには、ちょうどよい雰囲気だった。


……アシュ様の視点でものを考えてみよう。

アシュ様は魔体を建造していた。その魔体のためにエネルギーを収集していた。

そのエネルギーを、私を追いかけるためにメフィストが自身を強化しようと、奪った。

それに気づいたアシュ様は、自らメフィストを追った。そして私や横島や、美神とも出会った。


その後、横島の作戦によりアシュ様は石化封印され、どの時代とも知れない時代へと放棄された。

それからどれだけの時間を経てか知れないが復活したアシュ様は、再度何らかの計画を進める。

その駒として、私を部下へと招き入れた。

何故、殺さなかったのだろう?

その時点の私が、アシュ様を陥れた私ではなかったからか?


また、美神令子が今現在生きているのは、何故だ?

メフィストはアシュ様の大事なエネルギー結晶を取り込んでいた。

アシュ様はその結晶を取り返したがっていた。しかし、あの時はそれが叶わなかった。

なら、メフィストの魂と、メフィストの取り込んだ結晶を継承している可能性の高い美神を、何故確保しない?


アシュ様は美神が現代に存在していると、知らない? 


いや……それは有り得ないはずだ。

何故なら、私はアシュ様の前で『美神』と叫んでしまった。

また思い返してみれば『現代』や『1000年』と言う言葉も発してしまっている。

そして美神令子はGSとして、様々なメディアに露出している。

美神の生来の性格もあり、その知名度はかなり物だ。

現代に置いて復活を果たしたアシュ様が、美神の存在や情報を手に入れることが出来ないはずがない。

アシュ様は、美神令子がこの時代にいると、知っているはずなのだ。


『魔族は数百年以上前から、時間移動能力者を探している。

 それは、なぜか? 数百年以上前に、何があったのか。

 そこから探っていって、私は千年前の平安京でアシュタロスを見たのよ。

 そして、影ながら時間能力者が追われる『理由』を知り、事件を予想したの』


以前、美智恵はそう言っていたが、その言葉にある『理由』とは、間違いなく今回の一件だろう。

ああ、こう考えると説明がつくのか。

平安時代より少しだけ時間が経過した時代に放り出されたアシュ様は、

そこで復活するなり、結晶を持っている可能性の高いメフィストの転生体を、早速探そうとする。

転生体の大きな特徴は『時間移動能力者』だ。


ふむ……。

美智恵がこれから起こると言う事件を予見できたのは、

エネルギー結晶と言う洒落にならないアイテムを、娘が継承していると察したからか。


いや、そんなことはどうでもいい。

問題は、何故アシュ様が美神令子を確保しようとせず、放置しているかだ。

何かしらの方針転換があって、エネルギー結晶の存在価値が薄れたのか?

しかし、それでは時間移動能力者を探し出そうとした理由が説明つかない。

美神美智恵と、幼い美神令子がハーピーに追われたこともあった。

つまり、つい最近まで…………ほんの十数年前まで、時間移動能力者は探し出す必要のある存在だった。


ふむ? 


ハーピーが美神美智恵を発見し、追い掛け回したことで、

やはりアシュ様は、美神令子の存在を知ることが出来たはずではないか?

たとえハーピーが任務半ばで撃破されたとしても、情報はおのずと伝わるはずなのだ。

ハーピーの姿が見えない。
ハーピーは任務中に死んだ。
ハーピーはどの任務中に死んだ??
ハーピーは美神智恵美に、殺された。
では、美神智恵美はどのような存在か。

そうやって、美神智恵美と美神令子の存在は、いずれ伝わっていくはずだ。

いまだにアシュ様に伝わっていない……などということは、まずないだろう。

何故、放置しているのだろう? 全く見当がつかない。



それに思い返してみれば、

アシュ様は横島のことを以前から知っていなかっただろうか?


『……………………ふむ、横島か。懐かしい顔だ。

 1000年ほど前、平安京で見たことがあるな。

 この者の前世は、私が殺した。なかなか私と彼の縁は、深いのかも知れんな』


そう。去年の夏に、アシュ様はそう言っていた。

懐かしいと……縁が深いと……そう言っていた。

あの時は対して気にしなかったが、この台詞にはどれだけの思いが込められていたのだろう?

私たち程度に石化されると言う屈辱を、アシュ様が忘れるはずがないのだから。


「分からない。アシュ様は、横島と美神をどうするつもりなんだ……」


悩みながら歩き進んでいたからだろうか。

気がつけば、サバの屋敷のすぐそばまで私やって来ていた。

視線を上げれば、等間隔で立てられた街灯の光に、屋敷がぼんやりと映されている。

民家の立ち並ぶ街中に、ぽつんと現れる廃墟のような屋敷。

だからこそ、周囲の風景に溶け込むことがなく、

考え事をしていても見落とさないだけの存在感があるのかもしれない。


「ふむ、なかなかいい建物だ。是非手に入れたいものだな」

(…………? 誰だ、あれは?)


屋敷のすぐ前まで行くと、誰かが立っている事に気がついた。

よくよく見れば、それなりに高級そうな外車も屋敷の前に停車している。

この屋敷に客人が来ることなど予想していなかったが……。

私は自身の気配にことさら注意して、進んでいく。

そしてこちらのことを気取られないように、その誰かの気配を探る。

気配は…………人間そのものだった。

まぁ、何の害意も警戒もないただの人間が突っ立っているだけだからこそ、

私はこんな近距離に接近するまで、相手のことを気に止めなかったのかもしれない。


ふぅっと息を吐き、私は警戒を解く。

すると人間にしては鋭い感覚をしているのか、その何者かはこちらに気づいたようだった。

止めてある車の前で屋敷を見ていたそいつは、とことこと私の方へに歩いて来る。


「もしかして、この屋敷にお住まいの女性かな? ならば是非、しばしの時間をいただきたいのだが」

「…………いや、私はただの……」


居候だと、そう答えるつもりだった。

それは間違いなく事実であるし、また下手な受け答えをして人間に関われば、無意味な騒動になってしまう可能性があったからだ。

だが、私は言葉途中で絶句した。


「ああ。いや、失礼。僕は芦優太郎と言います。実は……」


その『芦優太郎』と言うふざけた名前を名乗る人間は、絶句した私に構うことなく、言葉を続ける。

私はその男の顔から視線を逸らすことも出来ず、固まり続けた。

私はその時、頭が真っ白になったような状態で、男の言葉のほとんどが耳に入らなかった。


「ふむ? どうかしましたか?」

「あ、いや……」


ようやく、男が1人で話を進めるのを止めた。

固まっている私に気づき、首をかしげて問いかけをしてくる。

何か応えなければならない。

反射的にそう思いはしたが、しかし私の口から意味のある答えは出てこなかった。


「しかし、顔色が優れないようですが」

「なんでもないよ」

「ふむ。そうですか。てっきり僕は……」


芦優太郎は私から視線を離し、サバの屋敷を見やった。

区切った言葉の後に、何が続くはずだったのだろう?

少しばかり気になった私は、芦と名乗る男の横顔をまたしても凝視してしまう。

するとその視線を待っていたかのように、彼は私の方へと再度振り向いた。


「僕の顔に何かついているかな? それとも……」

「…………な、なんだい?」

「いえ別に。僕はただ……貴女の見知った人間に、僕の顔がよく似てでもいたのかと思っただけですよ」



なぁ、メドーサ。違うか?



まるでちょっとした悪戯をしたかのように、芦優太郎は…………いや、アシュタロス様は…………笑った。

何なんだ、この悪夢は。

誰が、こんなものを用意した? 私はこんな悪夢を、頼んだ覚えなどない。

そう誰かに毒吐き、私は一度目を閉じる。

そしても一度目蓋を押し上げ、前を見る。


「ふむ? どうかしたかな?」


目の前にいたはずの存在は、消えてなくたっていた……などということはなく、

全く変らないにこやかな表情で、私を見つめていた。







第2部・完


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